ソードアート・オンライン~紅の心意―The Cardinal Mind   作:坂道

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藍井エイルの「夢の終わり」
中々いい曲です。


夢の中の夢、夢の中の現実

 

 ダングレストの街を駆け巡ること数十分、手当たり次第彼女と関連付きそうな場所を捜し回ったが、今だフレンドリストからローゼルの位置座標が掴めない。考えたくはないが、生死が関わればフレンドリストにはデッドコードが発信される。その不吉なメッセージが届かないことがまだ救いではあるが、そんなマイナス思考の考えが思い浮かぶばかりか、殺人ギルドとの接触の可能性さえも捨てきれない。

 数知れぬ知人達の忠告が脳裏で何度もリピートされ、己の感性がより愚かなものだと、吐きたい呻吟(しんぎん)を喉に留め堪える。

 

 数ヶ月間ずっと一緒にいた、親近感が生まれて当然である、だかそれと同時に彼女が隣にいないことがここまで不安に苛まれるとは思っていなかった。

 

――こんなことなら離れるんじゃなかった、ずっと側にいてやるほうが――馬鹿だな、一度引き離したのは俺じゃないか……

 

 胸にポッカリと空いた寂しさと対になるようにドタドタと荒っぽい足音が静けた心に冷たく反響し、路地裏を吹き抜ける虚しい風は俺の不安を煽り立てる。

 様々な模索を続けるなか、突如してそれは怪奇な現象により中断された。

 

 

――――ザッ! ……ザッ!ザッーザザザザザザザザザザザザザーーー……………!!

 

 鼓膜を酷く不快にさせる不協和音、そして知覚から感じ取った信号が脳裏を通して違和感を与える。

 

 外界の異変に立ち止まり、俺は愕然と身構えた。

 

――ギィギーーーー!!……ジィッーーーー……!!

 

 音が割れたスピーカーのような不快な音が断片的に響き繰り返される。

 

 次の瞬間、世界が静止したかのように全ての音が止み、視界は画面が処理落ちしてバクったように不規則な色を弾き歪む。

 

「ナァ? ニヲデァ?……レカラ?」

 

――な、なんだ……エラーか!?と思わず頓狂な声を上げてしまうが、その声は割れて認識できない。真上でバチバチと煌く霹靂(へきれき)は周りの建造物を砕き、裂け目からポリゴンが欠落しボロボロと瓦解していく。そのバグの侵攻は俺の足場を腐敗させた。

 

――墜ちる!?

 

 身体の支える重心がぐらつき、歪み化けた床は原型を保てず足場は脆く崩壊する。

 彼方は無限へ広がる闇に、波立つ僅かな光を帯びたデジタルな数字の渦。

 

[DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE DELETE――]

 

 

 突如眼前に浮かんだDELETEという赤化けした市松模様が無数の乱数の如く表示され、一寸の間に視界を深紅に染め上げた。瞬きすら敵わない俺のアバターを乱流する光の黄砂と光を拒絶した闇黒にズン……と沈み落ちる。

 

――仮想世界が歪曲する!? いや違う……世界がまるで俺だけを飲み込むように縮退していく。

 

 天変地異から逃れことができない、ただ実行される世界を前に苦し紛れに目を微動させるが、拘束された感覚が全体を掌握、俺の命令を完全に遮断し、フリーズさせた。

 

――意識が……ナクナ……ル……

 

 

 思考の停止。

 肉体(アバター)の静止。

 無音。

 

 

 《Leto》という存在は姿を掠れ、ポリゴンの欠片となり四散し、消え去る……

 

 

 

 

 ……――その刹那、乖離したデータの人体は引力に吸い寄せられるように結合していく。形状を戻していく歪んだ瞳を悠々とこじ開ける……瞼の開いた先には、殺風景な蒼白の円卓の上で佇む数人の異人が俺を見下ろしていた。

 

――誰だ?……女性が二人……もう一人は……うわぁッ……!?

