げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】   作:海老酢

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【第四話】ていでん

 

 

ある日の朝。

いつも通り巡々丘学院は窓硝子は綺麗に割られ、彷徨う屍という表現方法が適切な状態にある生徒たちに溢れている。

学校は変わってしまったもののその状態を保ち続けているのだが、それ以外に変化が無いはずが無く。

 

「うわ」

「ん?」

「とーくん!強い雨ですよ、雨!」

 

若干上側に(ひび)が入った窓硝子を通して由紀は外を眺める。

口調が少し某アイドルゲームのキャラに近いのはその漫画を読んだからだろう。

丈槍由紀は読んだ本にすぐ影響を受けてしまい、気に入った台詞を言いたがる傾向にあるのだ。

ちなみに顔と硝子の距離は零に近く、そこまで近づける必要はないだろうと上条は心の中で小さく呟く。

 

「うおっ、結構強めですね」

 

腰掛けていたパイプ椅子から腰を上げ、由紀の隣に立つ。

雨は小雨程度だったものが今ではざあざあ降りにまで進化を経ている。

そんな中、雨が降りしきる校庭に闊歩する『彼等』は。

 

『……ぁぁ』

 

まるで継続的に続いていく雨から逃げるようにスローペースなその足を校内へと運ぶ。

「雨宿りしてるね」と隣の由紀がぼそりと呟く。

雨宿り…なのだろうか?そこまでは上条には判断しかねるがそうにも見える。

 

(早めに取り込んでおいて正解だったな)

 

小さくため息を吐きながら灰色の天を仰ぐ。

小雨が降り出したときには屋上に洗濯物が干されていたので上条、胡桃、由紀、佐倉は駆け足で屋上に向かった。

到着したときには悠里が洗濯物を洗濯籠に入れる作業の途中だったためすぐに籠をそれぞれが装備し、洗濯物をとにかくがむしゃらに放り込んだ。

もちろんこの人数で作業したのだ、ものの数分程度で全ての洗濯物を籠に敷き詰め屋上から避難してきたのである。

 

ちなみに取り込んだ洗濯物は別の部屋で部屋干し中。

さすがに籠の中に敷き詰めたままにする訳にもいかず、だからといって乾いていないので部屋干し以外に道はないだろう。

部屋干しのにおいが多少気になることにはなるだろうが何もしないままぐちゃぐちゃに洗濯物をほったらかしにするよりは遥かにマシだ。

 

さて。

 

「食べますか」

 

ツンツンとワックスで形を整えた自分のツンツン頭を雑に掻く。

既に佐倉や悠里、由紀は席に着いている。テーブルの上にはそれぞれの席の前にカンパンの山がそびえ立っていて隣にはコップがあり中を覗けば白い液体、牛乳が注がれていた。

 

ただそれだけ。

 

他の物と言ったらカンパンの味付けように置かれたイチゴのジャムやバターといったところか。

 

「やっぱ停電の日はキツイな」

 

山盛りになっているカンパン山をさながら親の敵でも見るように睨みながらぼそりと小声で呟く。

この学校の電力は太陽電池パネルによって賄っている。なので太陽が燦々とこの学校を照らし続けてくれれば問題は無いのだが現実はそこまで甘くはできていない。

ここ数日の雨のおかげで節電節約生活を余儀なくされた。

そのため太陽光による電力の供給が皆無に等しく、節約してきた電力が底を着きそうになったため今夜は停電の日となる。

 

「わたしは停電好きだけどな~」

 

パイプ椅子に腰掛け、フラフラと左右の足を交互に揺しながら由紀は言う。

そう言いながら見つめているのは由紀の目の前にそびえるカンパン山。

食べたいのだろうがまだ胡桃と先輩が来ていないので食事へと移れない。

そろそろ来る頃はずだが。

 

「ゴメン、遅くなった!」

 

ガラガラッ!と勢い良く部室の扉が開かれた。

スコップを背中に背負う女子高生の恵飛須沢胡桃、その隣には。

 

「あはは…………胡桃、勢いが強いって」

 

口角を引きつり、苦笑いをその顔で体現しているのは胡桃が所属していた陸上部のOB兼巡々丘学院の卒業生兼学園生活部仮入部員である通称『先輩』さん。

本名不明。直接的な関係である胡桃ですら知らないという。そして本人も本名についてはあまり語りがらない。

「す、すいません」と先輩の方へ振り返り頭を下げる。

 

