Snow wind & Temerity heart VS The world 作:Phidias
「いけ」
セッセの命令を受けてカ・グター・バ達は一斉に襲いかかる。その数は10体ほど。後ろにはまだ大量のカ・グター・バが控えており、仮にこの10体を調伏したとしても次々と襲いかかってくることは間違いない。本来なら勾導たちを包囲して殲滅する事が最も楽で効果的な戦法なのに、それを敢えて実行しないのは自信からなのか。それとも、勾導たちに恐怖と絶望感を与えるためなのか。セッセの腹の内は全く読めない。しかし、一つだけ分かる事がある。
自分と村の秘密を知った彼らを決して生かしては返さないという事だ。
カ・グター・バは一直線に勾導を狙ってきた。方陣や体の紋様がヤツらを引き付ける撒き餌のような効果があったのだろうか。思わず勾導は舌打ちをする。だが、舌打ち一つして状況が好転するわけがない。 一体のカ・グター・バが五芒星の中に入った。無論、狙いは勾導だ。その喉を噛み抉るために鋭い牙を剥き出しにして見せ付ける。
勾導はその動きを奇妙な違和感を感じた。カ・グター・バの動きは犬を元にしているだけ素早い。だが、方陣に入った途端に急ブレーキをかけたかのようにガクっとゆっくりとなった。目の前の化生の動きがスローモーションのように感じる。勾導はとりあえずエルボーを鼻っ柱に叩きこんだ。すると、カ・グター・バの犬顔がパンッと音と共に弾け飛んだ。なにが起きたのか分からなかったのだろう。体だけとなったカ・グター・バの体はピクピクとしばらくは動き、やがてその生命活動が終わったのを示すかのように大きく膨らみ、内臓と犬の顔を撒き散らしながら爆発した。
「きゅい、あのムキムキすごいのね! とっても強いのね!」
イルククゥが驚きの声をあげる。隣にいるエノも剣を構えながらその様子を見て、口笛を吹いた。タバサは、
「これが、チキュウの魔法の力……」
杖を構えながらそう呟いた。勾導の力を知っているタバサは紋様と方陣の呪術効果のおかげで、カ・グター・バを大幅に弱体化させ、逆に勾導を強化させたのだと冷静に分析した。なんと強力な呪文なのだろう。これならいける。タバサはそう判断し、手にした羊皮紙に書かれた呪文を唱える。
「ムナンバナンケザフ。イオヨカウホウョシルーボンゴラド。ヨダンナテッオィデタッイニクゴンテ」
勾導は新たに唱えられる呪術の効果を肌に感じる。五芒星の効果によって次々とカ・グター・バが方陣の中に入ってきた。方陣は直径3~4メートルの大きさで描かれていて、十分に動き回れる広さはある。そこに入ると同時に、化生は動きがゆっくりになり、勾導は余裕を持ってそれに対処していく。
バックエルボーを、顔を削ぐようにぶち込む。
スピンキックを、胴体を真っ二つにするように蹴り込む。
ニーキックを、腹を貫くように打ち込む。
ブルドッキングヘッドロックを、首を刈り取るように極める。
その他にも技を矢継ぎ早に決めていく。その度にカ・グター・バは苦悶の叫びをあげて爆発して、周囲にそれが散華した跡が散らかる。方陣の周囲は赤く染まり、血の匂いで満ちたため、イルククゥは思わず吐き気を催した。その光景を創り出した勾導自身も、喉の奥からくるものを感じたが必死に抑え込む。今オレは目の前の化け物どもをぶちのめすモンスターハンターだ。こいつらと、それを作ったヤツをブッ潰してから吐き散らかせ。そう自分に言い聞かせながら化け物にヴァニラ・アポラスを決め、首と体を分断させる。顔に血の雨が降りかかる。油のようにヌルッとしていて、膜を被ったような感触がした。それを拭い、襲いかかろうと様子を見ている化け物どもにFサインをやり挑発した。
「どうした、ここにはゴースト・スイーパーも地獄先生も裏高野もいねぇんだぞ! いるのはただのオタク高校生とちびっ子魔法少女と中年コソ泥と頭がアレなきゅいきゅい女だけなんだぞ! ビビってんのか? わかったら、ちゃっちゃか来いやぁッ! ジャァァ~ストォ、ブリンギィット!!」
タバサが呪文を唱えている間、エノとイルククゥはカ・グター・バをおびき寄せ、勾導の元に連れて行く。その2人の頑張りのおかげで、最初に向かってきた10体は調伏(という名の殲滅)が完了した。だが、未だに約30体以上のカ・グター・バが控えており、『だからどうした』と言いたげに吼え、セッセもその表情を崩していなかった。
相手をしている勾導も徐々に疲労が溜まっていった。地面が大量の血で塗れているためだ。独特のぬめりのあるその血はとても滑りやすく、それに足を取られないように動くため、行動が徐々に制限されていく。最初の頃はダイナミックで派手な動きが出来ていたが、床に血が溜まってくると投げ技はおろか、蹴り系の単純な打撃技も出来なくなった。この条件下で使える技のチョイスと一撃で敵を倒すことに苦心する精神的疲労は徐々に勾導の肉体を疲労のアリ地獄に引きずり込んでいった。勾導は現在上半身を使う打撃技しか使っていない。カ・グター・バの攻撃もいくらかもらっている。普通なら既に体が粉みじんに千切れてしまっているだろうヤツらの鋭い爪と牙も、この方陣と紋様の効果なのか肉を多少抉る程度の傷しか残すだけだった。だが、それでも痛いのには変わりはない。傷口が熱を持ち、それが勾導の集中力を削っていった。
それでも頑張って更に7体の殲滅に成功した。だが、すでに勾導の息は上がっており、今にも座り込みたいほどに体力は消耗していた。
(いくらなんでも、こんな短時間でここまで疲れるなんて初めてのことだぞ。まさか、この呪術って肉体を強化させる代わりに体力を何倍も消費するってリスクがついてくる仕様だったのか? 鶴屋南北もこんな大人数を想定してないだろうし……。畜生、だからもらいものの力なんて当てにできないんだよッ!!)