 

 脳髄に釘を刺されたような頭痛に苛まれた。

 荒々しい不快な視覚情報が思考回路を逆流し脈絡を焼き焦がすように頭をスパークする。

 一面は閃耀に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――随分と徹底されたバスターシステムじゃな……ここまで侵攻とは、この先耐えられる保証は―

 

 

――案ずるな、現在ロールアウト中の七機は全てセーフティシステムを以前強化してある。旧世代のアンチウィルスには簡単に突破はされることはない……

 

 

――あら、あなたがそれを口にするの? 私達がその黴菌を枢機卿(この子)に送り込んでいるようなものじゃない。まさかここのサーバーに追いついてくるなんてカーディナルシステムは中々強引な子ね……

 

 

――……進化するシステムにはリスク管理が必要、既存の上書きで誤魔化されるようならまだまだじゃな……それよりNo.10には依然として動きがないようじゃが……

 

 

――彼はまだ力を開花させていない、何……因果律とは無数に奔流している、彼がどの運命(さだめ)を越えるかは取り巻く因子しだいだ……

 

 

――他の継承者は力を解放し、力を猛威に振るっている……あやつはこんな調子で生き残れるのか、深紅を掌握しつつある者もいるというのに……引き替えNo.Ⅵのシンクロ率が異常じゃ、奴は確実に全能者へと進みつつある……最の果ては、カブリエルミラーの再来じゃ……

 

 

――生死を定めるのは彼ら遺憾者だけよ。私達は傍観者、枷が外れるそのときまでは手だし無用、ね?…………ふふふっ、それにしても、おちびちゃんは随分とあの子がお気に入りようね、人の子が恋しいのかしら?

 

 

――黙るがいい……彷徨う愚者など永遠と眺めた……だが奴は、わしの愛したもの達によくに似ておる……孰れこの世界のわしが謳うであろう英雄に……

 

 

――神威なる力を統べ、私を簒奪者と公言した愚か者か……滑稽よね、私も最後はあの男に世界を託していたわ。夜空は星を制し、人の心を統一する星王……No.X(あの子)じゃ霞んで対照ならないわ、それにNo.Xが審判の日を越えたことは今迄……

 

 

――そこまでにしておけ……彼は彼とは違う、強さも、在り方も……また辿り着くのは彼ら遺憾者ではなく黒の英雄となるならば、また同じ結果になりかねない……だが揺れはしない、Sword Art Onlineは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の単語がとめどなく思考を流れる。黒い渦に溺れ陥り、明滅しつづけていた紅い光源は途切れ、視界を再び暗然たる景色へと変えていた。意識が切れ切れに見え隠れする世界はどこまでも虚空の黒の世界……

 すると、暗黒の空間にほんの僅かな光が灯された。陽だまりの一つの温かさを感じさせる光る球体が俺のすぐ傍で留まり、暗い視界を微かに照らす。

 可愛らしくふわふわと光る光球体はまるで俺を心配するかのように周囲を舞って、励ます様であった。

 

 

 マブシイナ……ダイジョウブダヨ……

 

 

 心侘しく無を奏でる異空間、光の妖精に何を思ったのか言葉を交わした。

 

 

 オレハ……キエルノカナ……

 

 

――大丈夫……大丈夫だよ……

 

 

 …………?

 

 

――あなたの心は私が……守るから、だから証を捨てないで……

 

 

 キミハ……誰……?

 

 

――大丈夫、また会えるよ……あなたが消えない限り、私があなたを忘れない限り……いつか必ず……

 

 

 ……また、会えるなら……いいや……

 

 

 暗転した虚空をただ一つ灯す光はカッと一際強い白光を解き放つ……白き光のヴェールを纏い、透明な笑顔を浮かばせた小さな女の子がいた……輝く光のうねりとともにその姿を儚く消した。

 

 

――さぁ、彼女を探してあげてください……レト……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目は何の狂いもなく水平を射抜く。

 腕は少しの風で揺れ動き、両足はピタリと地に直立して身体の重心を保つ。

 自然と膨れを感じる腹部は規則的に呼吸している。

 

――…………あれ?

