げんそうごろし!~Imagine Breaker~【凍結】 作:海老酢
巡々丘駅。巡々丘市とあらゆる市町村を繋ぐ移動手段の一つにして巡々丘市の町並みを象徴する建物。現在はその役割や目的を全うする機能の大半を失ってしまった建物の一室に主に緑と白で構成された制服を着用する少女が壁へ寄りかかっていた。
「―――――――ッ」
真っ直ぐに伸ばす片足に激痛が走る。この部屋―――――駅長室に逃げ込むまでの道中で負った怪我が疼く。『かれら』からの逃走中、行く手を阻むように少女へ向かってきた落下物の一つが少女の片足を潰しにかかってきた。幸いにも致命傷までにはならずに済んだものの、その片足には激痛が常時襲来するように。それに加え、時間が経つとともに痛みが増してゆき、彼女を肉体的にも精神的にも追い詰めていく。
「…」
横目に。手の届く範囲に、しかし少し目線を上げなければしっかりと目視できない位置にある「物」を確認する。それは学校の放送室でも見かけられるような機材やマイクが設置されていた。大きな溜め息をひとつ吐く。少女にとってそれは微かしかなく本当にあるのかも知らない「希望」というものを手にするための放送機材だ。
(届いてる、よね。きっと)
今までの―――といっても少しばかりの現状説明に過ぎないものではあったが―――話ではきっとこの一室に逃げ込んだのはつい先程、という印象を受けてしまうだろう。しかし違う。少女が『かれら』から逃げ延びたのは昨日の午後五時前後。少女が今も気に掛けているのは現在の希望となる放送機材を使いSOSを周波に乗せて見知らぬ誰かに自分の救いを望む声が届いているか否か。疑問が何回も何周も頭の中を巡り、結局は知ることの出来ないという結論に達するという自己完結までを昨日から現時点まで続けていた。
(いつまで…続くんだろ)
少女は今までの常識から成り立っていた昔の日常が存在していた最後の一日から、新しい常識で埋め尽くされた今の日常の最新の一日までを思い返す。初めて自分の知る日常というものは脆いものだと知った。初めて希望が非現実で、どうしようもない絶望が現実なんだと知った。それを知ってから。それを目の当たりにしてから。少女は笑顔を作れない。涙も、とうに枯れ果てている。それ程に少女は涙を流しすぎたのだ。
(大丈夫。誰かが助けに、きっと来てくれるはずなんだから)
そのために。少女は慣れない手つきで放送機材を扱い、何とか助けを乞うまでに辿り着いた。そして今もこうして立て籠もりながら誰かを待っている。それにこの状況下だがすべての機械が壊れるか使用不能になっている、なんてことはないはず。ならば誰かがこの放送を聞いている可能性は決して零ではない。だからきっと来るはずだ。可能性は存在するのだから。絶対はない。それは正でも負でも言えることだから。だから、
『…ぁ』
「ひぃ―――ッ!」
駅長室の扉の向こう側から『かれら』の詰まった喉から捻りだしたような声が耳に入ってくる。否応にも絶えず。それだけで少女の精神は恐怖という
(嫌だ。なんでこうなったの?何処で間違っちゃったの?)
身体が不自然に震え出す。あらゆる感情が少女にのしかかる。それは正ではなく負。言葉に出来ないような感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う形容しがたい感情の根底にあるのはとても原始的なものだ。
恐怖。その単語こそ今の彼女を押しつぶそうとしているものの正体を表現するのに相応しいだろう。
(はは、震え…止まらないや)
乾いた笑いが思わず出そうになる。こんな状況になるのだったら大人しく以前に避難していたモールの一室で、親友と呼んでいた少女と食料も何も無い状況になるまで籠もっていた方が良かったのではないか。単独での行動に移らずに唯一一緒に生き残った親友と『ただ生きるだけ』でも良かったのではないのか。
(ダメだな私)
後の祭りだと分かっていても。今更どう悔やんだとして、あの時に戻れるわけがないと分かっていても。少女はただ後悔だけを繰り返す。少女はそんな中で自分が底なしの泥沼に填っていくような感覚に陥る。終わらない自問自答と奈落へ堕ちていくような自虐と化していく自己評価という底なし沼へと。
『圭』
「…」
親友の声が聞こえたような気がした。自嘲の笑みを浮かべ、少女は頭を抱える。そうだ。わかっている。自分勝手な考えで、同じように不安で押し潰されそうになっているはずの親友をあの狭い空間に置いて行ったことは。
分かっている。解っている!判っている!!
(でも、やっぱり私は―――――――)
親友を置いて行きたくない。でも一人は嫌だ。
外へ出ては餌食になるだけ。行かなくては毎日はただ寿命を延ばすだけの行為を繰り返すだけの日々になる。
親友を道連れにしてはならないから一人で行くしかない。たった一人だけで逝きたくない。
生きたいのか。逝きたいのか。
待つのか。行くのか。
自分の意志を優先するか。親友の意思を尊重するべきか。
出て行くことを決めてから今の今まで葛藤は続いていた。際限なく、扉の奥から嫌でも耳に入っていく全ての音にも気を止めずに。
(今更。突き放すようなことを言ったくせに)
いや。突き放すようなことを言ったからだろう。別に少女は親友のことは嫌いじゃない。むしろ好きである。そうでなければ、今でも彼女を親友と呼称しないわけがない。
(無事かな…)
モールの一室から旅だったあの時からずっと気に掛けていた。彼女はまだモールにいるのだろうか。あの一室の中でただひたすらに生きているのだろうか。それとも他の生存者と合流できたのか。
(それとも)
その先は想像したくはなかった。その結末だけはどうしても受け付けられない。受け付けてはならない。
(やめよう。考えるのは)
それ以上、その先を考えてしまってはさらに泥沼に填っていくだろう。待ち続けよう。誰かが来るとは限らないだろうが。
圭のキャラを掴めてないような気がした七話。