Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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 皆さま、本当に遅くなってすみませんでした!!(ストンコのスタナーを受けて一回転バンプしながら)
 お詫びと言ってはなんですが、一挙4話投稿します。それで勘弁してください。



22:Beautiful People(前編)

 

 

 双月が輝く中を勾導は深夜巡回に駆り出されていた。学生に対する深夜労働は褒められたものではないが、ここハルケギニアには労働基本法は存在しないので老若男女関係なく与えられた職務に従事しなくてはいけない。そこが異世界の辛いところだ。

 風が少し強く吹いており、その事が先ほどまでアルコールを摂取していた勾導には少し堪え体を左右に揺らしている。しかし、それが理由とは思えないほど、その挙動は大きかった。なぜか。

 それは馬に騎乗していたからだ。現代日本人の勾導には乗馬なんて初めての経験で且つ、先ほどまで酒を飲んでいた事もあり、その騎乗ぶりは見れた物ではなかった。

 勾導とペアを組み先導する大男―東薔薇騎士団団員アルベールが慣れた様子で騎乗しながら呆れたような視線を向けた。

「おい小僧。……まさか馬に乗った事が無いのか?」

 その質問に勾導は答えた。

「初めてですって、乗馬なんて。つーか、馬自体、競馬場くらいでしか見れなかったんですから。馬なんて乗るより賭けるに限りますよ。今年の有馬、当てる自信あったし……。ああ、ちゃんと前を行けコラ。言うとおりに動け! この……、この馬名前なんだ? 無いなら勝手につけるぞ。……ニトロニクスでどうだ?」

 手綱をやたらめったら動かすが、馬は言う事を聞かず、鼻息荒く勝手気ままに歩き回る。それもそのはず、勾導の乗っているのは只の馬ではない。軍用に掛け合わされ、調教された大型馬だ。乗馬初心者が乗り回せるようなものではなかったのだ。

「初めてって……。お前、『東方から来た』って言ってたよな? 『東方』の人間の移動手段は徒歩しかないのか? それとも、なにか別の幻獣でも乗ってるのか?」

「車とか電車がありますよ。オレは普段チャリンコか単車(ゼファー)乗ってましたけど。馬なんかより手軽ですよ。……あっ、そっちじゃねぇ! そっちは人んちの庭だ! 止まれモーリアロー!」

 乗馬に悪戦苦闘する勾導の姿を観察しながらアルベールは『東方はこことは違うんだな』と結論付けると、勾導に見せるように手綱を動かす。

「小僧、手綱を真っ直ぐ握れ。そのまま余計な力をかけず、真っ直ぐ引け。それで馬は止まる」

 この巡回は早急に行うものではない。この新入りが慣れるまで簡単な騎乗法を教えてやろうと考え、勾導の隣につける。勾導も、アルベールの手綱の動きを見よう見まねで真似すると少しずつだが、馬の動きを制御できるようになっていけた。

 一つの問題を解決できる光明が見えてくると、次に新たな問題が出て来るものだ。

「ケツと腰が痛てぇ……」

 鐙から尻を浮かし、辛そうな顔をする勾導の姿をアルベールはガハハと笑う。

「そればっかりは仕方ないな。慣れだ慣れだ。この行幸は長い道程だから、十分馬に乗れる機会がある。行幸が終わるころには乗りこなせるはずだぞ」

「うへぁ……、想像するだけでもケツが石になりそうだ……」

 その宣告を聞いた勾導は弱音を吐くその一方、心の中では『そりゃ○瀬愛も腰を壊すわ。騎乗位ばっかやってんだから』とアレな事を思っていた。

 

 巡回を開始して1時間後。小さな規模の宿場町だが勾導の乗馬の足取りに合わせながら進んでいたので、かなりの時間がかかったがようやく村一帯の見回りが終えようとしていた。

(思ったより時間がかかったな。こりゃ団長の小言が飛んでくるな)

