Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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 お待たせしました。


20.5:自由への招待

 

 フリッグの舞踏会の翌日、土くれのフーケはまだ太陽が昇りきらないうちに馬車に押し込まれた。馬車は木製だが至る所に鉄製の補強材が仕込まれており、滅多な事では壊れないその頑丈な造りから犯罪者を乗せる護送車にはもってこいの代物だった。また、手には木製の枷がはめられ、上半身の自由は奪われていた。

 馬車の行き先はトリスタニア。そこにある司法院で裁判を受ける事になるだろうが、被告はトリステイン貴族達の屋敷を荒し回ったフーケだ。国中の貴族のプライドを傷つけまくった事から、その裁判は形式的なものでしかなく、最初から用意された判決文を述べるためだけの舞台にすぎないであろう。

(……どうせ縛り首さ。よくて島流し、かねぇ……)

 動き出してしばらく経ったある時、薄く瘡蓋ができた頬を撫でながらフーケはそんな事を思う。昨日の戦いで重傷を負ったため彼女の体の至る所には包帯が巻かれていた。

「まったく……、あのジジイ。なにが『君の治療が退職金代わり』だよ……」

 フーケは忌々しげに呟く。ルイズの爆発に巻き込まれたため大火傷や骨折をした体が高価な秘薬も使われたおかげで大方治癒できたが、自分には極刑が待っているから無意味な行為だと舌打ちをする。

 やる事が無いので、ぼうっと黒塗りの天井を見つめていると、自分を捕まえた学院の生徒と平民の事を思い出した。

(たいしたもんじゃないの、あいつら! このわたしをとっ捕まえるなんてさ!)

 最初は自分が優勢だったはずなのに、彼らが体勢を立て直すとあっという間に捕縛されてしまった。

 自慢のゴーレムを完膚なきまでに破壊した桃髪の学生メイジ。

 自分の奥の手『噴射鉄拳(ブーステッドナックル)』を真っ二つに斬り捨てた平民の少年。そして、

「いったいなんだったんだい……。あのガキは……」

 頭を押さえながらフーケは問題のガキ-七瀬勾導のやった事を思い出す。

 自分の正体に気付かれ、くだらない策に嵌められたことで正体を晒す羽目になった。

 生身で立ち向かってきたのを返り討ちにしたはずなのに、それでも立ち上がって向かってきた。

 そして、ゴーレムを破壊され切り札も潰されて戦意を喪失した自分に対して駄目押しとばかりにオスマンのセクハラ行為も霞むほどの破廉恥行為をやってのけ、トドメに滅茶苦茶に回した揚句にブン投げ飛ばした。

 それらの所業を思い返すと、いつの間にか体が震えている事にフーケは気付いた。ジャイアントスイングで回されている際に見たあのぐるぐると狂気に満ちた瞳を思いだしたからだ。

 おまけに、途中から乱入してきた亜人をあの『破壊の杖』を使って倒してのけた。

 あの時、フーケはその情景を見ている内に、疲労と精神力の消耗の限界を迎えてしまった為、意識を失ってしまったのだった。

 あんな滅茶苦茶な人間とは二度と関わりたくないとフーケは心に刻む。と、囚われの身となった今の自分にそんな『機会』が訪れるわけがないと悟り、自嘲気味に笑う。そして、ぽつりと零す。

「もう、終わりなのかな……」

 思わず零れた言葉が頭の中で反芻する。それが冷え切った心を何度も抉り、様々な思いを引き摺り出した。

 罪人の証明である枷を見つめると、もう二度と娑婆には戻れないという自覚が浮き上がった。自分の生死すら第三者に委ねている。どうあがいても変えられない自分の運命にフーケは今まで見せていた淡々とした表情を崩してしまう。そして、心の緊張が崩れ瞳が揺れた。

「……ごめんよ、――」

 肩を震わせながら小さく、消えそうな声で本音を漏らしてしまった。

 そこから堰を切ったようにフーケは、泣いた。

 

 

