Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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しっかし、色々な意味でひどいタイトルだなぁ……。


26:Utaeya!! ミ○狂○!!

 トリステイン魔法学院で働く平民たちの朝は早い。なにしろ、国の内外から集められた貴族の少年少女だけでなく、学院に奉職する教師達の世話をしなくてはならないのだ。大勢の平民が日も上がらぬ内に起床すると、料理人達は朝食を準備し、メイド達は掃除洗濯を行う。

 彼らが黙々と自分の職務に従事している中、2人の少年が中庭にある水場で体を震わせていた。

「うぅっ、まだ冷てーなぁ。指が思うように動かねぇや。……才人ぉ、お前毎日こんな事してんのかよ?」

「……まぁな。ルイズ(ご主人様)の命令だから仕方が無いよ。ほら、石鹸」

「あんがとよ。しっかし、手洗いの洗濯なんか小学生の時の生活の授業以来だぞ。ほら、あったろ? 『昔の生活を体験しよう』って授業。あん時は『キャンプ場にさえ洗濯機が置いてある時代だから、今こんなんやっても意味はねぇ』って思ってたけど、こんな事になるなら真面目に受けとけば良かったよ」

 そんな事をボヤきながら勾導は受け取った石鹸を水の入ったタライに立て掛けた洗濯板に塗りつけると洗濯物を板に擦りつける。洗濯物の中身は前回の任務で煤塗れになった上着。それをきれいにするために、慣れない手洗いの洗濯を行っているのだ。ちなみに、今の勾導の服装は授業に参加する事もあって学生服を着ていたが、それは3年近く着ている上に荒く扱っているためなのか、至る所にしわとほつれが目立っていた。

 才人の洗濯物は主にご主人様であるルイズの服や下着。それらを才人は毎朝洗っている為か、慣れた手際で次々とこなしていく。勾導は洗濯をしながら横目でルイズの下着を洗う才人を見て驚く。

「あのピンク頭、自分の下着さえ男に洗わせてるのかよ……。羞恥心ないのかよ」

「俺、あいつには男以前に使い魔としか見られてないよ。……服の着替えの手伝いもさせられるし」

「はァッ!? 着替えもだとォ!? まぁ、キュルケみたいなのなら羨ましいが、あの乳臭ぇ体型だとよぉ。 ……あいつ痴女じゃねぇのか? 男にンな事させるなんてよぉ」

「そうだ、あいつは痴女だ!」

 勾導が不意に零した言葉に才人は嬉しそうに同調した。

「俺の前で平気で下着姿になるし、召喚された日の翌朝上半身裸になろうとしたんだぞ! ありえねぇよ! 俺は男だぞ、男! 勾導ありがとうっ、俺はあいつの正体を知った。あいつは痴女だ、どこに出しても恥ずかしくない痴女なんだ!」

 立ち上がりそう叫ぶ才人の姿を見て勾導は『朝っぱらから痴女痴女やかましいぞ』と思う。その一方である考えが頭をよぎる。

 

 もし、ルイズが才人ではなく自分を召喚したらどうなっていたのか?

 

 深く考えなくても答えは出た。

 絶対にルイズの命令を聞かず、日常的に騒ぎを起こし毎日売り言葉に買い言葉からはじまる口喧嘩の嵐だろう。下手をすると彼女の元から脱走していたかもしれない。碌な関係ではない。

 勾導がそんな事を思っている一方、才人は未だ大声で『痴女』、『痴女』と連呼している。まぁ、洗濯中手を動かすだけだと疲れるので、勾導も一緒になって言ってるが。 

「あの痴女、『この下着はシルクで出来ているからもっと優しく丁寧に洗え』とか注文が多いし……。それなら自分で洗えっつーの。痴女ルイズ……」

「注文の多い痴女だな、おい。そうだ、『痴女系つるペた貴族令嬢』って企画モノAV出したら売れっかなー? 地球に帰ったらSO○あたりに企画書送ってみよっかなー?」

 水場周りで働いているメイドたちもその光景を目と耳にしているが、皆乾いた表情を浮かべながら仕事に取りかかっている。

 と、その時だった。

「……誰が痴女ですって」

 地の底から沸き上がったような低い声が勾導たちの背後から聞こえてきた。それに気付いた2人はゆっくりと振り向く。

 そこには、乗馬用の鞭を手にし、顔を阿修羅の如く怒りに満ちた形相になった(ルイズ)がいた。

「ル、ルイズ、ち、違うんだ! ご、誤解だ……!」

 顔を真っ青にした才人がしどろもどろの弁明をするが、鬼は一切聞く耳を持たない。問答無用とばかりに才人の切ない部分を蹴り上げた。

 才人が股間を押さえながら崩れ落ちた姿を確認する間もなく、ルイズは前方に目を向ける。視線の先には、洗濯物を持ってこの場からこっそりと逃げだそうとしている勾導がいた。

 ルイズは、鞭を強く鳴らして威嚇する。その音のあまりの大きさに勾導もビクッとなった。

「……あんたも一緒になって騒いでたわよね。なにか弁明はある?」

 逃げられないと判断した勾導は振り向き、出来る限り爽やかな笑顔を作る。そして、

「ようっ、痴女!」

 そう言った瞬間、股間に耐えがたい衝撃がやってきた。

 股間を押さえながら震えている2人の日本人の背中を踏んづけながらルイズは眉を吊り上げる。

「朝食の時間になっても戻ってこないからどこをほっつき歩いているのかと思ってたら、公衆の面前でご主人様を辱める言葉を連呼して……。このバカ犬ーっ!! あんたもよっ、一緒になって人を痴女呼ばわりするなんて、別の世界の人間ってこんなのばっかりなの!?」

「……年頃の男に着替え手伝わせたりパンツ洗わせたりしてたら普通に痴女だろうが」

「なんですってぇっ!!」

 小さく言った勾導のボヤきを聞き逃さなかったルイズは顔を真っ赤にしながら彼を蹴り上げる。それだけで飽き足らなかったのか、ルイズは更に彼らを折檻した。

 わぁわぁとピンクの悪鬼が騒いでいるところに、2人の人物が現れた。キュルケとタバサだ。

「朝っぱらから何やってるのよ、ヴァリエール。ダーリンだけで飽き足らず、コウドウもいじめるなんて……。本当、ひどいご主人様ね」

 そう言いながらキュルケは2人をルイズから解放すると彼らを抱きしめた。その過程でキュルケの豊満な胸の柔らかさが勾導の顔面の触覚神経を包みこむ。それはまさに地獄に仏であった。

(うお~、キュルケマジ最高! つーかこれ『ぱふぱふ』一歩手前じゃね? 亀仙人のじっちゃん、オラやってやったぞぉぉぉッッ!! 今ならかめはめ波も撃てそうだッッ!!)