 アルベールはそんな事を思う一方、この新入りの事を気に入りはじめていた。170サントにも満たない小柄な(なり)でありながら自分にと引けを取らない腕力を持ち、ある程度の礼儀を弁え楽師顔負けの演奏をするかと思えば、その辺の平民の子供よりも乗馬が下手くそというアンバランスさに愛嬌と可愛げを感じたのだ。

(こいつ、使い魔にならなかったら東方の地で案外大物になっていたんじゃないか? いや、シャルロットさまに召喚された時点で、すごいことなのだが)

 そんな事を考えていると、突如バンッと派手な物音が聞こえた。アルベールは周りに目を配る。と、隣を行く件の新入りが「あれは!?」と声をあげた。

「どうしたんだ?」

「あの家おかしくないですか? 明かりが点いてるあの家です! それに部屋もなんか揺れてますし!」

 勾導の指差した場所を目にしたアルベールは絶句する。そこは最重要警護要所である―、

「……シャルロットさまがお休みになられている宿じゃないか!!」

 火と風の魔法が得意なメイジである彼はあの部屋から魔力を行使した後に残留する『流れ』の様な物を感じ取った。確かに、あの部屋で何か起きているに違いなかった。

 全ての東薔薇騎士団団員は、団長カステルモールから『今回行幸に向かうイザベラの正体はシャルロットである』と聞かされていた。イザベラの影武者となった以上、刺客の放つ死の刃は全て彼女に向かうだろう。

 『シャルル派』東薔薇騎士団の一員である自分がやる事は決まりきっていた。

『シャルロットさまの命を守り、刺客を叩き伏せる』

 その思いを嘲笑うかの如く、今この時刺客が自分達の真の主に刃を突き付けようとしている。その事を思い歯を噛み締める。

 どうするべきか、答えは出ている。だが、どうしてもその答えの一歩を踏み出す事に一瞬躊躇してしまう。急な事で判断が中途半端に鈍ってしまっていた。

 その時だった。

「行っけぇっ! サトミアマゾンっ!!」

 突如、新入りが馬の尻を思いっきり蹴る。突然蹴られた馬はたまったものではない。衝撃に驚いた馬は甲高い声で鳴くと一気に前に駆け出す。

「うわあぁぁあぁぁあぁッッ!!」

 蹴った本人は馬の首に腕を回して必死にしがみつきながらも、血の様な(ともしび)を灯した宿舎を睨みつけていた。迷いはない。ただそうすることしか手段がなかったのだ。

 1人出遅れたアルベールは呆けかけた眼で確かに見た。暗闇の中、迷いなく真っ直ぐ駆け抜ける真紅の炎華を。

 

 

 『地下水』と名乗った侍女は鼻歌を歌いながら部屋に設置されたティーワゴンから茶葉を摘まみ、湯をティーポットに注いで紅茶を作る。まるでタバサの姿が目に入っていないようだ。紅茶の香気が部屋に広がった頃、手慣れた手つきでカップにそれを注ぐと再びタバサを目に入れる。

「どうぞ」

 初対面の時と同じ微笑を浮かべ、『地下水』はカップをタバサに差し出した。そのカップに目を向けず、イザベラの顔をしたタバサは杖を構える。「いらない」と態度で示したようなものだ。

 そんなタバサの姿を見て『地下水』は溜息をつく。

「何も入っていませんよ。盛るつもりなら時と場所を選びますし、なによりこんな見え見えの手なんて使いませんよ……。あっ、いらないのでしたら私が頂きますね」

 もったいないですから、と言って『地下水』はカップに口づけ紅茶をごくごく飲み干す。次の瞬間、目を疑う行動に出た。

 紅茶を飲みほした『地下水』は手にしたカップをバリン、と噛み砕いたのだ。陶器の砕ける鈍い音が部屋中に広がる中、冷静に対処しようとしていたタバサ自身も『地下水』の奇行に思わずたじろく。

