Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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 長らくお待たせしました。最新話です。


17:覚醒(前編)

「……彼らかね? 犯行現場を見ていたのは」

 ここは学院本塔にある宝物庫。学院の長であるオールド・オスマンは、人が同時に3人入れそうな大穴が開けられた壁と側に犯行サインの残された室内を見渡した後に部屋の扉に控えている3人の生徒と2人の平民に目を移した。

 『土くれ』のフーケによる学院襲撃事件から一夜が明け、学院は鍋をひっくり返したような騒ぎに包まれていた。この国の学問を司るこの場所が盗賊に襲われた上に、秘宝を奪われたのだ。そうなるのは当然だ。

 教師たちは皆口々に『誰がこの事件の責任をとるのか』を追及する事に熱中しており、昨夜の宿直がミセス・シュヴルーズだと知ると、よってたかって彼女を糾弾した。

 それに耐えきれなかったシュヴルーズは泣き出し、思わずオスマンは彼女を擁護する。『では、君達は真面目に宿直をやってきたのか?』と。

 その問いかけに周りの教師達は痛いところを突かれたようで黙り込んでしまう。それを見たオスマンは話を綺麗にまとめた。その内容と擁護された事によってシュヴルーズはオスマンに感謝をした。その対価とばかりにオスマンは彼女の尻を撫で回したが。

 話は先に戻る。オスマンは生徒達の顔ぶれを見た。

 ルイズ、キュルケ、タバサ。皆色々な意味で学院の中でも指折りの問題児達であった。

 次に、その隣に並んでいた2人の平民の使い魔に目を移す。

 共に召喚して早々に騒ぎを起こした上、その内才人には伝説のルーンが刻まれた事もあって、オスマンは興味深そうに彼の顔を見つめる。それに対して才人はどうしたらいいのか分からず困った顔をするだけだった。

 そしてもう1人。

「君は……。うむ……」

 オスマンは長い顎髭を撫でながら勾導の顔を見た。その表情は先ほど才人に向けたようなものではない。まるで、懐かしい旧友に出会った時に向けるような優しい顔を見せていた。

 そんな顔を向けられる勾導は『なんだこの爺さん。人のツラじろじろ見やがって』と思う。そもそも、勾導はオスマンとは初対面だ。教師達の会話からこの老人が学院長だと知ったが、尚更接点が無いと判断する。

「なんだよ、ジジィ。オレの顔になんか文句があんのかよ」

 埒が明かないと感じた勾導は思わずオスマンに話しかける。その乱暴な言い方に教師達は「あの平民は敬語を知らんのか」と言いたげに眉をひそめた。

 それに対しオスマンはホッホと笑いながら、

「いや、すまんの。君の顔が珍しい物だったのでの」

 そう言ったものだから、勾導は少しイラッときた。何か文句の一つでも言ってやろうとしたが、周囲には教師をはじめ、学院の衛兵達が大勢居て面倒臭い事になると感じた為、舌打ちをする事で精神を落ち着かせる。

 オスマンはそんな勾導の態度を見ても何も言わなかった。そして、前夜の犯行状況の説明を3人に求める。その問いかけに応えるため、ルイズが一歩前に出た。

「あの、ここにいるみんなと散歩をしていたら、本塔のそばに大きなゴーレムが現れて宝物庫の壁を壊したんです。そして、ゴーレムの肩に乗っていたローブを着たメイジが宝物庫に侵入して何かを持ち出したのを見ました。……おそらく、それが盗まれた『破壊の杖』だと思います」

