Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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25:虹色クリスタルスカイ

 轟々と燃え上がる炎の中、勾導と9号はその熱気を一身に浴びていた。

「はっ、離せっ、小僧! お前いかれてんのか!?」

 9号の着ている服に火が燃え移っていく。信じられなかった。目の前の小僧が自分もろとも炎壁に突っ込んでいくという手段を取った事を。

 対する勾導は、いまだ太い笑みを浮かべたまま、

「男塾名物でもここまでハードなシゴキは無いぜぇ!! 『油風呂』もビックリだ!! それともアレか? 熱湯コマーシャルならぬ火炎コマーシャルだな! お笑いウルトラクイズでもやらねぇよ! オレたち今この瞬間、たけし軍団を越えたぜ!!」

 そんなどうでもいい事をのたまっている。彼は現在全身の耐久力を上げる『紫のギャラルホルン』を発動させているためか、大火傷になってもおかしくない状態なのに勾導の肌は火ぶくれ程度で抑えられている。だが、その状態も長くは持たないだろう。徐々に、徐々に表皮がボロボロになり、その下の皮下部分にダメージを与えはじめていた。

「……な、なにしてんのよ。あいつ……」

 イザベラはその光景を茫然としながら見つめていた。自分から炎の中に突っ込むなんて信じられない。まともじゃないとばかりに。自分の考えが追いつかない。いや、100人の人間が見てもきっと自分と同じ状態に陥るだろう。

 だが、この時彼女は気付いた事があった。それは、勾導の目があの時と同じだったのだ。紫色に輝いているのもあるが、それ以上にあの時、自分に『王女なんか辞めてしまえばいい』と言った時と同じ狂気に満ちた瞳だった事に気付いた時、イザベラは体の震えが止まらなくなっていた。

 9号の体は既に全身が赤く焼き爛れ始めており、刺すような激痛が襲いかかってきていた。

「あ、熱い……。これが俺の炎の熱か……。俺に焼かれた人間達もこんな苦痛に塗れて黒焦げになっていったんだろうな……」

 朦朧とする意識の中、9号はそんな事を呟く。すると目の前の小僧はいつの間にか黙り込んでおり、自分を掴む力も弱くなっていた事に気付いた。

(所詮平民だったか。気絶したか、それとも死んだか……。我慢比べは俺の勝ちのようだな)

 安堵の表情を浮かべながら9号は最後の力を振り絞って杖を振った。すると、炎壁の火の勢いが急激に弱まり始め、10秒を待たずして完全に鎮火した。

 炎壁が消えたそこには、黒煙を上げ肌を焼き爛れ肉を引き攣らせた2体のオブジェがそこにいた。その姿を見たイザベラは一瞬恐怖の感情を浮かべるが、無理矢理頬を吊り上げ笑った。

「よ、よくやったね9号! さぁ、治療用の秘薬をやるからこっちに来な」

 その言葉に頷き、イザベラの元に向かおうとした瞬間、体が何かに強い力で掴まれた。なんだと思った瞬間、答えはすぐに出た。

「我慢比べはオレの勝ちだな……」

 火傷塗れの勾導が再びその笑みを見せつけ、右肘を振るったのだ。重傷を負っている者の攻撃とは思えないほどの強烈なエルボーは9号の顎を打ち抜くと、続けざまに右に一回転してバックエルボーを放つ。勾導の追撃は肘の鋭利な部分が標的の鼻に突き刺さり、そのまま圧し潰す。

「がっ」

 頭部への集中攻撃を受けた9号は混濁する意識の中、抵抗しようと杖を振るう。だが―

「させるかよっ」

 勾導は杖を持った腕を掴み固定すると、そのまま肘と膝を挟み込むように叩き込んだ。蹴り足挟み殺しだ。その荒技によって9号は絶叫をあげる。腕に筋断裂が発生し、その激痛に耐えられなかったため、たまらず杖を落としてしまった。

 勾導は今、ルーンの力を発動させていない。いや、発動できないといった方がいいだろう。炎から自分を守る事に今持てる力を全て使ったからだ。だが、勾導はそれでいいと思う。ルーンはあくまで力の一つだ。それが全てではない。彼が今頼っているのは持ち前の精神力と体力、そして技。それを全身を襲う激痛に耐えながら放っていた。

「50パーセントォォォ! ローリングゥゥゥ! エルボォォォォォォッッッッッ!!」

 旋風を纏った一撃が9号の顎を完全に破壊すると同時に、そのまま吹き飛ぶ。だが、それで終わりではなかった。

 

 うつ伏せにダウンした9号は自分になにが起きたのか分からなかったが、一つ理解していた事があった。それは己の現状だ。全身の火傷は勿論の事、頭部を鈍器で何度も打ちつけられたような衝撃は未だ抜け切れておらず、特に問題だったのが顎の骨が砕かれた為、魔法の詠唱ができなくなったことだ。それ以前に右腕も破壊された時に杖を落としているため、メイジの立場からすると最悪の状況だ。

(野郎……。調子に乗りやがって……)

 9号は無事な腕で上着をまさぐり、ある物を取りだす。それは鋭利な短剣だった。

(止めを刺しに近付いてきた時、コイツでブッ刺してやる!!)