「へっ、あの女泣いてやがる。いい気味だ」

「トリステインの貴族を震え上がらせた土くれのフーケが女だって事には驚いたが、さすがにこんな状況になったら泣き出すものか……。いいモンが見られたぜ」

 そんなフーケの姿を馬車に設置された覗き窓から見ていた者達がいた。フーケの身柄を受領し、王都に護送するために派遣された兵士達である。彼ら3人は広い御者台にどっかりと座りながら周囲の警戒をしつつ、護送しているフーケの姿を舐めるように見ていた。

 重大犯罪者の護送中だというのに、彼らはワインの入った酒瓶を口に咥えつつパイプを吸っていた。目的地まで先が長いので暇なのだろう。だが、彼らの勤務態度はそれが言い訳には出来るほど褒められた物ではない。その事から、トリステイン軍の規律は弛みきっていると見て取れた。

 酒の肴代わりに包帯を巻いた年頃の女が泣いている姿を見ていると、酔いの回った頭からサディスティックな気持ちが刺激されたのか、兵士は口元を大きく歪め下卑た妄想を脳内に掻き立てていた。

「あの女、かなりの美人だな……。隊長、王宮に届ける前に手ぇ出してもいいですかね? 杖はこっちにあるんですから」

 彼らは魔法の使えない平民だったが、現在フーケにはメイジとしての証明である杖がない。そのことから皆気が大きくなっていた。

 隊長と呼ばれた男が口を歪める。

「まあ待て。こういうのは隊長である俺が最初にやるべきだ」

「はぁ? ずるいですよっ! 隊長特権ですか?」

 部下の抗議を手で制しながら隊長が語り出した。

「違うわい。ああいった女はきっつい抵抗をするもんだ。部下であるお前らになんかあったら事だから、この俺自ら『試し槍』を志願するんだ。ありがたく思え」

「物は言いようですねぇ……。まっ、いいですよ。やらせてもらうなら順番なんてどうでもいいですから」

 そう笑いながら兵士の1人が馬車を止めようとしたその時だった。

 目の前になにか人の様な影がいる事を視認した。

「なんだぁ、あれは」

 兵士が目を細めて人影の正体を確認しようとした。すると、その人影も馬車の存在に気付いたようで、ゆっくりと彼らに向かってゆっくりと歩き出す。その影の容姿を視認した時、彼らはその姿に驚いた。

 黒づくめの服を纏い、緑色の髪をぼさぼさと生やした男だった。ここまでは普通だ。だが、異様なのはここからだ。

 顔一面が白く、そこをキャンパスの様に見立てて目元を赤と黒で塗りつぶし、極めつけに両頬を反転した鏡文字でこう書いていた。漢字で『怨』、そして『性』と。

 不思議な事に、それの周りからは三味線をベースとした音楽が聞こえており、それがより異形さを強調していた。

 腐っても公僕なのだろう。先ほどまで下衆な行為に浸ろうとしていた思考を捨てた兵士達は馬車から飛び降り、槍を異形に突き付けながら叫んだ。

「貴様、何者だ! 我々はトリステイン軍の者だぞ!」

 槍を突きつけられても男は憶することなく堂々とした様子で立ち塞がるが、一言も発しない。ただ、三味線の拍子が辺りに流れているだけであった。

「なにか言えっ! 今我々は任務中なのだぞ!」

「黙りこくりおって……。貴様も一緒に監獄に送ってやろうか?」

 そう言って兵の1人が男に近付く。

 その時だった。男が大きく体をのけぞらせ、口から緑の液体を霧の様に吹きつけた。想定外の事をされた兵は顔を緑色に染めながら目を伏せた瞬間、男が兵に飛びかかった。どことなく、その背中が赤く光っている様に見えた。

 男は緑霧(グリーンミスト)を浴びせた兵の顎目掛けてエルボーを振るう。その速い一撃は兵の脳を揺らして意識を刈り取る。男はそれを確認せずに次の標的に向かった。

「な、なんだ!?」

 動揺を見せる兵に照準を合わせた男は問答無用とばかりに左足を振り上げ、側頭部を蹴り上げる。さらに、後ろに回り込みスープレックスで投げ捨てた。

 自分1人になった隊長は体勢を整える為に槍を構えて男から距離を取るが、それは無意味な行為だった。いつの間にか男は石を手にしており、それを投げつけた。石は隊長の手に直撃し、思わず槍を落とす。 それを好機と見た男は駆け出し、跳んだ。

