Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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 ちなみに今話のタイトルにはもう一つ候補があり、それは『悪魔の猛牛』でした。
 ハリケーンミキサー!!



28:スナオだからコワイ(前編)

 

 トリステインへの帰路の途中、勾導は今回の任務の際に感じた『奇妙な事』を思い返していた。

 今回、勾導はプチ・トロワに参内していない。宮廷に入ろうとした時、衛兵に止められたのだ。衛兵曰く、

「王女殿下から『あなたの参内は認めない』と伝えられています」

 との事だった。

 早い話、イザベラから出禁処分をくらったのだ。だから勾導は『スキルニル』の存在を知らず、それをタバサが所持していた事も知らなかった。

(こないだぶった仕返しか。ガキが)

 そんな事を思いながら、勾導は宮廷の中庭でタバサを待った。その間、偶然にもアルベールをはじめとした東薔薇騎士団の面々がやってきて色々と談笑をしたので暇にはならなかったが。

 その時、彼らからイザベラの様子が以前とは違うという話を聞いた。曰く、日中は宮廷の図書室に籠って政治学の本を熟読し、他にガリアの各種法律についての勉強をはじめたようだ。驚いた事に、失敗を犯した侍女に対して癇癪を起こす事が減り、その事で侍女たちに影ながら不気味に思われているとの事だ。

「何があったんだろうな」

 と、アルベールがニヤニヤしながら言ったが、勾導自身に思い当たる事がなかったので、

「さあ。変な物食ったからじゃないの?」

 と適当に答えたところ、アルベール達は呆れた表情を浮かべた。

 やがてタバサが宮廷から現れ、出発の為シルフィードに乗った時に勾導は何気なくイザベラの部屋辺りの窓を見た。そこにはイザベラが窓越しに自分達をじっと見つめており、偶然にも勾導と目があった。すると彼女は一瞬驚いた表情を見せると、はにかんだ表情を浮かべながら窓から離れていった。

 なお、勾導は気付いていないが、任務完了の報告を終えて帰ろうとした時も彼女は彼ら一団を見ていた。

(訳わかんねぇデコ姫だな。人のツラを見て逃げ出すなんてよぉ。マジでなんか変なモノでも食ったのかよ)

 勾導はそんな事を思いながら空を見ていると、きゅいきゅいとイルカの様な可愛らしい声が聞こえた。シルフィードだ。

「ねぇねぇ、トリステインはもうすぐだし、時間もあるからちょっと寄り道したいのね。きれいな街やのどかな村とかいろいろあるからちょっとした観光をしたいのね。そして、その土地でしか食べられないおいしいご飯を食べたいのね。ねぇ、いいでしょ? お姉さま」

 シルフィードはそうおねだりするが、タバサは読んでいる本から目を離さずに一言だけ呟く。

「時間が無い」

 そっけない態度のタバサにシルフィードは「うぅ~っ」と唸る。彼女の年齢は推定200歳だが、人間に換算すると10歳の少女だ。いろんな物を見たり、珍しい体験をしたい年頃なのだ。

「お姉さまはいっつもそれなのね! たまには贅沢してもバチは当たらないのね! そうだ、お兄さまはどうね! お兄さまもおいしいご飯を食べたいでしょ?」

「えっ? 何の話だよ?」

 急に話を振られた勾導だが、先ほどから思案していた為彼女の問いかけに対し上手く対応出来なかった。それが彼女には『真剣に聞いてない』と受け取られてしまった。

「ムキムキに聞いたのが間違いだったのね……。あ~、もうっ! とにかくシルフィはお腹が空いたのね~! もう飛べないのね~っ!」

 そう叫びながらシルフィードは失速し、フラフラと降下をはじめた。無論演技なのだが、彼女の背に乗っている勾導には堪ったものではなかった。

「馬鹿ッ、ちゃんと飛べよ! 危ねぇだろうがッ!」

「ご飯食べたいご飯食べたいご飯たーべーたーいのね――っっ!!」

「学院に帰って食べたらいいだろうがっ! おいタバサっ! お前もなんか言えよっ、おい!」

 慌てる勾導をよそにタバサは突然本を閉じた。なにかするのだろう、と勾導達は期待した。だが、彼女はカバンから別の本を出して読み始めただけだった。

「期待させてそれはひどいのね―――っっ!!」

 やけくそ気味にシルフィードが急降下をはじめた。物凄い勢いだった為、背に乗っていた二人は空中に投げだされる。

「馬鹿かテメェッッッ!! オレは飛べないんだぞコラァァァァァッッッ!!!」

「あっ、忘れてたのね」

「テんメェェェエエエェエッッッ!!!」

 勾導がパニックになる一方でタバサは全く動じず本のページをめくっている。非常時ともいうべきの今の状況でも、彼女にはたいした危機ではないのだろうかと思えるほどだった。

