Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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18:覚醒(後編)

 

 数時間後、森の深部に近付いた為、一行は馬車を降りて徒歩で目的地に向かう事になった。歩くこと十数分、一行は開けた場所に出た。だいたい、学院の中庭ほどの広さだ。その中心部に、古い小屋があった。例の猟師小屋であろう。7人は森の茂みに身を潜めたまま小屋を見つめる。

「わたくしの聞いた話ですと、フーケはあの中にいるという事です。きっと、盗まれた『破壊の杖』と『魔法を切断する剣』があるはずです」

 ロングビルが小声で説明した。

 すかさずタバサが小屋に向かって杖を振った。『ディティクト・マジック』だ。唱えて数十秒後、タバサは首を横に振って「小屋にメイジはいない」と言った。

 その報告を聞いた皆はゆっくりと小屋に近付く。小屋にはメイジがいない事が確定した。そこには、盗まれた『破壊の杖』やデルフリンガ―も小屋の中にあるだろう。この任務は『秘宝の奪還』が主目的だ。フーケがいないのなら、任務達成のハードルが限りなく低くなったと実感する。だが、相手はフーケだ。何か罠を張っているに違いない。皆は相談を始める。タバサが率先して作戦を立案した。内容はこうだ。

 偵察役が小屋に罠が張っていないかを確認した後、小屋に侵入して秘宝とデルフを取り戻す。他の皆はフーケが帰ってこないかを見張り、帰ってきたら小屋の中の偵察役に報告。偵察役が脱出した事を確認したら急いでこの場から離脱。何度も言うが、この任務はあくまでも『秘宝の奪還』であり『盗賊の捕縛』ではないのだ。

「で、誰が偵察役をやるんだ?」

 才人の問いかけにタバサが答えた。

「すばしっこいの」

 その言葉に合わせて才人以外の面子が才人を見た。

「俺かよ」才人は溜息をつく。

「素早いのはお前しかいないだろうが。オレが持ってきた武器があるだろ。それでルーンを発動させな」

 勾導の言葉を聞いた才人が皮手袋を装着すると、左手が光り出した。ルーンが発動したようだ。

「それじゃ、中に入るぞ」

「でしたら、私は辺りを偵察してきます」

 才人の言葉にかぶせるように、ロングビルがそう言って皆から離れようとした時だった。

「待てよ、姉ちゃん」

 ロングビルの行動を潰す様に勾導が言を刺した。

「な、なんでしょうか」

 勾導は目を細めながらロングビルを見つめた。

「どうして、あの小屋に『魔法を切断する剣』があるって知ってんだ?」

「それは、宝物庫の壁に書かれた犯行サインに記されていたからですよ」

 勾導の問いかけにロングビルは髪を掻き上げながら答えた。

「ふーん。あの壁って確か『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ 追伸 魔法を切断するマジックアイテムも頂きました』って書かれていた気がしたけど。剣なんて一言も書かれてなかったぞ。そうだよな、タバサ?」

 タバサがこくりと頷く。キュルケ達も「そう言えばそうだったわね」と相槌を打った。

 すぐさま、ロングビルが返した。

「そ、それは現地調査の際に、付近の農民が「筒の様な物と大きな剣を持った怪しい人間がいた」と言っていたからですよ。宝物庫の壁の文と一緒に考えてしまいました。申し訳ありません」

 ロングビルの反論を聞きながら勾導は辺りを見渡した。

「そうかい。……この国の農民って夜目がメチャクチャ利くんだね。夜中にランプの明かりすら頼りにならなそうな深い森でコソコソしている人間の姿を把握できるんだから。おまけに、学院からここまで結構な距離があったけど、朝方出発して往復できるほどの速さの馬がいるなんて信じられないよ」

「……なにが言いたいのですか」

 ロングビルの声が一段低くなった。敵意すら感じる声色だった。

「宝物庫で会った時から気になってたんだよ。あまりにも所要時間が少ないのに場所などの欲しい情報をほいほい持ってきてくれるんだからさ。まるで、『リアルタイムで現場にいた』みたいでよ。……正体現しな。あんたが『土くれのフーケ』だろ」

 勾導の発言に皆が驚きの声を上げた。

「ミス・ロングビルが土くれのフーケですって!? 信じられないわ!!」

「コウドウ、いくらなんでも発想が突飛過ぎるよ! こんなにきれいな女性が大泥棒の訳がない!」

「あんた、適当なこと言ってるんじゃないわよ!」

 皆が勾導の推理を否定する。

「私がフーケ? 面白い冗談を。証拠はどこにあるのですか?」

 ロングビルは馬鹿にするように勾導に言う。だが、勾導はどこ吹く風なのか。淡々と返した。

「証拠? そんなのデルフ持ってくればいいだけだろ。どうせ小屋の中にあるんだし」

 皆があっと声を上げる。

「そうか! その手があった! きっとデルフも中にあるはずだし!」

「ずっと握られていたんだから、きっとフーケの声と顔を見てるはずよ!」

 勾導の案に皆が乗った。だが。

「待ってください! インテリジェンスソード(・・・・・・・・・・・)の証言なんて当てになりません!」

 ロングビルが大声で否定する。そして、その言葉を聞いて勾導は口を吊り上げた。

「あれれー? オレ達、『デルフがインテリジェンスソード』だなんて一言も言ってないのに、なんで『インテリジェンスソードだと知ってる』の? おっかしーなー」

 勾導の指摘にロングビルの顔から汗が滝のように噴き出る。なにか言いたげに口をパクパクしながら、小屋から足を遠ざけ始めていた。

 だが、この男はその仕草を見逃さない。

「なーんか、『この場からとっとと逃げだしたい』って態度を見せまくりだねー。……逃げようとするんじゃねぇよ、姉ちゃん。」

 勾導の指摘を聞き、ロングビルは静かに彼を睨む。他の皆も黙り込み、この局面をじっと見つめていた。才人が、「デルフを取ってこようか?」と聞くが勾導は首を横に振った。

「取りに行かなくていいよ。デルフがなくても判断できる方法があるからよ」

「……なんでしょうか?」

 じっと目をやる勾導を警戒するようにロングビルが低い口調で返す。

「ここに来る前タバサに聞いたんだけどさ、インテリジェンスアイテムって籠められた魔力が大きいから、常に余剰魔力を放出しているんだってよ。で、その魔力を間近で浴びると、人間の体に影響を与えるんだとよ」

