ランプの橙色の輝きだけが、漆黒の空間を照らしていた。
上下左右の感覚すら分からない程に薄暗い場所で、リズムの違う足音が響いていた。
1つはとても静かでゆったりと。2つ目はゆったりとしてはいるものの、どこか足早だった。最後の音はその2つの音に必死に付いていくのがやっという程に、間を開ける事なくとても足早だった。
「……じゃあ俺が魔界に行きやすい様に、仕事をキャンセルさせたって事?」
「そうだ。あのまま仕事を続けていたら、魔界なすら行けないだろう?」
暗黒でしかないこの場所で、留史加と琉輝唖はまるで目の前が見えているかの様に、何もつまずく事なくスラスラと階段を降りていく。
その2人の後ろにはメイド服の美少女ーー乃利香が、危ない足取りでヨタヨタと階段を降りていた。
ただ1人だけがランプを持って進んでいるのだが、それでもその明かりだけではともないらしく、壁に手を付けながら下を向いたまま降りていた。
そんな乃利香の足取りが危なかっしく思えた琉輝唖は、そっと乃利香に手を差し伸べた。
「あ……ありがとうございます。琉輝唖様」
「ううん。人間である君の目では、ランプの明かり程度だとこの暗闇の中を進むのは、厳しいだろうからね。転んででもしたら、乃利香の可愛い顔に傷が付いてしまうしね」
優美な優しさを持ち合わせた微笑みを向けられた乃利香は、顔をトマトの様に真っ赤に染めてしまう。
「ははは。我が息子ながら、女をくどくのが上手いな」
先頭を歩く留史加は後ろを見る事なく、豪快にちゃかしながら笑っていた。
琉輝唖はムカついたのか、無言でその背中を蹴った。留史加は「おっとっと……」と、蹴られた反動で少しだけ前のめりになるものの、直ぐに立て直し再び階段を降りていく。
「さて……話を戻すが、魔界へ行くとなると、長時間滞在になる。この場所にも当分戻って来れなくなる」
「……母さんの墓参り、しておけばよかったかな?」
「ん? それは、大丈夫だ。昨日の内に済ませておいた」
何とも手回しの良い事だろうかと思う琉輝唖と乃利香だったが、これがこの人のやり方なのだと知っていたので、あえてそれ以上は言わなかった。
「ふっ。理解のある子供達で嬉しいよ。さて……」
留史加が立ち止まると、乃利香はランプの明かりを頼りに辺りを照らした。
照らされた留史加は一瞬眩しさを感じるも、終着点となった場所をジッと見ていた。
「ここから魔界の[コキュートス]と呼ばれる、俺が住んでいた氷地獄のある地下へと行ける」
「氷……寒くないのでしょうか?」
「俺は魔族だからな。寒さとかは基本平気なんだ……って、お前と乃利香はそうでもなかったな」
琉輝唖はウンともすんとも言わず、乃利香はコクリと頷いた。
「乃利香は人間。琉輝唖は……」
「この扉にある壁画……これって、父さんをイメージしたやつだよね?」
留史加の言葉を遮る様に、琉輝唖が口を挟んだ。
そんな琉輝唖のマイペースブリにやれやれと思いながらも、留史加は乃利香に目前の扉を照らす様に頼むと、ある物へと視線を向けた。
紺碧色の扉はとても古めかしく、中心部には大きな壁画が描かれていた。
頭の左右に牛の様な角があり、背中には大きな6枚の翼を生やした悪魔だった。とても優しいとは言い難い悪魔らしい笑みで、開けられた口からは牙が見えていた。
「豚みたいだよね?」
「え!? 何で豚!? お前から見た父さんは、豚小屋行きなのか!?」
「は? ……何当たり前の事言ってるの? 父さんは、家畜以下でしょ?」
何処をどうとったらそうなるのか。豚呼ばわりされた留史加はショックを隠せなかった。
そんな何時ものやりとりに、乃利香はクスクスと微笑んでいた。
コホンと強く咳払いをした留史加は気を取り直して、扉の側に設置されている装置に向かって、指をさした。
留史加が示した装置は1本脚だけで立っており、中心には縦に長細い窪みの様な形が出来ていた。
「この[双子(ツイン)の宵闇]に、このカードをはめるんだ。この箱の中のカードは[アルカナ]と呼ばれるタロットカードになっている」
茶色い箱は中身に反して大きいのか、少しカラカラと音がしていた。
箱を開けると、留史加の言う通りタロットカードが入っていた。その束になっているガードの1番上には[WORLD(ワールド)]の文字が書かれて、輝く数多の星に囲まれた地球が描かれていた。
「この[WORLD(ワールド)]のカードを、この窪みにはめ込むと……」
自信満々に窪みにカードを設置するのだが……。
ーー暫しの間が留史加の自信に満ちた表情を、徐々に強ばらせていく。
「あ……あれ? おかしいな?」
カードをひっぺがしてはまた填めてを何度も繰り返す内に、段々自信すらなくなっていったのか、しまいには膝を抱えて落ち込んでしまった。
「何故だ!? 俺用に作られたカードではなかったのか!? 魔力か!? この姿では、基本的な魔力すら足らないと言うのか……」
「ウザいな、この人……」
ブツブツと壊れた人の様に呟き続ける留史加の手からカードを奪い取った琉輝唖は、窪みに填めた。
「私用に作られたガードだから、お前がやっても……」
「あっ。開いた」
ガコンという鈍い音がしたと思ったら、扉が左右に開いた。
「……え? は? な……何でだー!?」
額に汗を流しながら琉輝唖の両肩を鷲掴みすると、そのまま大きく前後へと揺らした。
「何でだ!? 琉輝唖がそれ使えるとか、おかしいでしょ!? いや、お前は魔法の才能溢れる超天才魔術師だろうさ。世界最強とうたわれた[トリスメギストス]よりも、遥かに優秀なのだろう!」
「は? ちょっ……父さ、脳が揺れる……」
「ああそうさ! お前は超可愛いだけじゃなくて、ウルトラ超(スーパー)激カワの世界1……いや、宇宙1と言っても過言ではな……」
「ウザいわー!」
どこから取り出したのか分からない釘バッドで、留史加を殴り付けた。すると留史加は、ボールの様にぶっ飛んだ。
「今日も平和ですね……」
そんなどうしようもなくアホな親子のスキンシップを見ていた乃利香は、肩で溜め息をついたのだった。