Snow wind & Temerity heart VS The world 作:Phidias
「ハルキゲニア? まるで作る映画が当たり外れのデカいヤツばかりのヤク中プロデューサーみてぇな名前の世界だな。『REX、REX出ておいで~』ってか」
「ハルケギニアよ。あたしだってニホンなんて国初めて聞いたわ」
「チキュウという意味もわからない」
勾導とタバサ、それにキュルケはトリステイン魔法学院内の女子寮にあるタバサの部屋にいた。12畳程度の広さの部屋には机とシングルサイズのベッドやタンスといった生活用具の他に大きな本棚が3つ並んでいる。その部屋を見て、女の子の部屋にしては殺風景だと勾導は感じた。勾導は備え付けの椅子に座り、2人はベッドに腰掛けている。
学院内の施設の大まかな説明を受けた後、タバサの部屋に向かうと部屋の前にキュルケとサラマンダーがいた。友人であるタバサが召喚した勾導の事に興味が湧いたので、お互いの使い魔の親睦も兼ねて話を聞きたいとのことだった。フレイム、とサラマンダーに名付けたのもその時聞いた。
最初に勾導が2人に伝えたことは、『自分は異世界から来た』ということだった。
もちろん、2人は怪訝とした表情をする。
「冗談でしょ」
キュルケがすぐさま疑った視線と言葉で反応を示す。タバサのほうは相変わらずの無表情で、どう思っているのか読めない。
「信じられない」
あ、疑ってら。
「オレだって信じらんねぇよ。光った鏡みたいなもんに触って気付いたら魔法の世界に来たって。漫画やアニメの話かよ」
ポケットの中にあったタブレット錠を口に含みながら続ける。
「でも、あれを見たらここは自分がいた世界じゃないと嫌でも思うよ」
椅子から立ち上がり、部屋の窓を開けた。既に辺りは真っ暗で寒風が部屋に入り込む。光化学スモックの無い透き通った夜空には満天の星が輝いていた。しかし、一つだけ違っていた。
「月が二つってどういうこっちゃ!! しかもデカイしッ!!」
そう、地球で見る二倍ほどの大きさの月が二つ、つがいの様に寄り添いながら空を浮かんでいた。
それは、ここが外国どころか地球ではない異邦の大地であるという事を意味していた。
「なに言ってるのよ。月が2つって当たり前のことじゃない」
「だから、オレのいたところじゃ月が一つで魔法なんてフィクションの中の物だったんだよ。……あ、そうだ」
おもむろに勾導は唯一の所持品であるボストンバッグの中からあるものを取り出した。
「こっちにはこういうのはないだろ?」
それはMDプレイヤーだった。質のいい外部スピーカーを取り付けて再生ボタンを押す。小さな駆動音の後、室内に音楽が流れた。2002年当時放映されていたアニメの主題歌、ハードロック系の洋楽、プロレスの入場曲。色々と偏ったジャンルの音楽を2人に聞かせる。
「このマジックアイテムすごいわ! 楽師がいないのに
キュルケは驚きを隠せない。
「『ディテクト・マジック』を唱えたけど反応がない。どうやって動いているの?」
タバサも目を見開いて勾導を見る。
「魔法なんか使ってねぇよ。これは科学技術の応用でできてんだよ」
「カガクギジュツって?」
「なんつったらいいんだろなぁ。いろいろ複雑だからシンプルにいうと、これは電気の力で動いてるよ」
「デンキって?」
「電気もないのかよ……。雷ってあるだろ。あれが生み出す力と同一のものを人工的に生み出して、それで動かしているんだ。で、だ」
勾導はMDを取り出して2人に見せる。
「この中に丸い円盤があるだろ。この円盤に音楽や歌の情報が入ってて、それをプレイヤーに入れると回るんだ。すると内部の光学レンズって装置が円盤の情報を読み取って音に変換するんだよ」
「ふーん。要するに、魔法でいうと風と土の力で動かしているのね」
「ちなみに、オレの世界には今言った電気の他に火の力で動く乗り物とか、光に情報を乗せて世界のすみずみに行き渡らせることで、遠くの国で起きた事件をリアルタイムで知るって事も可能なんだ。もちろん、魔法じゃないぜ」
「最後のことがよく分からないけど、なかなか凄いわねカガクって。あなたの国、メイジがいないと聞いたから不便じゃないのと思ったけど、そんな事なさそうね」