「ど、どんな影響だよ……」

 不安そうな声を上げる才人を一度見て、勾導は一呼吸おいた後に低い声で言った。

 

「デルフリンガ―を握った女はその魔力の影響で胸が大きくなり、男はチンコがズル剥けになる」

 

「えっっっ!?」

「勾導、嘘だろ!?」

 ルイズが、キュルケが、タバサが自分の胸を触り、才人は自分の股間を見て確認をした。

 状況の飲み込めないギーシュは、「一体何やっているんだ?」と言いたげな顔をしていた。

 そんな彼らに勾導は静かに言う。

「ああ、嘘だぜ。でもよ、間抜けは見つかったようだ」

 勾導が前方を指差したその先には、驚愕の表情で自分の胸を触っているロングビルの姿があった。その姿を見て皆は「あっ」と声を上げる。

「どうして……、ミス・ロングビルはデルフを知らないっていっていたのに……」

「あたしたちと同じ反応をするなんて……」

「彼女が『土くれのフーケ』」

 女子たちがロングビルを驚いた顔をしながら見つめる一方、

「勾導、もっとマシなあぶり出しの言い方はなかったのかよ……」

 才人が顔を赤くしながら勾導に抗議する。

「しょうがないだろ、あの場で思いついた騙しのフレーズがアレだったんだから。まっ、典型的な騙しだったが通じて良かった良かった。サンキュー承太郎&アラーキー先生。……ってか才人、お前ホーケーかよ。どうせ皮オナばっかしてっからいい年して仮性人なんじゃねーの?」

「してないって! 殴るぞ!」

 勾導と才人の低俗な言いあいを聞いたギーシュは、

「君達、こんな時に下品すぎるよ……」

 と、もっともな感想を呟いた。

 その時、くつくつと押し殺した笑い声が聞こえてきた。ロングビルからだ。その声を聞きながら、皆は杖を構えて警戒をする。

 ロングビルが肩を震わせながら言葉を漏らす。

「……猫かぶるのは、止めにしますか」

 そう言うと眼鏡を外す。その目つきは、先ほどのまでの優しそうな眼差しとは打って変わり、猛禽類のように吊り上がっていた。これがロングビル、いや『土くれ』のフーケ本来の姿だと皆は悟った。

「どうだい、姉ちゃん。普段は他人を騙してばっかのようだけど、こうやって騙される気分は?」

 勾導が笑みを浮かべながらフーケに話しかけ、彼女も唇を歪めながら返す。

「『最悪』だね。それも、こんなくだらない手に引っかかってしまった事が尚更ね。あんたのせいで計画がパーになっちゃったじゃないか」

「計画?」

「私ね、『破壊の杖』を盗んだのはいいけど、恥ずかしい事に使い方が分からなかったのよ。振っても魔法をかけても全然それっぽい反応を示さなくて困ってたの。使い方が分からないんじゃ、馴染みの盗品商に売りたくても売れないしね。おまけのつもりで奪ったあのうるさいインテリジェンスソードも錆び錆びだからたいしたお金にはならないし……。そこである計画を思いついたの。あなた達にこれを使わせることで、正しい使用方法を知ろうと思ったのよ」

「待ちなさいよ、わたし達も使い方なんて知らないわよ! 第一、『破壊の杖』の姿自体見た事ないのだし!」

「あたしは見た事あるけどね。変な形で、とても杖には見えなかったけど」

「そうみたいね。だから、適当にゴーレムをけしかけてこの場から追い払おうと思ってたのよ。実際、あなた達のお陰で盗めたようなものだから無事に帰してあげようと思ったけど……。私の正体を知ったからには無理ね」

 フーケの口元が怖いくらい冷たく歪んだ。

 

「ここで踏み潰してあげる!!」

 

 いつの間にか詠唱を終えていたのか、フーケの足元の地面が大きく盛り上がると、巨大なゴーレムを形作った。その姿を確認すると、フーケは森の中へ逃走した。後始末はゴーレムに任せるつもりなのだろう。

「うわぁぁあぁぁっっ!」

 その歪な姿を初めて見たギーシュはパニックに陥り、大声で悲鳴を上げた。それでも、杖を振ってワルキューレを3体生成するとゴーレムに向かわせる。だが、ゴーレムはそれを意に反さず手を振るって小屋ごと弾き飛ばした。小屋のあった場所には大量の砂埃が舞い上がり、その中から驚いたような声が聞こえてくる。デルフリンガ―だ。