 一足早く森の中に着陸したシルフィードは青い風を纏い『変化』の呪文を唱えると、あっという間に青髪の女性の姿になった。

「さぁ、準備万端なのねっ」

 丸裸の姿のどこが準備万端なのかと突っ込みを入れたいが、彼女はやる気満々でジャンプを繰り返す。

 その一方で……。

「死ぬ死ぬ死ぬ!! ぜってぇ死んじまう!! 『カイジ』の人間競馬でもここまでひどくねぇぞ!! こんな死に方嫌すぎるゥゥゥゥッッッ!!」

 第二次大戦のソ連空挺部隊よろしくノーパラシュートダイビングをやる羽目になった勾導がいろいろ喚いていると、眼前に木の棒が現れた。よく見るとそれはタバサの杖で、側には持ち主もいた。その彼女は相変わらず読書を続けている。

「杖に掴まれ」と言いたげに杖を振っていたので、勾導は必死に杖を掴んだ。いよいよ地面に激突する直前、タバサは杖を小さく振り『レビテーション』を唱えた。詠唱者一人が対象の『フライ』と違い、汎用性があり、詠唱対象も広い『レビテーション』を使う事で、『タバサと勾導は一つの対象物』と認識され

た。二人は地面ぎりぎりでふわりと宙に浮き、ゆっくりと地面に降り立つ。

「た……、たしゅかったぁ……」

 淡々と本を読み続けるタバサと情けない声を上げる勾導、極端な姿を見せる主従の前にシルフィードがやってきた。

「シルフィはこれからすぐそばの街に行っておいしいご馳走を食べてくるのね。だからお金をよこすのね。人間達ってなんでお金なんてめんどくさい決まりをつくった……」

 突如、シルフィードの脳天に拳が落ちた。拳の持ち主は勾導だ。

 げんこつをくらったため、シルフィードは頭を押さえる。そして、半べそを浮かべたまま抗議した。

「いきなりなにするのね!? ひどいのね!!」

「てめぇがそれを言うか!! 殺す気かッッ!! ふざけんなッッ!! つーか、そんな恰好で街なんかいけるか!! 街に入った瞬間、職質くらって留置所行きだぞ!!」

 そう指摘されたシルフィードはハッとなる。そして彼女は、うーん、と唸って考えると何か閃いたのか、タバサに近付く。

「これなら大丈夫なのね!」

 そう言って彼女からマントを奪い取り体に巻きつけると、側の木に絡まったツタをちぎり取ってベルト代りに腰に巻いた。確かに裸ではなくなったが、怪しさを消す事はできていない。

「大丈夫なわけねぇだろうが……」

 力なく勾導は突っ込むが、彼女にはどこ吹く風だ。

「お兄さま、お金出してなのね! この本の虫娘は本を買ってばかりで手持ちが空っ欠なんだから当てにならないのね! それに、シルフィはお兄さまがお金持ちなの知ってるんだからっ」

 マイペースな態度で自分の服をまさぐろうとするシルフィードに勾導は唸る。実際、勾導はフーケへの依頼継続料などの必要経費を稼ぐため金策に走っていた。金策と言っても、その内容はトリスタニアや学院周辺の街にある賭場に行って金を稼ぐというアレな方法だったが。碌でもない方法だという事は自覚しているので、プラス収支になったら賭けを切り上げて賭場から去り、別の街の賭場に行く。地道(?)にそれを繰り返した結果、全財産はトータルで150エキューまで増やすことに成功した。この事は、フーケの事もありタバサには話していない。そのため、これ以上シルフィードに好き勝手喋られるのは不味かった。

