Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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16:真夜中レーザーガン

 現在、このトリステインを騒がせている存在がいる。

 それは、『土くれ』の二つ名で恐れられている盗賊フーケである。

 年齢不詳、性別不明。奪うものは、王立銀行に貯めこまれた金銀から貴族の大邸宅で厳重に守られている秘宝。狙った獲物を決して逃さず奪い取るその腕前からトリステイン中の金持ちたちは皆フーケを恐れ、屋敷の警備を固めた。が、それでもフーケは厳重な警備を掻い潜って獲物を頂戴する。

 その奪い方は大きく分けて2パターン。ひとつは闇夜に紛れて屋敷に忍び込み、強力な『固定化』の魔法で守られている壁や扉を『練金』のスペルを使って、その二つ名の通り土くれに変えてまんまと宝物を奪う手段。

 もう一つは実力行使とばかりに『クリエイトゴーレム』で巨大な土ゴーレムを作り上げ一気に襲いかかる。その大きさは約30メイル。

 その圧倒的な圧力と質量を持って警備のメイジ達を蹴散らし、屋敷を破壊する。そして、大パニックになった隙を突いて宝物を掻っ攫う。

 大胆にして繊細。その巧みな業を世に轟かせる様に犯行現場には必ず以下の様なサインを残していた。

『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 と。

 

 

 トリスタニアから帰り、シルフィードに約束通り大きなステーキを御馳走した後、勾導達はキュルケと共にルイズの部屋へ向かった。才人の為に手に入れた武器を渡す為である。だが、彼の主はあのルイズだ。そうすんなり事がうまくいく訳がなかった。

 ルイズの部屋の中に入って数分が経つ。予想通り部屋の中の空気はピリピリしており、その主な原因であるルイズとキュルケは、お互い睨みあっていた。

「もう一度言ってもらえないかしら? キュルケ。わたしの聞き間違いかもしれないから」

 ルイズが腰に両手を当てながらキュルケをじっと睨む。だが、睨まれているキュルケは余裕を持った態度でそれを流す。

「だから、あたしたちが買った武器をサイトにプレゼントしたいの。コウドウが選んだものだから品質に間違いはないわ」

 キュルケの言葉を聞き、ルイズは部屋の隅にある藁のかたまりの上にいる才人に買ってきた武器の使い方の説明をする勾導をじっと睨む。

「いやよ。ツェルプストーからの贈り物なんて受け取りたくないもの。それに、どうしてあいつが選んだ物が間違いが無いって言えるのよ? あいつ、ただの平民じゃないの」

 ルイズの発言を聞いてキュルケは馬鹿にするような溜息をつく。

「ルイズ、手持ちが足りなさ過ぎてあなたが買えなかった剣があったよね? シュペ―卿作の剣の事よ」

「あ、あんたそれをどうして知ってんのよ! あの武器屋ね! ……それがどうしたのよ。あれがここにないって事は、あんたも買えなかったの?」

「あれ、ナマクラだったの。コウドウが目利きして叩き折ったわ」

「え……」

 ルイズはそれを聞いて思わず言葉を失う。それに構わずキュルケは続ける。

「コウドウの目利きは本物よ。今サイトが手にしているダガーを見てみなさい。あれ、買った時は錆び錆びだったけど、彼が砥ぐとあんなに綺麗な刃が出てきたんだから。きっと、店頭で買ったら1000エキューはくだらないわ」

 それを聞いたルイズは、才人の手からダガーを奪い取り、その刃をじっと見つめた。なるほど、キュルケがべた褒めするのがわかる。銀色に輝くその刃の美しさから目を逸らす事が出来ない。武器屋で見たシュペー卿作の大剣(ナマクラ)を見た時には決して生まれなかった感情だ。これが本物の名品のオーラなのだろう。じっと見ていると思わず遠いところに飛んでいきそうになる。

「おーい、ルイズ大丈夫か?」

 心配そうな才人の声を聞き、刃の美しさに見入っていたルイズはこちらの世界に帰ってきた。無防備な姿を見られた事で思わず恥ずかしくなり、顔を赤くしながら才人を殴った。

「なにすんだよ!」

「キュルケに返しなさい。こんなの、あんたみたいなバカ犬には無用の長物よ。それに、ツェルプストーからの贈り物を受け取るなんてご先祖様達に向ける顔が無いわ」

「なんだよ、その理屈!」

「第一あんたには、わたしの買った剣があるじゃない」

 ルイズは部屋の片隅に立て掛けられた剣を指差す。納刀しても刀身が露出された状態という珍しい鞘だったので、その大剣がどんな状態なのか理解できた。表面には錆びが至る所に浮きあがり、刃も欠けている。おまけに拵えも粗末な出来であった。金貨100エキューで買ったと言っていたが、それでも武器屋にボッたくられたのではないかと思わざるを得ないほど、人どころか野菜を切る事にも苦心しそうな剣である。正直、剣と呼ぶ事もおこがましく思えた。

「そうだけどさ……。でもさ、こんなに綺麗でカッコいい武器があるのならそっちがいいよ。それにさ、こいつも見ろよ」

 才人は立ち上がり鉄鋲付きの皮手袋を装着する。すると、左手のルーンの光が手袋の隙間から漏れる。彼は2、3深呼吸をした後、拳をつくる。そして、いきなりシャドーボクシングをはじめた。

