Snow wind & Temerity heart VS The world 作:Phidias
遅れてすみません。
東薔薇騎士団所属の近衛騎士バッソ・カステルモールは、重い足取りでプチ・トロワの廊下を歩いていた。向かう先は、この宮殿の主の居室。正直、気が進まないものであった。
彼には現王室に対する忠誠は一切ない。むしろ憎んでさえいる。なぜなら、彼が真に忠誠を捧げる人間は既にこの世にいないからだ。
バッソ・カステルモールは貧しい下級貴族の三男として生まれた。このハルケギニアは貴族と平民の区別なく親からの財産の相続権は長男が握っている。そのため、彼は将来1人で道を切り開いていかなくてはいけない事を宿命づけられていた。
『はたして自分はこの貴族社会を生きていけるのだろうか』、『法衣貴族として細々と生きていくべきか、傭兵メイジとなって戦場で死ぬまで戦うべきか』……。幼い彼は自分の見えない将来を想像し、不安を覚えるという日々を過ごしていた。
そんな不安を振り払うかのように、彼は魔法の訓練に力を入れた。魔法の練習をしている時は不安を忘れる事が出来た。その甲斐あってか、彼は同年代の誰よりも優秀なメイジとなった。
そんなある日、彼に声をかけた者がいた。それが王族である大公シャルル・オルレアンであった。『見込みがある』と言い、彼をこの国のエリート部隊である『東薔薇騎士団』に入団できるよう色々と便宜を図ってくれた。入団してからも時折顔を出しては彼や他の団員達と気さくに会話をし、差し入れを入れてくれたりと交流が続いていった。
カステルモールは大きな感動に震えた。王族の人間が自分の様な下級貴族の三男坊を見てくれていた。家柄ではなく実力で自分を評価してくれた。自分の進む道に光を彼は照らしてくれた。
そういった事もあり、彼はシャルルに大きな忠誠を捧げていくようになる。
それからしばらく経ち、当時の国王が倒れたことによる後継者の擁立合戦によって王宮内が騒がしくなった。
候補者は王の2人の子供。長男のジョゼフは魔法の才能が無く、彼が奏上する政策も国民に対して益のない物ばかりだったので『無能王子』と馬鹿にされており、一方次男のシャルルは『魔法の天才』と国内外に知られ、その優しい人柄と民に寄り添った政策から貴族や国民から高い人気を誇っていた。
誰もが後継者はシャルルだと信じており、カステルモールもその一人だった。
しかし、王が崩御し、同時に発表された次期国王の名は意外な人物だった。それは、『無能』と称されていたジョゼフだったのだ。
この発表を聞いたカステルモールは耳を疑った。『ありえない』と思った。あれほど国民に人気があり、魔法の実力を持った人物を国王にしないのはどう言う事だと人知れず叫んだ。
と、カステルモールの中で黒い疑念が沸いた。
『ジョゼフ派の貴族が遺言を改ざんしたのではないか』
と。
そこまで考えが進んだ時、ありえないとばかりに頭を振るう。王の遺言は、リュティス大司教がその場に立会って発表される。改ざんなんて出来るはずがない。
となれば、王が後継者にジョゼフを指名したのは事実だろう。そもそも、この世界は長子相続が暗黙のルールだ。国がそのルールを破る訳にはいかない。それに、優秀な人間をあえて臣に置く事で、王宮から離れられない王にその時に合せた様々な良法を奏上する事で結果的に国を豊かにできるとカステルモールは思案した。
だが、その思いが消し飛ぶ大事件が発生した。
シャルル・オルレアン公暗殺事件。
国王主催の狩猟会にて何者かの放った毒矢によって落命したのだ。
動揺する周囲をよそに王室の動きは、まさに神速だった。王族はシャルルが反逆を企てていたと発表、すぐさまシャルル派と呼ばれていた一大派閥を粛清した。
シャルルの妻は王に呼び出されたその場で毒を飲まされた為に心を失い、1人娘はどうなったかは定かではない。
近衛騎士団という、政争とは絶妙に離れた位置にいたおかげで粛清の嵐から逃れる事の出来たカステルモールは怒りの涙を流した。そして、自分の中にあった疑念は確信に変わった。
『ジョゼフが王位を簒奪した。そのため、邪魔な大公と関係者を粛清した』
そう悟ると、その日から彼の王族に対する忠誠心は一切消えた。
しかし、カステルモールの中から忠誠心が完全に消えたわけではない。その忠誠心は1人の少女に向かっていた。その名を小さく呟く。
「シャルロットさま……」
カステルモールがその少女と出会った数は今から4年前。その時彼女は『シャルロット』と名乗っていた。
大公家が地方行幸に赴き、警護役として東薔薇騎士団が付いた時の事だった。行幸自体は何事も無く成功した。しばらく経ち、行幸に携わった者達の労を労わろうとシャルルがパーティを主催し、騎士団員達も喜んで参加した。
宴が半ばになった時、シャルルが家族を紹介した。シャルルの妻は夫を立てる為、言葉少なめであったが、感謝の念の籠った挨拶を彼らにした。
