Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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20:Shoot That Crimson Sky

 勾導達は声の聞こえた方向を見る。そこには、いつの間にか背の低い1人の小男がいた。そして、その男の服装は勾導と才人ら地球人には馴染みのあるスーツ姿であった。

「おい、勾導っ、あれって……」

「ああ、地球でよく見る格好だ! 間違いない!」

 突然の事に驚く2人を見て、ルイズたちも小男に目を向ける。

「なに、あの平民の格好。見た事のない服装ね」

「コウドウたちは知っているみたいだね」

 それを補足するように、キュルケとタバサも以前勾導に聞いた事を照らし合わせて結論を導く。

「ねぇ、タバサ。ということは……」

「彼は地球の人間」

 彼らが好き勝手あれこれ言っている一方で、対象になっている問題の男はどこか様子がおかしかった。体を小刻みに震わせながらただ突っ立っている。時折、首を上下させて何かを思案している様子を見せたかと思うと、その大きな黒眼を縦に伸ばしながら妙に大きな口を開いてみせる。その口の中の歯並びは不揃いで歪だった。

 その奇妙な風体と仕草に皆は『どこかおかしい』と思いつつも、『誰かに召喚されて気が動転しているだけだ』と思い至り、学院に連れて行って保護しようと男に近付こうとした時だった。

 突如、男が全身を震わせ、笑いだす。その小さな体から大声を出し続ける。喉が切れたのか、口から赤いものが吐き出しているが、男はそれを気にせずに狂笑を持続させる。

 全身狂気に染まった男は、遂に決定的な言葉を吐きだした。

 

「にんんンんげんンんんっっ、みンナごろおおおおおおおおしいいぃぃぃぃぃぃッッッ!!!」

 

 男の背後に光る鏡の様な物が現れる。勾導が召喚された鏡に似ているが、決定的に違うところがあった。どこか禍々しい邪気を放っており、鏡その物もゆらゆらと歪んだ輝きを放っていた。まるで、世界その物を歪めんとばかりに。

 鏡はほんの一瞬現れてすぐ消えた。そして、目を背けたくなる恐ろしい光景が繰り広げられる。

 男の体が内側から盛り上がり、長い棘の様な物が何本も服を突き破って現れる。

 腕の肉がぼろりと剥げ落ち、骨が露出する代わりに緑色の頑強な腕が出て来る。

 足も同様に盛り上がり、ズボン生地を破って人ならざる姿を晒す。

 小男の顔が二つに割れ、そこから蛇の頭に似た顔が新たに形成され、縦に長い赤い目が勾導達を見つめる。

 それは、棘を何本も生やした緑色の頑強な肉体に蛇の頭が付いた存在だった。驚く事に、肉体の至る所に明らかに人工物と思われる金属の塊が埋め込まれている。腰にはベルトの様な物も巻いていた。

 最初にそれを見て声を出したのは、ルイズだった。

「な、なによあれ! あんな亜人見た事も聞いた事もないわ!」

 ルイズの言葉に皆が一様に同調する中、勾導は別の物を連想していた。地球の生物に無理矢理四肢を付けて人型にし、全身の至る所に機械の様な物を埋め込まれ、極めつけに腰のベルトのバックルには何か紋章の様なものが刻まれたレリーフがある。

(あれ、どう見ても特撮に出て来る怪人そのものの特徴じゃねぇか。作りものか? いや、作りもので『真・仮面ライダー』や実写版『孔雀王』顔負けのグロ変身をCGや特殊メイク無しのノンカットでできるわけがねえ!)

 そんな事を考えていると、目の前の怪人が体を大きく震わせる。その直後、体に生やした棘が飛び出し、一行に襲いかかってきた。

 突き刺さる、と思われた大量の棘が突如向きを変えて彼らから離れていく。タバサが風をドーム状に張って棘の軌道を無理矢理変えたのだ。ほっと息をつく皆だが、その息が止まる戦慄の光景を目にする。

 軌道を変えた棘が森の木々に突き刺さった瞬間、木が風船のように膨らみパンッと爆発をしたのだ。連鎖する爆発音と共に炎に焼かれる森の光景を見た勾導達は、もしタバサが魔法を唱えなかったら自分達は……と、嫌な想像をする。

 と、怪人が楽しそうに笑いだした。シュルシュルと奇妙な呼吸音を混ぜながら。

「ここのにんげん、おかしな技をつかう。初めに会ったおかしな生き物に乗ったにんげん共も変な技をつかった。……おもしろい。……殺し甲斐がある」

 直後、怪人は駆け出し勾導達に向かってくる。足はそこまで速くない。だが、その禍々しい姿から噴き出される重圧と邪気によって、唯一遠くへ離脱する事のできるシルフィードは翼を羽ばたかす事ができない。彼女は風韻竜とはいえ幼い幼竜だ。見た事のない亜人の放つ畏怖によって石のように固まっていた。

「ど、どうするんだね!? 亜人がこっちに来るよ!!」

 ギーシュが声を震わせながら喚く。

「戦うしかないでしょっ! 『殺す』って言っているんだから!」

 キュルケが杖を向け応戦の姿勢を見せる。だが、皆フーケとの戦いの直後だ。メイジ達は魔法を放つ為に必要な精神力を消耗し、勾導と才人も体中に小さくない怪我を多数負っている。明らかに満身創痍の状況だった。

 キュルケが残りの精神力を絞り出して『炎球』を放つ。それは怪人に直撃したものの、ダメージを負った様子は全く無く、歩は緩まない。

 ギーシュも無理矢理『ワルキューレ』を練成して突撃させる。だが、絞りかすの様な精神力で構成したためなのか、形はぼろぼろで動きも鈍重だったので怪人が手を振るっただけで『ワルキューレ』は呆気なく崩れ去った。

 カスの様な妨害をはねのけ、怪人は皆に飛びかかる。右手の爪が伸び、それで突き刺しにかかるが、タバサが杖で防ぐ。その杖には風が纏っており、刃の様な鋭さを伴っていた。『ブレイド』の呪文だ。

 鍔迫り合いの形になるが地力の差は歴然としていた。分厚い体をした怪人が華奢なタバサを笑いながら押し切り、遂に体勢を崩される。万事休すと思われたその時、影が躍り出た。

「オラァッ!!」

 勾導が飛び出し怪人の顔にエルボーを叩きこんだ。赤いルーンの力が上乗せされた重い一撃は怪人を吹き飛ばす事に成功する。だが、勾導の表情は曇っていた。

(なんて固いんだよ……。腕が痺れちまいそうだ)