 軽やかなステップを刻み、同じタイミングでジャブを繰り出す。見えない相手の攻撃を避けているのか、ダッキングやスウェーをしてすぐさま反撃に出る。時折スイッチを繰り出し、オーソドックスとサウスポーを矢継ぎ早に切り替える。

「これすげぇよ! 体の動かし方とパンチの打ち方が頭じゃなくて体で理解できる! これがあれば、あの時の決闘でもボロボロにならなかったはずだチクショウ!」

 そう叫びながら才人はシャドーを続ける。足は常に動かし、上半身でリズムを打つ。そして、パンチを単発ではなく、上下に打ち分けるコンビネーションで打ち固める。ルイズとキュルケは、その動きを見ていると、次第に才人の前に実際に対戦相手が見えてしまう感覚に陥った。才人のシャドーボクシングは国内タイトル、もしくは大陸間王座ならすぐにでも奪取できるのではないかと思ってしまいたくなるほどに見事なボクサーの動きだった。

 この動きと輝くルーンを見て、勾導は才人のルーンは『武器と認識した物を持つと自動的に発動する』と確信した。自分と違い、お手軽に発動できる事を少し羨ましく思い、歯を噛んだ。

 ふと、勾導の中に一つの疑問と好奇心が生まれる。今、才人は例のルーンの力を発動させ、そのパフォーマンスを披露している。あいつは格闘技をやっていないと言っていたが、今目の前で見せられている動きはボクシングにおける上位の世界ランカーに引けを取らない。この状態のあいつはどれだけ強いのか。素面の自分がどこまで立ち向かえるのか。『試したい』と勾導は思った。

 そしてもう一つ。勾導は才人に対して色々と気を配っているが、それには理由がある。

 同郷だから。年の近い同性の人間だから。

 色々と理由が浮かび上がったが、一番の理由は、『生きて地球に一緒に帰ろう』という思いからだと勾導は考えている。だからこそ、武器のセレクトも生半可な気持ちではなく本気でやった。

 高校生なのに文字通り修羅場を潜ってきている勾導と違い、才人はそんなものとは関わることのない普通の学生生活を謳歌してきた。だからこそ、決闘で死にそうな目に遭ってしまった。

 ルーンの力を得た為、そこらへんのボンクラメイジには負けなくなったが、このハルケギニアにはそんなものより恐ろしい存在が腐るほどいる事を勾導は知っている。身を持って体験している。

 先住魔法とも精霊魔法とも呼ばれるメイジとは別の魔法体系を操る亜人達。

 圧倒的な身体能力と本能で襲いかかってくる幻獣達。

 ルーンの力が凄いと言っても、きっとなにか欠点があるはずだ。『貰いものの力』なんて、碌でもない落とし穴があるものだ。勾導はルーンばかりに頼るべきではないと感じていた。

 もしかしたら、ルーン無しで闘う時が来るかも知れない。そんな時に対抗策が無かったら、逃げることすらできないだろう。

 そのうち、格闘戦と護身術を教えてやろうと勾導は思いながらすっくと勾導は立ち上がると、おもむろに才人にエルボーを叩き込んだ。それに気付いた才人は、それをスウェーで避け、すぐさまレフトフックを返す。

「なにすんだよ、勾導っ!」

 やってきた左拳を勾導はガードする。皮手袋に鉄鋲が付いている事もあるが、それ以上に拳自体が重い。思わず、ガードがはじき飛ばされそうになった。

「いや、なんか楽しそうだったから。スパーの相手してやるからオレもまぜろ」

 そう言いながら今度はローキックからバックエルボーのコンビネーションをぶつける。だが、才人はそれを最小限の動きでかわし、肘の変化で撃ったバックブローが伸びきったところでカウンターの右ストレートを放つ。それを勾導はスリッピング・アウェーでギリギリかわし、再度肘鉄砲を撃つ。

「なんだよそれ! というより、やるならお前もボクシングしろ!」

 エルボーをブロックすると今度はジャブ2連からのステップインストレートを繰り出す。

「いや、オレレスラー志望だから拳は振るわない主義なので。レスラーでグーパンを使っていいのは『風雲昇り龍』サンダー龍だけだよ」

 そう言いながらジャブを全てパリ―で打ち払い、ストレートをダッキングでかわした後ローリングソバットを見せる。それも難なく才人は避けて拳を返した。

 『才人の動きも凄いが、それに付いていきすぐさま反撃をする勾導も凄まじい』。才人と勾導のスパーリングを見ている少女達は皆同じような感想を持った。だが、その乱撃は突如終わりを告げる。

 突然才人の拳撃とスイッチワークのスピードが上がり、勾導は次第に防戦一方となる。やがてパリーやブロックが間に合わなくなり、顔面にワンツーをまともにもらってダウンした。倒れた勾導の姿を見て才人は構えを解き、勾導に近付く。他の少女達もだ。