最後に、青く鮮やかな長い髪をなびかせながら小さな少女が挨拶をした。
「皆さま、わたしはシャルロット・エレーヌ・オルレアンと申します。この度はわたし達を守っていただき、本当にありがとうございました」
挨拶の後、シャルロットは手にしていた人形を地面に置き、節くれだった大きな杖をその人形に向けって振るった。すると、人形が独りでに動き出し優雅にダンスを踊り出した。シャルロットの杖の動きに合わせて踊り続ける人形の姿に、団員達も驚きの声を挙げる。
人形はそのまま一曲踊った後、シャルロットは紹介する。
「この子はタバサと言います。みなさん、これからもどうぞよろしくお願いします」
そう言って人形と一緒に一礼すると、歓声と拍手が爆発した。シャルロットの魔法に皆心から『すごい』と思ったからだ。
(この若さでそこまで魔法を使えるとは。きっとシャルル様に負けない立派なメイジになられるぞ)
カステルモールもオルレアン家の未来に明るい物を感じながら、いつまでも拍手をしていた。
それから3年後。カステルモールは少女と再会する。だが、少女は変わり果てていた。彼も最初は別人だと思ってしまった。それほどの変わりようだった。
長かった青髪は短く乱雑にまとまり、目はどこか遠くを見ているようだった。なにより、彼女を包んでいた空気が3年前と全く違っていた。あの時は春の日差しの様な暖かさを身にまとい、快活さが満ちていた少女だったが今はどうだ。誰1人寄せ付けない冷たい空気に満ち、ほんの少し間違えただけで今にも消えてしまいそうな儚さがそこにあった。
『タバサ』と名乗ったその少女は、服の至る所が綻び、自身も傷ついていた。大変な任務に赴き、それを達成してきたのだろう。命がけだったのだろう。だが、そんな彼女の苦労を知った事じゃないとばかりに、イザベラがねちねちと嫌みを叩いていた。タバサはそれをじっと黙って聞いている。
その光景を見たカステルモールはイザベラに杖を突き付けたい程の強い怒りを宿したが、それを必死に抑えた。今、ここで動けば地下に潜ったシャルル派は根絶やしにされ何より、シャルロットの身が危なくなるからだ。
怒りを堪えたカステルモールは強く決意する。
『必ず、あの簒奪者ジョゼフとその一党を誅滅し、シャルロットを救ってみせる』
と。
それから1年後、ある噂が王宮内に広まった。
『シャルロットが使い魔召喚に失敗し、平民を召喚した』
と。
その噂が事実だと知ったカステルモールは頭を抱えた。このハルケギニアは魔法の力量が優先される。そんな中、自分が忠誠を誓った少女が平民を召喚したというのはあり得ない出来事だったからだ。
この事が広まった結果、粛清を逃れ地下に潜ったシャルル派の貴族の中から手のひらを返す様に現王家に忠誠を誓う者達さえ現れ始めた。東薔薇騎士団から寝返る者達はさすがに現れなかったが、例の使い魔に関しては良い印象ではないようで、
『使い魔は死んだら新しいやつを召喚できる……。言いたい事は分かるな?』
と、物騒な事を言い出す団員が現れた。
そんな中、一つの事件が起きた。
件の使い魔が、現王女イザベラに頭突きを叩き込み、その上王冠を破壊したのだ。
その衝撃は王宮を駆け廻った。絶対にあり得ない出来事だったからだ。普通はこの後何らかの罰が下されるはずだが、不思議な事になんの沙汰もなかった。噂によると、国王ジョゼフが不問としたらしいが定かではない。
『平民の割に、なかなか豪気な奴ではないか。気に入った』
と団員の中からはそんな言葉が出てきたが、それとは別にカステルモールにある不安が過ぎった。
イザベラに手を出した事も問題だが、それ以上に危険視したのは、冠を破壊した事だった。王冠は誰が支配者なのかを学のない人間にも明確に伝える、『王権の象徴』でもあるのだ。それを躊躇いも無く破壊した事に、例の使い魔は『王権に対して何の敬意を払わない野蛮人』ではないかと彼は考えた。今は大事にはなっていないが、いつかシャルロットの身に危険を引き寄せるのではないかと。
カステルモールはプチ・トロワの廊下を歩きながらそんな事を思案していた。
自分が忠誠を捧げる人物が喚び寄せた平民がどんな人間なのか今は良く分からない。だが、イザベラから事前に聞いた今回の任務は彼らも関わってくるようだ。
「シャルロットさまの召喚した使い魔。このカステルモールが見極めないといけない」
そう心に決め、イザベラの居室に向かう足を速めた。
イザベラの居室。そこに青と黒の主従がやってきた。
「で、今日はなんの用だ、デコ姫」
そのうちの黒―七瀬勾導が部屋の主に顔を会わすなり悪態をつけた。その隣には彼の主である青―タバサは我関せずとばかりに無表情でヌボーっと突っ立っている。
「だれがデコ姫よっ! イザベラ様と言いなっ!」
イザベラが勾導に詰め寄り怒鳴りつけるが、勾導には意味が無いようで、
「はいはい、わかったよ、ピッカリ姫。いちいち近付くんじゃねえよ、眩しいだろうが」