 そう思いながら勾導は自分の胸をさする。フーケとの戦いで折れたあばらに熱がこもり、引き攣るような感覚と痛みによって集中力が散漫する。それを見ていたタバサが声をかけた。

「体、大丈夫?」

「正直きついが、やれないことはないよ。……なぁ、タバサ」

 息を整えながら勾導がタバサを見た。

「なに?」

 タバサも勾導を見る。

「この状況で『無茶するな』って言うなよ。……今無茶しねぇと、みんな死んじまうからよ」

 そう言って勾導は目の前を睨む。怪人は既に立ち上がっていた。顔を撫でながら余裕を見せつけるように口を開く。

「小僧、にんげんの癖にいい攻撃をするな。ますます殺すことが楽しみになったぞ」

 褒めているが自分が上だと誇示している。そんな言い回しを聞いた勾導とタバサは目の前の化け物はノーダメージだと悟った。

 クソが、と呟き勾導が前へ出る。作戦は何もない。ただ、自分の中の闘志を萎えさせたくないから動いた。タバサもそうだろうか、同じように前へ出た。

 その2人の姿を見て怪人はシュルシュルと楽しそうに笑い声を上げる。そして、両手の爪を長く伸ばして向かってきた。

 勾導が奥に行かせないように立ち塞がる。怪人が斬り捨てるように腕を振るが、勾導はそれをかわし背後に回り込む。そして、人間でいう延髄の部分に全力のエルボーをぶちかます。すると、怪人は怯んだ。

 それを見逃さなかったタバサが『ウインディ・アイシクル』を唱えた。何本かの氷柱が怪人に突き刺さる姿を見て、ヤツが『不死身の怪物』でないと思い希望の様な物が沸き上がった。

 『ウインディ・アイシクル』の巻き添えにならぬよう青のルーンの跳躍で回避した勾導は、生まれた高低差の勢いを利用しエルボードロップを放つ。

 だが、その攻撃は怪人に足を掴まれる事で不発に終わった。続いて怪人はタバサに向かって棘を飛ばすが、それは直撃軌道ではなく彼女の足元に刺さっていった。しかし、棘の爆発力は凄まじく、その衝撃は地面を深く掘り起こして土を巻き上げ、撃風となってタバサを巻き込んだ。

 それをまともに浴びたタバサの小さな体は木の葉のように舞い飛び、地面に叩きつけられた。

「タバサっ!」

 キュルケが血相を変え、倒れたタバサに駆け寄る。意識はあったが、全身の至る所に小石が突き刺さって白いブラウスが赤く染まり、痣に塗れた痛々しい彼女の姿を見てキュルケは声を失った。

 その衝撃で外れたのか、タバサの赤い眼鏡が怪人の足元まで飛んできた。フレームが歪み、レンズも割れていた。

 怪人はそれを踏み潰した。まるで、ゴミを潰す様にさも当然のように。

 それらの光景を間近で見ていた勾導の中で何かが弾けた。ルーンの光が強くなり、勾導の体から痛みが消える。自分の痛覚を認識させないほどの強い怒りが彼の体を支配していた。

「てめぇッッッ、なにしくさりやがったァァァッッッ!!!」

 激昂とともに勾導は怪人の棘を引き抜くと、それを自分を捕えている腕に突き立てる。

「アギィ」

 怪人が呻き声をあげながら手を離し、勾導はそれを気にすることなく怒涛の攻撃を仕掛ける。

 打つ。

 蹴る。

 投げる。

 様々な手段で怪人を痛めつけることによって片目を潰す事ができた。しかし、勾導の反撃もここまでだった。

「調子に……、のるなァァッッ!!」

 怪人は勾導の首根っこを掴むと、何度も地面に顔面から叩きつける。それでも勾導は諦めることなく抵抗をするが無駄な事だった。

 顔を赤くし、ぼろ雑巾の様になった勾導を怪人はキュルケたちの元に放り投げた。

「コウドウ!」

 ギーシュが慌てて支えに来るが、意識が保っていた勾導はそれを振りほどくと自分で立ち上がる。隣には止血帯替わりに破ったマントを額に巻いたタバサが杖に寄りかかりながら立っていた。それを見た勾導はなぜか切なさと悔しさが入り混じった感情が沸き上がり、痛いほど歯を食いしばった。

 皆、満身創痍だ。

 逃げようという考えが浮かんだが、逃げたらこいつは周辺の村に襲いかかる。いや、すでに村を襲ったのかもしれない。そして、確実に学院にもやってくるだろう。ここで食い止めなくてはいけなかった。

 ふと、勾導の中でこんな気持ちが沸いた。

『もう、終わりかな……。あいつらを逃がす時間を稼がないといけないから、最悪でも刺し違えないとな。……結局、日本には帰れないか。おまけにタバサとの『約束』も守れないか。……最悪だな。まっ、しょうがないか。こうなったら、あいつの笑顔を『未来に繋げるため』、がんばろっか』

 自分の死を覚悟完了し、勾導が最後の突撃に向かおうとしたその時、後ろから才人が顔を見せた。その手には『破壊の杖』がある。

「勾導、諦めたら駄目だ」

 そう言う才人の顔も傷だらけだ。だが、その目には勾導とは別種の『覚悟』で満ちていた。

 勾導は覚悟ができている。だが、その覚悟とは『自分の生を投げ打ってでも目の前の脅威を打破する』という、ある種『生の諦め』に似たものがあった。

 だが、才人は違った。『なにがなんでも絶対に生き抜いてやる』という『生への執着』にも似たものに満ち、決して諦めないと言いたげに立ち上がっていた。その姿を見て勾導は一瞬呆けてしまったが、すぐに切り替えて才人に当たる。

「じゃあ、どうするんだよ! もう手は無いぞ!」

「手はあるっ!」

 才人は勾導に『破壊の杖』を見せた。それを見て勾導は声を荒げる。

「バカ野郎! これは『特撮の小道具』だ! 早い話『ハリボテ』だ! 本物もクソもねぇ!!」

「正真正銘の『本物』だよ! ルーンが教えてくれた! これでアイツをぶっ倒せるんだ!!」

 才人の必死な言葉に勾導は思わず黙る。そして、今まで自分を支配していた物と別種の覚悟を決め確かめるように聞いた。

「才人……。信じてやるよ。使い方は分かるのか?」

「ああ、お前は?」

「ガキの頃、腐るほどテレビで見て真似もしてたんだ。分かるよ」

「そうか……。じゃあ、やるぞ!」

「おうっ!」

 勾導と才人は一緒に『破壊の杖』を持ち構えた。構えた瞬間、『破壊の杖』はとても重くなったように感じた。まるで、『それを扱う者の覚悟と勇気、そして正義』を杖自身が問いかけてきたように思った。