「デルフっ!」

 才人が砂埃を掻きわけながらデルフを探す。デルフも才人が側にいる事に気付いたのか、

「相棒、ここだ!」

 大声を上げながら自分のところへ才人を誘導する。その甲斐もあって、才人はデルフを壊れたチェストの中から回収する事に成功した。

「相棒、ありがとうな。一人ぼっちでさみしかったよ」

「そんなこと言ってる場合かよ! フーケが襲ってくるんだぞ!」

 急ぎ、この場から撤退しようとする才人に向かって再びゴーレムが向かってくる。距離はまだあるが、その威容に呑まれてしまい才人の足はガクついていた。昨夜と同じような状態だ。気をしっかりさせようとデルフが大声で叫んでいるが、才人はゴーレムをじっと見つめたまま動かない。もう終わりだとデルフが諦めてしまいそうになった時だった。

「オラァッ!」

 勾導が大急ぎでやって来たかと思った次の瞬間、才人の額にヘッドバットを叩きこんだ。突然襲いかかってきた鈍痛に才人は頭を押さえた。涙目を作りながら抗議をする。

「な、なにすんだよ!」

「それはオレが言いたいわ! 死ぬ気か! 早く逃げるぞ、タバサがシルフィを呼んだ!」

 勾導と正気に戻った才人は逃げだす準備を始める。と、勾導の目に入りこんだ物があった。

「これはなんだ?」

 疑問の声を上げる勾導にデルフが答える。

「ああ、これは俺と一緒に盗まれたヤツだよ。確か、『破壊の杖』とか言っていたな」

 勾導と才人がそれを見た瞬間、驚愕の形相を見せる。

「お、おいっ。これ本当に『破壊の杖』かよ! でも『本物』みたいだし……」

 才人が驚いたような声を上げる。間違いない。『これに似たものを子供の頃、テレビ番組で見た事がある』。何故これがこんなところにあるのかはこの危機から脱出してからだ。

 一方、勾導の反応は少し違った。

「……なんでこんなとこに『これ』があるんだよ。というより、『これ』が『本物』ってどういうことなんだよ……。ある意味『本物って概念がないもの』だぞ! これは!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろっ! ゴーレムが来る!」

 そんな事を叫ぶ勾導を今度は才人が落ち着かせようとする。勾導も我を取り戻し、2人は大急ぎで小屋から離れた。間一髪だった。2人が離れた瞬間、ゴーレムの大きな足が瓦礫に塗れた小屋の跡を踏み潰した。その足が上がると、形を維持した瓦礫は一つも残っていなかった。

 才人が唇を噛み締める。そこへ、キュルケ達も合流してきた。

「どうするんだよ……。フーケは俺達を絶対逃がさないだろうし……」

「ねぇ、シルフィードを呼んだのなら、このまま学院に逃げない? 『破壊の杖』も回収したことだし」

 キュルケがその後に続く。だが、

「嫌よ!」

 ルイズが真っ向から否定した。

「わたし達は貴族よ! 敵から逃げるなんて貴族じゃないわ!」

「ルイズの馬鹿! 今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ!」

 キュルケはいつものようなからかう素振りを一切見せず、真剣な声でルイズを止めようとする。だが、ルイズには届かない。真剣なまなざしでゴーレムを睨んだ。

「あのゴーレムを倒せば、フーケを捕まえれば、誰にも『ゼロ』なんて馬鹿にしない! わたしがあいつの相手をする!」

 そう叫びながら杖を振って魔法を唱える。杖の先から出たのはいつもの様な失敗時の産物である爆発。それが幸運か不運か、ゴーレムに直撃したが表面の土がいくらか砕け散っただけであった。だが、その程度の攻撃でもゴーレムの敵意を確定させるのには充分だったのだろう。巨大な土人形はまっすぐルイズに向かって行った。

「あの馬鹿っ!」

 才人が吐き捨てるように叫ぶと、ルイズを救出に向かう。勾導も「お前も馬鹿だっ!」と叫び加勢に向かおうとしたその時、辺りが真っ暗になった。空を見上げると、シルフィードに乗ったタバサがいた。

「大丈夫?」

「オレは大丈夫だ。だけど、あの馬鹿主従がヤバい。タバサ、シルフィで助けに行ってくれ。キュルケ、ギーシュ、お前らもシルフィに乗って援護してくれ!」

「コウドウ、あなたはどうするの!」

「オレはフーケをとっ捕まえてゴーレムを止めさせる!」

 勾導の宣言に皆が驚く。

「危険だ! 相手はあんなに大きなゴーレムを練成できるんだよ! フーケのランクは少なくともトライアングルだ!」

「ド・ロレーヌのような名ばかりラインメイジとは訳が違うのよ!」

 キュルケ達の自制を求める声を遮る様に勾導が喚く。

「お前らの魔法だってゴーレムに効かなかっただろっ! ……今この中で自由に動けるのはオレだけだ! 接近戦に持ち込んだならヤツには負けない! だから、お前らはあの馬鹿2人を助けに行ってくれ!」

 勾導がそう言ってフーケが逃げた方向へ駆けようとしたその時、ずっと黙っていたタバサが口を開く。

「メイジを甘く見ない事。……危ないと思ったらすぐに逃げて。」

 その言葉を了解と捉えた勾導は持っていた『破壊の杖』をシルフィードの背に置くと、フーケの追跡に向かった。

 その後ろ姿をタバサは、じっと見つめた後、シルフィードに2人を助けるよう命じた。

 

 

 勾導は森の中を駆けていた。正直、フーケの逃げた方向に走っているだけの為、フーケの今いる位置は分からない。だが、勾導は理解していた。フーケは自分を追っている者がいる事を把握していると。

 さらに駆けると、先ほどの広さはないが開けた場所に出る。その広場の中央に緑色の髪をなびかせるフーケがいた。追手がメイジの学生ではなく平民の勾導だったのが意外だったのか、一瞬驚きの顔を見せる。

