木枯らしが吹き、木々の葉が緑から茶色へと変わり始めた季節……秋の夕焼空の茜色が切なさを誘う。
石焼き芋の音楽が住宅地に響き渡っている時、近所のおばさんが回覧板を届けに流家を訪れていた。
「あら? まあまあ……お仕事なら、仕方ないわね」
チャイムを押そうとしたのが、玄関に[息子と海外撮影に行きます。しばらく帰りません。用件のある方は、帰って来てから聞きますね。ハート]と、書かれている紙が貼られていた。
「人気者は、大変ねえ~」
貼り紙を見たおばさんは微笑んだあと、空を見上げた。
閉め切っていたカーテンの隙間から少しだけ外を眺めた琉輝唖は、おばさんの姿が見えなくなったのを確認した。そして完全にカーテンを閉め、留史加を睨む。
「それで? 本当のところは、どうなんだよ?」
父である留史加を半分脅す形で、釘バッドをちらつかせていた。
「……えっとですね、はい。正直に申しますと、琉輝唖君の唇を……」
正座をさせられながら、チラチラと琉輝唖を見ている留史加だった。その額からは大量の冷や汗が溢れていた。
「……分かった。本格的にお墓の中で暮らしたいんだな?」
「え!? ち、違うぞ!?」
そんな、何とも情けない親子喧嘩の光景を見せられている乃利香は大げさとも言える咳払いをし、留史加だけを睨みつけた。
「留史加様……本当の事を教えてあげたらどうでしょうか?」
慌てふためいて筈の留史加の表情が、一瞬で強ばった。けれど乃利香は琉輝唖の為ならばと、それすらも気にする事なく話し続けた。
「琉輝唖様のキスシーン云々は、半分本気でしょう。ですが残りの半分は、別の意味を持っておりますので」
「別の……意味?」
乃利香の笑みは琉輝唖に向けられたが、留史加には向けられる事はなかった。
そしてそんな彼女の言い分は、琉輝唖にとっては謎でしかなかった。
コトリと首を傾げる琉輝唖を見て、留史加はデレデレした表情になり、乃利香は「可愛い」と呟いた。
「こほん、琉輝唖様。詳しくは、留史加様からお聞きになられた方が宜しいかと。まずは、お座り下さい」
乃利香の誘いもあって、リビングのテーブルの椅子にに腰を落ち着かせた琉輝唖は、持っていた釘バッドを柱に立てかけた。
「……そうだな。取り合えず、どうして居留守を使っているのかも説明しなくてはな」
新築というだけあって真新しさがあり、リビングの床は鏡の様に琉輝唖達の姿を写していた。
キッチンも新品同様で、余り使われていないようにも見える。
「……母さんがいなくなってから、何年になるかな?」
「……さあ? 僕が物心ついた時には、もういなかったし」
留史加が椅子に座ると、乃利香が小さなランプをテーブルの上へと置いた。
小さな明かりはテーブルの周囲だけを、ユラユラと照らしていた。
「それと今回のムカつくやり方と、何の関け……」
「魔界が侵略された」
「……えっ!? 」
間を開けず留史加の口から伝えられた言葉に驚愕し、勢いよく椅子から立ち上がった。そんな琉輝唖の少し青ざめてしまっている表情を見ても、態度すら変える事のない留史加は、再び言葉を紡ぐ。
「冗談抜きの話だ。前々から天族の不穏な動きには気を配ってはいたのだがな。どうやら、本格的に侵略し始めたらしい」
留史加の憂いを帯びた表情は、ランプの明かりがよりいっそう強く深い闇を見せていた。
「俺は奴らを止める為に、異界へ戻るつもりだ。ただ……」
乃利香は無言で頷き、琉輝唖は……何も答えなかった。おそらく、父の本音を聞いてから答えるつもりなのだろう。
「だからな琉輝唖。お前も一緒に来て欲しいんだ」
突然の誘いに驚き椅子から立ち上がった琉輝唖だっだが、これについても答えようとはしなかった。
ーー黙って留史加の言葉を聞くだけだった。
意外にも大人しい息子に少し驚いた留史加は、目を丸くした。普段なら何かしらの反発がありそうなのだが、今回に限っては冗談ではないという事を感じ取ったらしく、目線を反らす事なく話に聞き入ってくれていたのだ。
そんな息子に心の中で喜ぶだけに止めた留史加は、話を続けた。
「向こうへ戻る以上は、人間国の仕事は無理だろう?」
「僕の意見を聞かないのか? 行かないとか言うかもしれないよ?」
留史加は微笑し、琉輝唖は無表情のまま、言葉のキャッチボールを続ける。
そんな親子を交互に見つめていた乃利香は場の空気を壊さぬまま、紅茶とクッキーを置いた。
「……ふふ。確かにな。でもお前は、皆が心配なのだろう? 俺が業務で忙しかった時なんかに、親代わりとしてお前の世話をしてくれた"彼"が、向こうにいるのだからな」
「ぐっ……! やっぱり、トロールおじさんを引き合いに出してきたか! 父さん、それ卑怯……」
「この際、卑怯でも難でも構わないさ。お前が向こうへ行く為の手段だ」
この2人の会話に出できたトロールとは、一般的には知性を持たないとされていた。けれどある出来事が切っ掛けとなり、たった1体だけが知性を持って出現したのである。
「お前を向こうへ行かせる手段だからな。彼には悪いかもしれないが、この際利用できる者は何であれ利用させて貰うさ。それが俺の……いや」
立ち上がり、座っている琉輝唖の頭を優しく撫でた。
「私……魔王ルシファーのやり方だ」
魔物を率いる立場であるが故に、時には残酷な決断をしなければならない。それをよく知っているからこそ、守るべき仲間でも手段として使う。
ーーそれが、魔王ルシファーという自分の本心だった。