そう悪態をつけていると、一体のカ・グター・バが勾導の腹にタックルを仕掛けた。不意を突かれた勾導はそのまま吹き飛ばされ、五芒星の外に追い出されてしまう。しまったと思うと同時に、全身に10数キロの重りを付けられたような、さらなる疲労感が襲ってきた。おまけにマウントポジションをとられてしまっている。噛みつきから首を守るため腕一本犠牲にするしかない、と覚悟を決めた時だった。カ・グター・バの顔面を氷柱が打ち抜き、そいつは断絶魔をあげる事も無く崩れていった。
「大丈夫?」
それはタバサの魔法だった。杖を構え、勾導を心配した表情で見ている。
「なんとかな。昼間から助けてもらってばっかりだな。あんがとな」
そう言って勾導は立ち上がる。正直、状況は最悪だ。一時撤退をしようにも、逃げ道が無い。方陣は完全に崩れ、作り直す余裕すらない。『絶対絶命』そんな言葉が頭をよぎった時だった。
「どうしましたか? 調伏の方陣に戻りたいのですか? どうぞどうぞ、戻っていいですよ。むしろ、これから方陣を作り直してもよろしいですよ。もっとも、調伏役の彼の体力は限界のようですがね」
高いところでずっとこの光景を見ていたセッセが語りかけた。その顔には本性を晒す前に見せていた笑顔を張り付けている。その余裕のある態度は、どうあがいても自分の優位は崩れない。そう言いたげだ。
「1つ聞かせろ」
勾導がセッセに話しかけた。この最悪な状況を打破できる切っ掛けを見つけるため、少しでも消耗した体力を回復させるためにヤツとの会話をしてヒントを探そうと考えた。大きな賭けだった。この呼びかけに乗ってくれなかったら自分たちは死ぬ。だからこそ、「1つ聞かせろ」と前置きをすることでヤツの興味を引きよせる確率を引き上げようとした。結果はすぐに出た。
「はい、なんでしょうか?」
ヤツは乗った。しめたと言いたげな表情を浮かべたかったが、平静をなんとか維持した。
「あんた、こんな化け物使ってハルケギニアを征服できるなんて本気で思ってんのかよ? ガリア一国だけでもぶっちゃけ無理だろ。たかだか平民の山賊や、えーと、なんだっけ……、オ、オ、」
「オーク鬼ですか?」
「そうそう、そのオーク鬼とかの亜人を潰したくらいで国盗りできると考えるのは無茶があるぜ。メイジもいっぱいいるし、今度は軍隊を相手にするんだぞ。ここに戦車や戦艦があるのか知らないけどよ。でもよ、兵站はどうするよ? 指揮官は? こんなデカい国を盗るんだったら最低でも3つ4つは方面軍が必要になるって。という事は莫大な数の兵隊、あんたの場合は化け物が必要になってくる。あんた一人が呪術だけ使ってどうこうできるもんじゃないぞ」
勾導は他にも、『カ・グター・バを使ってのハルケギニア征服』が無理な理由を次々とまくし立てる。
その勾導の意見をセッセは黙って聞いていた。なにか思う事があったのか、時々頷く仕草を見せる。だが表情は全く変わらなかった。
勾導の意見を聞き終わったセッセは咳払いを一つすると、優しい口調で話し始める。
「1つ、訂正させてもらいます。……私はハルケギニアの征服なんてこれっぽちも考えていないですよ」
「はぁ? あんたの親父さんが言ってたぞ。ハルケギニアを征服するって」
「それは父の早とちりでしょう。物分かりがとても悪い親でしたからね。単純な物の考えしかできない人でしたよ」
セッセは小馬鹿にするような態度で頭を振る。そして雰囲気が変わった。微笑の仮面を脱ぎ捨て、能面の顔で静かに目的を語り始めた。
「私が欲しいのはこのガリア王国、いえ、『彼が治めるガリア王国』です」
「『彼』だと?」
「ええ。それにカ・グター・バを使役して正面からぶつかるなんて馬鹿な方法、私はごめんですよ。第一、このカ・グター・バの最大の武器はその戦闘力ではありません。……それは隠密性です。あなた達も見破る事が出来なかったでしょう? 普段誰にも気付かれず只の平民として生活を送っている彼らを。おまけに生前の記憶を持ってましてね。そんな化け物が少しずつこのガリアを覆い尽くしていったらどうなると思いますか? 全てはこのエルパソ郡からはじまるのです! ゆっくりと、確実に人間をカ・グター・バに変えていくのですよっ! そこにはメイジも平民も関係ないっ!」
セッセの演説は少しずつ熱を放ち始める。それを皆は黙って聞いていた。
「誰も隣人が化け物だなんて思うわけがないっ! カ・グター・バ化の波はやがてカルカソンヌからサン・マロンに、果てはアルデラからアーハンブラに届くっ! そしてリュティスを、ヴェルサルテイルを内部から侵攻し、『彼』をただの人間の位置まで引きずりおろしてやるのですっ!!」
今、セッセの顔は能面のようではなく、何かに恋焦がれるような狂気に満ちた顔であった。
「生まれ落ちて幾十余年、何もないこの村に只一つあった異能の力に私は出会った! そしてこれは天命だと悟った! 『この力を持って世界に、あの男に挑め』と! 私があのガリア王に挑む! 私だけだ!
その溢れ出んばかりの剥き出しの狂気を肌で感じ、イルククゥは体を震わせる。この男はおかしい。自分たちとは根本的にどこかずれているとさえ感じた。セッセの演説が最高潮の盛り上がりを迎える。
「あんなあっけない最期を迎えさせてたまるものかッ!