「お待たせしました。それでは食事にしましょうか」

 

無機質同士がぶつかる音が部室に響く。

先輩の右手には木製の杖が握られており、それに体重を預けながら少しずつゆっくりとその歩みを進める。

 

「大丈夫?」

「はい。最近はこの足の調子も良いんですよ?」

 

佐倉の問いに返答をしながら先輩は包帯を巻いている右足を左手で軽く叩く。

怪我を負った右足を見つめるその表情は笑みを浮かべてはいるものの、その目にはあらゆる感情がどろどろに混ざっているように見えた。

滲み出る感情の正体を看破はしたものの、それがどういった理由で出来たものかは本人のみぞ知ることだろう。

 

「よっと」

 

杖をテーブルの横に置き、ゆっくりとパイプ椅子に腰掛ける。

先輩に合わせるように胡桃も同じタイミングで椅子に座り込む。

 

「それじゃあ」

 

席に着き、上条は両の手のひらを重ね合わせた。

それを模倣するように由紀達も両手を合わせる。

 

日本人が食事をする前に行うある行為を行うための準備は十分。

なら次はあの言葉を皆で宣するだけ。

皆が笑みを浮かべながら目の前の食料へ意識を向け、その言葉を言い放った。

 

 

『頂きます!』

 

 

少年少女の食事は今始まった。

 

 

 

 

 

少年少女の食事は今終わった。

 

 

『…………御馳走様でした』

 

 

皆がゲッソリとした表情を浮かべながらカンパン山が存在していた目の前の皿へ意識を傾けながら、その言葉を言い放った。

どれだけ味付けを工夫したところでカンパンはカンパン。その固形物は容赦無く口内の水分を吸い取っていく。

しかしその味付けで完食したことは事実。イチゴのジャムやバター、水分を補充してくれる牛乳には感謝してもしきれない。

 

悠里と佐倉はテーブルの皿などを重ね合わせ台所へ運ぶ。

胡桃はシャベルの手入れに先輩は静かに読書をし、由紀は漫画をニヤニヤとにやけながら読み進める。

部室という小さな空間でそれぞれが思い思いの行動を取るなか、上条は席を立つ。

いきなり立ち上がったからだろうか。漫画を読み進めていた由紀と食器を泡で擦っていた悠里の視線が上条に向かう。

 

「あら、どうしたの?」

「いや準備はいつ頃かな~と…………」

「聞いてなかったの!?」

 

上条の悠里への質問に由紀が驚く。

すぐに目を由紀から全力で逸らし始めた上条。

そんな上条の視界に入ろうとする由紀の攻防が始まるが由紀が余りにしつこいので上条によるアイアンクローによって攻防の幕は下りた。

 

「押し寄せるカンパンの土砂崩れと思考の波の二連コンボと格闘していて全く耳に入ってきませんでした!」

 

五本の指を伸ばしきっちりと合わせた右手を頭の額近くに当てながら敬礼のポーズ。

清々しいぐらいの笑顔を浮かべながらはっきりと答える。

 

「えいっ」

「ん?」

「ええっ!?」

 

ひょいっと横を向くと由紀の身体が上条の身体があった場所を通り過ぎた。

上条と同じく右手の五本指を伸ばし合わせ、上条の頭にチョップを当てに行くが上条がそれを無意識に感じ取り、身体が勝手に動いたのだ。

その結果。

 

「痛ぁ!」

 

由紀は部室の床へ顔面ダイブに成功。

その額がほのかな赤色に染まり、由紀は赤くなった額を手で擦る。

 

「大丈夫ですか?」

「心配するなら避けないでよぉ……」

「あはは、すみません。癖になってて」

 

謝罪の言葉を述べながらその柔らかい質感ながらも少し鋭さがあるツンツン頭を右手で掻く。

頬を膨らませながらパンパンと制服に付いた塵屑(ごみくず)を振り払う。

 

「もう。それでキャンプのこと?」

「ああそう、そうですそれ」

「当麻?」

 

名前が呼ばれた。

後ろへ振り向けばそこには頬に手を当て、静かに笑みを作り出す悠里。

背中に寒気が走る。このままでは途轍もない不幸へと誘われるに違いない。

 

悠里を見つめるその目が緊張で徐々に乾いていく。

ブワッと体から冷や汗が垂れ流、意味もなく無意識に口角が上がってしまう。

自分はこれから彼女にどのような仕打ちを受けるか、ある程度の予想は可能だ。

 

