Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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13:青空のナミダ

 膝から崩れ落ちた勾導の目の前は一面の赤で染まっていた。わずか数日だが、自分が泊まったあばら家が轟々と燃える炎に灼かれている。

燃え盛る家から放射される熱と火の粉が容赦なく勾導の顔を襲う。

 熱い。顔を背けてその熱を避けたいが体が拒絶している。まるでこの光景を目に焼きつけろと体が命じているようだった。 

「焼け死んじまえっ、吸血鬼!」

「俺たちをいつまでも騙せると思っていたら大間違いだぞ!」

「詫びろっ、死んであの世でお前が殺した娘達に詫びてこいっ!!」

 呆けた様子の勾導の姿をよそに、家を取り囲んだ村人たちが怒りに満ちた声色で口々に罵声をあげる。ワアワアと湧き上がっている怒声に紛れて笑い声も聞こえる。歓喜の涙を流す者さえいた。

 彼らの姿に罪悪感は微塵も感じられない。まさしく、自分達の行いは正義の行いだと言いたげであった。

 

 突如、周囲が肌寒くなった。次いで激しい風の音が響き渡る。村人たちもその変化に気付き熱狂から冷める者が現れ、辺りをキョロキョロと見渡す。やがて、この現象を引き起こしている存在を見つけた。

 タバサが村人たちの背後で杖を掲げながら呪文を唱えていた。杖先に絶対零度の雪風が渦を巻き、それは漆黒の夜空に放たれる。夜空を駆ける氷渦はやがて荒れ狂う竜巻となり、未だ燃え盛るあばら家を覆った。

 タバサの放った『アイス・ストーム』は、その大量の氷雪が生み出す圧倒的な冷却効果を持ってあばら家の炎を鎮火させた。その魔法の威力と光景の美しさに心を奪われていた村人たちは皆黙りこんでいたが、その氷嵐が引き起こした結果を目にする事で不満と怒りが満ちていった。

「あんた何してんだ!」

「吸血鬼が焼け死ぬ楽しみを奪うんじゃねぇ!」

 そんな事を叫びながら村人たちはタバサに詰め寄った。だが、タバサはその圧力に物怖じせず、うっすらと怒りを滲ませた表情で静かに言う。

「証拠がない。それに彼女は無実だったはず」

 その言葉に村人たちは全く隠す事も無く怒りをぶつけた。自分達の行為は正当だと言わんばかりに。

「証拠だと? 息子がグールだったのが証拠だろうが! それに無実だぁ? 逆に聞くが日光の下に出たくらいで吸血鬼じゃないってどうして言い切れるんだ?」

「そうだ! 俺たちの娘の血を吸って『滋養』がたっぷり摂れたから、数分間は日光の下でも大丈夫だったんじゃないのかよ! 危うく騙されるところだったぜ!!」

 村人たちの言葉にタバサとシルフィードは真っ向から反論した。

「吸血鬼はどんなに血を吸ってもお日様の下では動けないのね! だからグールを操るのね!」

「誰がそんな迷信を言ったの?」

 タバサの怒気の籠められた言葉の圧力に村人たちは怯む。だが、そんな彼らの中から1人の男が現れた。薬草師のレオンだった。

「俺だよ、『本物』の騎士様。まさかこんなチビがメイジだったとはな……。いろいろ言いたい事があるが、今俺たちは最高の気分だからどうこう言わねぇよ」

「あなたの気分の事なんて聞いていない。……どうしてそんな事を言ったの?」

「ノリの悪いガキだな……。まぁいい、本題だ。今朝、被害の出た家を俺達が洗い直したら煙突からこんなものが見つかったんだよ」

 レオンは得意げにタバサ達の目の前に布の切れはしを投げ捨てた。タバサはそれを拾い上げる。5サント四方の赤い染めものだった。

「それはな、あのババァがいつも着てた服の切れっぱしだよ。そんな派手な色の服なんてこの辺のヤツらは着ねぇよ。……もう俺の言いたい事は分かるな?」

「……」

「……少しは反応してくれよォ。手柄が獲れなかったからってよォ。……でだ、あのババァは煙突から侵入していたんだよ。骨と皮だけだから煙突の中に入るのはお手の物だったろうよ。……煙突が侵入路ならば、いくら戸や窓を頑丈にしたところで無意味なわけだ」

 タバサに向かって自信満々に高説を垂れるレオンに吉報が届けられる。

「やったぞ、吸血鬼は黒こげだ! 村は助かったぞ!!」

 鎮火したあばら家の中を調べていた村人がそう叫ぶと、レオンたちは歓声をあげた。そして彼らは我先にあばら家に走る。

 あばら家のあった場所に向かった彼らの目の前に、マゼンダ婆さん『だったもの』が横たわっていた。

全身が真っ黒焦げで、体に細い手足が付いている事でようやく『人だった』と理解できる有様だった。

 その焼死体を見てレオンたちは一瞬怯むが、すぐに憎しみが彼らを染めた。

「こいつのせいで、こいつのせいで……」

「焼き殺しただけで満足できるか……」

「そうだ、まだ生きてるかもしれない。完全な『とどめ』を刺してやろう!!」

 そう口々に言いながら、手にした獲物を持つ手に力を込める。

「やっちまえッッッ!!!」

 

 

 彼らは獣になった。

 

 鍬や棒、思い思いの獲物を彼女の遺骸に叩きつける。

 

 獲物を持ってない奴は彼女を思い切り踏みつける。

 

 宙に彼女の体だった物が飛び散る。

 

 物を言わない黒焦げの肉の中から白い骨が涙を流すようにぽろぽろと現れ、零れる。

 

 それを見てレオンたちは狂ったかのように雄叫びと歓声をあげ、更に獲物を叩きこむ。

 

 その光景を離れた場所から見ていた村人たちも1人、1人と憎しみと妙な使命感に駆られてあばら家に向かい、同じように遺骸を汚す。

 

