Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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12:Vampire Exorcism

 ガリア王国が諸外国に誇る大宮廷であるヴェルサルテイル宮殿。その離宮であるプチ・トロワの主イザベラは珍しく上機嫌で従妹の到着を待ちかねていた。口元に笑みをこぼれ落としながら、

「あの主従、絶対怯えてるわ! 絶対に『お願いします、任務内容を変えてください、イザベラ様っ!』って言うに決まってるわ! でも変えてあ~げないっ!」

 1人芝居を交えつつ、自室の絨毯の上をくるくる回っている。

 頭には勾導に破壊された物に代わり新調された冠を被っている。先日ようやく届き、その事もあってイザベラの気分は絶好調であった。

 そんな彼女に対し、周囲に控えた侍女たちはどんな反応をしたらいいのか分からず苦し紛れの堅い微笑を浮かべる。その事に気付いたイザベラは侍女の1人に近付き、楽しそうに尋ねる。

「『どうしてそんなに楽しそうなのか?』 って顔をしてるね、あんた達。そうだ、おまえ当ててみな」

「お、王冠がお手元に届かれたからでしょうか……?」

 質問された侍女は堅い笑顔のまま、恐る恐る答えた。

「ふん、それもあるが違うね。45点だ。……答えを聞きたいかい?」

 侍女たちはぶんぶんと頷く。正直、碌でもない答えなのは目に見えていた為興味が無かったが、そんな事を言うと虎の尾を踏みつけるくらい、どんな事になるか結果が分かる。己の身を守る為に首を振ったにすぎなかった。

 そんな事を思われてるとは知らないイザベラはその笑みを更に下品な形に作ると、

「あの人形娘に次の任務の相手を教えてやったんだよ! 次のお前の相手は吸血鬼だってね! これだけタチの悪い相手もいないだろ? きっと恐怖に震えているわ! ええ? おほ、おほ、おほほほほほっ!」

 嫌な感情しか沸けないイザベラのバカ笑いを聞かされながら侍女たちは震えあがった。

『吸血鬼』。それは、『ハルケギニア最悪の妖魔』と呼ばれ、恐れられている先住生物だった。

 その訳は『人間と見分けがつかない』事に尽きる。血を吸う為に必要な牙は、吸血行為の時以外は引っ込めているから、メイジの探知魔法にも反応しない。

 太陽の光に弱いという弱点があるが、メイジが使い魔を持つように血を吸った人間を1人だけ屍人鬼(グール)として使役することができるので、日中行動出来ない事をカバーできる。おまけに、先住魔法を行使する。それらをうまく使われる事で街一つ壊滅させられたこともあった。

 単純な『力』勝負はしないが、えげつないほどの『知』を駆使する事で人間を震え上がらせる―。

 吸血鬼はまさに、このハルケギニアに生きる人間にとって『天敵』であった。

 

 部屋の入口に控えた衛兵が、イザベラが心待ちしていた人物の名を告げた。

「シャルロット様がご到着されました」

「あいつのことは人形娘といいな! 何度言えば分かるんだい! ……で、もう1人は? 正直会いたくないけど」

「『コンドー☆夢大児』様もご一緒です」

「なんだい、そのふざけた名前は! この間来た時は『ピンク・浪太』って名乗ってたし! でも不思議ね……。この名前を言うとなんで恥ずかしくなるんだろ……。まあいいわ。通しな」

 少し引っかかるものを感じながら、イザベラはやってくる本日のメインディッシュを心待ちにする。恐怖に震え、自分に助けを乞う人形娘とその使い魔の姿が見れると。

 タバサだけが部屋に入ってきた。その顔はいつも通りの無表情。それを見てイザベラは拍子抜けする。そのタバサの顔を見続けていると、次第に怒りが募ってきた。

「あんた、ちゃんと指令書読んだ? 最初から最後まで」

 そう尋ねられたタバサは、こくりと頷く。

「本当に? 今回の標的は?」

「吸血鬼」

 淡々とそう答えるタバサを見て自分の目論見が崩れた事をイザベラは悟る。彼女は色々な感情が混ざった上での怒りに満ちた形相で従妹を睨みつけた。しかし、タバサは全く動じない。

 それを全くの無意味な行為だと感じたイザベラは話を逸らすように、任務内容の書かれた書簡を投げつけた。

「ふん、これが最後の任務にならなければいいね。せいぜい苦しみな。……ところで、あんたの使い魔は? 一緒に来たんじゃないのかい?」

 イザベラは、タバサの傍に勾導がいない事に今さらながら突っ込む。どこにいるのか。きょろきょろと部屋を見渡すがどこにもいない。ただ、一つだけ理解した事がある。

 これから碌でもない出来事がやってくると。

 

 突如、部屋の窓ガラスをぶち破り、黒い何かが飛び込んできた。突然の出来事にイザベラ達は騒然とする。その黒い影は勿論この男であった。

「オレを抜きにして話進めてんじゃねぇ!」

 首に携帯スピーカーを付けたMDプレイヤーを引っ掻けた勾導が部屋の中を練り歩く。スピーカーから流れるのはテキサス・ラトルスネークと呼ばれたプロレスラーの入場曲。そのレスラーの歩き方とモーションを完璧にトレースしながら勾導は至る所でポーズを取る。

 イザベラの机の上で。

 イザベラの玉座の上で。

 イザベラのベッドの上で。

 それらをプロレスのリングのコーナーに見立てて登り、両腕を掲げる。誇るように中指を立てながら。

 吼えるように、こう叫んだ。

「ヘイル、ヤーッ!」

 勾導の様子を侍女たちはおろおろとしながら見ていた。その様子を見て、彼女たちに向かって叫ぶ。

「お前らも叫べっ、ヘイル、ヤァァッ!」

 勾導の言葉に侍女たちは戸惑う。当然だ。だが、それが何だとばかりに勾導は何度も呼びかける。

「ヘイル、ヤァァッ!」

「へ、ヘル、ヤー……」

 少し反応が返ってきた。侍女たちだ。

「声が小さい、ヘイル、ヤァァッ!」

「ヘイル、ヤー」

 先ほどよりは強くなった。

「まだまだ、ヘイィィル、ヤァァァァァッッッ!」

「ヘイル、ヤァァァァァッ!」

 侍女たちは大声で叫んだ。するとある事に気づく。大声で叫ぶ事がなんと楽しい事なんだろうと。体中に纏わりついたストレスが剥がれ落ちていくような快感に満たされていく。この狭く閉鎖的な王宮という空間では味わえない体験を彼女達は楽しみ始めた。