そんな感じに馬鹿にするので、イザベラの怒りのボルテージは下がり知らずだった。この男はどれだけ自分を怒らせたいんだ。自分は王女だぞ。分かっているのかと問い詰めたかった。
「お前、わたしを、おちょくって楽しいのかい!? わたしは王女なんだよっ!!」
「そんな事よりさ、用事が無いのならオレら帰るぞ。今度学院で使い魔の品評会があってそれの出し物の練習がしたいんだよ。やるからには派手でイカす出し物をしたいからよ」
「お前の事情なんて知るかい!!」
「こっちだってテメェの事情なんて知るかボゲェッッ!!」
突如勾導が声を荒げ、その怒声に周囲の侍女たちがビクッと身体を震わせた。イザベラも一変した勾導の様子にたじろいたが、体を引かず勾導に張り合おうとする。
「だいたいよぉ……。なにがやりたいんだコラ! いつも呼び出しやがってコラ! なにがやりたいのか、はっきり言ってやれコラ! 噛みつきたいのか噛みつきたくないのか、どっちなんだ! どっちなんだコラ!」
「なにがコラよ! コラ馬鹿野郎!」
「なにコラ! タココラ!」
「なによコラ!」
「いちいち呼び出すなって言ってんだコラ!」
「お前がなんなのよ、この野郎!」
「やりだしたのはテメェだろうが、この……」
その時だった。勾導に向かって強烈な圧撃が叩き込まれ、後方に吹き飛ばされた。なんだなんだと周りが騒ぎだした時、奥の緞子から現れた者がいた。
「これ以上、我らの姫殿下であるイザベラ様に対する非礼を黙っていられなかったものでな」
ガリア王国東薔薇騎士団団長バッソ・カステルモールだ。驚いている皆の姿を尻目にカステルモールは優雅な足取りでイザベラに近付き、すっと跪く。
「室内での無礼をお許しください。このカステルモール、イザベラ様への非礼を見過ごせなかったのです」
すらすらと言葉を並べるが、内心は全く別の事を考えていた。
(あそこで動かなければ、イザベラの怒りの矛先がシャルロットさまに向かっていた)
真の主を守る為に取った行動の危うさに肝が潰れてしまいそうな緊張感をカステルモールが味わっているとは露とも知らず、イザベラは満足げに笑った。
「おほ、おほ。さすがだね、カステルモール。お前の王家への忠誠心はわたしにも聞き届いてるわよ。忠義者とはお前の様な男の事を言うんだろうねぇ」
「ははぁっ、わたしの様な人間にはもったいなきお言葉、感謝の極み!」
心の底では現王家に対する忠誠心が全くないカステルモールが偽りに満ちた言葉を吐いている横で勾導が立ち上がった。
「てめぇ……。なにしやがんだ、この野郎が!」
詰め寄ろうとしたその時、タバサが勾導の腕を掴んだ。
「静かに」
「離せよタバサ! あのおっさんにちょっと用があるんだから!」
そう言った瞬間、手首をタバサが抓ったため、勾導は呻く。そんな主従の姿を見てイザベラは大声で嗤った。自分とカステルモールの姿が本物の主従の関係だといわんばかりに。
ひとしきり嗤い終わると、イザベラは手を叩き侍女たちに何か準備を始めるように急かす。
「お前達! 例の物を用意して! 早く!」
準備に取り掛かった侍女たちをよそにイザベラはタバサに近付き、自分が被った冠を指差しこう言った。
「ねぇ、シャルロット。これを被ってみたいと思わない? もしかしたら、あんたのものだったかもしれない物よ?」
その言葉に、部屋の中の空気が固く重くなった。もしタバサが「被りたい」と言ったら、その瞬間『叛意あり』と受け取られてしまうからだ。
「『欲しい』って言ってごらんなさい? そうしたら、あげてもよくってよ」
イザベラの言葉の意味を理解していた者達はタバサの次の言葉を待つ。だが、タバサは一言もしゃべらない。王冠自体に興味がないようで、感情のこもらない瞳でイザベラを直視していた。
その視線を煩わしく感じたのか、イザベラは冠を外すと、それを乱暴なそぶりでタバサの頭にかぶせた。それから手を叩く。
「ほらお前達、この子に王女の格好をさせてやって!」
その言葉で侍女たちがタバサに近付き、学院の制服とスカートを脱がせる。ちなみに勾導は事前に目隠しをされていた。
数分後、目隠しが解かれた勾導が目にしたものは、豪奢な装飾に飾られ鮮やかな青に染まったドレスを纏ったタバサの姿だった。彼女本来の姿はこうだといわんばかりに隠されていた高貴さが露わになり、侍女たちは溜息を洩らす。もし今のタバサとイザベラの姿を初対面の他人が見て、どちらが王女かと問われて出す答えは決まりきったものであろう。
その美しさと輝きに呆けてしまった勾導も素に戻ると満面の笑顔でその『答え』を口にした。
「デコ姫より全然似合ってんじゃん、タバサ」
その言葉に周囲は再び固まる。『言ってしまった』、そう言いたげな顔を見せる者もいた。
「この無礼者がッッ!!」
カステルモールも烈火の如く激昂した。彼も本当はそう叫びたい。だがそれは出来ない。
(貴様の発言がシャルロットさまを危機に陥れている事に気付け!!)