 狂気と狂乱と狂騒に包まれた彼らは人間ではなかった。

 

 死者の身体と魂を汚し尽くす、餓鬼そのものだった。

 

 

 村人たちのその行いを見たタバサはとてつもない嫌悪感に包まれる。シルフィードもそうだ。一秒たりともこの場所、この村に留まりたくなかった。

 正直、マゼンダ婆さんとはそこまで関わり合ったわけではない。むしろ、この事件の容疑者と見ていた。だが、彼女と深く接した勾導の言葉と昼間の行動を見て、彼女は『白』と判断した。

 だからこそ、彼らの狂行が許せなかった。仮に彼女が吸血鬼だったとしても、今目の前で行われている醜悪な狂宴は人間としてやってはいけない事だと思った。

 今2人は、人間がどれだけ醜くなれるのかをまざまざと見せ付けられていた。

 

「おらっ、いい加減くたばれッッ! とっくにくたばってても、またくたばれッッ!!」

 瞳にグルグルと渦を巻きながら、レオンは未だに手にした木の棒を遺骸に叩きつけていた。彼は自分に酔っていた。メイジなんて当てにならない。村を救った『英雄』は自分だと天下に示したかった。この行いは『英雄』である自分達に許される『特権』だと信じ切っていた。

 と、そんなレオンの肩を後ろからトンと叩く者がいた。レオンはそれをうざったそうに払う。再び叩かれる。それをすぐさま払う。3度目、少し強めに叩かれた。それに完全に気分を害されたレオンは苛立ちながら後ろを振り向いた。

「なんだよっ、うるせ……」

 レオンは最後まで言えなかった。

 そこには感情を無くした表情の勾導が幽鬼の様にゆらゆらと立ち尽くしていた。

「もうやめろ」

 死人のように力の籠らない、だが突き刺す様な声色で勾導は村人たちに向かって言う。無論、村人たちは反論する。

「止めれるわけないだろうが! 俺たちはこの日を待ち望んでいたんだぞ!」

「てめぇ、あの吸血鬼と一日暮らしたから情でも湧いたのか? ふざけんじゃねぇぞ!!」

「引っ込んでろ役立たず! お前らはお役御免なんだよ!!」

 勾導に罵声が浴びせかけられるが、何の反応を示さない。ただ、うわ言のように

「もうやめろ」

と繰り返すだけであった。

 その姿を不気味に感じ、狂乱に包まれていた村人たちも次第に冷静になっていく。何とも言えない気持ちに包まれた彼らは当てつけの様に遺骸に向けて唾を吐きつけながらその場から去っていった。

 あばら家から立ち去る直前のレオンにタバサが尋ねる。「吸血鬼は日光に耐性があると本気で思っているのか」と。その質問にレオンは笑い出す。

「さあね」

 吐き捨てるようにそう言うと、仲間達と去っていった。

 

 勾導はマゼンダ婆さん『だった』ものをじっと見つめていた。村人たちによって死後の安息すら凌辱され尽くされたそれはバラバラに引き裂かれ、至る所に散らばっている。

 座り込んだ勾導はそれを必死にかき集めた。氷嵐で冷めたはずなのに、それはまだ生きているかのように温かい。そのことがとても堪らなくなり、今まで耐えてきた事が遂に瞳から決壊した。

 

 大声で泣いた。

 

 ガキのように泣いた。

 

 わけがわからなくなるまで泣いた。

 

 炭で真っ黒になった手で顔を覆い、泣いた。

 

 タバサとシルフィードは悲しそうな表情でそれを見つめていた。先ほど、村長が村人たちの非礼に対する謝罪の言葉を言いに来たが、頭の中に入らなかった。

 村長の傍にいたエルザは、タバサがメイジだという事を隠していた事を裏切られたと感じたのだろう。

「嘘つき!」

と言ったが、タバサの頭の中にその言葉が反芻する事はなかった。

 

 慟哭と哀しみに満ちたこの光景を、どこかで嘲笑う視線がゆらゆらと光っていた。

 

 

 悲劇から一時間後。撤収の為、村長宅の部屋で荷物をまとめていたシルフィードは心配そうに呟いた。

「お兄さま大丈夫かしら……。やっぱり、シルフィ達も一緒にいた方が良かったのかしら?」

 あれから勾導は「婆ちゃんを弔う」と言ったきり家には帰ってきていない。あとで合流するとは言っていたが、あの精神状態で大丈夫なのかと妹分は案じていた。

「帰ってきたらいっぱい元気づけてあげるのね。お肉も分けてあげるの。おなかいっぱいになったら、少しは元気になるのね」

 そう言うと、出発の時間までは時間がある事もあり彼女は仮眠を始めた。すぐさま夢の世界に旅立ったシルフィードの姿を見てタバサは労わるような視線を向ける。今まで彼女なりに精いっぱい頑張っていたのを側で見ていたからだろう。優しい表情をしながらシーツをかけた。

 タバサは窓の外を見つめる。勾導が帰ってくる気配はまだない。ふと、勾導との会話の内容を思い出した。それは彼の国は60年近く戦争が無く、国内の治安もとても良い事。ハルケギニアのように人の命が軽く生死が身近な世界ではないのだ。

 確かに彼は強い。だが、あまりにも『人の死』に対する耐性が無い。死体は何度か見た事があると言っていたが、それでも慣れていないのが言葉と反応から見て取れた。

 それが異世界人である彼とこの世界に対する最大のギャップであり、違う視点で見れば彼の持つ『優しさ』の現れだと思う。

 タバサは、彼の『人の死に対して素直に向けられる心』は失って欲しくないと思う。だが、世界はその『優しさ』を受け入れてくれるほど優しくない。これから自分と行動していると、このような光景は常に遭遇してしまうだろう。

 彼は立ち直ってくれるだろうか。夜空に浮かぶ双月を見つめながらタバサは案じた。

 