 2人はその問いかけに答えるように力強く怪人にそれを向け、『破壊の杖』その真名を叫んだ。

 

 

 「オートデリンガーッッッ!!」

 

 

 それは『機動刑事』と呼ばれた人を愛し正義を守り通したヘビーメタルボディを纏う不屈の男が持っていた切り札であり『守る為の力』。

 それが時を、世界を、現実と架空の壁を越えて今、2人の使い魔の腕に握られていた。

 

 怪人を照準の中に入れることで2人の脳内に赤いロックオンマークのイメージが浮き上がる。それを見計らって才人がボタンを押して叫んだ。

「エネルギーチャージっ」

 オートデリンガーの上部にあるチャージインジゲーターが上がっていく。

 怪人はそれに気付いたようで、ロックから逃げようとするがいつの間にか足を氷漬けにされ地面と一体になっており一歩も動く事が出来なくなった。それを行った少女が弱弱しく杖を掲げていた。

「タバサっ」

 思わず勾導は声を出すが、タバサは彼に目をやらず絞り出すように告げた。

「わたしができるのはここまで。……後はお願い、あなたを信じてる」

「……っ、ああ!!」

 主人の頑張りに、信頼を感じて勾導の胸が熱くなる。彼女から託された物を吸収したかのようにオートデリンガーのエネルギーチャージがさらに一段階上がる。それでも、まだマックスではなかった。

「早く、早くフルチャージしろっ! 時間が無いんだ!」

 才人が急かす様な声を出すが、マックスには程遠い。才人はその事に焦るが、勾導は違った。

「才人、アイツをまっすぐ見てろ。チャージなんてすぐ終わっからよ! なんだったら『対バイオロン法』を朗読してればいいんだよ!」

 そんな軽口を叩いていた。先ほどまでとは違いそのどこか不敵で、自信に満ちた姿を見て才人も落ち着きを取り戻した。

「知らないって、そんなもの! 俺はオタクじゃないんだから!」

「だったら今知りな。今思えば結構突っ込みどころがあってスゴい内容だから」

「……どんな内容だよ、このオタク野郎!」

「んじゃ、オレ達とこの世界向けにちょっと改造した物を言ってやるよ、この一般人っ!」

 笑いながら2人は口角を吊り上げながら構える。

 だが怪人は無抵抗のままではなかった。自分が動けないならとばかりに体中の棘を収束させ2人に向かって飛ばした。

 と、勾導達の前に巨大な土壁が現れ、全ての棘を受け止めた。誰だ、と思っているとシルフィードの方から声がした。

「あんた達がくたばったら、わたしも死んじまうからね……」

 意識を取り戻したフーケが横になったまま杖をかざしていた。

 皆が驚く間も与えずフーケが叫んだ。

「さあ、『破壊の杖』の力を土くれのフーケに見せてみなっ」

「ああ、目ん玉でかくして見てみなっ」

 そう叫んだ勾導はインジゲーターを確認する。あと3目盛りでマックス。それを見て勾導は何かを大声でなにかを叫び出した。

 

「『対バイオロン法』改め『対ハルケギニア法』第一条、七瀬勾導と平賀才人は、いかなる場合でも空気を読まずに好き勝手に我を通す事ができるっ!」

 

 その言葉に合せるようにゲージが一段上がる。勾導はそれを確認せずに続けた。

 

「第二条、七瀬勾導と平賀才人は、相手が主人及び自分の敵だと認めた場合、自らの判断でそいつをボコることができるッッ!!」

 

 棘の特性が発動し、目の前の土壁が爆発し土の嵐が2人に襲いかかる。それでも2人は一歩も引かず目の前を睨んでいた。その姿が怪人も異様に感じたのだろう。先ほどまでとは打って変わりどこか怯えた姿を晒していた。

 ゲージがさらに上がる。土と血に塗れた勾導と才人は目を大きく見開く。今の2人に恐怖など無い。あるのは『もう終わらせる』その一念だけだった。

 

「第二条補足、場合によっては抹殺する事も許されるッッッ!!!」

 

 勾導の言葉と共に、遂にインジゲーターはマックスとなり周囲に電子音が鳴り響く。砲身全体に圧倒的な力が巡り回っている事を感じている。

 力の胎動を感じながら才人は思う。これは悪用させてはならないものだ。これは『正しき事』の為に使わなくてはならないものだ。では今の自分達はどうだろう。答えはすぐに出た。自分達は間違いなく『正しき光』の下にいる。『みんなを守る』、その一心の元これを放とうとしているという確信を胸に燃やし決意を堅くする。

 全てを終わらせるため、2人はトリガーを弾いた。

 

「オートデリンガァァァァァ、ファイナルキャノンッッッッ!!!!!」

 

 砲身から膨大な力を帯びた火の球が発射される。それと同時に、生身で発射反動を受けた2人は後方へ木の葉のように吹き飛ばされた。

 火球は怪人に直撃した。その圧倒的なエネルギーは異形の体を飲み込み体組織を粉々に破壊していく。いや、この世から抹消させていると言った方がいいだろう。それほどまでに巨大かつ規格外のエネルギーなのだ。断末魔だろうか。怪人がなにか叫んだが言葉にはなっていなかった。

 エネルギーの奔流は森の木々を巻き込み、最後には巨大な火柱となって空に消える。前方300メイルは更地と化し、わずかに残った森には静寂のみが支配していた。

 タバサ達はその破壊力を間近で見て声が出せなかった。

『破壊の杖』、その名前どおり立ちはだかる敵や物全てを破壊し尽くした。ハルケギニアのメイジでこんな事ができる者がいるだろうか。いや、いない。例え凄腕のスクウェアメイジが何人揃っても無理だと思った。

 タバサは思う。これはマジックアイテムでなく武器だった。これほどの武器、いや兵器はハルケギニアでは決して作ることはできない。そして、これの使い方を異世界から来た2人は知っていた。すなわち、これは地球のものだと。

