Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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今回は日常回。長くなったので、前後編で投稿しました


14:トリスタニアで会いましょう(前編)

「えーと……、『俺、ダイアモンドシティに行ったら、おかしな料理作ってる変な名前のガーゴイルに『ス○○ュンを見習え、ボゲ』って書かれたヌカランチャーブチ込むんだ!』って、なんだ? この文章。翻訳ミスったのかな……」

 勾導はブツブツとボヤきながら本に書かれた文章の内容を再確認する。現在、勾導は学院寮のタバサの自室でハルケギニアの文字の勉強をしていた。ソファに寝っ転がりながらタバサから渡された本を朗読しているが、時々翻訳内容に自信のない文章にぶつかる。そんな時は、ベッドの上で読書をしているタバサがやってきて確認をする。

「それであっている」

 文章の確認をしたタバサは本を勾導の元に返すと、その続きを読むよう視線でそう促す。勾導もその事に気付き、朗読を再開した。この後は翻訳に引っかかる文章は特になく、最後まで読む事が出来た。

 今日は『虚無の曜日』という、こちらの世界で言う日曜日に当たるため学院は休校だ。そのため2人はそれぞれ読書と言葉の学習を朝からやっていた。

 タバサは淡々と読書をしつつ、耳は朗読をする勾導の声に向けている。顔には出さないが、勾導の文字と言葉の理解力の速さに驚いていた。言葉の学習を始めてまだ一週間も経っていない。既に子供向けの簡単な本は理解でき、現在勾導が読んでいる本は、戦争や大災害によって法や国家の概念が破壊され暴力が跋扈するハルケギニアを舞台に父親を探す主人公の冒険譚というティーンエイジャー向けの読み物だ。その内容について勾導は「北斗とかマッドみたいなポストアポカリプスものか」と考える一方で、別の感想を持った。

「これ、よく出版できたな。この世界、検閲が普通にあるんだろ? それなのに国や宗教が崩壊した世界が舞台なんて、そう言った事にうるさい連中に目を付けられそうだぞ」

 そう、その内容はあまりにも国家や宗教を足蹴にしている。冒険娯楽作品と言えば聞こえはいいかもしれないが、頭の固い検閲屋に見つかれば一発で梵書行きだ。ボヤきながら目を細めていると、その疑問にタバサが答えた。

「これは検閲を通っていない」

「はぁ?」

 タバサの言葉に勾導は軽く衝撃を受ける。

「検閲の目から逃れて地下出版されたもの。そういった本はハルケギニアには沢山ある」

「地下出版って、マジかよ……」

「おもしろい発想の本に検閲なんて野暮」

「まぁ、そうだよな……。つーか、こんな宗教や王様の力が強い環境でこんな発想の物語が出来たのがすげぇよ。もしもオレの国で北斗が無い時に出版されていたら大ヒット間違いなしだぞ、これ」

 そんな事を言った後、勾導は再び朗読を再開する。このまま平和で穏やかな休日を過ごせると思ったその時だった。

 

 突然、ドンドンとドアをノックする音が部屋に響いた。応対をしようと立ち上がる勾導にタバサは、

「放っておいて」

 本から視線を動かさずにそう言った。勾導も「分かった」と言ってソファに戻り、本を手にする。

 しかし、ノックは止まない。気持ち、先ほどより強く叩かれている。と、タバサは杖を手にして小さくルーンを唱えた。『サイレント』という、自分の周囲の音を断絶させる魔法だ。これを唱えた事で、タバサは周囲の音が聞こえなくなり、満足した表情で本の世界に旅立っていく。

 勾導は彼女が杖を振ったのを見たので、何か呪文を唱えた事には気付いていた。彼女に話しかけてもなんの反応を示さないのでどうしたもんだと思っていると、ガチャリとドアが開いた。現れたのはキュルケだった。

