Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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24:Beautiful People(後編)

 

 

「……あんたってさ、どこから来たのよ?」

 唐突に、イザベラが勾導に尋ねた。既に周囲は暗くなり、従者の皆の中には明日の園遊会に向けて体を休めている者もいる。

 イザベラと勾導はアルトーワ伯の屋敷にある使用人小屋の一室にいた。しかし……、今のイザベラは新人侍女の身分だったため、用意された部屋は埃が宙を舞い、蜘蛛の巣がかかっているようなボロ部屋だった。勿論イザベラは癇癪を起し、勾導に「急いで部屋を綺麗にしろ」と命令をする。勾導も普段なら突っぱねるだろうが、自分の寝床もここだと言われたので仕方なく掃除をした。ある程度綺麗にした時、『仮にもコイツ女なんだから男女一緒の部屋ってマズくね? コイツ一応王女だし』と思いイザベラに聞いたところ、「あんたは男以前に使い魔じゃないの」と笑ったのでむかっ腹が立つ結果になっただけだが。

 部屋にベッドは一つしかなくイザベラが使う事は勾導も納得したが、彼女は毛布一枚すら彼に渡さなかった。それには勾導も抗議するが、イザベラは一切耳を貸さなかった。

(そういや才人もこんな扱いをピンク頭から受けているって言ったよな……。やっぱ、タバサってスゲぇ優しい子だな。うん)

 結局、勾導は典型的貴族の価値観に頭を抱えながらも、「数日我慢すればいい」とそれを受け入れた。

 そして話は冒頭に戻る。部屋は就寝する分だけには十分なものになったため、イザベラはベッドの上に座り勾導は床の上に寝転んでいる。

 勾導が答える前にイザベラがさらに続けた。

「なーんか、あんたハルケギニアの人間っぽくないのよ。王族(わたし)に頭突きをするわ、王冠壊すわ、暴言吐くわ……。おまけに髪の色も珍しいし。黒髪なんて初めて見たわよ、わたし」

「……」

「ねぇ、答えなさいよ。シャルロットに召喚される前、どこにいたのよ」

「……言っても信じねぇよ」

 勾導が答えるのも面倒くさそうに言う。が、イザベラは譲らない。

「とりあえず言ってみなさいよ。嘘かどうかわたしが判断するから」

 その言葉に勾導は溜息を一つ吐く。そして、

「……貴族も魔法もない世界から来たんだよ、オレは」

「は? なに言ってんのよ、あんた」

「だーかーらー、魔法がねェ、貴族もいねェ、馬もそれほど走ってねェ、竜もいねェ、亜人もいねぇ、エルフはオークにぐーるぐる(18禁展開)な世界から来たって言ってんだよ!」

 さらに続ける勾導の言葉をイザベラは胡散臭そうに聞いていた。魔法が無いだと。メイジがいないと生活していくのにとても不便じゃないのか。

 脳内で様々な考えが渦巻いている中、勾導がさらに衝撃の発言をした。

「オレの国は立憲君主制で天皇制……、まぁ、王権みたいなものも存在するけど、国の象徴で政治を取り扱っているのはこっちでいう平民にあたるヤツらだからな。もっと言えば、オレの国は貴族なんて実質いないからな。1億総平民だぞ」