「勾導、大丈夫か? ごめん」

 謝る才人に勾導は手を振りながら、

「いや、オレが勝手に突っかかって痛い目見ただけだ。悪いのはオレだ」

 勾導が気遣っていると、ルイズが眉間にしわを寄せながら近付いてきた。

「あんた達、人の部屋で暴れるなんてどういうつもりよ!」

「いや、なんとなく。タバサの部屋より少し広いから動いても大丈夫かなーと」

「『なんとなく』ってなによ! 貴族の部屋で暴れるなんて非常識にも程があるわよ!」

「でも、おかげで分かっただろ。オレの選んだ武器も結構いけるって」

 そう言って勾導はルイズに向けて片眉を上げて見せる。その言葉にルイズもはっとなる。確かに才人があの手袋を付けた後の動きは驚異的だった。普段は抜けた印象しかない才人が目にも止まらない動きで拳を繰り出す姿に、ルイズは心奪われてしまった。キュルケのプレゼントである事を忘れてしまっていたほどに。

 と、タバサが勾導に近付き、

「室内」

 短くそう言って杖で勾導の頭を叩いた。突然鈍い衝撃がやって来て、勾導は頭を押さえながら悶絶する。

 ルイズは改めて、勾導の事を『掴みどころのない変な平民』だと言う評価をする。自分を怒らせるだけ怒らせた後、最後には丸めこまれている。その事を歯がゆく感じた。

 ふと、彼がこの学院でやってきた所業を思い出す。

 

 食堂で初めて会った時、いきなり暴言を吐かれた。

 授業の時、自分を馬鹿にしてきたマルコルヌを脅した。

 下着一枚の姿で複数の貴族と決闘して、ボロボロになりながらも全員医務室送りにした。

 どこからともなく、野生の風竜を見つけてきて手なづけた。

 モット伯が持っていた秘宝の楽器を猥褻本と交換して手に入れた。

 授業に参加したら、いつの間にか仲良くなったギーシュ達と人目を憚らず猥談を繰り広げた。

 

 これらを頭の中で再生したルイズは思わず深いため息をつく。正直、彼が自分の使い魔じゃなくてよかったと思った。そして、そんな彼をコントロールしているご主人様のタバサを不思議そうに見る。ルイズは、彼女が『キュルケの友人』だということしか知らない。学院に入学してから1年経ったが、彼女と関わる機会は全く無かったからだ。自分の記憶が確かなら、キュルケ以外の生徒とは全く関わり合いがない物静かで無愛想な女の子だったとルイズは思う。そんな彼女に対して勾導が軽口を叩きながら謝っている姿を見て、彼らは主従としていい関係を育んでいるとルイズは感じる。そして、その事を心の隅っこで思わず『羨ましい』と思ってしまった。

 と、その時だった。どこからともなく、低い男の声が聞こえた。

「おでれーた! 普通の平民が使い手にあそこまでついていくなんて初めて見た! 兄ちゃん、只者じゃねぇな」

「だ、誰だよ一体!」

 勾導は部屋中をキョロキョロと見渡す。だが、自分たち以外に新たに人が入っている痕跡は見当たらない。

「これだよ、勾導」

 才人が部屋の片隅に向かい、自分達が買った錆び錆びの大剣を持ってくる。

「……言ってる意味がわかんないんですが」

 勾導は変な物を見る目で剣と才人を見た。

「だから、喋るんだよ。剣が」

「はぁ? ふざけてんのか」

「ふざけてなんかねぇよ、兄ちゃん。さっきから喋ってんのはこの俺だよ!」

 再び、同じ声が聞こえる。今度は間近から。つまり、剣を持つ才人から。

「才人……。腹話術が特技、なんてオチはないよな?」

「……兄ちゃん、いい加減認めようぜ。そうだ、俺の鍔を良く見な。」

 剣の鍔が口のように動き、そこから声を発するのを勾導は見て目をひん剥く。

「剣が喋ってる……。あ、あ、」

「ははっ、お前さんも相棒みたいな反応を見せるのかよ。俺はインテリジェンスソードのデルフリンガ―様だ! よろしくな兄ちゃん!」

 自己紹介をする喋る剣の存在を完全に認知したこの男は大声でこう叫んだ。

「アヌビス神だーっ!! 新手のスタンド使いだー! ここエジプトじゃねぇぞ! やばいよー、いろんなもの覚えちゃうよ! 承太郎早く来てくれー!!」

 更に、

「それともアレか、白虎真剣かよ! キバレンジャーになって『吼新星・乱れ山彦』が出来るのかよ! あと、まだ50年経ってないぞ! ゴーマはまだ復活しねぇから!!」

 オタクの宿命だろうか。反射的にいろいろとアレなネタをのたまう勾導の姿をデルフは変な物を見たかのように呟く。

「……なぁ、相棒。あの兄ちゃん、いつもあんな感じなのか?」

「いつもの発作だよ。気にしたら駄目だ、デルフ」

 才人も『喋る剣』ネタを次々叫ぶ勾導を見て諦めたように答えた。

 

