Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

20 / 34
19:すき焼きロック(唄:都内在住の電装業47歳)

「見てタバサっ、コウドウは、コウドウは無事よ!」

 シルフィードの背中の上でキュルケが自分の事のように勾導の生還を喜んだ。この男は常に自分の予想を上回り、驚きを与えてくれるとキュルケは思う。だが、キュルケは勾導に対して才人に向けるような惚れ気は微塵も生まれなかった。その事をキュルケは少し不思議に思ったが、自分の側にいる青髪の少女の姿を見てその理由に気付く。

 その嬉しそうな、一方で「心配させて」と言いたげな安堵の表情を見たキュルケは、彼の発する情熱を受け止め、更に燃え上がらせるのは自分ではないと悟りつつ、無意識のうちに笑みを作った。

「あれが、勾導のルーン……」

 初めて背中のルーンを輝かせた勾導の姿を才人は体を襲う痛みを忘れてじっと見つめていた。

 その輝きを見ていると立ち上がる気力が湧き上がってくる一方、なぜか『恐れ』にも似た気持ちも込み上げてきた。

『あれはここにいてはならないモノだ』

『相容れぬ、消さねばならないモノだ』

 自分の内側からそんな声が聞こえてくる。その言葉が才人の体に纏わりつき始める。ひどい滑りを持った聞き触りの悪い声だった。

「うるせぇ!」

 無意識の内に吐き捨てるように叫び、才人は意識を保つように頭を振った。そんな使い魔の姿を側にいたルイズは心配そうに見ていた。

 

 ゴーレムの体の上では勾導とフーケが対峙している。片方は苛立たしげに眉を歪め、もう一方は太い笑みを見せつけている。

 太い笑みを見せていた勾導が口を開く。

「あのさぁ」

「なんだいっ!」

 フーケが吐き捨てる。目の前の男は、あれだけ痛めつけても自分に立ち向かってくる。しかも今度は意味の分からない力を伴って。平民、いや人間なのかと疑い始める。正直、もう関わりたくなくなっていた。

「最初に言っておくよ。オレ、この力まだ使いこなせてないんだわ。……だからさ、どうなっても知らねぇからなッ!!」

 そう言うや勾導が猫科の獣のように目を大きく見開いたまま、右肘をフーケに叩きこんだ。疾く、喰らったらタダじゃ済まないと思わせる一撃であったが、さらにルーンの力が上乗せされたそれは圧倒的な迫力を伴っていた。

 速さ。重さ。そして破壊力。

 人が放つ限界を超えたそれらを引き連れたエルボーは目の前にいる盗賊に逆襲した。

 だが、フーケはゴーレムの体を利用して土壁を作り、それを受け止める。先ほど森の中で起きた事と同じ攻防が再現されたが、結果は違った。

 ルーンの力で倍増されたそのエルボーは厚い土壁をぶち破り、砕けたその破片がフーケに当たった。

「くっ」

 フーケは小さく呻き体勢を崩す。それを勾導は見逃さず、続けて左の肘鉄砲を放とうとした。

 だが。

「なめんじゃないよ!」

 フーケは驚きの方法で勾導の攻撃を退ける。それは、『勾導が足場にしているゴーレムの体の一部を自ら崩壊させる』事だった。急に足場が不安定になり、思わず攻撃を中断してしまった勾導の目の前に大きな土塊が現れ、そこから無数の土腕が生えた。フーケの精神力が消耗しているためなのか、それとも集中力が途切れ始めたのか、その土腕は先ほど森の中で見せたものと違って歪で不揃いだった。それでも、その土腕からは未だ強い力を感じ取れた。

「とっととォ、ここからァ、消えなァッッ!」

 フーケの叫びに応じるように土腕が勾導の腕を掴むと、ゴーレムから振り落とした。

 地面に叩きつけられる瞬間、青い物体が勾導を掴んだ。シルフィードだ。

『大丈夫? お兄さま』

 シルフィードが念話を飛ばしてきた。

『ああ。鼻とあばらが何本かイッたけどなんとかやれる』

 太い前足に胴を掴まれたまま、勾導はシルフィードに返す。と、シルフィードは自分の背中に勾導を乗せた。

「コウドウっ、あなた大丈夫なの?」

 背中に乗ってすぐキュルケが声をかけてきた。それに勾導は「おう」と頷いた後、すぐにタバサに近付いた。彼女も勾導が近付いた事に気付き、顔を向ける。その表情は先ほどとは違い無表情であった。