 彼の頭は殺意で満たされており、『殺すな』というイザベラの命令はすでに無い。

 背後から誰かが近づく音が聞こえてきた。十中八九あの小僧だろうと9号は当たりをつける。隠し持つ短剣を握る手の力が強くなる。

 気配が至近距離まで来たその時、9号は最後の力を振り絞って立ち上がり、

「死ねやァッッッ、小僧ォォォッッッ!!!」

 短剣を勾導に突き出す。絶対に外さない距離、タイミング、状況―。の、はずだった。

「やっぱりね」

 そう来るのが分かっていたとばかりに勾導はあっさりと決死の一念が籠った短剣をかわす。仕掛けた9号は『ありえない』とばかりに目を開けっぱなしになり、体のバランスを崩した。

 

 この時点で勝負はあった。

 だが、この男は止まらない。止まれない。止まる気は一切ない。

 自らの『技』を、『力』を、『プロレス』を、目の前の敵に叩きつける事に全細胞が吼えていた。

 

 勾導はそのまま9号の背後に回り、股の間に手を入れて片足を抱えるとそのまま後方へ倒れ込んだ。プロレスの丸め込み技スクールボーイだ。―ここまでは。

 倒れ込んだ時に生まれた勢いを殺さずに9号の体を一回転させると、片足をクラッチさせた状態で無理矢理後方へ引っこ抜くように反り、高角度の大剛式バックドロップで相手の後頭部を地面に叩きつけた。

 勾導が独自に編み出した技―。変形ロールスル―バックドロップ『ドロップアウト・ボーイ』だ。

 喰らった9号は偶然受け身が取れていた事で意識を飛ばす事はなかったが、既に戦意は喪失していた。上半身を起こしてはいるが、立ち上がる事が出来ない。9号はもうこの場から逃げ出したかった。相手が平民だという事を忘れて、壊れたおもちゃの様に「来るな、来るな」と連呼している。

 一方、勾導は恐慌状態の9号をじっと見ていた。そして、笑みを見せる。

「フィニッシュといくか」

 呼吸を整えると、両手を軽く前に出し左足を2回前後に振ると後ろに下げる。そして、左手を腰に当てて右手を曲げて前方の9号に重ねる。

「目覚めろ、オレの魂」

 そう呟くと、自分の足元の周囲に6本の角のようなものが重なった紋章が浮かび上がるイメージを脳裏に作り出した。

 周囲に静寂が広がる。ずっとこの状態が続くと思われた瞬間、

「はァッッ!!」

 気合一閃、勾導は9号に向かって全速力で駆けだす。

「ヒッ、ヒィィィイィイィイイッッ」

 9号は自分に襲いかかる男に恐怖し、声にもならない叫びをあげる。

「あ、あんた、一体なんなのよォォォオオォォッッッ」

 イザベラは目の前の光景を夢のようだと感じる一方、胸の中に去来する様々な思いを代弁するに必死に叫ぶ。

 

 それらの叫びに対し勾導の答えは一つしかなかった。

 

「メモリィィィィィィィィッッ、ブレイカァアァァアァァァァッッッッッ!!!!」

 

 物凄い勢いに乗った状態で前方にジャンプしながら膝を突き出す様に両足を折り畳むと、目の前にあった恐怖の表情で固まった9号の顔面にその両膝をぶち当てた。

 この『メモリー・ブレイカ―』の一撃により、顔をパンパンに腫らし顔中の穴という穴から血を噴き出した9号は完全に敗北を認めたのか、意識を宙に飛ばした。

 

 七瀬勾導、トライアングルメイジとの決闘(タイマン)で初めて勝利した瞬間だった。

 

 ふぅ、と安堵の息を吐くと勾導は体をチェックする。火傷が上半身全体を覆い、至る所が引き攣りを起こすという痛ましい状態だった。ルーンの治癒能力を持ってしても、完治まで時間がかかるだろう。

「『杖以外の武器も用心しておけ』……。マチルダ姉ちゃんのアドバイス通りだったな……」

 そう呟きながら、マチルダ=フーケとの別れ際の会話を思い出す。勾導は彼女を助けた後、彼女から対メイジ、それも国に属していない野良メイジとの戦いで気をつけるべき事を聞いていたのだ。

『野良や傭兵のメイジの奴ら、何を大事にしてると思う? メイジの誇り? そんな物とっくに捨ててるわ。答えは簡単。それは己の命よ。それを守るためだったら汚い罠を仕掛けるし、平気で剣や銃を使うわ。……もし、そういった奴と闘う事になったら、その辺を気をつけなさい。ある意味貴族メイジと闘うより厄介だから』

 彼女の助言を思い出したからこそ、9号の最後の策を回避できたのだ。

 勾導は彼女に感謝を示すと、ゆっくり歩を進め、ある場所へ向かった。

 それは、イザベラの下であった。

 

 イザベラは無言のまま茫然と立ち尽くしていた。ただの平民がメイジに、それもトライアングルクラスの北花壇騎士に勝つという天が落ちてくるのと同じくらい信じられないものを見てしまったからだ。