「探したぜぇ……。姉ちゃんよォ……」

 全速力で追っかけていたので、勾導は肩で息をしながら声をかけた。

「ふーん。あんたが来たんだ。平民なのにメイジに挑もうなんて勇気があるわね。それとも、学院でメイジに勝ったから、わたしにも勝てるって思っているのなら随分と舐められたものね」

 フーケは眉を吊り上げながら杖を構える。速攻で終わらせるつもりだ。と、

「ちょい待って。……ここまで全力ダッシュできたんだからさ、息を整える時間くれない?」

 勾導が両手で『タイム』の形を作りながら、そんな事をほざく。自分の想定外の、それもどこか脱力してしまう内容の言葉を聞いたフーケは怪訝とする。

「あ、あんた何しにここに来たのよ! 馬鹿じゃないの!?」

「待ってよ……、頼むからさ……。マジで疲れてんだから……。ちょっと申し開きしていい……?」

「……なによ」

「オレの住んでた場所ってさ、顔色の悪い総統が毎日遊星爆弾を落としてくるから地上はまともに暮らせなくなったんで地下で生活していたんだよ……。周りは土とコンクリばかり、緑は一切ない空間ですよ……」

「……」

「ここに召喚されて辺りを見ると周りは緑、緑、緑の園! 嬉しくなって思わず全力で駆けちゃったのよ……。馴れないもんだからさ、力の使いどころをミスっちゃったんだよ……」

「……」

「だからさ、ちょっとだけ息整える時間くれない……? 後生だからさ……」

「あんた……。そんな状態のくせにわたしを捕まえにきたのかい……? なんかそこまで消耗してる奴にムキになるのも相手するのも馬鹿らしくなったわ……」

 勾導の消耗しきった状態を見て完全にあきれ返ったフーケは無意識の内に杖を降ろす。

 その瞬間を勾導は待っていた。

「まっ、嘘なんですけど」

 そう言うや否や大地に足を一気に踏みつけて震脚を発動し、瞬きをする間もなくフーケに接近し、右肘を叩きこむ。だが、勾導の前に土の壁が現れ、エルボーは壁に塞がれてしまった。

「舐めんじゃないよっ!」

 フーケが激昂と共に自身の拳を土壁にぶつける。すると土壁がフーケの拳に吸着し、大きな鉄製の手甲に練成され勾導に襲いかかる。

 土壁に攻撃を塞がれた時点で勾導は自身に向かってくる危機を察知し、肘を引っ込めるとすぐさま垂直飛びを行い、両足をフーケにぶつけた。

 フーケの『鉄拳』と勾導の『ドロップキック』がぶつかりあった結果、互いの放つエネルギーが行き場を無くしたために耳に響く衝突音と共に2人は弾き飛ばされる。しかし、2人は受け身をうまくとるとすぐさま目の前の敵に向かって行った。

「このおっ」

 フーケが杖を振るうと大量の石礫が襲いかかってきた。勾導はそれを難なくかわす。使い手は違うが、何度も喰らってきた魔法だ。発動する瞬間の事象と詠唱内容から先読みができるようになっていた。

 一気に距離を縮めるため、再び奇襲じみた攻撃を勾導は実行した。前方へ大きくジャンプして右方向へきりもみ回転しながら右足で大きな扇を描くように振り上げ、かかとの部分でフーケの後頭部を蹴り飛ばそうとする。フライング・ニールキックだ。

 放つ際、タバサが言った言葉がよぎった。『危ないと思ったらすぐに逃げて』という言葉が。だが、勾導は『チャンスは今しかない』と思い、攻撃を実行した。だが、その僅かな心の揺らぎは幾分か隙を生じさせてしまった。

「甘いねっ!」

 そう叫ぶとフーケは杖を振って土でできた腕を地面から生やし、それはすぐさま勾導の足を掴んだ。『アースハンド』だ。

 勾導はそれから逃れようと体を揺らすが、それは無駄な行動に終わる。土腕は勢いよくその(かいな)を振るい、勾導を地面に叩きつけた。もちろん受け身をとったが、プロレスのリングマットとは違い固い地面が相手だ。全身に耐えがたい衝撃が襲いかかり、数秒間意識を宙に飛ばしてしまった。

 意識が戻った瞬間、勾導はフーケの顔を見た。サディスティックな笑みを浮かべながら次はどう痛めつけてやるか考えているようだった。

 再び、勾導を捕える土腕が振るわれる。先ほどとは違って今度は顔面から地面に衝突した。覚悟はできていたので、意識は飛ばなかった。だが、痛みは体の芯まで届いた。

 と、土腕が動き、勾導はフーケと向かい合う形になった。フーケは全くの無傷、勾導は顔が土と血に塗れていた。

 フーケが勝ち誇った声色で話しかける。

「わかったかい、坊や。これがトライアングルメイジの力さ。あんな決闘ごっこで満足するようなガキどもとは格が違う事を体で体験した感想はどうだい?」

 勾導の返答は手の中に仕込んだ砂を投げつける事だった。それをまともに浴びたフーケの注意が逸れた事を確認すると、勾導は拘束されていない足をフーケの側頭部目掛けて振り上げた。一撃でフーケの意識を刈り取るべく放たれたハイキックだったが、片足が不安定な状態だったことと砂を浴びた際にフーケが体をのけ反らした事で空振ってしまう。