 

 足下を見るとそこには被っていたはず黒いお面が無造作に放り捨てられていた。仮面を拾って砂埃を祓いながら瞼を小刻みに瞬きした後、包括的に周りを眺めて地に引っ付けた足を踏み出す。

 

 路地裏を抜けるとそこは定例場の広場であった。街の背景音楽が夜のテーマに変更され、市街地は人々が賑わい、茜色の空は紫の夕闇へと誘うとともに大通りの街路灯はダングレストの闇を祓う。

 

「……ついさっきまで、昼だったよな……?」

 

 ぼんやりとした雲を掴むような当惑が妙な凝りを残す。訝しげに首を傾げていると、放置していたインフォメーションが突然のバイブレーション発生音を立て、ビクッと肩をあげて驚愕した。

 視線をモニタに移すと、数時間前までロストしていた<rosellse(ローゼル)>の位置情報が特定されているではないか。クリアーしていた頭に電撃が走ったかの如く自身のなすべきことを明瞭に思い出す。

 

――そうなんだよ、俺はローゼルを探していたんだ! って何をアホなことを抜かすしているんだ、神経を縮めてしまうほど血相を変えて彼女の居場所を嗅ぎ回ったわりには随分とすっ飛んだ頭じゃないか!?

 

 暗愚な思考回路に呆れて眉間に皺を寄せつけていると、注視していた階層MAP画面から再びローゼルの座標が読み取れなくなった。

 最後に履歴が残った座標データは第22層≪コラル≫の外れの森。

 あっ! と声を上げてすぐさま転移場まで走る。そういえばと、あの未開のエリアは位置情報がロストし他者からの位置座標を一時的に切断してしまうことを思い出す。

 肝心な圏外フィールドの特性について筒抜けだったことに自身のゲームセンスの落ち度に頭を抱えて嘲笑する他ならない。

 

――少し話し込んでしまったからな、きっと痺れを切らせて先にホームに帰ったんだ……あぁ~今頃腹をスカしてイライラしてないといいけど……

 

 鬱屈な空気が息吹から吐き出され、そっと胸を撫で下ろす。店の出来事を気負い過ぎ、着眼していたものすらズレてしまったのだろう、無我夢中で我を忘れるとは……この年でボケか?……笑えないな。

 

 剥ぎ取った仮面を自分の顔に見立てて、疲労困憊の一日を振り返り、欠伸と溜め息を続くように漏らした。

 

「最近、ろくに寝てないからな……さぁて――」

 

 ――帰るか、と頭のスイッチを切り替え、小屋でお腹を透かしてツンケンしているであろうローゼルの姿を想像すると自然と疲れが和らぎ表情がほころぶ。晩御飯は腕によりをかけて作ってやろうと意気込み、行き着けのかなり知名度がコアなNPC食材店に買い出しに浮ついた足を夕暮れの街の雑踏へ足を踏み入れる。

 少し混在した人並みを嗅ぎ分けて歩き始めると、目の前の進行方向から歩く黒服プレイヤーと相対し、咄嗟にそのプレイヤーを視認すると少し唖然とした。

 黒帽子の下から出るシャギーの入った緑色の髪、黒のロングコートにカーマンベストを着込んだ、カジュアルでやけに現実目いた風来なプレイヤーに小首を傾げた。

 

 どこか孤高を漂わせ、和人とはまた違う別の威圧感を肌に感じさせた。

 

 数歩進み、互い肩を反らして自然に横切った瞬間……

 

 

 

 

――『       』

 

 

 

 

 

 悪寒が背筋を凍らせ、足は萎えたようにその場に立ち尽くす。NPCの人々はそんな俺を見ながら不思議そうに横切っていく。無声で息を深く飲み込む。

 目が狂ったかのように微動する視線を床に這わせた。

 

 視線を伏せて覗いた男の眼は血に塗られたかの様に真っ赤で見開いた双眸は殺気を孕んでいた。

 

 俺は芯から感じ取った殺気に不吉な予感だと悪魔が囁くようであった。振り返ることはせず、俺は転移門に向かって疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移クリスタルオブジェクトから青白い輝きを払い除け飛び出し、一気に丘の芝生を駆け上がり小屋のドアを勢い良く開く。

 

「ローゼル!!」

 

ダンッ! と戸を強く鳴らし発て静寂に包まれた一室に甲高い声が反響した。

 

息を荒くさせ眩く眼で部屋を見渡す。名前の少女の姿がない。込み上げる不安を振り払い、次の一室の戸を開く。

 

「ローゼル! いるなら返事しろぉ!!」

 

居ない、脚を急かせて次の部屋をまた勢いよく押し開く。

 

 ダンッ!!