「あいつ、メイジに勝った……」

 そう零した直後、自分の目の前が暗くなる。前を見るとそこに火傷塗れの勾導が突っ立っており、驚いたイザベラは思わず尻もちをついてしまった。

「あ、ああああんた……」

 イザベラは、勾導のその恐ろしい様相を見て思わずどもってしまうが、無理矢理平静を取り戻し、胸を張る。

「ふ、ふん! 生きてたのかい! 平民の分際で北花壇騎士に勝つなんてなかなかやるじゃないか!」

 そう言うや服の中から手のひらサイズの小瓶を取り出す。

「いいものを見せてくれた礼として秘薬をやるよ。これで傷を癒しな」

 勾導はそれを無言で受け取ると体にふりかける。心なしか、若干痛みが引いた様な気がした。その姿を見て、イザベラは饒舌になる。ベラベラ色々と喋るが、勾導は用は済んだとばかりにそれを無視し彼女から離れていく。その態度がイザベラの癪に障った。

「あんた、どこ行くんだい! まだ話は終わってないよ!」

 勾導はイザベラの問いかけに振り返らずに答える。

「タバサのところに行く」

 その答えを聞くとイザベラは激昂した。

「そんなにあいつの事が大切なのかい!! ……あいつはあんたに何か与えてくれたのかい!? わたしはね、あんな人形と違ってあんたに富と地位を与えられるのよ!! そんな事も分からないのかい!? わたしはガリア王国王女イザベ……」

 直後、イザベラの頬に一閃が走った。周囲にパンっという音が響き渡る。

 勾導がイザベラの頬を張ったのだ。その威力の重さに彼女は倒れ込んでしまう。

 頬を赤く腫らせながらイザベラは呆けたように自分を張った男を見つめていた。「なにをするんだいっ!」と言いだそうとした瞬間、勾導が叫んだ。

「いつまでもそういうくだらねェ事抜かすからテメェには誰もつかねぇんだよッッ!!」

 空気を震わせるその激昂の勢いのままイザベラの胸倉を掴むと、勾導はその火傷塗れの(つら)を彼女の顔にグンと近づけ睨みつける。

 

「テメェは餓鬼だ! 何もせず我がままだけをぶちまけ、不満を垂れる! テメェ自身の現状を変えようと動いたか? 動いてないだろうが! そんなヤツに誰かついてくるか? ついてくる訳ねぇだろうが!! ……テメェの生き様を他人に見せつける事も出来ないヤツがプロレスラーとして大成できないのと同じで、王族としての覚悟と生き様を見せつけられない奴の背中を誰が追いかけようと思うんだッッ!! 誰もついてくるわけないだろうがッッッッ!!!」

 

 そう叫ぶと勾導はイザベラを手から離す。そして、上着を回収すると再度イザベラに顔を向けた。

「本当はスタナーぶちかましたかったんだがな! 今日のところはこれで勘弁してやるよッ!!」  

 放心状態のイザベラにそう言い残すと、もう用はないとばかりにこの場を離れていった。

 

 

 イザベラから離れた後、勾導は周囲に誰もいない事を確認すると口笛を吹いた。すると、空からバッサバッサと大きな羽音が聞こえた。シルフィードだ。

「きゅ……、お、お兄さま、どうしたのね、その怪我! 火傷だらけなのね! 痛そうなのね!」

 『人前では人語を喋らない』と約束していたシルフィードだが、火傷塗れの勾導の姿を見た瞬間思わず人語を喋ってしまった。

「大丈夫だ。それよりも、急いでタバサの所へ連れて行け。場所分かるか?」

「知ってるのね。ここの領主さまのお部屋なのね。シルフィが送ったから場所は分かるのね。それに、お兄さまに呼ばれる前に、お姉さまに呼ばれたのね」

「分かった、マジで急げ! 今あいつは『地下水』に襲われてる! デコ姫の差し金でな!」

「きゅ、きゅいっ、分かったのね!」

 勾導の説明で現状を理解したシルフィードは、その背に勾導を乗せると空へ舞い上がった。

 

 屋敷の最上階、そこにアルトーワ伯の部屋があった。名のある貴族の部屋らしく高級家具と調度品に囲まれた立派な室内なのだが、現在そこはボロボロになった本や書類が散らかり、家具類は傷だらけになっていた。

 その部屋の一角に青髪の少女がいた。タバサだ。だが、その体を纏う寝巻は切り裂かれており、手足から血を流していた。おまけに体に大きな衝撃を受けたのか、体が思うように動けず苦痛混じりの呻き声をあげていた。ちなみに、襲撃に巻き込まれた部屋の主は床にのびている。

 そんな彼女の前に仮面を被った衛士が立ちはだかる。仮面越しに覗くその目は強く冷徹な輝きを放っていた。

「『地下水』……」

「いい加減観念してくださいな、王女殿下いえ『雪風』。あなたを捕えてようやく今回の任務完了なのですから」

 軽やかな足取りで向かってくる『地下水』のその言葉で、タバサは『地下水』の背後に誰がいるのかを理解する。……イザベラだ。

「……卑怯」

 顔を怒りで歪ませるが、それで状況が好転する訳ではない。既に『念話』でシルフィードに来るように伝えたが、間に合うか。また、タバサは勾導の事を心配していた。今彼は黒幕であるイザベラの元にいる。彼も罠に嵌められているのかもしれない。