 背の低さを補うかのように高く跳びながら、男は隊長の頭を掴み、勢いよく自分の方へ引き込む。

 無理矢理力任せに頭を掴まれ、抵抗する間もなく隊長の眼前に黒い何かが現れる。なんだと思った時には手遅れであった。

 その正体は男の右膝。それが勢いよく隊長の顔面に叩きこまれた。互いに引き合い交差するベクトル方向の元放たれたその一撃は強制的にカウンター効果を生じさせてしまった。

 えぐいフォームで放たれたジャンピングニーパットにより隊長は意識を黒く落とし、がくりと崩れ落ちた。

 男は一つ息を吐くと、意識を失った隊長の体をまさぐって何かを探し始めた。

 

 

 急に騒ぎ出した外の様子をフーケは最初「鹿か何かが飛び出してきたのか」といった程度の認識しか持たなかった。

 だが、先ほどまで騒がしかった兵士達が急に静かになった事で、フーケも「なにかおかしい」と思いはじめたその時だった。

 ガタッと馬車の後ろから物音がしたかと思った瞬間、ガチャガチャと錠をいじる接触音に混じりながら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あー、どれだよ正解の鍵は。関係ない鍵だらけじゃねぇかコノヤロー! 時間ないだろうが!」

 ぶつくさ言いながら錠をいじっていると、正解の鍵に当たったのだろう。カチャリと錠が解放される音が聞こえた後、馬車の扉がゆっくりと開いていった。真っ暗な馬車の中に朝日が入っていき、それとともに扉を開けた人物の姿を見てフーケは呆気にとられた。

 黒い服を着たフェイスペイントをした緑の髪の男。それが自分の姿を確認すると一言、

「よお、姉ちゃん。生きてたか?」

 そう言って笑みを浮かべるその風体は明らかに変質者だ。フーケは枷のついた手を見ながら拳を作る。命を預ける杖は無い。そして腕は不自由な状態。だが、それでも抵抗しないよりはいい。目を猛禽の様に鋭くし飛びかかろうとしたその時、男の顔を見て気付いた事があった。濃いフェイスペイントの下にある顔つきはハルケギニアの人間のものではない。そして、ヘアワックスで無理矢理セットしたぼさぼさの髪型は見覚えがあった。

 正体におおよその予想を付けたフーケは男に問いかけた。

「あんた、ミス・タバサの使い魔かい?」

 その問いかけに男は返す。

「ノー! アイアム愚零斗虎宇怒胡! イッツア、ナンバーワン!!」

 愚零斗虎宇怒胡(?)と名乗ったは首を掻っ切るポーズを見せてフーケに凄んだ。それを無視するようにフーケは再び問いかける。

「何言ってんだい、あんた。変な格好してても分かるんだから。このへんの人間の顔つきじゃないんだからさ」

 男は少し考えた後にこう言った。

「わたしはジョー・野口・情事です。○魔○乱○は禁止です。禁止と言ったら禁止です!」

「良く分からないけど、あんた口を閉じな……。そろそろ怒られそうな気がするから……」

 だが、男は黙らない。

「だったら、私はワンダー正光です。朱儒(こびと)って言ったら幻術で北斗チックな目に遭わせます」

「だから黙れって言ってんだろうが! あんたの言ってるネタは全部アウトなんだよ!! いろんな意味で!!」

 イラついた様子を表に出しながらフーケは声を荒げる。その様子を見た男―七瀬勾導は溜息を一つ吐くと手にした鍵の束を振り回しながらフーケを見た。

「なんだよ、もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃねぇの。つれないねぇ」

 いつも通りの軽いノリでごまかす勾導に対してフーケは警戒を解かない。当然だ。つい昨日争いあった仲だからだ。

「どうやってここまで来たんだい?」

 フーケの質問に勾導は空を指差す。そこには見覚えのある青い風竜が空を飛んでいた。

「シルフィードに頼んでここまで来た。結構きつかったぜー。いつ出発するか分かんなかったから、パーティ終わって仮眠した後ずっとあんたを見張っていたからな。おかげで眠いのなんの……」