「光ってる」

「ん?」

「背中」

「ああ、おかげさんでね。土壇場で発動させるコツを見つけたわ」

「そう。……よかった」

 主従は会話もそこそこに次の一手を思案した。シルフィードは手が浮かばないのかゴーレムの頭上をぐるぐる旋回している。このままだとお互い攻め手に欠け千日手の状態が続いていくだろう。

 その空気を感じ取ったのか、ギーシュが口を開いた。

「一体どうしたらいいんだい!? このままだと埒が明かないよ!」

 皆も声には出さないが、そう言いたげな空気を纏い始めていた。

 と、なにか手段があるのか勾導がタバサに話しかける。

「タバサ、アレをやる」

「アレって?」

「あの呪いの化け物をぶちのめした攻撃だよ。ゴーレムの頭上に剣で亀裂を入れた後、高高度から飛び降りて旋風脚を叩きこむ!」

「駄目」

「今はそれしか思いつかないんだよ。なに、あんな無茶しても人間は死なないって事が分かったから、怖くねぇよ」

「駄目」

「なんか楔替わりになるもんは……。あっ才人、デルフを貸してくれ。あ? なんでって? そりゃこいつが今週の勝利の鍵だからさ」

 人の話を聞かない勾導にタバサは表情には見せないがムッとした。この男は自分が決めた事は正しいと思い込み、そこに向かって突っ走る癖があると感じ取りとった。このままだと、勾導が再び危険な行為をすることは明白だ。

 だからこそ、勾導の頭を覚まさせる為にタバサは思いっきり杖を叩きこんだ。ゴンっと固いものがぶつかりあう音がシルフィードの背中に響き、才人達も思わず振り向いた。

 頭を押さえながら勾導はタバサに抗議した。

「痛てぇ! いきなりなにすんだよっ!」

「落ち着いて。あなたは自分から無茶をするのが当然と思っているところがある」

「無茶だ? 今無茶しないで何時無茶をするんだよっ!」

「ちがう。無茶をすることが当然のことじゃない。今のあなたは周囲が見えていない。だから、自分が傷つくことが前提でものを考えている。……それは無策にも等しい」

 図星だったのか、勾導は黙り込む。その姿を横目でちらりと見た後、タバサは口を開く。 

「わたしにいい考えがある」

 そう言ってタバサは背後に固まっているキュルケ達に目をやった。

 

 

 フーケはゴーレムの上からシルフィードの動きを見張っていた。頭上をただぐるぐる回っているだけの風竜の姿を見て、「わたしの粘り勝ちかね」という思いが生まれ始めている。勿論、最後まで油断はしない。ヤツらは必ず何かを仕掛けて来る。そう思案していると風竜が動いた。森の中に向かって降下していく。

「来るかっ!」

 その姿を見たフーケが杖を構える。疲労もある程度回復し集中力もばっちりだ。

 シルフィードが低空滑空をしながら森の中から現れた。向かってくる風竜の姿にフーケは違和感を覚える。その背中にはタバサとキュルケの2人しかいなかったからだ。

「っ、他のヤツらはっ!?」

 フーケが居所を確認する間もなく、騎上の2人がゴーレムに向けて魔法を放つ。フーケは防御に徹するしかなかった。

 その時、ゴーレムの足元からガチャリという音が聞こえた。フーケは気になり下に目をやる。そこには勾導と才人がいた。勾導の手には、青銅製の鎖の様なものがあった。

「オレがゴーレムに鎖を巻きつける! 作戦通り才人は先行してゴーレムの相手を、ギーシュは鎖を作れる分だけどんどん作れ!」

「わかった、勾導っ」

「これがうまくいけばモンモランシーに胸を張って聞かせる事が出来る! ああ、頑張るよっ!」

 ギーシュが手にした薔薇の造花でできた杖を振るう。すると、薔薇の花弁が次々と落ちていき、青銅製の鎖に練金されていき、勾導の手にした鎖に繋がっていく。

 才人はゴーレムに突撃し、その素早さを利用して一撃離脱のスタイルで立ち向かう。膝や肘、更には腰の部分をデルフリンガ―で斬りつけていった。しかし、ゴーレムはほぼノーダメージのようで動きを止める事はない。うるさい羽虫を追っ払うように才人に攻撃をする。