「さぁ、お覚悟ッッ!!」

 『地下水』が杖を振りかざした瞬間、ドアから強烈な風が飛び込み、それと同時に窓を突き破って影が踊りこんできた。

「シャルロットさまッ!」

「タバサッッ!」

 扉からカステルモールとアルベールが、窓からは勾導が室内に乱入してきた。彼らは仮面をつけた不審者と倒れたタバサの姿を見て激昂する。

「おのれ、よくもシャルロットさまを!!」

「てめぇ、何しくさりやがったッッ!!」

 3人は『地下水』に向かっていったが、この手慣れの刺客は彼らを難なくかわすと窓から脱出した。

 その切り替えの速さに一瞬呆けるが、カステルモールはすぐさま窓に向かい、

「アルベールはシャルロットさまの治療を、私は奴を追う!」

 そう指示を出すと外へ飛び出していった。

 勾導とアルベールはタバサに近付く。だが、タバサとアルベールは勾導の現在の姿を見て声を失った。

「コウドウ、どうしたの……? まさか……」

「小僧、どうしたんだその火傷は!? お前も治療しないとまずいだろ! ……シャルロットさま、申し訳ありませんが、小僧の方から治療させてもらって構わないでしょうか?」

 タバサは頷き、アルベールは勾導の治療を始めようとするが、勾導は首を横に振った。

「おっちゃん、先にタバサから治療してよ。オレは一応秘薬で応急処置やってるから。それよりも、だ。タバサ。『地下水』の雇い主が分かった。……デコ姫だ。今回の襲撃はあのクソデコが仕掛けた茶番だったんだよ!」

「なんだと、本当か小僧!?」

 アルベールは驚きの声を上げる一方、タバサは自分の推理が確信に変わった事により、怒りの表情を浮かべた。

 勾導は治療を受けている最中、北花壇騎士と闘い勝った事を2人に伝える。勿論、2人は信じられないとばかりに驚きの表情を見せた。

「平民でありながらメイジに、それも確かな腕を持つあの北花壇騎士に勝つとはな……。シュヴァリエものの大手柄だぞ小僧! 俺はお前を心から気に入ったぞ! ……よし決めた。お前を正式に東薔薇騎士団の団員になれるよう推薦してやろう!」

 自分の事の様に喜びながらアルベールは勾導の体を叩く。無論,体が治ってない勾導は痛みが全身を走ったため抗議する。

「まだ治ってないんだから叩くな、おっちゃん! ……オレは騎士団に入る気はこれっぽちも無いよ。おたくの団長とは揉めまくってるし、なによりオレはタバサの使い魔だからな」

「……そうか」

 残念そうな表情を浮かべながらアルベールはスッと立ち上がる。2人の治療は終わったようだ。

「お前の事を気に入ってるのは本当の事だ。……お前なら、お前のような男ならシャルロットさまの御身を守る事を任せられる。……頼んだぞ、コウドウ」

 その巨体に似合う大きな笑みを見せながらそう言うと、アルベールは部屋から出ていく。部屋に残された2人はしばらく無言だったが、その静寂を破る出来事が起きた。タバサは今までイザベラの顔だったのが、突然元の顔に戻ったのだ。『フェイス・チェンジ』の効果時間が切れたのだ。

 タバサの変装が解けたちょうどその時だった。部屋の隅で呻き声をあげながら立ち上がる者がいた。アルトーワ伯だ。

 2人はマズい、と思ったが時すでに遅し。この老貴族はしっかりとタバサの顔を見てしまったのだ。アルトーワ伯は目を丸くした。

「あなたはシャルロットさまではありませんか! トリステインに留学されていると聞いていたのですが。それに、いったい何が起きたのですか……? イザベラさまがお訪ねになられたかと思ったら突然刺客に襲われて……。……うん?」

 アルトーワ伯は部屋にいたもう1人の男―勾導の顔を見た。次の瞬間、目をこれ以上見開かんとばかりに大きく開け、全身をこれ見よがしに震わせた。

「お、お前は……」

 心拍が高まり、呼吸音も早くなり、口をパクパクと開けながら恐怖と驚愕の表情で固まる。

「テッ、テテテテテテテテテテテテテ…………」

 この哀れな老人は自分の処理能力を超えた事象と『何か』に耐え切れなくなった為、白目を向いて気絶した。きっと、今回の事件で一番不幸な人物は彼だろう。

「なんだこの爺さん? なんかヤバい持病でも持ってんのか?」

 勾導が突然倒れた老人に驚く一方で、タバサは少しふらつきながらも立ち上がり、上空で待機していたシルフィードを呼び寄せる。

「『地下水』を追いかける」

 そう短く告げると、シルフィードは困った表情を見せる。この風韻竜、なんだかんだで根は臆病なのだ。

「え~、お外で見ていたけど怖い人だったのね! 嫌なのね! きゅい!」

「追いかける」

「怖いのね!」

「追いかける」

「うぅ~……」

 タバサの圧力に負けたシルフィードは嫌々ながら了承した。恨めしそうに唸りながら2人を背に乗せると、声を上ずらせながらきゅいっと鳴いて飛び立った。

 