 『地下水』はゴクンと喉を鳴らすや、真っ赤に染まった歯を見せつけるようににんまりと大きく笑いかける。その狂笑はタバサの心臓を握り潰さんばかりの強烈な衝撃を与えるとともに、そう無意識のうちに標的が怯んだ事を暗殺者は逃さなかった。

「じゃっ」

 猫の様な軽やかさで一気に標的に接近する。右手にはいつの間にかスプーンを手にしており、それを使ってタバサの蒼い目を抉り潰そうと突く。しかし、その奇襲をタバサは手にした杖で防ぐ。無意識の行動だった。混濁した脳内を急速に冷却させると、攻撃呪文を唱えようとする。

『ウインド・ブレイク』

 風の圧撃を至近距離で叩き込んで終わりだと思った瞬間、『地下水』は笑みを作ると驚くべき行動に出る。

「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」

 2人の間に青白い雲が現れ、それは2人を包みこんだ。瞬間、猛烈な眠気がタバサを襲い、詠唱を途切れさせる。だが、高ランクのメイジであるタバサはそれを必死にこらえると無理矢理唱えた。しかし、放たれた風の塊は明後日の方向へ飛んでいく。

 瞬間、タバサの腹部目掛けて『地下水』は蹴りを叩きこむ。その鋭い一撃により、小柄な体格の事もあってタバサは窓際まで吹き飛ばされてしまった。

 背中を壁に叩きつけられた事もあり、思考を混濁させたタバサはパズルのピースを組むように必死に状況確認をする。

 『地下水』は系統魔法が使える。

 しかし、杖を握っているようには見えない。では、手にしたスプーンが杖だったのか。タバサは「違う」と判断する。あれは、普通のスプーンだ。あの時、スプーンに魔力が集まった様子は一切なかった。

 では一体……、と思考の海に沈もうとした時、氷の矢がタバサに向かって飛んできた。タバサ自身も得意とする『ウインディ・アイシクル』だ。驚きをよそに身構えるが、矢は彼女の体をかすめると辺りの家具に突き刺さっていった。

 『わざと急所から外した』とタバサは手足から、つらっと血を流しながらそう判断する。表情から焦りの色が少し見えだしていた。

 『地下水』は笑みを浮かべたまま笑った。

「『杖を持たずにどうして魔法が放てるのか』、と言いたげな顔を浮かべておいでですね。私と対峙した者は皆同じ顔をしますが、姫殿下も例外ではなかったと言う訳ですか。しかし、正直なところわたしも驚いています。イザベラさまは、魔法が得意ではないというのが市井での評価でしたので……。人の噂も話半分、といったところでしょうか」

 そんな事を言いながら懐からナイフを取り出すと、タバサにゆっくりと近付く。あのナイフで止めを刺すつもりなのだろう。

 勝負を諦めていないタバサは、決死の思いで『エア・ニードル』を放とうとする。だが、その行動は遅かった。

「『レビテーション』」

 『地下水』がそう言うや、彼女の手元から杖が離れて宙に浮く。杖自体はすぐに取り戻す事が出来たが、そのタイムロスが勝負を分けた。

「おやぁぁすみ、なさあぁぁいぃぃッッ!!」

 『地下水』は一気に接近し、ナイフをタバサの胸に振り下ろす。

 その時であった。

 

「エルボオォォォォ、スイシイィィィィィィダアァァァッッッ!!!」

 

 叫び声が聞こえたかと思ったらグワシャン! と窓ガラスが割れ、黒い影が部屋に飛び込む。さながら疾風の様な、魚雷の様なそれは、その勢いを殺さず刺客にぶつかる。それは肘を前に突き出していた為、そのまま刺客の顔面に叩きこまれた。

「ぎゃっ」

 弾丸の様に飛んできたエルボーの直撃を喰らった暗殺者は部屋の反対側の壁まで吹き飛び、それと同時に侵入者はタバサの隣に立ち、じっと構えた。

「わりい、遅くなった!」

 窓から乱入してきたのは、勾導だった。あの時アルベールが思わず発した『シャルロットさま』という言葉に反応するや、無意識のうちに駆けだしたのだ。なぜアルベールが『シャルロット』のことを知っていたのかは今はそんな事はどうでもいい。今大事なのは『シャルロット=タバサが危機に瀕している』という事だったからだ。