 数分後、落ち着いた勾導は改めてデルフリンガ―を認識すると、自己紹介をした。剣に向かって話しかける姿は第三者が見たら頭がおかしい奴と思われそうな絵面だが。

 と、才人が「あっ」と声を上げる。何か良い事を思いついた様だ。

「なぁ、勾導。デルフを砥いでくれないか?」

「これを?」

「こいつも砥いだら、すごい名剣かもしれないだろ? なぁ、頼むよ」

「オレは刀匠じゃねぇんだぞ……。こういうのはうちのじいさんのやる事だって……。まっ、ちょっと調べてみるから寄こせ」

 才人に頼みこまれた勾導は、状態を確かめるために、デルフリンガ―を受け取ったその時だった。突然、デルフリンガーが驚いた様な声を絞り出すようにあげた。

「……兄ちゃん、てめ、前に俺を握った事があるか(・・・・・・・・・・・・)?」

 その問いかけを勾導は否定した。

「何言ってんだよ。初めてに決まってんだろ。だからさっきあんだけ驚いただろーが」

「……そうかい。いやなに、お前さんに握られた瞬間、昔俺を振るっていた奴の記憶が断片的に蘇ったんだよ。まぁ気にするな」

「あっそ。とりあえず見てみるぞ。……うわっ、ひでぇなこれ。いくらなんでも錆びすぎだろ」

 デルフリンガ―を確認する勾導は思わずそう漏らす。

「これ、砥いでどうこうできるってレベルの話じゃないぞ。無理矢理砥いで刃出しても、デカイからかえってバランス崩れちまう……。ん? どうなってんだ? これ」

「どうしたんだよ? 兄ちゃん」

「オラァッ!!」

 突然勾導はデルフリンガ―の刃に鉄槌を叩き込んだ。昼間同様、剣と床の間に左手を入れて。あのナマクラはヘし折れてしまったが、今回はどうなったのか? その結果はすぐに出た。

「な、何すんだよ兄ちゃん! 体が折れるかと思ったじゃねぇか!」

 口ではそう言うが、デルフリンガ―は無事だった。逆に、寮の床に少し傷がついてしまった。

「痛ってー。なんだ、心金はしっかりしてんじゃん。才人、切れ味は期待できないかもしれないが、相手をブッ叩くのには良い代物だぜ、これ。下手に弄らないほうがいいかもしれないぞ」

「えー、やっぱり錆びた剣なんてカッコ悪いよ。勾導達が選んだ奴でいいよ」

「オレがチョイスした武器はお前が大剣を買ったって聞いたから、それの弱点をカバーする為の物なんだぞ。二刀流をイメージしてな。それにプラスして限定的に中距離の闘いが出来る様に投げナイフを、いざって時の為の皮グローブでな」

 勾導の言葉を聞いた才人はそれを理解したが、どこか納得できないようだ。やはり、見栄えが重要らしい。

 と、デルフリンガ―が「おっ」と声を上げた。

「今ぶん殴られた事で思い出した事がある。おい相棒、今から外に出るぞ。メイジの娘っ子達もな」

 デルフリンガ―の言葉を不思議に思いながらも、部屋の中の全員は外に向かった。

 

 

 今宵もハルケギニアの夜空に大きな双月が輝いていた。その月光は生まれの貴賎も関係なく平等に照らしている。

 その光が魔法学院の本塔を照らした時、外壁にぼんやりと奇妙な影が浮かび上がった。黒づくめのローブを深く纏っているために、その表情と性別は判別できない。

 その存在は壁に垂直に立つという普通の人間にはありえない事を為しているので、ただの人間ではない事を暗に伝えていた。

 確かめるように何度も足で壁をトントンと叩き、その度に舌打ちをする。

「なんなのよ、この壁は! 物理攻撃が弱点? こんなに分厚かったら弱点でもなんでもないわよ! おまけに高度な固定化呪文もかかっているし! あんのハゲ教師、適当ブっこいたんじゃないでしょうね……」

 その存在は女性らしく、柔らかい声色をしていたが、自分の想定外の事態に直面したためかどこか刺々しかった。

「この壁の質量じゃ、『練金』で穴も開けられないし『ゴーレム』も時間がかかってしまう……。一体どうすれば……」

 腕を組みながら思案をしていると、すぐそばの中庭から声が聞こえてきた。見つかってしまったのか、と一瞬ビクっとなるが、どうやら違うようだ。思わず安堵の息を吐く。

(あぁ、もう! 今仕事中なのよ! 外出禁止の時間でしょうが! 学生なら部屋で宿題するか、とっとと寝ろ!!)

 気付かれないように地面に着陸した黒づくめの存在―『土くれ』のフーケは、中庭の植え込みに身を隠しながらそう悪態をついた。

 

 中庭で声を上げていたのは、勾導と才人、それにタバサとキュルケ、そしてルイズであった。才人の背にはデルフリンガ―があった。

「で、お前の言うとおり外に出たぞ、デルフ。で、これからどうするんだ?」

 才人がデルフリンガ―に尋ねる。他のメンツも、これからどうするのか気にしてるようだ。

「おし相棒、まずは俺を構えろ」

「こうか?」

 才人はデルフリンガ―を引き抜き、自分の直感のままに構える。才人が自分を構えた事を感じたデルフリンガ―は続ける。

「そう。相棒はそのままの体勢でいろ。今度は……。おい、そこのメイジの娘っ子たち。この中で火のメイジはいないか?」

「あたしよ。ランクはトライアングル」

 キュルケが手を上げた。

「おっ、ちょうどいいな。なに、メイジなら誰でも良かったんだが、火なら周りのヤツらも分かりやすいからな。おし、姉ちゃん。相棒に向かって『ファイヤーボール』を唱えてくれないか? 勿論、相棒にぶち当てるようにさ」