 至福の瞬間を味わってるその時、尻に強烈な痛みがやってきた。思わずキュルケから離れて確認すると、タバサが思いっきり抓っていた。その顔は無表情のままだったが、良く見ると眉がぴくぴく震えている。そして、

「朝ごはん抜き」

 そう短く宣告すると食堂へすたすたと歩き出した。まぁ、厨房へ行けば食事をもらえるので勾導にとって別に痛くはなかったのだが。タバサもその辺りを知っているので、ただ『言ってみただけ』なのだろう。

「そういえば、あなた達は何をするの?」

 キュルケが何かを思い出したのか、ルイズと勾導に声をかける。

「何の話だよ?」

「使い魔の品評会よ。本番まで時間はもう無いわよ」

 その問いかけに2人は「あっ」と声を揃えた。

「……忘れてた。いろいろあったから脳みそから抜け落ちてた」

「……わたしも」

 その反応を見てキュルケは呆れる。

「あなた達どうするの? 品評会はメイジのパートナーである使い魔を公的にはじめて披露する大きな行事よ。それを忘れてたなんて大丈夫なの?」

「どうしよう……」

「オレはぶっちゃけ面倒臭いからサボりたいけど、タバサの顔を立てないといけないからな。……まっ、やるネタは『アレ』をやればいいだろうし」

「『アレ』って?」

 キュルケが興味を持ったのか、尋ねてくる。

「ギターだよ。モット伯のところから頂いてきた楽器だよ。あれを演奏すればいいだろうよ」

「あなた、あれを演奏できるの? という事はあなたは元の世界では学生でありながら楽師もやっていたの?」

「いや、ギターは趣味だよ。それでも結構うまく演奏できるぜ」

「そうなの。それは楽しみね。……ところでルイズ。あなたは何をするの?」

 急に話を振られたルイズは準備ができていなかったため「えっ」と思わず反応する。

「あなたとダーリンよ。コウドウは演奏をするみたいだけど、あなた達は何かやる事があるの? まさか、あなたの爆発をうまく避ける事を披露するんじゃないでしょうね?」

 そう言って笑いだすキュルケの姿を見て悔しそうに唇を噛み締めたルイズは未だに倒れている才人を睨むと、そのまま足を掴んで引き摺っていく。

「今から品評会の練習よ、このバカ犬!」

 そう言い捨てこの場から去っていく主従を見ながら、勾導とキュルケも水場から離れようとする。

「……まぁ、演奏しようにも問題が何一つ無い訳じゃないんだがな」

 勾導が小さな声で呟いたその言葉はキュルケには聞こえなかった。

 

 

「出力が足りない?」

 午前の授業も終わり、生徒達も昼食を摂りに向かう中、勾導と才人も厨房で食事をしていた。話題に上がっているのは品評会のネタについて。才人は『品評会で自分は何をすればいいのか』を勾導に相談をしている。授業の合間で、生徒達が品評会で披露する芸について話題にしていたので彼も焦りはじめていた。

 一方の勾導も、自分の疲労するネタは決めたが問題が無かった訳ではない。それを才人に愚痴っていた。それが前述の才人の言葉だ。

「あぁ。一応音は出せるんだが、今持っているアンプが自作のスモーキーだから屋外向きじゃないんだよ。外で使ったら、確実に周りの雑音にかき消されちまうよ」

「それは問題だな。タバサには相談したのか?」

「一応な。『考えておく』とは言っていたけど。後は何を歌うかだな。『東方で広まっている歌』とかなんとか言ったら多分受けるんだろうけどさ」

「お前が歌うのか?」

「いや」

「じゃあ誰だよ。タバサか?」

 才人の質問に勾導は突然真顔になり静かに低い声色で答えた。

 

シエスタ(ほっちゃん)シエスタ(ほっちゃん)シエスタ(ほっちゃん)

 

「は? なんだって?」

「だから、ほっちゃ……、いやシエスタちゃんに歌ってもらおうと考えてる。候補は『Love Destiny』、『桜』、『恋の天使舞い降りて』だッ! あっ、『約束』や『ハートはうらがえし』も捨てがたいッ!」

 勾導はいつの間にか欲望に満ちた邪悪な笑顔を浮かべていた。

 当然だ。

何度も言うが、勾導はその女性声優のデビュー当時からの大ファンなのだ。彼女のファンクラブに入会しているのは当然の事だが、彼女の出演しているアニメは地方在住のハンデを抱えながらも、可能な限りチェックしている。(見れなかった番組は後日レンタルするが)

 勿論ラジオ番組もだ。しかし、勾導の住んでいる場所は西日本にある某地方都市。在京圏のラジオ局(早い話が文化放送とか)の電波がギリギリ届くかどうかだったのだ。それでも勾導は毎週の土日、時折り乱入してくる海外放送の電波に耐え、常に通信兵の様に選局バンドを微調整しながらA&Gゾーンの中にある声優の番組を聞いていたのだ。(勿論録音している)

 そこまで必死になって追っかけている声優そっくりな声のかわいいメイドさんがここにいるのだ。

 

 ならどうする? 決まっているだろ。

 

 自分のギター伴奏で、その声優の持ち歌を歌ってもらうのだ。

 こんな千載一遇のチャンス逃す訳にはいかない。

 

 誰だってそーする。俺もそ―する。

 

 勾導は何かが取り憑いたようで、ずっとそんな沸いた考えを反芻させていた。

 

 ここしばらく色々な出来事があった為、その(本性)を見せなかったが、元々コイツはどうしようもなく救いようのない度し難い、今で言うゼロ年代以前によくいた気質のオタクなのだ。それも、無駄に行動力のあるとってもタチの悪いタイプの。

 