 

 一行は『地下水』とカステルモールの行方を空中から追った。しかし、屋敷の敷地は広く、照明は一つも無いので真っ暗だった。

 そこで役に立ったのが勾導とシルフィードだ。人間より知覚に優れるシルフィードと、緑のルーンの能力で視覚を強化させた勾導が目を大きくして目標を探索していた。と、

「見つけた!」

 同時に声をあげ、勾導は指差す。その場所は明日の園遊会の会場の庭園で、そこに設置された舞台に2つの人影があった。

「降りる」

「行くぞ」

 降りる事を怖がっていたシルフィードだったが、自分の背中からひしひしと感じる2つの大きな重圧に屈し、恐る恐る降下した。

 勾導達は人影に近付く。その正体の1人はカステルモールで、もう1人は顔は見えないが『地下水』なのだろう。カステルモールに倒されたのか力なく突っ伏していた。

「シャルロットさま?」

 タバサ達が来た事に気付き、カステルモールは笑顔を見せた。そして、下手人の顔を2人によく見せた。その顔を見てタバサははっとなる。それは最初の襲撃の時に部屋に入ってきた若い衛士だった。

「最近、うちとは別の騎士団に入隊した奴のようです。王家を守護する者だから身元はしっかりとしていると思い込んでいたのが盲点でした」

 2人は『地下水』を覗き込む。そんな2人に自慢するようにカステルモールは喋りだした。

「名の知れた暗殺者らしくなかなか腕のある奴でしたよ。しかし! このバッソ・カステルモールには何人も敵いません! なにしろ私はスクウェアメイジですからね!」

 そう言うと、小物入れからナイフとロープを取り出す。刺客を拘束するのだろう。

 と、カステルモールの前に勾導が立ち塞がった。

「……なんだ、小僧。邪魔だ」

 カステルモールが威圧をかけるが、勾導は動じない。

「……おっさん、こいつどうやって倒したんだい?」

「……どう言う事だ」

「なんつーか、『綺麗すぎる』んだよ。闘ったのならそれなりの『跡』が残るもんだろうに。やれ痣だの血だの汚れだの……。それが一つも無いっておかしくね?」

「……私ほどのメイジになると、相手を傷つけずに倒す事は朝飯前の事だ」

 疎ましそうに対応するカステルモールに勾導は太い笑みを見せつけた。

「あれれ~、あんだけ人の事ボコボコにしたのにぃ~? 都合が良すぎじゃな~いのぉ」

「……」

 勾導に粘着されたカステルモールは沈黙する。だが、次の瞬間、

「シャァッ」

 左手で杖を引き抜き、勾導に向ける―が、

「遅ぇよッ!」

 震脚で一瞬早く懐に潜り込んだ勾導がその勢いのまま前方回転し浴びせ蹴りを叩き込んだ。その一撃に耐えきれなかった為カステルモールは思わず杖を落としたが、右手に持っていたナイフは手放さなかった。

「この……、餓鬼があぁッッ!!」

 鼻血を出しながらカステルモールは勾導にナイフを突き立てようとする。

「させない」

 間髪いれずタバサが『エア・ハンマー』をカステルモールに放った。その圧撃によってナイフを手放したカステルモールは、先ほどまでの頑強さが嘘のように失い、ガラッと崩れ落ちた。

 タバサは勾導に駆け寄る。

「大丈夫?」

「ああ、余裕余裕。体の痛みも引いたし、皮膚も新しくできたし、勾導さんは全快よ、全快。そっちはどうよ?」

「完全回復」

 タバサは杖を天に掲げポーズをとった。

 その彼女なりに気を使った茶目っ気のある所作に勾導は思わず笑う。すると、光る物が目に入った。カステルモールが手にしていたナイフだ。

「結構良いナイフじゃん。年代物っぽいけど、砥ぐ必要は無さそうだし……。 ……戦利品としてパクろっと」

「コウドウ駄目ッ!」

 何かに気付いたタバサが慌てて止めに入るが、勾導はナイフを握った。その時だ。

「馬鹿め、操ってやるよ!」

 この場にはいない第三者の声が聞こえたかと思うと、いきなり手にしたナイフが光を放った。その光を浴びた勾導の瞳から光が失っていく。

「この間抜けが! 俺が『地下水』よ! 意思を持つ魔短剣インテリジェンス・ナイフがその正体さ! 今度はお前が俺の体になるんだよっ! ボロボロになるまでこき使ってやるぜぇぇぇいッッ!!」

 『地下水』が勝ち誇った笑い声をあげる。もうすぐ新しい体が手に入る。こいつは平民のようだから魔力はないが、かなりの身体能力を持っているようなので使い様によってはメイジよりは使えるかもしれない。いい拾いものだ。『地下水』そう思案しながら勾導の体が制御下に入るのを待ち遠しく思う。

 その時だ。勾導の背中のルーンが光り輝きはじめた。赤、青、緑、紫……。他にも今まで見せた事も無い様々な色に変わっていき徐々に輝きを増していく。

 異変は『地下水』の方にも起きていた。

「なっ、なんだお前は、お、お前、お前の中に何かいやがるっ(・・・・・・・・・・・・)!? それだけじゃない! 逆に俺の意識が持っていかれる! や、やめろっ! 俺が消えてしまうッッッ(・・・・・・・・・・・)