 

「ローゼル……!!」

 

ここにもいない、次の部屋……!

 

 ダァンッ!!

 

「ローゼル!!」

 

 次……!!ダンッ!

 

「ロー…「――っるさぁーい!!」」

 

 手にかけたノブを引くと同時、最後に開いた寝室の向こうからピンクの不気味な物体が物凄い剛速球で俺の顔に打ち込まれる。

 ふぇっ!? と声を擦り上げる。回避することも適わず慣性に従い謎の物体が直撃、仰向けになり後方に置かれたテーブルの角に後頭部をぶつけて倒れ込む。仰向けのまま、一緒に無造作に放り捨てられた物は、以前シズナが俺に似せて作ったぬいぐるみだった。せっかくなので部屋に飾っていたのだが、投げられたレト人形は頭をドリルのように捻らせる、どうやら投剣スキルの力が作用していたようだ。ぞんざいに横たわる縫いぐるみはどことなしか悲しげに見えた……って酷いじゃないか。

 強打した頭を摩りながら涙目になりつつ顔を上げると、ラフなタンクトップの上着と短パンに着替えたローゼルが部屋の向こうから一際美しい顔で睨んでいた。

 

「寝室に入るときだけはノックで確認をとってからって約束しなかったかしら?」

 

 そこにはいつもと変わらない、大人めいていて澄ました顔が似合うクールレディいた。床に腰を付けた俺に、ローゼルはしなやかな脚を折り曲げて目を合わす。

 

「どうしたのよ、そんな幽霊を見たかのような顔して」

 

「あぁ……いや、なんでもない……ただ」

 

 気懸りな胸騒ぎは、ここにいる何の変わりないローゼルの姿に言葉の続きが出なかった。アクが抜けたかのように体の極度の緊張感が解れ、次第に深い吐息となって力が抜けた。そんな窶れた顔した俺を見た彼女は悪戯に微笑む。

 

「変なレト、打ち所が悪くて頭のネジが何本か取れたんじゃないの」

 

 ふふふ、と惚ける俺の鼻を指で突っついて笑みを浮かべた後、すぐ様立ち上がると、椅子に干したエプロンを纏い、シルクのような髪を手馴れた感覚で結び始める。

 

「夕御飯、今日は私が作るわね」

 

「あぁ………………おい、大丈夫か?」

 

「大丈夫とは何様? ……まぁいいわ、テーブルに座って待っていなさい。ふふん、今日はやれそうな気がするのよ」

 

 そういうとキッチンが常備してある部屋へと姿を消したローゼル、俺は物思いに顎を支えた。

 

 どうしたんだあいつ……妙に機嫌が良いな、と昼間とは違って上機嫌なローゼルの姿に硬直していた頬の筋肉は途端に緩むんでしまった。

 あの暗い路地裏で見交わした彼女の面差しにそんな余裕はなく暗く塞ぎ込んだ心労が分け目なく表に出ていた。

 あのとき彼女に引き止めらた手を見ながら、冷えた氷麗のような鋭い痛みを感じさせた遣る瀬無い感覚と一日の不吉な淡い闇への嫌悪感が俺と彼女と間に不明瞭な溝を生まれているのではないかと勘繰る。

 

――ドッカーーーーン……!!

 

 やがて、曇った考えはキッチンからの爆発音により遮断された。部屋から黒い靄がもくもくと漂わせ、「うん、大丈夫よね、これくらい……ふつうふつう」という裏声が奥から聞こえた時には料理を手伝いにいっていた。

 

 

 

 

 不器用な手つきで包丁を使うローゼルと並んで慣れた手つきでサラダの食材を取り分ける俺は、彼女の様子を不思議に窺いながら低い声で何気なく尋ねる。

 

「その遅くなってすまない」

 

「商談は今後の関係にも必要不可欠なんだから、私に構っている場合じゃないでしょ」

 

「……昼間は――」

 

「あの時間はソディアさんが付き添ってくれているから大丈夫よ、ライン達が後ろから付けていたのも数日前から気づいていたしね」

 

「そう……なのか?」

 