「はぁッ!!? 平民が国を動かしてるだって!!? ていうか、今さらりと1億って言わなかった?」

「他所の国は12億いるぞ。つーか、この間地球の総人口も60億人突破したし(2002年当時)、人類最強はロシアン・ラストエンペラーだからな」

「大ボラもここまでひどかったら聞いてて頭が痛くなってくるわ……」

 イザベラは聞くんじゃなかったとばかりに頭を抱える。

「事実を言ったまでなんだがなぁ……」

 話が広がらなかったため2人はしばらく無言になる。刻々と時が進む中、動いたのは勾導だった。寝転がった体を起こし、イザベラの方を見る。

「おいデコ姫」

「……イザベラさまと言いな」

「今はどうでもいいだろうが。つーかさー、前から聞きたかったんだけどよー……」

「……なによ」

「お前さー、なんでいちいちタバサに突っかかってくんだよ。あいつがお前になんかしたのかよ?」

「別に……。あいつが王族にいた時から気に入らなかっただけよ」

「それ以外にあんだろうが」

「……なんで、あんたなんかに言わないといけないのよ」

 イザベラのその言葉を聞き、勾導の口元が吊り上がる。

「おっ、その言い方だとやっぱあるのか。読みやすいなー、お前。……言えや姉ちゃん。悪いようにはしないからさぁ」

 勾導が立ち上がり顔を近づけて来る。イザベラはしまったとばかりに肩を落とすが、後の祭りだ。

「言うのか言わんのかどっちやねーん♪ 言うのか言わんのかどっちやねーん♪」

「なっ、なにするんだい、あんた! 誰が言うか!」

「言うのか言わんのかどっちやねーん♪ 言うのか言わんのかどっちやねーん♪」

「やめろっ、見ててイライラするっ!」

「言うのか言わんのかどっちやねーん♪ 言うのか言わんのかどっちやねーん♪」

「…………ぅう」

 自分の目の前で煽る様に踊る男のあまりにウザい姿にイザベラは遂に観念した。まるで泣いているかのように声を上ずらせながら喚いた。

 

「あぁ、言ってやるさ! あいつは小さいころから魔法が得意だった! おかげでわたしはいつも周りにあいつと比べられた! やっとの思いでコモンマジックを成功させても、大人連中から出てきた言葉は『シャルロットさまはとっくの昔に成功させてます』だよっ!! 魔法が得意だというだけであいつを花よ蝶よと持ち上げるヤツらを腐るほど見てきた!! そういったヤツらはわたしには『無能王子の娘はやっぱり無能』と言いたげな目ばかりを向けるっ!! 王女になってからもそうだっ! コソコソ陰口で馬鹿にしたりあからさまに見下した目を向けてくるっ! ……あんたは知らないだろうけど、今でもあんたの主人を旗頭に立てて、わたしと父上を潰そうとするヤツらもいるんだ! わかるかい!? このハルケギニアは魔法の実力が全てなんだっ!! ……だから、あのシャルロットが大嫌いなのよッッ!!」

 

 ぐずつきながらも堰を切ったように出てくるイザベラの本音を聞きながら、勾導は別の事を考えていた。同じような光景をつい最近見た事を。どこでだ。ああ、思い出した。あの時、シャルロットの実家で自分が『親の仇を殺すのはやめろ』といった時に見せたタバサの姿とそっくりだったのだ。

 あの、感情を爆発させたタバサの姿と目の前にいる少女の姿が勾導の目に重なり、なんともいえない思いが沸々と湧き上がってきた。

 

「……お前ら似てんだよ」

 

 勾導はそう小さく呟くと、泣きじゃくるイザベラの隣に座る。その際に古いベッドなのか、大きく軋んだ。

「あー、なんつーかさぁ、視野が狭いよ、お前。……ぶっちゃけ魔法なんて重要じゃないだろうが、お前の立場ならよ」

「あ、あんたはわたしの話を聞いてなかったのかい!?」

 勾導の暴言とも取れる言葉にイザベラが食ってかかる。その剣幕に勾導は溜息を吐くだけで、平然と続ける。

「……お前の仕事はなんだ? 戦場で敵をブッ倒すことか? 地方に飛んで役所仕事をする事か? ……違うだろうが。お前はこの国の王女様だろうが」

「そんな事がどうしたんだい! 分かりきった事を聞いてんじゃ……」

「王女ってさ、ぶっちゃけ魔法が使えなくてもいい立場じゃねーか。魔法を使ってなんかする仕事じゃあないんだからさ」

 目の前の少年の放った言葉に少女は硬直した。なにを言ってるんだと思った。だが、それを無視して勾導は続ける。

「王女の仕事なんて今タバサがやってる事じゃねーか。馬車に乗ってそこから国民に向けて手ぇ振ったり、話しかけたりさ。……魔法、いるか?」

「……」

「勉強したから知ったが、この世界って中世ヨーロッパみたく王政国家ばっかりじゃねーか。って事は、基本的に王が直接政治に関与するんだろ? 早い話、下の連中に指示出すだけじゃん。魔法が必要な案件でも、王が出張って魔法やるより、下の魔法できるヤツがやる方が現場も回るしよ。……もっかい聞くが、魔法、いるか? いらねぇだろうが」