 侍女たちの叫ぶような掛け声にイザベラは驚き、勾導は満足そうな笑顔を見せた。

 この声の呼び掛けあいはしばらく続くと思われた。

「って、あんた達なにやってんだい! この男に思うように乗せられて!」

 イザベラの激昂により、この心地よい空間は終わりを告げた。いそいそと元の配置に戻る侍女たちの様子を見ながら勾導は舌打ちをする。

 顔いっぱいに不機嫌を貼り付けながら、イザベラは勾導に近付いた。

「……で、あんた何がやりたいんだい! 窓ガラス割ったり至る所土足で歩き回ったり!」

 と、それに対し勾導は聞こえないとばかりに耳をイザベラに向ける。

「What?(はぁ?)」

「あと、わけのわかんない偽名ばっかり名乗って! ふざけてんのかい!」

「What?(はぁ?)」

「あんた、何しにここへ来たんだい!」

「What?(はぁ?)」

「……あんた、あたしをおちょくってんのかい!」

「Exactly(そのとおりでございます)」

 ふふんと言いたげな勾導のニヤケ顔を見てイザベラはキレそうになったが、ギリギリのところで踏み止まった。自分がこのままキレるところまでがこの男の狙いだ。こんな平民のおもちゃになってたまるか。そう思いながら深呼吸をする。

 その様子を見た勾導は目論見が外れた事を悟り、また舌打ちをした。そして、MDを止める。

「ったく、ノリの悪いデコ姫だこと。ちょっとは空気読めよ、おい」

「誰がデコ姫よ! あんた、どうやって窓から入ってきたんだい?」

「シルフィードに乗って、この窓目掛けてエルボースイシーダをやってぶち破った」

 悪びれずに言ってのける勾導にイザベラの額に青筋が浮かんだが、まだ平静を保つ。

「そ、そう。それじゃあ、どうしてそんな事をしたんだい!?」

「やってみたかったから。それしかねぇだろ。」

 イザベラの中にある怒りのメーターが1段階上がったが、それでも耐えた。

「『やってみたかったから』って……。あんた自分勝手過ぎるわよ!」

 イザベラのその言葉に部屋にいる侍女や衛兵たちが『あなたがそれ言うの?』と言いたげな顔で反応する。周りがそんな反応をしているとはいざ知らず、イザベラは本題を話し出した。

「そんな事よりもあんた、今回の標的が何か人形娘から聞いてないの? 吸血鬼よ、吸血鬼! 怖くないのかい!?」

 そのイザベラの言葉に勾導は考えるかのように目線を上に向ける。2、3頷くと言った。

「聞いてるよ。第一吸血鬼だ? そんなんジョジョとヘルシング読んでるからどんな奴か知ってるし。あと吸血鬼ハンターDも。悪魔城ドラキュラも全クリ済みだから大丈夫だ」

 自信満々にそう答えるイザベラは呆れる。勾導の言っている事の意味は分からないが、碌なことではない事は確かだ。意地悪してやろうと思っていた気持ちもいつの間にか萎えた。正直、これ以上関わりたくない。結局、

「あんたの勇気を信じてやるよ。きっと無理だろうけどね!」

 捨て台詞の様に言い捨てるだけしかできなかった。そう言って玉座に戻ろうとした時だった。

「あっ、忘れてた」

 そう言うなり、勾導はものすごいスピードでイザベラの頭から何かを奪い取る。新調した冠だ。イザベラもその事に気付き手を伸ばすが既に時遅し。

「シャオラァッ!」

 勾導は無理矢理冠にスタナーを仕掛けた。全壊とはならないものの、冠の金属装飾の部分が思い切り凹み、地面に投げ捨てられる。その衝撃で王冠は再び廃棄コース一直線となった。

「こうやって綺麗にオチ付けねぇと何のためにストンコの真似したか分かんねえからな。 『Odin 3:16 says,I just whooped your crown!!(オーディーン伝第3章第16節曰く! テメェの冠をシバき倒してやったぜ!!)』ってな!!」

 その様子を見て震え上がる侍女たちを尻目に、勾導はタバサと一緒に悠々と部屋を出ていく。

 その後ろ姿が部屋から消えたその時、イザベラの中の怒りメーターは遂に振り切れた。

 

「アイツはやっぱり出禁だぁぁぁぁ!!!」

 

 

 勾導たちはシルフィードと共に今回の任務の目的地であるサビエラ村に向かっていた。

 リュティスから500リーグ南東の山間部にある村で人口はざっと350人。そんな寒村を震え上がらせているのが吸血鬼による被害であった。事件は2か月前から始まり、現在被害者は9人。その中には驚く事にガリアの中央政府から派遣された騎士も加わっていた。

 勾導もその情報を知らなかった訳ではない。不安や恐怖も正直ある。だからこそ、今を精一杯楽しむ。その思いで宮廷内で勾導はふざけた。もう二度とできないかもしれないから。

「で、まずどうするよ。このまま村の中に入るか?」

 勾導の問いかけにタバサは首を横に振る。そして杖で着陸ポイントを指し示した。シルフィードはその指示に従い着陸する。そこは村から離れた林だった。

「化けて」

 着陸して早々、タバサはシルフィードにそう指示した。だが、彼女は首をぶんぶんと左右に振って嫌がった。だが、タバサは「化けて」の一点張り。結局観念したシルフィードは精霊魔法を唱えて、勾導達に初めて会った時と同じ青髪の女性の姿になった。変身すると裸のままのため、勾導はこの時タバサの魔法で目の前を風の目くらましで塞がれる。それはシルフィードが用意された服を着込むまで続いた。

「うい~、やっぱり人間の体って慣れないのね。この服ごわごわして動きづらいのね。前にお兄さまに着せてもらった服の方がいいのね!」

「あれはお前が破ったじゃねぇか! どうしてくれるんだ!」

 シルフィードの言った愚痴を勾導は突っ込む。と、タバサがマントを脱いでシルフィードの肩にかけた。おまけに、メイジの証である杖も手渡す。

「……どういうことなのね?」

「あなたは騎士。わたし達が従者」

 タバサの言葉に勾導は驚く。タバサの肩を掴み、二人きりで相談を始めた。

「ちょっと待てよ。どうしてそんな事をするんだ?」

「囮」

「囮だ?」

「吸血鬼が一番警戒するのはメイジ。吸血鬼の注意を引き付けるために囮になってもらう」

 勾導はその問いに納得する。だが、ひとつ気になった事があり、タバサに問う。

「わざわざあいつに変身までさせるか? オレが貴族演じた方がいいんじゃね?」

「あなたは自由に動いて欲しい。彼女を変身させたのは竜を所持してる事を伝えて余計な警戒心を掻き立てたくないから。結果的に彼女を囮役にしたほうが効率がいい」

「大丈夫かよ、あいつで……」

 勾導はシルフィードを見つめる。メイジの真似事なのか、彼女はルーンを唱える振りをしながら杖を振りまわしている。その子供っぽい仕草を見て、勾導の中で不安が広がった。

「ほんとに大丈夫かよ、マジで……」

 

 

