「ルシファー様! これでは、女神の思うつぼです! 」
紺碧の空から突き刺す様に、太陽の光……とは違う何かが雲の合間を通って、草原へと一直線に落ちてきた。
「……女神クトゥーリアめ。やってくれる!」
手のひらの上には、小さな宝玉が光っていた。けれどその光は弱々しく、今にも消えてしまいそうな程だった。
「お逃げ下さい! 貴方は、我等魔族の希望。貴方さえ生きていれば……」
この場所は、普段はとてものどかな草原だった。野うさぎが跳びはね、数多の爬虫類が草や花を求めてやってきた。
弱い魔物は人間に苛められ、その都度助けにいく……それがこの場所ーーの、筈だった。
それが今や、魔物の雄叫びが阿鼻叫喚に代わっていた。
逃げまとう魔物の身体がただの地肉の塊へと変わり、血は噴水の様に勢いよく草の色を緑から朱色へと変えた。
「ルシファー様! 私(わたくし)は、この様な悲劇を見とう御座いません」
白銀と言ってもおかしくないない程に美しい髪が突風に煽られながら、大きくバサついていた。
髪色に合わせるかの様な白い服は大きな胸と括れた腰のラインを見せびらかすかの如く、肌にピッタリと密着していた。
「それに……」
迫りくる光線を片手で握り潰し、美しく微笑む。
「ん? アテナよ。何だ?」
「ふふ……ルシファー様のお美しい顔に傷でもついてしまうと思うと……」
アテナと呼ばれた白銀の髪の女性は艶美(えんび)な微笑みを向け、自らの眼球にある人物の姿を写した。
鮮血の様に朱色の髪は首の後ろで一まとめにされており、髪と同じ朱色の瞳もまた、白銀の髪の女性を写し出していた。
「アテナ……時と情況を考えて言っての事なのか?」
「あら? 私は何時でも、そう思っておりますが?」
数々の爆音に混じり、悲鳴すらも聞こえてくるこの惨状下の中で、何とも呑気な会話だった。
「……まあいい。今は、あの女のをどうにかしなきゃならないのだろうしな」
深紅の髪の青年が視線を向けた先にいたのはーー刀身がとても長い銀色の刀を持った……美しい女性だった。
背中から生えた6枚の純白の翼は蛍火の様に光沢を帯びていた。少量の動作でも突風に代わり、この惨劇の中でも一際大きく唸りをあげていた。
「ルシファー……貴方は、悪なのです。この世に、悪は必要ありませんよ?」
流れる様に美しい黄金の髪が、宙を浮遊する女性の表情を隠してしまう。
そして……雪の様に白く糸の様に細い指で、深紅の髪の青年を指差した。
「それは、お前達天族が勝手に決めた事だろ? 人間すらも虫けらとしか思っていないお前達なのにな?」
深紅の髪の青年と白銀の髪の女性は、鳥の様に翼を広げている天使を睨み付けた。
ーーそして、ある人物を天使から隠す様に前に立った。
深紅の髪の青年が心配そうに後ろを向くと、数多の魔物が涙し何かを取り囲んでいた。その中で、1人の少女が奮えながら泣き崩れている。
両手で誰かの手を握り、必死に呼び掛けている。
腰まで伸びた艶やなか黒髪は、戦場の余波でバサバサと波打つ。
そんな少女は、上半身は白く下半身は赤い着物……巫女装束と呼ばれる服装に身を包んでいた。
「……っく。ひっく……きて……嫌……死なないで!」
魔物に囲まれている為、"何"が少女の悲しみの原因となっているのか……それは見えなかった。
「……っ!」
深紅の髪の青年はその光景を見て、心臓が跳ね返った。
「……私にもっと力があれば!」
唇を強く噛み締めているのか、少量の血が出ていた。
深紅の髪の青年は黄金の髪の女性に対向するかの様に、地面に突き立てていた大剣を引っこ抜いた。
そして、その切っ先を女性に向ける。
「……このままでは、平行線のままの様ですね。良いでしょう」
鏡の様に女性の顔を写し出した刀を軽く1振りし、美しいく微笑みながら翼をユルリと動かした。
女性は速度を上げながら深紅の髪の青年目掛け空中で急加速し、笑顔を絶やさぬまま落下していく。
「ふふふ……そんなに我等が憎いのですか?」
「ああ憎いな……何せ……」
白銀の髪の女性を後ろへ下がらせ、両手で大剣を持った。
塾足に体重を乗せ、構えの体勢になる。
「……お前は、俺の大事な者の魂を奪いやがったからな!」
ーー空中から突進してくる女性と、地上から空中へ向けて突撃する男女の衝撃波が唸る。そして、荒波の様に荒野となった元草原全体を、巨大隕石が落下した時の様な爆発を生んだ。
「ーールシファー様」
白銀の髪の女性は瞳を閉じて、両手を握り祈り続けた。
その頬には、1筋の涙が溢れていた。