 『自分の失敗魔法の所為で壁に亀裂が入った』事を省きつつ、ルイズが具体的に説明する。

「その後、わたし達はミス・タバサの風竜に乗って追跡をしたのですが、ゴーレムは最後には崩れて土になってしまいました。」

 自分の顎髭を撫でながらその報告を聞いたオスマンは頷く。

「結局、手がかりは無しと言う事か……。ところで、ミス・ロングビルはどうしたのかね? 朝から姿が見えないが」

 オスマンは隣に控えていたコルベールに尋ねたが、彼も居場所を知らないようで首を横に振った。

「この非常時に……。どこに行ったのじゃ」

「さぁ……」

 そんな事を言っていると宝物庫の扉が開き、そこから緑色の長い髪の眼鏡をかけた20代前半の女性が現れた。走ってきたのだろうか。呼吸が荒れ、肩を上下に揺らしていた。

「おお、ミス・ロングビル! どこに行っていたのですか? 学院に大事件が起きたのですぞ!」

 コルベールが女性に近付き捲し立てた。この女性がロングビルなのだろう。ロングビルはコルベールの存在を無視するように一つ咳払いをすると、オスマンに近付く。宝物庫で雁首並べた教師達と違い、落ち着き払った態度だった。

「申し訳ございません。しかしながら、事態は把握しております。実は、早朝からフーケの足取りの調査をしておりました」

 ロングビルの言葉に教師達はどよめく。そして、オスマンの瞳がきらりと輝いた。

「ほう、仕事が早いの。して、その調査は成功したのかね?」

「はい。フーケの居場所を突き止めました」

 再び、教師達が湧いた。ロングビルは一度それらを見渡すと、調査内容を伝える。

「フーケの消えた近隣の集落で暮らす農民達に聞き込みをしたところ、ここから十数リーグ行ったところにある猟師小屋でこそこそやっている黒いローブを着た男を見たという農民を見つけました。おそらく、それがフーケだと思われます」

 それを聞いたルイズが叫ぶ。

「黒いローブ? フーケに間違いありません! きっとそうです!」

 オスマンは細かい部分を詰めるようにロングビルに尋ねる。

「その小屋はどこにあるのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で4時間の場所です」

 それを聞いた勾導は目を細めながら首をひねる。

「すぐに王室に報告しなくては! 魔法衛士隊に奪還していただきましょう!」

 その言葉を聞いたコルベールが大声で提案をした。が、それを聞いたオスマンは老人とは思えない大声を上げて怒鳴った。

「馬鹿者! そんな事をしている内にフーケに逃げられてしまうわ! そのうえ、身に降りかかる火の粉を己で払えぬようでは貴族とは言えんわい! ……これは我々魔法学院の問題じゃ! 当然我々で解決しなくてはならない! わかったかね?」

 宝物庫にいる一同を見渡したオスマンは呼びかける。

「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は杖を掲げよ!」

 しかし、誰も杖を掲げない。先ほどまで威勢よくシュヴルーズを弾劾していた教師達も何とも言い難い困惑した顔を向けることしかしない。

 と、恐る恐る杖を掲げる者がいた。ルイズである。

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです!? あなたは生徒ではありませんか! ここは私達教師に任せて……」

「誰も掲げていないじゃないですか」

 シュヴルーズの言葉を遮る様にルイズは強い口調で言い捨てる。背筋をピンと伸ばし、鳶色のその瞳は濁りが無い。真剣なまでに美しい炎が宿っており、今、この部屋にいる者の中で一番美しく凛々しい存在であった。側にいた才人は呆けたような面のまま、見つめることしかできなかった。

 次に杖を掲げたのはキュルケだった。

「ミス・ツェルプストー!」

 驚いた教師の声に対し、キュルケは気だるそうに言った。

「ふん。ヴァリエールに先を行かれるのは嫌なだけですわ」

 キュルケのその行動を見て、タバサも当然とばかりに杖を掲げた。

「心配」

 一言だけそう言う。キュルケはそれを嬉しそうな表情を見せながら、彼女に感謝を述べた。ルイズも同様だった。

 そんな3人を見て、オスマンはにこりと笑った。

「うむ。では、君達に頼むとしようか! 特にミス・タバサは若くしてガリア王国のシュバリエ位を持つ騎士だと聞いておる!」

 オスマンのその発言に教師達は驚きの顔をタバサに向ける。ルイズとキュルケも同様だ。だが、彼女達の驚きの裏で、その称号の本当の意味を知る勾導は複雑な表情をタバサに向けることしかできなかった。彼女に授かったその称号に華やかさなんて欠片も無い。あるのは任務の失敗は許されない汚れ仕事だけ。まるでタバサの体と運命を縛り付ける呪縛そのものだ。その事を思うと、唇を無意識のうちに噛み締めることしかできなかった。