『イザベラよりタバサの方が王族に相応しい』そう取られてもおかしくない言葉をずけずけと吐き出す勾導にカステルモールが怒りを覚える一方、イザベラ自身は表面は気にしない素振りを見せていた。
「ふん、使い魔だから主におべっかかい。まぁ、見てくれは悪くないんじゃないの」
そう言いながらタバサに近付きじろじろと見つめる。続いて、大きく手を鳴らすと侍女たちが退出していく。これからが本題のようだ。
「お前の出番だよ、カステルモール。この『人形』に化粧をしてやりな」
イザベラに呼ばれたカステルモールがタバサの前に出て、杖を彼女に向ける。そして、長い詠唱をすると、その杖を振り下ろした。
魔法を受けたタバサの顔が風に包まれ、それが解けると……。なんとイザベラと同じ顔になっていた。違いは眼鏡をかけているかどうかだけだった。風と水を足して行使するスクウェアスペル『フェイスチェンジ』の魔法だ。
「タバサがデコ姫になった!」
勾導の驚きをよそにイザベラはタバサから眼鏡を取り上げると出来を確かめると、大声で笑った。
「あっはっは! わたしの様な気品さは無いけどそっくりじゃないの! わたしね、これから地方に顔を出さないといけないんだけれど……。その顔は今回の任務が理解できたようね。言ってごらん」
「影武者」
タバサの答えに満足したようで、イザベラはタバサの体を触りながらさらに笑った。
「あんたはこんなにやせっぽちで、小さくて、わたしの美貌に比べたら足元にも及ばないけどさ。ヒールの高い靴履いて胸に詰め物でも入れれば誤魔化せるわ」
イザベラの手はタバサの体から髪へと向かう。そして、その空と一体化しそうなほど鮮やかな青髪を撫でまわしながら口元を吊り上げた。
「わたしの影武者はあんたが適任よ。あんたは王族から追い出されたけど、この髪の色だけは王族だからね」
王都リュティスから南西100リーグ程離れた場所にある地方都市グルノープル。それが今回の行幸の目的地であった。行幸の所要スケジュールは往復に4日、滞在が3日の計7日。竜籠を使えば4時間ほどで到着するのだが、あえて時間のかかる馬車で行くのが王族というものだ。この行幸に向かう人員は100人ほど。王族1人のためにそれだけの人間が動いているのだ。その為、馬車の隊列は長大な物となり、街道筋に住む平民たちは否が応でもガリアの王族の権勢を見せつけられてしまう。そんな平民たちは皆こぞって歓声を投げかけた。意識的になのか、無意識の内なのかは知らないが。
「イザベラさま万歳! ガリア王国万歳!」
そんな歓声に一際豪奢で大きな馬車の小窓から顔を出した青髪の少女がそれに応えるように手を振るう。この行幸の主役であるイザベラだ。もちろん本人ではない。
「あっはっは! みんなあの人形娘をわたしだと思い込んでいるわ! おかしいったらありゃしない!」
手を振るイザベラの真向かいの席に同じ顔をした少女が笑い転げていた。侍女の服装を纏った彼女こそが本物のイザベラだった。新しく王女付きになった女官という触れ込みで他の召使いたちにも伝えられている。皆それを疑わず信じていた為、彼女はそれがとてもおかしかったようだ。
「よかったわね、気分だけでも王族に戻れて! それにみーんな、わたしを侍女だって思ってるわ! わたしの変装術もやるもんじゃないの!」
変装に気付いていないとイザベラは思っているが、もともと王族が持つべき品格や慎みが一欠片も無い少女が平民の格好をすると『それが普通』と思うものである。対して、イザベラの役をしている今のタバサの見せる微笑を浮かべた表情と醸し出される気品こそ王族の人間そのものであった。どちらが王女か、答えは聞くまでも無い。
そうとも知らずけたけたと笑い続けるイザベラの姿を、タバサの隣に座る勾導が呆れたような眼差しを向けていた。王女付きの警護人兼王女の暇つぶし相手として東薔薇騎士団から派遣された騎士見習いという設定でこの馬車に乗り込む事が許されたのだ。
(なーにが変装術だ。本物の王女様がそんなそこら辺のクソガキのような笑い方をするか。気品がねーんだよ、気品が。早い話テメーは安物の養殖キャビアなんだよ。高級キャビアの缶詰の中に一粒でもそれを入れたら台無しになるのと一緒なんだよ)
そんな事を思われているとは気付いていないイザベラは席に座り直すと、タバサを見る。
「さて、そろそろ今回の任務の詳細を教えるわ。ねぇ王女様。今回の旅行の行き先はグルノーブルっていう田舎町なんだけど、そこの領主をやってるアルトーワ伯の事何か知ってるかい?」
「ガリア王家の分家筋」
「あら、よく知ってるじゃないの。あぁ、もしかして自分の味方になってくれるかもしれない人間だから、今の内に唾でも付けておこうと思ってたの?」
イザベラが意地悪そうな笑顔を浮かべながらタバサの頬を抓る。
「そんな事、思ってない」
そう言うタバサを無視するかのようにイザベラは言葉を続ける。
「まさか、多少魔法を使うのが上手だから地頭の方も賢いと思ってたの? 馬鹿じゃないの? 切れ者って言うのはわたしのような人間の事を言うのよ」
自信満々でそう言うイザベラの事をタバサは感情のない瞳でじっと見ていた。同じ顔でありながら印象が全く違う。一方は粗野で、もう一方は儚げ。変装をした意味すら皆無であった。