 背後から扉をノックする音が聞こえ、タバサはドアを開けた。エルザが申し訳なさそうな顔をしながらそこにいた。

「さっ、さっきはごめんなさい。おねえちゃん、みんなの為にがんばってくれてたのに……。わたし、酷い事を言っちゃった」

「大丈夫。気にしていない」

 タバサがそう言うと、エルザの顔に笑顔が戻った。

「もう、いっちゃうの?」

 エルザの問いにタバサは頷く。それを見たエルザはなにか思案するような顔をした後、タバサに言った。

「おねえちゃんに見せたいものがあるの! ほんのちょっとの時間でいいから! おねえちゃんがお夜食でいっぱい食べてた『あれ』があるの! おねがい!」

 エルザの言葉にタバサは少しだけ思案したが、頷いた。

 自分の願いをタバサが了承した事にエルザは笑った。

「ありがとう」

 

 

 タバサとエルザは村はずれの森を歩いていた。タバサの手には杖が無い。杖を持っているとエルザが怯えてしまうので、敢えて所持していなかった。

 森の中をしばらく歩くと、開けた場所があり、そこに目的の物があった。

 それは、ムラサキヨモギと呼ばれる植物の群生地だった。この草はサビエラ村の名産品で食用として重宝されている。これを使ったサラダが夜食として出された時、タバサがおいしそうに食べていたのをエルザは見ていたのだ。

 タバサは黙ってムラサキヨモギを摘みだし、またたく間に両手いっぱいになった。それを見計らい、エルザはタバサに近付き、囁いた。

「ムラサキヨモギが泣いてるよ。いたい、いたいってね」

 子供とは思えない冷徹な、それでいて子供の様な無邪気な声色だった。

 エルザの変調にタバサは気付き、彼女から離れようとした。だが―。

「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕を掴みたまえ」

 駆けるタバサの腕を、森から伸びた枝が掴んだ。そのまま両足も掴まれタバサは動けなくなる。それでも、彼女は無感情な声色でエルザに突き付けた。

「吸血鬼」

 そう言われたエルザは笑った。そして口を開く。白い牙がそこにあった。

「そうだよ。吸血鬼はわたし」

「嘘つき」

 先ほどのお返しの様にエルザに返す。しかし、エルザは笑ったままだ。その笑顔のままで、今までの事件の種明かしを話し始めた。

 

 自分は30年以上生きており、両親がメイジに殺されたと。

 自分はいろんな村を渡って血を吸ってきたと。

 今回の狩り場は引っ越してきた占い師の親子がうまい事囮になってくれたからたくさんの人間から多くの血を吸えたと。

 そして、村にメイジがやってきたら、真っ先に始末すると。

 

「おねえちゃんって、とっても賢いんだね。だって、ついさっきまでどっちがメイジか分からなかったんだから。やっと魔法を使ってくれたから、おねえちゃんがメイジだと分かったけど。おまけに、昼間にあのおにいちゃんが占い師のおばあちゃんをお外に連れ出した時はとっても焦っちゃった。わたしの作戦が根底からひっくり返されちゃうところだったもん。でも、村の人たちが変な迷信を信じてたり、この場に及んでおばあちゃんを疑ってたりで助かったわ。……同じ種族なのにあんなに憎むなんて、人間っておばかさんだらけだね」

 多少予定が狂ったが、自分の策通りに事が進んでいるのを嬉しそうにエルザは笑う。その笑い声は少女とは思えないほどに艶があり、その事からこの吸血鬼は自分より長い年月を生きているとタバサは実感した。

 エルザは指を振るう。すると、別の枝がタバサの着ているブラウスを引き裂いた。タバサの純白の雪の様な肌が四方に晒される。

 エルザは近付き、タバサの肌に子供のような指をつつっと這わせた。

「綺麗……。まるで闇夜に光る雪原みたい。知ってる? 血が全部なくなると、もっと真っ白になるんだよ。わたしが真っ白にしてあげる。……ねぇ、おねえちゃん。おねえちゃんが生きる為にムラサキヨモギを千切るのと、わたしが生きる為に人間の血を吸う事、どこが違うの? 同じ事でしょ?」

「どこも違わない」

 無感情で告げられたその言葉にエルザは歓喜し、白い牙を見せた。

「おねえちゃんはそう言ってくれると信じてた。だってお人形さんみたいだもん。きっと自分の生き死にもどうでもいいんだろうね。だから、おねえちゃんが大好き。いっぱい吸ってあげる。一滴たりとも無駄にしないから安心して。わたしの中でいっしょに生きよっ、おねえちゃ……」

 エルザがタバサの首筋に突き立てようとする。

 その時だった。

 森の中から小石がものすごい勢いで飛んできた。それがエルザの体に当たる。

「なに!?」

 エルザはタバサから離れて辺りをきょろきょろと見渡す。

 

 森の中からダンダカダンダカとドラムの音が聞こえてきた。続いて激しいギターサウンドのイントロ。満を持して、男の歌声が聞こえてきた。

 歌っているのはTHE H○GH-LO○Sの『不死身のエレキマン』。それを替え歌にして誰かが大声で歌っていた。その歌詞の内容は、召喚されてハルケギニアにやってきた男の事であった。

 タバサはそれが誰かすぐに理解した。当然の事だがエルザは分からず、

「誰、誰なの!? 出てきなさい!!」

 そう言って辺りを警戒する。

 歌はサビに入った。盛り上がりが最高潮に入る。それに合わせて男の歌声も大きくなっていく。

「どこにいるの!?」

 その歌声を聞いていたエルザは次第に不安になった。どこにいるのか。見えない恐怖に包まれていた。

 歌はクライマックスを迎える。と、疾風のスピードでエルザに近付く者がいた。

「不死身の」

 エルザも振り向き、敵を捉える。だが、遅かった。

「使い魔ァッッ!!」

 目を血走らせた勾導が低い体勢で走り、エルザの顔面にエルボーを叩きこんだ。エルザはその勢いのまま、5メイル程吹き飛ばされる。

 勾導はタバサに近付いた。タバサの体を縛っていた枝は呪文を唱えていた者が意識を飛ばした事で遮断された琴でシュルシュルと元に戻っていく。上半身の肌が曝け出されているタバサを一瞬見ると、勾導は慌てて顔を背け、着ていた学ランを手渡す。