上条が何を為すべきか、その答えは自然と脳内に浮かび上がってくる。

土下座の準備はとうに出来ている。あとは彼女の口から放たれるその言葉を待つのみ。

 

(来い……)

 

覚悟は最早決まっている。大切なのは為すべきことを為し、正しいと判断した行為を貫き通す。

ただそれだけ。

 

そして。そして…

 

悠里は上条への判決を言い渡す。

 

 

「次はちゃんと人の話は聞きなさいよ、いいわね?」

「あっはい」

 

 

一瞬で気が抜けた。

上条としては何かがあるのではないかと思ったのだが。

 

「ね?」

 

由紀の笑顔でさらに気が抜ける。

どうやらここまでの予想は上条の思い違いだったようで。

ここまでに繰り広げられた覚悟までの準備は茶番で終わってしまった。

いや多分どう足掻いても茶番に終わったであろうことに上条は奇しくも気づくことはなかったのだが。

 

「それで遠足…じゃなくてキャンプなんですけど」

「ああ、そうだったわね」

 

そもそも上条が聞き逃した話―――――『キャンプ』について聞き直す話だったはず。

そこに至るまでに茶番が繰り広げられたのだがようやく本題に移れる。

 

「由紀がどうしてもやりたいの~って駄々捏ねたんだよ」

 

ケラケラとニヤつきながら胡桃は言う。

胡桃の隣で読書を嗜んでいた先輩もクスクスと静かに笑う。

 

「少し子供っぽいものね、丈槍さんは」

「も、もうくるみちゃんもめぐねえもひどいよ!」

「ほらほら落ち着いてゆきちゃん」

 

頭をやさしく撫でる悠里の手に口を尖らせていた由紀の表情はほだらかになっていく。

その表情は惚けすぎて蕩けて見える。「ぐへへー」という奇妙な撫で声のようなものが口から漏れているのが若干気持ち悪いが。

 

「まぁ、ゆきちゃんの提案で今日はテントを取り出してキャンプをしようってことになったの」

 

悠里が由紀の頭を撫で続けながら上条へ簡単にまとめた説明を述べた。

ブンブンと首を縦に振り、由紀は悠里の話したことが合っていると肯定する。

 

「だから後でくるみたちに別の部屋にあるテントを取ってきてもらおうってことになったの」

「わたしも手伝うよ!」

 

右手をピシッ!と上へ伸ばす。

由紀の笑顔が一層に輝きを増していく。

 

「それじゃあ早速」

 

シャベルを背負いながら、胡桃は席から立つ。

その動きに連動してツインテールが揺れる。

 

「取りに行きますか!」

 

扉をバンッ!!と勢いよく開ききる。

勢いのあまり扉は壁にぶつかった反動で少しずつ閉まっていく。

 

「胡桃…」

「あっ」

 

先輩がまたその顔に苦笑を浮かべていた。

悠里の横で「わたしも行くわたしも行くー!!」という由紀の元気な様子もこの空間では浮いていた。

 

 

 

 

 

「ここをああして…こうして……っと」

「よし、完成だな」

 

テントの調達から数時間が経った。

そんな夜のなかでキャンプのためのテントづくりが今、完成を迎えたのだ。

天井とまではいかないものの、届きそうなほどの大きさを誇るテントはまるで一つの基地にも見える。

 

「お~」

「キャンプなんて久しぶり…」

「ホントに…いつぶりだろうな」

 

パチパチと小さく拍手をしながら感嘆の声を上げる由紀、頬に手を当てテントを見つめる悠里、遠い過去を思い返す上条は部室の端に立ち

 

「ふふ、本当に…何年ぶりかしらね」

「…」

 

同じく佐倉も上条の隣に立ちながら懐かしいという気持ちを抱きながら建てられたテントを見ている。

おそらく佐倉はこのテントを見ているのではないのだろう。

もっと内的な…今までは圧倒的に近くで、今は絶望的に遠い、見やるという表現でしか見ることのできない過去。

彼女はこの中で唯一の大人。上条たちのような子供ではなく、責任というものが自分たち以上に付き纏う非常に堅苦しい生き物。彼女も彼女なりに責任を持っているのだ。様々な責任を。

 

(めぐねえ…)

 

ならば上条に出来ることは。

この一介の、『普通の高校生』である上条当麻に出来ることといえば。

 

「なら俺は見回りに行ってきますので先生たちは先に寝ててください」

「えぇ!とーくん一人で見回りなんて大丈夫!?」

 