「ド畜生がっ!」

 怒りの形相でフーケは勾導の胸を殴った。手甲が装着されたままなので女性とは思えない固く重い一撃が勾導の胸骨に亀裂を入れる。

 それでも勾導は諦めず自由の効く足を振るうが、フーケは土腕を操って蹴りの軌道を逸らし、うざったくなったのか残った足も土壁で拘束した。そして、

「平民がメイジに敵う訳が無いんだよォォォォォッッッ!!」

 フーケの拳の乱打が勾導を襲う。肉に、骨に、内臓に。勾導もそれに耐えて肘を振るおうとしたができなかった。土腕は勾導の両腕も捕えてしまったからだ。

「これでっ、トドメだァァァァァッッッ!!」

 新たに練金した土腕は鉄で出来ており、それは有無も言わさず勾導の体の真ん中を真っ直ぐ殴った。その衝撃と勢いは、勾導の体を拘束していた他の土腕を無理矢理振りほどき、そのうちの何本かは手首ごと砕かれてしまうほどだった。

 広場の端まで吹き飛ばされた勾導は呻き声さえあげる事も出来ず、うずくまったままであった。意識があるのかどうかさえ分からない。

 フーケは勾導のその姿を見て、「やり過ぎた」と若干後悔の感情を見せるが、首を振ってその考えを捨てた。最初から始末しようと思い、実行しただけだ。その感情を見せるのはただの『甘え』だ。そう自分に言い聞かせる。

「……あんたが、わたしの正体に気付いたからこうなったんだよ。……ごめんね。わたしは生きなくちゃいけないんだ」

 そう零すとフーケはゴーレムを制御下に置く為に元の場所へ戻っていった。

 勾導の背中がほのかに赤く輝いている事には気付いてはいなかった。

 

 

 ここは魔法学院の学院長室。重厚な造りのセコイア製のテーブルに肘かけながらオスマンは水煙管をふかしていた。いつもなら、ここでロングビルが「健康管理のため」と言いながら取り上げるが、彼女はここにいない。これ幸いとばかりに彼は煙管から溢れる香りを楽しんでいた。

「しかし、皆早く帰ってこないかのう……。正直なところ、フーケに挑むなどという無茶などせんでいいから……。のう? モートソグニル」

 オスマンは机の上でナッツを齧っている小さなハツカネズミに話しかける。ネズミは肯定するようにちゅうちゅう鳴いた。

「そうかそうか。お前もそう思うか。なになに、はやくミス・ロングビルの下着を覗きたいだと? この好き者め! わしもじゃ!」

 自分の秘書がフーケだという事を知らずに、そのような呑気な会話をしていると、ドアが勢い良く開かれ、コルベールが血相を変えた表情で入ってきた。 

「オールド・オスマン!」 

「どうしたんじゃ一体。まさか、志願隊に何かあったのかね?」

「いえ、まだ彼らから報告はないのですが……。それよりも、王宮より緊急の通告です!」

 コルベールの手には手紙があり、封筒の表には王宮からの証明である花押と、『緊急』の文字が書かれていた。

「なんじゃ一体……。どうせ、いつものように小事を大事の様に騒いでるだけじゃろうに……」

 ぶつぶつ呟きながら封を開ける。そこに書かれている中身を目に通したオスマンの目が大きく見開かれた。

「こ、これは……」

「い、一体何が書かれてあるのですか? オールド・オスマン」

 コルベールが急かすのを無視しながら、オスマンはゆっくりと一文字一文字間違いが無いように手紙の内容を紡いだ。

「……数日前、王都周辺の村で『揺らぎの鏡』が確認され、多数の村人がそこから現れたモノの犠牲となったそうじゃ……」

 オスマンの言葉にコルベールは驚愕する。

「『揺らぎの鏡』ですと!? そんな、まだあれが発生する周期ではないはずですぞ!」

「周期なんぞ、人が勝手に決めたものじゃ。相手がこちらの都合に合わせる訳が無かろうて。……続けるぞ、今回、鏡から現れたのは2体の亜人で、そのうちの一体は魔法衛士隊が犠牲を出しながらも倒したとの事じゃが、もう一体はこの魔法学院の方角に向かって逃げたそうじゃ」

「そ、そんな……」

 コルベールは声を詰まらせてしまう。

「とにかくじゃ、もし『アレ』がこの魔法学院に襲いかかってくるのなら、わしらは全力で生徒達を守らなくてはならない。コルベール君、急ぎ全教師を招集してくれ」

「はっ!」

 コルベールが部屋から出ていく姿を見ながら、オスマンは破壊の杖の奪還任務を志願した皆を案じる。もし、『アレ』が彼らを襲いかかったのなら、ただでは済まない。例え、ガンダ―ルヴがいても大丈夫とは言い切れない。それだけ『アレ』は危険な現象なのだ。

 オスマンが彼らに今できる事は、彼らが遭遇せず無事に帰ってくる事を祈るのみだった。

 

 

 場面は勾導がタバサ達と別れた直後に戻る。才人は単身でゴーレムに挑もうとしているルイズに向かっている。

 状況は最悪だ。

 ゴーレムがルイズを踏みつぶそうと足を大きく上げているのに、ルイズは先ほどの才人の様に固まったままだった。それを見た才人は無我夢中で駆けた。左手のルーンがそれに呼応するように輝き、才人は疾風となる。