「……わかったよ。金出してやるからメシ喰いに行くぞ」

 遂に観念した勾導はため息を吐くとそう零した。それを聞いたシルフィードは嬉しそうにきゅいきゅいわめきながら勾導の周りを回る。

 勾導はそんな妹分を無視し、読書を続けるタバサに声をかけた。

「タバサも一緒に行こうぜ。そんなとこで本を読むより、ちゃんとした場所で読むほうが頭に入るだろ。なんだかんだ、お前もメシ食いたいだろ?」

 勾導の呼び掛けに彼女は本から顔を上げると、いそいそと立ち上がり彼らについていった。

(……まっ、たまには外で食事も悪くねぇか)

 そんな事を考えていると森を抜け、勾導の視線の先に城壁が現れた。

 

 

 勾導達が入った街はガリアをはしる主要街道より外れた場所にあるためか、行き交う馬車はそこまで多くなかった。だが、情報の伝搬力はリュティスと変わらず、街角では人々がハルケギニアの情勢を噂し合っていた。

「……アルビオンの王軍が追い詰められたみたいだぜ」

「……やはりロイヤル・ソヴリン号を奪われたのが効いたな。遂に、このハルケギニアから始祖の一柱が消えるのか……」

「……サン・マロンで大量に人を募集しているようだな。両用艦隊の規模を大きくするって噂は本当みたいだな」

「今の時点でハルケギニア一の戦力なのに、さらに強くしてどうすんだよ? 船を作る金を出すのは最終的に俺ら平民だって事をあの無能王は知らないのかね……」

 そんな住人達の噂話を聞き流しながらシルフィードの先導の下、一団は一軒の酒場の扉をくぐった。

 その酒場の内装は木製の簡素なテーブルが三つ、奥にはカウンターがあり、客は旅慣れた様子の行商人二人と老婆が一人いた。

 カウンターの奥側に店主と思しき太った中年の男がおり、勾導達を見て一瞬顔をしかめた。一見子供二人と若い女性にしか見えない為、金の少ない細客もしくは冷やかしと思われた様だ。

「店を間違えているんじゃないのか? ここはリュティスにあるようなカッフェじゃねぇぞ」

「シルフィ達はお客なのね!」

 シルフィードは何故か胸を張って答える。

「ほんとかよ? こんな子供連れが……」

 店主はそう言いながらタバサを見た瞬間「あっ」と声を出した。杖を持ち、五芒星のタイピンを身に付けている。マントはなかったが、明らかに貴族の子弟の格好である事に気付いた店主は驚いた表情を浮かべた。

「まっ、まさか、貴族かい?」

「そうなのね! この方はガリアにその人ありと讃えられる北花だ……」

 シルフィードがノリノリでタバサの素性をバラそうとしたので、勾導とタバサがほぼ同時に、その頭に一撃喰らわせた。

「痛いのね! 二人ともひどいのねっ!」

「お前はいらん事喋るなッ! ややこしくなる! ……あ~、おっちゃん。オレらはこの貴族の嬢ちゃんの従者だよ。あ~と、そう、この娘の親御さんの命令で魔法の武者修行をしてんのさ。金はこの通りあるから詮索は無しにしてくんない?」

 勾導はそう言って懐から1エキューを取り出し、店主に握らせた。口止め料だ。

 1エキューももらい、さらに客だと言われたら店主もこれ以上は何も尋ねなかった。

「わかったよ……。まっ、こちらとしても貴族のお客は大歓迎でさぁ。空いてるお席におかけください。大きな店じゃないが、味には自信がありますぜ」

 しばらくすると、店主ができあがった料理を次々と持ってきた。『味に自信がある』と言っただけに、その料理は全て美味そうで、シルフィードは唾を飲み込む音を自嘲できなかった。そして、一気に食べ始めた。

「どれもこれもとってもおいしいのね! 特に、このお肉のワインソテーなんて絶品なのね! おいちびすけにムキムキ、あれだけ渋っていたのにシルフィに負けず劣らずに食べるってどういう了見なのね?」

「オレが金出すんだからいいだろうが。オレだって腹減ってんだからよ。あっ、おっちゃん。この『ダフト牛のトマホークステーキ』もちょうだい。焼き加減はレアで」

 勾導もシルフィードに負けないスピードで目の前にある『マール卵のオムレット白身仕立て』を胃に収めていく。そして、タバサもその小さな体に似合わない早さで多くの料理をパクパク食べていった。勿論、副菜に『はしばみ草のサラダ』を添えて。