と、タバサに杖を突き付けた者がいた。カステルモールだ。
「影武者風情でありながら、なんだその口の聞き方は! 我らが姫殿下を愚弄するとは……。いい度胸だ」
顔を怒りで歪ませているが、勿論これは演技だ。イザベラに怪しまれないために動いただけに過ぎなかった。彼の本心はタバサにこの行いを罰して欲しいと思っているほどだ。
「おやめ、カステルモール。今はわたしが話しているんだ」
イザベラの制止する声が入ったので、『うまくごまかせた』と思いながら杖を収めようとした時だ。急に杖が重い何かに巻き込まれたかのように動かなくなった。おかしいと思い杖の切っ先を見ると、
「タバサに杖を向けてんじゃねぇよ、おっさん」
勾導がドスの聞いた声を放ちながらそれを掴んでいた。
「き、貴様っ、杖から手を離せ!」
「いいおっさんが子供に杖向けるなっつってんだよ。刃物や銃向けるような事して常識あんのか? 馬鹿じゃねぇの?」
「うるさい! 貴様みたいな平民がしゃしゃり出るな! 第一、王族の乗るこの馬車に平民が乗れること自体異例の事なのだぞ! ありがたく思えっ!」
「こんな鈍足の馬車なんかより、飛行機のファーストクラスの方がすげーよ! 世界中飛び回るし、スッチーに頼めば高級ワインとキャビアが出て来るから! DIO様曰く!」
「訳の分からん事を……。貴様、表に出ろ! 教育してやる!」
「へぇ……。どう教育してくれるのか楽しみだな、おい」
口では挑発を繰り返す勾導であったが、内心気を抜いてはいなかった。杖を掴んだ時から感じる殺気やそれに準じた何かをカステルモールから感じ取っていたのだ。タバサが出会った頃に言った言葉が頭をよぎる。
『近衛の騎士は甘く見てはいけない』
その通りだと感じた。放たれる威圧感からメイジとしての腕前はフーケ以上だと思った。だが、勾導は引かない。引けない訳があった。単純にカステルモールの事を気に入らない。自分が一番の忠臣だとイザベラに盲心的にアピールする姿に妙なイラつきを感じたからだ。
ひと泡吹かせてやりたい。勾導自身の反骨心が刺激されたから動いた。
状況はまさに一触即発。先手を打つ為ルーンを発動しようとした時だった。
「お前達、止めな。この馬車を血で汚す気かい」
2人のやり取りを興味なさげにしていたイザベラが割り込んだ。その言葉に興が冷めたのか、カステルモールは杖を収め、勾導は舌打ちを叩くと不満げに着座した。
「失礼しました。しかし、影武者の分際で敬愛する我らがイザベラ姫殿下に対して、あのような態度を働く無礼に、このカステルモール、我慢がならなかったのです」
カステルモールは、そう言ってタバサを睨みつける。その(偽りの)忠誠ぶりに満足したのか、イザベラはタバサに向かって『お前にこれほどの忠臣がいるかい?』と言いたげに嗤いかけた。
「話を戻すわ。そのアルトーワ伯、最近王家に対する忠誠が薄いのよ。税の上納が滞ってる上に今年の降臨祭にも王宮に顔を出さなかったのよ。多分、謀反を企んでいるわ。でね、今回アルトーワ伯主催の誕生会にわたしが招待された訳。……そんなの見え見えの罠じゃないの。王女であるわたしを捕まえて人質にして王宮に反乱するつもりだわ。で、わたしは思いついたの。それを逆手にとって、相手に手を出させる事で反乱の動かぬ証拠を掴むのよ。どう? 冴えてるでしょ。北花壇騎士団の長に相応しい素晴らしい作戦でしょ?」
自身満々にそう言うイザベラにカステルモールが頭を垂れる。
「イザベラ姫殿下の鬼謀、このカステルモール深く心服しました」
そんな2人に勾導が横槍を入れる。
「おい、もし向こうさんがなんも企んでなくて普通にもてなしたいだけだったならどうすんだよ。すっげー失礼な事だぞ、これは」
「そんなこと知らないわ。第一、反乱を疑われるような動きをした向こうが悪いのよ、向こうが。……それにね、こうでもしないといけない情報が入ってきたのよ」
イザベラがわざと重々しい声色に変えて告げる。
「あの領主、わたしを捕まえる為にとんでもない傭兵メイジを雇ったらしいの。『地下水』、聞いたことない?」
その問いかけにタバサが頷く。勾導は良く知らないので彼女に説明を求めた。その説明によると、年齢・性別不明で神出鬼没の謎の暗殺者らしい。
その説明を付け加えるように、イザベラが楽しそうに続けた。
「唯一知られてるのは、水系統の使い手だという事。水は心身を司る……。『地下水』は人の心を操る魔法を得意とするメイジよ。あんた、勝てる?」
「分からない」
タバサが即答する。と、それに勾導が続けた。
「まっ、大丈夫だろうよ。いざとなったらオレがいるし。地下水なんてセンスない名前の野郎に、この勾導さんが負けるわけがないだろうが」
「あんたは旅行中人形娘と一緒にはいられないよ」
イザベラが馬鹿にするような目で勾導を見る。
「はぁ? 何言ってんだよ、デコ姫」
「当然じゃないの。王女の周辺に平民がうろついていたら周りに怪しまれるじゃない。あんたは周りの警備。昼間、人形娘に近付いたら駄目よ」
「ふざけんなっ! てめぇ……。まさか、タバサをわざと無防備にする気か!? コラァ!!」