 だが、才人はその攻撃をかわすと諦めずに斬りつけていった。まるで、攻撃が効かない事を見越した上で『印』をつけているようだった。

「コウドウ、これで鎖は打ち止めだよ!」

 ギーシュが額から汗を流しながら叫ぶ。作成した鎖は全長約70メートルほどで、あの小さな薔薇の花弁の質量からここまでの物をよく作れたと驚嘆してしまう。それを横目で見た勾導はすかさず頭の中でイメージを構築する。すると、勾導の背中が青く輝きだした。跳躍力と瞬発力といったスピードに特化したモードの光だ。

「ナイスだ、ギーシュ! 帰って彼女にキスせがんでもバチ当たんないぜっ!」

 そんな軽口を叩きながらゴーレムの足に乗ると、勾導は才人が斬りつけて表面に傷の入った膝にエルボーを叩きこんだ。青の姿の時は赤の時ほどの破壊力が無いようで全体的に見ると表面を抉る程度で終ったが、斬り込みの部分は深く削りとる事ができた。それでもゴーレムは再生を始めたようで抉った部分には土が盛られていく。

 しかし、勾導はそれを気にする素振りを見せずに埋まっていく箇所に手にした鎖を埋め込む。土が鎖の先端を飲み込んでいく様子を見た勾導は笑みを作った。その確認が終わると、次に反対側の膝に行き同様の事をする。

 フーケは勾導達の動きを奇妙に感じたが、ゴーレムの操作には支障が無かった為気にする事は無かった。ただの悪あがきだと感じ、忙しそうにゴーレムの周りをチョロ付く勾導を挑発する。

「なに土遊びに夢中になってんだい! 鎖でゴーレムを動けなくさせるつもりかい? その程度の事でゴーレムが動かなくなるわけないじゃない! それとも鎖でゴーレムを着飾ってくれたのかい?」

「うるせぇ! あんたには分からないだろうが、とっくにオレらの勝利が秒読み開始してんだっ!! そこで『キャーン』って叫ぶ練習でもしてろっ!!」

 その挑発に対してゴーレムの肩の位置で鎖を埋め込んでいた勾導が答える。鎖は既に大半が四肢や胴に打ち込まれており、今ちょうど鎖全てを埋め込み終わった。

 作業を終えた勾導と才人はゴーレムから離脱する。その際、勾導は頭上で待機していたタバサ達に向かって叫んだ。

「準備完了だ!」

 勾導の言葉を聞いたタバサは鎖に向かって呪文を唱える。すると鎖は硬度を失い、液状になった。適度に粘度があり、独特の臭気がゴーレムの周囲に広がる。その匂いにフーケは一瞬顔をしかめたが、すぐにその正体に気付く。

「これは……、油っ!?」

 フーケの全身に危険信号が駆け廻るが、時すでに遅し。すかさず放ったキュルケの『炎球』がゴーレムに直撃し、全身が油まみれになったゴーレムは一気に炎に包まれた。轟々と燃え上がるゴーレムは炎から逃れるように暴れまわる。その様子から見てゴーレムはまだ力が残っているようだ。すんでの所で体の周りに土のドームを形成することで炎から逃れることに成功したフーケは土壁の中で肝を冷やしつつも、鎮火した後の行動を思案していた。

『ヤツらの手はもう打ち止めだ。これを耐えきれば自分の勝ちだ』そうほくそ笑む。

 しかし、タバサの策はこれで終わりではない。

 作戦最後のピースが形の良い眉を凛々しくさせ、炎が消え始めたゴーレムをまっすぐ見ていた。

 ルイズだ。

 

 作戦実行前、ルイズはタバサにこう言われた。

「魔法を失敗させてほしい」と。

 この発言にルイズは当然のように抗議した。自分は魔法を成功させる事に苦心しているのに、失敗させろとはどういうことだと。

 ルイズの怒気を受け止めながらタバサは静かに、そして優しく言った。

「あなたが魔法を成功させたい事は分かっている。たくさん努力をしている事も知っている。でも、今この場を救えるのはあなたのその『爆発の魔法』。今この時この瞬間だけでいい。その『爆発』という『結果』と向き合い、それを受け入れて。お願い」

 深々と頭を下げるタバサの姿を見たルイズは何も言えなくなった。誰もが嫌い、馬鹿にする『爆発』という失敗魔法を彼女は『必要』だと言ってくれた。生まれて初めての事だった。その事にどこかむず痒くなったが、その一方で心の中にぱぁっと暖かい光が差し込んでくる。