「杖振って空飛べねぇけどな」
勾導が笑う。それに釣られてキュルケも微笑んだ。
「あなたが別の世界から来たということ、信じてみる」
タバサが続ける。
「あなたの持っているものはハルケギニアには存在しない。それに、あなたのような態度の平民は見たことがない」
「……どんだけ魔法使いと一般人の社会的格差があるんだよ、ここは。で、オレはいつ元の世界に帰していただけるんでしょかね?」
「無理」
「はい?」
「あなたの世界とこの世界を繋ぐ魔法はない」
「……じゃあ、どうしてオレはここにいるんでしょかね?」
「わからない。『サモン・サーヴァント』は本来、ハルケギニアに住む生き物を使い魔として喚ぶ呪文。そもそも人間を喚び出すことはあり得ないこと」
淡々とタバサが説明し、キュルケが続けた。
「そういえばヴァリエールも平民の男の子を召喚したそうよ。あの子が失敗するのは予想通りとして、タバサはとっても優秀なメイジよ。失敗したとは思えないわ」
「じゃあ、オレが召喚されたのは必然って事? つーか、オレと同じ立場のやつがいたのかよ」
「そうみたい。それに、『コントラクト・サーヴァント』は成功したわよね?」
「あぁ、えーっと……、アレだよなぁ……。キ、スのことだよなぁ……」
勾導は思わずタバサをじっと見る。10人、いや100人聞いたら100人が可愛いと言いだしかねないくらいの美少女だ。小学校高学年くらいの幼い容姿だが、よく見るとスレンダー型の女性らしい体型だった。
勾導は焦る。……オレ、まだ10代だからセーフだよな。犯罪じゃないよな。最近児ポ法がらみで色々とやかましくなってきたけど。○山法相がぶち切れ金剛になるぞ。
「私は気にしてない」
見られてるのに気付いたのか、タバサは手にした本で口元を隠す。
「あれは使い魔の印を刻む呪文なの」
「……ひとつ聞くけど、その魔法の効果の期限はいつまでよ?」
「一生」
「一生!? 死ぬまでって事!? ……帰れねぇってことじゃねぇか」
勾導は大きくうなだれる。そしてブツブツと呟きだした。
「来年には絶対、氷川富樫のタイトルマッチがあったはずなのによぉ……。決まったら学校サボって武道館行こうと決めてたのによぉ……」
「BLADEのミドル級トーナメントも見に行きたかったなぁ……。一回戦から柏田対アンドレイだぜ……。ヘビー級のタイトルマッチも決まってたし」
「毎週キンゲ楽しみにしてたのに……。龍騎も、おジャ魔女の最後も観れねぇのか……。後SEED」
「JAMのライブ行けねぇ……。やまなこのイベントも行きたかった……」
しつけぇ。欲に塗れすぎだ。しかし、考えれば考えるほど辛くなってくる。せつなくなってくる。ホームシックは全く湧かないのに。欲望がそれを上回っているのだ。我欲塗れ。まさに現代日ノ本の国に掃いて捨てるほどいる典型的オタク野郎そのものだった。その姿を変なものを見るような目で見ながらタバサが声をかける。
「あなたが元の世界に戻る手段は私が探す」
「マジで!?」
「きっと、あなたの家族が心配している」
勾導の顔はパァっと輝く。そしてタバサについて、無口だけど意外に優しい子だな、と感じた。
どうあがいたって、しばらく帰れそうにない。グッバイ武道館&たまアリ。
おまけに場所は異世界。グッバイアニメーション&特撮。
でも、幸運なことに今の自分を保護してくれる人物が傍にいてくれる。幼女だけど。
もうグダグダいってらんねぇ。覚悟決めろ。
そう頭で理解すると、答えはすぐ出た。
「わかった。しばらく使い魔になるよ」
「……ありがとう」
「よかったじゃない、タバサ。コードー、あなたは運がいいわよ。こんなにかわいい女の子と一緒に暮らせるのだから」
「コードーじゃない、コウドウだ。ところで使い魔ってなにすんの? お使いとか?」
「そう。秘薬の採取を行ったりする。それから使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられる」
「視界が共有されるってことか?」
「そう。でも、何度も試したけどできない」
「人間相手だからか? まぁ、正直できなくてよかったけど」
「そして、使い魔は主人を守る存在。主人を危険から守ることが第一」