そして、自分の独演に酔ったかのように笑いだす。カ・グター・バ達も同様に笑っているのか、遠吠えを何度も何度も繰り返していた。その姿は微笑みを浮かべる村長の姿でも能面のような顔をした呪術師の姿でも無かった。そこにいたのは得体の知れない狂気に取り憑かれた人の姿をした何かだった。
そう、この男自身が『ノロイ』に取り憑かれた『化け物』だった。
ひとしきり笑い終えたセッセは4人を睨む。その瞳には未だ狂気が宿ったままだ。
「だからこそ、あなた達には消えてもらいますッッ! 雪風のタバサ、そして『イレギュラー』ッ、特にあなたはここにいてはいけない部外者だッッッ!!」
そう言って勾導を指差す。指名された当の本人は、
「えっ、オレ?」
と思わず指を出す。勾導ははっきり言ってこの男の言ってることは意味が分からなかった。なんでこうも自分が危険視されなくちゃいけないんだと思う。こんな意味不明な話を聞かされていたら作戦なんて思いつかなかった。体力もあまり戻っていない。もうちょっと話を引き延ばせないかと考えたが、先方は既に殺る気満々マンだ。作戦は失敗だと悟った。
勾導が覚悟を決めたその時、周囲の温度がガクっと下がったような気がした。勾導は自分の口から白い吐息が出ているのを確認する。空から真っ白な雪の結晶が降ってきた。極めつけにコォォォォ、と寒気を纏った凍える風が吹き始め、その勢いは次第に増し嵐のような勢いとなる。その氷の暴風を生んでいる者が誰かはすぐに分かった。
タバサを中心に蒼い渦が巻き起こっていた。その乱渦は天にも届かんばかりに荒れ狂う。その雪嵐の勢いにカ・グター・バ達も驚いているのか、襲いかかるのを躊躇している様であった。勾導はタバサの顔を見る。大粒の雪が彼女を隠すように吹いていたのでよく確認できなかったが、その表情はいつもの無表情であり、どこか熱の様な感情を感じた。まるで、体の内から黒い炎が出て来るのを必死に抑え込もうと無理矢理氷の檻の中に閉じ込めようとしているみたいだった。その感情に反発するかのように雪嵐は勢いを増していく。嵐の中、蒼い髪を乱しながら少女はゆっくりと杖をセッセに向けた。
「あの男を殺すのはわたし」
そう宣言するタバサの表情は、まさに二つ名が表すように雪風のような冷徹な表情と、それに反するように激情に包まれた瞳で形作られていた。
その言葉を聞いたセッセは再び笑いだした。そして、嬉しそうにタバサに狂気を投げかける。
「そうですか! あなたもあの男の首を狙っている事は知っていましたが、こうして本人から直接聞くとクる物がありますねぇっ! だが、あなたの魔法は彼には絶対に届かないっ! 彼の心は絶対に理解できないっ! いえ、あなたは『自分の父親の事』すら理解できていないッッ!!」
「黙れ」
凍えるような声色でそう言うと、タバサは杖を振るう。タバサの唱えた氷嵐『アイス・ストーム』は無数のカ・グター・バ達を飲み込むと、嵐の中を舞う雪の結晶は次第に大きくなり、氷の刃を形作る。それは1本、2本ではない。大量の小太刀ほどの大きさのそれが化生共を切り刻んでいく。氷の暴風の脅威はこれで終わりではなかった。そいつらから噴き出た血液が凍りつき、さらなる刃を形成し別の同胞を土に還していく。純白の雪風は死を携えながら真紅に染まっていく。真っ赤に。真っ赤に。
紅い死の氷嵐がその姿を天に消した後は、大地が赤く染まり、砦の至る所には肉と骨と内臓の欠片が飛び散っていた。この攻撃だけでカ・グター・バは残りの数が10余りとなった。
「すごいのね……」
思わず、イルククゥは無意識の内にそう呟く。エノも茫然とした表情でその光景を見る。
勾導もこの時、『本物のメイジの力と怖さ』を知った。自分が戦った学生メイジとは天と地ほどの差がある。こんな戦術兵器のような魔法があるとは思いもしなかった。そのことよりもタバサが静かにだが、感情を剥き出しにした事に勾導は驚く。いったい、ガリア王家との間になにがあったのか。疑問が残るが、自分に出来る事をやることが先決だ。調伏の加護はすでに無くなったが、闘えなくなったわけではない。手をしっかりと握りしめ、タバサの援護に向かった。
タバサの『ウインディ・アイシクル』が化生の頭部を2匹同時に打ち抜く。顔の無くなったそれは、体を風船の様に膨らませた後に内臓を撒き散らかしながら爆散する。これで残り5体。
だが、セッセは未だに表情を崩さない。まるでここまでは想定内だと言わんばかりの態度だった。
「見たかなのねっ! おまえの作った化け物はあと五匹なのねっ! 早くごめんなさいするのね! 今だったら頭に噛みつくだけで許してやるのねっ!」
そんな態度を知らずに、イルククゥが勝ち誇ったかのようにきゅいきゅい喚く。幼稚な内容の挑発をセッセは流すように首を振る。
「まだ終わっていませんよ、韻竜さん。それに、戦いが終わってないのに勝ち誇るのはよくないことですよ。ほら、こんな風に」
「なっ、なんでイルが韻竜だって知ってるのね!? 教え……」
その先の言葉は出なかった。イルククゥの首筋に白い刃が当てられていた。誰が当てているのかはすぐに分かった。
「な、なんで体が勝手に動くんだよ……」
イルククゥに刃を向けていたのはエノだった。だが、それはエノ自身の意に背く事のようで、当惑した様子だった。
「おっさん、裏切ったのかよっ!」
勾導が信じられないように叫ぶ。
「ち、違うっ、俺の体が勝手に動いているんだよ! た、助けてくれ!」
エノの困惑した声をかき消すかのようにセッセが大声で笑い出した。
「これが私の秘策です。まさか、彼は偶然居合わせた、ただの傭兵だと本気で思っていたのですか?」
「どういうことだ?」
「彼の正体は、この砦を根城にしていた山賊達のリーダーです。いろいろと利用できると思い、呪術で偽りの記憶を植え付けていました。そして、タイミング良くあなた達の前に登場させた。あなた達を信用させ、この場所まで連れて来させるためにね」
セッセの言葉に勾導たちは驚く。自分たちは最初からこの男の掌で動いていただけなのかと。それと同時に、1つの不安が頭をよぎる。
「おい、てめぇ……。まさか、おっさんも……」
セッセは、勾導に凍りつくような笑顔を向け、事実を告げた。
「はい、彼もカ・グター・バです。それも丹精込めて創造した特別製ですよ」
その告白を聞いたエノは絶望した。イルククゥに剣を向けたまま大声で叫ぶ。当然だ。『お前はもう人間じゃない』と言われたようなものだ。自分の知らぬ内に人であることを辞めさせられたうえに、記憶すら弄られたのだ。