 そんな勾導の姿が目に入っていないオスマンはさらに続けた。

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身優秀な火の使い手で従軍経験もあると聞いているが?」

「領内の亜人討伐任務ですわ。従軍と呼べるほどの事ではございません」

 謙遜しつつも、誇る様にキュルケは返す。

 次は自分が褒められると思い、ルイズは笑みを浮かべる。だが、オスマンはルイズの褒めるべきポイントが見つからなかったのだろう。目を逸らしながら奥歯に物が挟まったようにしどろもどろで言った。

「……ミス・ヴァリエールは、その、えーと、多くの優秀なメイジを輩出し、この国を支える大きな一柱であるヴァリエール公爵家の息女で、あーと、その、学業優秀なメイジだと聞いているが? しかもその使い魔は平民ながらあのグラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝利したそうだが」

 オスマンは才人に視線を移す。あの決闘で見せた動きができるなら、伝説の使い魔『ガンダールヴ』なら、きっと大丈夫だろうという思惑があった。

 と、コルベールが興奮した様子でオスマンの言葉を引き継ぐ。

「そうですぞ! なぜなら、彼はガンダー……」

 オスマンはビクッと背を伸ばし、慌ててコルベールの口を塞いだ。が、遅かった。

「なんだよ、『ガンダー』って。ウルトラセブンに出てきたガンダーかよ」

 勾導がすぐさま突っ込んだ。その発言にオスマンとコルベールは「しまった」と言いたげな顔を見せる。

「な、なんでもないんじゃ、なんでも」

「いや、おもっきし何か言おうとしたよな? アレか? ガンダムって言いたかったのかよ? な? な?」

「なんでもありません! 言い間違えました! オールド・オスマン、彼の紹介をお願いします!」

 コルベールが話を逸らすかのようにオスマンに言葉を振った。

「そ、そうじゃ。ミス・タバサの使い魔も平民だそうだが、ラインメイジであるヴィリエ・ド・ロレーヌをはじめとした複数の学生と闘い、全員に勝利した上で皆医務室送りにしたと聞いた! ……これだけの戦力が『破壊の杖』の奪還任務に志願してくれるのだ。きっとうまくいくであろう」

 オスマンの言葉に室内は沈黙する。それを了承と受け取るとオスマンは勾導と才人を含む志願者5人に体を向けた。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

「杖にかけて!」

 ルイズとキュルケとタバサが同時に唱和すると、スカートの裾をつまみながら礼をする。才人も慌てた様子で真似をしたが、勾導は欠伸を一つするだけだった。

 

 

 森の中を1台の馬車がゆっくりと目的地に向かっていた。その中には『破壊の杖』奪還任務に志願した5人と学院長に請われ現場までの案内人として随伴する事になったミス・ロングビル。そして―。

「諸君、僕が来たからには百人力だよ! 大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!」

 なぜかギーシュもそこにいたのだ。出発前、勾導が「助っ人を探してくる」と言って連れてきたのが彼だった。兵隊の人数は多ければ多いほど良い。勾導はそう思い彼に声をかけた。

 任務の内容を聞いたギーシュは最初一緒に行く事を渋った。杖の奪還が主目的だが、下手をするとフーケと対峙するかもしれないのだ。ギーシュのリアクションは当然のことであった。