「タバサ、お願い! シルフィードに乗せてちょうだい!」

 彼女は大声で喚きながらタバサに近付こうとするが、勾導が立ちふさがった。

「おいキュルケ、また魔法で鍵を開けたな。あの後、シュヴルーズとかいうおばちゃん先生に聞いたぞ。これって結構デカい校則違反なんだってな」

 勾導が呆れながらキュルケに話しかけたが、彼女はそれを全く気にした様子ではなく、逆に自信満々に髪をかきあげながら言った。

「『恋の情熱は全てのルールに優越する』、ツェルプストー家の家訓よ。恋の前ではそんなものは意味のないものなのよ! 第一、校則違反って言われてもあなただって元の世界でやっていたんじゃないの?」

 キュルケの指摘に、元の世界で停学沙汰の事件をやらかした事のある勾導は何も言い返せない。その様子にキュルケは微笑み、細い指で勾導の頬を撫でる。その色気に満ちた行為に勾導は思わずドキッとした。そんな事をされたのは生まれて初めてだったので、免疫は無い。その様子にキュルケの中に悪戯心が芽生え、攻勢に出た。

「ふふっ、あなたも結構初心なのね。あんなにすごい本を持っていたのに」

「うっ、うるせっ。本は関係ないだろっ!」

「前から聞きたかったんだけど授業の合間、教室でギーシュ達に女の子の事を色々教授していたけど、あれってあなたの経験じゃないわね? 経験豊富なら、こんな事でドキマキしないもの」

 図星を突かれた勾導は黙り込む。それ以上に、女の子に『未経験』である事がバレて指摘された事が精神的にとてもキツかった。自己防衛の為、反射的に話を逸らそうとする。

「はいはい、この話は終わりっ! キュルケ、シルフィが必要な用件はなんだよ?」

「無理矢理話を変えたわね……。まっ、いいわ。でも、その前に……」

 キュルケはタバサに近付き、読んでいる本を取り上げた。当たり前の事だが、至福の時間を邪魔されたタバサはキュルケに対して不機嫌そうな顔を見せる。

 だが、そんな事など関係ないとばかりにキュルケは身振り手振りを交えて喋り倒す。その様子を見てタバサは諦めて杖を振り、『サイレント』を解除した。

 解除と同時にキュルケの口から言葉が矢継ぎ早に飛び出す。

「あのね、タバサ。お願いだから出かける支度をして!」

 その言葉にタバサはぼそりと答えを友人に呟く。

「虚無の曜日」

 そう言ってキュルケから本を取り返そうとする。勾導も出かける事が面倒臭かったので、主の意見に同調した。だが、キュルケは諦めない。自分と行動すれば間違いがないといわんばかりに、感情をむき出しにして2人に語り始めた。

「あなた達は時々外出で数日開けたうえに帰ってきたら疲れた様子を見せているから、たまの虚無の曜日があなた達にとってどんな日なのか、あたしはよく知ってるわよ! でもね、今はそんなこと言ってられないの。恋なのよ、恋!」

「恋だぁ? どこの誰に?」

 勾導が尋ねるとキュルケはすぐさま返した。

「にっくきヴァリエールの使い魔のサイトよ! その彼がルイズと一緒に馬に乗って出かけたの!あたしは2人がどこに向かったのか突き止めなくちゃいけないの! だから、シルフィードが必要なの! おねがい、助けて!」

 キュルケが泣きついてくる事自体いつもの事なのだろう。タバサは読書を諦め、ベッドから立ち上がると出かける準備を始めた。その様子を見た勾導もバッグからジャンパーを取り出して身に纏う。そして、シルフィードに念話を飛ばした。

『あー、シルフィ。今いいか?』

 返事はすぐに返ってきた。

『あっ、お兄さま。どうしたのね?』

『今から出かけるんだけど、こっちに来てくれない?』

『んー、分かったのね。でも、その様子から見るとお兄さまに用事があるわけではなさそうなのね』

『キュルケのお願いなんだ』

 すると、シルフィードは露骨に嫌そうな声をあげた。

『えー、キュルキュルのお願いなのー? シルフィ、はっきり言ってあのあばずれ好きじゃないのね。あれはその場その時が楽しければそれでいいって考えの享楽主義者なのね。真面目なお姉さまはともかく、欲望にとっても呑まれやすいお兄さまに悪い影響を与えるのは確実なのね! というわけで、シルフィは行きたくありません』