 『地下水』が動転している中、勾導の瞳に光が戻る。意識を取り戻したようだ。

「クソがっ」

 『地下水』を投げ捨てると同時にルーンは何もなかったかのように、その輝きは失せる。

 今まで空中で待機していたシルフィードが降りてきた。さすがに勾導の様子を見て心配になったのだろう。

「お兄さま大丈夫? その……、背中がとっても光ってたけど」

「おう、なんとかな。しっかし、なんだこれは……。デルフみたいに喋りやがったけどよ」

 勾導は頭を掻きながら『地下水』に目を向ける。その『地下水』は、恐ろしい目に遭ったとばかりに刃身を震わせていた。

 

 

「人間の意思を奪って操るってリアルアヌビス神じゃねーか……。まさか、口癖は『憶えたぞ』じゃないだろうな?」

 あれから、完全に戦意を喪失した『地下水』は降参を表明し洗いざらい吐いた。彼(?)の口から直接雇い主はイザベラということも聞いた事で完全に裏が取れ、タバサはその表情を怒りで歪めた。

 と、シルフィードが興味ありげに『地下水』に尋ねた。

「どうしておでこ姫はお姉さまを襲わせたの? わざと自分の部下を傷つける事をするなんて信じられないのね」

「……暇だからさ。退屈しのぎに『闘竜』みたいに部下を闘わせたかったんだろうさ。……所詮、俺達はあの姫さんの駒なのさ」

 『地下水』は即答し、

「『生かさず殺さず痛めつけてやる』……。アイツが言ってたよ」

 それに勾導が続けた。それを聞いたシルフィードが自分の事の様に怒りだす。

「やっぱりあいつは最低なのね! いつか絶対頭から噛みついてやるのね、きゅい!」

 タバサも自分がくだらないゲームの駒にされた事により、怒りの沸点がさらに上がる。

「お、おい、怒ってるからって俺に当たるなよ! 俺は命令されただけなんだから!」

 慌てて『地下水』が自己弁護をはじめる。この魔短剣は完全に彼女の怒気に呑まれた様だ。

 深呼吸を繰り返して無理矢理平静を取り戻したタバサは、「許してあげるからいう事を聞け」と言った。地下水も自分の命惜しさに了解し、その『報復計画』を聞く。そして、くつくつと笑い出した、

「あの姫さんを大勢の前で素っ裸にして恥をかかせる……。 いいぜ、楽しそうだし、なにより良い暇つぶしになりそうだ」

 くつくつと笑い出す『地下水』を見てタバサは珍しく邪悪な笑顔を見せる。だが―。

「オレは反対」

 こういう事に一番乗り気になりそうな勾導が意外な事に反対を表明した。その反応にタバサは不満げな表情を向ける。

「……どうして? あなたもひどい目にあった」

「オレとしてはいい喧嘩ができたから終わったことだ。第一、デコ姫から直接『黒幕は自分』て聞いたんだから、そこで『地下水』使って操ったら裏にお前が噛んでいるってバレるじゃん。後々めんどくさくなるぞ。……デコ姫にはオレがきっちりお灸を据えてやったからさ。それで勘弁してやんな」

 勾導の説得を聞いたタバサはしばらく黙っていたが、

「わかった」

 そう言い、『地下水』に事後処理を命令すると、シルフィードの背に乗った。一刻もこの場から離れたい様だった。

「お兄さま、出発するのね。早く来るのね」

 シルフィードが急かす中、勾導はじっとカステルモールを見ていた。

 

 

 翌日。シルフィードはトリステインに向かってガリアの空を優雅に飛翔していた。その背には勾導とタバサがおり、2人はいつも通り空を見つめながら音楽を聞いたり読書をしている。

「しっかし、今回の任務は本当にひどい内容だったのね! ほんと骨折り損で疲れただけなのね!」

 シルフィードが文句を言ってるが、2人は何も反応しない。任務という名の茶番のせいで疲労が蓄積しきった為だ。それを無視していると思いこんだシルフィードは構って欲しい為にさらにきゅいきゅい喚いたが、それでも2人は無反応だったので溜息を吐く。

「それにしても、あのおでこ姫、どうしていっつもお姉さまに意地悪ばかりするのね? 今回の事はさすがに度が過ぎてるのね……」

 シルフィードがひとり言のように呟いた言葉に反応した者がいる。勾導だ。

「……寂しかったんじゃねえのか。誰かに相手してほしくてさ」

 誰に聞かせる訳でもないような小さな声で発した言葉をタバサは聞きとっていた。彼女は様々な思いが込められた歪な表情を一瞬浮かべた後、それを隠す様に本で顔を覆う。

 自分には友達(キュルケ)使い魔(勾導)妹分(シルフィード)といった理解者がいる。だが、彼女(イザベラ)はあの広い王宮の中に味方が1人もいない。常に一人ぼっちなのだ。