 だが、そういう反応を見せる事を勾導は読んでいた。すぐさまこう言った。

「この任務で手柄を立てれば、モンモランシーだっけ? 彼女もお前を見直してよりを戻せるかもしれないぞ」

 勾導の言葉にギーシュは耳を立てる。

「本当かい?」

「ああ、間違いない。あの手の女の子には自分の男ぶりを見せつければイチコロよ! おいギーシュ、お前やれんのかっ! なぁ、やれんのか!!」

「……っ、やるっ!!」

 勾導の煽るような言い回しの熱にやられたギーシュは思わずそう答えた。

「ギーシュ、お前男だ!!」

 勾導も親指を天に掲げながら煽り立てる一方で、「作戦成功」と口元を歪めた。

 こうして勾導にまんまと乗せられたギーシュも任務メンバーに加わった。お調子者らしく浮かれた素振り全開だった為、他のメンバーは迷惑そうな顔を見せたが。

 その一方で、キュルケはさも当然のように馬の手綱を握るロングビルの姿を見て、思わず話しかける。

「ミス・ロングビル。御者なんて付き人にやらせればいいじゃないですか……」

「いいのです。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」

 にっこりと笑いながらそう答えたロングビルに呆けた顔を一瞬向けるが、キュルケは言葉を続けた。

「あなた、オールド・オスマンの秘書をされているじゃないですか? それなりの立場の貴族ではなかったのですか?」

「オスマン氏は貴族や平民だという事に、あまり拘らないお方です」

「差しつかえなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 だが、ロングビルはどこかはにかんだ様な顔を見せるだけであった。それを見て好奇心を更に刺激されたキュルケは、御者台に座った彼女に近付く。と、それを止めるようにキュルケの肩を掴んだ者がいた。ルイズである。

「よしなさいよ。昔の事をしつこく聞こうとするものじゃないわよ」

 その発言にキュルケは不機嫌そうな顔を見せる。

「なによ、ヴァリエール。暇だからおしゃべりしようとしただけじゃないの」

「ゲルマニアじゃどうか知らないけど、聞かれたくない事を無理矢理聞き出す事はトリステインでは良くない事だよ、キュルケ」

 2人の会話にギーシュも参加する。2対1となり、自分に分が悪くなったキュルケは、ふんと息を吐いて荷台の柵に寄りかかる。と、後ろを振り返り才人の顔を見ると、大きな笑みを作った。

「ねぇ、サイト。あなたの事を教えてくださらない?」

「お、俺?」

 突然話を振られた才人は驚く。

「あたし、あなたの事を詳しく知らなかったもの。どっかの誰かさんがあなたを束縛してるから。ねぇ、教えてくださらない? お願い」

 キュルケはいつの間にか才人の隣に座り、手を握った。その大胆さに才人は思わず顔を赤くさせデレっと表情を緩ませる。だが。

「わたしの使い魔に言い寄るんじゃないわよ、キュルケ!」

 ルイズが強い剣幕でキュルケに突っかかっていく。ルイズの態度を見て、さすがのキュルケもカチンときた。

「なによ、ゼロのルイズのくせに独占欲は人一倍ね。あの時、あなたがしゃしゃり出たせいでこんな事になったというのに……」

「宝物庫での事? あんた、自分から志願じゃないの」

「ちがうわよ。こんな事になった原因よ。あんたが壁を爆発させてひびを入れたから泥棒に秘宝を盗まれたじゃないの。しっかりと実力を身につけてからやりなさいよ」

 キュルケの指摘にルイズは唇を強く噛む。ふと、キュルケの放った発言を思い返す。『自分が壁にひびを入れた』。確かにそう言った。

 今、この場にはあの時いなかった者が2人いる。ロングビルとギーシュだ。ギーシュは別にどうでもいい。実際、キュルケの言葉に何の違和感を持っていないようだ。だが、ロングビルは学院長の秘書であり、フーケの情報を集めてくれた。すなわち事件にも深く関わっているも当然の人物だ。キュルケも自分の発言の迂闊さに気付き、顔を青ざめた。