『おまえ、嫌いな物に対しては凄い毒舌だな……。とにかく、もう出かけるって約束したんだよ。頼むよ』

『駄目なものは駄目なのね!』

 いくらお願いしても、彼女は頑として首を縦に振らない。そこで勾導は、最後の手段に出た。

『……帰ってきたら夕飯奮発してやるからさ』

 その言葉にシルフィードはピクリとなった。

『……本当に?』

『マルトーのおっちゃんに頼むからさ。なんなら、肉貰ったらでっかいステーキを作ってやるよ』

 念話の向こうから、思いっきり唾を飲み込む音が聞こえた。

『……嘘じゃないのね? 嘘ついたらお兄さまでも噛みついてやるのね!』

『嘘つくわけないだろうが。オレだってステーキ食いたいんだよ。だったら、お前の分も一緒に作った方が合理的だろ?』

 悩んでいるのだろう。シルフィードが唸る。新たに要求する。

『お魚も食べたいのね……!』

『いいぞ。タニア鯉でいいか?』

 勾導の言葉が駄目押しとなり、シルフィードは決断した。

『分かったのね! 今すぐそっちに行くのね! ……決して、ステーキやお魚が食べたいからじゃないのね!』

 一方的に念話を打ち切ったシルフィードに勾導は、

「……欲望に弱いのはお前もじゃねーか」

 と小さく呟く。

 念話をやめてあっという間に外から翼を羽ばたかせる音が聞こえてきたので、3人は窓から外に飛び降りた。それをシルフィードが背中で受け止めると、きゅいっ、と鳴いて一気に上昇した。

「いつ見ても、あなた達のシルフィードは良いわね。それ以前に野生の風竜を懐かせるなんて、なかなかできる事じゃないわよ」

 感嘆の声をあげるキュルケに対し、タバサが「どっち?」と短く尋ねる。

 だが、キュルケは「慌ててたから分からない」と答えるだけだった。その回答に勾導は呆れたが、このままだと埒が明かないのでシルフィードに2人の特徴と移動手段といった伝えられる情報を教えることしかできなかったが、彼女は理解したのか短く鳴いた後一気に翼を振りだす。

 その様子を見て一息ついた勾導は背後を見る。タバサはキュルケから本を取り戻し続きを読み始めており、キュルケは空を流れる雲の動きを楽しそうに見ていた。

 一方の勾導は何も手にしていないので、ジャンパーの襟を口元まで動かして喉を冷やさないようにするとシルフィードの背びれを背もたれにしてそのまま昼寝を始めた。

 

 

 シルフィードはあっさりと才人とルイズを補足すると、2人に気付かれないように高い位置からゆっくりとつけていく。尾行を面倒臭く感じた勾導はキュルケに「そんなにアイツらが気になるなら一緒に行かね?」と聞いたが、彼女は断固として断った。

 数時間後、彼らは目的地に到着した。そこは大きな城壁に囲まれた白い石造りの街であった。奥の方の高台に大きな城がある。ガリア王国のヴェルサイテイル宮殿程の規模は無いが、それでも立派な城である。今いる場所の少し奥から商業エリアなのだろうか。道端には多くの露天商達が食料品や日常品を売る為に声を張り上げて客を呼び込んでいる。店舗付きの丁稚達もそれに負けないように声を出す。それらの声に釣られて道行く人間達は店を覗き気に入った物を見つけたら買っていく。その様子を見て、この街の商業はリュティスに負けない活気に満ちていると感じた。思わず勾導は驚きの声を上げる。

「ロープレに出てきそうなデカい城がある! なぁ、ここどこなの?」

「ロープレ? なにそれ。ここは、この国の王都のトリスタニアよ。私の国の帝都ヴィンドボナほどじゃないけど、相変わらずここは賑やかね」

 何も知らない勾導にキュルケが説明する。それを聞きながら勾導は周りを見渡す。すると、一つ気になる事が生まれた。

「この通り、狭くね?」

 そう、通りの道幅は5メイルも無い。これでこの都市のメインストリートだと聞いて勾導は驚く。その狭い道を多くの人間が行ったり来たりするから歩くだけでもキツい。勾導の意見にキュルケも同調する。