 そんな中、

「あの……。私、人前で歌うのはちょっと……。それに、みなさんが品評会に出ている間も、お仕事がありますし……」

 そばで勾導の話を聞いていたシエスタは困った顔を見せながら答えた。だが、勾導は諦めない。

「一曲でいいから頼むよ、シエスタちゃん! シエスタちゃんの声は最高なんだからさ、天下取れるよ! (声優界の)天下! 本当お願いします! オレを助けると思って! なんなら2万円出しますんで!!」

 暴走が止まらない勾導(馬鹿)はさらにシエスタに圧力をかける。既に周りが見えてないようだ。

「おい勾導、落ち着けっ! シエスタが困ってるぞ!」

 さすがに見てるだけじゃマズいと判断した才人が止めに入る。それによって我を取り戻した勾導は恥ずかしそうに彼女に顔を向けた。

「ご、ごめんシエスタちゃん。嫌がってるのに無理強いしてさ。……わかった、諦めるよ」

「わ、私も無理言ってすみません。でも、歌うのは嫌じゃないので,またお話ししてくださいね」

 勾導達に向かってぺこりとお辞儀をするとシエスタは仕事に戻っていった。その後ろ姿を見送りながら2人は「ほんと、いい子だな……」と零す。

「……あのさ、才人」

 何かを思いついたのか、勾導が才人に声をかける。

「品評会のネタが思いつかないのならさ、オレらと合同でやんないか?」

「合同で? 何をどうするんだよ」

「オレがギター掻き鳴らしている間、お前がデル公を振り回して剣の舞やったり、準備した氷柱を叩き割ったりすればいいんじゃねぇか。意外と受けるんじゃね?」

「そうかなぁ……」

「嫌なら他の案もあるぞ」

「何だよ」

「2人でクラウ○・ノ○の格好して『Total Eclipse』を歌う」

「いやだ」

 才人は即答した。

 

 

「いやよ」

 勾導が提示した『品評会の出し物合同でやらないか』という案をルイズは眼中にないとばかりにあっさりと却下した。

「なんでだよ。別に減るもんじゃないだろうが」

「そうだぞ、ルイズ。俺1人でやってもたいした芸は出来ないんだからさ」

 2人が不満を述べるが、ルイズは聞く耳を持たない。

「あのね、品評会はメイジの一生のパートナーである使い魔を学院中に披露する大切な行事なのよ。それを『1人ではまともな芸が出来ないので別の使い魔に手伝ってもらう』って恥ずかしいじゃない!」

 人差し指をピッと伸ばしそれを2人に向けながら説明する。そして、そばにいたタバサに視線を向けた。

「タバサ。あなたはどうなの? 使い魔が勝手にあれこれ決めてるようだけど、あなた自身が使い魔にやらせたい事があるんじゃないの?」

「別に」

 持っていた本に目を向けながらタバサはそっけなく答える。その反応の乏しさにルイズは思わず溜息をつくと、才人の腕を無理矢理引っ張った。

「やる事が無いのなら壇上で行進して簡単な自己紹介をするだけでいいわ。サイト、部屋に戻って練習よっ! 厳しくいくから覚悟しなさいっ!」

 嫌がる才人を引き摺りながらルイズはこの場から離れようとしたその時だった。

「つまんねー出し物だな、おい」

 おもむろに勾導がそう吐き捨てた。

「お前さ、客を楽しませようて気持ちが無いの? 驚きを与えようって気概無いの? 野郎の行進なんか見て客が歓声上げるか? 北の馬鹿パレードじゃあるまいし。『つまんねぇ』で終わるぞ、絶対」

 勾導にそう指摘されたルイズは眉をキッと寄せて反論する。

「つまんなくていいのよっ! わたし達は貴族よっ! 旅芸人かなにかじゃないんだからっ!」

 ルイズの言葉に対し、勾導は諭す様にこう言った。

「『驚きを与える』事は、相手をもてなしたり楽しませたりする事に通じるんだぞ。貴族ってそういったイベントによく参加したり企画したりするもんだろ? オレ思ったんだが、この品評会はその貴族社会における初めてのイベント演出の発表の場でもあるんじゃねぇの? それを行進とあいさつでお茶を濁すって、さすがに無いんじゃねーの?」

 勾導の言葉に、ルイズもさすがに考え込む。ただ、使い魔を紹介するだけのイベントだと思い、そこまで深い意味のあるものだとは考えていなかったからだ。

「周りを見てみろよ。他の連中も本番で楽しませよう、驚かせようと思って練習してるじゃないか」

 勾導は中庭に指を指す。そこには、品評会に参加する2年生の生徒達が自分の使い魔と一緒になって出し物の練習に熱を入れていた。そこにはキュルケやギーシュもおり、彼ら特訓に集中している姿を見たルイズは思わず唇を噛み締める。