 馬に掴まって宿屋まで加速すると、頃合いを見るやルーンを発動させる。背中と瞳を青く輝かせると馬の背中を踏み台にして蹴り飛び、部屋の窓に向かって『エルボースイシーダ』の体勢で飛びこんだのだ。

「コウ……、ドウ……」

 勾導はタバサの怪我の具合を確認する。急所は外れているが、手足から血を流したその姿を見て思わず歯を噛み締める。

「あとはオレに任せろ。……つーわけで、テメェ。よくもやってくれたなぁ……」

 タバサから刺客へ目を移すと、その目を鋭くする。こいつは基本的に女だろうが手加減はしない。男女平等、ミックスドマッチは大歓迎だ。公然とセクハラ行為もできるし。

 小さく呻いている刺客に近付こうとしたその時、ドアが勢いよく開き、大勢の衛士がなだれ込んできた。彼らは東薔薇騎士団ではなく、宿の一階で警護していた別の花壇騎士団の者たちであった。

「姫殿下!」

「イザベラさま!」

 そう叫びながら部屋に飛び込んだ彼らが目にしたものは、メチャクチャに荒された室内と、ぐったりと倒れた侍女。そして見覚えのない少年従者と、その奥に隠れた血に染まった姫君。

 彼らの行動は一致した。

「貴様っ、姫殿下を狙った刺客か!?」

「姫殿下に手を出しおってっ!! 万死に値する!!」

 そう叫びながら騎士たちは勾導に杖を突き付ける。勾導は思いもよらない展開に一瞬思考が止まるが、すぐさま反論する。

「何言ってんだ! 逆だ逆! 助けに来たんだって!」

「嘘つけ! 貴様の様な怪しい奴は見た事が無いわ!」

「はぁ? テメェら自分のボンクラぶりを棚にあげて人を疑うのかよ! ちゃんと警護しろコラァ!」

「なんだその口の聞き方は! お前たち、この男を縛り上げるぞ!!」

 いきり立った騎士たちが勾導に魔法が放たれようとしたその時、割って入る声があった。

「彼は刺客ではありません。わたしを助けてくれたのです。そして、刺客はあの倒れた侍女です」

 イザベラの顔をしたタバサが勾導の無実を証明する。突然の言葉に騎士たちは顔を見合わせ、「しかし……」と口を濁しながら未だ杖を勾導に向けていた。

 と、さらなる助け船が部屋に入ってきた。

「小僧は刺客じゃないぞ。こいつは俺達の隊に所属する見習いだ」

 アルベールだった。彼の姿を確認した騎士は声をかける。

「お前は東花壇のアルベールではないか。どう言う事だ? 何か証拠でもあるのか?」

 アルベールは巨躯を揺らしながら証言を始めた。

「こいつは、ついさっきまで俺と一緒に街の警邏任務についていた。その途中、この宿舎から大きな物音が聞こえてきたうえ、部屋から魔力の流れを感じてな。思わず姫殿下の部屋だと口に出してしまったんだが、それを聞いた小僧が一気に駆けだしたんだよ。馬の扱いが下手くそなくせにな」

 そうアルベールが証言すると、他の騎士たちは納得したのか杖を下げた。

「うむ……。アルベールがそう言うのなら……。坊主、疑って悪かったな。済まなかった」

「しかし、若さとはいいものだな。その思い切りの良さで姫殿下のお命を救ったのだから。少年、大手柄だな」

 騎士たちは口々に謝罪と感謝の言葉を言うが、勾導自身から「そんなんいいからとっととタバ……姫様の怪我を治せコラ」と言われたので、何人かのメイジガ早急にタバサの治療に向かい、それ以外の衛士が侍女の姿をした刺客を取り囲む。