「治安悪いのか? この世界は」
「盗賊や山賊が日常的に現れる。褒められたものじゃない」
「うっわ……」
「大丈夫よ。タバサはすごく強くて優秀なメイジだから。あなたは心配しなくても大丈夫よ」
「そうなんだ。まっ、オレも自分の身は自分で守れる程度にはやれっから。そこまで気にしなくていいぜ」
「そう」
タバサが視線を逸らす。勾導の言葉をあまり信用していないみたいだ。
「それじゃ、あたしも部屋に戻るわ。また明日ね」
キュルケがフレイムと一緒に部屋から出ていく。部屋は2人きりになった。
「もう寝る」
タバサがベッドから立ち上がる。
「オレはどこで寝ればいいんだ?」
「ここ」
タバサはベッドを指差す。まずくね? 女の子のベッドの中って。勾導は焦った。
「さすがにヤバいだろ。……床で寝るよ」
「でも夜はまだ寒い。体を壊す」
「大丈夫だよ。トレーナーがバッグの中にあるからさ。それ着て寝るよ」
「……わかった」
そう言ってタバサはおもむろにマントを外す。瞬間、勾導は固まる。2人はじっと見つめあう。
「着替えるから、出て行って。終わったら呼ぶ」
その言葉で溶解した勾導は慌てて部屋を出た。廊下は部屋と違って寒く、頭の芯まで冷えそうになる。床で寝るって言わないほうがよかったと後悔していると、どこかの部屋から男女の声が小さく聞こえる。口喧嘩をしているのか、互いの声は荒かった。
「男を部屋に連れ込むなんて校内風紀わりーな。そのまま破局しちゃえ」
軽く毒を吐いていると、タバサから入室の許可が出たので部屋に戻る。ベッドの上に緑色のパジャマとナイトキャップを被ったタバサがおり、毛布を持っている。その姿はとてもかわいらしかった。
「寒いから」
それを勾導に渡すと、彼女はそのまま眠りについた。
勾導もTシャツの上にトレーナーを着こむと、毛布にくるまり目を閉じる。
部屋の照明も消え、カーテン越しに差し込む月光が差し込む。
まっ、なんとかなるだろ。そう思い眠りに落ちていく。
こうして、勾導の使い魔生活初日が終了した。
勾導が目を覚まし、最初に目にしたのは身に付けた時計だった。荒く扱われて傷だらけの初期型スプーンの文字盤は午前7時を指している。この時刻が正しいのかわからない。目安程度には使えるだろうと思いながら次に目にしたのは杖が立て掛けられたベッドだった。毛布から這い出てベッドの上を覗く。
自分をこんな得体の知れないファンタジーワールドに召喚した張本人はベッドの中ですう、すう、と可愛らしい寝息をたてて眠っていた。年相応の、穏やかな寝顔だった。
(女の子の寝顔、初めて見たな)
カーテン越しの朝の光が肌を撫でる中、勾導はそんな事を思う。と、タバサも目を覚ます。
「なに……?」
「おはよう、ご主人様。で、よかったかな?」
「おはよう。タバサでいい」
タバサは起き上がると眼鏡をかける。着替えるのだろう、そう思い勾導は部屋を出た。
朝の支度を済ませ、2人は食事をとるため廊下を歩く。すると、すれ違う生徒から好奇の視線を向けられたり、ヒソヒソと陰口を言われる。勾導は突っかかりたかったが、タバサの手前、我慢することにした。
「そういや、オレも食堂は入れるのか? 部外者みたいなモンだけど」
「食堂は生徒と教員しか使えない。大丈夫。ついてきて」
タバサに連れられた先は食堂の裏にある厨房だった。時間帯として今が一番忙しい時だ。コックが料理を作り、メイドたちができた料理を次々と配膳していく。手の空いた若いコックを見つけた彼女は何かを伝える。するとコックは厨房に引っ込み、しばらくすると40過ぎの太ったコックが出てきた。厨房の責任者だろうか。服装は立派な拵えで、掌はごつかった。
「なんでしょうか、貴族さま……って、タバサの嬢ちゃんか」
最初は険しい表情をしていたが、タバサの顔を見ると警戒を解いた。
「彼にご飯を食べさせてあげて欲しい」
「誰なんですかい? こいつは」
「わたしの使い魔。平民」
「へぇ、ミス・ヴァリエールだけじゃなく嬢ちゃんも平民を召喚したのかい! 驚いたな。おい坊主、名前はなんていうんだ?」
「勾導。よろしくな、おっちゃん」
「おう、俺はこの学院の厨房を仕切っているマルトーってもんだ。同じ平民のよしみだ。賄いでいいなら腹いっぱい食わせてやる」