エノの脳裏に堰が外れたかのように本当の記憶が洪水のように溢れてきた。自分の両親や幼いころの記憶、抱いた女の顔、そして命を預けあった子分たちの顔が現れては消えていく。叫びはいつの間にか嗚咽に変わっていた。
「親父ぃ、お袋ぉ、お前らぁ……。畜生、畜生、俺は、俺は、人間だ……。人間でいたい……。化け物なんかにはなりたくない……。」
そんなエノの様子を直に背中で感じていたイルククゥは、セッセに向かって叫んだ。
「お、お前は人間じゃないのねっ! 精霊をとっても怖がらせてるし、こんな事生き物がやる事じゃないのねっ! お前は……、悪魔なのねっ! 人間の格好をした化け物なのねッ!!」
彼女の体は恐怖で震えている。だが言わなくてはならなかった。だが、そんな彼女の勇気をセッセはまったく感じ入る物がないのか、淡々としていた。
「それが最後の言葉ですか。では、さようなら」
セッセの命を聞かされたエノは剣を振りかぶる。イルククゥは死を覚悟した。しかし、いつまでたっても刃はやってこない。頭に何か温かい液体が当たった。恐る恐る背後を振り返ると。
エノが振りかぶった右手に持つ剣を左手で受け止めていた。剣を受けた場所からは血が垂れ落ち、エノの顔は苦痛に塗れていた。
「早く……、逃げろ……」
エノの言葉を受け、イルククゥはおそるおそる離れていく。時々、心配そうに後ろを振り返りながら。
エノの予想外の反逆にセッセはこの日初めて表情を歪めた。苛立った様子で声を荒げた。
「なぜ私の命令を聞かないのだ!? お前は私の道具だろうがっ!!」
エノは痛みを堪えながら笑う。剣を抑えている限界が迎えたのか、右手は勢いを取り戻し左手を力任せに斬り落とす。大量の出血と激痛に堪えながら叫んだ。
「誰が道具だ。俺は俺だ。痛てぇ……。でも、これってまだ俺が人間だって証明だよな? ……この出血だ。俺は長くはない。悪いがこのまま『人間として死ぬ』ぜっ! ざまぁみろやっ、クソ野郎がッッ!!」
エノの、高潔な誇りと覚悟に満ちた眼差しにセッセは先ほどまでの余裕は完全に消えた。焦ったように呪術を唱える。それが叶い、エノは体を震わせながら体を変容させていく。左手の痛みとは別の苦痛に表情を歪めながら勾導たちを見る。長くなった犬歯にもたつきながらも、最後の力を振り絞り2人に向かって喋った。
「おい、メイジの姉ちゃんに坊主。後生だ。……俺を殺してくれ。頼む」
「できるわけねぇだろうがッッ! おっさん諦めるなよッ!!」
勾導の言葉にエノは一瞬表情を無くすが、怒気を込めて叫んだ。
「お前は俺に化け物になれと言うのかッ! 俺を殺さなくちゃお前らが死ぬんだぞっ!! ……もう無理だ。無理なんだよ。……お願いだ」
「おっさん……」
うなだれる勾導を他所にタバサは黙々と詠唱をする。唱えたのは『ジャベリン』。2メートル大の氷の槍がエノの頭を目掛けて放たれる。しかし、それはエノを守るように立ちふさがった一体のカ・グター・バの顔を貫いただけで終わった。
「私がなにもしないわけないでしょうが!」
セッセが一気に呪術の詠唱スピードを上げる。その努力が実り、エノは完全に人でなくなった。
『エノだった』そのカ・グター・バは全身が真っ白で額に大きな角が生えていた。瞳は赤く、口からは大量の赤い涎が溢れていた。白いそれは周囲を見る。赤い瞳は同族の姿を捕えた。その瞬間、エノだったそれは他のカ・グター・バの喉を噛み千切った。その動きは速く、全ての化生を屍骸に変える。そのまま爆発しようと体を膨らませるカ・グター・バに白いそれが食らいつき、ものすごい勢いで喰らう。すると、白いカ・グター・バは急激にサイズが大きくなる。すべての屍骸を喰らい終えたころには7メートルもの大きさとなり、それは自己の存在を満天下に示すかのように双月に向かって吼えた。
その姿を見たセッセは勝利を確信した。
「さぁ、どうですか? 大きいでしょう! 美しいでしょう! 強いでしょう! これが真のカ・グター・バですッ!! なぜ疲弊したあなた達に止めを刺さなかった訳が分かりますか? 死ぬ前に見てほしかったからですッ!! これが『彼』を倒す切り札でありガリアの新たな象徴です!! あなた達はここで死ぬッッ!! それがあなた達の『運命』なのですッッッ!!!」
「うるせェ」
セッセの勝利宣言を勾導は斬って捨てた。静かに、心の奥底に怒りの炎を灯しながら前に立つ。
「勝手に人を殺すんじゃねぇよ。第一なにが美しいだ? 強いだ? ただの化け物じゃねぇか。こんなヤツが国の象徴だ? バカじゃねぇの? この毒電波野郎」
勾導の全身を纏っていた疲労感はいつの間にか和らいでいる。まるで、心の中の炎が疲労の鎧を溶かしているようだ。ゆっくりと、セッセを指差す。
「てめぇ、今言ったよな? ここで死ぬのがオレ達の『運命』だと。だけどよ、オレの中の声はこう言っているぜ」
一呼吸おいて、大声で叫んだ。
「『運命に逆らえ』ってなッッッ!!!」
その瞬間、勾導の背中のルーンが、瞳が、紅く輝く。本人もそれを感じる。この力の発動条件は未だ分からない。だが、今はありがたく使わせてもらう。目の前にいる狂気を撒き散らかす電波野郎をボコるために。そして、
「おっさん。……ごめん。ちょっと遅くなったけどさ、おっさんの願い通りじゃないけどさ。……今からおっさんを楽にするよ」
『約束』を守るために、瞳を潤ませながら勾導は白いカ・グター・バの元に向かう。
その時だった。
「待つのね」
イルククゥが勾導を呼びとめる。
「おい、邪魔だ。死ぬぞ」
「イルも戦うのね。おじさんを静かに眠らせてあげたいのね」
イルククゥの言葉に勾導は正気かと思った。
「はぁ? バカなこと言うな! 生身の人間が闘えるわけないだろうが!!」
「……イルは人間じゃないのね」
「おい、こんな時にふざけてんじゃねぇぞ」
イルククゥの意外な告白に勾導はトーンを落とした声色で答える。だが、少女はそれを無視して一歩前に出る。風が強く吹き始めた。
「証拠を見せるのね。……我を纏う風よ。我を真なる姿にせよ」
イルククゥが口語体の呪文を唱えると同時だった。先ほどから強く吹いている風がイルククゥに纏わりつき、青い渦となる。その青い渦が光ったと思うと、渦は一瞬にして消え、そこには6メートルもの大きさをした竜がいた。
大空から抜け落ちたような鮮やかな青い鱗を纏い、同じく青くクリっとした瞳を持つ勇ましいというより可愛らしい竜だった。大きな翼が生えており、どこまでも高く飛んでいけそうな気がした。