「おい! 起きろ貴様!」

 乱暴に揺さぶられた刺客は、ゆっくりと目を開ける。瞬間、自分が騎士達に取り囲まれている事に驚きを隠せなかった。

「キィヤァァァアァァァァッッ!!」

 宿屋一帯に響かんばかりの悲鳴に、関係者は思わず耳を塞ぐ。そこから気を取り戻した騎士の1人が、彼女の尋問を始める。

「きゃあじゃない! 貴様、姫殿下を襲うとはどういう事だ!」

「イザベラさまを襲う? わたしがそんなたいそれた事をするわけないじゃないですか!」

「とぼけるな! 証拠は上がってるのだぞ!」

「わ、わたし、寝ていて目が覚めたらここにいて……。それに、なんか口の中がすごく痛い……。っ、な、なんで口の中が血まみれなのぉぉ!?」

 侍女自分の犯した奇行に覚えが無いとばかりにがたがたと震え、辺りを怯えた目で見つめる。と、不意にその囲いの中に勾導が割って入る。座り込んだままの侍女の視線の前に顔を向け、じぃっと見つめる。

「な、なんですか……?」

 侍女は黙ったままの勾導から放たれる圧力に負け、思わず痛む口を動かす。すると、目の前の男も口を開く。

「あんた、いつまでも眠い事並べていると、コンビニでは売っちゃいけないタイプのエロマンガでやりそうな事をしてやろうか? あ?」

「え? コンビ……?」

「早い話、テメェをマッパにして縛ったり叩いたり拡げたりブッ挿したり注入したりするって言ってんだよ。具体的に言えばキ○○イ○あたりが出しそうなアンソロ本に載ってそうなプレイをするっつってんだよ!」

「ヒ、ヒィィィィッッ!」

 勾導の発言に侍女は卒倒しそうになる。周りの騎士たちもドン引いたのか、勾導から離れていく。

 周りの状況に気付いていない勾導はさらに続ける。完全に変なスイッチが入ったようだ。

「最初はキツイだろうが後から快楽がやって来て次第にそれをむさぼる様になるらしいぜー。ほうら、とっととしゃべりな。たっぷりご褒美をくれてやっからよー。オレの必殺『(ヨコハチ)無限大』をくらわ……」

 どうしようもない方向にエスカレートしていく勾導を止めたのはやはり、タバサが本気で振るった杖の一撃だった。頭を押さえながら悶絶する勾導に向かって、

「変態」

 と顔を赤らめながら吐き捨てタバサは離れる。

 と、その時だった。

「お前、ナタリーではないか」

 1人の騎士が侍女に近付いてきた。どうやら、この侍女の顔見知りのようだ。

「姫殿下。彼女はお茶係のナタリーです。王都に実家があり、家族全員メイジの素質はなかったはずです。今は、王宮に奉公に出てて、今回の行幸では姫殿下のお世話をするために同行しているのです」

 騎士がタバサにそう説明するが、一つだけ腑に落ちないところがあった。あの侍女―ナタリーは平民といったが、系統魔法を使ったのを自分は知っている。彼女が嘘をついているのか。いや、あの怯えようから見て本当に身に覚えが無いのだろう。

 その時、昼間にイザベラが言った言葉を思い出した。

 

 ―地下水』は人の心を操る魔法を得意とするメイジよ―

 

 傷の手当て中だったがそれを振り払い、タバサはナタリーに近寄った。すると、ナタリーは体を大きく震わせる。当然だ。身に覚えは無いが、自分はこの国の王族を襲い、怪我まで負わせた。そして、怪我を負わせたのは『あの』イザベラ。短気で、乱暴で、横暴な『お姫様』だ。自分には想像もつかないほどの罰を与えるに違いない。そう思うと、自然と涙が溢れて前が見えなくなった。