「これが、コウドウの世界の力……」

 そう静かに呟いた。

 一方、吹き飛ばされた2人はというと、10数メートルほど吹き飛ばされた後太い幹の木々にぶつかった。才人は気絶していたが、意識のあった勾導は自身が引き起こした結果を笑っていた。

 

「第三条、七瀬勾導及び全ての使い魔は、主人の生命を最優先とし、これを顧みないあらゆる命令を排除し、叩き潰すことができる……、わかったかハルケギニア、この野郎」

 

 誰に聞かせるわけもなく、そう零すと目を瞑った。

 

 

 様々なアクシデントがあったものの『破壊の杖』奪還任務は終わった。

 比較的軽症だったルイズたちが先頭に立って勾導と才人及びオートデリンガーを回収したが、皆ひどい有様だった。だが、重傷を負っているのは2人だけではない。タバサとフーケもだ。彼らの容態の事もあってシルフィードは大急ぎで学院に向かった。

 学院にたどり着いた時、教師や生徒達は血まみれの彼らの姿に驚き、急ぎ医務室に運び込んだ。そこで水メイジの魔法と秘薬の治療を受けた事で急速に回復していった。

 医務室にオスマン学院長とコルベールがやってきた。2人は傷だらけの彼らの姿を見て「自分達は生徒を危険に晒した」という事実を理解した。2人は何度も謝り、目に涙を浮かべながら「良かった、良かった」と繰り返した。

 しばらくして、2人は彼らの報告を聞いた。医務室には関係者のみが在室し、傷が重い勾導とタバサ、才人はベッドの上にいた。

「ふむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。とびっきりの美人だったので秘書に採用してしまったわい」

 そのフーケだが、彼女は治療を受けた後、学院の地下にある鍵付きの履修室に入れられている。学院に戻る時から意識があったものの、彼女は抵抗も見せず独房に近い履修室に入った。その顔は疲れ切っており、まるで一刻も早く楽になりたいと言った感じだったという。

「学院長、どこで採用されたのですか?」

 コルベールがオスマンに尋ねる。

「トリスタニアの居酒屋じゃ。彼女は給仕をしており、客だったわしに接客してくれたんじゃ」

「はぁ」

「それでな、スキンシップ代わりに尻を撫でてもなんの嫌がりもせんかったからの。「ひょっとして脈ありじゃね? わしはまだイケるんじゃね?」と思い、魔法学院でわしの秘書にならんかと言ったんじゃ」

「それで?」

 コルベールは淡々と相槌を打つ。生徒達もどこか冷たい視線を送っていた。

 オスマンは周囲の反応にもめげず、真面目な顔になって続けた。

「おまけに魔法も使えると言っておったからな。「これほどの優良人材いなくね?」と思って一発採用したんじゃ」

「馬鹿じゃねーの?」

 コルベールが吐き捨てる。オスマンは軽く唸った後、コルベールに向き直り厳粛な声色で言った。

「今思えば、あれは魔法学院に潜りこむためのフーケの作戦だったに違いない。初めて会った時から愛想よく接客して酒を勧めてきての。おまけに色々褒めたり媚びたりしてわしの気分を高揚させてくれた上に尻を撫でても怒らない。こりゃわしに気がある? わしの魅力にメロメロになっとる? とか思っちゃうじゃろ。ねぇ? ねぇ?」

「ただのエロジジイじゃねぇか、テメェ」

 重い声色で開き直った言動を吐く学院長の姿を見て勾導が思わず声を出した。他の皆も同意見だろう。首を縦に振った。

 ただ、コルベールは何か思い当たる事があるのだろう。薄い頭から汗を流しながらオスマンを擁護するように話を合せた。

「そ、そうですな! 美人はそれだけでいけない魔法使いですな!」

「そのとおり、魔性なんじゃ、魔性! わしらを骨抜きにする魔性の眼鏡秘書だったんじゃ!」

 この2人のやり取りを見て6人は呆れたような視線をぶつけた。

 そんな彼らの視線に気付いたのか、オスマンは慌てて元の威厳のある声と顔を見せる。

「と、とにかくじゃ。君達は見事『破壊の杖』を奪還してくれた。本来は学院教師が行うべき事を生徒である君達が行った事も魔法学院を代表して重ねて感謝したい」

 その言葉に生徒達は深々と礼をした。

 オスマンは髭を扱きながら話を続ける。

「君達の、『シュヴァリエ』の爵位申請を王宮に出しておいた。ミス・タバサはすでに持っておるから精霊勲章の授与を申請した。追って沙汰があるじゃろう」

 4人の顔が驚きと感動に満ちた。

「ほ、ほんとうですか?」

 ギーシュが確かめるように聞く。

「本当じゃ。君達はそれだけの事をやったのじゃからな」

 と、ルイズがオスマンに尋ねた。

「……オールド・オスマン。サイトには何もないのですか?」

 タバサも続く。

「コウドウも。彼らがいなかったらわたし達は生きて帰ってこれなかった」

 オスマンは申し訳なさそうに首を横に振った。

「彼らは平民じゃ。残念だが申請しても無駄じゃ」

「そんな……」

 と、才人が会話に加わる。

「何もいらないですよ」

 そこに勾導も、

「別に勲章なんてもらっても腹の足しになんないからいらねぇよ。それに、どっちかっていったら……」

 ベッドの上でオスマンを見ながら何かを要求するように手を出した。

「現ナマくれない? 早い話金だよ、金。こないだトリスタニアに行った時飲み屋でチップをバーッてばら撒いたから金ないんだよ。だからさ、金くれない? 200エキューくらいでいいから。さぁ、さぁ」