「これ着とけ」

「……ありがとう」

 タバサも勾導のリアクションの意味に気付いたのだろう。ほんのり顔を赤くしながら学ランを纏った。そして心配そうに尋ねる。

「……もう大丈夫なの?」

「ん?」

「お婆さんの事」

 タバサの問いかけに勾導は少し暗くなる。少し考えて、答えた。

「……大丈夫か、て言われたらまだ大丈夫じゃねぇよ。……でも、立ち止まっていても何も変わんないから、今は動く事にした。やるべき事をやる事にした」

 誰に聞かせるわけでもないかのように呟くと、歩き出す。

「とりあえず、あいつをボコってくる。その後、ゆっくり考える」

 そう言ってエルザへ向かう勾導の後姿を、杖を持っていないタバサは黙って見つめることしかできなかった。

 

 上半身緑のモノアイTシャツ一枚になった勾導はゆっくりとエルザに向かう。その表情は先ほどと打って変わって無表情だった。

 エルザも我を取り戻し、勾導をじっと睨みつける。

「い……、一体なんなの、おにいちゃん。痛いじゃないの」

「当たり前だろ。痛くなるようにかましたんだからよ」

 なんの感情を込めずに勾導は答える。

「おねえちゃんを助けにきたの?」

「ああ。あともう一個、てめぇに用がある」

「え?」

「どうして、婆ちゃんと息子を吸血鬼に仕立て上げた?」

 勾導の質問にエルザはきょとん、とする。そして、その質問が見当違いだと言わんばかりにクスクスと笑い出した。

「どうしてって、彼女達の運が悪かったとしか言えないわよ! わたしが血を吸おうと思ってた時期にやってきたんだから! 彼らには悪いと思ったけど!」

 笑いながらさらに続ける。

「でも、おかげでわたしに注意がいかなかったから本当に助かったわ! その意味ではすごい『役に立った』けど! かわいそうなお婆ちゃん。せっかくだから少しだけ血を吸ってあげればよか……」

 エルザが言い終わる前に勾導が震脚で近付き、その勢いのままニーキックをエルザの腹に叩きこんだ。その重い一撃であばらをへし折られたエルザは悶絶する。

「もう、いい。おまえ黙れ」

 静かにそう呟き、うずくまるエルザの胸を今度はサッカーボールのように蹴り上げる。子供の体型をしているエルザは軽々と宙に浮く。そのまま地面に叩きつけられた彼女を勾導は力いっぱい踏みつけた。

 腹に、胸に、顔に。勾導は何度も何度も叩きこむ。

 だが、エルザもされるがままではなかった。鼻や口から血を噴き出しながらも、必死に叫んだ。

「い、石に潜む潜む精霊の力よっ、礫となりて我に仇なす敵を討てっ!」

 詠唱の後、周囲にあった岩が宙に浮き、突然爆発した。それは散弾の様に無数に砕けながら勾導に襲いかかり、彼の体を直撃した。

 それを全身に受けた勾導は血を撒き散らしながら吹っ飛ばされる。全身から非常ベルのように脳に伝わる痛みに勾導は呻く。すぐに立ちあがろうとするが、顔に妙な異物感を感じたので撫でるように触る。至る所に細かい石が刺さっていた。きっと、全身がそのような状態であろう。おまけに眼球を直撃したのか、右目がぼやけている。勾導は失明してないだけ儲けもんだと思い直し、エルザに向かって駆ける。

 土の先住魔法が効いていない事にエルザは驚いた表情をみせる。だが、すぐに意識を切り替える。

「枯れし葉よ、契約に基づき刃となせ」

 その言葉に反応し、地面に広がるムラサキヨモギの葉が鉄片の様に堅くなり、数え切れない数の刃となって勾導に襲いかかった。

 勾導はそれを回避するが、避けきれなかったため左の手足を傷つけてしまう。新たに刻まれた深い切創から血が止めどなく流れ落ち、地面に生えたムラサキヨモギを赤く染める。血が大量に抜けてしまったため、思いがけず勾導は地面に片膝をつけてしまう。

「もったいないなあ……。こんなに血を流しちゃって。まっ、男の血は飲まないから関係ないけど。……特にあなたの血はまずそうだし」

 エルザはその様子を冷酷な笑顔で見つめながら、手を振った。再び森から枝が現れて勾導の手足を拘束する。力任せに引き千切ろうとするが、もがけばもがくほど枝は身体に食い込んでいく。

 その姿を見て勝利を確信したエルザはゆっくりと勾導に近付く。すると、なにかを閃いたのかポンっと手を叩いた。

「そうだ、おにいちゃんをグールにしちゃおっかな。結構頑丈みたいだし10年はもってくれそう。おにいちゃんもいいよね? わたしと生きられるんだから……」

 それを聞いた勾導の答えはこうだ。

「やなこった」

 そう言って中指を突き立てる。その言葉にエルザは冷たい笑顔で答えながら近付く。

「そう。まぁあなたの意思は関係ないけど」

 エルザの顔が近づき、勾導の首に照準を定めた時だった。

 

「だから、嫌だっつってんだろうが。シルフィ、今だ」

 