「これでもずっとソロプレイヤーを続けてきたから、第六感みたいな感じでわかるのよ、人の視線は必要以上に気にして生きてきたから」

 

 ステンレスの容器に入った具は包丁を這わせて鼻歌交じりにリズムよくカットしていくローゼルの何気なく溢した言葉に寂寥感が薄らぐ。過去、そして今に至るまでローゼルが抱え込む苦渋の一つであろうものをどうでもいいように会話に挟む。

 やはり少し無理をしているのではないかと思い、ローゼルに何か励ますことを探し、言葉を綴らせると、

 

「「ローゼル、無理するなよ」……えっ?」

 

 彼女は俺と同じことを口にして、ふっふーんと言わんばかりに得意げな顔を向けていた。目を丸くする他ない俺にローゼルはくすくすと笑みを溢して言う。

 

「レトが次に私へ尋ねそうなこと見越してみたのよ、十中八九あなたは私を心配して励ましに”ローゼル、無理するなよ”っていう、どう?」

 

「改めて口にされるとむず痒いな」

 

「ふふふっ、年下の坊やにずっと励まされてばかりじゃないわよ」

 

「と、年は関係ないだろ! 身長だって俺の方が高いぞ!」

 

「何をむきになっているのよ? ガキっぽいよ。大丈夫、この世界の料理は運で出来るんだから、次は失敗――」

 

――ボッフン……!。

 

「「あっ……」」

 

 どこかなさけない爆音ともに気の抜けた声が二人から零れた。

 キッチンに備えられたオーブンからもう見慣れた黒い煙がぷすぷすと開閉口に漏れ出る。

 料理スキルはシステムの八割が簡易なボタン操作で済ませことが可能、成功率は作るものによってスキル熟練度が反映されていくが、95%の確率で料理できるロールパンを七つ中五つを消し炭にしてしまうのはある意味で凄いものである。

 何をどうすればここまで失敗作を作成できるのやら、キッチンに拡がった黒く染まった数々のパンを横目にシチューに取り掛かるローゼル。見るに堪えなくなった俺は「……代わろうか?」と尋ねるが、丁重に断れた。

 まぁたしかに彼女が進んで作ってくれているのなら野暮な話だ。頑張って料理作りをするエプロン姿の彼女はとても健気である。さながら初々しい若奥様といったところか……例えがおっさんくさいな。

 

 

 二人で食事を取るのも何度目であろうか、ふとローゼルが奇跡に一度で調理に成功させたスープを口に含みながら味わい深い感傷に浸る。この前、作ったスープと同じ味、少し薄めで舌にノリは軽く、悪く言えば味〆方がイマイチともいえるが不思議と優しい風味にスープを走らせてしまう、俺には作れないローゼルのらしさが現れた絶品のスープだとも思えた。

 

 薄く透き通ったスープを目に写しながら、相も変わらず食事に頬をほころばせるローゼルを見ていると……スープがとてもー。

 

「美味しい?」

 

 思ったことを表に口頭されて俺は突拍子もなく唖然とした顔で頷く。

 

「そう……よかった」

 

 そう言うとローゼルは頬杖をつくと、俺の目をじーっと見詰めたまま頰を緩める。

 その仕草とあでやかな顔にふいと俺の頬に恥じらいの熱が流れた。

 

――どうした急にローゼルを見ていてドキドキした? 今までも彼女を目と目を交わすことなど幾度なくあっただろうに……なんだろうか、この感覚は……

 

 罰の悪い顔を隠すように目を少し下に逸らすと其処にはさらに理性を狂わせ障壁が阻む。

 ローゼルの白い肌に咲く潤いのあるピンク色の唇、上着からチラッと見える胸元、髪を結ばれてひっそりと女性の色香ある風情を漂わせていた。慎ましやかな彼女の姿に自制心を強く狂わされる。

 何か違うことを考えない色々とまずい、と理性が訴えかけるや否や、テーブルに足を強打させてまでやり場のない視線を90度回転させた。

 

「その、あ、あれだ……きょうは風が強いな」

 

「ここ空の上なんだから当たり前じゃない」

 

 あっさりと返され、彼女はくすくすと口を手で隠す。なんだかわざと躓くように誘導されて俺のぎこちない反応をローゼルは楽しんでいるように思えた。その得意気な顔に膨れっ面になって顔を背けると、また彼女は笑っていた……あれ、なんのデジャブだ?