勾導がイザベラに詰め寄ろうとしたその時、カステルモールがそれを止めた。その表情はとても腹立たしげであった。
「貴様は我々と行動してもらう。特例だが、名誉ある東薔薇騎士団の末席に座れるのだ。ありがたく思え」
「そんなん知るかっ!」
「さっきから黙って聞いていたが、貴様は目上に対する口の聞き方も知らんようだな。まぁいい、これからきっちり教育してやるから楽しみにしておけ」
カステルモールは苦々しげにそう告げた。『粗野で礼儀知らずの小僧』―。それが彼が自分の真なる主が召喚したという平民に感じた印象だった。
(こんな小僧にシャルロットさまの御身を守らせるわけにはいかない)
それが、バッソ・カステルモールの嘘偽りのない真の本心だった。
太陽が落ち、辺りは暗くなった頃、一団は街道筋にある宿場町で宿を取る事になった。100人規模の団体が一気に泊まるのだ。その町の宿という宿はすべて満席となり、街からは嬉しい悲鳴が聞こえている。
タバサには街一番上等な宿の、一番豪華な部屋があてがわれた。イザベラはその部屋の入口まで案内すると、
「いい? ここがあんたの部屋。こんな上等な部屋で寝れるなんて夢のようだろう? せいぜいわたしの優しさに感謝するんだね」
勾導はというと、この宿に来る直前、カステルモールによって東薔薇騎士団の泊まる宿へと連行されていった。ちなみに、シルフィードも一緒に来ており、現在は宿場町の外れの広場で与えられた食料を食べている。
タバサはベッドに腰掛けると、自分の体を包むドレスを見つめ、頭に被った冠を手に取る。イザベラは『これが欲しいんでしょう?』と冠を差し出したが、タバサは別に欲しくは無かった。彼女が今、欲しい物は……、
「母さまの、心」
誰にも聞こえないよう、消え去りそうな声でタバサは呟く。これが一か月ほど前ならば『あなたのお父さんの首』と答えていただろう。
正直、復讐心自体が消え去った訳ではない。今でも時々自分の中の黒い影がゾゾゾと這いより、『父さまの仇をとりなさい、復讐心を思い出しなさい』と囁きかけてくる。
その度に、彼の言った言葉を思い出す。あの力強い、必死な叫びが。
『殺ったらお前絶対後悔するぞ! 元気になった母ちゃんをまっすぐ見れなくなるぞ! それでいいのかよ!? よくねぇだろッッッ!!』
その声が反芻した瞬間、黒い影は霧散し、タバサはほんの少しだけシャルロットに戻れる。
少女は、あの少年に出会ってから笑顔になる事が増えたと感じていた。彼に指摘される事もあるし、ある時はキュルケにも言われた事がある。
その事を少し恥ずかしく感じたタバサは、誤魔化す様に天幕つきの豪奢なベッドに寝転ぶ。すると、その小さな口から歌声が聞こえてきた。子守唄だ
それは、まだ寝たくないとぐずっていた幼かった彼女を寝かしつけようと、母が枕元で歌ってくれた子守唄だ。
幸せだった頃の懐かしい思い出。突然絶望の世界に叩き込まれた少女の心を辛うじてこの世界につなぎ止めている優しい記憶。こうして歌うと、ほんの少しだが戻れるのだ。もう戻れない幸せだったあの頃に。
子守唄を歌っている顔は、微笑みを浮かべている事を、タバサは気付いていなかった。
タバサが部屋に入る少し前。勾導はカステルモールに連れられ東薔薇騎士団の宿舎としてあてがわれた宿屋の広間にいた。
宿屋の一階にあるその広間は酒場となっており、かなり広い。また珍しい事にカウンターの傍にはピアノに似た楽器もあった。
酒場にある全ての座席には騎士団の団員達が座っており、皆勾導を凝視している。この世界ではなかなか無い黒髪を珍しがる一方でカステルモール同様、彼らもはっきり言って勾導にいい印象を持っていなかった。
―使い魔召喚に失敗した結果、喚び寄せられた平民―。
忠誠を誓った大公の遺児であるシャルロットが犯した失敗の結果だからだ。彼女自身は失敗ではないと言っているが、第三者である彼らから見ると平民を呼び出した時点で失敗したものと同様だ。
この出来事によりシャルロットに失望し、現王家に寝返った者も少なくはない。
おまけに、実際に顔を合わせたカステルモールから件の使い魔は大変無礼者だと聞き、彼らはますます勾導に対して悪印象を抱く事になった。
ピリピリとした空気が蔓延する中、第一声を放ったのは団長であるカステルモールであった。
「皆の者、この者が例の使い魔の平民だ。これからしばらくの間、騎士見習いとして我々の元に就く事になった。いろいろと教えてやってほしい。以上だ」
「了解!」
30人前後の男達が一斉に声を合せて発せられたその声量に宿屋の人間が驚く。
「では小僧、挨拶をしろ」
カステルモールに促された勾導が一歩前に出る。団員達も、この男がどう出るのか確かめるように注目する。
「七瀬勾導と申します。好きなシス○リの妹は咲耶と四葉です。右も左も分からないクソガキですが、皆さま、どうかよろしくお願いします」
そう挨拶してぺこりと頭を下げた姿を見て、団員達は呆気にとられた表情を見せる。カステルモールもだ。『礼儀も知らない無礼者の小僧』という前情報と違って、素直に挨拶をする勾導の姿を意外に思ったからだ。
その時、奥の座席からテーブルを叩く音が聞こえた。