 ルイズはおそるおそる御者台を見る。そこには顔をにこにこさせながらルイズたちを見つめているロングビルがいた。ルイズとキュルケは心臓を掴まれたような感覚に襲われた。

「あっ、あのっ、ミス・ロングビルっ! そ、その……、ごめんなさいっ!」

 椅子から立ち上がり頭を下げるルイズに対し、ロングビルは笑顔を崩さずに優しい口調で話しかけた。

「大丈夫ですよ、ミス・ヴァリエール。内緒にしてあげますから。それに、『破壊の杖』を取り戻せば万事大丈夫ですから」

 その言葉を受けてルイズは深い安堵のため息を吐く。そして、ロングビルに深い感謝をした。

 と、キュルケは馬車の一番後ろの座席に座る青と黒の主従に目を向けた。タバサと勾導の2人はいつも通り読書と音楽観賞を楽しんでいる。その姿にキュルケは溜息をついた。

「あなたたちは相変わらずねぇ。……あっ、そうだ。ねぇ、コウドウ」

 何かを思いついたのか、キュルケは勾導に話しかけた。

「ん?」

「あなたの事を教えてくれない? サイトは無理そうだけど、あなたはいいでしょ?」

「こっち来た時教えたじゃないか。日本から来たって」

「他にもよ。あなたのご家族についてやお仕事など。お願い。目的地まで暇すぎてしょうがないのよ」

「オレの話は暇つぶしの種かよ……」

 勾導はそうボヤくと、読書を続けるタバサを見た。すると、彼女は本から視線を外し顔を上げ、

「わたしも聞きたい」

 静かにそう言った。タバサ自身、勾導の事を深く知らない事を自覚していた。これは彼の事を知るいい機会ではないか。そうタバサは思い、珍しく進んで聞こうとした。

 勾導は面倒くさそうな顔をするが、諦めて話し始めた。皆勾導の話に耳を傾ける。

「ぶっちゃけ、オレんちの話しても面白い内容じゃねぇそ。そこらの一般家庭とたいして変わんないからさ。……そうだな、オレの家族は親父とお袋、そんでもって下に1人弟がいるんだ。……以上!」

「それだけかよっ!」

 才人が反射的に突っ込む。他の面子も「え~」と不満げな声を出した。

「もっと話す事があるだろ!」

「だってそんくらいしか話す内容はねぇよっ! 親父は普通のサラリーマンだし、お袋はただの兼業主婦だからよ!」

「俺の家もそんな感じだからなんとも言えないけどさ……。じゃあさ、勾導。お前どうしてあんなに強いんだよ? 日本に居た時、テレビで見た時からそう思ったけど。2メートルの大男をブン投げたり殴り飛ばしたりしてたけどさ」

「そんなの、日々のトレーニングの積み重ねだよ。言っちゃ悪いが、こっちに来てからもトレーニングはなるべく積んでるぜ。午後の授業に出ない時があるだろ? その時はトレーニングをやってんだよ」

「へぇ。どんな鍛錬を積んでいるんだい?」

 軍人志望であるギーシュが興味深げに尋ねる。

「日本に居る時は格闘技する人向けのフリースタジオがオレの住んでる所にあって、そこを利用する人達から打撃やレスリング、柔術を教えてもらっていたけど、ここにはそんなのないからな。普通に基礎練がメインだな。準備運動をした後、まず学院の周りを10周走る。そっから近くの森に行って腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ50回を10セットずつ。そして、4種類のスクワットをそれぞれ300回ずつやる。これらは絶対欠かさないメニューだな。そっからはその日の気分で日替わりで色々やる。例えば、シュヴルーズのおばちゃんに頼んで作ってもらった重さ420リーブルのバーベルでベンチブレスをやったり、そこらへんの木に打撃を叩き込んだり、人の重さほどある自然石を持ち上げたまま全力ダッシュしたり……。あっ、最近は身体にロープを巻き付けてシルフィードと綱引きやったりしたな。……オレのボロ負けだったけどな」