 

 視線を向こうにしたまま、風でガタつく窓ガラスに薄らと浮かぶ二人を凝視した。

 まるでいつもと立場が逆転したかのようである。冷めて涼しい顔をする彼女の調子を砕くのも、料理を振るって嬉しいそうにほうばる彼女を見るのも、沈んだ彼女を元気付けるのも……

 鏡写しような既視感にさっきまで逸らしていた自身の瞳を再び彼女の瞳へと顧みた。

 どこまで深く赤い綺麗な瞳、夕陽の光沢に写ったグラスのように透き通っている。さっきまでの羞恥心は何処へ消え去ったのか、邪な眼で彼女を見ることはなかった。

 部屋の空気感すら支配する懐かしさ……あの子がいた心の居場所とまた重なり合い、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

――だけど違う。俺が結城だけに思い抱いた感情ように、俺がローゼルだけに思い描いた夢のような安らかな感情。たしかに俺は結城とローゼルを重ねてあの頃の懐かしい面影、現実を思い起こしていた。

 けれど、いつしかその思想は全く別の情緒へと変わっていた。

 

 外側で凶暴な殺人鬼を詠い、内側で許しを請い続ける。そんな弱さを俺の前で彼女が吐き出したとき、守ってやりたいと自身の弱い心が彼女の目の前で強くあろうと見栄を張ったのだろうか。だけど、いざ支えてやろうとローゼルの心に触れると、在り方が少し変わっていた。笑ったり、怒ったり、悲しんだり、コロコロと色鮮やかに変わる彼女だけの表情、傍らで気にかけてくれる彼女だけの優しい言葉……きっとそんなやりとりの中で彼女は俺の心の支えになっていた。

 

――そうだよな、一緒に背負って、一緒に迷って、一緒に歩くって……約束したんだよな。

 

 ずっと拒み続けた、離れることを。この子を守れるのは自分だけだと、友からの警告を押し退けたのは彼女を守る為だけじゃない、ただ一緒にいてほしいというエゴが存在した。

 彼女の安らかな居場所を作る、言い換えれば、今この瞬間自分の憩い居場所、彼女を失いたくないだけの独りよがりのわがまま。

 

――全部、君こと思っての行為だと思っていた……どうやら俺は思った以上に自分勝手で、一人で抱え込んだつもりになっていたんだな……すぐ近くに心の痛みを分かち合う人がいたのに……

 

 見詰める俺にそっとローゼルは微笑み返す。反転して映る鏡のように俺も彼女に負けない笑顔を作っていた。

 

 

 

 

 夜空。

 

 星々は一つ一つ光を放ち、夜空を輝かすイルミネーションを彷彿とさせる。

 

 その輝きを毎日拝むのは日本という現実世界では不可能であろう。天候に左右される自然環境、都市に薄らと浮かぶ光化学スモッグは少しでも天空の壁画を曇らせ視界は濁らせる。標高の高い丘や山、都市から離れた海、日本を抜け海外に足を運べばこの空に負けないくらい美しさを目の当たりできるだろうが、そんな時間を浪費してまで出向こうとは凡人は考えない。

 

 でも、この夢の世界なら叶う。

 

 夢の世界なら永遠に感じることができる景色、汚れを知らない仮想の空。それは景色だけに止まらない、夢が構成した体、夢が生み出した環境、夢の世界のチカラ、無限の可能性が存在する。

 

 しかし仮想世界が現実の生死を分けるゲームになったとはいえ、本質は夢だ。

 

 夢が覚めればそれはもう幻想、夢の剣士は消え、剣をまともに触れないひ弱な体に戻る。見るものも、手に持ったチカラも、失ってしまう。結局切っては切れない境界線が現実と夢に存在する。

 

 だが、夢の中で築いた関係、夢の世界で結んだ約束、夢の世界で感じた感触……記憶は目が覚めても留まり続ける。現実だってそれは変わらない。

 

 留まり続けるのだ、夢と現実の境にある共通する絶対の心………そう容はどうであれ。

 

 

 