勾導達は変貌したイルククゥの姿を見て驚いた。当然だ。先ほどまで『頭がアレな女』と思っていた者が、本当は竜だったなんて予想なんて出来るわけがない。
「な、お、お前、りゅ、竜だったのかよッッ!!」
「そうなのね! イルは風韻竜なのね!」
イルククゥは人間の姿と同じような可愛らしい声で答える。
「タバサ、風韻竜って知ってるか?」
自分の知識に無い言葉が出たので、勾導はタバサに尋ねた。
「ずっと昔に絶滅した伝説上の幻獣。知能が高く、言語感覚に優れ、先住魔法を操る事ができる」
「ちびっ子の言う通りなのね! とっても偉大で誇り高い存在なのね! きゅいっ!」
子供っぽく胸を張る竜の姿は、とても恐ろしい存在とは思えない。どこか人間くさく、微笑ましい姿だった。
「ちっとも偉大なヤツには見えないけどなぁ……。ん? テメェっ、オレのジャージどうなったんだよ!?」
大事なジャージをイルククゥに着せていた事を思い出し、イルククゥを問い詰める。
「知らないのね。多分、風の精霊が見えなくなるまで破いちゃったと思うのね」
「ふざけんなッッ!! いくらしたと思ってんだコラッッ!! あれプレミアついた限定品なんだぞ!! ガリアに闘○ショップってあるのか!? ないよな!? オイッッ!!」
「服くらいでギャーギャーうるさいのね。……さぁ、行くのね」
急にまじめなトーンになったイルククゥを見て勾導も意識を服の事から目の前の脅威に切り替える。
「そうだな……。なぁ、タバサ」
「なに?」
「タバサはコイツに乗って上空から攻撃してくれ。で、きゅいきゅいもタバサの指示に従って空を飛びながら魔法で攻撃しろ。できるな?」
「勿論なのね。ムキムキはどうするのね?」
「オレは囮になる」
勾導の宣言に2人は驚く。
「無茶なのね! すごく疲れているのに、そんな事をしたら死んじゃうのね!」
「危険」
2人の忠告に勾導は自身ありげに太く笑う。
「大丈夫。お前らがいるからオレは囮になれるんだよ」
勾導はそう言って目を瞑る。そしてイメージする。どこまでも高く跳び、速く駆ける竜の如き俊敏さに満ちた姿を。
イメージが固まった瞬間、勾導の背中のルーンが蒼く輝き、瞳も同じ色になる。そして手足が発達し、しなやかさに満ちた猫科の動物のようになった。
「こういう泥臭い事をするのは男の仕事だ。……こんなところで死なねえから安心しろ」
そう言うやカ・グター・バに向かって駆けていく。正直言って怖い。一発でも攻撃をもらうと死亡確定だからだ。だが、なにもやらずに死ぬのはもっと嫌だ。
そう、今の彼は向う見ずの心を持った只一つの消えない炎だった。
「おら、オレはここだッ、ノロいぞ、このクソノロイ!」
勾導の挑発に白い化生は反応し、その長い腕を振るった。それを勾導は跳んで避ける。空振りとなった地面は大きく抉られ、その破壊力を物語っていた。勾導はそれを見ても物怖じしない。分かっていた事だ。だからこそ避ける。『挑発して避ける』それが今の自分の仕事だから。なにより、攻撃は彼女たちの仕事だから。
背後に大きな隙を作ったカ・グター・バに氷の矢が何本も突き刺さった。傷口から赤黒い血が出て来る。カ・グター・バが空を見上げる。そこには青い風が空を舞うように飛んでいた。
イルククゥに乗ったタバサが魔法を放つ。上空からの攻撃という圧倒的なアドバンテージを得た彼女はカ・グター・バの動きを完璧に読むことができ、適切な位置に移動するため、イルククゥに指示を出す。この風韻竜もタバサの指示をよく理解し、様々な位置に動きながら先住の魔法を唱えた。その内容は主にカ・グター・バの全身に強い向かい風が当たる事によって俊敏力を低下させる。これにより囮の勾導も逃げやすくなり、タバサも魔法が放ちやすくなった。
皆が自分のやるべき事を理解してそれに合せた行動を実行する。とても初めて組んだとは思えない見事な連係プレーだった。
イルククゥの首に掴まりながらタバサは指示を出す。
「もうちょっと近付いて」
「分かったのねっ。風よ、我に風の加護を与えよ……」
イルククゥが呪文を唱えると、飛行スピードがさらに上がる。今の時点で時速200キロ近くまで出ているが、彼女に乗っているタバサは必死にしがみつき、呪文を詠唱する。新たに唱えた呪文は『エア・カッター』。不可視の空気の刃がカ・グター・バの片足の腱を切り裂き、その結果バランスを崩す。この好機をこの男は見逃さなかった。
「もらったァァッッ!」
勾導が化生に向かって跳びつく。その白く、人間2人分の胴体ほどの太さの首に強引に掴まり、そのまま腕の力だけでポールダンサーのように回転する。2回転、3回転と回転を増やすごとにスピードは増し、運動エネルギーとなる。勾導の体には生まれたエネルギーの負荷がかかるが笑っていた。これがこの男の狙いだった。自分の体の何倍もの大きさの化け物を倒す力がないなら、無理矢理作る。十分な運動エネルギーを作りだした事を確信した勾導は、赤の力を発動させて、その勢いを殺さずに一気に後方に倒れこむ。化生は自分が何をされているのかを理解できないまま、脳天を無理矢理地面に叩きつけられた。大地が砕けるほどの勢いとエネルギーをまともに食らったカ・グター・バは特徴的な頭部の角をへし折られ、悲鳴を上げた。
それはプロレス技で言うならば、スイングDDTそのものであり、それを勾導はアドリブと思いつきで対巨大モンスター用に即興でアレンジしたのだ。その事から彼は高いプロレス頭の持ち主である事を証明していた。
その当の本人は、大技を敢行した際に同じように地面に叩きつけられ、その反動でカ・グター・バから離れた位置に吹き飛んだ。地面にぶつかる際にうまく受け身をとったが、それでも衝撃は逃がしきれず、骨や内臓にダメージが伝わってしまった。
痛みをこらえ、勾導はゆらりと立ち上がる。背中の至る所から出血し、左手は折れたのか前腕がぶらりと垂れ下がっていた。おまけに内臓を痛めたためか、口から血を垂らしている。
それでも、その大きな瞳はまっすぐに敵を睨みつける。
攻撃はヤツに効いている。だが、『倒しきる決定打』に欠けている事を勾導は実際に対峙してみて感じ取っていた。きっとタバサも感じているだろう。
何か策のヒントが欲しい。
「もういっちょう……。ヤツをブッ倒せる一撃を……」
そんな事を呟く勾導の側にイルククゥが降りてきた。
「なにが『もういっちょう』なのね! もう戦うのは無理なのね!」