「い、イザベラさま……。お、お許しを……」

「大丈夫。あなたは悪くない」

「えっ?」

 イザベラ(タバサ)の放った意外な言葉に、ナタリーは思わず呆ける。

「あなたは刺客に操られていただけ。覚えている範囲で構わないから、どこから記憶が無いのか教えて」

「そ、その……」

「おねがい。あなたは罪に問わないから」

 『あの』イザベラに優しい口調で尋ねられるという異次元経験に動転しそうになったが、ナタリーはゆっくりと話しだした。夕食後、明日の予定を同僚達と確認したらすぐにあてがわれた部屋で就寝したが、気が付いたらこの部屋にいたという。

「どうやら、寝ている時に刺客に魔法をかけられたようだな。姫殿下を襲うように暗示をかけられてな」

 その話を隣で聞いていたアルベールがそう結論付けると、他の騎士たちも同じ意見なのか、皆頷く。

 証言を終えたナタリーは、数人の騎士に付き添われ部屋を出て行った。無罪放免になったが、念のため行幸中は侍女の業務から外され、衛士たちの監視下に置かれる事になるようだ。

 部屋の中は勾導とタバサ、そしてアルベールのみになった。他の騎士たちは荒れた部屋を綺麗に復旧し終えると元の詰め所に戻っていった。去り際に『姫殿下の危機にはすぐに駆け付ける』と言っていたが、先ほどの体たらくだと説得力はないし、なにより『地下水』が内部の人間を操り襲撃をかけてきた事から彼らを護衛として信用するには不安でいっぱいだった。

「ほんじゃま、今からオレが夜通し護衛をしましょか」

 唐突に勾導がそう切り出した。

「おい、いきなり何を言い出すんだ小僧」

 アルベールが返す。遠回しに『馬鹿か?』と言いたげな口調だった。

「今回の敵、『地下水』だっけ? そいつは他人を操るんだろ。だったら知らない奴が護衛やるより多少気心の知れた奴がやった方がいろいろと安全じゃん」

「気心がしれただと? シャ……、いやイザベラさまとお前が?」

「わざわざ訂正しなくていいよ。……知ってんでしょ、今回のお出かけにおけるタバサとオレの任務を。……ここにいるデコ姫が偽物で、その正体がタバサだって事をさ」

 勾導が今回の任務の肝の部分を部外者にこうもあっさりとバラした事にタバサはハッとなる。もしこの男が敵で、『地下水』やその雇い主に知らせたらどうするのかと言いたくなった。

 対してアルベールはずっと黙ったままだ。しかし、その瞳は光が消え鋭くなり、射殺すように勾導を見ていた。

 勾導はさらに続ける。一文節ごとに注意深く、大胆に言葉を連ねていく。一気に勝負をかけるつもりのようだ。

「……騎士団みんながそうだとは思ってないけど、少なくともおっちゃんはタバサの味方だとオレは思ってんだけど」

「……なぜ、そう言える?」

 勾導に見せつけるように杖を手にしながらアルベールは返す。下手な言葉は許さない表れだった。

「あの時、言ったじゃん。『シャルロットさま』って。厄介者扱いされてるヤツに様付けするってことは味方もしくはそれに近い存在に違いないじゃん」

「そ、それは……」

 口元を吊り上げながらそう答える勾導にアルベールは一瞬言葉を詰まらせる。反論しようと言葉を探したが見つからなかった。やがて観念したように溜息をついた。

「……聞こえていたか」

「聞こえてました」

 勾導が笑みを浮かべる。それを見て苦笑するアルベールはそのままタバサに近付き、その足元に跪いた。

「申し遅れました。私は東薔薇騎士団所属の騎士アルベール・ブロソーと申します。私達東薔薇騎士団団員は今もシャルロットさまをはじめ、オルレアン家に変わらぬ忠誠を捧げております」

 その言葉にタバサは顔色を変えないながらも、内心は困っていた。彼はきっと父の世話になっていたのだろう。だが、急に『忠誠を捧げます』と言われてもどう反応すればいいのか分からない。