 デルフリンガーの言葉に才人は驚く。無論、他の面子もだ。

「おいっ、何言いだすんだよ! まともに喰らったら死んでしまうだろうが!」

「そうよ。トライアングルの火をもらうと火傷では済まないわよ」

 才人達の抗議を受けるが、デルフリンガ―は唾をカチャカチャ鳴らしながら楽観的な声で返した。

「俺の言うとおりにすれば大丈夫だ。いいからやってみな」

「わかったわ。サイト、当たったらごめんなさいね」

「乗り気になるなよ、おいっ!」

 才人は逃げようと後ろを向こうとしたが、足が動かなかった。足を見ると、空気の塊が幾層も重なっており、それが重りとなり動かせなくなった。それをやったのはタバサだった。

「今無理に動くとかえって危ない。剣を信じて」

「まぁ、なんだ才人。とりあえずがんばれや」

 青と黒の主従は仲良く当たり障りのないエールを送る。

「ふざけんなぁぁぁっ!!」

「それじゃあ、いくわよ」

 キュルケはルーンを短く呟き、才人に向けて杖を突き出す。杖先からメロンほどの大きさをした『ファイヤーボール』が現れ、まっすぐ才人に向かっていった。それを見た才人は慌てる。

「うわっ、く、来るな!」

 それを見た才人は慌てる事しかできなかった。だが、手の中のデルフリンガ―は違った。

「おい、相棒。痛い目に遭いたくなかったら、俺の言うとおりにしろ! いいか、俺が合図をしたら思いっきり俺を振るえ! お前さんが『使い手』なら、なんなくできるだろう!」

 そう言葉をかけられた才人は気を取り戻し、自分に向かってくる火球をまっすぐ見た。すると、妙な自信が生まれて来る事を実感できた。デルフが何を考えているのかはまだ分からない。だが、彼の言う通りにすればどうにかなるという気持ちが強く出てきた。

 火球があと1メートルの位置まで接近してきた時、デルフが叫んだ。

「相棒、今だ! 俺を振るえ!」

 その言葉に合わせて、才人は火球に向かって縦一文字でデルフを振るう。するとどうだ。火球は野菜のように真っ二つに分かれる。そして、それは才人から離れていくと、少し後ろの草むらを焼いて消えた。

「今、俺は何をやったんだ……?」

 才人は呆けたような声を出す。

「あいつ、炎をぶった斬りやがった……」

 才人の言葉に続けるように、勾導が驚きを隠さずに言葉を零した。魔法を放ったキュルケは勿論、ルイズとタバサも口をぽかんと開けていた。

「驚いたか相棒! 『魔法を切断する』ことが俺様の能力だ! いやぁ、あの兄ちゃんに殴られていなかったらずっと忘れてたよ。……なんか、大切な事を忘れている気がするけど、まぁいいや」

 デルフがえっへんと威張る様に言った。

「すげぇよ、デルフ! お前こんなに凄い剣だったんだ! ボロいけど!」

 勾導も才人に近付き、

「こんな能力があるんなら、オレの選んだ武器も霞んじまうな。デルフを盾替わりにして、ダガーをオフェンスに使えば二刀流の理想的な形になるな」

 と感想を述べる。

 ボロ剣の意外な能力に皆が驚く中、植え込みに隠れてそれを見ていたフーケも目を大きくしていた。

「なんなの、あの剣。トライアングルクラスの炎を斬り捨てるなんて……」

 そのことに驚きつつ、自分の冷静な部分が盗賊としての目利きを無意識のうちに働かせる。トライアングルの魔法をなんの苦も無く斬り捨てる剣なんて聞いたことが無い。あれを裏のルートに流すことができれば相当な価値が付くに違いない。

「学院の秘宝が手に入れられなかったら最悪、あれを奪うってのも手かね……。もうちょっと様子を見ようかしらね」

 そんな事を呟きながら、フーケは再び気配を消した。自分の剣に大盗賊が狙いを定めているとは夢にも思っていない才人は顔を喜色一面に染めながら部屋に戻ろうとしたその時だった。

「ま、待ちなさいよっ」

 ルイズが才人を呼び止めた。才人もそれに気付き、ルイズを見る。

「どうしたんだよルイズ。あっ、言うの忘れていたけどさ、ありがとな。こんな凄い剣を買ってくれてさ」

「あ、あんたが気に入ったならそれでいいわよ。大事に使いなさいね。って、それよりもっ、」

 顔をほんのり赤くしたルイズが杖を取り出してビシッと才人に向ける。

「今度はわたしの魔法を斬ってみなさいよ!」

 その言葉を聞いた才人に、嫌な予感がよぎった。それもそうだ。ルイズの魔法は必ず爆発する。魔法が見えない事と、コントロールが下手くそだという事が最大の不安材料だった。