 準備も終わり、3人はサビエラ村の中に入った。マントを付け、杖を持ったシルフィードが前を歩き、勾導とタバサはその後ろをついて行った。そんな3人をみつめながら村人たちは遠巻きからひそひそ話をする。

「今回派遣された騎士さまは若い女の人のようだね」

「こりゃ2日持てば上出来かしら」

「呆れた。平民を2人も連れてらっしゃる。1人は子供だし。きっと世間知らずのお貴族さまなのね」

「こんなヤツらを派遣するなんて、やっぱり中央は当てにならねぇ。俺達が吸血鬼を見つけるんだ」

 そんな言葉をひそひそと投げつけられるが、勾導は「やっぱりね」と納得していた。なにしろ、目の前を歩くシルフィードはどう見ても頼りない。仮に見た目が幼いタバサが杖を持っていたら、もっと悪印象だったろう。では、自分がメイジの役をしたならどうなったろう。きっとこうだ。

『年頃の女性と幼い女の子を侍らせた好色メイジ』

 勾導は誰がメイジ役をしてもたいして変わらない事を理解すると、深いため息をついた。

 

 村長の家は村の高台の上にあった。人の良さそうな顔をした白髪の村長に、一階の客間の上座に案内される。

「ようこそいらっしゃいました。騎士様」

 深々と頭を下げた村長を前にしてシルフィードは黙りこむ。何をすべきか分かってないようだ。

『名前を言えっ、名前っ』

 すかさず勾導が念話で指示する。ぽん、と手を叩き気付くとシルフィードは名乗った。

「ガリア花壇騎士、シルフィードなのね!」

 村長はその名前をいぶかしんだが、こういった仕事は偽名で動くものだと1人納得した。

「従者タバサ」

「えーっと、シルフィード様の従者やってるジョー・野口・情事です」

 勾導達も自己紹介をする。再び部屋に沈黙の空気が流れた。

 その空気を潰す為に思わず勾導が助け船を出す。

「村長さん、事件を詳しく教えてもらいますか? そうですよね? シルフィード様」

「えっ、そうなの?」

『そうだろうがっ! ちゃんと自分の仕事しろ!』

「う、うんっ、そうだったのね! 村長さん、事件を教えてなのね!」

 どこかぎこちない様子の主従の姿を村長は怪しく思ったが、頼る相手は彼らしかいない。彼は事件の詳細を語り出した。

 事件の起きた時期、被害者情報は事前に伝えられた通りだった。それに事件の発生した状況を新たに伝えられる。事件の事もあって夜間外出禁止を村に広めても、吸血鬼は家に忍び込んで血を吸っているそうだ。

 さらに村の中には問題があった。それはグールの存在だった。吸血鬼は狩場の中に暮らす人間を1人、血を吸ってグールにする事によって吸血行為をしやすくする。その事がきっかけで今、村人たちが互いを疑い合っているとの事だった。先ほど説明した大きな街が1つ壊滅した訳の大きな原因はこれだ。自分の隣人がグールかもしれない。そう疑心暗鬼に陥った人間達は同士討ちを始めた結果、自滅した。ハルケギニアの人間が吸血鬼を恐れる理由の大半はこの事からだった。

(まるで漫画版デビルマンだな)

 村長の話にそんな感想を持った勾導の首をちょんちょんとつつく者がいた。タバサだ。2、3勾導の耳元に囁くと、それを了解し村長にお願いした。

「あのー、すいません。申し訳ありませんが、村長さんの体を調べさせてもらいませんか?」

「わしをグールと疑っているのですか?」

「あっ、首筋だけで構わないんですよ。念のためなので。お願いします」

 人懐っこい笑顔とともに頭を下げる勾導の姿を見た村長は渋々ながら了承した。首元どころか上半身裸になった村長の体を勾導はくまなく調べた後、タバサ達にOKサインを出す。

 と、勾導はドアの隙間から客間の様子を覗く存在に気付いた。

「そこにいるのは誰だ! 出てこい!」

 勾導はドア向こうの存在に怒鳴る。それは一瞬ビクッと震えた後、ゆっくり扉を開けた。現れたのは5歳くらいの金髪の可愛らしい少女だった。

「可愛いのねっ、きゅい!」

 シルフィードの驚いた声に少女はビクリと震えた。村長は少女に言う。

「お入り、エルザ。騎士様達にご挨拶なさい」

 エルザと呼ばれた少女は、怯えた様子を隠さなかったが、ゆっくりとお辞儀をする。

 タバサは今度はシルフィードに念話を飛ばした。

『この子も確かめるの?』

 シルフィードの質問にタバサは頷く。正直気は進まなかったが、シルフィードは村長に言う。

「この子も改めさせてもらうのね」

 しかし、村長は拒んだ。エルザも震えている。

「この子は勘弁してやってください。この子は体が弱くて外に出る事さえままならんのですじゃ」

 シルフィードも同情して止めようとしたが、タバサに背中を抓られたため、エルザを嫌々脱がせた。

 その光景に児ポ法的なヤバさを感じた勾導は、一言断った後、1人で村の調査を開始した。

 

 

 まず勾導が向かったのは犠牲者の出た家であった。遺族たちは最初は口が堅かったが、勾導が真摯に向き合った事で心を開き、事件前後の状況を話してくれた。その結果は以下の通りだ。

 

・犠牲者は皆若い女性(騎士を除く)

・犠牲者の家は完全な密室の部屋で、破壊した様子は見られない(入れる場所は煙突しかないが、現実的ではない)

・夜間寝ないで見張っていたが、どういうわけか眠ってしまう(眠りを誘発する精霊魔法があるらしい)

 

 村一帯は念話の伝わる範囲内だったので、精霊魔法の事など分からない事はシルフィードに尋ねながら村人と会話をした。

 今、勾導は村はずれの沿道にいる。周りを見渡すと、村から脱出する為に荷物いっぱいになった馬車が何台もいた。他にも、

 「さぁ、早く家に入りな! 言う事聞かないとと吸血鬼があんたの血を吸いにやって来るわよ!」

「母ちゃんまだ真っ昼間だよっ! それにこの間まで『言う事を聞かないと『タルブのテッゾ』がさらいにやって来る』って言ってたじゃん。『テッゾ』が来るって言ったの嘘なのかよ!」