 ルイズは後悔した。勢いに任せてゴーレムに立ち向かったものの、自分が出来る事は何一つなかった。

結局自分がやった事は、周りに迷惑をかけただけだったと悟る。

 ルイズの視界いっぱいにゴーレムの足裏が広がった。体は恐怖で硬直してしまい、少しも動けない。もう終わりだと思い、ルイズは目先の恐怖から逃げだす様に目をつぶった。

「ルイズ!」

 疾風となった才人がルイズを抱きかかえ、そのまま駆ける事によってゴーレムの攻撃範囲から離れる事に成功した。

 何が起きたのか理解できていないルイズはぽかんと才人の顔を見ている。だが、才人はそんな彼女に向かって突き放す様に叫んだ。

「死ぬ気かよ、お前! 死んでしまったら、それこそ『ゼロ』のままなんだぞ! いやゼロじゃない、『マイナス』だ! ゼロよりもっと悪いものになるんだぞ!!」

 才人の言葉を聞いたルイズの目から、涙がこぼれた。その様子を見て、才人は思わずたじろいた。

「泣くなよ! 別にひどいこと言ったわけじゃないだろうが!」

「だって……、だって……。わたし、いっつも馬鹿にされて……。だから、フーケを捕まえたらきっとみんなに見直してもらえると思って志願したの……。でも、駄目だった……。怖かった……。結局、わたしは『ゼロ』なんだ……」

 えぐえぐと嗚咽を上げながら泣いているルイズの姿を見て才人は困ってしまった。女の子がここまで泣いた姿を見たのは初めてだったからだ。まるで自分が泣かしたようで変な罪悪感に駆られたが、今はその気持ちに気をやる気は無い。

 後ろを見ると、ゴーレムが2人には付き合いきれんとばかりに攻撃を再開し、拳を振り落とそうとしていたからだ。

「ああっ、チキショウッ!」

 才人はルイズをお姫様だっこの状態に抱えると、ゴーレムから逃げ出した。ゴーレムも才人を追いかけるが、ルーンの力を発動させている彼に追い付くのは不可能だった。

 2人の前にシルフィードが現れ、才人の目の前に着陸した。

「早く乗って!」

 タバサがそう促し、才人はルイズをシルフィードの背に押し上げた。

「ダーリン、早く!」

 キュルケが焦った様子で才人に言う。だが、才人は首を横に振るうと、迫りくるゴーレムに体を向けた。

「サイト、なにするのよ!」

 ルイズが反射的に怒鳴った。

「早く学院まで行って応援を呼んでくれ! 俺が時間を稼ぐから」

 才人の返答に皆が驚き、顔を青ざめた。

「いくらなんでも無茶だ! 相手はフーケなんだぞ!」

 ギーシュがもっともな事を言うが、才人は無視するように叫んだ。ゴーレムが側に近付き、拳を投げ出す準備を始めていた。もう時間が無い。

「早く行け! ヤバくなったら逃げるから!」

 才人の言葉と、この状態が限界だと感じたタバサは、シルフィードを空に飛び立たせた。

 その時だった。

 強烈な風圧とともに、才人がいた場所に拳が振り落とされた。衝撃と共に、ゴーレムの拳は地面にめり込んでいた。そこから拳が抜けると、人が1人入れそうな深さのクレーターが出来上がっていた。クレーターの中には何も無かった。間一髪、才人は回避できていたようだ。

「おっかねぇ~。相棒、どうするんだよ? いくら『使い手』だからって、あんな土人形に敵うとは思えないぜ」

 久々に口を開いたデルフは、そんな言葉を出した。

「うるせ。相手すると啖呵切ってしまったんだから、やってやるしかないだろ。それによ……」

 才人は一旦言葉を区切り、デルフに聞こえないような小さな声で呟く。

「男は女の子が泣いてる姿を見たら、なんとか笑顔にしてやりたいもんだろうが」

 前方から向かってくる土塊の巨体を見ながら、才人は錆びた剣をしっかりと構えた。

「ゴーレムがナンボのもんじゃ! とっととかかってこいやっ! 」

 その宣言と共に、ルーンは今までで一番の輝きを放った。

 

 

 才人は降りかかるゴーレムの拳をかわしながら、手にしたデルフリンガ―で切りつけた。幾分かその土塊を削り飛ばす事はできるものの、ゴーレム全体の規模から見ると焼け石に水そのものであった。

 その様子にしびれを切らしたかのように才人は小さく零す。

「このままじゃなぶり殺しにされるのを待つだけじゃないか……。」

 空に目をやると、未だシルフィードが留まっており、自分の言った事が実行されていない事に思わず舌打ちをした。

「なにやってんだよ! これじゃ俺がカッコつけた意味が無いじゃないか!」

 空に向かってそう叫ぶが、ゴーレムは待ってくれない。再び攻勢に出た。振り降ろされた拳をかわして再び切りかかるが、そこで思わぬ変化が生まれた。

 なんと、切りつけたゴーレムの表面が鉄に覆われ、才人の剣撃を弾き飛ばしたのだ。

「なんでっ!?」

 才人が驚く間もなく、ゴーレムはもう一方の拳を放つ。その途中で拳が鋼鉄の塊に変わった。才人はそれに驚きながらも、なんとか避けて地面に降り立った。ずっと逃げ回っていたので呼吸が荒れていた。

「一体どうしたんだよ……?」

「あら、まだ粘ってるようだね。驚いたわ」

 森の中から楽しそうな女の声が聞こえた。才人は声の聞こえた方角に目を向ける。そこにいたのはフーケだった。

「フーケっ!」

 才人が彼女の元に向かうが、それを見越したフーケは『フライ』を唱えて宙に浮き、ゴーレムの肩に乗る。そして、笑みを浮かべながら皆を見渡した。

「わたしのコントロールから外れていたとはいえ、わたしのゴーレムにここまでがんばってるなんてね。……まぁ、わたしが帰ってきたからにはこのゴーレムは全力で闘う事ができるけどね」

「コウドウはどうしたの?」タバサがフーケに質問をぶつけた。

「コウドウ……? ああ、あのもう1人の平民使い魔君のことかしら。あの子も魔法が使えないなりに色々と小ずるい手や体術で対抗したけど、その程度でわたしに敵う訳が無いわ。鉄拳を何発も喰らってくたばったから今頃始祖ブリミルにお目通りしてるんじゃないの?」