 

 

 一人ベッドに腰掛けて変わらない綺麗な夜空を見上げる。無数の煌めく星々は視野に収まりはしない。現実では滅多に見ることができない星屑の夜空という絶景と対面しているのに関わらず、その絶景に心を奪われることなく、寧ろ心ここに在らずといった空虚な瞳で星の数が少ない夜空を探す。

 

 ただそこにしかないものを見つけるように瞳を星の海に泳がせて眩しくない場所を探した。

 

「何を見てるの?」

 

 静けさに溶け込んだ声が響く。部屋の扉が軋んだときにはローゼルがそこにいたことにレトは気付いていたはずなのだが、今気付いたかのように言う。

 

「……寂しそうな、お星様を探していた」

 

 暗闇から見える白き少女の姿は灯りのない部屋から唯一照らし出された月光によって映る。

 

「見つかった?」

 

「ううん、まだ見つかってない……」

 

 床の軋む音を立たないほどそろりとレトの傍に寄り、ベットに腰を落とす。二人の肩は近すぎず、遠すぎずといった数センチの絶妙な距離感があり、互いに左右肩を寄り添うことはしなかった。まるでそこに破ってはいけない壁が存在するかのように。

 二人は数瞬の時を過ごすと、レトは星空に写した眼はその輝きと対象的に慙愧な寂しさを宿し、思慮深い口調で話し始めた。

 

 

「……最初は、そっくりだったから気になった」

 

「……?」

 

「全く別の人なんだけど、そっくりで。笑ったときとか、一緒にいるときの空気とか……君を通してあの子を見ていたんだ」

 

 表情に影が濃くなった。レトの安堵と共に落胆さえも感じさせる横顔、そして話す言葉は彼の慙愧な念が見え隠れしていた。

 

「でも、違う……今は違うんだ……見ているものが…………でもまだ、君を見つけられない、見つちゃいけないって……ずっと彷徨っている自分がいる……」

 

 胸の内から流れた短い悲哀を詠い切ると、歌詞を喪った空虚な心は忽ち切なさを報せ、レトの胸を締め付けた。泣きたくても涙が流せないようなもどかしさに右手でベットの布地をギュッと握る。

 現実で待っているあの子に少しでも罪悪感を感じなかったと言うならば夢想だにしない失言だったかもしれない。そしてそれは今ここにいるローゼルを酷く傷つける言葉であろう……だがこの夢想の中で彼女に揺らいだ心は嘘ではない。

 今生きるレト/紅葉にとってはここで彼女と築いた時間、微笑んだ横顔さえも明日を生き抜く希望になっていた。心から分かち合える大切な友人……そしてそれ以上の存在……されど、それをローゼルに求めるのは自分が欲に堕ちたことになる……そうして触れずに逸らしていたほうがいいと、失い灰色に変わることを恐れ、臆病風を吹かせていた己の性分が嘆かわしい。

 

――ズルイな、俺は。彼女の優しさに触れて、自身の本心をまだ偽り続ける……そして答えをローゼルに求めている卑怯者な男だ。

 複雑に絡み合った欲望と願いが少年の良心を深い苦痛を抉り込み、暗鬱な表情が滲み出そうとしたときだった、

 

 

「……見つからなくてもいいよ」

 

 

 いっそう和んだ声が儚げにローゼルの口から囁かれた。すぐ側に置かれたレトの右手にローゼルの白いき左手を重なり合う。

 冷たい。

 二人の手はとてもひんやりとしていた、だが徐々に肌が相手の温度を認識し始め、互いに人肌の熱を生み出す。重なり合う二人の手の脈動が胸の鼓動と同期して互いに存在を確かめ合う。

 

 俺は、私は、ここで生きていると……

 

 ローゼルは瞼の裏で祈りを伝えるかのようにレトへ言葉をあげた。

 

 

「見えなくなっても、見つけられなくても……私はちゃんとここにいるから」

 

 

 渇いた大地を一雫の水が潤いで満たすかのように渇き荒んだレトのこころの中を潤す。レトはその気持ちを今すぐ声にしたかったが、言葉が見つからず空いた口が塞がらずにいた。