佐倉に言ったのになぜか真っ先に反応したのは由紀だった。

しかも何だか失礼な物言いでイラッときた上条は軽めのチョップを由紀の頭にお見舞いする。

叩かれた部分を押さえ、抗議の目を上条に向け始めた。

 

「えっ、でも…」

 

痛みで呻く由紀を余所目に佐倉は心配そうな様子で廊下のほうへ視線を移す。

大人として、教師として。子供である上条を一人で行かせることが心配ということだろうか。

だが上条も子供ながらも一人の男。いくら大人で教師である佐倉も一人の女性なのだ。

教師に守られるのは生徒の役目だとしても。

 

「みんなを…いや、佐倉先生を守らせてください」

「…」

 

佐倉と上条は教師と生徒という立場の前に、女と男だ。

上条は男として、非力な女性である彼女を守りたい。

例え彼女に実力が伴っていたとしても、上条はこの命を懸けてでも守り抜く。

だからといって命を落とすつもりは毛頭ないが。

 

「今日ぐらいはいいじゃないですか。彼女たちとたくさん話してください、彼女たちに元気を分けてください。今の俺に出来るのは……この腕っぷしで手の届く範囲の人たちを守ることだけですから」

 

自嘲するように言ってみる。

だがこれは本当のこと。現在の上条当麻に出来ることは彼女たちから出来るだけ…本当に出来るだけ危機から遠ざけることただそれだけ。心を支え、精神を支えるのは他のみんなの役割であり上条ではない。

 

(そうだ。今の俺にはこれしかできない。俺のすべきことはこの役割のなかでどれだけ危機を避けるか。それだけに思考を巡らせればいい)

 

自分に出来ないことは解りきっている。ならば出来ないことは出来る人に任せればいい。

弱音を吐いて、頼み込めばいい。無理をしてやれないことに手を伸ばせば、きっとそれは『終わり』へ繋がる。

それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

ならば。

 

上条の役目の、役割で動いていける範囲内で動けばいい。

ただ正しいと結論付けたことへ愚直に進んでいく、ただそれだけでいいはずだ。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

部屋の端に退けられた机に置かれた懐中電灯を手に取り、カチッカチッとスイッチを二回程押し、動作確認を行う。

問題のないことが確認した上条は扉へ歩く。扉へ手を掛けようとした時。

 

「ふふ」

「丈槍先輩?」

 

唐突に横から現れた由紀が上条の代わりにその扉を勢いよく開く。

 

「行ってらっしゃい」

 

扉を開けた由紀は笑顔を上条に向ける。

 

「…………えっ、あ、丈槍さん!?」

 

佐倉はその顔を驚きと困惑の混ざり合った表情に染める。

上条にはその意味が何となく、ただ漠然とだが、察することができた。

けれどそれには意味が無い。今の上条にその感情を読み取ることができたとして、どうすることも出来ない。

 

(悔しいけど…………それは丈槍先輩自身が解決しなきゃいけない問題なんだ。そこに今の俺が介入することは難しいはず)

 

何も出来ない訳では無い。

でも出来ることは限られている。

そんな自分がとても不甲斐なく、どこまでも矮小なんだと再確認できてしまう。

 

「もう、とーくん。行くの行かないの?」

「ああ、ゴメンな。見回り行ってくるよ」

 

不甲斐ないなら不甲斐ないなりに、矮小ならば矮小なりに。

その右手を握り締め、誰一人欠けることなくこの部活を存続させることが今の上条当麻の役割であり、存在意義であり、生きる意味の一つになるのではないか。

 

(なら……)

 

柔らかくも尖ったそのツンツン頭を乱暴に掻きながら、上条は懐中電灯のスイッチを押し、暗闇の廊下を照らす。

真後ろの部室から廊下へ響き渡るその騒がしさが上条の心を圧迫していた緊張をほぐしてくれる。

自然と笑みが零れ、改めて護るべき日常を確認することができた上条はその決意をさらに強固としたものに昇華した。

 

「よし」

 

開いた左手に堅く握り締めた右手を叩き込む。

部室の扉は閉められる音を合図に上条は右に回り、一歩を踏み出す。

この上条当麻が歩む一歩目はとても小さなものだ。

けど。これから歩む人生の中では決して小さな一歩ではないはずだから。

そう信じて。奥の見えない廊下を小さな光で照らしながら、上条当麻は二歩目を踏み出した。

 




ちょっと同じことばかり言ってる気が…
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