「だったら、一体何しに来たんだい!? 護衛をぶっ倒した上に鍵を開けて……。大変な事をしたんだよ、あんたは!」

 勾導の答えを遮る様にフーケは強い口調で問いかける。対する勾導は目線を上に向ける。まるで「なぜここにいるか分かっていない」様だった。まだ鍵束はクルクル回しており、回すスピードも少し上がっていた。

 その姿を見てフーケもどう言っていいのかわからなくなり、少し困ってしまう。

 そんなフーケをよそに、考えがまとまったのか勾導が口を開く。もう鍵は回していない。

「……借りを返しにきたんだよ」

「借りだって?」

「おう。あの怪人の棘からオレ達を守ってくれたじゃん。それのお礼にここから出してやろうと思ってさ」

「『ここから』だって?」

 勾導は片眉を上げながら顔を近づけた。

「この監獄行き片道直行馬車からに決まってんだろーが」

 その言葉を聞いてフーケは一瞬ハッとした顔になる。だが、思い直すかのように首を何度も振ると、怒気を見せた。

「ふざけてんのかい! わたしは土くれのフーケだ! 誰があんたなんかの助けを受けるもんか!」

 その言葉は無意識のうちに出てしまった。正直言ってここから出たい。だが、素直に「出してください」と言ったら『土くれのフーケ』の名が廃る。なにより、こんな子供に助けられるのは大盗賊としてみっともないし、なんか腹が立つ。そんな意地から拒否の意思を示した。

 自分が差し伸べた救いの手を拒絶されたことが予想外だったのか、勾導は「なに言ってんの?」と言いたげな顔を作る。そして、呆れたように小さく言った。

「こんな時になに意地張ってんだよ、姉ちゃん。学院長(爺さん)が言ってたぞ。このまま監獄行ったら極刑が待ってるって。あんたも薄々勘付いていたんだろうが」

「それがどうしたんだい! わたしは土くれのフーケだよ! あんたなんかの助けなんかなくてもいざとなったら自分で脱獄するわっ!」

「杖が無いのに?」

 勾導の指摘にフーケも思わず言葉を濁す。

「おまけに枷も付いてるし。そんな状態で何ができるんだよ。『男組』の流全次郎じゃあるまいし。陳家太極拳でも使えんのかよ」

 そう言われたフーケは枷の着いた自分の腕を見る。上等な枷ではない為、手首からは薄く血がにじみ出ていた。それを見て改めて重い気分になる。

 一方の勾導はというと、そんなフーケの心を揺すろうとしているのか、

脱獄()るのか入獄(はい)るんかどっちやねーん♪ 脱獄()るのか入獄(はい)るんかどっちやねーん♪」

 と、踊りながら煽るような言葉を吐いている。いつの間にかシルフィードも地面に降りて勾導の節に合せながらキュイキュイ鳴きながらその大きな体を揺らしながら踊る。

 その態度にフーケはイラついたが、不思議と頭の底が冷えてきた。自分の状況と勾導が吐いた言葉、いろんなものが彼女の中で整理されていき、冷静沈着な盗賊の表情を取り戻す事が出来た。

 一度深呼吸をした後、フーケは勾導を真っ直ぐ見た。

「……一つ聞くよ」

「ん?」

「あんた、わたしに同情して助けようとしてる一方、なんか目的があってここから出そうとしているんでしょ。わたしにやらせたい事があってさ。……腹の底をぶちまけな。話はそこからよ」

 フーケの真剣な声色を聞いて勾導も煽る事を止め、馬車の床に座り込んだ。ほんの少し沈黙した後、パカリと口を開く。

「……オレがハルケギニアとは違う世界から来たって言ったら、あんた信じるかい?」

 

 

 勾導はフーケに自分がハルケギニアに来た経緯、そして帰る手段を探している事を伝えた。勿論、主であるタバサの裏の事情に関する事は伏せて。

 対するフーケの反応はこうだ。

「信じられないね……」

 顔面に怪しいフェイスペイントをした男が唐突に『自分はこの世界の人間じゃない』と言ったのだ。当然の反応だ。頭が沸いてると思われてもしょうがない。

「まぁ、そう言う反応するとは思ってたよ……。とにかくオレが言いたい事は、元いた場所に帰りたいんだけど、地球に関連する手がかりがほとんど無いんだよ。これまで見つけたのがエロ本とヴィンテージギターと特撮の武器といった繋がりが全くない物ばかりなんだから……。で、オレも手がかりを探したいんだが、使い魔やってるといろいろと忙しくて手が回せないんだよ。だから、オレの代わりにそういった情報やアイテムを集める人を探していたんだよ。そしたら、あんたの事を思い出したんだよ。いろいろとそういった珍しい物に良く触れ、ハルケギニアの地理と裏社会の事情に詳しそうだしな」