 このまま、才人に行進と挨拶をやらせたら彼らに冷やかな目を向けられるだろう。『ゼロのルイズは自分の使い魔を魅力的に演出する力もゼロ』などと笑われながら。

 そこまで思考すると、ルイズははっきりと告げた。

「……いいわ。一緒にやりましょう」

 その言葉に勾導はしめたとばかりに笑みを浮かべると、

「よっしゃ、んじゃ練習するぞ。レスポールとアンプ取ってくる。才人、お前はデルフ持ってきてくれ」

 そう言って部屋に向かう勾導を見てルイズは慌てた。

「えっ、もうはじめるの? それよりわたし、品評会でなにをするか聞いてないんだけど」

「勾導がギターを弾いてる間、俺がデルフ振り回して剣舞をやるんだよ」

 才人が会話に割り込みルイズに説明する。

「なかなかよさそうじゃない!」

 出し物の内容を聞いて、意外な事にルイズも乗り気になった。と、

「あっ、それだけどちょっと内容変えるわ」

 勾導が振り向くと、続けてこう告げる。

「ルイズ、ボーカルやれ」

「ボーカルって?」

「オレの演奏に合わせて歌を歌うんだよ。歌う曲はオレがセレクトしとくからよ」

「えっ!?」

「そんでもって、デルフは振り回されてる間ボイスパーカッションをさせる」

 勾導の突飛な発案に才人は驚く。

「はぁっ!? いくらなんでも無理があるぞ! デルフは剣だ!」

「口があるならできるだろ、口があるならよ。なにせ剣がボイパするんだぜ。インパクトがあっていいんじゃねぇの?」

「まぁ、そうだけどよ……。って、ルイズどうしたんだ?」

 才人が、自分の隣でふるふる震えているルイズへ心配そうに声をかけた。

「き、貴族である、こ、この、わ、わたしに歌を歌えって……。い、嫌よ! わたしは歌わないわ!」

「いいだろうが、減るもんじゃあるまいし。ひょっとして音痴なのか?」

「お、おおおお音痴な訳ないでしょ! ただ……」

「ただ?」

「……人前で歌うの、はずかしいじゃない」

 ルイズは消え入りそうな声で呟く。

「はぁ? そんな事で嫌がってるのかよ。大丈夫だろ」

 目の前の男が自分の吐露した気持ちを鼻で笑うその姿を見てルイズは少しイラついた。

「なんか、その言い方腹立つね……。じゃあ、どういった意味で大丈夫なのよ?」

 ルイズの問いかけに勾導は即答する。 

「もう一度言うが、あくまで主役はオレと才人だぞ。連中はオレらを見るんだよ」

「まぁ、そうだけど……」

「お前が歌うのは演出の一つだ。メインじゃないから肩の力抜けよ」

「……ほんとに?」

 ルイズも興味が出てきたのか、勾導の言葉に顔を向ける。しかし、まだ悩んでるのか、渋るのを止めない。

 その姿を見て勾導は声を荒げた。

「テメェ、はっきりしろよっ! 悩むくらいならやってみろよっ! やらないで後悔するよりやって後悔しろやっ!」

 いきなり暴論にも近い言葉を勾導は目の前の小さな少女にぶつける。すると、

「言われてみればそれもそうね……」

 勾導の勢いに呑まれたのか自分の中で整理してようやく納得したのか、ルイズは頷く。そして、その姿を見てまるで『言質とったぞ』と言いたげな表情を浮かべた勾導は部屋に向かって駆けだした。

「つーわけで今から練習なっ! 本番まで時間ないからビッシビシ行くからなっ! ビッシビシなっ!」

 黒いスーツと鉄拳制裁が似合いそうな魔界の総裁が言いそうな言葉を残したその後ろ姿を見送りながらルイズはぼそりと零す。

「……わたし、あいつに乗せられたの?」

「……今頃気づいたのかよ」

 才人は呆気にとられた顔をした主人にそう零した。

 

 

 品評会当日になった。学院の中で最も広く、野外催事に適しているヴェストリの広場には立派な演台が組まれ、そこで2年生の生徒が自身の使い魔と一緒に芸を披露している。演台の前方には多くの生徒が集まり、目の前で行われる出し物に歓声をあげていた。

 すでにギーシュやキュルケといった知り合い達は芸を披露し終えており、特にキュルケと使い魔のフレイムが披露した炎の演舞は来賓でやってきた学院近郊の領地を任されている貴族達も立ち上がって拍手をするほど見事なものであった。

 その一方でギーシュが披露した大量の薔薇の花の中でヴェルダンテに寝そべりながらポーズをとるだけという芸(?)は当然の如く周りに理解されなかったが。

「ど、どうしよう……。次俺達だぞ……」

 周りの生徒達が続々と芸を披露している中、演台の舞台袖でそれを見つめていた才人の顔は焦りに満ちていた。緊張しているのか、と思われそうだがそれとは別の色が見える。なぜか。

「なんで土壇場でルイズが舞台に上がるのを嫌がるんだよ……!」

 そう、舞台袖にはルイズがいなかったのだ。

 

 時間を少し巻き戻そう。

 

「……しかし、剣である俺に歌を歌わせるなんて改めて考えても無茶苦茶だな、コウドウのあんちゃんよぉ」

 才人に背負われたデルフリンガーが恨めしそうにボヤく。実は彼(?)に今回の役割を伝えた時、一悶着があった。「自分は剣だ、歌うなんて剣としてのプライドが傷つく」と叫び、断固拒否したのだ。

 それを勾導があの手この手と宥め、「舞台で剣としての役割もあるから」と一言加えた事で、この喋る剣も納得した。

「歌じゃなくてボイパな、ボイパ。つーかよ、あんだけ嫌がってたくせに覚えるのが早かったし、上手かったじゃねぇかよ」

 レスポールの最終チューニングをしながら勾導が答える。今の彼の格好は学生ズボンにアニメ系ファッションショップで買った緑のモノアイTシャツといういつもの格好で腰に学ランを巻きつけるという、この世界では珍しい着こなしをしており、その姿に周りの生徒達も奇異の視線を向けていた。

「まぁ、突貫の練習だったとはいえ、なんとか見せられる形になったからよかったよ。……受けるぞー、絶対受けるぞー」

 うすら笑いを浮かべながらチューニングをする勾導の姿に少し引いていた才人だったが、ルイズが居心地悪そうにしているのを見かける。なにかを言いたそうだ。

「どうしたんだ、ルイズ? まだ出番まで時間があるけど、歌の確認した方がいいんじゃないのか?」

 その様子に気付いた才人がルイズに近寄るが、彼女は何かを決したかのように首を横に振った。

「……ごめんなさい」

「? なんだよ、いきなり謝って」

「ごめんなさい……。わたし、やっぱり舞台に出ない!」

 そう言って頭を下げるルイズに才人は驚きを隠せなかった。

「テメェ、自分が何言ってんのか分かってんのかよ!」

 真っ先に反応し、怒鳴ったのは勾導だった。その怒号に周りにいた他の生徒たちも「何があった?」と言いたげにざわつく。

「土壇場で『出ない』ってふざけてんのか! プランが狂うだろうが!」

「だって……。周りの出し物凄いのばかりじゃない! やっぱり、その……。舞台に出ても恥をかくだけじゃない……」

 その言葉を聞いた勾導は右肩を2,3動かすとルイズに近付く。目も座っており、今にも手を出しかねない状態だった。

 その時、そんな勾導を立ち塞がる様に才人が前に出てきた。

「出ろよ。『やる』って宣言しただろうが。……その、お前の歌声、悪くなかったしな」

 珍しく重い声色で才人はそう言う。が、

「……嫌よ。その……、やっぱり恥ずかしいもん」

「恥ずかしいってなんだよ。自信持てよ」

「無理よ……。……ごめんなさい」

 ルイズの頑なな態度に才人は溜息を吐くと、

「だったら、もういいよ。お前出なくていいよ」

 そう突き放すような声色で発した。さらに続ける。

「お前さ、さっきから聞いていたら『恥ずかしい』とか『恥をかく』しか言ってないよな。そんなに面子が大事なのかよ。しかも、お前自身のことしか考えてないだろ?」

 ルイズは才人が淡々と発する言葉を黙って聞いていた。反論できる部分は一切ない。全て自分が招いた事だからだ。

「恥をかいても笑って許してもらえるなんて学生の時(今の時期)にしか出来ない事なんだぞ。大人になったら洒落にならない事になってしまう時だってあるんだし。その経験を『恥ずかしい』で捨てるなんてお前駄目だよ」