「そうね。この国は伝統ばかりに囚われているから都市拡張は全然しないのよ。あたしの国の一番大きな通りは15メイルはあるわよ。リュティスの新市街もそのくらいあったかしら。ねぇ、あなたの国のニホンはどうなの?」

 キュルケの質問に勾導は少し考えて答えた。

「首都はこの通りの何倍ものデカさの通りばかりだよ。渋谷やら原宿やら新宿やら。オレの住んでる場所で一番栄えている商店街のアーケードでさえ、10メイル以上はあるな。その表通りは市電が走ってるから道路だけで3,40メイルはあるな」

「40メイル! いったいどれだけ多くの馬が通るのよ! それとも、大きな幻獣でもいるの?」

「馬じゃなくて自動車なんだけどな……」

 勾導とキュルケがそんな会話をしている一方、タバサは器用に本を読みながら後ろを歩く。それを見た勾導は「危ないぞ」と言うが、周囲の声にかき消されてしまう。それほど人で密集していた。

 才人達との距離を一定に保ちながら尾行をしていると、2人は狭い裏路地に入った。勾導達もその後を追って行くと、2人はある店に入った。店先には銅でできた剣の形をした看板がぶら下がっていた。

「これって武器屋ってことか?」

 勾導はキュルケに尋ねる。だが、彼女は何も答えず、体をブルブルと震わせていた。

「ルイズったら、武器なんて買ってサイトの気を引こうとしちゃって……。ゼロのくせに恋人みたいな事しちゃって~っ!」

「いや、アイツら付き合ってないだろ。いつもの様子からして」

 悔しそうに喚くキュルケに勾導が突っ込みを入れる。

「そんなの分からないわよ! ひょっとしたら、これが切っ掛けで距離が近付くかもしれないのよ! あ~、どうしよう。このままじゃ、ルイズにリードされちゃう……」

 そんな事を言っているキュルケの姿を見ながら勾導は「女の子も野郎の考えることと同じなのか」と思う。

 しばらくすると、才人とルイズが武器屋から出てきた。ルイズに買ってもらったのだろうか。才人の背中には細身の大剣が背負われていた。キュルケ達はその2人の様子を物陰から覗く。完全に出遅れたと悟ったキュルケは地団駄を踏んだ。と、1つのアイデアが浮かぶ。

「ルイズの買ったものより立派な剣を買ってあげれば、サイトも喜ぶはずだわ! あたしはゼロのルイズなんかより目が利くんだから大丈夫よ!」

 そんな事を言いながら物陰から出ると、彼女は武器屋に突撃した。勾導達もこんな道端に散らかるゴミや酔っ払いのゲロがひっかけられた壁の影なんかにずっといたくないので、彼女と共に武器屋の戸をくぐった。

 

 

 武器屋の戸をくぐると、店の奥に男が1人椅子に座っていた。50過ぎのおっさんで、渋い顔をしながらパイプをくわえていた。この店の店主なのだろう、この男はキュルケの姿を見て驚いたような声を出す。

「おや、今日はおかしな日だな! また貴族のお客さんだ!」

 その言葉を無視して、キュルケは店主に話しかける。キュルケが何か仕草を見せるたび同時に色気が零れ落ちていき、それが店主の鼻腔に侵入して脳髄を襲う。店主は思わず「おおう」と声を出してしまった。