 勾導の説明を聞いたフーケはその内容を吟味する。自分にとって何が得で損なのかを。

 勾導の言ってる事を簡単に言い表すと、『自由にしてやるからパシリになれ』と言ってるようなものだ。正直腹立たしかった。この土くれのフーケを使い走りにするのかと。

 そんな思いを飲み込みながら、フーケは勾導に尋ねる。

「……まさか、タダでこのわたしを働かせようとしてるのかい?」

「脱獄させてやるんだからいいじゃん。世の中ギブアンドテイクだぜ」

「悪いが納得いかないね。わたし、あんたみたいな『餌をぶら下げて言う事を聞かせる人間』が大嫌いなの」

「……」

 口ではそう言うが、正直なところ只の『強がり』だった。脱獄させてくれる事はとてもありがたかった。だが、完膚なきまでに自分を負かした連中の一員に「はいお願いします」という事が素直に出来なかったのだ。

 勾導はちょっと悩んだ素振りを見せると、懐からずっしりと重そうな袋を取り出した。

「んじゃ、『依頼』って形にするわ。それなら文句ねぇだろ」

 そう言いながら袋を逆さまにして中身を外にばら撒いた。それはエキュー金貨だった。辺りに散らばるそれを見たフーケは目をぱちくりする。

「あっ、あんた、そんな大金どうしたんだい!?」

「学院長の爺さんに貰ったんだよ。あんたを捕まえた報酬としてね」

 勾導の答えを聞いたフーケは一瞬複雑そうな顔を見せるが、すぐに切り替えた。

「坊や、いくら出すんだい?」

「エキュー金貨で20枚」

 その解答にフーケは鼻で笑う。

「いくらなんでも安いね。このわたしを雇うのならもうちょっと出しな。お勉強してやるから50エキュー出しな」

「脱獄の手伝いしてやってんだからいいだろうが。第一、20エキューなんて日本円換算したら結構な額だぜ。1週間東京で豪遊できるぞ。……金貨25」

「あんたのお国事情なんて知らないわ。金貨45」

「高校生にがめつく金せびるのもどうかと思うぜ、プロとして。金貨30」

「プロだからシビアになるものさ。金貨35。これ以上は下げられないよ」

「……ったく、それでいいよ。金貨35枚。受け取んな」

 手際良く金貨35枚をフーケの前に差し出した後、勾導は枷を外してやった。

 両手が自由になった事を噛み締めた後、フーケは金貨を懐に入れると勾導を見た。

「交渉成立。約束は守るよ、坊や」

 そう言って勾導に見せた顔は、猛禽の様な鋭さが失せており、どこか優しげな笑みを浮かべていた。

 その顔に意表を突かれたのか、勾導は思わず顔を伏せてしまった。

 

 

「さて、とっととここから退散しないとね」

 勾導から手渡された杖の感触を確かめながらフーケはそう零した。兵士達はまだ気絶しているが、そろそろ気を取り戻すだろう。事は一刻を争っていた。

 と、勾導が口を開く。

「フーケの姉ちゃん、まさかこのまま逃げるの? あんた顔が割れてるんだぞ」

「しょうがないでしょ。まぁ、ほどぼりが冷めるまでしばらくは地下に籠る事になるけどね。あんたの依頼を叶えるのはその後だね」

「いや、そんなめんどくさい事しなくていいでしょ」

「え?」

「なんのために、オレがこんなナリで助けにきたのかわかる? 『土くれのフーケの正体』をより『強烈なインパクト』で塗り潰す為に決まってんじゃん」

「……どう言う事よ」

「これから、この国に広まるあんたについての情報は『フーケは女』って事ぐらいだろ? それに対してこいつらが目を覚ましたら『フーケには仲間がいる。そいつは顔をペイントして腕っ節は強い。あっさりとフーケを助けた』って情報を上に伝える。そっちの方が内容が濃くてショッキングだから、『フーケは女』なんて情報は霞んでしまうぜ。おまけにこれから『細工』をするんだ。情報はいろいろと錯綜するようによ」