「ほぉ。話に聞いていたよりは、礼儀を知った小僧ではないか」
そのテーブルに座っていた者が立ち上がり、前に出た。190サント近い身長の筋骨隆々とした短髪の男だ。この男、東薔薇騎士団団員アルベールという。性格は豪快で細かい事は気にしない性質で、他の団員からも信頼が厚い。只一つの事をのぞいて。
「アルベール! 一体どうしたのだ」
「いやですね、団長。ちょいとばかし、この小僧に用があるのですよ。おい、小僧」
アルベールは目の前のテーブルにぐいと片腕を乗せ、勾導を見る。どこか興味津々な視線だった。
「ちびだが、なかなかいい体格をしてるじゃないか。どうだ? おれと『腕勝負』をしてみるか?」
どうやら、腕相撲の事のようだ。このやり取りをまわりの団員は呆れた顔をして見ていた。なぜなら、このアルベール、この騎士団一の腕力を持っているが、時折こうして状況問わず自らの力を誇示するという悪癖を持っていたのだ。
一方の勾導は、その呼びかけに困った顔を浮かべながら断った。正直なところ、相手をするのが面倒臭かったからだ。それを聞いたアルベールは挑発した。
「勝負を挑まれて逃げるとは男じゃないな、小僧。この東薔薇騎士団には貴様の様な軟弱者の居場所はないぞ!」
アルベールの言葉に他の団員達も感じ入る事があったのか、口々に「そうだそうだ」、「勝負をする前に逃げるとは男じゃない」などと勾導を非難する。
それらの声が大きくなった時、勾導は頭をかきながら深い溜息を吐いた。そして、アルベールの座るテーブルに腕をつける。
「分かりました分かりました。……やりますよ」
その声に周りが歓声を上げ、アルベールはニヤリと笑う。
「ほう。やる気になったか、小僧。しっかりぶつかってこい」
2人が腕を組むとレフェリー役の団員がセッティングを行う。
皆ちょっとした余興感覚で見ていた。これは分かりきった勝負。この腕勝負でアルベールに勝てる奴はいないのだから。
セッティングが完了した団員が掛け声をかける。
「ではいくぞ。……はじめぇ!」
開始早々アルベールが一気に力をかけた。一切遊ばない。自分の力を見せつけてやろうと思っていた。
だが、勾導の腕は机に付かなかった。だらけ切った目のまま、ぎりぎりのところで踏ん張っている。予想だにしないこの光景にアルベールをはじめ、カステルモールや他の団員達も驚きの顔を浮かべた。
一方の勾導は涼しい顔を浮かべながらいろいろと考えていた。単純な腕力は向こうの方が強いのは分かった。ならば腕力で抗わず、骨の支えと腕の角度でアルベールの馬鹿力に対抗していた。無論、それなりに力も使っているが。それでも、アルベールの力は勾導に取って粘れるものだった。なぜなら、彼が誘われて訓練に参加したプロレス団体の所属レスラー達の方がアルベールより遥かに力があったからだ。
(確かにこのおっさんのパワーも半端ない。だけどこんなん、『野人』高橋さんをはじめとしたプロレスラーの皆さんに比べたらたいしたことねぇ。あれこそが本物の馬鹿力だ)
ギリギリのラインで粘る勾導に対し、アルベールはずっと力をかけていた為少しずつだが疲労が溜まってきていた。
(なんだ、この小僧……。どうして粘れるんだ……)
そんな余計な事を考えていた為、無意識の内に力が緩んでしまう。それを勾導は見逃さなかった。
「うおおらぁぁぁッッ!!」
目を大きく見開き、今まで使わず貯めに貯めた力を一気に解放する。勾導の腕は瞬く間に最初のポジションに押し戻り、アルベールの腕をねじ伏せにかかる。
アルベールはこの窮地に驚愕する一方、歓喜していた。腕力勝負でここまで追い込まれたのは初めての事だった。こんなちびの小僧が自分の腕力に食らいつき、それどころか勝ちを奪い取ろうとしている。
その状況がアルベールの闘志に火を付ける。
「なめるなぁぁあぁ、小僧ぉぉぉ!!」
アルベールが再び力を振り絞ることにより、互いの腕は元のポジションに戻った。2人は歯の隙間からは唸り声が漏れ、血走った目を面前の男にぶつける。互いの腕には血管が浮き上がり、固く握られている手は血管を押さえられている為か青だか赤だか区別できない色に変色している。その2人の周りを囲む団員達は手に汗を握り、勝負の行方を見守っている。
勝負の結果は意外な形で終わった。
2人が同時に咆哮を挙げ、最後の力を振り絞ってねじ伏せようとしたその時、テーブルが圧力に耐え切れなくなり、足から壊れてしまったのだ。
急に土台が無くなったため、2人はバランスを崩し転倒する。
「大丈夫か!?」
団員達が心配げな声を挙げるが、次の瞬間信じられない物を見た。
体勢を崩しながらも2人は床に肘を付けてまだ腕相撲を続行していたのだ。床に這いつくばり、互いに太い笑みを浮かべながら右腕に力をぶつける。
「小僧……。なかなかやるな。だが、いい加減諦めたらどうだ?」
「おっさんもそろそろ諦めたらどうよ? 腕が震えてるじゃないの」
そんな言葉を投げつけあってる2人の姿に団員達は歓声を挙げる。やれこの小僧なかなかやるだの、どっちも負けるなだのと、やいのやいの騒いでいたが、最終的にカステルモールの「店の迷惑だから止めろ」という声でこの勝負は終了となった。