 その事をごまかす様に、頬を赤らめながらルイズは大きめな声で言った。

「わ、わかったわよ! 今回だけだからねっ!」

 その姿を見てタバサは、

「ありがとう」

 はっきりと感謝を示した。

 

 ルイズはゴーレムに杖を向ける。その目と姿勢には、先ほどまでゴーレムにあった恐怖は全くない。今、ルイズの中には『勇気』が満ちており恐怖が入り込む隙が無かった。

 ルイズは自分の失敗魔法を嫌っている。むしろ呪っている。だが、今この瞬間そのような雑念は顔を見せない。

 ルイズは生まれて初めて『失敗』から目を逸らさず、それに心の底から向き合った。不思議と心が落ち着き、力が底の底から沸き上がってくるようだった。

 そうだ、どうせ失敗するのなら大きな失敗をしてやる。みんながびっくりするほどの大きな失敗を。そんな事を思うと、コンプレックスも消えて楽しい気持ちが生まれてきた。

 ゴーレムは炎が鎮火して現状の様を晒す。表面がグズグズに焼け焦げ、至る部分に亀裂が走っていた。土の防護壁を解除したフーケはゴーレムの様相に舌打ちすると、すぐさま補修の為に呪文を唱えようとする。と、ゴーレムの目前にルイズを見つけ、思わず杖を止める。その判断が命取りだった。

 ルイズは呪文を完成させ、自信を持って杖を振るった。失敗させる為に杖を振るった。みんなの期待に応える為に杖を振るった。

「ファイヤー・ボール!!」

 そう唱えた直後、ゴーレムの胴体に光が収束していき、轟音と共に閃光が広がる。予想通り、魔法は失敗し今までで一番大きな爆発を引き起こす。だが、ルイズの目には暗いものは一切なく、どこか誇らしげだった。

 ここまで大規模な爆発になったのは理由があった。それは、勾導がゴーレムに埋めた鎖だった。鎖の大半はタバサの『練金』で油になった後、キュルケの『火球』に引火したが、ゴーレムの内部に埋め込まれた鎖は練金で油になったものの、表面が再生された事で引火することなくゴーレムの体内に留まった。そして、ゴーレムが加熱される事によって油は気化して可燃性ガスに変化して膨張する。それらのガス溜まりが四肢や胴といった接合の脆い場所に作られ、それがルイズの爆発を受けた事によって引火し連鎖的に小規模の爆発を内部から引き起こしたことでこのような結果となったのだ。

 黒煙が消え、中の様子が明らかになった。ゴーレムは膝の上から先はきれいさっぱり消えており、残った膝もポロポロと崩れていった。

 ゴーレムの最期を見たルイズは満面の笑みを作る。他の皆も同様だ。

 この結果は全て、貴族と平民の区別なく皆の役割を理解し自分の出来る事を出し惜しみなく発揮したからだった。

 

「ルイズ!」

 才人がどこか遠い目をしたルイズに駆け寄った。

「サイト……?」

「すごいよ、お前! お前すごい魔法使いだよっ!」

 ルイズの腕を掴んだ才人はブンブンと振り回す。突然の事にルイズは戸惑ったが、すぐさま元の調子を取り戻し才人のせつない部分を蹴り上げる。

「おうっ!?」

 小さく呻き地面をのたうつ才人に向かってルイズはいつも通りの態度を見せた。

「きやすくご主人様の手を握るんじゃないわよ! このバカ犬!」

 口ではそう言っているが、ただの照れ隠しであるのは彼女の顔を見れば明白だった。

 他の皆も2人に駆け寄った。

「ルイズ、やればできるじゃないっ!」

 キュルケが素直にルイズのやった事を褒める。普段はからかってばかりの彼女だが、これはきっと素から出た言葉だったのだろう。

「こ、これくらいできて当然よ! か、簡単だったんだから!」

 ルイズは驚きに少しどもらせながら胸を張ってそう言った。その姿を見て皆は思わず笑みを作る。

 その時だった。

「よ、よくも、わたしのゴーレムを破壊してくれたわね……」

 声の主はなんとフーケだった。しかし、あの爆発を受けて無事では済まなかったようで、ローブはボロボロになり、顔や全身の至る場所から血が流れていた。片足を引き摺り、骨が折れているのか左手はだらん、と垂れ下がっている。あれだけの大爆発にその程度のけがで済んだ事が奇跡だと言えた。