 そう言うと、才人は勾導に頭を下げた。

「勾導、こうなって申し訳ないんだけどさ、ルイズ抜きでやる事にできないか?」

「いいよ。タバサもそれでいいか?」勾導は側でMDを聞いているタバサに聞く。

「いい」彼女はそう頷く。

「ほんと、ごめん。みんな」

 才人は再び頭を下げたが、勾導が止めた。

「お前が悪い訳じゃないんだから頭下げんなよ。……それによ、オレがあいつに言いたかった事を代わりに言ってもらったから感謝してんだよ。……あんがとな」

 そう言った直後、コルベールから壇上に上がるよう呼ばれた。それを聞いた勾導と才人、そしてタバサは演台に向かっていく。

 ルイズはそんな彼らを黙って見送る事しかできなかった。

 きっと、それすらも出来ない立場だと心の隅で思いながら。

 

 

 品評会も遂に最後の発表となった。長い催し物のためなのか観客たちも集中力が散漫とし、隣と雑談をはじめている。

「みなさん、静粛に」

 皆の注目を集めるため、コルベールが壇上に上がり手をポン、と叩く。それに気付いた生徒達は前を向き、コルベールの次の言葉を待った。

 注目が自分に集まった事を見計らうとコルベールは一度咳払いをして次の発表者を紹介した。

「本年度の使い魔品評会も次の発表で最後です。最後は……、なんと長い歴史をもつこの品評会で初の共同発表となります! それを行うのは、ミス・ヴァリエールとミス・タバサの使い魔! 皆さん、盛大な拍手をお願いします!」

 それを聞いた生徒達の反応は様々だった。おお、と声を上げる者。共同発表という事に納得がいかないのか首を傾げる者。そして、『発表者の使い魔の素性』を知る者達は「御手並み拝見」と言いたげな表情を作っていた。

 突如、この会場に不似合いなロックサウンドが流れてきた。それは80年代の特撮作品のオープニング曲だった。それは会場に吹いている風に乗って生徒達にも届き、みんな怪訝とした表情を作る。

 そんな中、勾導は頭にタオルを巻いて気合を入れると、隣で杖を構えていたタバサを見た。

「うまく奥の席の連中にも音が届いているみたいだな。タバサ、この後も頼むな」

 こくん、とタバサが頷く一方、才人は何が起きているのか分かっていないようだった。

「い、一体何をやったんだ? この音量、スピーカーの出力より全然出ているじゃないか」

 才人の問いに答えたのはタバサだった。

「風の流れを制御して、音を会場全体に伝わる様にした」

「まぁ、昨日の夜色々とテストした結果、これがベストの手法だったんだよ。音もそれなりにクリアに伝わるしよ」

「……理屈は分かったけどさ、今流れてる音楽なんだよ?」

「『電撃戦隊チェンジマン』に決まってんだろ。オレらの出囃子だよ」

「なんで、よりによってそれなんだよ……」

「そりゃオレが好きだからに決まってんだろうが。オレ影山ヒロノブのファンだし! この曲は『KAGE』名義だけど! 第一、これはステイシー一族の1人も入場曲で使ってる由緒正しい曲なんだぞ!」

「そんなん知るかよ……。わかったよ、もう行くぞ」

 切り替えるように頭を振ると才人が歩き出す。それに勾導、タバサの順で続き壇上に上がった。音楽は既に止めている。

 生徒達は壇上に上がった3人に注目する。勾導が手にしたギターに興味を持つ者もいた。

 皆が落ち着き、ある程度静かになった事を見計らい、勾導が声を出した。

「あー、会場に御集まりの皆さま。オレはミス・タバサの使い魔七瀬勾導です。そして、こちらはミス・ヴァ……、(小声で)おい、あいつの家名なんだっけ? 確かヴァリアブル・フォーメーションだったよな?」

「ヴァリエール」タバサが助け船を出した。

「そう、そのミス・ヴァリエールの使い魔である平賀才人でございます。オレ達は見ての通り、平民です!」

 勾導がそう言うと、会場の一部から笑い声が聞こえた。

「平民がなんで使い魔やってんだよ!」

「そりゃゼロのルイズが喚び出したからだろ! タバサも平民喚んだのは不思議だけどさ!」

「というより、ルイズがいないじゃん。あいつ、まさか使い魔とタバサに全て丸投げしたのかよ?」

 そんな声に会場が満ちようとした時、勾導はタバサに目配せをする。彼女はそれに気付くと、呪文を唱えた。タバサが頷いたのを見計らい、勾導は手にしたギブソン・レスポール・カスタム『ブラック・ビューティ』をかき鳴らす。

 会場全体にその音の連弾が響き渡った瞬間、笑い声は一気に消えた。彼らにとって勾導の奏でるそれは聞いた事のない物だった。その叫ぶような音撃は彼らの心臓を叩く。

 申し合わせたかのように会場は静まり返ってしまった。

 皆が黙り呆気にとられている様を見た勾導は一度演奏を止めると、再度声を張った。

「オレらは平民だけどよぉ、何も出来ないとは一言も言ってねぇだろうが! 続けるぞ。オレはこのギターと呼ばれる楽器をカッコよく演奏でき、隣にいる才人は剣を華麗に操れるんだよ! おまけに振るう剣は喋れるからボイパが出来んだ! あぁ? 意味が分からんだと? それじゃ今やるからそこで見とけコノヤロー!!」

 生徒達は勾導の乱暴な口調に不満を感じるものの、それを指摘するほどの余裕はなかった。皆、勾導のペースに巻き込まれはじめていたのだ。

 才人がデルフリンガ―を抜いて準備完了の旨を示すと、それを確認した勾導は小声で「ストラトじゃないのがアレだが……」と呟くと、再び面前の聴衆に叫んだ。

 

「『貴族』のあんたらに『貴族のギター』を聞かせてやるよ! いくぞっ、『Eclipse』!!」 

 