 勾導の言葉をイザベラは目を見開きながら聞いていた。目の前の人間が只の平民だという事を忘れて。

 

『王族の執務に魔法なんていらない。むしろ邪魔』

 

 なんという極論なのだろう。だが、よくよく考えるとその通りだと思う。魔法を使う場面なんて滅多にないし、あるとしてもたいした場面ではない。涙はもう止まっていた。

 陰鬱な靄に包まれていたイザベラの頭の中が次第にクリアになっていく中、勾導が止めとばかりに畳みかけた。その言葉に更なる衝撃を受ける。

「魔法なんて、ぶっちゃけ単なる一芸だろ。もっと言えば資格だ、資格。車の運転免許とたいして変わんねーよ。魔法なんて部下のできるヤツに任せりゃいいんだよ。それよりも、お前に必要なのは国を良くするために必要な内政能力とか魔法のできるヤツらを纏め上げる統率力、そして頭の中身だろうが。それさえしっかりしてりゃお前を馬鹿にしてる周りのヤツらも次第に黙るよ」

 勾導は話をそうまとめる。いつの間にか夜も深くなっており、腕時計を見た勾導は顔をしかめた。

「もうこんな時間じゃねぇか。アニラジとかあれば夜通し起きてられるが、ここにはないからな……。もう寝る。明日も早いんだし」

 寝床に向かおうとする勾導の腕をイザベラがぐいっと掴む。上着の袖を掴む手は震えていた。

「……なんだよ」

 イザベラはベッドから立ち上がり、勾導の前に出る。そして、キッと見据えるとこう告げた。

「……あんた、わたしの部下になりなさい」

 イザベラの唐突すぎる宣言に、さすがの勾導も驚く。

「何言ってんだよ。つーか、今の状況がそれじゃないのかよ」

「今は召使いでしょ。でも、これからは部下よ。正式にわたし直属の配下として働いてもらうわよ」

「だから、状況が見えねぇんだよ。なんでオレがお前の部下にならなくちゃいけないんだよ」

 どこか困った表情を見せる勾導にイザベラはイラつきながら指を突き付けた。

「あんた、肝心なところで鈍いねっ! ……教えてあげるわ。あんたをシャルロットから取り上げるためよ」

「んだと?」

 タバサの名前が出てきた瞬間、勾導の顔つきが鋭くなる。こいつは何か考えている。それも碌でもない事を。そう考え、警戒する勾導の姿に対しイザベラはどこか遠い目をしながら笑みを浮かべる。

「あんたと話してみて分かった事があるの。あんたって、馬鹿で粗野で野蛮なヤツだと思ってたけど、そこそこ知恵があって、ハルケギニアの人間にはない奇抜な発想を持ってるってね。見所があるわ。……あの人形には勿体ないと思うくらいね」

 勾導は黙って聞いている。それに気を良くしたイザベラが続けた。

「あんたの発想を活かせるのはわたしのところ以外にはないわ。それに、部下になったらそれなりの報酬をあげるつもりよ。さすがに領地はあげられないけど、あんたの働きによってはゲルマニアの様に平民だけど貴族の地位をあげてもいいし。まぁ、シュヴァリエだけどね。それでも平民より断然良い生活ができるわよ。……どう? 汚れ仕事ばかりで明日の命も分からないシャルロットの使い魔っていう現状を脱するチャンスは今しかないわよ」

 貴族の地位をちらかせれば、絶対に自分の下に就く。イザベラはほくそ笑みながらそう思案する。

 

 彼女は、口では『見所がある』などと気取った風に勧誘しているが、本心は違った。

 魔法の実力と才能で全てが決まるこの世界で、『魔法は所詮一芸』『王族に魔法なんていらない』と真っ向から言われた事によって暗黒に沈んでいたイザベラの心の中に光が差したのだ。