 今、彼女の瞳からは怒りしか感じ取れない。

 ただの学生にここまでしてやられたのだ。

 盗賊としてのプライドは粉々に砕かれた。

 もうなりふり構っていられない。

 『破壊の杖』なんてもうどうでもいい。

 ただ、目の前のガキどもに一矢報いたい。

 火傷で引き攣った腕を震わせながら、戦闘姿勢を崩さずに杖を突きつけた。

「あんただけはァ、ブッ倒さないとォ、気が済まないんだよォォォォォッッ!!」

 怒りにまかせて精神力を振り絞り、巨大な鋼鉄の腕を練金してそれを物凄い勢いで飛ばす。まるでロケットパンチだ。唸りを上げながら飛んでいく鉄拳の標的はルイズだった。

 突然、目の前いっぱいに巨大な鉄拳が覆うという事実にルイズは硬直してしまう。どうしたらいいのか分からなかった。

 このまま直撃すると思われたルイズの前に影が躍り出た。才人だ。

「ルイズゥゥゥゥッッ!!」

 デルフリンガーを手に持ち、ロケットパンチに斬りかかる。才人の両腕に砕けそうなほどに重い衝撃が襲う。

「アアアァアアアアァァアァッッッ!!」

 それをねじ伏せんとばかりに雄叫びを上げる。すると、それに応えるように左手のルーンの輝きが増した。するとどうだ。デルフは徐々に鉄拳に食い込み、鉄塊をブッた斬っていく。さらに、鉄拳の突撃ベクトルパワーを吸収して自らの力にするかのように才人の前へ出る推進力は加速度的に力強く増していった。

 今、才人は無心だった。しかし、一つだけ、たった一つだけ心の根底にあった。

『ルイズを守りたい』

 不思議と、そんな気持ちが沸き上がっていた。

 その姿を間近で見ていたルイズは思わず才人の事が物語の主人公の様に見えた。

 そして遂に、才人の刃は鉄拳を真っ二つに両断した。鉄塊は直後、只の土に還っていった。

 

 自分の切り札を潰されたフーケは全身から力が抜けていくことを感じた。魔法を放つ為に必要な精神力は僅かに残っているが、気力自体が尽きてしまった。

 幸い、才人は全ての力を使いきったのか片膝をついている。それを見てフーケは逃げられると思った。

 突然、フーケは背中をぽん、と叩かれた。無意識のまま思わず振り向く。そこにいたのは、口を大きく吊り上げた勾導だった。

「よう姉ちゃん。約束どおり、『キャーン』って言わせてやるよ」

 そう言うや、フーケの胴を掴んで持ち上げ、肩に担ぐ。フーケが驚く間もなく、勾導は暴挙に出た。

 なんと、肩に担ぎ上げたフーケの尻を片手で何度も叩いた。まるで鼓を叩く様にリズムを刻むように尻太鼓を叩く。

「なにをするんだいっ、このガキっ」

 フーケはジタバタ暴れるが、勾導のクラッチはほどけない。それどころか、今度は両足を掴まれ、無理矢理股を開かされる。周囲に下着を晒されたフーケの頬は羞恥に染まった。セクハラ大好きなオールド・オスマンですら自分に対してこんなことはしなかった。したらゴーレムで踏み潰すが。

 他の皆はその様子をドン引きした表情で見つめている。女性陣達はフーケに対してどこか同情に似た眼差しを向け、才人とギーシュは勾導の狂態を顔を赤くしながら見ていた。

 セクハラ攻撃に飽きた勾導は今度はフーケの両足を掴んで地面に引き倒す。そしてその状態のままドスのきかせて叫んだ。

「箸置けぇぇぇッッ」

 皆が何事かと思うや、勾導はさらに続けた。

「七瀬家ぇ、家訓っ、」

 勾導が耳をタバサ達に向けるが、返事は何も返ってこない。当然だ。

 皆頭の上にクエスチョンマークを浮かべる中ただ1人、勾導のやろうとしている事を理解した才人は座り込んだまま乾いた笑みを浮かべている。

 勾導が抗議の声を上げる。

「お前らも続くんだよ! 土8のゴールデンはこれだろうが! 見た事無いのかよ!?」

 勾導の発言に対し、ギーシュが皆を代表して思っている事を代弁した。

「君の言ってる事の意味が分からないよっ! なんなんだい『ドハチ』って!?」

「うるせぇっ、とにかくオレの言う事の後に続けるんだよ! もう一回言うぞ。七瀬家ぇ、家訓っ、」

 『何言っても無駄』と悟った他の者達もやけ気味に勾導の言葉の後に続ける。

「な、ナナセ家、家訓っ」

「人様の大切にしている物をゴーレムで奪っちゃうヤツはァ、」

「ひ、人様の大切にしている物をゴーレムで奪っちゃうヤツはっ、」

 