 だから、それだから彼女は周囲に攻撃的になるのだろう。自分に構って欲しい、自分を見てほしいために。

 そこまで考えが及んだ瞬間、強い風が彼女の髪を揺らした。その事に意識を持ってかれた為、その先を思考することを止めてしまった。

 トリステインまで後少し。風が強い中、青い風は真っ直ぐ進んでいた。

 

 

 イザベラはぼうっとした表情のまま、目の前で繰り広げられている色とりどりの衣装を身に纏った踊り子達の踊りを見ていた。

 今朝、『地下水』から報告がきた。『あの娘はそれなりに痛めつけてやりました』と、彼を握った若い衛士は伝えたが、正直なところ頭に残らなかった。その為、その後発した『しばらくお暇をいただきます』という言葉は聞いてなかった。

 アルトーワ伯が昨日の騒ぎについて尋ねてきたが、『軽い謀反騒ぎ』だと彼女は説明した。勿論彼は納得しなかったが、王家の名を出せばそれ以上は何も言わなかった。結局、我が身が可愛いのだろう。

「はぁ……」

 時折、このような溜息をイザベラは吐いていた。その度に脳裏を駆け巡ったのは昨日の出来事だった。

 

『テメェは餓鬼だ! 何もせず我がままだけをぶちまけ、不満を垂れる! テメェ自身の現状を変えようと動いたか? 動いてないだろうが! そんなヤツに誰かついてくるか? ついてくる訳ねぇだろうが!! ……テメェの生き様を他人に見せつける事も出来ないヤツがプロレスラーとして大成できないのと同じで、王族としての覚悟と生き様を見せつけられない奴の背中を誰が追いかけようと思うんだッッ!! 誰もついてくるわけないだろうがッッッッ!!!』

 

 火傷塗れの平民が発した言葉が何度も反芻する。他人にぶたれたのも初めての事だった。頬の痛みはもう消えたが、心なしか熱はいまだ残っている。

「……わたしにあそこまで向き合ってくれたやつ、はじめて見た」

 思わずイザベラはそう零す。

「姫殿下、どうされたのですか?」

 隣の席に座っていたアルトーワ伯が心配そうに尋ねる。ハッとしたイザベラは慌てた素振りを見せながら「何でもないよっ」と繰り返した。

「は、はぁ……、そうですか。姫殿下、これからがこの舞踊のフィナーレですよ」

 目の前の舞台では薄い衣を何枚も来た美しい踊り子達が春の訪れを見事に表現していた。

 だが、イザベラの視界には一切入らず、代わりに映っていたのはあの傷だらけの平民の後姿だった。

 

 

 園遊会に参加しているイザベラの背後に1人の男がいた。カステルモールだ。彼は本来の任務であるイザベラの警護に従事している。

 不思議な事に、彼は今までイザベラに向けていたような険しい目つきをしていなかった。その代わり、何とも言えない複雑な表情を浮かべていたが。

 彼は今、昨夜の出来事を思い出していた。

 

「ここは、どこだ……」

 『地下水』の支配下から復帰したカステルモールが意識を取り戻す。周りを見渡せば、自分はなぜか園遊会の会場にいる。その不可思議な状況に彼は頭を抱えた。

「目ぇ覚ましたな。おっさん」

 背後から声が聞こえたので、カステルモールは振り向き杖を構えた。

「お前は……」

 そこには上着を着直した勾導がいた。

「構えんなよ、おっさん。色々説明するからさ」

 

「今回の刺客騒ぎは全てイザベラが仕掛けた茶番だと……。クソォッ!!」

 真相を全て知ったカステルモールは悔しそうな声をあげた。無理も無い。下に見ていた小娘に出し抜かれた上に、敬愛するシャルロットを傷つけられたのだ。杖を握る手に嫌でも力が入った。

「と、いうわけでオレとタバサはこの任務からトンズラこくから後は頼みますわ。一応、アルベールのおっちゃんにも伝えたけどさ」

 そう言って場を離れようとした時だ。

「待て」

 カステルモールが静かに杖を勾導に向けていた。

「なんだよ、おっさん。杖なんか構えてよ。……なんか用?」

「……お前にシャルロットさまを守らせる訳にはいかない」

「はぁ?」

「お前みたいな小僧にシャルロットさまを守れる訳が無いっ! 北花壇騎士を倒したのは褒めてやる。だが、それ程度で調子に乗るな! お前が倒したのは所詮にっくき簒奪者の娘の子飼いなのだからな!」

 カステルモールの言葉に気になる事があったのか、勾導は目を細めた。

「おいおい、なんで簒奪者の娘(デコ姫)が出てくるんだよ。関係ないでしょうが」

「いいや、ある! あの簒奪者に連なる者は全て我らの敵だ! シャルル殿下を殺し、シャルロットさまにした仕打ちは絶対に許せるものか!」

「でもよ、悪いのはヤツの親父だろうが。デコ姫は無関係だろうが!」

「やかましいっ、奴も同罪だ! 父親と同じように無能同然の魔法の才の分際で我が王家の王冠をこれ見よがしに被っているのを見ると虫唾が走るのだッッ!!」

 カステルモールの暴言が耳に入った瞬間、勾導は右肩を震わせた。

「王族は魔法の腕も確かなものではないといけないのだ! 例え簒奪者でなくても、あんな無能どもに忠誠を捧げるわけがないだろうがッッッ!! この際だ、貴様にはっきり言ってやろう。私がシャルロットさまの一番の忠臣なのだぞッッッ!!!」