 嬉しかった。自分の中の劣等感が消え去り、新たな道が提示された様な気がした。

 だからこそ、イザベラの中に新たな欲が生まれた。

 

 この男を自分の手の届くところに囲いたい

 

 口は悪いが、自分のいい理解者になるかもしれない。そしてなにより、シャルロットに対する最大の嫌がらせになるのだ。

 あの無表情の人形娘の顔を悔しさで歪めさせる事ができる。そう思うと、イザベラの心に勝ち誇った気持ちが沸き上がった。

 だが、その感情は次の瞬間霧散する事になる。

 

「誰がやるか。めんどくさい」

 

 そう吐き捨てると、勾導はイザベラから背を向けた。イザベラは一瞬何を言われたのか分からないとばかりに呆けたが、我を取り戻すと声を荒げる。信じられないとばかりに驚きの色を込めて。

「あ、あんた、自分が何言ってるのか分かってるのかい!? 大出世よ! 貴族にもなれるのよ! 平民なんかにはできない、いい暮らしができるのよ!!」

「言ったろうが。オレは異世界から来たってよ。……オレは自分が元いた世界に戻りたいんだよ。それなのに、貴族だのなんだの御大層な地位が付いてくるのは勘弁なんだ。余計な荷物背負うみたいでよ」

「そんなこと知った事かい! あんたをうまく使えるのはシャルロットじゃなくてわたしなんだっ!! ……あんた、分かってるの? あの子(シャルロット)は、王家(わたしたち)の恩情で生かされているようなものよ。さっきも言ったけど、反旗を翻す連中の旗頭になる可能性があるからね。そんなヤツの下で働いて何になるのよ? あんた、あの子に弱みでも握られてるの!?」

「なんでそうなるんだよ」

「だって、あの子の言う事は聞いてるし、庇ったりもしてたじゃない。……あんたまさか、あの子の事が好きなの?」

 イザベラの指摘に、勾導は口をぽかんと開ける。予想だにしない言葉がきた為か、この後出た声が上ずってしまった。

「だからなんでそうなるんだよ!! 話が飛躍しすぎだろうが!!」

「だって、あの子には優しく接してるじゃない。実際の所はどうなのよ?」

 勾導は大きくため息を吐く。正直無視したかったが、変な認識を持たれたままなのは癪なのでイザベラの問いかけに答える。

「あいつはパートナーだよ。使い魔と主なんて上下関係じゃなく、持ちつ持たれつの関係だ。恋愛感情なんかある訳ないだろうが。児ポ法怖え―し。……それによ」

「それに? なに?」

 勾導はすっと答える。いろいろ御託を並べたが、これしかなかった。

「あいつと『約束』してんだ。それを果たしてあいつに心の底からの笑顔をさせてやるんだよ!」

 勾導の答えを聞いたイザベラは一言、

「そう」

 と答えるだけだった。だが、彼女自身、その心の中の黒いものが溢れかえってくるのを沸々と感じ取っていた。

 そして、その思いを滲ませたかのように口元を(いびつ)に歪ませ、呪言のように告げた。

 

「まぁ、その約束は叶いそうにないけどね」

 

「おい、どう言う事……」

 勾導が問い詰めようとした瞬間だった。不意に視界が大きく歪んだ。何度か目を擦るが一向に治らない。背中が妙に熱を発しているのも感じている。そうこうしている内に、視界はクリアになる。そこに映ったものは、こことは別の室内であった。暖炉が備え付けられており、高級な拵えのされたベッドやクローゼット、多くの書物と帳簿が収められた書架がある。貴族の部屋だろうか。

「なんだ、これは……」

 いろいろと思考が回ろうとした瞬間、視界の中の部屋に氷と炎が舞い踊り、辺りを破壊していった。それに合せるかのように視界は大きくぶれ、何かを探すかのように四方を見渡す。すると、目の前に仮面を被った男がいた。それに合わせるかのようにタバサの声が聞こえる。彼女は『地下水』という言葉を発していた。