「○ーザン山○、がっ○獅○丸の代わりに『悪趣味ゲーム紀行』を書いちゃってゲーム批評が返本トルネードでありますっ」

 

 そう言った直後、森が静まりかえる。まるで世界から切り離されてしまったようだ。

「えっと……、どういう意味……?」

「これ……、うん……」

 勾導の言った事の意味を理解できないハルケギニアの住人達にも、たった一つだけ理解した事があった。

 

『滑った』。

 これは見事に『滑った』と。

 

 勾導も皆の反応を見てそう感じたのだろう。体を支配していた熱気が急速に冷めていき、代わりに羞恥心に包まれていく。

 それをごまかす様に勢いに任せて叫んだ。

「回すぞォォォォォッッ!!」

 勾導はフーケを掴んだままその場をグルグル回転した。それは大きな渦となる。

 昔狂犬、今スッキリ。

 リメンバー、あの頃の土曜日。

 カムバック、土曜日よりの使者。

 様々な思いが時代を、世界を越えて勾導の作り出す渦に集まってくる。

 それは、爆烈なテンションを帯びた魂が吼える様を表現したような荒々しいジャイアントスイングだった。

 猛烈な速さで周りの風景がぐちゃぐちゃに混じっていく様を見せられているフーケは腹の底から込み上げる物と、この後待ちうけるであろう結末を想像する事で、背筋が凍りついた。

 そして、自分をこんな目に遭わせている存在に目を向ける。

 そいつの目はグルグルと渦を回しており、どこか狂気じみていた。おまけに、なにかブツブツと歌っていることに気付く。それを見てさらなる恐怖のどん底に叩き落とされる。

 やがて、一つの事を悟った。

 この世には、絶対に相手をしてはいけないヤツがいる。

 そいつに目を付けられたら最後、心の底から屈服させられてしまう。

 フーケは、そいつの背後から何か黒いものが現れ、数多の目で自分を見つめているという錯覚に襲われる。

 その恐怖に耐えきれなくなってついに叫んでしまった。

 

「キャァァァァァァァァァァァアァァアアンッッッッ!!!」

 

 その恐怖の色に染まった叫び声を聞いた勾導はすかさず手を離す。フーケの体は物凄い勢いで宙を飛ぶ。10メートルほど空中飛行をした後、フーケは飛行ルート上にあった木に叩きつけられてそのまま意識を失った。

 

「……終わったの?」

 動かなくなったフーケを見たルイズは小さく呟く。

「……多分」

 キュルケが応えるように言った。

 続けて、ルイズはタバサに声をかけた。

「ねぇ、あなたの使い魔って、いつもあんな感じなの?」

 タバサは首を縦に振る。それを見てルイズは、

「あなた、苦労しているのね……」

 そう言って同情の視線を向ける。

「……帰ったら、ご飯抜き」

 若干怒気に満ちた声色でタバサは小さく呟いた。

 ご主人様がそんな罰を考えていると全く予想していない勾導は、フーケを肩に背負いながらシルフィードに向かって行った。その顔は腫れ物が落ちてスッキリとしている。

「終わったー。フーケふん縛ったら、とっとと学院に帰ろうぜー」

 フーケをシルフィードの背中に無理矢理乗せていると、勾導の目の中にある物が入ってきた。今回の騒ぎの原因となった『破壊の杖』だ。勾導はそれを訝しげに見つめながら手に取る。

「しっかし、ホントよくできてるなコレ……。でもよ、これに『本物』も『偽物』もないだろ。仮に『本物』だとしても、ただの『小道具』だぞ……」

「なにブツブツ言ってんだよ勾導。速く乗れよ」

 すでに才人達はシルフィードの背中に乗っており、勾導が乗るのを待っていた。

「おう、分かったよ」

 『破壊の杖』を隅にやって乗ろうとしたその時だった。

 

「人間、いた」

 ぼそりと、しかし聞いた者全ての心臓を鷲掴みにする冷えた声が聞こえた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。