「いいから入んな! あんたの為なんだから!」

 昼間だというのに、そんな事を言って子供達を家の中に押し入れようとする親達もいた。

 こりゃ大ごとだな、と思いながらタバサ達と合流しようとした時だった。

「出てこい! 吸血鬼!」

 突然大声でそう叫ぶ声が聞こえた。なんだと思い、声の出所に向かう。それはあっさりと見つかった。

 十数人の若い村人たちが手に鍬や棒っきれ、更には松明を持ち、家々から外れた場所にあるあばら家を取り囲んでいた。

 あばら家の入口では、ごつい体格をした中年の男が村人たちと言い争っている。

「誰が吸血鬼だ! ふざけた事を言ってんじゃねぇ!」

「お前らが一番怪しいんだよ! 他所者のアレキサンドル!」

「お前らが村に来た時期と吸血鬼の被害が出始めたのが一緒なんだよ! とっとと吸血鬼を引き渡せ! 昼だってのに家に引きこもってばかりのババァの事だよ!」

「おっかぁが吸血鬼だと!? バカなこと言ってんじゃねぇよ!!」

「だったら連れてこい! 俺達が確かめてやる!」

 村人たちがアレキサンドルと呼んだ男を押しのけてボロ小屋に入ろうとした時だった。

「ドカンッ!!」

 突然、自分達とは別の大声が聞こえ、村人たちは驚いて沈黙する。きょろきょろと辺りを見渡すと、見慣れない黒い服を着た少年がいた。勾導だった。

 自分を警戒心全開で睨んでくる村人たちを見て勾導は溜息をつくと、一触触発の空気の鉄火場に割って入った。

「はいはいはい、落ち着いてくださいねー。こんな疑り合いで血ぃ流したりしたら馬鹿らしいですよー」

 勾導の馬鹿にするような態度と言葉に村人たちの体温が2度上がる。

「なんだテメェ! どこのよそもんだ!」

「あー、オレは今回派遣された騎士の従者です。一体なんすか? 昼間からこんなバカ騒ぎをして」

 勾導の言葉に村人たちは様々な反応を示す。

「従者だと? まだガキじゃねぇか」

「俺は見たぜ。さっきコイツがマント付けた騎士の女の後ろに付いて村長の家に入っていったのを」

「あの頼りなさそうな騎士か。大丈夫なのか、こいつ等で」

 明らかに不満げな様子だったが、頼るものはこいつらしかいない。『王宮から派遣された人間ならそれなりに大丈夫だろう』と村人たちは判断すると、村人たちを代表して1人の男が勾導の前に出た。やはり、勾導をどこか疑っているような目つきをしていた。

「俺はこの村で薬草師をやってるレオンってもんだ。何も知らないあんたに説明してやるよ。こいつ等親子が村にやってきたのは3か月前だ。で、吸血鬼が村を襲い始めたのは2か月前からで、ほぼ合致してんだよ。おまけに、こいつの首には2つの牙の跡がついてるんだ。 第一、こいつの母親は占い師だって言ってるが、この村に来て占いなんて一切やらずに家に閉じこもってやがる。ここまで怪しいヤツを疑うなと言う方が無理があるって話だ」

 一つ一つ状況を突き付けるように勾導に説明するレオンにアレキサンドルが噛みつく。

「だから、おっかぁは病気だって言ってんだろ! 頭も少しぼけ始めているし、とてもじゃねぇが占いなんてできる状態じゃないんだよ!」

「嘘つけ! 日光が怖いから部屋を出ないんだろうが!」

「それに、お前の母親の肌の色、俺たちの様な色をしてないじゃないか! この従者のあんちゃんみたいな色してよぉ!」

「肌の色は関係ないだろうが! 前話しただろ! おっかぁは『東方』の人間の血が混じっているって!」

 再び言い争いを始めた村人たちに勾導はイラつき、声を荒げた。

「分かったからあんたら黙れよコラァ! 今からオレが家の中に入って調べるから! あんたもいいねっ、これ以上村の人間に疑われたくなかったら、オレの言う事を聞いた方がいいぞっ!」

 勾導の言葉に納得したのか、アレクサンドルは渋々ながら頷いた。

 

 アレキサンドルを先頭に、あばら家の中に勾導と村人が入った。中は一部屋のみで、占いの道具だろう。おどろおどろしい装飾がされた鏡に亀の甲羅、錆びたナイフがあった。その奥にボロボロのベッドがあり、その上でモゾモゾと動く者がいた。

「おい、マゼンダ婆さん! 邪魔するぜ!」

 村人の声にマゼンダ婆さんはのそりと起き上がった。ボロボロの赤い寝間着を着た骨と皮だけのやせ細った老婆でなるほど、確かに肌の色が黄色人種のそれに近かった。

 急な村人の来訪に怯える老婆だったが、彼らは無理矢理彼女を羽交い締めにして口をこじ開けた。

「どうだ?」

「……この婆さん、牙どころか歯が一本もねぇ」

 自分達の予想を裏切る展開になった事に村人たちは困った表情をする。だが、彼らの疑念は冷めなかった。村人の1人が勾導に尋ねる。

「兄ちゃん、確か吸血鬼は血を吸う直前まで牙をしまっておけるんだよな?」

(知るかよ)

 そう言ってやろうと思ったが、拗れそうなので念話でシルフィードを経由しタバサに質問する。返事はすぐに帰ってきた。

「あー、その通りっすね」

 勾導の言葉に村人たちはなぜか喜びに満ちた表情を見せた。

「じゃあ、まだ婆さんは吸血鬼の疑いから外れたわけじゃあないんだな!」

「ふざけんな!」

 レオンの暴言に近い言葉にアレキサンドルはぶち切れ、彼の胸倉をつかんだ。さすがにまずいと思い、勾導も止めに入る。

「あんたら勝手に話をそっちに持っていくんじゃねぇ! まだ吸血鬼かどうか決まってないだろうが!」

「これは俺たちの問題だ! 引っ込んでてくれ!」

「襲われるのは村の仲間なんだ! 早く何とかしないといけないんだ!」

 村人たちがそう言い返す。堂々巡りで話が前に進めない事に勾導は半ばやけになって一つの提案をした。

「早い話、あんた達はこの婆ちゃんを吸血鬼だと疑ってる。それに間違いはないな?」

「あ、ああ」

 村人たちが、んだんだと頷いた事を確認したら、次にアレクサンドルを見る。

「で、あんたは自分達が吸血鬼じゃない事を証明したい。そうだな」

「そ、そうだ」

「だったら、その両方を確かめられるいい方法がある。それに乗るか?」

 勾導の言葉に、村人たちは不思議そうに顔を見合わせた。

 

 

 勾導が提案した内容は『自分が夜付きっきりでマゼンダ婆さんを見張る』という、いたって単純なものだった。だが、これには村人とアレクサンドル双方の要求をうまく消化できる利点があった。

 1つは、マゼンダ婆さんを夜通し見張る事で、実際に吸血鬼かどうか判断できる。もう一つは、アレキサンドルとマゼンダ婆さんが怪しい事を何もしなかったのに、村で騒ぎが起きたのならそれだけで彼らのアリバイの証明ができる。

 滞在期間全てを使って、勾導は見張る気でいた。彼らが粗を出すまで。もしくは、別の場所から動きが出るまで。シンプルだが、これ以上にないほどに結果が分かる手段はなかった。