「あっ、そのステーキおいしそうなのね! シルフィにちょうだいなのね!」

「そのステーキはオレのだろうが! 誰がやるか! って、タバサもオレの頼んだ物を横取りしてんじゃねぇよ!」

 そんな騒がしいやり取りをしながら食事をしている彼らに近付く者がいた。一番奥のテーブルに座っていた老婆であった。ボロボロの麻服を身に付け、その袖先からは痩せ細った腕が覗いていた。その身なりから彼女がどういう階層の人物か容易に予想できた。

 その老婆はタバサの椅子の側に近付くと、おもむろに跪いた。

「騎士様! 騎士様にお願いがありますのじゃ!」

「お願い? おなかがすいてるのね? じゃあ、いっしょに……」

「んな訳ねぇだろうが。……なに? 婆ちゃん、どったの?」

 シルフィードの天然を止め、勾導が代わりに老婆に尋ねた。

「おお、わたしめのお願いをお聞きいただけるのですか……。なんとおやさしい方々でしょうか……」

 老婆は本題を話していないのに、瞳に涙を浮かべる。その様子をカウンターから見ていた店主が、心配そうに声をかけた。

「貴族さま、よろしいんですか? この婆さん、昨日いきなりやってきたかと思ったら、来る客来る客に同じ事を言い出してるんですよ! 正直商売にならなくて……」

「おっちゃん、聞くだけならタダだからいいでしょうに。願いを聞いてやるかどうかは、その内容次第だよ。なぁ、タバサ」

 勾導に話を振られたタバサは、こくりと頷く。それを見た老婆は感極まったのか泣き出してしまった。もう一度言うが、この老婆はまだ本題を何も話していない。

 

 

「ミノタウロスってあの頭が牛で体が人のヤツか? そんなのもハルケギニア(ここ)にいるのかよ」

 老婆が泣きやむまで数分かかり、ようやく平静を取り戻した彼女から本題が語られた。

『村に危害を与えるミノタウロスを退治してほしい』

 それが彼女の願いだった。

「最近、村の近くにある洞窟にあの罰当たりな怪物がまた(・・)住みつき、村に住む若い娘を生贄に要求しているのですじゃ……」

「『また』? 以前にも住んでいたって事か?」

 老婆の言葉に気になる部分があり、勾導が割って入る。

 老婆はその問いかけに頷いた。

「そうなんですじゃ。十年ほど前にも一度あの化け物が住みつき、村の娘たちを……。その時は、偶然村を通りかかったラルカス様という騎士様が退治していただいたのですが……」

「念の為に聞くけど、この辺を治めてる貴族には訴えたの? まぁ、その様子だと……」

「はい……。『多忙だ』と言われて断られました。……年貢だけはきっちり取りたてるのに、こういった事態になるとてんで役立たずですじゃ。実りの小さい村なら潰れてもいいって事かい……」

 老婆が恨み言を零していると、店主が割って入る。

「まぁ、気の毒だが、それがお上ってヤツだ。それにな、この辺りは最近子供の誘拐事件が連続して起きててなぁ。そっちの調査が優先なんだろうよ」

「なんだい、じゃあわたしら貧乏百姓は娘とられるのを黙って我慢しろってかえ!?」

「そうは言ってねぇだろうが……」

 老婆は皺まみれの顔をキッと鋭くさせると、再びタバサ達の前に深く跪いた。

「重ねてお願い申し上げます。なにとぞ、なにとぞ、あの化け物を退治してくだされ。最初に生贄に選ばれたのは、わたしの孫娘なのですじゃ。まだ、なにも世の楽しい事を知らないのに、死んでいくのは不憫で、不憫で……。お願いしますじゃ、お願いしますじゃ……」

 勾導は、視線を再び肩を震わせて泣き出した老婆からタバサに向け、『どうするよ?』と目で尋ねた。と、今まで黙っていたシルフィードが首を横に振り、意見した。

「お姉さま、ミノタウロスはまずいのね。お姉さまの魔法とあいつの相性は悪過ぎるのね」

「おい、オレはどうなんだよ?」

「お兄さまは論外なのね。力比べなんてしたところで首をねじ切られ、おもちゃにされちゃうのが関の山なのね」

 ミノタウロスは、基本的に洞窟から出てこない。狭い洞窟では、スピード重視の闘いを好むタバサの闘いがうまく発揮できない。おまけに、ミノタウロスの皮膚は硬く、刺突系の攻撃が主なタバサの攻撃が通用しないのは火を見るより明らかだった。