心配そうにそう言う韻竜に勾導は歯を剥き出しにし、それを見せつける。
「なに言ってんだ。やれるよ、全然」
「さっきよりもボロボロなくせに何言ってるのね! お前は魔法が使えないくせにとっても頑張ったのね! あとはイルとおちびが戦うから避難するのね! ほら、おちびも止めるのね」
イルククゥはタバサにも止めてもらうよう視線を向ける。彼女は感情を表に出さないが、内心は彼をとっても心配している。きっと止めてくれると思っていた。
「……いける?」
少女は心配そうに少年へ尋ねた。
「もちろん」
少年は少女にはっきりと返す。
「あなたの体はもう限界」
再度、確認するかのように主は言う。
「勝手に限界のラインを作るな。『限界の先は無限大』だぜ。お前らがいるから戦えるんだ」
安心させるように使い魔は笑って見せる。
「……そう、わかった。頑張りましょう」
つられる様に、タバサは勾導に微笑んだ。
「おう」
勾導は初めて見せてくれたタバサの笑顔にサムズアップをした。
イルククゥは信じられなかった。どうしてタバサはボロボロの勾導をここまで信じられるのか。どうして自分とタバサの事をここまで信じてくれるのか。
イルククゥは韻竜だ。人間ではない。韻竜たちが暮らす竜の巣で生活していた彼女は毎日大いなる意思へのお祈りしかしない両親や同族たちと同じ事をする事がとても退屈だった。好奇心の赴くままに家出した彼女は人間の生活に興味を持ち、そのまま人間の住む里に向かい、そこで色々な『人間』と出会った。
自分の姿を見た瞬間、悲鳴を上げて逃げだす『人間』。
人間の姿に変身したら、自分を捕まえてどこかに売ろうとした『人間』。
人間の姿で話しかけたら優しく対応してくれたのに、竜に戻ったら態度を急変させた『人間』。
正直、『人間』に対して嫌気が差していた。このまま巣に戻ろうと思った時に出会ったこの2人は今まで出会った『人間』と違っていた。
口は悪いが、なんだかんだ自分の事を気にかけてくれた『人間』の男の子。
口数が少なく無愛想なように見えるが、その行動の端から実はとても優しいことを感じさせた『人間』の女の子。
自分が正体を現しても、ちょっと驚いただけで少しも態度を変えなかった。それどころか、自分たちの種族の事も知っていてくれた。
この2人はお互いの事を信じてあっている。その様子を見た時思わず心が暖かくなるのを感じた。
イルククゥはこんな『人間』もいるのかと驚くと同時にとっても嬉しくなった。
もし、自分に兄と姉がいたらこんな2人がいいとさえ思った。
この2人を死なせたくないと思った。
「……わかったのね。なんて頑固なムキムキとちびすけなのね」
イルククゥは口では愚痴るように言うが、どこか嬉しそうだった。
そうこうしている内に、カ・グター・バが攻撃を再開した。自慢の角を折られたためなのか、人間に好き勝手にやられたためなのか、その瞳は怒りに塗れていた。怨嗟を込めて大声で吼える。その雄たけびを聞いたセッセは嬉しそうに大声で笑う。
「そうです、まだお前はまだ戦えるっ! さぁ、まずは死にかけのイレギュラーをしま……」
そう言いかけた瞬間、セッセの顔面が大きく歪む。いつの間にか勾導が側に来て右肘を叩きこんだからだ。転がりながら吹っ飛んだセッセはそのまま砦の壁から落ち、3メートルほど落下した後に意識を飛ばした。
「そこで寝てろっ! この顔面電波!!」
狂人をぶっ飛ばして少し気が晴れた勾導は足元を見て、ある物を見つけた。それはエノの所持していた剣だった。それを手にした勾導の周りが暗くなった。カ・グター・バが側まで来たからだ。
(こうなったら一か八かだっ)
作戦を思いつき覚悟を決めた勾導はやり投げの投擲のように剣を構え、傷だらけのカ・グター・バと向き合う。
勾導のルーンと瞳は緑に煌めき、一点のみを見つめる。
カ・グター・バがその長い腕をなぎ払うように振るった。それと同時に勾導も剣を投擲した。
「ピッチャー○野、背番号24ッ!!」
投擲後、勾導はすぐに防御力が上がる紫の力をイメージする。上半身がパンプアップし終わった直後に右半身に大型のバンが全速力でぶつかってきたような衝撃が襲いかかってきた。なぎ払うような一撃をまともに食らった勾導はものすごい勢いで吹きとばされる。空中を言葉通り飛んでいる勾導は必死に意識を繋ぎとめる。右の上半身からボキボキ、ミチミチと音が聞こえてきた。体が裂けるような痛みも同時に襲ってきた。それを歯を食いしばりながら耐える。体がバラバラになったわけじゃないだろ、すげぇ幸運じゃないかと自分を元気づける。だが、勾導の向かう先には岩肌があった。直撃したら即死は必至だ。受け身もクソも無い。
その時、タバサが『レビテーション』を唱えた。フルブレーキが掛ったように勾導の体が制止していき、その場にふわふわと浮遊するだけになった勾導の体をイルククゥが前足で掴んだ。
「ほんと、無茶ばっかりするヤツなのね! おちびが魔法を唱えなかったらお前は今頃ペシャンコなのね!!」
「わ、わりィ……。それより、ヤツは?」
勾導はカ・グター・バに目を向ける。ヤツの眉間には先ほど投擲した剣が突き刺さっていた。しかし、分厚い頭骨に遮られたため脳まで到達しなかったのだろう、生命活動自体を終わらせる事には至らなかった。
「きゅい~、あれだけやったのにまだ動いているのね! ムキムキ、残念だけど後はイル達に任せるのね」
イルククゥが悔しそうに宣告するが、勾導は表情を変えなかった。
「いや、狙い通りだ」
「きゅい? どこが狙い通りなのね!」
「一撃で倒せないのは予想できていた。だから、二段重ねの攻撃で決めようと思ったんだよ。眉間に突き刺さった剣目掛けて、もっと強力な一撃を叩きこむことでヤツの頭部を粉々に砕く!!」
「まさか、その攻撃をするのって……」
「勿論、オレだよ。タバサもそろそろMP切れだろうしな。タバサ、魔法はあとどのくらい撃てるか?」
「大きな魔法ならあと1つ唱えられる」
勾導の質問にタバサは息を切らせながらそう答えた。
「だったらそれをぶっ放す事に集中してくれ。きゅいきゅいは……」
勾導の語った内容にイルククゥは信じられないといいたげな顔をする。この人間は後先まったく考えない。いったいどこまで向う見ずなんだと思う。
(精霊達もびっくりしているのね。この人間、あの化け物以上のとんでもない化け物なのね)
自分の前足に掴まれている男を見る。全身の至る所が骨折と筋断裂を起こしているはずなのに、その瞳はどうだ。痛みに耐え、その闘志は決して揺らぐことはない。その瞳を見ていると、イルククゥ自身も勇気が湧いてきた。檄を飛ばすように叫ぶ。