 フーケの言葉を聞いたタバサは有無を言わさず、『ウインディ・アイシクル』をフーケに放つ。だが、フーケも黙って喰らう訳が無い。ゴーレムの肩を変形させて防御壁を形成すると、向かってくる氷矢を全て防ぐ。

「危ないねぇっ!」

 フーケが反撃に打って出ようとしたその隙を縫って才人が近付き、何か輝く物を何本か投げつけた。勾導の買った投げナイフだ。投げられたそれらは急所に向かっていったが、フーケは再び壁を作って防ぐ。だが、いくら凄腕のメイジと言えども生じた隙を埋められる事はできず、手首にナイフが突き刺さった。

 襲いかかる痛みを怒りに変えてフーケは才人に石礫を放つ。それを剣閃を幾重に重ね叩き斬るが、ここまでの戦闘で消耗が激しかったため、斬り損じたものが数多くあった。それをまともに喰らった才人は吹き飛びゴーレムから落下してしまうが、シルフィードがうまく潜りこみ救出する事に成功した。

「サイトっ」

 ルイズが才人に近付くが、顔を青ざめる。なぜなら、顔や体に細かい石が突き刺さり、そこから血を流していたからだ。

「いてぇ……」

 意識は手放さなかったようで、才人は顔に刺さった礫を抜きながら立ち上がる。だが、戦闘を続行できる様子ではない。デルフも才人の手の中で『休め』と言っていた。他の皆も次の一手を思いつく事が出来ず、手をこまねいているだけであった。

 フーケは憔悴した彼らの姿を見て勝利を確信し、一気に潰しにかかろうとしたその時だった。

「ヴァー、ポカやらかしたー! みんなにどう言えばいいんだか……」

 森の中からやけくそ気味な声が聞こえた。その声に皆は驚いた顔を見せる。

「あー、体がいてぇ……。あばら何本か持ってかれたから息すんのも辛れー……」

 フーケも驚愕の表情を見せる。なぜ、あれだけの攻撃を受けて立ち上がる事が出来るのだと。

「あの姉ちゃん、とっとと『キャーン』言わせたら胸揉んでやる……。もしくは『3日目』に出品される同人誌みてーな事をしてやらあ……」

 現れた存在の姿を見て、タバサは頬を緩める。シルフィードも嬉しそうにきゅいきゅい鳴いた。

 体を重そうに引き摺りながら、勾導がフーケに怖い笑みを見せつけていた。

「なに、あなた生きていたの?」一瞬苦々しげな表情を浮かべるものの、フーケは余裕のある笑みを作った。

「まあね。体が頑丈なのが取り柄なので」勾導がそっけなく返す。

「ふん。そんな事がどうしたのよ? あんたボロボロじゃないの」

「だから? こんくらいの怪我こっち来てからしょっちゅう貰ってるから、この程度の痛みはもう慣れた」

「で? まさか、まだやる気なのかい? もう手加減できないわよ」

 フーケの言葉に勾導はくつくつ笑った。

「『手加減』だって? あんだけ必死な顔して人をぶん殴ったくせして。おまけに『ごめん』だって? 本気で殺す気があったのかよ。甘々すぎ。バッカじゃね?」

 勾導の挑発にフーケは青筋を立てる。完全に標的は定まった。

「今度こそ、殺す」

 ゴーレムは勾導に向かって歩を進める。対する勾導は、じっと足を止めたままだ。

 

「勾導、避けろ!」

 才人が叫ぶ。

「早く! 死んじゃう!」

 キュルケが急かす。

「逃げるんだ、コウドウ!」

「逃げて!」

 ギーシュが、ルイズも声を上げる。

「お兄さま、逃げてなのね!」

 思わずシルフィードも素に戻り、人語で叫ぶ。

 そして―。

「コウドウっ!」

 タバサが大声で悲鳴を上げた。

 

 

 勾導は今この瞬間、物凄い勢いで数日前の出来事を思い出していた。その時、勾導は学院の中庭でタバサに対メイジの訓練をつけてもらっていた。内容はいたって簡単。どちらかが『参った』と言うまで戦うというシンプルなものだった。

 この訓練の行方は、接近戦だと勾導が魔法の詠唱を潰す様に重い打撃を放つ事でタバサを防戦一方にする事で有利だったものの、ほんの僅かな隙を突いて放った『エア・ハンマー』から一気に形勢は逆転し、中遠距離の魔法を目の前に突き出された事によって勾導は敗北を認めた。

「ああっ、畜生!」

 悔しそうに叫ぶ勾導の側にタバサがやってくる。それなりに力を抜かずに勾導を相手していたのだろう。額に汗が浮かび、呼吸が荒れていた。

「……あなたは強い。接近戦に持ち込むまでのアイデアが素晴らしくて、わたしも勉強になった。そして、打撃の編成もなかなか。でも、気になった事がある。どうして投げ技や締め技に持ち込まなかったの?」

「投げや締めを繰り出す時はどうしても体勢が固定されてしまうんだよ。だから隙が大きくなり、かえって危険なんだ。もし、やるとしたらタバサの意識を刈り取るような打撃を入れなくちゃいけないんだよ。それが出来なかった時点でオレの手詰まりだ」