「お前の魔法、絶対爆発するじゃないか! 無理だよ!」

「そうよ、ルイズ。魔法が失敗する上にどこに飛ぶのか分からないじゃない」

 才人とキュルケが止める様忠告する。だが、このピンクブロンドは決して首を縦に振らない。顔を赤くしながら声を荒げた。

「うるさいわね! 今日は成功しそうな気がするのよ!」

「『今日は成功しそうな気がする』ってなんだよ。その言い分が通用するなら、オレならかめはめ波が撃ててるぞ」

 勾導がぼそっと茶々を入れる。が、どうやら聞こえていたようですぐさまルイズが噛みつく。

「そこ、聞こえてるわよ!」

「んじゃ、ちょうどいいや。あのな、悪い事は言わないから止めとけって。お前、早い話『自分の投げられる球種も理解していないノーコンピッチャー』なんだからよ。あんな指向性のはっきりしない爆発魔法をぶっ放してたらいつかエラい事になるぞ」

 勾導は半分諭す様に、もう半分は茶化す様にルイズに向かって口を開く。そう言われたルイズは、何も反応を見せずにすたすたと勾導に近付いて行った。

「な、なんだよ」

 勾導の側にルイズが来た。勾導は背が低いが、ルイズもタバサほどではないが結構低い。お互いの身長差は10センチほど。そのため勾導はルイズの目線は読めず、何をするのか理解できなかった。

 その行動は完全に勾導の意識の外にあった。

「うるさいっっ、この、バカ犬二号ッッッッッ!!」

 夜明け前のニワトリのような裏声気味の絶叫をあげながら、ルイズは勾導の鳩尾を蹴り上げた。ガットショット。その名の通りにルイズの放った蹴りの衝撃は、勾導の内臓(ガッツ)に届き、思わず片膝立ちになる。しかし、これで終わりではなかった。

「人ががんばろうとしてるのに、変なこと言ってるんじゃないわよ!」

 助走をつけ、その勢いのままに立った膝を踏み台にして勾導の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。勾導は鼻血を撒き散らしながら、そのまま大の字になった。膝蹴りをもらう直前にルイズのパンツが見れた事を「イエスッ」と思いながら。

「なんでシャイニング・ウィザードが使えるんだよ……。それも初期型を」

「お母様に教えてもらったのよっ! とにかく、これはわたしとサイトの問題よ! 部外者は口出さないで!」

 ルイズはそう言いながら勾導の腹を何度も踏みつけた。踏みつける度に勾導は『ガッ』、『ボフッ』と妙なうめき声をあげる。

 数分後、勾導を踏みつけて平静を取り戻したルイズは、自分の行動を遠巻きで顔を青ざめながら見ていた才人をキッと睨む。

「サイト、わたしの言う事を聞かなかったらどうなるか分かったわね」

「はっ、はいっ!」

「だったら、さっさと準備をする! 早くしないと、あんたにも膝蹴り入れるわよ!」

「わかりましたーっ!」

 才人は反射的に姿勢を正し、デルフを構えた。それを見たルイズも杖を構えて準備を始める。深呼吸を何度か繰り返し息を整えつつ、魔法を唱えるイメージを頭の中で何度も思い描く。そのイメージ上では、自分は魔法を唱える事に見事成功し、才人も自分の魔法を華麗に両断する姿があった。これなら、今度催される使い魔の品評会でも大いに受けるだろう。ステージ上で拍手を浴びる自分達の姿を思い浮かべ、思わず頬が緩んでしまう。その栄光の為にも、魔法を成功させて見せると決意する。唱える魔法は決まった。先ほどキュルケが唱えた『ファイヤーボール』。先例があったのでイメージも固まりやすいと思い決断し、ルーンの詠唱を始める。『自分は絶対成功する』。そう固く決意しながら。

 呪文が完成し、力いっぱい杖を振った。しかし、杖先から火球は出てこない。疑問が出て来る前に突然、才人の後ろにある本塔の壁が轟音と共に爆発した。

 爆風の衝撃が中庭にいる全ての人間に襲いかかり、一番間近にいた才人が吹き飛ばされた。

「やっぱりこうなるのかよっ!」

 体勢を無理矢理整えながら才人が叫ぶ。キュルケは爆笑し、タバサは我関せずとばかりにいつの間にか読書をしていた。

 ルイズは悔しそうに膝をつく。当然だ。今日こそは、と思って唱えた呪文が失敗したのだ。これで何度目だろうか。出来るという大きな気持ちを抱き、実践した結果が失敗して自分が嫌になる。終わりなき悪循環の泥沼の中で彼女は未だもがいていた。