 勾導の指が凄まじいスピードで動きギターネックの上を踊る。それに合わせて生み出された音の洪水が風に乗って生徒達に届く。80年代、一世を風靡した早弾きブームを牽引した1人である超絶技術を持つ世界的なギタリストの代表曲を勾導は演奏した。ただ、演奏しているだけではない。随所に様々なサウンドアレンジを仕込みながら体を大きく動かしてそれを表現した。

 その演奏に乗りながら才人がデルフリンガ―を振り回す。左手が輝きルーンの効果を発動させ、才人自身の動きも切れとしなやかさを得ていく中、デルフリンガ―も必死にボイスパーカッションをしていた。

 才人の剣舞を見た生徒達はまるで目の前に敵がおり、それを才人が斬り伏せていくような感覚に包まれている。

 剣と弦、躍動と身震、2人は見事にそれを表現していた。そのパフォーマンスに次第に生徒達も立ち上がり歓声を送っていった。

「あの平民達スゲぇっ!」

「あんな音初めて聞いたよっ! ヴァイオリンと違って乱暴で荒々しい音だけど、凄くカッコいい!」

「あの平民、ギーシュのゴーレムを倒しただけあって凄い剣舞だっ!」

 そんな感想を聞きながら勾導はニヤリと笑う。自分達のパフォーマンスに確かな手ごたえを掴んだ。ならば、それを手放さず更に大きな流れにしなくてはいけない。そう思案しながら勾導は才人に目配せをする。彼もそれに気付いたのか、こくりと頷く。

 2人のパフォーマンスは更に激しいものになっていき、それを見る周囲の生徒達もそれに合せて動きが大きくなっていった。

 レスポールを大きく構え才人に向かうと、その剣舞に対抗するように手にしたそれを振るいながら荒く演奏する。その動きを見て生徒達の歓声も更に高まる。

 場の空気は徐々に最高潮に高まっていた。

 

 

「フィニッシュッ!」

 2人はそう叫び、共にポーズを決め演奏を締めた。あれから予定していた演奏を数曲奏でた。2人とも額から大粒の汗を流していた。

 2人は眼下に広がる生徒達を見つめる。数秒の静寂。

 それを切り裂くかのように突然、会場から大きな拍手がやってきた。2人のやった事が受け入れられた瞬間だった。

「ダーリンもコウドウもカッコいいわ! こんなすごい出し物をするなんてっ!」

 キュルケが席から立ち上がり拍手を送る。ギーシュ達教室で見知った生徒達も同様だ。見た事も無い楽器による演奏とそれに合せた見事な剣舞を見れるとは夢にも思ってなかったからだ。

 勾導達は周囲の歓声に手を振って応えつつ、これで出し物は終了とばかりに舞台から去ろうとした。

 だが。

「またなにか出し物やってくれよ! 時間まだあまってんだからよ!」

 誰かがそんな事を言い出すと、周囲の生徒達も意を合わせて同じような催促をはじめた。

「楽師なんだから他の曲もやってくれよ!」

「ルイズの使い魔も他に芸があるんだろ? それをやれよ!」

 純粋な好奇心が主な要因なのだろう。そんな悪意のない注文を壇上の2人にぶつけてくる。それに対し当人である才人は困った顔をして勾導を見ると、ひそひそと声をかける。

「勾導、どうするんだよ? もうネタがないじゃん!」

「……」

 勾導は目を瞑って足を何度も揺らす。彼にとってもこの事は想定外だったのだろう。どこかイラついた様子を覗かせる。と、目をカッと見開きながら、

「と、いうわけで作戦ターイム!」

 いきなりそんな事を言い出すと勾導は2人を掴むと大急ぎで舞台袖の中に引っ込んだ。

 突然の事に状況が把握できない聴衆達は茫然とするだけだった。

 

 

「で、どうするんだよっ! いきなり舞台から降りて!」

 無理矢理舞台裏に引きずられた事に才人が抗議するのを無視しつつ、勾導は足を揺らしながら腕を組む。と、この状況を打開する為に思いついたのか、口を開いた。

「タバサがウインディ・アイシクルをするから、お前はデルフを使ってそれをぶった斬れ。オレはその間ヒゲダンスの音楽弾くからそれっぽくなって盛りあがるだろ。それか氷柱を素手で割るとか」

「馬鹿か、危ないだろうが!」

「それならデルフも混ぜて即興でトリオ漫才するか? ネタは思いつきでやっていくけど」

「どう考えても目も当てられない大事故になるのが見えてるだろうが!」

「だったらモノマネするぞ! とりあえず手始めに『ドームマッチの入場時、プロレスLOVEポーズ取った瞬間花火が鳴り、その音の大きさに思わずビビってしまった俊藤剣』をやる!」

「そんなのハルケギニア(こっちの世界)の人間が分かる訳ないだろうが!」

「あぁん? だったらお前も案を出せや! 却下するばかりじゃなくてよ!」

「『もう出し物は何もない』って言えばいいだけの事だろうが!」

「そんなつまんねぇオチは嫌なんだよ! アレだ、まじでノ○やるか? ノ○をよぉっ! もしくは『絶対運命黙示録』を原キーで歌うとかよぉっ!」

「やらねぇよ!!」

 ひそひそ声だったのがいつの間にか大声の言い争いになったため、舞台で司会を務めるコルベールの耳にも入り始める。また、ギャーギャー騒ぐ2人の側にいるタバサはというと、我関せずとばかりにそれをボーっと見ているだけだった。