 ここにきて勾導はタバサ達と初めて会った時に言われた事を思い出す。

『使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられる』

 つまりこれはタバサの視界だということだ。そして、今彼女は襲われている。そう結論づけた勾導の行動は一つしかなかった。

「タバサッッ」

 弾丸のように窓から飛び出そうとした瞬間、腕を掴まれる。イザベラだった。

「使い魔の力で主の危機を感じ取ったようだね。……あいつ、どうやらきっちり『仕事』してるみたいねぇ」

 大きく引き攣った笑みを浮かべながら勾導を見つめる。

「さすがの『雪風』も今回は駄目かしらねェ! わたしが本気を出したらこんなもんよッ!!」

 勝ち誇ったように嫌な笑い声をあげるイザベラの姿を見て勾導は考える。

 『仕事』だと? 刺客が動く事が『仕事』だと? そして先述の言葉。『その約束は叶いそうにない』? その前後のタイミングがあまりに出来過ぎている。

 それらの内容から勾導は一つの結論にたどり着く。本能のままイザベラの胸倉を掴み、その勢いのまま自身の推理を突き付ける。その声色は怒りを滲ませていた。

 

「刺客だのなんだの、全部テメェの仕掛け(・・・・・・・・・)か」

 

「そうよ」

 

 イザベラは今なお笑みを崩さなかった。

「あいつに自分の立場を理解させるために仕掛けたの。これであいつも調子に乗らなくなるわ! まぁ、『生かさず殺さず』って伝えてるから多少は痛い目を見てもらうけどね。なにしろ、あいつはわたしのおもちゃだからね! これまでも、これからもね!!」

「どけ」

 勾導は茶番の仕掛け人を視界に入れたくなかった。一刻も早く、タバサの救援に向かいたかった。だが。

「ここまで教えて『はいどうぞ』とどけると思う? ……あんたはわたしの誘いに乗らなかった。絶対に許せない! だから、あんたにも教えてやるよ!! 誰に無礼を働いてきたのかを!!」

 イザベラが手を2度叩く。すると、部屋の中に踊りこんできた者がいた。長身の、30半ばの男だ。杖を手にしている事からメイジだと勾導は判断する。その男の身なりはお世辞にも清潔とは言えなく、ボロボロのマントを纏い髭も伸ばしっぱなしで、とても正規の騎士には見えなかった。

「こいつはあんたのご主人様の同僚さ。北花壇騎士9号、仕事だよ。こいつを痛めつけな」

 悪意に満ちた笑みを浮かべながらイザベラが命令する。それに9号と呼ばれた男が答えた。ひどく、しわがれた声だった。

「姫殿下、善処はしますが相手は平民。折檻に耐えられなくて死んでしまっても文句は言わんで下さいよ」

「ふん、勝手にしな」

 イザベラの言葉を『良し』と捉え、9号は口を大きく吊り上げながら笑みを作る。口内の乱喰い歯の隙間から呪文の詠唱が漏れていた。

「ちぃっ」

 それを聞きとった勾導は反射的に窓から外へ飛び出す。直後、9号の杖から炎が現れ、勾導が元いた場所へ襲いかかった。それを見たイザベラは慌てた。

「あんた、あいつを殺そうとしてるじゃないの! 『痛めつける』だけでいいから!」

「へへっ、すみませんねェ姫様。あっしの炎は凶暴でねェ。その辺は大昔トリステインにいた時から変わらないんですよ」

 悪びれない態度でイザベラに対応する9号は、部屋の壁を燃やして作った穴から外へ出る。前方を見ると、勾導が敵に背を向け逃げだそうとしていた。勾導の最優先事項はタバサの助勢。こんな奴の相手をしている訳にはいかないのだ。

「逃げんじゃねェ、小僧!」

 9号が杖を振るうと、勾導の前方に炎の壁が現れた。決して逃がす気はないようだ。

「観念しな小僧。今なら手足の一本を黒焦げにするだけで勘弁してやるからよ」

 9号は勾導に歩を進めながら更に杖を振るう。すると、2人のいる辺り一帯を囲うように炎が疾った。これにより、逃げの一手は封じられた。

 だが、危機の真っただ中にいるはずの勾導は無表情のままだった。

「どけよ、おっさん。これからタバサを助けに行かなくちゃいけないんだからよ」

「こんな楽しい瞬間を誰が捨てると思うのかい小僧。俺はな、人や物を焼くのが大好きなんだ。トリステインにいた時も『実験小隊』という部隊にいてよォ、そこで好きなだけ燃やしたもんだ。……まぁ、そこには俺を上回る炎狂いがいたがな。……昔話が過ぎちまったようだな。さぁ小僧、覚悟を決めな」