 勾導の図々しさにさすがのオスマンは呆れた。

「このオールド・オスマンに向かって金よこせとは……。おまけに200エキューもの大金を……。わかったわい。おぬしともう1人で100エキューずつあげよう」

「オールド・オスマン!」

 コルベールが驚きの声をあげるが、オスマンは首を振りながら言った。

「いいのじゃ。彼らは我が学院の生徒を守る為に尽力してくれたのじゃ。これくらいの褒美は当然じゃ」

 ベッドの上でガッツポーズをとる勾導の姿を見ながらオスマンは手を打った。

「さて君達。今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」

 ギーシュ達はあっと声を出した。

「そうだった! 今日は舞踏会だという事を忘れてました!」

「フーケの騒ぎで頭から抜け落ちてたわ!」

 彼らの嬉しそうな顔を見ながら、うんうんと頷くオスマンはこう締めくくった。

「夕方にはミス・タバサの怪我も全快するじゃろう。今宵の舞踏会の主役は君たちじゃ。さぁ、しっかりと目立つために準備をしてきなさい」

 怪我のない3人は、礼をすると自室に戻る為医務室から出た。コルベールも舞踏会の準備の為退出した。

 彼らがいなくなるのを見計らい、オスマンは勾導と才人を見た。

「さて、なにか私に聞きたい事がおありのようじゃな」

 2人は頷く。タバサも関心があった為会話に参加する気でいた。

「言ってごらんなさい。出来るだけ力になろう。何度も言うが、君達は生徒を守る為に傷つき、生きて連れ帰ってくれたのじゃ。このくらいはしないとの」

 まず、才人から切りだした。

「あの『破壊の杖』は、俺達が元いた世界の物です」

 オスマンの目が大きく開かれた。

「ふむ……、元いた世界とは?」

「俺達は、この世界の人間じゃないんです」

 そこまで言って才人はある事に気付く。才人自身、この事を伝えたのはルイズだけだ。話半分で信じてもらっていないが。その秘密を部外者のタバサが聞いてしまった事に気付き、『しまった』と言いたげな顔を見せる。

 と、その才人の態度を理解したのか、タバサが言った。

「大丈夫。あなたが異世界人だという事はコウドウから聞いている」

 そう聞いた才人は驚いたものの、なぜか安心感に包まれほっと息をつく。

 話が落ちついたところで、再びオスマンが才人に尋ねた。

「本当かね?」

「本当です。俺達は、あの召喚の魔法でこの世界に連れて来られたんです」

「付け加えると、オレと才人の召喚された時期は2年のタイムラグがあるみたいだけどな」

 勾導が補足する。

「なるほど。そうじゃったのか……」

 オスマンが興味深そうに目を細める。

 今度は勾導が切り出した。

「あの『破壊の杖』は、オレ達の世界の物だが、正確に言うと現実には存在はしないものなんだ」

「どういう事だね?」

「最初に言っておくと、『破壊の杖』の正式名称は『オートデリンガー』っていうんだ」

「オート……、デリンガー……」

 オスマンがその名を噛み締めるように言った。

「でだ、ここからが本題だ。このオートデリンガー、単刀直入に言うと架空の武器で、ある特撮作品に出て来るんだ」

「ふむ、トクサツとはなんだね?」

「あっ、そういや特撮はここにはないよな。なんと言ったらいいんだろうな……。分かりやすくいったら演劇だな。子供から大人まで楽しめる熱い内容のな。……人の未来と希望を守り通した男の物語だよ」

 そう言って勾導はその男の物語をかいつまんで説明する。

 それを聞いたオスマンの瞳に光る物があった。

「そうか……。まさに『英雄』じゃな、その男は。創作の中の人物とは言え、現実にもいてほしい男だわい」

「で、どうしてこんなものがハルケギニアにあるんだ? それも正真正銘の本物が」

「……これには逸話があっての。数千年前、『エンシェントドラゴン』と呼ばれる巨大な竜が現れハルケギニアに多くの被害を与えた。人々が絶望に沈んだ時、どこからともなく光り輝く鋼の鎧を纏った男達が現れてエンシェントドラゴンに戦いを挑んだ。この『破壊の杖』、いや『オートデリンガー』だったかの。これはその『光輝く者達』の中の1人が手にしており、一撃で竜に多大な損傷を与え、その翼を吹き飛ばしたそうじゃ。彼らの活躍でエンシェントドラゴンは倒れ、ハルケギニアに平和が戻った。全てが終わった時、彼らは忽然と姿を消したそうじゃ。そして、彼らの痕跡を求めていた時に発見されたのがこれじゃ。以後、この杖は魔法学院が厳重に保管する事になったのじゃ。世界を救った英雄が手にしていた『全ての災厄を破壊する希望の杖』と名付けられての」

 いつの間にか『破壊の杖』と呼ばれ出してそれが正式名称になったがの、とオスマンは付け加える。

「『光り輝く者達』ってもしかしてメタルヒーロー達かよ! ていうかなんで創作上の存在がこの世界を救ってんだよ! まさか東映ヒーローって実在したのかよ! すげぇぞ東映! ついでにバンダイ! これならどっかゲーム会社も買収できらぁ!! クソキャラゲーは勘弁だが!!」

 勾導のアレなのたまいを無視しつつ、タバサが口を開いた。

「フーケを捕縛した後、わたし達は見た事のない亜人に襲われました。最初は人の姿で、背後に歪んだ鏡の様な物が浮かんだかと思うと怪物の姿に変化しました」

 それを聞いたオスマンは驚きの顔をする。

「まさか『揺らぎの鏡』の亜人に遭遇したのか!? ……よくぞ、よくぞ生きて帰ってくれた」

 そう言いながらオスマンはタバサの手を握った。そして、落ち着きを取り戻した後に語り出した。

「君達の戦ったものは『揺らぎの鏡』と呼ばれる現象によって現れた亜人じゃよ」

「『揺らぎの鏡』?」

「古くからこのハルケギニアに現れる『サモン・サーヴァント』の鏡に似た鏡から出現する怪物たちの巣のようなものじゃ。そこからは複数体が現れ人々を襲うのじゃ。本来は約50年の周期で出現するもので、前回は30年前に発生し、その時は『烈風カリン』をはじめとした魔法衛士隊の活躍で鎮圧したのじゃがの」

「30年前って、周期からズレているじゃん。あと20年は余裕があったんじゃねえのかよ?」

「わしも分からない。ただ、今回も複数の怪物が現れ周囲の村に被害が出たという事じゃ。君達が倒した者以外の怪物は魔法衛士隊が殲滅したようじゃ。とにかく、このハルケギニアにはまだ分からない事がたくさんあるんじゃ」

 オスマンの言葉に皆は黙る。タバサも、自分が知らない事が世界に、身近にまだ存在する事に衝撃を受けているようだった。

「……結局、元の世界に戻る手がかりは無いのかよ。地球とは繋がりがありそうだけど」

 オスマンの言葉を聞いた才人は溜息をついた。地球関連の繋がりはあったものの、その方向性がメチャクチャすぎる。なんで架空のヒーローの武器がここにあるんだ、と頭を抱えた。