 現在、勾導はタバサと合流して村長の家の一室で村の事や事件の詳細の情報交換、さらに今後の事についての作戦会議をしていた。彼女達も何か作戦を思いつき実行しているのだろう。村長の家に若い女性達がぞろぞろと入ってきた。タバサ達のとる作戦は、朝言っていた通り、シルフィードを囮にして吸血鬼を釣るようだ。その疑似餌となるシルフィードは部屋の隅っこでブツブツと何かを呟いている。やれ『竜使いが荒い』だの『わたしをなんだと思ってるのね』だの不満を垂れ流している姿を見て勾導は不安を覚えた。それでも作戦は実行する予定だ。勾導とタバサは作戦の最終確認をすると、そのまま夕方まで仮眠をとった。

 

 

 夜になった。夕方から勾導は例のあばら家に戻り、2人を見張り始めた。アレキサンドルは嫌そうだったが、アリバイの為と最後は諦めた。

 1つ、大きな変化があった。それはこれだ。

「おっかぁ、無茶するなよ。ちょっと具合が良くなったからって危ないよ」

「大丈夫よ。私は大丈夫」

 マゼンダ婆さんが、笑顔を作りながら息子が作ったスープを黙々と飲んでいた。やせ細った体で病気がちとは思えないほど肌に血色が戻り、目には生気が宿っている。意識もはっきりしており、昼間息子にボケが進んでいると言われていたとは思わない。

 アレキサンドルが不思議そうな顔をしながら勾導を見た。

「従者さん、あんた、おっかぁに何したんだ?」

「オレだって分からないよ。オレの顔見たら急にボケが治ったんだからよ」

 そう、マゼンダ婆さんは勾導の顔を見た瞬間にボケ状態から覚醒し、食事の要求をしたのだった。息子がどうしたのだと言っても、ただ、「力を貯める為に今まで意識を遮断していた」、「時が来たから起きた」と言ったきりだ。

 勾導達は首をかしげながらマゼンダ婆さんを見ていた。と、自分が見られている事に気付いた婆さんは、

「あなた達、ご飯が冷めますよ。従者の坊やも、こんなもてなししかできませんが、おかわりはありますからね」

 微笑みながら2人に食事を勧めた。

 

 食事を終えて2時間ほど経った。勾導は腕に付けたアルバスプーンの文字盤を見る。地球時間で言うと23時を指していた。いつもながら夜は長いな、と勾導は思う。

 現在、あばら家には勾導とマゼンダ婆さんしかいない。アレキサンドルは10分ほど前に「トイレに行く」と言って家を出た。付いていこうかと勾導は思ったが、現在の最重要参考人はこの婆さんだ。そう考え直し彼女を見張る事に専念した。

 彼女はまだ起きており、部屋に飾られた占い道具の手入れをしている。長い間使われなかった彼女の占い道具は磨かれる度に光を取り戻していく。

 と、勾導は気になっていた事を彼女にぶつけた。

「婆ちゃん、『東方』ってなんだい? そこにはオレや婆ちゃんみたいな肌のヤツがいっぱいいるの?」

「ごめんなさい。私はハルケギニア生まれなので『東方』のことは良く分かりません。私の父が東方からやってきた人たちの血を継いでいただけなので……」

「そう……」

「ただ、父の一族にはある言葉が伝えられていました。『門には近付くな。奴らがやってくる』と……」

 老婆の言葉に勾導はふーん、と言う。もともと『東方』が地球に帰るヒントであるとは思ってない。老婆の言葉を知識として受け止める程度で済ませた。勾導は話題を変えた。無論、警戒をしながら。

「でもさ、良かったよ。婆ちゃんがボケから戻ってさ。しんどいかもしれないけどさ、明日家の外に出ようぜ。昼間に家の外歩いたら、村人たちも疑わなくなるからさ」

 しかし、老婆は勾導の言葉に首を横に振った。

「私は意識を遮断していたとはいえ、外の状況は理解していました。きっと駄目でしょう。どうしても私を吸血鬼に仕立て上げたいようですから」

「なぜだよ? 同じ村人だろ?」

「いいえ。私たちは『よそ者』です。どこの村へ行っても、どこの町へ行っても。理由はこの肌です。この肌の色と顔の特徴で放浪を余儀なくされているのです。おかげで、せがれには苦労ばかりかけてしまって……」

 老婆は悲しそうな笑みを浮かべながら言う。勾導は老婆の顔を見る。なるほど、ヨーロッパ系の特徴のあるハルケギニアの人間には珍しい、黄色人種と白色人種のハーフにありがちな薄い黄色じみた色に、その顔立ちはどこか東アジアの人間の特徴が現れていた。

「私が病にならなければ、トリステインにあるタルブという村に行きたかったんですけどね……。あの村はどんな境遇の人間でも受け入れてくれると言われていますから」

「……」

 勾導は老婆の言葉をやり切れない気持ちで聞くことしかできなかった。彼女は勾導が同情している事に気付いたのか、優しげな声で語りかけた。

「坊やは優しいのね。こんな私たちに心を近付けてくれて。私はそれだけで十分です」

 その言葉に、勾導は不思議と救われたような気持ちになった。

 突然、勾導の頭の中にシルフィードの慌てた声が響く。

『お兄さま、グールが来たのね! 今、村長さんの家が襲われたのね!』

 その念話に勾導は反応し、老婆を注意深く観察した。老婆はきょとんとした顔を見せている。と、アレクサンドルが家に帰ってきた。その事に気付くと勾導は、彼に「ちょっと出かける」と一言言って村長の家へ向かった。

 

 

 勾導が村長宅に着くと、そこは鍋をひっくり返したような騒ぎに包まれていた。互いに身を寄せ合う女性陣と、それをなだめる家族達の輪を抜けて、2階へ向かう階段を上る。2階の客間の扉の前にシルフィードがいた。彼女は勾導の顔を見ると、きゅいと一声鳴くと勾導に何があったのか説明をした。昼間出会ったエルザが眠っていた時にグールと思われる男に襲われかけたようだ。他の目撃情報はないかと聞いたが、暗くて誰もグールが誰か分からなかったらしい。それを聞いて勾導は舌打ちをする。

 現在、タバサは彼女の相手をしており、手が話せない状況だった。

「で、グールはどこから入ってきたんだ?」

「あそこなのね」

 一階に降りたシルフィードはエルザが襲われた部屋を指差す。その部屋に設置された大きな窓が割れており、床には土が散らばっていた。

 勾導はその事に違和感を感じた。今まで被害を受けた家は、全て密室の状態だった。こんな強硬手段は決してとらなかったはずだ。もう一つは、『そこまでやったのに、なぜエルザをさらわなかったのか』という事だ。タバサ達が来るのが早かったから手が出せなかったのか、それとも他にも理由があってさらわなかったのかと勾導は頭をフル回転させる。一つの仮説が出た。

(吸血鬼は捜査のかく乱を狙ってるのか?)