 9号は勝ち誇った笑みを勾導に向ける。その背後の炎の向こう側にいるイザベラも同様だった。こういった血生臭い場面は嫌いだったが、轟々と燃える炎を見ている内にそんな気分は吹き飛んでいた。口ではどうと言おうが、やはり彼女はそういった嗜虐思考の持ち主だったのだ。

「最後のチャンスだよ。今すぐわたしの物になるなら、許してあげるわ」

 選択肢は一つしかない。誰もがそう思っている中、勾導はイザベラの言葉を無視するかのように舌打ちを打つと、

「……ファイヤーデスマッチかよ。やったところで大体碌な試合にはならなかったぞ。IWしかりW☆INSしかり……」

 そうボヤくと勾導は9号に近付く。無防備のまま近付くその姿を見て9号は笑った。

「おい、この状況を見て近付くのかよ! お前は馬鹿か!?」

「近付かなきゃ攻撃できねぇんだよ」

「ふん。だがな、そう簡単に俺に近付けると思わない事だ!」

 9号は詠唱を始める。すると、周囲の炎の壁から炎の塊が弾け飛び、猛烈な勢いをもって勾導に襲いかかってきた。

 それに気付いた勾導はなんとか避ける。炎塊は顔の前を通り、その熱気で肌が焼ける様な気がした。

「ほう、避けたか小僧。……だがなっ」

 9号が杖を振るう。今度は別の炎壁から炎球が生まれる。それも左右から挟み込むように2つ、直撃コースで。

「にゃろッ」

 前に避けられないと判断した勾導は、なんとその場でバック転をした。無意識だった。体が勝手に動いていた。

 そのお陰で炎球自体は避ける事は出来た。だが、炎球同士が衝突した際に、それらが弾け、大なり小なりの塊になって勾導に降りかかってきた。

「あっっつぇぇぇぇぇええぇえいぃいいッッッ!!!」

 上着に火が燃え移り、その熱さに耐えられる訳が無い勾導は叫びながら地面を転がる。その様を9号は追撃もせず、ただ笑い転げていた。

 ただ、イザベラは正気に戻ったのか、顔を少し青くしていたが。『やりすぎだ』と言いたかったが、言えなかった。9号の放つ威圧力と、戦場と化した周囲の非日常ぶりに意識が引っ張られていたからだ。

 必死の思いで転がったことで、火は消せた。結構な火力だったはずだが、不思議な事に勾導の上着は黒焦げになっておらず、すこし煤が付いただけであった。

 それを見て9号が口笛を吹いた。

「ほぉっ、お前の服、弱かったとはいえ俺の炎に耐えきったかァ。結構強力な『固定化』の魔法がかけられてるなァ。よほどいいとこの仕立屋で拵えてもらったんだなァ。まぁ、服は無事でもお前自身はどうだろうなァ?」

 勾導の着ている服は以前トリスタニアでキュルケに買ってもらった服で、フーケや『揺らぎの鏡』の亜人との激闘を受けても解れ一つできなかった訳はどうやらそういう事のようだ。しかし、服は無事でも、着ている勾導は少なからずダメージを受けていた。目も当てられないひどい状態ではないが、顔や首といった露出した肌が赤くなってところどころに火ぶくれができており、口内も火傷をしたのか、呼吸をするのも辛そうだった。

 勾導のそんな姿を見て9号は余裕の笑みを浮かべながら杖を振るう。すると、炎壁の勢いが増し、無事な地面を更に焼く事で2人はより近い距離で炎を感じる事になった。

「逃げられないように周りを囲んで魔法を放つ……。『卑怯』と言いたいか小僧。悪いが俺は北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)だ。『貴族の誇り』だの『騎士の誇り』だのという銭にならん物はとうに犬に食わせた人でなしよォ。もっとも、トリステインにいた頃からこういう戦い方しかしてないんだがなァ!!」