 一方、無人の舞台を見せられる羽目になった生徒達の中からは不満げな表情を浮かべたり、声を荒げる者が噴出しだす。『やはり平民は駄目だ』そんな声も上がり始めていた。

 舞台裏はまだ考えがまとまらない。このまま最悪の結末に終わろうとしたその時、

「待って!」

 突如現れた者がいた。それにいち早く反応した才人がその人物の名を叫ぶ。

「ルイズっ!」

 才人に名を呼ばれたルイズはどこかばつの悪そうな顔を見せたが、それを振り払いように消すと2人の前に立つ。

「あの……」

「何しに来たんだよ」

 ルイズが何かを言おうとした瞬間、勾導が冷たい口調でそれを斬り捨てる。

「ハズいから品評会出たくなかったんだろうが。とっとと出てけ。……お前なんかお呼びじゃねーよ」

 勾導の言葉をルイズはただ黙って聞いていた。元はといえば自分が逃げだした事が原因だから反論なんてできやしない。

 それでも、だ。

 伝えたい事があってこの舞台に上がった。必死に自分達のパフォーマンスを見せる彼らの姿を見て自分の中に湧き上がった気持ちを伝える為に上がった。

 勾導の言葉によって出鼻を挫かれた形になったが、ルイズはそれにめげずに声を出す。

「あ、あんた達、こ、困ってるようね。よ、よかったら、わたしが助けてあげてもいいわよ?」

 だが、生来持ち合わせたその性格が自分の思いとは違う言を発してしまった。

 無意識の内から出たものなので責任の所在は無いが、その言動が勾導の逆鱗に触れた。

「ここからとっとと消えろっ! このボゲぇッッッ!!」

 いきなり自分に降りかかる強烈な怒号にルイズは足を震わせる。こうなる事は分かっていた事だ。すべて自分が招いた事だ。

 動転して自分ではどうしたらいいのか分からなく鳴ったその時だった。自分を守る様に才人が前に出てきたのだ。

 無言で向き合う2人。このまま黙ったままかと思われた状況の中、才人がすぐに声を発した。

「なにか言う事があるだろうが」

 静かに、それでいて厳しい声色だった。

 その問いかけにルイズは何度か目を宙に泳がせていたが、意を決したように視線を才人に向けると、

「逃げだしてごめんなさいっ!」

 そう言って深く頭を下げた。その状態で小さく震えながら嗚咽していた。

「わたし……、本当は怖かったの。『笑われたらどうしよう』、『馬鹿にされたらどうしよう』といろいろ頭の中に浮かんでグルグル回って……。それから恥ずかしい以上に怖いっていう気持ちが膨らんで、それから逃げたかったの……。でも、わたしのせいでサイト達が困っているのを見たら、もっと怖くなって……」

 途切れ途切れで真意を紡ぐ主人の言葉を才人は黙って聞いている。正直なところ、こんな事になった原因はお前だろうが、といってやりたかったが、本当の気持ちを吐き出している彼女の姿を見ているとそんな事を言うのも野暮だと思えてきた。

 はぁ、と溜息を一つ吐くと才人はルイズの頭に手を置く。ルイズもそれに気付き、目線を才人に向けた。

「サイト……?」

「……ここに来たからには、歌えるんだな?」どこか優しい声色で尋ねる。

「……ええ」その言葉に頷いた。

「それじゃ準備しろ。デルフ、『アレ』のボイパいけるか?」

「おう、娘っ子の晴れ舞台だ。きっちりリズム刻んでやるよ!」

 デルフに確認を取る才人と、黙々とギターと音響のチューニングをする勾導とタバサの姿を見てルイズは見る。なんだかんだ言って自分を受け入れてくれた自分の使い魔たちの声に出さない優しさに彼女の心は暖かくなった。

 そして、小さな勇気の炎が彼女に灯る。その炎は急激に熱を増し、心の内に巣くっていた羞恥心と恐怖心を燃やした。

 もう、彼女の中に『逃げる』という選択肢はなかった。

 

 

 出し物を終了させるのか続行するのか。無人のままの舞台上の様相に聴衆達も不満気な様子を隠さなくなっている。そんな彼らを司会のコルベールがなだめていると、舞台裏から勾導が現れた。その後ろにタバサ、才人と続き、その後ろにルイズが才人の背に隠れるように現れた。その彼女の姿に聴衆達も気付いたのか、ざわざわと声を出していた。

 そのルイズは才人に促され舞台の中央に立つ。やはり緊張を隠しきれないのか、目が少し泳いでいたが一度深呼吸をすると、聴衆に向けて声を投げかけた。

「わたしはヒラガ・サイトの主人であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。わたしは自分勝手な都合を優先するあまり、この品評会の舞台に上がらず使い魔に任せきったばかりか、ミス・タバサとその使い魔であるナナセ・コードーにも多大な迷惑をおかけしました。大変申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げるルイズの姿に聴衆たちはざわつく。なかには彼女を『ゼロ』だのなんだのとお決まりのフレーズを用いて罵倒する輩もいた。

 ルイズ自身、自分が針のむしろになる事を覚悟していていたが、現実にそれを味わうときついものがある。背中に妙な重圧がのしかかる。だが、彼女はそれに耐えながら言葉をさらに紡ぐ。

「わたしの行った事は皆さまに批判されても仕方が無い事です。学院に所属するメイジいえ貴族としての晴れ舞台に出ないという行動をとったのですから。でも、わたしの使い魔達が頑張っている姿を見てわたしは自分を恥じました。どうかわたしに……」

 突如、ルイズの頭に乾いた衝撃が襲った。反射的に振り向く。そこには勾導がイライラした様子で突っ立っていた。

 勾導のやらかした事を見てさっきまでブーブー言っていた生徒達は黙り込んだが、叩かれた本人であるルイズは怒りを隠さなかった。

「いきなりなにすんのよ!」

「口上が長いんだよ! ……歌いたいんだろうが? だったら『歌いたいです』って言えばいいんだよ!」

 勾導のあんまりな言いようにルイズは怒りが失せるほどに呆れてしまうが、なぜか肩に感じていた不思議な重圧が消えたような気がした。

 彼女は小さく微笑むと、真っ直ぐに前を向き叫んだ。

 

「それじゃあいくわよっ! 『BLUE TEARS』!!」

 

 その言葉の直後にデルフがボイスパーカッションをはじめ、勾導がギターを弾きはじめるのと同時にルイズが歌いだした。その歌声はそのピンクブロンドの髪の色の様に甘く可愛らしい、それでいて耳に残る純粋さに満ちたもので、先ほどまで歌っていた勾導の歌声は荒々しく攻撃的なものだったため、それが好対称となっていた。

 聴衆達も黙って舞台上を見つめている。最初は斜に構えて見ていた一部の生徒達も、ルイズが状況に慣れていくに従うようにそんな気持ちは霧散し舞台に集中し始めてた。

 一番のサビに入る頃には生徒達のボルテージは高いものになったのか、席を立ちあがり両手を挙げる者も現れ、それを舞台上で見ていたルイズは不思議と嬉しい気持ちが湧き上がり、歌声にさらに力が入っていく。