「そう、わかった」

 タバサの返答を聞くと勾導は中庭に寝転がる。現在、時刻は既に夜を迎え空には星が輝いていた。

「……やっぱ、ルーンの力を頼らないといけないのかな」

 ぼそっと零す勾導をタバサは見た。勾導の背中にできたルーンの能力の詳細は既に聞かされていた。

「でも、あなたはルーンの力を自由に使えないと言っていた」

「そこなんだよな、問題は。……そういや、タバサは魔法を唱える時どうしてんの? なにか力を発動する時って特別な心の持ちようがあるの? オレから見たら特別な力に違いが無いんだし」

 勾導の質問にタバサは少し考えた後、口を開いた。

「得意な魔法を唱える時、体の中に力あるエネルギーの様なものが生まれて、それが循環する感覚に包まれる。わたしはそのエネルギーの流れに『向き合う気持ち』で呪文を詠唱している。すると、自分だけのリズムが生まれ、そのリズムが最高潮になった時、呪文が完成する。大切な事は、『力に向き合う事』だとわたしは思う」

「『力に向き合う』……」

 タバサの言葉に勾導は小さく呟く。

 何度も言うが、勾導は『貰いものの力』というものを信頼していない。

 そういったものには必ずなにかしらの大きな落とし穴があるものだからだ。

 だからこそ自分を鍛え、そこから手に入れたものを『信頼できる力』として扱ってきた。

 だが、それは『力と向き合っていない』事と同じではないかと勾導は思った。

 あの時、決めたではないか。 

『振り回されるだけの『貰いものの力』で終わらせてやらねぇ。うまく制御し、『オレだけの力』にしてみせる』、と。

 だが、今まで自分がやった事はなんだ。向き合いもせずに、避けてきたも同然ではないか。

 そんな事では、自分に対し『力』は呼応すらしない。

 勾導は自分の考えを改めて整理し、気持ちを一新しようと思った。

 (……とりあえず、向き合ってみるか。『その力は必要なものだ』と認識するなりして)

 そう思うと、勾導の口元に笑みが浮かぶ。その様子を見たタバサが、

「考えがまとまった?」

 と聞いてきたので、勾導は一言だけ、

「ああ」

 と答える。

「そう、よかった」

 タバサはそう言って小さく笑った。 

 

 

 舞台は再び現在に戻る。だが、危機は最高潮だ。

 遂に、遂に、ゴーレムの鉄拳が勾導に降りかかる。皆の心が絶望に染まる。

 その時だった。

 勾導は右手を前に出すとそのまま一気に右側に振りかぶり、両の拳をギリギリと軋むほど力を込めて握り締める。その時の勾導は、真っ直ぐゴーレムを見る一方、意識下の中で一つのイメージを作っていた。

 暗い、暗い部屋の中に勾導は1人いた。

 何も見えない。

 何も感じない。

 圧倒的な孤独の中、勾導の意識はじっと立ち尽くしていた。

 ふと、目の前にゆらゆらと蠢く物があった。それはノイズを伴いながらゆっくりと形を形成していき、その姿を勾導の前に晒した。

 それは、小さなスイッチだった。本当に小さく、装飾もされていないスイッチだった。それが勾導の胸の位置に浮かんでいる。

 勾導は悟る。これが自分の『向き合う力』そのものだと。

 ゆっくりと手を伸ばした。手にするとそれは重く、火傷しそうなほどに熱かった。

 意識下の彼がそのような行動をとる一方、現実の勾導も憑かれたかのように腕を動かしていた。

 その眼差しに迷いは、ない。

 

 意識下ではスイッチを力強く押した。

 

 現実では誇示するように腕を前方に回し斜め上方に腕をピッと伸ばす。

 

 この時、2つの勾導は完全にシンクロした。

 

 そして、トリガーを引くように決意の言葉が紡がれた。

 

「変身!!」

 

 

「ギャラルホルン!!」

 

 ゴーレムの鉄槌が振り落とされたのはその直後だった。轟音と震動に森は震え、志願隊の皆は勾導の死を感じ取った。

「コウドウ……」

 タバサの体から力が抜け手から杖が抜ける。側にいたキュルケはそんなタバサを慰めるように抱きしめた。

「野郎っ!」

 才人が体を起こす。体を襲う痛みは怒りで消えていた。

 一方、今の攻撃で精神力をかなり削ったのだろう。フーケは肩で息をしていた。

「フウ……。やっとくたばったか……。それじゃあ、がんばって残りのヤツらも片付けて……」

「誰がくたばったって?」

 ゴーレムの頭頂部から声が聞こえた。フーケは振り向き、驚愕する。

「な、なんで生きてるんだい!?」

「まっ、危機一髪ってヤツだったけど、なんとか生還したよ。年末の特番で特集されるかもな」

 そいつは頭から血を流しながら軽口を吐く。口元に吊り上げた笑みを浮かべながら。

 そいつが生きていた事は、志願隊も驚かせていた。特にタバサは、口元に両手を当てて『信じられない』と言いたげな表情を見せた。

 そいつの外見は先ほどと少し変わっていた。上着がはだけ、背中から真っ赤な光を放ち、その瞳はその揺るがない気持ちを証明するかのように赤く輝いていた。

 額から流れる血を指ワイパーで拭うと、試し撃ちとばかりにゴーレムに右肘を叩きこんだ。その一撃により、ゴーレムの顔面が大きく砕けた。

 敵味方なく誰もが驚く中、「こんなもんか」と零すと、そいつはフーケに近付いて行った。

「3本先取の2本目だ、こっから全部取って逆転勝ちしてやるよ」

 七瀬勾導は、ルーンを真っ赤に輝かせながらフーケにFサインを突きつける。

「ジャァァ~ストォ、ブリンギィットッ」

 

 その言葉を聞いたフーケは悔しそうに唇を噛み締めた。

 

 

 

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