 今はただ神秘的な音がレトの縛り付けた心の楔を優しく解くローゼルの慈愛に満ちた言葉を恍惚に心で感じる。

 レトは無意識に口から静かな吐息が漏らして震えた声で名を言う。

 

「ローゼル……俺は……君に……」

 

 瞳を閉じてレトは自然と感涙に咽ぶ。

 

 その声にローゼルは手をギュッと握る。

 

 強く結び合う手にレトは俯かせた顔をあげると、彼女の綺麗な瞳と重なり合う。

 

 瞳を見つめて彼女は答えた。

 

 

「約束よ……私はここにいる」

 

 

 ローゼルからレトに約束を告げた。

 

 互いの気持ちが一瞬、本当に繋がったかのように二人は思いを巡らせた。

 

 すると、部屋から少し強い風が吹き、ローゼルは窓に目を向けると声を上げて外を指差す。

 

 丘の上は、白い花が何箇所に点々と咲き誇り、白き花びらを夜風で揺らしていた。

 

「見て、レト!? 花が…………」

 

 思わず外に向けた輝く瞳を横に見返すと、ベットで横たわるレトの姿があった。

 顔を覗くとすやすやと寝息を立てて、ローゼルの手を握ったまま安心しきった顔で深い眠りについていた。

 ローゼルは慈愛の目を宿してレトの額をそっと撫でる。

 

「ずっと心配で……寝ていなかったんだもんね」

 

 この二週間の夜間、私は寝返りをうつとそこにはじっと夜空を見詰めた彼がいた。

 浅い眠りから覚めるたびにそんな彼の寂しい姿を見た。きっと寝ているのは嘘で私をずっと見守っていてくれていた。

 

――今まで悪夢に魘されても安心して眠れていたのは、レトのおかげなんだね。

 

 彼の頬にそっと手を這わせおくと、人肌の熱を感じ取った指は腕の神経を伝い、そのまま心臓の脈動を体全体に響かせた。

 

 

トクン……

 

 ささやかなぬくもりが湧き上がり彼の寝顔を瞳に写し続けていると、拒絶した胸に激しい情欲が芽生える。

 

――彼を私で満たしたい、このままギュッと抱きしめてあげたい…………

 

 横たわる彼の右手を絡ませたまま、覆うように四つん這いの姿勢でレトを覗く。 降りた長い髪を左手でかきあげて隠れた純白の素顔が垣間見える。

 

 

トクン……トクン……トクン……、胸の鼓動の秒針が断続的に波打つ。

 

 

 深くぬるい吐息を漏らしながら、ゆっくりと顔を近づけた。耐え難い恋慕の情熱が胸を焼き焦がし、渇き飢えた情炎に瞳は揺れる動く。息がかかる距離、鼻先が触れてしまうほど彼は近くに感じられる…………そんな情に駆られる思いとは裏腹に一つその思いと相反する優しい旋律が蒼穹にせせらぐ夜風となって私の記憶を震わせた。

 

 

――『俺達……もう友達だろ?』

 

 

 心から流れ出てくる一筋の優しい記憶(思い)は一粒の雫となって瞼から流れ落ち、私の気の迷いを綺麗に晴らす。

 

 

――レト、やっぱり私は……赤が好きになれそうにない……

 

 

 極めて近く、限りなく遠い彼との距離を埋めるかのように、ギリギリまでに近づけた額と額をそっと当てて、優しい声を囁いた。

 

「レト、フェアリー・ダンスには続きあるの……帰ってきたら教えてあげるね……」

 

 

 

 小屋から出て行く一人の人影。

 咲き誇る白き花達を眺め、夜空に浮かぶ鉄の城へ深紅の双眸を射抜く。

 夜風の波を感じる白銀の髪をフードに覆い隠し、月明かりが照らす丘を駆け下りた。

 

 

 

 




辛い。シリアスしか描けない・・・

ローゼル。

次回の投稿は少し遅くなるかもしれません。そういえばお気に入りが400件越えましたありがとうございます……

章の幕引きまで残り数話、読者様も色々と思うことがあるかもしれません。
そこで一度アンケートを取ろうと思います。
読んで下さった方ぜひは活動報告書へどうぞ!

物語の感想があればよろしくお願いします。

次回の更新も頑張ります!!
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