 そんな主人の姿を才人は剣舞の傍ら横目で見ていた。

 (恥ずかしいじゃないのかよ。あんなにノリノリで歌いやがって)

 そんな事を思いながらも、楽しそうに歌うルイズの姿を見て才人の心も熱くなっていく。自然とデルフを握る手の力も強くなり、舞も切れ味が鋭く、洗練されていった。

 

 そして、ルイズは最後の歌詞フレーズを歌いきる。その部分は演奏が無く、自分の声のみであったが、感情の籠ったそれは充分余韻を感じさせるものだった。

 会場は一瞬静寂につつまれる。が、次の瞬間会場が沸いた。

 その反応を受けたルイズは、自分の中に不思議な達成感が沸き上がっている事に気付くとともに、思わず振り返る。

 勾導とタバサはお互いに手を叩いて喜び合っている姿が目に入ってきた。そして、

「やったじゃん、ルイズ!」

 笑顔を浮かべながら駆け寄る才人の姿を見て、ルイズも思わず笑顔を作った。

 この後の審査発表の結果は、もう彼女には関係のない事だった。

 

 

 夜。ここ数日は曇りが続いていた為、顔を見せなかった双月が鬱憤を晴らすかのように照り輝いている。だが、そんな事は彼らにとってはどうでもいい事だった。

 魔法学院の学生寮の一室で、勾導はギターのメンテナンスをしながらグチグチ吐いていた。

「しっかし、あんだけ盛り上がったのに、表彰に全く引っかからないってどういう事だよ!」

 最後の演目披露の直後に行われた結果発表及び優秀者の表彰式の舞台に、彼らが上がる事はなかった。

「しかも、最優秀賞取ったヤツの出し物ってメチャクチャしょぼかったじゃねーか! しょぼ過ぎて何やったか思い出せねぇほどに! それだったら銀賞貰ったキュルケの方が上にいくべきじゃねーか!!」

 ギャーギャー騒ぐ勾導を目に入れず、タバサはベッドの上で読書をしていた。『受賞者は貴族の家系における上下関係や今後の学院生活で軋轢が生まれないように事前に決められている』ものだという事を伝えるべきだろうか悩んだが、より面倒臭い事になりそうだと思ったので彼女は一言、

「審査員は見る目が無い」

 少し本音混じりの言葉を呟くだけだった。

 勾導はタバサの言葉をすんなりと受け入れたのか、「そうだよな」と呟くと再びギターに向き合った。

 そのまま室内に沈黙が流れようとしたその時、

「なぁ、タバサも歌いたかったんじゃねぇの?」

 勾導が不意に言った言葉にタバサは目線だけを動かして、

「別に」

 そうそっけなく応える。

 勾導も思いつきで言っただけなのだろう、深く掘り下げる事も無く、「そうか」と一言言って今度はスモーキーアンプの調整をはじめた。

 今度こそ部屋に沈黙が支配した。最後の会話から数十分後、調整を終えた勾導は風呂に行こうと思い立ち上がる。この世界にも風呂はある。が、日本の一般的な浴槽に湯を張ってそれにつかるものは貴族しか使えなかった。一応、平民用の風呂はあるにはある。それは、簡素な小屋に入り、焼き石が敷き詰められた暖炉のそばにあるベンチに腰掛けて汗を流し、体が十分に温まったら冷水をぶっかけるという、早い話サウナのようなものだった。

 才人はこれが嫌なのか、よく『自分で風呂を作る』と言っているが、勾導自身はこれを気に入っていた。なぜなら、どういうわけか新しい技のアイデアが次々と思い浮かぶからだ。つま先から頭のてっぺんまで熱が行き渡っている為なのか良く分からないが。

 今日は関節技でなにか思いついたらいいな、などと思いながら部屋を出ようとしたその時だった。

 

「……は……、……ら」

 自分の背後から何か聞こえたのに気付き、勾導は振り返る。

「……の……、……の」

 振り向いてみた視線に入ってきたのは、ベッドの上でタバサがぼそぼそと口を動かしている姿だった。読んでいた本は側に置き、目を閉じて言葉を紡いでいる。

 勾導は静かにドアを閉じ、部屋の中に戻る。そして、聴覚を意識してタバサの言葉を聞く事に集中した。それが何かはすぐに分かった。

 それは歌だった。それも、地球の歌だった。

「『VOICES』……」

 歌の正体に気付いた勾導は小さく呟く。直後、偶然見てしまった彼女のはにかんだ表情に、なぜか胸の心音がドクンと大きく鳴った。

 タバサにハルケギニアの文字を教えてもらう交換条件として、日本語を教えていたが、その教材として大きく役立っていたのが勾導の所持していたMDプレイヤーだった。そこから流れる日本語のアニソンをリスニングし、事前に書きとめた日本語とハルケギニア語に訳した歌詞を読んで理解するという方法で学習していたのだ。

 彼女自身の学習能力の高さもあり、既にひらがなは理解し、教材で使ったアニソンの歌詞のリスニングと意味を読解することができていた。

 そんな彼女が興味を覚え、よく聞きたがっていた曲が『VOICES』。

 タバサ曰く、とてもきれいで優しい歌。それを彼女は透き通った優しい声で歌を紡ぐ。

 まるで、自分に課せられた境遇や困難な試練を包み込み、希望で満たさんがように。

 

 すっと微笑むと勾導は静かに部屋を出ていった。声をかけて彼女の歌を止めてしまう事が野暮に感じたのもあったが、それ以上にあのはにかんだ表情を消したくないという純粋な欲が生まれていたからだ。

「お前さんが一等だぜ。ご主人様」

 そう呟くと勾導はまっすぐ風呂場に向かった。その道中、彼も『VOICES』を無意識のまま口ずさむ。

 2人の歌声は静かに共振(シンクロ)し、空に飛んでいくようだった。

 





 この話は、『釘宮理恵さんがBLUE TEARSをカバーしたらメチャクチャハマるんじゃね?』という気持ちが出発点でした。

ちなみに品評会のセットリストはこんな感じ

 1 『Eclipse』Yngwie Malmsteen
 2 『The Game』 Motorhead
 3 『Basket Case』 Green Day
 4 『赤いタンバリン』 BLANKEY JET CITY

 5 『BLUE TEARS』 JUDY AND MARY


 BONUS TRACK 『VOICES』 新居昭乃
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