「今のわたしは北花壇騎士。もう王族ではない」

 そのため、いつも通りのそっけない返答をした。しかし、そうは言ってもアルベールは未だ臣下の礼を崩さない。

「おい、おっちゃん。タバサが困ってんじゃん」

 タバサの姿を見た勾導が助け船を出す。しかし、それを潰す様に部屋にさらなる乱入者が現れた。

「いいえ、あなたこそが真の王位継承者なのです」

 それはカステルモールだった。部屋に入るなりディテクトマジックを唱え聞き耳を立てている者がいない事を確認すると、すぐさまタバサに深く跪く。

「昼間の数々の無礼、お許しください。ああでもしないと、あの簒奪者の娘やその周囲に疑われてしまい、シャルロットさまに危機が降りかかってしまう……、と愚考した次第であります」

 昼間と変わり、自分の体を小さくせんばかりに恐縮しきりなカステルモールの姿を見て、タバサは『彼も父の世話になった1人』だと悟る。

「どうか、わたくしめに御身の警護をさせてくださいませ。これ以上シャルロットさまに危険に晒さないようお守りしますゆえ」

「おい、急に現れて勝手な事を言いだすんじゃねぇよ、おっさん! ややこしくなるだろうが!」

 急に現れて話を進めるカステルモールにイラつきを隠さず、勾導が近付く。

「どいつもこいつも急に出てきたと思ったらやれタバサを守ると……。オレが夜通し警護するって言ってんだろうが! わかんないの!? ねぇ?」

 カステルモールは立ち上がり発言の主である勾導をキッと睨むと叫んだ。

「貴様などにシャルロットさまをお守り出来るわけがないだろう! 巡回に時間をかけるような半人前にな!」

 その言い様に勾導も思わず返した。

「初めてだったんだからしょうがないだろうが!! つーか、時間かかったおかげでタバサを助けることができたんだろうが!」

「結果論だ、そんな事! それより貴様、団長に対してなんだその口の聞き方は! 先ほどの集会での態度で少しは見直していたのだがな!」

「うるせぇっ! オレはタバサのパートナーだぞ!」

「小僧風情が偉そうな口を叩くな!」

 勾導とカステルモール。互いに譲らず、睨みあう2人の姿にアルベールはどうしたものかと顔をタバサに向ける。

 すると、タバサが言い争う2人に近付き、言った。

「護衛はいらない。わたし1人で大丈夫」

 その言葉に2人は真っ向から反対するが、タバサは無理矢理彼らを部屋から追い出す。彼女は一刻も早く、1人きりの静かな空間に入り浸りたかったのだ。

 部屋の中、1人きりになったタバサだったが、宿の外に目を向けると未だにグチグチ言い争う2人の姿が入ってくる。

『お前がシャルロットさまの機嫌を損ねたのだ! どうしてくれる!』

『うるせぇ、あんたがうだうだ言ったから怒ったんじゃねーか! いい大人がガキみてーになりやがって!』

『なっ、なんだと貴様ぁっ!! この私を侮辱するとは許さんっ!!』

「あぁ? やんのかコラァっ!!」

 そんな2人の姿を視界から消す様にカーテンを閉め、タバサはベッドに腰掛けると溜息を一つ吐いた。

 

 

 3日後、一行はグルノープルに到着した。彼らは街道沿いに並んだ大勢の住人たちから盛大な歓迎を受け、道中の疲れが吹き飛んだ者もいた。

 と、街の奥にある大きな屋敷の門の前に大勢の召使いを引き連れた痩せほせた老人が待ちかまえていた。足が悪いのか、杖を手にしており、その髪の色はくすんだ水色だった。この老人こそが今回の誕生会の主催者のアルトーワ伯である。

 イザベラの姿をしたタバサが馬車から姿を現したその時、住人達が大きな歓声を挙げ、口々に『イザベラさま万歳!』、『ガリア王国万歳!』と言った声が上がった。アルトーワ伯もタバサを目にすると前へ進み出て、深く一礼した。