 カステルモールの言葉を聞いた勾導は、

「……周りがこんなヤツらばかりならあいつが歪んだのも仕方ねーや」

 そう呟くと、目つきを鋭くさせた。

 次の瞬間―。勾導は震脚でカステルモールに一気に近付き、その杖を振り払う。自分の言葉に酔っていた素振りを感じさせていたカステルモールは、勾導の動きに反応が出来なかった。完全に油断していたのだ。

 勾導はそのままカステルモールの胸倉を掴む。その手は震えていた。

「ど、どういう真似だ……? こぞ……」

「黙れ」

 勾導の声は低く、地の底から響くような重い声色だった。

 

「……あんた、あいつに親でも殺されたのか? ……イザベラ(・・・・)がタバサの父ちゃん殺して母ちゃんを壊したのかよ? 違うだろうがよ……。仇を間違えてんじゃねェよッッッ!!」

 

 勾導は激昂を目の前の男にぶつける。その圧力に呑まれた彼は目を泳がせるだけだった。

 勾導はさらに続ける。

 

「……確かにあいつはどうしようも無いクソ餓鬼だよ。ぶっちゃけ王族に向いていないだろうよ。でもよ、それを諌め、正しい道に導くのがテメェら臣下の仕事だろうが!! そんな当たり前の事が出来ないヤツが、例えタバサが王族に戻れても、只のイエスマンで終わるに決まってんだろうがッッッ!! 『一番の忠臣』だぁ? 笑わせんじゃねぇよ!!! テメェは『忠臣』であろうとしている事に酔っているだけなんだよッッッッ!!!!」

 

 その言葉にカステルモールは何も言い返せなかった。言葉が見つからなかった。

 驚愕の表情で固まったそれに興味が無くなったのだろう、勾導は胸倉から手を離すと、彼から離れていく。

「待てっ」

 背後から声が聞こえた。カステルモールがやっとの思いで声を出したのだ。

「お前はシャルロットさまの使い魔でありながら、イザベラの肩を持つ様な事を言う……。どう言う事だ!? シャルロットさまの味方なのか、イザベラの味方なのか。……お前は、お前は一体どっちの味方なんだ!!?」

 カステルモールの必死な問いかけに勾導は足を止める。そして言った。

 

 「オレはオレの味方だよ。己の思うがままに進むだけだ」

 

 借り物のセリフで悪いがよ、と付け加えて彼は再び歩き出した。

 カステルモールはそれを黙って見つめるだけしかできなかった。

 

 

 カステルモールが昨夜の事を思い出しているその時、背後から気配がした。振り向くと、そこにはアルベールがいた。

「お前か……」

「昨日の事を思い出されていたのですね、団長殿。……しかし、変わった平民でしたな。シャルロットさまが召喚された平民は」

「……ああ」

 言葉数のすくない上司の姿を見て、アルベールは興味が一気に沸く魔法の言葉を言った。

「『主君を正しい道に導くのが臣下の仕事。そんな当たり前の事が出来ない者は、例えシャルロットさまが王族に戻れても、只のイエスマンで終わるに決まっている』……。痛いところを突かれましたな」

「お前、見ていたのか!?」

「はい」

 恥ずかしそうに驚く団長に対して、副団長は悪びれずに答える。カステルモールは不満そうに「そうか」とだけ言った。

 しばらく沈黙が続いた。その流れを変えたのは、この巨漢の副団長だった。

「『簒奪者の娘』だからといって、あの娘を無下に扱うのはもう止めましょうよ。あいつの言った通り、仇は(イザベラ)ではなく、父親(ジョゼフ)なのですから」

 その進言にカステルモールは驚いた表情を見せ、その後顔を伏せ、

「……好きにしろ」

 そう吐き捨てると、アルベールに警護を任せ、持ち場を離れていった。

 

 庭園を歩きながらカステルモールはあの平民の事を考える。

 正直言って、今でもあまり良い感情を持っていない。

 それでも、あの時発した言葉は自分を貫き、凝り固まった物の考えが一変してしまった。

「ナナセ・コードーか……」

 自分をこうまで変えてしまった存在の名を呟く。

 まるで、その有様と使い方によっては死者すら蘇らせる神薬にもなり、この世界を病に満ち溢れさせる魔毒にもなる強烈な劇薬のような存在だった。

(危ない存在には変わりない。だが、少なくとも、我々よりはシャルロットさまを任せられるな)

 口には出せないが、カステルモールは遂に勾導を認めた。

 風が少し強くなってきた。そろそろ園遊会もお開きになる頃だろう。

 カステルモールは会場に足を向ける。自分が側にいないとあの小さな少女(・・)は癇癪を起こすだろう。そう思いながら歩を進める。

「……シャルロットさまはとんでもない使い魔を召喚したのだな」

 小さく零したその言葉は強風に混ざり、やがて空に消えていった。

 





 『タバサと暗殺者』編終了。ほんと、長いスランプだった~。これが、今の私の精一杯です。満足いただけたら嬉しいです。
 次回は、軽めの短編でいこうと思います。
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