 勾導の語った内容に才人とギーシュは唖然とする。

「無茶苦茶な内容だ……。そんな訓練、軍人でもやらないよ……」

「まるで本物のプロレスラーが道場でやりそうなトレーニングだな」

「そりゃそうだ。プロレスラーになりたいんだから、できるだけレスラーのトレーニングメニューに近い内容をこなしてんだからよ。ちなみに、腕立てとかのやり方は全部新世界プロレス式で、若元一徹さんにやり方を教えてもらったんだぜ」

「『鬼軍曹』に聞いたのかよ! ……ホントにプロレスラーになりたいんだな、お前」

「才人、言ってなかったオレが悪いんだが、オレとっくにプロのリングに何度か上がってんだ」

 勾導の告白に才人は素っ頓狂な声を上げた。

「いくらなんでも嘘だろ! 本当だったらプロレス雑誌でとっくに紹介されてるだろ! お前すげぇ強いんだから!」

「『日本国内』ではデビューしてないんだよ、オレは」

「じゃあ、どこのリングに上がったんだよ?」

「メキシコ。そんでもってアメリカ」

「お前、なんで外国で試合してんだよ!」

「メキシコは高1の夏休みにバイトで稼いだ金で行ったんだよ。1ヶ月くらい。そこで色々あってネブラ・カサスと知り合い、彼の道場に住み込みさせてもらいながらルチャを教えてもらったんだ。昼はルチャの会場で屋台の売り子やって夜はネブラにルチャの基礎と技を教えてもらうって生活でな。んで、日本に帰る前にアレナ・メヒコっていうデカいアリーナでやる定期戦の前座でデビューさせてもらったんだよ」

「ネブラ・カサスって有名ルチャドールじゃないか! ラ・マヒストラルの使い手の! まさか、教えてもらったのかよ?」

「もちろん。オレの使うラ・マヒストラルは直伝で、そう簡単には返せないぜ」

「すげえ……」

「で、アメリカは高2の時に交換留学で1年行ったんだよ。フィラデルフィアによ。色々あったぜー。ジョックどもの洗礼とか。まっ、舐めた事したヤツらを速効叩き潰してやったら周りが認めてくれたけどよ。そのおかげで『オーバーマン』なんて呼ばれたなぁ……」

「どこ行ってもブレないな、お前は……」

「で、小遣いを稼ぎたかったから高校のアメフトチームの助っ人やってたんだよ。主に相手をスープレックスでブン投げるのが仕事だったけど。突っ込んできたヤツにカウンターでフランケンシュタイナーかましたりもしたな」

「もうアメフトじゃない……」

「その様子を見た地元のプロモーターに、「レスラーが足りないから出てくれないか」って言われたんだ。さすがに最初は渋ったけどさ、あまりにしつこかったんで出たんだよ。学プロとルチャム―ブしかできなかったけど」

「留学してプロレスやるって普通は無いぞ……」

「まっ、やって良かったけどね。あと、向こうの夏休みは日本より長いから長期の巡業(サーキット)について行ったりできて、インディー系の有名人にたくさん会えたからさ。彼らにたくさんアドバイスもらったし。そしたら偶然カイザーが遠征にやって来たんだ」

「カイザーって、超帝スーパーカイザーかよ! テレビでよく見る覆面レスラーじゃん!」

「うん。最初はメチャクチャ怒られたよ。『素人の高校生がリングに上がるな!』って。でも、体と試合を見てもらったら、本気でレスラーになりたいって理解してもらって『もし、本気でレスラーになりたいなら日本に帰ったら連絡しろ』って言われたんだ」