「わかったのね!! みんな、この攻撃でおじさんを楽にしてあげるのね!! 」
最後の攻撃の初手を放ったのはタバサだった。ありったけの精神力を振り絞り、カ・グター・バの周囲の温度を下げる。その冷気はカ・グター・バの体から流れる血液や汗を急速に氷結させていく。手足が固まっていき、白い化け物は動きが小さくなる。数十秒後、カ・グター・バの手足は凍りつき、攻撃の手段と動きを完全に封じる事に成功した。
その様子を見た勾導とイルククゥは自分たちの出番が来た事を確認する。この攻撃に失敗したら、もう後がない。高度を上げるため、一気に上昇した。その様子を化生は首の動きのみで追いかけていたが、次第に首も凍っていき、最終的に真上を見ている状態で固定されてしまった。
「あのね、ムキムキ」
風韻竜は人間に尋ねる。
「その、怖くないの? 仮に成功しても死んじゃうかもしれないのね。人間はイル達より寿命が短いはずなのに、なんでムキムキは命を簡単に懸けられるのね?」
勾導はイルククゥに答える。
「……確かに人間ってな、お前ら竜と比べたら弱っちぃよ。全生態系の生き物を比べあったら下から数えた方が早いほどにな」
「でもよ、人間ってのは面白いもんでな、覚悟と屈しない精神があればとんでもない大番狂わせを起こせるんだよ。『奇跡』ってやつを起こしてさ」
「『奇跡』?」
「ああ。ただ、それを待ってるだけだったらいつまでたっても起きないけどな。『奇跡は自らの力の起こすもの』なんだ。それに、お前らがいるんだ。なんとかなるだろ」
勾導はイルククゥ達にニヤリと笑う。それにイルククゥもつられて笑った。そんなやり取りをしているうちに高度は2000メートルの位置にきた。2人は覚悟を決めた。
「わかったのねっ! みんなで『奇跡』を起こすのね! あんな呪術の化け物なんか怖くないのね! ムキムキ、準備はいい!?」
「いいぞ!!」
「それじゃあ、いっけーっ、なのね!!」
なんとイルククゥは、カ・グター・バに向けて勾導をぶん投げた。とんでもないスピードで勾導は降下していく。イルククゥの行動はまだ終わらなかった。
「大気に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。この者に風の加護を与えよ」
そう唱えた瞬間、勾導の周りに青い風の流れが集まり、トンネルのような形に形成される。勾導はそのトンネルの中に入った瞬間さらに加速した。とんでもない体感スピードと降下Gが襲いかかる。そのGは勾導の筋と骨を痛めつける。意識が飛びそうになるが、必死に堪えた。
あと400メートル。緑の瞳で標的を確認する。
あと300メートル。両腕が使えない今の自分が出せるフィニッシュホールドを再度確認する。
あと200メートル。ゾーンに入った為なのか、全身の痛みが消え周囲がスローモーションのようにゆっくり感じる。
あと100メートル。ルーンと瞳が真っ赤に輝き、最後の覚悟の枷を壊す。
勾導は体を横に捻り、体を回転させた。今から出す技は本来は『1回転』しかしない。だが、相手は地球産の呪術で生まれた化け物だ。2回、3回と回転数を増やしてエネルギーを生み出す。
そうしているうちに右足にルーンの光が宿り、真っ赤に輝きだした。さらに精霊の宿った風が右足に宿り、輝きはさらに増した。
地上ではいつの間にか目覚めていたセッセがその光景を見て絶望に包まれる。狼狽した表情のまま、大声で叫んだ。
「や、止めろォォォォォッッッ!!」
だが、勾導は止まらない。今の彼は既に人ではなかった。一発の、赤く輝く弾丸だった。
人の狂気と業が生み出した悲しきノロイの化け物を必滅調伏するため、青竜が生み出した乱風を受けた七瀬勾導というさらに強烈な狂気と無謀で構成された真紅の弾丸は、これから繰り出すフィニッシュ・ホールドを大声で叫んだ。
「旋ッッ、風ゥゥッッ、脚ゥゥゥゥゥッッッ!!!」
驚異的な運動エネルギーに包まれた勾導の赤い右足が額に突き刺さった剣にぶち当たり、その刃は分厚い頭骨をぶち割り脳の深部を破壊する。そして、その直後に今度は勾導の体が衝突すると、亀裂の入った頭蓋骨はあっさりと粉々となり、カ・グター・バの頭部は爆発四散した。
勾導は、地面に衝突する直前にイルククゥに救出される。だが、全身の至る部分が骨折し、特に右足はおかしな方向にヘし曲がり、太ももからは白い骨が肉を突き破って露出していた。あの衝撃の中、人としての形が保っている事が奇跡だった。
「痛てァァぇッぇえぇえぇぇッッッ!!!!」
おまけに、こんなにも酷い大怪我を負っているのに、勾導は意識を失わなかった。だが、全身に表現できないような痛みが襲いかかり、イルククゥの右足の中で大声で喚く。耳をつんざくような絶叫にイルククゥはイラッとした。
「あぁもう、うるさいのね! 」
「痛い痛い痛いっ、マジで痛いっ! 痛くてションベンちびりそう!!」
「きゅいっ、イルにそんな粗相したら今すぐお前を投げ捨てるのね!! 第一あんな無茶をした当然の結果なのね! それよりもおちび、これからどうするのね?」
「最初の任務内容とは違うけど、当事者である彼を捕まえないといけない。……彼は反乱の首謀者」
「わかったのねっ、その前にあいつの頭を一回カプッと噛みついてやるのね!」
イルククゥは勾導を自分の背中に乗せると、セッセの元に近づいた。
「なぜだ……。私の、私の夢が……。」
セッセは憔悴した様子で首の無くなった白いカ・グター・バの死体に近づいた。夢だ、夢だと呟きながら大量の血でできた赤い水たまりの中を歩く。
「お前は『最強』なんだぞっ、立て、立つんだッ! こんなところで倒れるな!!」
セッセはこの白いカ・グター・バを最強と言ったが、その言葉は彼自身が勾導たちに言った言葉と矛盾している事に気付いていなかった。
『カ・グター・バ最大の武器はその隠密性と集団性であり、一体のみに力を集中させ正面撃破を行う事は愚の骨頂』と自分が言った事を否定してしまったのだ。
機動力と集団性を捨て、一体に力を集中させたことで、カ・グター・バを頑丈で強くて大きい『だけ』が取り柄の凡百な化け物にしてしまったのだ。
彼は自分の呪術の成果を他人に見せる事にとても酔うあまり、知らず知らずのうちに自分からアドバンテージを手放したのだ。
彼は、敗れるべくして敗れたのだった。