 と、勾導が爆煙の晴れた本塔の壁を見てある事に気付き、声を上擦らせながら指を指す。

「おい、あれヤバくないか? 壁にデカいヒビが入ってるぞ」

 その言葉に他の皆も壁を見た。確かに勾導の言うとおり、本塔の壁の表面が抉られ、大きな亀裂が四方に広がっている。当事者のルイズは顔を青ざめた。

「ど、どどどどどうしよう……。バレたら退学かも……」

「だから言っただろうが……。まっ、退学しようが所詮世の中最終学歴よ。どっか別の学校に入るか、大検受かってこの国の最高学府に入り学歴ロンダリングしな」

「あんた、人事のように言わないでよっ! そもそも、ここがこの国唯一の学校よっ!」

「あっそ。それじゃご愁傷様」

 勾導の軽い言動にイライラしながらもルイズは自分のやらかした行いを学院上層部に対してどう言い繕うか頭を悩ましていたその時だった。

「なっ、なによ、これ!」

 ルイズたちの目の前に巨大な何かが現れた。大きさは約30メートル。中庭全体を黒い影で覆い尽くす。

「ゴーレム」タバサがぽつりと言葉を零した。

「ゴーレム? ギーシュの使うヤツか? でも、サイズが全然違うぞ!」勾導はタバサにそう返す。

「メイジとしてのランクがギーシュとは大違い。ゴーレムの大きさから見てきっとトライアングルクラス」

「ランクが2つ違うだけでこんな化け物を作り出せるのかよ!」

 タバサが勾導に説明している間、ゴーレムは学院本塔に向けて歩を進めた。自分達の存在に向こうが気付いていないのか、それとも無視をされているのか。そんな事はどっちでもいい。勾導は状況判断すると、才人達に向かって大声で叫んだ。

「向こうはオレ達に気付いていない! 今のうちにここから逃げるぞ!」

 キュルケと才人はその言葉に頷き、中庭から避難しようとする。が、さっきまで側にいたルイズが居なくなっていた。

 どこにいったのか、辺りをキョロキョロと見渡していると彼女を発見できた。だが、その居場所に才人は背筋を凍らせる。

 ルイズはゴーレムから逃げず、逆に向かっていっていた。右手には杖を持って。

「まさかあいつ、……あの馬鹿!」

 あまりにも先が読めてしまうルイズの行動に才人は舌打ちを一つすると、自分もルイズに向かって駆けていった。

 

 フーケはゴーレムの肩に乗りながら、突如訪れた幸運に感謝しながら先ほどの光景を思い返していた。

 あの時、中庭で魔法を切断していた生徒達の一団の1人が呪文を唱えると、いきなり学院の壁が爆発したのだ。

 一体、あの魔法はなんだったのだろう。爆発する魔法なんて聞いた事も無い。だが、その破壊力は想像以上だった。自分が諦めかけていた学院の堅牢な壁に大きな亀裂が走ったからだ。

 千載一遇。この機を逃していつ動く。フーケは口元を大きく吊り上げると、呪文の詠唱を開始する。それは長い詠唱だった。そのことから、今唱えようとしている魔法の威力がとんでもないものだという事が推測できる。

 やがて詠唱が完成し、地面に向けて杖を振るうと、地面が音を立てて大きく隆起する。盛り上がった土の塊に乗っているので自分の目線の高さが5メイル、10メイルと高くなっていく。やがて、30メイルを少し過ぎたところで土塊の成長は止まり、そこから手足が形成された。

 

 土くれのフーケが得意とし、最大の攻撃戦力であるゴーレムが起動した。

 

「今日のゴーレムも良好。精神力も絶好調ね」

 そんな事を呟きながらゴーレムを動かすフーケは、まっすぐ亀裂の入った壁を目指す。中庭にいた生徒たちも自分のゴーレムを目にしただろう。普通の犯罪者なら目撃者を始末しようとするだろう。だが、フーケは違った。自分は盗賊だ。殺し屋ではない。自分から進んで殺人を犯すほど堕ちてはいない。そんな盗賊としてのプライドがフーケにはあった。それに、自分は今地上から30メイルの位置にいる。そう簡単に自分の正体はばれないと考えていた。

「まっ、あの子たちのお陰でお宝を手に入れられそうだから、お礼に見逃してあげる」

 中庭から離れようとしている勾導達に優しげな微笑みを一つ向けると、間近に迫る壁を見る。フードで隠れて見えないが、きっとフードの下の瞳は、獲物を狙う猛禽のような目をしているはずだ。

「さて、お仕事を始めますか」

 口元に笑みを作り、ゴーレムに壁を殴るよう命令を出そうとしたその時だった。ゴーレムの背後から大きな衝撃がやってきた。突然の出来事に、フーケは振動を必死にこらえながらも驚きを隠さなかった。

「なっ、なによ一体!」

 と、下の方から何か叫ぶ声が聞こえた。何事かと地面を見ると、そこにはピンクブロンドの少女が杖を片手に自分のゴーレムに向かっていた。ルイズだった。

 

 ルイズは1人、巨大ゴーレムと対峙していた。自分の魔法で学院の壁に亀裂が入り、それを見越したかのようにゴーレムが現れた。きっとあれが、街で噂になっていた『土くれ』のフーケなのだろう。ヤツが狙うのはきっと、学院の宝物庫だ。そう考えると、自分はなんて事をしてしまったんだと唇を噛み締める。

 罪滅ぼしの気持ちもあるが、それ以上に賊に学院を荒されるわけにはいかないという気持ちがルイズの中を占めていた。貴族としての義務感が彼女を動かしているともいえなかった。