 今までとは異なるケースを提示する事で、自分達のペースを乱そうとしているのかと思うと、自然に奥歯を噛み締めていた。

 タバサが2階から降りてきた。どうやらエルザは寝付いたようだ。それを見計らい、3人は状況整理を始めた。勾導から話す。今回のグールの襲撃は、自分達の捜査妨害が目的だと。その意見にタバサは頷く。そして、勾導が監視していた親子はどうだと聞いた。

「特におかしい様子はなかったな。そっちに襲撃があった時も変なことしてなかったし。ただな……」

「ただ?」

「息子がトイレに行くと言って10分くらい家を開けた。シルフィからの報告があった直後に帰ってきたけど。シルフィ、報告は襲撃があって何分くらいしてやった?」

「よく覚えてないけど、だいたい3分くらいだと思うね」

「オレがここに着いたのが走って6分くらいかかったからな……。タバサ、グールになった人間は足が速くなるとかあるのか?」

 タバサは頷いた。グールになった人間は、身体能力が野生動物並みに増幅され、主の命に従い人間を屠るのだ。その情報を得た勾導は、最重要人物を老婆から息子に切り替える。

「息子がグールになった可能性は高いな……。婆ちゃんには言いづらい事だが……」

「これからあなたはどうするの?」

 タバサが尋ねる。グールと一夜を共にするのは危険だからあばら家から引き上げてほしいようだった。勾導はその気持ちを汲んだ上で言った。

「とりあえず、今日はこのまま見張る。仮に息子がグールだったら、婆ちゃんが危険だ」

「あなたも危ない」

「大丈夫だよ。捜査の妨害しかやらなかったってことは、今日はもう何もしない可能性が高いからな。それによ……」

「それに?」

 勾導は一呼吸ついて決心するように言った。

「明日は婆ちゃんの身の潔白を示さないといけないからな。証明できれば村の人間も少しは反応を変える。その為にも今日を生きてもらわないといけないんだ」

 そう言って勾導は、あばら家に帰っていった。

 勾導の予想通り、襲撃はこの一回のみで夜は明けていった。そして、朝日が十分に昇った事を確認すると、勾導はようやく眠りについた。

 

 

 正午を少し過ぎた頃、勾導は目を覚ました。あばら家の中を見渡すと、そこにはマゼンダ婆さんしかいなかった。その婆さんは占いの道具に向き合っていた。目を瞑り、ブツブツと何か小さな声で呟きながら手で様々な印を結ぶ。彼女の前にある祭壇の中央には、亀の甲羅が火で焙られていて、時折婆さんが表面を錆びたナイフで切れ目を付ける。しばらくするとその切れ目に沿って亀甲がぱりんっと割れ、彼女はその割れた形を注意深く見ていた。まるで古代中国の亀甲占術の様な占いだった。

 甲羅の形を確認したマゼンダ婆さんは、どこか寂しそうな表情を零した。だが、勾導が起きた事に気付くとその表情を消してしわくちゃの顔で笑顔を作った。

「あら、坊や起きたのかい?」

「うん。おはよ。息子さんは?」

「朝早く出かけて行ったよ。多分もうそろそろしたら帰ってくるよ」

「ふーん。ところで、それが占いの道具?」

 老婆は勾導の言葉に頷き、道具を撫でる。どれも年季が重ねられ、幾代に渡って使われてきたような重厚さがあった。

「そう。私の父の、そのもっと前の代の祖先から私に肌の色と一緒に受け継がれていった物なの。占いの方法も『東方』に伝わるもので、私が元気だった時は的中率はとっても高かったのよ」

「またまたー。オレが知らないからって盛ってんじゃないの?」

「本当よ。若い時は、この国の王宮に呼ばれて当時の王さまを占った事もあるのよ」

 婆さんの自慢話に思わず勾導は口笛を吹く。

「でも、私たちの受け継がれた技術はブリミル教の教義から見ると『異端』だったみたいなの。教会の人間が来てすぐさま私たちは迫害されたわ。それでも、今日まで生きてこれたのは『幸運』なのかしら、それとも『運命』なのかしらね……」

 婆さんの昔話を聞いていてしばらくすると、アレキサンドルが帰宅した。また村人になにか言われたのだろう。苦虫を噛み潰した顔のまま、

「おっかぁ、ただいま」

 粗い声色でそう言い、今度は勾導を見て表情を歪ませた。

「従者さん、あんたいつまで俺たちを見張るんだよ? 昨日村長の家が襲われた時、おっかぁにおかしなところは何もなかっただろ?」

「ああ、そのことなんですけど……。おっさんも帰ってきた事だし、今から婆ちゃんの身の潔白を証明しようと思うんですが、協力してくれますか?」

 勾導の言葉に婆さんは気の進まない顔をする。

「坊や、どうしてもやらないといけないの?」

「やらないと、村の人たちいつまでたっても婆ちゃんを疑うぞ。大丈夫、しんどくならないように気を付けるからさ。」

 勾導はそう言って2人に向けて笑みを作った。

 

 

 昼下がりのサビエラ村は騒然とした。誰もが視線をそれに向けている。

 勾導がマゼンダ婆さんをおぶさり、広場へと続く道をゆっくり道端の村人に見せつけるように歩いていた。マゼンダ婆さんは普段着のボロの寝巻ではなく、家にあった他所行の服を着て勾導の広い背中に乗りかかっており、先ほどまで遠慮気味だった姿はどこにいったのか、今はご満悦な様子であった。

 その姿を見た村人たちは、

「マゼンダ婆さん、太陽の下に出てるぞ!」

「って事は、彼女は吸血鬼じゃなかったんだ!」

「私たちは無関係の人を疑っていたのね……」

 口々にそう感想を漏らし、勾導はそれを聞いて自分の作戦通りとにやりと笑った。

 途中、タバサとシルフィードも合流し、一緒に広場に向かった。特にシルフィードは、婆さんが謂れのない疑いを向けられていた事に心を痛めていた為、こうして疑いが晴れていく様子を嬉しそうにきゅいきゅい鳴いていた。

 広場に着いた。勾導達の後ろには多くの村人たちが付いてきており、彼の次の行動を期待半分不安半分の視線で見守っていた。

 村人が静かになった事を見計らって勾導は後ろにいる人間にも伝わるよう、大声を出した。

「みんな、見ての通りマゼンダ婆ちゃんは太陽の下に出ても何ともない! って事は、婆ちゃんは吸血鬼じゃないんだ! もうみんな、よそ者だって事で婆ちゃんを疑うのは止めようぜ!!」