「ねぇ、ご主人。今さっきこの店にいた貴族が買っていった剣ってどんなものなのかしら?」

「へえ、ボロボロの剣を一振り買っていかれました」

「ボロボロ? どうして?」

「あいにく、たいしたご予算をお持ちじゃなかったようです。なにしろ、100エキューすら出すのを渋っていたご様子でしたので」

 その言葉を聞いたキュルケは思わず手を顎の下に置き、大声で勝ち誇ったかのように笑った。

「貧乏ね、ヴァリエール! これならあたしが買ったものはどんなものでも喜ばれるわ!」

 主人は、キュルケが『買い手』だと確信すると、営業スマイルを見せる。この貴族は体付き同様、財布の中身も豊かで羽振りも良さそうだと感じた。

「若奥様も剣をお買い求めでしょうか?」

「ええ。立派な物をおねが……。そうだ、ご主人」

「なんでしょうか?」

「さっきの貴族は最初からあんなボロ剣を買おうと思ってなかったのでしょう?」

「へぇ、もちろんでさぁ。なにしろ、剣の相場すら知らない様子でしたので」

「でしたら、あの子が本当は欲しかった剣を持ってきてくださらない? 気に入ったら買うわ」

 その言葉を聞いた店主はルンルン気分で奥に消えていった。今日はおかしな日だ。だが、良い日になる可能性が上がったのだ。大きなビジネスチャンスが巡ってきたのだ。足取り軽く件の大剣を彼女の前に出した。全長1.5メイルほどで、両刃の刀身は鏡のように輝いている。全体的に立派な仕上げが施され、刀身の至る所に宝石が散りばめられていた。

 店主は大剣の説明を始める。

「この店一番の業物でさ。こいつを鍛えたのはかの高名なゲルマニアの練金魔術師シュペ―卿、魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい」

 この剣を見せる時はこの口上を垂れるのだろう。店主は慣れた様子でキュルケに説明した。

「おいくら?」

 店主の目がきらりと輝く。ここから勝負だ。手始めに軽く吹っ掛けた。

「エキュー金貨で3000.新金貨で4500」

 その金額にキュルケは驚く。どうやら、相場以上の金額のようだ。

「ちょっと高くない?」

「名剣は、釣り合う黄金を要求するもんでさ。なんでしたら、少しお勉強させていただいてもいいのですが」

 キュルケは少し考え込む。こう言う時はやはり色仕掛けで行くしかない。先ほど撒いた種も十分根付いたはずだ。きっとうまくいく。唇をテカらせ、艶っぽい声を出そうとしたその時であった。

 

「あー、これコンニャクすら斬れねぇよ」

 

 勾導が横から身を乗り出し、そんな事を言いだす。それを聞いたキュルケは驚き、店主も思わず声を荒げる。

「どういう事なの!? コウドウ!」

「ぼ、坊主、横から何言い出しやがるんだ! ふざけてんじゃねぇぞ!」

 2人は勾導に詰め寄ったが、勾導はその追及をかわしカウンターの上に置かれた大剣を持つ。刀身を目を鋭く細めながら見つめつつ、様々な角度から確認する。終いには、刃に自分の指を這わす。ピっと薄皮一枚切れたその指と刀身を何度も見ながら、再度、宣言した。

「うん。やっぱりナマクラだこれ。刀身は全く鍛えてないし砥ぎもいまいちだ。地金もクソもない。これ、型に入れて固めただけじゃね? キュルケやめとけ。これ、実戦用じゃなくて観賞用の剣だ。こんなん才人に持たせたら、あいつ死んじまうぞ」

 勾導の説明を聞いた店主は体をプルプルと震わせる。それもそうだ。自分はこの大剣を金貨2000エキューで手に入れた店一番の逸品だ。1000エキューも上乗せして吹っ掛ける店主も店主だが、それを「ナマクラ」呼ばわりされるのはたまったものじゃない。店主は勾導に体を向けて、ドスの利いた声を放った。

「坊主、俺は長年この仕事で飯を食ってんだ。それだけ目利きには自信があるんだ。舐めた事抜かすとタダじゃおかねぇぞ」

「マジなんだけどなぁ……。んじゃ、どうやったら信じてくれる?」

 その言葉に店主は自信たっぷりの様子でこう言った。

「この剣を一発で使えなくしてみな。まぁ、魔法がかかってるからできやしねぇがな」

 それを聞いた勾導は軽い荷物を持つように簡単に言い放つ。

「マジで? そんなことでいいんだ」

 ジャンバーを脱ぎ、右腕を振るう練習をする。いかにも何かやらかそうとしている勾導の姿を見てキュルケは不安になる一方、ワクワクとしている自分もいる事を自覚していた。この男はいつもそうだ。良くも悪くも、自分を驚かせようとする。はたして今回はなんだろうと思い、頬が自然と笑みを形作った。