「で、連絡したのかよ?」

「当然だろ。そしたら、今年の春休みに東京の上野毛にある道場で新弟子さん達に混じって練習に参加したんだ。もう、練習がキツ過ぎて何度も吐いたし、血のションベンも出した出した。そんでもって、夏休みにもカイザーからお呼びがかかって1ヶ月みっちりシゴかれたよ。基礎練、受け身、ロープワーク、グラウンドワーク、スパーにチェーンレスリング、打投極の練習、掃除、洗濯、ちゃんこ作り、カイザーのフィギィア作りのアシスタント……。いろいろやったなあ」

「いや、最後の方全部雑用じゃん! もっと言えば最後のヤツなんか完璧パシリみたいなものじゃん! ……でもさ、その話の流れからしたら、お前完璧に新弟子扱いされてるよな? 向こうはお前を入門させたものだと思ってる様にしか聞こえないぞ」

「どうだろうなぁ……。オレ、身長165しかないからヘビー級なんて無理だし。ジュニアヘビーでしか使い道がないからなぁ。ぶっちゃけ、今格闘技に人気奪われてプロレス業界不況だから進んでプロレスに行きたがる奴が珍しかっただけじゃないのかな。一応入門テストの日程教えてもらったけど、こんな事になっちゃったからなぁ……」

「……ごめんなさい」

 勾導の言葉を聞いてタバサは申し訳なさそうに言った。故意ではないとはいえ、いつ帰れるか分からない場所に召喚をして1人の少年の夢を潰してしまったのだ。

 声に力の入っていないタバサの声を聞いて、口を滑らせた事に気付いた勾導は慌てて弁明した。

「あっ、大丈夫だよタバサ。この世界も楽しいからさ。帰ればチャンスなんていくらでも転がってるし! ……とにかく、オレは海外だとプロのリングに上がってるけど、実質プレデビュー止まりみたいなもんだ。日本だと学プロのリングしか上がってないから。要するに、オレは日本のしっかりした団体に入門して訓練を積んだ上で正式にデビューしたいのさ。なんにせよ、プロレス1本で食っていきたいからさ」

 勾導の説明を聞いた皆は、彼の強さに納得する。ハルケギニアの人間はプロレスというものを良く理解できなかったが、才人の驚きようを見て勾導のやってきた事が凄まじいものだと感じた。

 勾導の強さの理由を知った才人であったが、彼にはまだ気になっている事があった。

「あっ、そうだ。勾導、あれはなんなんだよ、お前の『砥ぎの技術』! あれどうやって身に付けたんだよ?」

 勾導の持つその技術は普通の学生が持つものではない。その高い技術を間近で見た事のあるキュルケ達も興味を覚えたのか聞きたそうな顔を見せる。

 勾導は溜息を一つつくと語り出す。

「あれはオレんちに代々受け継がれてきたものだよ。第一、『砥ぎ』だけじゃなく『鍛造』もできるぞ、オレ。……鍛造に関してはヘボ過ぎてジジィに褒められた事ないけどよ」

「ジジイって?」

「うちの父方の爺さんだよ。田舎の隅っこで包丁から刀までいろいろ造っていて、そのせいでガキの頃から鍛冶の技術を叩き込まれたんだよ。『何千年にも渡って代々受け継がれた技術はこれからも伝えないといけない』とか言ってよ……。話盛り過ぎだっての」

「何千年!」

 勾導の言葉に一同は驚いた。

「いくらなんでもそれはないだろ! 何千年って!」

 才人が皆を代表して思った事をぶつける。

「オレだってホントの事だとは思ってねーよ! ただでさえオレんちはおかしな出なんだし!」

「おかしいって、どうおかしいの?」

 キュルケが聞いてくる。

「うちのジジイが言っていたけどオレんち、明治維新が起きた前後で……、あぁ、タバサ達は分かんないか。えーと、今から150年くらい前かな。それまで山ん中で生活していたんだ」