 勾導がそう言った瞬間、勾導を拘束していた枝が外れていく。詠唱したはずの魔法が次々と自分の意思を拒絶している状況にエルザは困惑する。その隙を見逃す勾導ではなかった。ベルトをズボンから外し、それをエルザの口へ猿轡の様に巻きつける。口を封じられる事で吸血行為と魔法の詠唱を封じられた事に気付いたエルザは戦慄する。ベルトを噛み千切ろうとするが、吸血鬼は高い身体能力を持っているわけではない。子供程度の咬合力しかないエルザに皮でできたベルトを噛み切る事はできなかった。

「オレが何の策も持たずにテメェと闘うわけないだろ」

 血が抜けた事でふらつきながらもベルトを堅持したままの勾導の真上を青い竜が飛んでいた。シルフィードだ。

 そう、勾導はタバサを追う為に森に入る直前、シルフィードに念話を飛ばして寝ていた彼女を叩き起こし、もしもの時はサポートするよう伝えたのだ。また、古代種である風韻竜は吸血鬼より高位の存在である。そのため、エルザの先住呪文で契約された精霊を上書きして周囲の精霊を自分の味方にすることが可能だったので、エルザの呪文を解除出来たのだ。

 エルザは自分の負けを自覚した。逃げだそうと後ろを向くが瞬間、背中に激痛が襲った。

 勾導がいつの間にか手にしていた刃物のようなものでエルザの背中を刺したのだ。勾導はそれをグリグリと回してエルザの体内を滅茶苦茶にした後に引き抜く。

 勾導が手にしていたのは、マゼンダ婆さんが占いで使っていた錆びたナイフであった。だが、勾導の手の中にあるそれは、錆びが全く付いていない。月光に照らされ、鈍い銀色に輝いていた。

 マゼンダ婆さんを弔った後、焼け跡でそれを見つけた勾導は全身全霊を込めて砥いだのだ。ありとあらゆる刃物に恐ろしいまでの切れ味を与える勾導の『砥ぎの技術』によって、錆びたナイフは名工の拵えた業物そのものに生まれ変わった。

「今のはテメエの操り人形にされたあのおっさんの分だ」

 勾導の恐ろしく冷たい声を聞き、エルザは自身の痛みよりもそちらを強く意識した。

 なんだ、この人間は。メイジでもないのにどうしてこんなに強いんだと。

 どうしてこんなに恐ろしいのだと。

 この男は人間じゃない。

 人間かもしれないが、その本質は自分と同じ『こちら側の存在』だとさえ思った。

 肺を刺されたため、呼吸をするたびに苦しくなる。先住魔法もどういうわけか使えない。死への恐怖がエルザの体を包む。その恐怖に耐えきれなくなり、無理矢理ベルトを外し命乞いを始めた。

「お願い、おにいちゃん。殺さないで。しかたなかったの! わたしは人間の血を吸わなくちゃ生きていけない。人間だって動物を殺して生きてるじゃないの! どこも違わないでしょ? おねえちゃんは頷いてくれたけど、おにいちゃんだってそう思うよね?」

 エルザの命乞いを聞いて勾導は少し考える。そして、答えを出した。

「まっ、同じだな。人間、いや生き物全てが避けては通れぬ『生きる為』に必要な事だわな。……ぶっちゃけ、『生きる為』の観点から見たらテメエは何一つ悪くないよ」

 勾導の答えにエルザは笑う。

「だったらもう放っておいて。わたしはもうあの村に戻らない。違う村に行くか……」

「やだね」

 勾導は残酷な答えを突き付けた。その勢いのままさらに続ける。 

「テメェが『生きる為』に血を吸う事はとやかく言わないよ。でもな、血を吸いまくったら騎士が来るのが当然だろうが。その時点で村から逃げろよ。おまけに『騎士は最初に殺す』だ? それって単に『自分はメイジより強い』って遠回しに自慢したいだけだろうが。……『生きる為』だけならそんな考えと行動はとらねぇよ。……要するにテメェは、『生きる為』に人間達を殺したんじゃない。恐怖に怯える人間の様を『愉しみたい為』に村に居ついて血を吸っていたんだよ。何が『生きる為』だ。笑わせんな」

 勾導の言葉にエルザは凍りつく。自分さえ自覚できなかった本当の気持ちを看破されていたからだ。鉄の様に重い汗がだらだら流れてきた。痛みからではない。全てを見透かされていた事に対して恐怖を覚えたからだ。

 黒く輝く男の瞳から、何百もの自分を刺すような視線を感じた。

 月光に照らされた男の影がゾゾゾ、と勝手に蠢いている幻覚に襲われた。

 エルザは、目の前にいるボロボロの人間が正体不明の化け物のように見えた。

 

 この男は自分を殺す気だ。もう自分には逃げ場はない。

 ならば……、闘う。

 正真正銘、自分が『生きる為』に。

 

 エルザは最後の力を振り絞る。子供とは思えない狂乱に染まった雄叫びを挙げながら勾導に牙を突き立てようと飛びかかった。

 だが。

 

「敵はオレだけじゃないぞ」

 

 噛みつこうとした瞬間、エルザの背面一体に大量の氷の矢が突き刺さった。エルザは後ろを見る。そこには、タバサが杖を自分に向けて構えていた。シルフィードが持ってきていたのだ。

 エルザが自分の失策を後悔したのも束の間、今度は前から激痛がやってくる。見ると勾導がナイフで心臓に刃を突き刺していた。

「これがテメェにいいように利用された婆ちゃんの分だ」

 不思議と優しげな声色でそう言い手首を捻って心臓を破壊すると駄目押しとばかりに刃を一気にエルザの下腹部辺りまで引き裂き、その他の筋・内臓組織を断絶した。

 これ以上とない致命傷を受けたエルザは死への秒読みの中、勾導の顔に手を伸ばそうとする。その手の動きと表情はまるで、『どうして、わたしは悪くない』と言いたげであった。