 勾導は左手を大剣とカウンターの間に入れると、深呼吸を何度か繰り返して息を整える。その様子をキュルケは固唾を飲んで見守る。タバサも視線を本から勾導に移していた。そして―。

「ちょいやッ!」

 勾導は右手をハンマーに見立てたそれを一気に剣先へ振り下ろした。ゴッという鈍い音が店内に響く。 キュルケと店主は恐る恐るカウンターの上を見た。そこには、

「うん、やっぱりね。全然鍛えがなってないな、これ」

 剣先がへし曲がって売り物にならなくなった大剣があった。キュルケはそれを見て驚愕と憤慨の気持ちが入り混じり、店主は無残な姿になった店一番の逸品を見て腰を抜かした。

 こうもあっさり鉄製の剣を曲げることができたのも理由があった。勾導が剣に鉄槌を叩き込む前に左手を剣とカウンターの間に入れたことを思い出していただきたい。これがこの事象の原因だった。

 空手などの演武で行われる『試し割り』の一つに手刀で石などの堅い物を割るものがある。普通に考えて、いくら鍛えてるからといって素手で堅い物を破壊できるわけがない。だが、演武をする者はなんの苦も無く破壊して見せる。なぜか。それは『拳で破壊していないから』だ。

 破壊する対象物を床などの土台から少し浮かして拳を落とす事で、対象物は土台に打ちつけられる衝撃で破壊される。これが典型的な『試し割りのトリック』である。勾導はその技術を応用する事で大剣をへし曲げて見せたのだ。

「ご主人、これはシュペ―卿製作の逸品というお話ではなかったかしら? 鉄すら斬るって仰ってましたわね? これはどういうことか教えていただける?」

 この剣の有様を見たキュルケは店主に冷たい声色を出す。それを聞いて店主は震える。他意はなかったとはいえ、貴族にナマクラを高値で売りつけようとした事になったのだ。手打ちにされても文句は言えない。さらに、自分の店の自慢の品が破壊されたこともありパニックに陥ってしまった。

「あ、あの……、これは……」

「早く。あたしは気が長いほうじゃないのよ」

 キュルケは胸元から杖をちらつかせる。それを見て店主はさらに恐慌状態になる。と、

「その辺にしてやれよ、キュルケ」

 勾導はそう言ってキュルケを窘める。この事態を引き起こした張本人のはずだが、少しも店主に対して悪気は無さそうな面を見せず落ち着いた様子であった。だが、キュルケは収まらない。

「どうして! あたし騙されそうになったのよ!」

「店長のおっさんも知らなかったみたいだしさ、向こうも痛い目を見たようだしもういいだろ。それにな、才人にデカい剣を2本持たせたところでバランスが悪いぞ」

 今回、買おうとしている物は大剣に拘っているわけではない。それに拘り2本も持てば取り回しがとても悪くなる。ゲームや漫画のキャラクターではないのだ。勾導の説明にキュルケもなるほどと納得して杖を収めた。店主も自分の店と命の無事が確保された事に気付き、勾導に感謝した。結局、好きな武器をタダで持っていく事で手打ちになった。

 キュルケは自分より勾導が武器に詳しいと思い、武器のセレクトは全て彼に任せる事にした。

「そうだな……。おっちゃん、とりあえずダガーナイフと投げナイフ、あとメリケンサックみたいな打撃武器があったら持ってきて! 勿論、出来のいいやつな。……一つ一つチェックするからよ」

「へ、へぇ……」

 完全にペースを取られてしまった店主は、自分の店の良品を全て掻っ攫われるのではないかと不安になる。そして、「今日は厄日だ」と思いながら店の奥に消えていった。

 

 

 

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