「ただ、一つだけ分かっとる事がある」

 そう言ってオスマンは才人の左手を掴む。

「おぬしのこのルーンの能力……、君は既に知っているね?」

「ええ。なんか武器を持ったらこれが光って武器の使い方が頭と体で理解できるようになるんです。身体能力も跳ね上がって……。おまけに架空の武器の事も分かるなんて……」

 オスマンは続きを言おうとした時、部外者であるタバサの顔を見た。このまま告げていいのかどうか悩んでためらう様子を見せたが、意を決して告げた。

「このルーンの名前は『ガンダールヴ』。伝説の使い魔の印じゃよ」

「伝説の使い魔?」

「そうじゃ。その名を持った使い魔はありとあらゆる武器を自在に使いこなして主を守ったそうじゃ。オートデリンガーを使えたのも、そのためじゃろう」

「ガンダールヴ……」

 タバサは噛み締めるようにその名を呟く。

「どうして、俺がそんなたいそれたものになったんだろ……」

「わからん。ただ、お主がこの世界に来たことと、そのルーンはなにか関係があるのかもしれん」

「はぁ……」

 才人は再び溜息をつく。結局手がかりは何一つ得られなかった。そう思うと気分が重くなってしまう。

「おいじいさん、オレのルーンのことは分かるか?」

 今度は勾導がオスマンに尋ねる。答えはすぐに出た。

「分からん」

「はぁ?」

「分からんのじゃ、何一つ。なにしろ、おぬしのルーンは学院の書物に全く載っておらんかったからの」

「もしかしてオレも才人みたいに伝説の使い魔なのか?」

「それも分からん。おまけに能力すらあの決闘まで分からんかったからの……。ただ、分かった事はある」

「なんだよ、分かった事って」

「君のルーンの名前じゃよ。その名も『ギャラルホルン』じゃ」

 その名を聞いた才人とタバサは反応を示した。

「それって勾導がフーケと闘った時に叫んだ言葉だ!」

「あなたは知っていたの?」

 タバサの質問に勾導は頭を掻いた。

「わりい、覚えてないんだ」

「覚えてないってなんだよ。カッコつけて変身ポーズやって『変身っ』って言ってたじゃないか」

「それは覚えてるよ。あの時どうしてもルーンを発動させたかったから、『ひょっとしたらポーズとって「変身」って言えば発動できるんじゃね?』と思ってやったからさ。ただ、『ギャラルホルン』って言ったことは覚えてないよ」

 勾導は気にするように頭を振った。結局分かった事はルーンの名前だけだ。この世界に来た理由もその他諸々の事も解決していない。落胆が室内に広がり静寂に包まれた。

 と、オスマンがまとめるように喋る。

「力になれんですまんの。でも、これだけは覚えておいてほしい。わしは君達の味方じゃよ。ガンダールヴにギャラルホルンよ。お主らがなぜこの世界に来たのか、帰れる手段がないか、わしなりに調べてみるつもりじゃ」

「本当ですか!」

 才人が嬉しそうに声を出す。

「もちろんじゃ。君らは恩人じゃ。でも、何も分からなくても恨まんでくれよ。なあに、この世界も悪くない。なんだったら嫁さんも探してあげよう」

 そう言われた才人は再び意気消沈した。気分のアップダウンが何度も繰り返したため、遂に疲労が圧し掛かってきた。

 投げやり気味に「疲れたのでちょっと寝ます」と言って才人はふて寝する。その姿を見たオスマンは少々申し訳なさそうな視線は向けたものの、今度は勾導に尋ねた。

「お主はどうじゃ? この世界で過ごしてみて。色々と違いがあるようだが」

 少し考えて勾導は答えた。

「正直、この世界でいうところの平民が暮らすのなら、元いた世界の方が相当マシだな。治安はいい、学校行って最低限の学は身に着く、アニメやゲーム、漫画にプロレスと心ワクワクするエンタメもスゲぇある。なにより、やかましい貴族がいねぇ」

「ほう。ではお主はこの世界は嫌いなのかな?」

「いいや。元の世界でも不便な事やムカつく事はいっぱいあるよ。それにこの世界だっていいところがあるよ。メシがうまい、アニメまんまの世界で毎日が楽しい、なにより女の子がかわいいって感じでさ」

「お主もそう思うか! この学院の女生徒はなかなかいいぞ。ただ、トリステインの貴族だからの。ちょっと高慢なところがあるがの」

「そういうのを時間かけて解きほぐして攻略するのが腕の見せ所じゃねーか。そういうやつほど惚れたら一途になるんだぜ(漫画の知識だけど)」

「……お主、よく分かっとるのう。元の世界で相当女を泣かせているんじゃないのかのぉ?」

「あっ、わかったぁ?(嘘だけど! 見栄張ってるだけだけど!)」

 ダッハッハと笑いながらそんな話をしている2人をタバサが何か言いたげな冷たい視線を送る。それに気付いた勾導は慌てて話の軌道を変えた。

「と、とにかく、この世界も悪くないから帰る気はまだないよ! それにな、オレはこの世界で用ができたんだ」

「ほう、用とな。どんな用じゃ?」

「ひ・み・つ!」

 そう言って勾導は太い笑みをオスマンに向ける。それを見たオスマンも笑顔を向けると、

「まぁ、しっかりこの世界を満喫しなさい。勿論、ミス・タバサの使い魔だという事を忘れないようにの」

 そう言って医務室を出ていった。

 それを2人は見送ると、疲れがどっと襲ってきたので眠りに着いた。

 

 

 空に双月が浮かんだ頃、舞踏会が始まった。アルヴィーズの食堂の上階のホールが会場で、華やかに装飾されていた。

 華美な衣装を纏った生徒や教師達が歓談をしたり食事をしている姿を勾導と才人はバルコニーで見つめていた。2人とも傷はあらかた塞がったものの、まだ至る所に包帯を巻いており、それがより『場違い感』を強調させたため才人は中に入れなかった。

 一方の勾導はキュルケに買ってもらった服ではなく学ランを着ていた。

「なんで着替えてんだよ」と才人が尋ねると「学ランは礼服だからスーツ替わりにいいだろ。ドレスコード、ドレスコード」と答える勾導を見て才人は、

(こいつ、舞踏会に参加する気満々だな)

 と思いながら、その空気を読まずヅカヅカ入っていける性格を少し羨ましく思った。不意に、なぜか悔しい気持ちが沸き上がったので、シエスタが持ってきたワインをぐいと一気飲みした。さっきから理由を見つけるとワインを煽るという行為を繰り返していた。