 勾導の言葉に村人たちは頷いた。彼女に謝る声も中にはあった。この件はこのまま一件落着になるかと思われたその時、

「ちょっと待った!」

 突然、この空気を壊すような声が上がった。村人たちを分け入って勾導達の前に現れた者がいた。薬草師のレオンと若い村人のグループだった。

「従者のあんちゃん、これはどういう事だ? 勝手に村の人間を連れまわしてよ」

 レオンは勾導にずい、と近づいた。その表情は怒りに満ちていた。

「この婆ちゃんが吸血鬼じゃないという証拠を見せる為に表に出したんだよ。あんたらも望んでいた事だろうが」

 勾導の言葉に何人かの若い村人は頷いた。だが、レオンは反論する。

「余計な事をするんじゃねぇよ! 俺達がやって確かめるはずだったんだからよ!」

「これは誰がやるかが大事な事じゃねぇよ! 第一、婆ちゃんの潔白を証明できたから十分だろうが!」

 勾導の言葉をレオンは馬鹿にするように鼻で笑う。

「悪いが、俺たちは受け入れられねぇな。第一先住魔法には『日光を遮断できる』ヤツもあるって聞いたぜ」

 村人たちは「なんだって!?」と声を上げる。と、すぐさま古代種であるシルフィードが

「そんなものないのね!」

 と、声を荒げた。

 派遣された騎士(と思ってる)に自分の意見を否定されたレオンは眉間にしわを寄せて唸る。どうやら当てずっぽうで言っただけのようだ。破れかぶれになり、

「うるせぇ! へっぽこ騎士が偉そうな事を言うな! とにかく、俺たちは認めないからな。なにしろこいつ等はよそ者だ。俺たちに寄生する役立たずの宿なしだ。よそ者にいい顔したら最後は血を吸われちまうぞ!! お前らもいいな! 死にたくなかったら若い俺たちの言う事を聞けよ!!」

 そう暴言を吐き捨て、レオンたちは広場から離れて行った。他の村人たちも完全には潔白を証明できなかった為、勾導達を様々な感情を込めた視線で見つめながら広場を去っていった。

『所詮、よそ者の意見など聞く耳を持つ気になれない』

『例え100の証明を提示しても、1つの偏見には勝てない』

 勾導はそう実感し、唇を血が出るまで噛みしめた。

 

 

 勾導とマゼンダ婆さんは、あばら家に帰った。勾導は正直、イラついて周りに当たり散らしたい気分だった。ブツブツと不満を言う勾導を諭すように、婆さんは優しく声をかけた。

「坊や、ありがとうね。私たちの為に必死になってくれて。私はその気持ちだけで十分よ」

「でもよ、いくらなんでもねぇよアレは。よそ者ってだけであそこまで言うか? 普通」

「彼らも必死になりすぎて気が立っているのよ。もしかすると、明日の朝日を見れないかもしれない。次は自分の家族が犠牲になるかもしれないとね」

「でもよ……」

「ねぇ、あなた家族は?」

 婆さんは突然そんな質問をした。

「いるよ。……しばらく会えそうにないけど」

「……ごめんなさい。でも、あなたのような優しい坊やを育ててくれた親御さんはとっても素敵な人だと思うわ」

「そうでもないよ。あれこれ口やかましいし、人の趣味に文句言うし。オレの金遣いにも口出すしな」

「それはあなたの事を大事に思ってるからの事よ。大切にしなさいね」

 勾導は、「そうかなぁ」と一言だけ答える。次の言葉が出てこない。家の中を沈黙が包んだ。と、ベッドで上半身を起き上がらせたマゼンダ婆さんが、とても軽い感じで言った。

 

「私ね、今夜死ぬの」

 

 唐突にそう言った婆さんに勾導はハッとなる。最初は何を言っているのかと思い理解できなかった。しかし、数秒経過してなんと言ったのか理解できた瞬間、勾導は驚きと変な怒りに包まれた。

「婆ちゃん、冗談はやめろ! 怒るぞ!!」

「残念だけど、本当の事よ。朝、自分を占った時そう出たの。言ったでしょ。私の占いは的中するって」

「ふざけんな、オレは信じないぞ! というより、占いなんて希望的観測だろ!」

 そんな事を認めないとばかりに首を振り続ける勾導を婆さんは諭す。

「うっすら思ってたの。わたしが長い間眠ってまで力を貯めていたのは、今日この日を占う為だと。そして、あなたに出会う為だったのよ。優しくて、誰よりもまっすぐなあなたにね」

 婆さんはそう言って自力で祭壇まで物伝いでゆっくりと向かう。占い道具を磨き、新たな甲羅を取り出すと占いを始めた。

「坊やみたいな子に出会えてよかった。……これが最後の占い。あなたの道を照らす灯火になるよう、占ってあげるわね」

 

 

 この村に来て2日目の夜を迎えた。勾導達はこの日もそれぞれの持ち場の監視を行っていた。いつまで続くのかは分からない。だが、ヤツが動くのは今日だという確信に似た気持ちを持っていた。勾導が夕食のスープを飲み終わろうとしていた時、動きが生まれる。

「ちょっとトイレに行ってくる」

 一言そう言ってアレクサンドルは家を出た。その様子は、自分の意思による行動に見えない。まるでリモコンで操作されたようで、人の暖かさが感じられなかった。

 彼が出て数分後、勾導も家を出る準備を始めた。勾導は老婆に一言「すぐ帰るよ」と言って家を出る。その時、マゼンダ婆さんは「いってらっしゃい」と微笑んで彼を送り出した。

 その姿を見て、なぜか勾導は意味も無く悲しい気持ちになった。

 

 村の中心部にアレクサンドルがいた。その瞳には光が無く、ふらふらと夢遊病患者の様に体を揺らしながら村長の家を目指している。その大男はギギ、ガガ、と小さく呻いていた。完全に正気とは思えない。 村長の村まであと10数メートル。高台へ向かう階段に足をかけようとしたその時だった。

「トイレはそっちじゃねぇぞ、おっさん」

 背後から声が聞こえた。アレキサンドルが声が聞こえた方向を振り向く。

 勾導が月明かりに照らされながらそこにいた。その表情には色が無く、淡々と彼に近付く。

「悪いがもうバレてんだよ、昨日の時点で。……とっとと正体見せな、グールさんよぉ」

 勾導にそう突き付けられたアレキサンドルは突然、獣のような雄叫びをあげた。咆哮の後、勾導を睨みつける。その目は血走り、体つきが一回りごつくなる。そして、口には長い牙が生えて獲物を威嚇するようにガチガチと鳴らしていた。凶悪な本性を解放した屍人鬼(グール)がそこにいた。

 勾導はじっと構える。その瞬間、グールが勾導にすさまじい勢いのタックルをぶちかました。軽自動車と正面衝突をしたような衝撃を受けて勾導は宙を舞い、側にあった家の壁に叩きつけられた。体を襲う痛みはもちろんのこと、肺の中の空気を強制的に吐き出された勾導は一瞬宙に意識を飛ばす。