 そんなエルザの姿を無表情のまま見ながら、タバサは言葉を紡ぐ。

「わたしは人間なの。だから人間の敵は倒す。……それだけ」

 その言葉を聞きつつ、エルザの体から噴き出す真っ赤な血を浴びながら勾導も続く。

「テメェはやりすぎたんだよ。自分に必要な分以上の命を奪うどころか弄んだ。これはその『報い』だ。……テメェはあの親子の『魂を弄んだ』」

 2人の言葉を聞いたエルザは一言も返さない。なぜなら、エルザは既に事切れていたからだ。

 2人はその死に顔を淡々と見つめる。

 それは、恐怖と怒りと悲しみ、様々な負の感情がマーブル状に掻き混ぜられた歪な表情だった。

 タバサは静かにエルザに土をかけ始める。アレクサンドル同様、火葬をするつもりのようだ。

「待った」

 それを勾導は止めさせる。タバサはなぜ、と言いたげな顔を向けた。

「こいつにはまだ全てを清算する責任がある」

 勾導の言葉の意味をタバサは気付き、

「……やめたほうがいい」

 静かに忠告した。だが、勾導は譲らなかった。

「やらないと駄目だ。やらないとあの村は変わらない。なにより、『真実』を伝えないと婆ちゃん達が浮かばれない! なんの為に死んでしまったのか分からなくなる!」

 決して譲らない勾導の姿を見て、タバサは諦めて、勾導に全てを任せる。

 いつの間にか、空が明るくなり始めていた。

 

 

 早朝、村人たちが広場に集まっていた。多くの村人たちの表情は不満に満ちており、ぶつぶつと文句を言っている。それもそのはず、彼らは昨夜吸血鬼を退治したことから、盛大な酒盛りをやっていたのだ。最高の気分で眠っていたところ、いきなり村長に叩き起こされ、酔い醒めとばかりに口の中に無理矢理ムラサキヨモギを放り込まれたことで一転最悪な目覚めとなった。

 酔いの醒めた村人たちが「どうしたんだ!」と村長に突っかかるが、どうやら彼はメッセンジャーらしく、「広場にきてくれ」の一点張りだった。

 仕方なく、広場に向かった彼らはそこで村長を見つけると不満をぶつける。

「村長、なにがあったんだよっ! 俺達昨日は飲み過ぎて二日酔いなんだぞ!」

「まさか、また吸血鬼が出たとか言うのか? もうごめんだぜっ!」

 アルコール臭い息を吐くレオンと若い村人たちに詰め寄られた村長は一瞬顔を歪めるが、すぐに落ち着きを取り戻し答えた。

「わしも詳しくは分からないんじゃ。なにしろ、『すぐ終わるから村人全員集めてくれ』としか言われなかったからのう……。わしだって、こんな事をしてる場合じゃないんじゃよ。なにせ、朝起きたらエルザがいなかったんじゃ……」

「はぁ? 一体誰に呼ばれたんだよ」

「エルザがいなくなっただと? どうしてだよ?」

 様々な疑問が急に入ってきた事で、村人たちの頭の中が冴えてくる。その時だった。

「それらの疑問の答え、オレ達が今から話す」

村人たちが話を聞ける状態になったのを見計らっていたかのように、物陰から勾導とタバサが現れた。タバサはシルフィードに着せていた服を着こみ、さらに勾導の学ランを纏っていた。ぶかぶかのサイズのため、おかしな姿になっていたがタバサは全く気にしていなかった。一方、勾導はタバサが所持していた秘薬と背中のルーンの力が相乗効果を出したおかげなのか、あらかたの傷は塞がり瘡蓋を形成していた。それでも、昨日まで無傷だった男が全身傷塗れの上、着ている上着が血に染まった姿で現れると、先ほどまで喚いていた村人たちも思わず黙り込む。また、勾導は右手にメロン大の大きさの黒い袋を持っており、時々気にするようにそれを見ていた。