「おい坊主、この肉を食べてみろ!」
「いや待て、俺が先にこのワインを飲ませていたんだ。とても甘くてうまいぞ!」
腕相撲が終わると団員達は勾導に運ばれてきた料理を勧めてきた。団一番の腕力自慢と渡りあった事もあったが、勾導自身が噂ほどの無礼者ではないと感じたからだ。皆を目上の者と認識したのか敬語で会話しており、
「はい、いただきます!」
と、特に大きな声ではっきりと挨拶をする所に団員達は好感を持った。なお勾導自身はこの集団を超の付く体育会系集団だと思い、それならばとプロレス団体の道場に住み込んでいた時に身に付けた経験と所作をそのままトレースしていただけだが。
彼らとうまく溶け込んだ勾導の姿を見ながらカステルモールは用意された料理を口に入れながら一つ考えていた。それは、『なぜ自分に対して無礼な態度をとっていたのか』という事だ。
あれだけ攻撃的だった態度を潜め、礼儀良く社交的に接する勾導の姿を見てどちらが本当の姿なのか混乱してしまいそうになる。
ふと、ある事に気付き、はっとなる。それは、『自分がシャルロットに対して無礼な態度を取っていたから、それから彼女を守ろうとしていた』だけではないかと。
自分は彼女に対して杖すら突き付けた。ならば、使い魔である彼は自分を敵と認識し、それから彼女を守ろうとするのは当然の事だ。
(小僧なりにシャルロットさまを守ろうとしていたのか)
蟲毒の壺の様な王宮政争や貴族のしがらみに囚われていたせいで、こんな単純な事に気付けなかった事に彼は恥ずかしくなった。
自分の様に、政治や立場にからの回りくどいやり方を一切せず、ただ真っ直ぐ『自分の真の主を守ろうとする』、その事にカステルモールは嬉しく思う一方、もやもやした感情がしこりの様に生まれ張り付いた事に気付く。
と、顔が少し赤くなった勾導がピアノに近付いた。アルベール達に「なにか芸をやってみろ」と言われたからだ。
椅子に座り、ピアノの音階が地球の物と変わらない事を理解すると、鍵盤を叩き演奏を始めた。たいして期待していなかった団員達も勾導がピアノを弾ける事に気付くと「おおっ」と歓声を上げる。現在勾導が演奏しているのは『怪獣大戦争マーチ』や『スーパーXテーマ』といった東宝怪獣作品の劇伴音楽だ。その勇壮な音楽に団員達も喜び、大声で歌い出す始末だった。
「彼は楽師だったのか。見かけには寄らないな」
そうカステルモールが呟いた時、彼の対面の椅子にアルベールが座った。片手にワイン瓶を手にしており、それをグラスに注ぐと一気に飲んだ。
「なかなか楽しい見習いが入りましたな、団長殿」
笑顔を浮かべたまま、カステルモールのグラスにワインを注ぐ。カステルモールはそのワインを一口飲むと、
「そうだな。そこらの楽師より見事な演奏をし、お前に腕力で勝てる奴なんてそうそういないしな」
「ひどい事を言いますな、団長殿。あのまま続けたら自分が勝っていましたよ。それはともかく……」
アルベールは声を一段潜め、続ける。その目は鋭く刃の様だった。
「ここまでの道中、怪しい者はおりませんでした。『地下水』が仕掛けて来るのはおそらく、グルノーブル滞在中かと思われます」
その言葉にカステルモールは小さく頷く。
「私もそう思う。だが、奴は名の知れた暗殺者だからな。いつ襲ってきてもおかしくはない。油断するな」
「そうですな。この後、早めに巡回に入りましょう」
「お前達、飲んでるだろうが。はしばみ草の酔い醒め薬を飲んでから行けよ」
「勿論ですとも。ところで団長」
「なんだ?」
「……あの簒奪者を打ち倒し、必ずシャルロットさまを正しき場所に戻しましょう。それが我らの宿願ですから」
「……ああ」
カステルモールの返事に満足したのか、アルベールは席を離れる。
「おい小僧喜べ! これから俺と一緒に巡回に行くぞ! お前の初任務だ!」
そのアルベールの声に勾導は演奏を止め、宿屋を出た。その後ろ姿を見送りながらカステルモールは決意する。
(この行幸の間、シャルロットさまの御身を守るのは自分だ)
不思議な事に勾導を見ているとそんな思いが沸き上がるのだ。自己の中に生まれたもやもやとした感情がそう意識させるようだった。
だが、カステルモールは気付いていない。その感情が勾導に対しての『嫉妬心』である事を。
ぐい、とワインを呷るとその感情が一層根付いたような気がした。
そして、思い立ったかのように彼も宿を出ていった。
双月が一番高く上った頃であった。
カーテン越しに月明かりのスリットが真っ暗な部屋に薄く差し込む。少し風が吹いているのだろう、カタカタと窓を鳴らしている。
その窓の音に紛れるようにドアが開いた。細心の注意を払った為か、音は聞こえなかった。しかし―
「だれ?」
部屋の主であるタバサはそれに気付き、すぐさま杖を構えた。魔法を唱えたのか、部屋の燭台に火が灯り、部屋が次第に明るくなるとともに、侵入者の姿を露わにしていった。
それは、召使いの服装をした女であった。その顔にタバサは見覚えがあった。昼間、自分の身の回りの世話をすると紹介された侍女の1人だった。
その侍女はにっこりとおぞましさすら感じる微笑を浮かべ、答えた。
「『地下水』、です」