と、カ・グター・バの体が膨張した。他の化生同様、死ぬ前の散華だろう。その様子を見てセッセは慌てる。
「ま、まだだっ、お前がいなくちゃだれがあの男を倒すんだ!?」
未だ狂気に身を焼かれながら呪術を詠唱する。その甲斐あってか、膨張は止まり、次第にしぼんでいった。セッセはほっとした顔を見せる。だが―。
カ・グター・バの死体を突き破り、何かが現れた。それはまっすぐにセッセに向かい、その喉を噛み千切った。
「仲間の仇だ。そのままくたばんな」
それは、上半身だけの姿となったエノだった。笑いながら血だまりの中を倒れる。
対するセッセは首から大量の血を噴き出しながら、嘆きながら血だまりの中を崩れる。
「いやだ……。死にたくない、死にたくない……
セッセはそう言っているつもりだが、声帯ごとえぐり取られたそこからはゴポゴポと血を垂れ流しながら呼吸音がヒューヒューと音がしているだけだった。
血と涙に塗れたままもがいていたが、しばらくするとセッセは二度と動かなくなった。
こうして、チュ・ルーヤ村を襲った妄執と狂気と哀しみに包まれた事件は終わりを告げた。
タバサとイルククゥが血だまりの中を歩いていた。勾導は先住魔法の力で宙に浮かされており、イルククゥが歩くスピードに合わせてゆっくり動いている。
一行は血だまりの中に沈んだエノを発見した。
「おじさん……」
イルククゥが悲しそうな声で上半身だけの無残な姿になったエノに呼びかけた。自分を呼ぶ声を聞いたエノは首をゆっくり動かす。目の前に巨大な竜がいる事に一瞬びっくりした表情を見せたが、すぐに元に戻した。
「おじさん、ありがとうなのね。おじさんのおかげでイルは助かったのね」
「それが姉ちゃんの本当の姿かい……。結構かわいい見た目じゃねぇか」
「もちろんなのね! きゅいっ!」
エノは嬉しそうなイルククゥを見て微笑む。そして、続いてタバサを見た。
「メイジの嬢ちゃん、こんな事になったけどよ、この村に来た本当の理由は俺たちをしょっぴく為だったんだろ?」
タバサは頷いた。仮にあの村が呪術に支配されていなくても、結局彼とは戦う運命にあったのだ。場合によっては
「いいぜ。俺が死んだら俺の首を持って行きな」
エノの言葉にタバサは驚き、躊躇するような表情を見せた。
「いいさ。こんなクズの俺が最後の最後で人間であることを誇りに思いながら死んでいけるなんて、メチャクチャ恵まれた最期だよ。これはそれを与えてくれたお前らに対する礼だよ」
そう言ってエノは咳きこむ。血が混じっており、限界が近い事を暗に知らせていた。エノは最後に勾導を見た。何とか人の形を保っているボロボロの姿を見てエノは笑った。
「坊主、死にかけじゃねぇか」
「上半身だけのおっさんに言われたくねぇよ。どっかの波紋使いか」
勾導も笑い返す。
「まっ、どうあれ坊主の蹴りは本当に効いたぜ。おかげでこうして人間として死ねるんだからよ。感謝してるよ。ところでよ、坊主……。ちょっと来い」
勾導は言われるまま体を動かして耳をエノに近付ける。エノが小声で喋った。
「お前、あのメイジの嬢ちゃんとはどういう関係だ? とても騎士と従者の関係には見えなかったぜ。ひょっとしてデキてんのか?」
エノの意地悪そうな言葉に勾導は慌てた。小声で返す。
「ちっ、ちげーよっ! オレとタバサは使い魔と主人の関係で、デキてはねーよっ!」
「嘘つくならもうちょっとうまい嘘をつきな。まっ、仮に今は男女の関係じゃなくてもだ」
エノは咳払いをして、勾導に遺言のように伝えた。
「坊主、嬢ちゃんを大切にしろよ。あんな上玉なかなかいないぜ」
「そういう関係じゃないんだがな……。分かってるよ、おっさん。オレはアイツのパートナーだからな」
そう言って勾導は口を吊り上げながら太く笑った。
遂にエノに限界が来た。顔から徐々に血の気が引いていき、呼吸も先ほどより荒くなる。だが、その表情に辛さはなく、誇りに満ちていた。
「こんな最期も悪くない……。悪くないな……。最期の最期に輝けたからよ……」
そう言うと、エノは目を瞑り、もうなにも喋らなくなった。
タバサとイルククゥはエノを砦に埋葬した。結局、エノの首は切り取らなかった。砦の中の山賊の部屋を探索した結果、様々な高価値の盗品を発見した。エノ達は結構手練れの賊だったようだ。これらの盗品を物的証拠として王宮に持っていくことで任務の達成の証明にしようとした。
勾導はタバサの持っていた携帯型の秘薬の効果で止血が完了した。しかし、重体患者に変わりはない。すぐに治療をしなくてはならなかった。
そして、もうひとつの問題があった。それは、
「で、お前はこれからどうすんだ? きゅいきゅい」
草むらにあおむけになった勾導がイルククゥに尋ねる。そう、イルククゥの今後についてだった。2人の意見は固まっていた。
「家出してきたんだろ? 実家に帰った方がいいんじゃないか?」
「その……。大丈夫なのね」
イルククゥが弱弱しく答える。
「大丈夫じゃないから言ってんだよ」
「お父さんとお母さんが心配している」
タバサも参加し、実家に帰るよう説得した。
「でも……」
イルククゥが何か答えようとした時だ。
空が急激に荒れ始めた。同じように強風が辺りに吹きすさび、轟々と渦を巻く。
「な、なんだ一体っ」
勾導が痛みを堪えながら上体を上げる。タバサも杖を構えて周囲を警戒する。
イルククゥだけは様子が違った。心当たりがあるのか、空をキョロキョロ見ていた。
「まさか……」
空に黒い影が2つ現れた。それがまっすぐこちらに向かって来る。それらが着地した影響で大地が揺れる。その正体はすぐに分かった。
それは、全長20メートルもの大きさをした巨大な青い竜で、もう一匹も15メートルの大きさをした同じく青い竜だった。
勾導達は今度こそ終わりだと思った。タバサは精神力が切れて魔法が使えない。勾導は意識があるのが不思議な状態だ。悪運は尽きたと思ったその時だった。
「こんなところにいたのか、イル!」
20メートル大の青竜が威厳に満ちた、しかし嬉しさに満ちた声で喋った。
「イルククゥ、とっても心配していたのですよ!」
もう一匹の竜も女性の様な優しい声色ながらどこか怒ったような様子で話す。
対するイルククゥは嬉しさと怯えが混じった様子でモジモジしながら2匹の正体を明かす。
「おとうさまっ、おかあさまっ。」
まだ一波乱あるなと勾導たちは諦め気味に思った。
次回で、この『タバサと勾導の冒険~恐怖!! 呪術村の怪~』が終わります。その後は学院での日常話を挟んで再びタバ冒エピソードに入る予定です。