 そんな2人に苛立った表情でレオンは近付いた。

「おい、まだ中央に帰っていなかったのかよ、ヘボ騎士ども! こんなところに俺たちを呼び出して何の用だ! 俺たちは昨日の件でいい気分でいたのによぉッ!」

 『昨日の件』という言葉を聞き、勾導は拳を強く握るが、無理矢理平静を維持しつつ本題を話す。

「本物の吸血鬼を退治した」

 勾導の言葉に村人たちは驚きの声をあげる。どういうことだ? 吸血鬼は焼け死んだんじゃないのか? 本物とはどういう事だ? という声が様々な場所から上がる。

 レオンも驚きの顔で勾導達を見た。

「どういうことだ!? 吸血鬼はあのババァだろうが!!」

「……婆ちゃんは人間だ。そして、この村を騒がせた吸血鬼の正体はこいつだッッ!!」

 そう叫んだ勾導は、全ての村人に見せ付けるように手にした袋の中身を外に出して掲げた。それを見て村人たちは衝撃を受ける。

「お、おおおお……」

 それを見た村長は大きなショックを受けたように力が抜け、両膝を地面に付けた。

 勾導が掲げたものは、エルザの生首だった。

 それを見て思わず泣き叫ぶ者が村人たちの中から現れる。

「こいつが吸血鬼だ! 幼い女の子を装って村に紛れ込み、長い時間を使って準備に勤しみ、機が熟したら煙突から忍び込み獲物を狙ったんだ!」

 勾導は無理矢理エルザの生首の口を開け、そこから生えた長い牙を村人たちに見せる。

「これが吸血鬼だという証拠だ! この牙で首に噛みつき、村人の血を吸ったんだ!」

 村人たちは勾導に近付き、エルザの口をおそるおそる覗きこむ。そこから生えた牙を見て、皆震えた。

「まさか、エルザが吸血鬼だったなんて……」

「確かに、あの子は昼間には外に出なかったわ……。体が弱いなんて言って、私達を騙していたの……」

「それじゃあ、あの占い師のお婆さんは本当に人間だったの? 私達はなんて事を……」

 村人たちは口々にそんな事を言う。多くの人間が驚きと後悔に満ちた顔を見せている。その様子を見て勾導はマゼンダ婆さんの名誉を回復できたと実感し、笑みを見せる。

 だが、一部は違った。

「ふん、だからどうしたってんだよ。くだらねぇ。……吸血鬼なんかもうどうでもいいんだよ」

 レオンと仲間達がつまらなそうな顔で唾を吐く。その姿を見て、勾導は低い声で尋ねた。まるで、『自分の罪と向き合え』と言わんばかりに。

「あんたら、自分達が何やったか忘れたのかよ? 吸血鬼だと言いがかりをつけたうえに婆ちゃんを焼き殺したんだぞ!」

「だから婆さんの墓でも建てて始祖ブリミルに許しを請えってか? 馬鹿言ってんじゃねえよクソガキが。俺達がなんでそんな事をしなくちゃいけないんだ? ……この際だ、いい機会だから言ってやろう。俺達はな、あのよそ者の親子が吸血鬼だろうがそうじゃなかろうが、『そんな事どうでもよかったんだよ』」

 レオンの言葉に勾導とタバサは固まる。

 その2人の様子をふん、と嗤いながらレオンは続けた。

「この村はな、俺達がガキの頃に森を開拓してここまで大きくしたんだ。あの頃は生きる事に必死だったぜ。それを俺達が血を吐きながら村として格好がつけられる規模にしたんだよ。だからこそ、俺達は何の苦労も知らずにこの村に入り込んでくるよそ者どもが許せなかった。……俺達は勝手に俺達の村に住みつく寄生虫を駆除したかったんだよ。吸血鬼騒ぎが起きた時は喜んだぜ。なにしろ、どっちに転んでもあのよそ者どもを追い出せる。場合によっては始末できる、とな」

 嗤いながらそう告げるレオンに勾導は、自分の中で張り詰めていたものがブツンと切れていく事を実感していた。そうとも知らず、レオンは今度は村長に顔を向ける。

「しっかし、とんでもない事をしてくれたもんだなぁ、村長。吸血鬼を家に匿うなんて恐ろしい事をしてくれてよぉ。はっきり言って、あんたが村の人間を殺したも同然だせ」

 レオンの言葉に村長はうろたえる。エルザが吸血鬼であった事を知っていっぱいいっぱいの状態だったのに、急に罪の十字架を無理矢理背負わされたのだ。村長は体全体を震わせながら、

「わしは……、わしは……、」

 と、うわ言のように繰り返すだけだった。

 その姿を満足そうに見ながらレオンは叫んだ。

「言い訳はすんな! あんたが村の人間を殺したんだ!! テメェなんかにこの村は任せられるか!! とっとと村長辞めて村から出ていけ!!」

 レオンの暴言に仲間達は大歓声をあげる。それ以外の村人も、彼らの言葉に呑まれて歓迎するかのように声を出す。

 自分達の罪を認めず、挙句の果てにそれを正当化して悦に浸る彼らの狂態を見て、タバサは人間はここまで醜悪になれるのかと唇を噛み締める。

 周りの人間達の反応に気を良くしたレオンは最高の気分のまま宣言した。

「今日から俺が村長だ!! 俺が村長になったからには、よそ者どもにこの村を荒させねぇ! みんな俺について来い! 俺がもっと裕福にして……」

 その先は言えなかった。

 

 勾導がものすごい勢いでレオンの顔面を拳で殴りつけたからだ。

 

 タバサは勾導が闘う姿を数多く見てきたが、拳を使ったのを見たのは初めてだった。

 

 レオンは3メイル程後ろに吹きとばされ、そのまま失神した。彼の鼻は潰れ、上顎が凹んでいた。おまけに下唇からは歯が突き破って露出している。その惨状を見ただけで、勾導の拳はとんでもない破壊力だという事が見て取れた。

 勾導の右拳は折れたレオンの歯が何本も突き刺さり、さらに先の闘いの傷が開いた為に血で真っ赤に染まっていた。だが、そんな事を微塵に気にせず、瞳に涙を貯めながらレオンの仲間達に詰め寄った。

「テメェら、本当に人間かよ……。「ごめんなさい」の一言もないのかよ……」

 静かにそう言いながら近付く勾導の姿に仲間達は戦慄した。

「よそ者なら差別していいのかよ……。命を奪っていいのかよ……」

 勾導の放つ圧力に耐えられなくなった仲間の1人が叫びながら勾導を殴った。殴られた勾導は顔を揺らされるが、全然効いていないとばかりにギロッと睨みつけた後に左拳でそいつの肝臓の位置をぶん殴って悶絶させると、右拳でそいつの顎を砕いた。吹き飛ばされたそいつに一瞥もくれずに更に近付く。

「テメェらは吸血鬼以下のゲスだ……。自分達さえ良ければ他人を殺してもいいと考えるテメェらはどうしようもないクズだ……!! 生きる価値もねぇ!!」

 震える村人たちの前に立った勾導は泣いてるのか、怒っているのか、様々な感情の入り混じった表情を見せながら叫んだ。

「テメェらのふざけた考えを叩き直してやる!! テメェら全員ボコる!!!」

 完全にぶち切れた勾導は、村人の波の中に突撃する。目に入ったヤツから殴る。逃げ惑うヤツらは無視し、立ち止まったヤツから潰す。殴ってきたヤツも同様だ。

 怒声や悲鳴が入り混じる混沌の空間をタバサは離れた位置からじっと見つめていた。

 

 

 その後、サビエラ村はその後も変わらずに閉鎖主義で通した。そのため、完全に様々な事柄が行き詰まり、住人たちは少しずつ村から離れていった。

 結局、この村は廃れ、廃村への道を加速していく。

 その時の村長は口にある大きな傷を気にしながらこう言ったそうだ。

 

「それでも、よそ者はこの村にいらん。……この村は俺達が作ったんだ。だから俺達と一緒に死ぬ。その方がこの村にとっても幸せだろうよ」

  