「相棒、飲み過ぎじゃねぇのか?」

 側に立て掛けていたデルフリンガ―が心配そうに言う。

「うるせぇ。帰る手がかりが見つかったと思ったら、全然違ったんだぞ。……なんだよ、オートデリンガーって。斜め上にもほどがあるって。頭空っぽになるまで飲みたくなるわ」

 そう言って更に飲む。明らかに悪循環にはまっている。

「そうかい。しっかし、あのオートデリンガーだっけ? あれはとんでもねぇ武器だったな。俺も心の底からおでれーたよ」

 酒を飲むのを止めさせるためデルフリンガ―は今日の出来事を振り返るように話す。だが、才人はそれを無視してワインを飲み干す。と、勾導はワインのつまみのチーズをつまみながら話した。

「なあ才人。今度トリスタニア行こうぜ。じいさんからもらった金、パァァっと使おうや。この間いい飲み屋見つけたんだよ。店長のキャラが強烈なのがアレだが、店の女の子はめちゃくちゃかわいかったからさ。嫌な事忘れようぜ」

 そう言ってみたが才人からは何の返事もない。それを見た勾導は溜息をつき、また今度話すかと頭を切り替える。

 と、その時だった。ホールの扉がゆっくりと開いた。そして、門に就いていた衛視が声を出した。

「ヴァリエール侯爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁーりぃー!」

 扉が全開になり、そこからルイズが現れた。長い髪をまとめ、純白のドレスに身を包んでいた。その姿を見て才人は思わず息を飲み、勾導は口笛を吹いた。

 会場に全員が揃った事を契機に楽師たちが演奏をはじめ、周りの貴族達が踊り始める。生徒達がルイズにダンスの相手を申し込むが、彼女は誰の誘いも受けずまっすぐバルコニーに向かった。

 ルイズは2人の姿を見ると、どこか呆れたような声をあげた。

「あんた達も楽しんでいるみたいね」

「別に……」

 才人は思わず目を伏せる。あまりにも彼女が眩しく、美しかったからだ。なんだかんだで彼女はいいとこ生まれで自分とは違う。酔った頭でそんな事を思っていた。一方、

「おっ、馬子にも衣装じゃねぇか」

 と、デルフがからかい、

「これで性格がキツくなければなぁ……」

 勾導がチーズを食べながらボヤく。

「あんたたち、聞こえてるわよ!」

 ルイズは睨む。それを勾導は受け流すと、

「おー怖。つーか、何しに来たんだよ」

 とルイズに尋ねた。

「踊りたいのだけど、相手がいないのよ」

 ルイズが手を振りながら答えた。

「いっぱい誘われてたじゃねぇかよ」

 伏せ眼気味に才人が言う。ルイズは溜息を一つ吐くと、才人にすっと手を差し伸べた。

「お……、踊ってあげても、良くってよ」

 ほんのりと顔を赤くしながら、ルイズは言った。

 その唐突な言葉に才人の酔った頭は急速に冷えていく。代わりに、妙な気恥ずかしい気持ちに包まれ、なぜか心臓がドキドキと鼓動を高鳴らしているように感じていた。

 それを悟られたくなかったので、思わず気取った言い方をした。

「わたしと踊ってください、じゃねぇのかよ」

 そう強がった途端、才人の中で『やっちまった』という気持ちが芽生え、思わず目を伏せた。

 その才人の姿にルイズは仕方ないとばかりに溜息をつくと、

「このバカ犬は……。今日だけだからね」

 そう言うやドレスの裾を持ち上げ、膝を曲げて才人に一礼した。

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 顔を赤らめながらそう言ったルイズの姿に才人はこれでもかとばかりに心を撃ち抜かれた。

 才人は憑かれたようにルイズの手を取った。

 その2人に姿を傍から渋い顔で見ていた勾導は、

「はいはい、どうせ私は邪魔者ですよー。邪魔者はとっととどっかいきますから、お二人は仲良くよろしくニャンニャンしてくださいねー!」

 大げさに声を荒げながら席を立つ。

「うるさいわよ、あんた! だったらどっか行きなさいよ!」

 「しっし」と手を振るルイズの姿に背を向け、勾導はここから退散しようとしたその時だった。

「その……。今日はありがとう。あなたのおかげでみんなが生きて帰ってこれたわ。本当に、ありがとう」

 顔を赤くしながらルイズは礼を言った。勾導は一瞬動きを止めると、

「どういたしまして」

 振り向かないまま、手を振りながらバルコニーから離れていった。

 

 勾導は当然のようにホールの中に入っていった。周りの貴族達は突然平民が入室した事に顔をしかめるが、それを無視してダンスに没頭していく。

 と、勾導にギーシュが声をかけた。その隣には金髪のロングヘアーの少女がいる。ギーシュは勾導が誘ってくれたおかげで手柄が立てる事が出来た、おかげで彼女と仲直りできたと長々と感謝を示す。ここで時間を潰したくなかった勾導はそれに2、3答えると彼らとすぐ別れた。

 次に大勢の男を侍らせているキュルケが声をかけてきた。彼女から「後で踊りましょ」と誘いを受けたが、「ごめん。先客がいるんだわ」と勾導は答えた。『先客』に心当たりがあるのか、キュルケは微笑みを見せると「あの子はこの先のテーブルにいるわ」と伝える。勾導は礼を言うと彼女達と別れた。

 目的の人物は少し行った先のテーブルにいた。黒いパーティドレスを着た青髪の少女は、その小柄の体格ながら目の前にある多くの料理を黙々と口に運んでいた。

 その姿に勾導は一瞬引くも、テーブルの上にあったローストビーフの切り身を適当に皿に取ると少女に声をかけた。

「なぁ、これ食っていいか?」

 少女はこちらを見ないまま頷く。それを了解と捉えた勾導は一口でそれを口に入れ咀嚼する。口いっぱいに肉汁が広がり、それをもっと味わう為に顎が自然に何度も動いた。

 それを飲み込むと、今度は適当にワインをグラスに注いで喉を潤す。勾導はワインをこの世界に来て初めて飲んだ為、まだ味の良し悪しは分からない。ただ、飲みやすくて食事を味わう邪魔にならないものがいいワインだと勝手に思う事にしている。今飲んだワインはその条件に合致していた。