 そう叫びながら詠唱をすると、四方の炎壁からいくつもの炎球が生まれ宙に浮いた状態でその場に留まる。

「さぁ小僧、覚悟を決めろ。なぁに、体が醜く焼き爛れるだけだ」

 9号の言葉にイザベラが思わず反応する。

「馬鹿っ、誰がそこまでしろと言った!」

「姫様ァ、すみませんねェ、俺はやっぱり加減ができない性質の様でさァ。生かして帰す事で勘弁してやってくださいやァ……。……俺は人が焼けるのが見たいんだ」

 狂気を纏った9号の最後の呟きを耳に入れてしまったイザベラは固まってしまう。これが王家の暗部を担う者の放つ空気なのか。自分の浅はかな考えがかき消されていく。

 後悔をしつつあるイザベラを尻目に、今まで黙っていた勾導は信じられない行動に出た。なんと、唯一の保護具である上着を全て脱ぎ、上半身裸になったのだ。

 その異常行動に、さすがの9号も驚きを隠せなかった。

「こ、小僧っ、気でも狂ったのか!?」

「いいや。オレは正気だよ」

「自分から防具を捨てるとは馬鹿か!? 自殺願望か!?」

「オレは勝つ気満々だよ。これは必勝の手段だ。……教えてやるよ。覚悟の差ってヤツをよ」

 笑みを浮かべながら足元にあった小石を拾う。 

「……なに石ころなんか拾ってんだァ? まさか、それを俺にぶつけるのが必勝の手段かァ?」

 9号は話にならんとばかりに杖を振るう。

「……終わりだ」

 その言葉と共に多数の炎球が勾導に降りかかる。

 だが、9号は知らない。イザベラは知らない。勾導の真意を。

 そして、勾導の背中が緑色に輝いている事を。

「ピッチャー佐○岡、背番号18ッ!!」

 そう叫びながら勾導は石を投げつける。その投げた方向が意外な相手だった。

「!?」

 勾導が投石した標的は9号ではなく、イザベラだったのだ。石は炎壁を突き破り、物凄い勢いで彼女に真っ直ぐ向かっていく。

「なにィ!?」

 その奇策に9号は困惑し、唇を噛み締める。正直なところ、イザベラが怪我しようが自分にはどうでもいい事だった。だが、この世間知らずの娘は怪我をすると癇癪を起こし、きっと自分に当たるだろう。『何故守らなかった。お前は護衛だろうが』などと喚きながら。なんと喧しい事だろうか。

 その光景を思い浮かべると同時に、9号は杖を振るい直す。すると勾導に向かっていた炎球は消え、代わりに新たな炎球が炎壁から生まれると、真っ直ぐ石に向かいそれを撃ち落とした。

 イザベラにぶち当たる寸前だった。なんとか守る事の出来た9号は安堵のため息を吐く。

 だが、その判断は完全なる誤りだった。

 次の瞬間、9号の体の前方に重い衝撃が襲いかかり、全身が宙に浮いた。

「ぅおぉぉおおぉおぉおッッッ」

 勾導がタックルしてきたのだ。

 

 イザベラに向けて投石を実行した直後、勾導はすぐさまルーンを青に輝かせる。そして、自分が信頼を寄せる技を実行した。

 『震脚軽功』。

 ルーンを発動していない通常の状態でも圧倒的な速度を誇るこの技だが、ルーンを、それも瞬発力を向上させる『青のギャラルホルン』を発動させた状態で放たれたそれは、全身そのものが弾丸のようになったも同然だった。

 9号の両腿を掴み、そのまま体を持ち上げた勾導は、とんでもない行動に出る。

 

 震脚の勢いを殺さずに突進し、そのまま目の前の炎壁に突っ込んだのだ。

 勾導以外の人間が驚愕に包まれたのは当然の事であった。

 

「さぁ、我慢比べといこうかいッッ!! おっさんよぉッッッ!!」

 炎が全身を燃やそうと襲いかかってくる中、9号の心臓を握り潰さんばかりの狂笑を浮かべた。

 

 

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