 その言葉を発してから3年後、サビエラ村は廃村となる。

 

 

 勾導とタバサはシルフィードの背中の上にいた。村人をあらかた叩きつぶした後、巻き込まれなかった村人の色々な感情の入り混じった視線を受けつつ2人は村を発った。報告の為にリュティスへと向かう途上であるが、これまで2人はまったく言葉を交わしていない。

 勾導の顔は赤黒い痣まみれのうえに大きく腫れあがっている。1人で大勢の村人を相手にしたのだ。それなりに手痛い反撃を受けた。

 ぼそりと、勾導が呟く。

「……間違ってないよな。オレのやった事は。真相を話した事は……」

 その言葉に最初に反応したのはシルフィードだった。

「お兄さまのやった事は間違ってないのね! お婆ちゃんの濡れ衣を晴らすのは当然の事だったのね! 胸を張るのね、お兄さま。お兄さまの行いは正しかったのね」

 鼻息荒く元気づけるが、勾導は反応しない。と、

「あの状況で正しい答えなんてない」

 ぼそっとタバサが言う。

「あなたは感情で動いた結果、あの村の醜い本質を見てしまった。仮に真実を伝えずに村を出たとしても、あの村は村に巣くう病理の本質と向き合わず表面的な平和を手に入れただけで終わっていたと思う。……これが正しい、これが間違いというそんな単純な事じゃない」

「……」

「でも、わたしは……」

 すっと、タバサは言葉を続けようとするが、黙り込んだ。

 タバサは、エルザに本質を突いていた勾導の姿を思い出す。あの時見せた勾導の佇まいはいつもと別人のように感じた。まるで、こことは違う深淵からエルザを覗いていた勾導の瞳を、遠くから見ていたタバサも思わずゾッとした。

 ふと、タバサは勾導について当たり障りのないことしか知らない事に気付く。彼には普通の平民とは違う何かがある。タバサは近いうちにそれを聞こうと思う。そうしないと、彼がどこか遠くに行ってしまうのではないかという予感が湧き上がったからだ。

「……」

「なんだよ……」

 勾導が続きを聞こうとするがタバサは黙り込んだままだった。頑なまでに続きを言わないタバサに対して勾導は溜息をつく。ふと、気になっている事を尋ねた。

「あのさ、いつまでオレの学ラン着てんの? 空の上寒いんだからさ、いい加減返してくんない?」

 ぶかぶかの学ランを着こんだタバサは、それを無視するかのように読書を始めた。こうなると宮廷に着くまでこの状態だ。

 勾導は学ランを取り戻す事を諦め、自分の視界に入る雲の動きを見つめる。村ではぼやけたままだった右目の視力はある程度回復していた。すると、流れゆく雲がマゼンダ婆さんの笑顔を形作った。勾導は慌てて目を擦る。見間違いだったようで、雲は飛散しながら流れていく。

 勾導は、昨夜の事を思い出す。マゼンダ婆さんに自分自身を占ってもらった時の事だ。

 

 

「あなた、この世界の人じゃないね」

 マゼンダ婆さんは占いによって割れた甲羅を見つめながらそう告げる。その言葉に勾導は思わず飛び上がりそうになった。

「なんでわかったの!?」

 婆さんは目を瞑りながら答えた。

「この甲羅が割れる時、あなたについての情報の断片が色々と私の頭の中に入ってくるの。……見た事も無い空飛ぶ竜や、山のように大きな建物。この世界にはありえない物が見えてきたのだから、そう思うのは自然のことよ」

「はぁ」

 勾導は呆けたような反応を見せる事で精いっぱいだった。そんな勾導をよそに、婆さんは続ける。どこか、しみじみとした様子だった。

「あなたの古い一族の方達も、私と同じだったのね……。あなた達は自由の為に生きていたみたいだけど……。私の様な人間達も、きっと受け入れてくれてたのでしょうね……」

「……」

 勾導はなにも答えない。ただ、口元に太い笑みを浮かべているだけだった。勾導のその姿を見て何かを悟ったのだろう。婆さんは微笑んだ。

「そう、分かったわ。それでは伝えるわね……。……あなたはこれから、とても困難な道が待ち受けている。たくさん傷つき、辛く悲しい思いをするわ」

「おいおい、悪い事ばっかりじゃん。嘘でもいいからもうちょい良いこと言ってよ」

「嘘をついたら占いにはならないわ。続けるわよ……。これから伝える事は『あなたがすべき事』。これはあなたの進む道を照らす光明になるかもしれない事よ」

 婆さんの言葉を勾導は黙って聞く。しかし、発せられた言葉の意味を勾導は理解できなかった。

 

 

「どういう意味だよ……。『自分を捨てるな。出会いと別れを大切にしろ。世界の声を聞け』って……」

 前半とまん中は分かる。社会生活する上で大切な事だ。だが後半はなんだ。意味がまるで分からない。

 勾導はぶつぶつと言葉にならない言葉を呟いていると背中をつつかれた。後ろを向くと、タバサがムラサキヨモギの葉っぱを口に入れながら残りのそれを勾導に渡そうとしていた。

「オレに? その葉っぱ食えんの?」

 こくんと頷き、タバサはそれを手渡す。勾導が何かを思い悩んでいる姿を見て彼女なりに元気づけようとしてくれているのだろう。見本とばかりにモシャモシャと口を動かす彼女の姿を見て勾導もそれを口に含み、一気に噛む。口の中一体に苦みが広がっていく。

「……にげぇ」

 悶絶する勾導の様子を見てタバサは本を読みながら肩を震わせていた。その様子を見ながら嵌められた事を理解するが、このままだと癪なので苦みに耐えながら残りの葉っぱを無理矢理口に含む。

 口の中のムラサキヨモギが喉を通り越した頃には、胸につかえていた思いが少し晴れた気がした。

 

 

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