「包帯、取れたんだな。良かったよ」

 そう言って少女を見た。予備の眼鏡を掛けた少女の顔や体にあった傷や痣は消えており、疲労も回復したようだ。もしくは、消耗した体力を取り戻すために目の前の料理にがっついている様にも見えた。

「あなたは?」

 ここで少女は勾導に声をかける。小声だったが、気にするような声色だった。

「細かい傷はだいたい治ったよ。ただ、折れた鼻とあばらは完全にくっついていないからこんなナリだけどね」

 鼻に貼られた大きな湿布を指差す。普通に動くことには問題は無いが、忘れた時に電流の様に痛みがぶり返す。それが嫌だった。

 そう、と言って少女はまた料理を口に運んだ。その姿を見ていると腹が減ったのか、勾導も目に入った料理を食べ始めた。

 このまま時間が過ぎていくかと思われた時、勾導が口を開いた。

「あのさ、踊ろうぜ。タバサ」

 勾導の唐突な言葉に少女―タバサは驚いた顔を見せる。

「せっかくの舞踏会なんだ。踊ってみたいんだよ。バチは当たらないと思うぜ」

「別にいい」

 タバサはそっけなく言う。が、勾導はめげずに続ける。

「いいじゃん、食ってばかりだけじゃつまんねぇぞ。第一、日本の学生生活にはこんなイベントは無いんだから楽しみたいんだよ、オレは。……お願いだよー。タバサー。なんでも言う事を聞くからさー」

 『なんでも言う事を聞く』と聞いたタバサの口元が心なしか上がった。そして、いそいそとテーブルの隅にあったサラダの盛り皿から取り皿に大量に取り分けると、それを勾導の目の前に出した。

「これを食べて」

「何のサラダなんだ?」

「はしばみ草」

その言葉に勾導は思わずウッと声を出す。

「これメチャクチャ苦いヤツじゃん! 無理だ、無理!」

「だったら踊ってあげない」

タバサは子供のような言い回しをする。それを聞いて思わず、

「そのくらい楽勝だっ! 地球人舐めんなっ!」

 反射的にそう言ってしまった勾導は勢いをつけて一口食べる。だが。

(やっぱり苦っ! 半端なく苦いぞこれ!! これを初めて食ったヤツって味覚壊れてるだろ、チクショウ!!)

 思わず吐きたくなった。こんなん食えるかと投げたくなった。だが、自分を見つめているタバサの顔を見ると『きっと無理』といいたげな顔をしていた。そして、ホールの隅の方を見ると才人がルイズとぎこちない動きながらもダンスを踊っている姿が目に入ってきた。なんか笑い合っていて、なんかムカついた。

 それらの光景が勾導の闘志を掻き立てた。おもむろに目の前にあった肉料理をフォークで刺すと口の中に入れる。すると、不思議な事が口の中で起きた。

 肉汁がはしばみ草の強烈な苦みを中和し、今まで味わった事のない旨味が口内を行き渡る。旨いと心から思った。

 これならいける。そう確信した勾導は肉とはしばみ草を交互に口の中にかき込み、一気に咀嚼する。それを大口を開けて何度も繰り返した結果、はしばみ草を完食した。

「どうだコラァッ、全部食ったぞ!」

 誇る様にそう言った勾導を見てタバサは口をへの字に曲げる。

「お肉と一緒に食べた。ずるい」

「でも完食したのには違いは無いだろうが。それよりも、この草は肉と一緒に食べたらうまいぞ。タバサも食ってみろよ」

 勾導は側にあったパンにはしばみ草と肉を乗せ、サンドイッチ状にしたものをタバサに差し出した。それを受け取ったタバサは早速食べてみる。勾導の言うとおり確かにおいしい。肉の余分な脂をはしばみ草が吸い取り、苦みが一つの薬味となって肉のしつこさが消えたようだとタバサは感じた。

「おいしい」

 タバサは素直に感想を述べる。

「だろう?」

 勾導は自慢するように笑った。その顔を見たタバサは、胸の奥でドクンと強く鼓動が鳴った。生まれて初めての事にタバサは心の中で戸惑う一方、なぜか暖かい気持ちが沸き上がってきた。

「約束は守る」

 その正体不明の感覚をごまかす様に、タバサはドレスの裾を持ち上げて膝をつき一礼した。その一連の動きは元王族だけあって優雅で気品を感じられた。

「わたしと踊って頂けませんか?」

 タバサはそう言って勾導に手を差し出す。

「もちろん」

 勾導は笑みを浮かべたままその手を強く握り返した。

 

 勾導の動きは最初ぎこちなかったものの、タバサのリードと自身の運動神経、さらには周囲の動きを真似する事によってそのステップは流れるように滑らかになった。いつしか2人はホールの中央まで足を運び、その踊る姿に周囲の生徒達も思わず動きを止めて見入っていた。

 音楽のテンポが速くなった事を契機に2人の動きは大きくなる。具体的に言えばタバサの体を宙に上げ、勾導は背中で受け止めてポーズを決めるといったものなどだ。その派手な動きに生徒達は歓声を上げ拍手を送った。

「この動きはなに?」

 いつも通りの無表情ながら、少し顔を赤くしたタバサが聞いてきた。

「『キングゲイナー』のオープニングのダンスだよ。ぶっつけ本番でやったけど、受けて良かった」

 勾導はタバサを地上に降ろして再びステップを踏む。正直タバサにはなんの事か分からない。しかし、勾導の顔を見ていると、それも楽しいものだと思った。

「コウドウ」

「ん?」

「あなたは帰りたくないの? 元の世界に」

 タバサは唐突に尋ねる。同じ世界から来た才人は帰りたそうにしているのに、勾導はそんなそぶりを見せない。それを疑問に思ったから聞いた。

 勾導は少し考えてから言った。

「昼間にも言っただろ。この世界は楽しいって。そりゃムカつく事もあったよ。でも、それ以上に楽しい事があったから、嫌気が差して帰りたいって気持ちは無いよ。……それによ、『約束』したろ」

 『約束』という言葉にタバサはピクリと反応する。

「それを果たすまでは帰ろうなんて思わないよ。だって、オレはお前の使い魔だからな」

 そう言って勾導は笑みを見せた。その笑顔にタバサも思わず無表情を崩して笑う。

「ありがとう」

 笑顔と共に送られた心からの感謝の言葉は勾導の胸にに届いた。

 

 夜はまだ終わらない。

 青と黒の主従は、双月が輝く中踊り続けた。

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