 ルイズは杖を振るう。しかし、出てきた結果は爆発。しかし、今回はゴーレムの側で炸裂したようで、ゴーレムは大きく揺れた。

 それを見てルイズは喜ぶが、その結果ゴーレムがどういう行動に出るか想像ができていなかった。

 ルイズの爆発に驚かされたフーケは、声を荒げる。

「あんの小娘ぇ! 人が情けをかけてやったのに無視してぇ……。そういう事ならわかったわ、ちょっと痛い目に遭ってもらうわよっ!」

 ゴーレムをルイズの方に振り向かせ、足を大きく持ち上げ、思い切り大地を踏みつけた。勿論、踏みつぶす気はない。ただ、少し怖い目に遭わせるだけだ。狙い通りゴーレムの足はルイズから5メイルほど離れた位置を潰した。

 ルイズに怪我は一つも無かった。だが、巨大なゴーレムの足が自分の側ギリギリで足踏みをし、その衝撃で生まれた土埃と震動で彼女の心を支えていた貴族としての義務感は崩れていき、その場でへたり込んでしまった。

 その時だった。

「ルイズー!」

 デルフを片手に持った才人がルイズの側にたどり着いた。

「お前、何やってんだよ! 逃げないと死んでしまうぞ!」

「だって、わたしのせいで……」

 弱弱しく呟くルイズを無理矢理背負い、才人はルーンを発動させて避難しようとした。だが。

「『レビテーション』」

 手にしていたデルフが突然才人の手から離れていき、上空へと昇っていく。その怪奇現象に才人は慌てた。

「えっ、なっ、なんでだよ!? どうしたんだよデルフ!!」

「相棒、魔法だ! 俺に『レビテーション』がかけられた!」

「お前は魔法は効かないんじゃなかったのかよ!」

「俺の能力はあくまでも魔法を斬るだけだよ! 認識外の魔法の不意打ちは対応できないん……」

 次第にデルフの声が聞こえなくなっていく状況に才人はどうしたらいいのか分からなくなった。才人は普通の高校生だ。勾導の様な奇特な奴ではない。喧嘩だってそんなにしたことはない。そんな人間が無理矢理命のやり取りの場に叩き出された上に、自分の得物を失うという事態になったのだ。両手にはグローブを装着しているためルーンの力は発動可能だったが、その事は才人の意識から忘れ去られていた。それほどまでに、才人はパニックに陥っていたのだ。

「ど、どどどうしよう……」

「サイト、ねぇサイト、早く動かないとゴーレムが!」

 ゴーレムが2人に狙いを定め、再び振り上げた足を振り下ろした。2人は死を覚悟し、目を瞑った。

「才人、掴まれっ!」

 突然、シルフィードが滑空してきた。その脚には勾導がぶら下がり、空中ブランコのように2人を強引に掴むと一気に上昇する。ゴーレムの足は2人のいたところに近い場所に落ち、地面に大きな窪みを形成させた。

 シルフィードの背に乗った3人は上空からゴーレムを見下ろす。才人も平静を取り戻した様で、その巨体を改めて見た事で身を震わせた。

「俺、あんな奴に向かって行ったのかよ……」

 その言葉に同調するように、ルイズも体を縮こまらせる。そして、才人がそんな奴から自分を助け出そうとした事を思い出し、才人に感謝を述べようとしたその時だった。

 ゴーレムが亀裂の入った壁に向かって、ボールを放り投げるような大きなモーションで拳を叩き込んだ。ご丁寧に、拳自身を鋼鉄に練金し直す念の入りようだった。

 その甲斐もあってか、強固な壁は一撃で崩れ去り、大きな穴が開けられた。その光景を見たフーケの中で期待感が膨らみ、それが隠せないほど表情に現れていた。と、フーケの腕の中から声が聞こえた。

「おでれーた。あんな分厚い壁を一撃で壊すなんたァ、なかなかできねーぜ」

 デルフリンガ―がからから笑った。その事でフーケはこの剣が知性を持つインテリジェンスソードだという事に気付く。

「お前インテリジェンスソードだったのかい!?」

「そうだよ。ところで,とっとと相棒の所に返してもらえないかね?」

「お喋り魔剣だったなんて運の悪い……。お前、静かにしなよ」

「あいぼーう、俺はここだぞー!」

「静かにしなって言ってんだろうがっ! 黙らないと売り叩く前に溶かすわよ!!」

 デルフとそんな言いあいをしながら、フーケは宝物庫の中に侵入する。様々な宝物が並ぶ中、フーケはそれらに目をやらずに一直線に目当ての物へと向かう。そして、遂にそれと対面した。

「あった」 

 そう短く呟き、笑みを深くする。それは様々な杖が飾られた一角にあった。周りは杖らしい形をしているのだが、それはどう見ても杖には見えなかった。全長約1メイルの金属製の筒の様な形状だった。

 フーケはそれを手にするとゴーレムの肩に乗って逃げる準備に取り掛かった。

 その際、杖を振ってお決まりの犯行証明のサインを壁に刻んだ。

 

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ

 追伸 魔法を切断するマジックアイテムも頂きました』

 

 盗賊はサインを残し、ゴーレムに乗って悠々と闇夜に消えていった。

 唯一の目撃者である勾導達はただ、それを見送るだけしかできなかった。

 

 

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