「イザベラさま、ようこそグルノープルへ。私の誕生会にお越しいただいて本当にありがとうございます。リュティスと比べたら何も無い田舎町ですが、自分の屋敷と思っておくつろぎくだされ」

 アルトーワ伯は人の良さそうな笑みを浮かべそう挨拶する。タバサもこくりと頷き、言葉を返す。顔には出さないが、タバサは初日の襲撃事件以降、十分な睡眠を取れていない。いつ何時、どこから刺客が襲いかかってくるか。そう考えると気を休める瞬間がなかった。

 結局、襲撃はなかったが、常に神経を張り巡らせていた為、彼女には大きな負担がかかっていた。

 現在カステルモールら東薔薇騎士団団員たちも周辺警護をやっていたが、見習いとしてそこに配備されているはずの勾導の姿はなかった。なぜか。

 

 大歓迎を受ける一団から少し離れた位置に馬車が一台置かれていた。見た目は質素な造りだが、それを引く馬はそれに見合わない立派な体躯をしており、アンバランスな空気を醸し出している。

 突如、その中から少女の高慢な笑い声が聞こえてきた。声の主は本物のイザベラだった。

 その馬車の内装は、みずぼらしい外見と裏腹に豪奢なもので、彼女はそこに備え付けられたふかふかのソファに足を投げ出していた。

「あー、なんかお腹すいたわ。ねぇ、そこにあるケーキがあるだろ? ほら、さっさと出しな」

 侍女の変装にも飽きたのだろう。宮殿内で着る私服に着替えており、それをだらしなく崩し、対面に座っている人物に顎で命令をする。

「はぁっ? テメーでやれ、テメーで。そのくらい」

 その人物はイザベラの相手をするのも面倒なようで、そう言い捨てる。それは勾導だった。

 いつものように反抗的な態度を見せるが、イザベラは笑みを崩さず、口を開く。

「そんなこと言っていいのかい? 今から馬車の外に出て騒ぎを起こしてやってもいいんだけどね。あんたはともかく、ご主人様は困る事よね? 任務がおじゃんになるのは」

 イザベラの挑発するよう様な言葉に勾導は舌打ちを一つ吐くと、馬車に備え付けられたミニカウンターからケーキを取り出し、1人用に切り分け皿に乗せるとイザベラにそれを差し出す。

「……ほらよ」

「腕を動かすのが面倒臭いわ。あんたが食べさせな」

「ふざけんな!!」

 イザベラの言葉に勾導は立ち上がって睨むが、彼女は態度を改めない。

「いいのかぁい? ……わかったわ」

 そう言うや、イザベラは馬車の手すりに手をかけて窓を半分開ける。そして、

「皆さま、お聞きください! わたしが本物のガリア王国王女イザベ……」

 大声で叫び出したのを見て、勾導はギョッとなり慌ててイザベラの口を塞ぐ。

「なにやってんじゃぁッ!? テメェッ!!」

 幸運な事に馬車の周囲に誰もいなかったが、勾導の心臓はバクつきっぱなしだった。そんな勾導の様子を見たイザベラは、勝ち誇ったように笑みを作る。

「だったら、わたしの命令を聞きな。人形姫のことが大事ならね」

 窓を閉め、ソファに寝そべったイザベラは口を開ける。ケーキを食わせろとのことのようだ。

 舌打ちを打った勾導は歯を食いしばるとまま、手を震わせながらケーキの刺さったフォークをイザベラの口元に持っていく。そんな勾導の様子に嫌な笑顔を作ったイザベラは、大口をあけて目の前のケーキを頬張った。

「やっぱりいいわね、ショコラケーキは。口の中で溶ける上品な味だから……。ほら、何ぼおっとしてんだい。お茶を入れな」

 反抗しても、先ほどと同じ事になると悟った勾導は、素直に紅茶の準備を始める。イザベラは、それを横目で見ながら、聞こえないような小さな声で呟いた。

 

「……あんたが『あの時』言った事、わたしは絶対に許さないからね」

 

 

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