「山の中?」

「ああ。『山窩』『道々の輩』『山の民』……いろんな言い方があるけど、わかりやすくまとめると日本全国の山々を駆け巡る漂泊民族の一員だったんだよ」

「『山の民』? そんなの学校の授業で習ってないぞ」

「どっちかっていったら民俗学の分野だからな、こういう話は。でだ、漂泊民族ってのは早い話流動する住所不定者どもの集まりだ。当然その流れに集まってくるのは市井の生活に馴染めなかった連中で、行く先々でそういった連中を吸収していったんだ。でさ、そいつらってなんかしらの『技術』や『一芸』に秀でたヤツが多かったみたいで『山の民』はその技術を吸収し、それをより高い次元に昇華させていったんだってよ。ジジイ曰く」

 勾導の説明を聞いたルイズは、どこか胡散臭い話を聞いたように眉間にしわを寄せた。

「なによ、それ。山賊の集団と対して変わらないじゃないの、あんたの一族」

「まあ、他所の集団にはそんなヤツらも居たらしいけどな。おかげでオレの一族も同じ奴らと思われてひどい目にあったみたいだし。当時の天皇家に『諸国往反勝手』の権利をもらって諸国を自由に行き来できたけど、江戸時代になって民衆統率をしたい幕府に睨まれた為山狩りされたり、他所の国に行く為に関所破りをする事も日常茶飯事になったそうだし」

「じゃあ、あんた達はなんのために山を駆け巡っていたのよ!」

「『自由のため』だったらしいぜ」

 勾導はそう返した。

「いつの時代、普通の生き方ができないヤツが出て来る。そいつらは周囲とは違う異端者として無理矢理抑えつけられて矯正される。だが、心の底には決して止まず渇望をするものがある。それが『自由』だ。『山の民』をはじめとした漂泊民族は『自由』という概念を守る最後の灯火であり、体現者だったんだ。『上ナシ』、その理念を胸に抱いてな」

「『上ナシ』って?」

「自分達の上には何人の存在も認めない、支配者を認めない、自分の才覚と身体一つで生きていく。例え、その生き方を貫いた結果命を失う事になろうと自分の勝手だ。上から抑えつけられるような狭っ苦しい生き方なんてできやしない。もし、自分達を押さえつける奴が現れるなら、全力で立ち向かう。それが『上ナシ』の心情であり理念だ」

 勾導の言葉にギーシュが反応した。

「僕達貴族の生き方とは真反対だね。僕らは貴族の誇りを大切にするけど、君のご先祖は自由を大切にした。正直、このハルケギニアでその気持ちを持ったまま生きるのは難しいだろうけど」

「まあ、そうだろうな。この世界の支配者階級って平民統率に力を入れてるようだし。でもな、お前らが知らないだけで、きっとこの世界にも『山の民』みたいな連中がいるはずだぜ。どこの世界にも本道を進めないヤツが居るからよ。異人、身障者、忌み子、果ては亜人に『まつろわぬ者たち』。そんな連中を受け入れ、血を交わらせてるヤツらがどこの世界にも居ると思うぜ」

 勾導の説明に皆は黙り込む。明らかに自分達ハルケギニアの人間には思いつかない価値観だと感じた。正直、理解できない部分もあった。享楽主義者のキュルケですらそう思った。『自分の生き方を貫く為に支配者の存在を認めず、我を貫き通して生きていく』、そんな集団がハルケギニアに存在したら、真っ先に『王家に従わない危険集団』と認定され、攻撃されるに違いない。だが、彼らは真っ向から支配者層に立ち向かうだろう。勾導の持つ『砥ぎの技術』に匹敵する多くの『技術』を持って。

 そう思考の海に沈んでいると、ロングビルがぽつりと呟いた。

「……ハルケギニアにも、いるのでしょうか。……世界から外れた人を笑顔で受け入れてくれるような人達が」

 どこか、何かを乞う様な寂しい声色だった。

 勾導は、その問いかけに答えた。

「いるんじゃねーの。世界は広いんだから。縁があれば出会えるんじゃねーの」

「そう、ですよね。……きっと、そうですよね」

 ロングビルは自分に言い聞かせるように呟いた。

 

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