「マジで! あんがと、おっちゃん! タバサもサンキューな」
「食べ終わったら食堂の前にきて」
食事の問題を解決するとタバサは食堂に戻り、勾導たちは厨房に入って行った。
「そういや、うちのご主人様とは仲が良さそうじゃん」
「ああ、他の貴族連中は俺たちの作った料理を残すやつばかりでな。やれ野菜が嫌いだのダイエット中だのってな。あの料理は俺たち平民には手が届かないごちそうばかりだってのによ」
マルトーが苦虫を噛み潰した顔をする。自分の料理の腕に自信があるからこその形相だ。
「でもあの嬢ちゃんは俺たちの作った料理を残さず全部食べてくれる。あんなに小さな体だってのによ。それにな、時々俺たちに礼を言いに来てくれるんだ。長くここの厨房を任されているが初めての経験だったぜ。貴族ってのは威張りくさったやつしか見たことがなかったからよ。そら、坊主、おかわりはいっぱいあるからたくさん食えよ!」
厨房の片隅に設置されたテーブル付きの椅子に座る。顔を綻ばせながら、賄いのシチューを木製の碗に入れて勾導に出す。いただきます、と一言いってシチューを口に運んだ。賄いといっても貴族達が食べる食材を使ってあるだけに味は一級品で、その旨味と温かさはカラッカラだった勾導の胃袋いっぱいに染み渡っていった。
それをガツガツと夢中になって食べる勾導の姿を厨房で働くメンバーは最初はびっくりしたが、今はまるで食べ盛りの幼い子供の様に思えてしまい、ニコニコと微笑んでいた。
「うめぇ。マジでうめぇよ、これ」
「だろ? お前もよくわかってんな!」
ダハハと笑いながらマルトーは勾導の肩を叩く。と、なにかに気付いた。
「お前、太っていると思ったが結構体がごついな。嬢ちゃんに召喚される前は何やってたんだ?」
「学生」
「貴族じゃねぇのに学校に通ってたのか!?」
「オレのいた国は六歳から十五歳までは学校通う事が義務だったんだ。魔法が使えなくても学ぶ事は沢山あるからさ。オレは義務教育が終わったけど、もうちょい勉強したかったから高等学校に通ってた」
「ううむ、ちょっと俺には想像できないな。平民も普通に学校に通うことのできる国があるなんてな」
「あと、体を鍛えてる訳はプロレスラーになりたいから」
「プロレスラー? なんだそれは」
「最っ高のお仕事さ」
勾導は、にやりと笑いながらマルトーを見た。
シチューを満腹になるまで食べた後、勾導は気になったことがあったのでマルトーに聞いてみた。
「そういえばおっちゃん。ひとつ気になったんだけどさ……」
「なんだ、坊主?」
「『もう1人貴族が平民召喚した』って言ってたじゃん。そいつも朝飯ちゃんと食ったのかなってさ」
「ああ。それなんだがな……。食堂を見てみろよ」
言われて厨房から食堂を覗く。馬鹿みたいに長いテーブルが3つ並び、その上に大量の豪勢な料理がのっている。鳥の丸焼きなど、正直朝飯で食べるようなものじゃないものまである。まん中のテーブルに彼がいた。
自分と同年代だろうか。青いパーカーを着た黒髪の少年が床に座り、堅そうなパンと具のないスープを啜っていた。傍の椅子には彼を召喚した貴族だろう。桃色がかったブロンドの髪が特徴的な少女がおいしそうに鳥のローストをほおばっていた。
「俺たちもいくらなんでもあんまりだと思ってまともな物を食わせてやろうと、あの坊主のご主人様に掛け合ったんだがな。『使い魔には贅沢させちゃダメ』なんだとよ。本当にお前さんはご主人様に恵まれてるよ」
マルトーが申し訳なさそうな顔をしながら説明した。彼も料理人としての矜持がある。使い魔といえども平民だ。人間だ。本当は人間らしい食事を与えたかったのだろう。
「ふ~ん。……ちょっと用事が出来た」
そう言うと勾導は厨房のドアを開けて食堂に入った。
マルトーの制止する声が聞こえるが無視する。
生徒たちの世話をしているメイドの慌てる姿を無視する。
食事の時間に現れた黒づくめの闖入者を見る生徒たちの視線も無視する。
そして勾導は2人の目の前に立った。ピンクと黒の主従は急に現れた男を見つめる。
勾導の叫ぶような声が食堂一帯に響いた。
「こいつに賄いを食わしてやりたいんですがかまいませんねッッ!!」