 そう言って勾導が提示した『細工』の内容にフーケは一瞬固まる。なんて馬鹿馬鹿しい内容だと思う。しかし、それを楽しそうに言う勾導の顔を見てると、フーケも思わず笑わずにはいられなかった。

 勾導の案を実行するためフーケは杖を構える。と、

「マチルダ」

 不意にフーケが零した。

「なに?」

 勾導が聞き返した。

「マチルダ・オブ・サウスゴーダ。わたしの本当の名前さ」

「……なんでオレに言うのさ?」

「……なんでだろうねぇ。助けてもらったお礼だと思っていいよ」

「わかったよ。……マチルダ姉ちゃん。……これでいいか?」

 勾導が慣れない素振りでそう言ったのをマチルダは小さく微笑みながら、

(マチルダ姉ちゃん、ねえ……。なんか、面倒事ばかり起こす困った弟が出来た感じがするね……)

 太陽が昇りきった青空の下、そんな事を思った。

 

 

 土くれのフーケが搬送中の馬車より逃亡。

 その事件はトリステイン全域に広がり、学院にも伝わった。

 勿論、学院は大騒ぎになったが、それ以上に衝撃を持って伝えられた情報があった。

 それは、『フーケに『仲間』がいた』という事だった。

 曰く、そいつは早朝、監獄へ向かう護送馬車を待ち伏せし、1人で警護の兵をなぎ倒し、あっという間にフーケを救出した。

 曰く、そいつは黒装束を纏い、顔に奇妙な模様を塗りつけた緑の髪の男であると。

 極めつけに、犯行現場のそばには練金を使ったのか、フーケ同様に犯行声明文が馬車の側面いっぱいに書きこまれていた。そのことから、その仲間も凄腕のメイジだと生徒達は噂しあっていた。

 残された犯行声明文にはこう書かれていた。

『土くれのフーケ、確かに領収したぞ。フーケを捕まえていい気になったようだが、土くれのフーケは我々の中でも最弱。とはいえ、貴様らヘボ貴族に捕まったのは我々にとって大きな恥よ。だからと言って、我々をこの下っ端と一緒にするな。我々がその気になったら王宮に忍び込んで秘宝を盗むなんてたやすいことだ。というより、ムカついたので今度王宮に忍び込んでやる。旨い茶菓子を用意してろ。ハルケギニア一の盗賊団『五家宝連赤猫幻燈座』が頂戴してやるから楽しみにしてろ』

 挑発じみた声明文の最後はこう締めくくっていた。

『五家宝連赤猫幻燈座座長 土くれのフーケZ With 百億パワーのZ盗賊たちより』

 と。

 この声明文を受けて王宮は厳戒態勢となり、『存在すらしない』盗賊団の襲撃のために警護人員を大きく振り分けられ、本物のフーケであるマチルダの捜索は後回しにされたようだった。追っ手を撒く『細工』はうまくいったようなので、短い期間潜伏すれば大丈夫だろう。

 生徒や平民達が色々と噂しあっている中、緑のトーンがかった黒髪を掻きながら勾導は隣にいる主人に聞こえないよう小さくボヤいた。

「土くれのフーケGTの方が良かったか?」

 





 掲載ペースが落ちてきてすみません。次話はなるべく早く掲載するよう努力します。
 次回からは久しぶりにタバ冒エピソードをやるつもりです。ご期待ください。

 プロレスラーのハヤブサ選手がお亡くなりになりました。
 七瀬勾導のキャラクター構築に大きな影響を与え、技(ファルコンアロー、旋風脚など)や決め台詞、入場曲を作中に出すくらい私の大好きなプロレスラーでした。
 ハヤブサ選手を知らない方は、一度でいいから動画サイトとかで彼の闘いを見てみてください。
 いっぱい書きたい事があるのですが、ここで筆を置きます。
 ハヤブサ選手のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
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