 外の騒ぎに家の中にいた村人たちも気付き、窓からおそるおそる外を覗く。すると、騎士の従者が何か熊の様な大きな獣と闘っている。目を凝らしてそれがアレキサンドルである事を確認した村人は大声で叫んだ。

「アレキサンドルだ! やっぱりヤツがグールだったんだ!」

「従者の坊主が闘ってる! 今のうちに家の守りを固めろ!」

 村人たちの声が届いたのか、村長の家の中から女性達の悲鳴が聞こえた。その悲鳴を聞いたグールは喜色の笑みを浮かべ、村長の家へ体を向けた。

 村全体が恐怖に包まれている中、意識を取り戻した勾導は冷静にグールを見る。確かにパワーとスピードは高い。だが、地球で闘った『あいつら』のような『規格外』というわけではない。このくらいのヤツは腐るほど闘ってきたと勾導は思う。

「なめんじゃねぇ」

そう自分に言い聞かせ、勾導はゆっくりと立ちあがった。

 一方、村長の家にたどり着いたグールは窓を割り、部屋の中をじろりと覗く。そこには隅で怯え、体を震わしながら泣いている少女達がいた。

 目標を見つけ嬉しそうに吼えたて部屋の中に入ろうとしたその時―。

「オラァッ!」

 勾導が後頭部へエルボーを叩きこみ、続けざまに投げっぱなしのジャーマンスープレックスで投げ飛ばした。投げられたグールは高台の階段を転げ落ちる。だが、これで終わりではない。勾導が走り、その勢いのまま高く飛ぶ。高台の頂上から倒れたままのグールの腹目掛けてダイビングエルボードロップをぶちかました。どこかの内臓が潰れたのだろう。グールは内臓の欠片が混じった黒い血を吐きだす。

 よろよろと立ちあがったグールは村はずれの林に向かって逃げ始める。内臓に深刻なダメージを与えたはずなのに、その逃げ足は未だ健脚を維持していた。勾導も追いかけるが、相手は獣並みの速さだ。次第に離され、グールは先に林の中に入ってしまった。

 勾導は舌打ちを一つすると迷わず林に入る。その中は静寂に包まれており、パニックになっている村の中とは別世界の様であった。

 ガサッ、と茂みから音がする。勾導は振り向くが、そこにいたのは小動物だった。驚かせやがって、と勾導が思ったその時、樹上から雄叫びが聞こえてきた。見上げると、グールがすさまじい形相で勢いよく踊りかかってきた。その奇襲をギリギリで避けたが、グールの本命は別であった。着地と同時にガッと勾導の首を締め上げ、宙に吊り上げたのだ。万力のようにじわりじわりと自分の頸動脈を締め上げられ勾導の視界はゆっくりと暗幕がかかっていく。口から必死に呼吸行為をしながら足をバタつかせて抵抗するもののグールには全く通用しない。アレクサンドルは勝利を確信したのか、大量の唾液を垂らしながら牙をガチガチと鳴らした。

 だが、この男はまだ諦めていなかった。足をバタつかせる事でグールの意識を自分の下半身に集中させて上半身の注意を逸らすと勾導は中指を突き立て耳の中にぶち込み、そのまま内耳を蹂躙した。突然頭の中を激痛に襲われたグールは悲鳴をあげながら勾導を解放する。勾導は息を整えたい気持ちを殺して追撃をした。

 アレクサンドルの顎先に左右の素早いエルボーを決めてテコの要領で脳を左右に揺らした後、顔面に蹴りを叩きこむ。その一撃でグールの牙はへし折れた。だが、勾導の攻撃は止まらない。

 背後に回り込み、グールの左腕を鳥の手羽先の様な形で固めて動かないようにすると、同時に顔面を力いっぱい絞めあげた。

 昭和末期の日本プロレスマット界に巻き起こった格闘技路線という名の革命運動。その旗頭となった団体の所属選手が多用し一世を風靡した技の一つ、チキンウイング・フェイスロック。肘と肩、そして首を極める複合関節技が容赦なくアレキサンドルの体からミシミシと悲鳴を引き出した。

 アレキサンドルは必死にジタバタ暴れるが勾導は絶対に離さない。そして、心の中で一つの覚悟を決めていた。タバサから『一度グールになった人間はもう元には戻らない』と聞いていた勾導は、目の前で苦しんでいるそれを『殺す』と決断した。先ほどの中指一本突きもその覚悟の現れだ。

 勾導は息を吸い込み、一気に締める。触れあった肉と骨を通じて首の骨が軋む音を感じる。その悲鳴を大きくする為に肉を、筋を、血管を、そして骨をねじ切る様に力を込めた。

 ゴキッと鈍く、重い音が勾導の体全体に伝わり響き渡った後、徐々にグールから力が抜けていく。勾導は再度それの首をへし折った位置まで曲げて、もう動かない事を確認すると、技を解除して立ちあがった。

 その瞳に喜びは一切なかった。

 

 グールとの闘いから数分後、タバサがやってきた。彼女は勾導が無事な事を確認して安堵した後、

「殺したの?」

 と聞いた。その問いに勾導はこくん、と頷き、

「グールは人間じゃないって言われてもさ……、初めてだよ、この感覚はさ。……二度とやりたくない」

 誰に聞かせるわけでもない、小さく消えるように呟いた。

 それを聞いているのかどうなのか、タバサは無言でアレキサンドルの死体に土をかける。そして、『練金』で土を油に変えた後、『発火』で燃やし、荼毘に付した。辺りに油と肉の焼ける匂いが立ち込めるが、不思議と勾導の嗅覚にはなんの反応も来なかった。まるで意識レベルで拒絶しているようだった。

「婆ちゃんに恨まれるな……」

 灰となったそれを見つめながら呟いていると、シルフィードがとても慌てた様子でやってきた。

「お兄さま、お姉さま! 大変なの! お婆ちゃんが大変なの!」

 

 

 勾導達は大急ぎでマゼンダ婆さんの家に向かっていた。シルフィード曰く、アレキサンドルがグールだと知った村人たちは、やはり彼女こそが吸血鬼だと言いながら家に向かって行ったとのことだった。

 間に合え、間に合えと念じながら走る。ルーンの力が発動すれば間に合うはずだ、お願いだから発動してくれと思っているが背中はなんの反応はない。その事にイラつき、声にならない叫びを上げながら勾導は駆ける。

 勾導の鼻腔に焦げた匂いが侵入してきた。村人たちの怒号も聞こえてきた。嫌な予感で心臓の鼓動が速くなる。煙の様なものが目に入る。それでも、勾導は少ない可能性に賭けた。

 だが、その希望は無情に砕かれる。

 

 勾導の視界一面に入ってきたのは、轟々と燃える炎に包まれたあばら家の姿だった。

 勾導は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。

 周りの村人は何か叫んでいるようだったが、放心状態になった勾導の耳には何も入ってこなかった。

 

 

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