 ミノタウロスのもう一つの武器が、その巨体に見合った力だ。巨大ゴーレム並みの怪力を誇り、棍棒などの原始的な得物を片手に暴れまわるのだ。

 極めつけが、その生命力。首を刎ねてもしばらくは体が動き続けると形容されるそれは、とても恐れられていた。

「とにかく、シルフィは反対です。お婆さん、申し訳ないけど村を捨てる事をお勧めするのね。命あっての、ってやつなのね」

 シルフィードがそう結論付ける。冷たいようだが、それが精いっぱいの優しさだった。

 と、タバサが椅子から立ち上がる。そして一言。

「どこ?」

「え?」

「あなたの村」

 その言葉を耳に入れた瞬間、老婆は泣き崩れた。

「お姉さま、絶対に危ないのね! わざわざドラゴンの尾を踏みに行くってどういう事なのね! (あっ、シルフィもドラゴンだったのね)」

 シルフィードは必死に説得するが、こうなったらタバサは撤回しない。彼女はさっさと老婆とともに酒場を出ていった。

「あぁ~、もう、どうにでもなれなのね~っ!」

 シルフィードは半ばやけ気味になりながら、タバサ達を追いかけていった。

 一方、勾導はというと……。

「なぁ坊主。ミノタウロスの恐ろしさも知らない世間知らずな主人に仕えて大変だなあ。子供だからなおさら、なのかもしれんが」

「まっ、どうにでもなるんじゃないの? 出会った瞬間即死確定なわけじゃないしさ。おっ、このスープうまいな。パンにつけると更にいいかも」

 店主とそんなやり取りをしながらテーブルの上にある料理を腹の中に片づけていた。そんなマイペースな勾導の様子に店主は呆れつつも、出された料理をきっちり食べる姿になぜか感心してしまった。

 締めに頼んだフルーツパイを平らげた勾導は、勘定をすませるとタバサ達に合流しにいった。

 

 

 老婆 ―名をドミニクという― の先導のもと、タバサ達は目的地であるエズレ村にたどり着いた。なるほど、数件のあばら家が即席の獣避けの柵の中に建っており、税の徴収対象になりそうな物も僅かばかりの畑だけであった。

 ボロボロの門を潜ると、ドミニクが大声で叫んだ。

「騎士様を連れてきたよ!」

 その声につられ、村の至る所から村人が集まってきた。皆、最初は嬉しそうな表情を浮かべていたが、杖を持っていたのが140サントほどの背しかない少女だという事に気付くと、一様にがっかりしたものに変わった。

「子供かよ……」

「杖持ってるなら、なんでもいいってワケじゃないんだぞ。婆さん……」

 肩を落とし、そう言い捨てながら、村人たちは農作業など己がやっていた仕事に戻っていった。

 そんな村人たちの姿を見たドミニク婆さんは困りきってしまったが、タバサが家に行くように促したので、家まで案内した。

 村はずれにドミニク婆さんの家があった。彼女の先導で家に入ると、そこには栗色の長い髪をした少女と、その母親と思われる女性が抱き合って泣いており、側には父親らしい男が困った様子で頭を抱えていた。

 ドミニク婆さんに気付いた少女がこちらを見た。

「おばあちゃん! ……どうだったの? 騎士様は……」

「ジジ、もう大丈夫や。ちゃんと、騎士様を連れてきたからね」

 婆さんの言葉に、少女―ジジは信じられないとばかりに顔を押さえた。勿論、最初はタバサの姿を見た時『え?』といいたげな表情を浮かべたが、手にした杖を見て『彼女に賭けるしかない』と腹をくくったようで、

「お願いします! わたしを……。いえ、村を救ってください!」

 そう言って頭を下げた。

 

 夜、ジジの家族による歓待もそこそこに、タバサは情報収集に徹した。まず彼女が気になったのは、『どうして生贄に選ばれたのが分かったのか』だった。

 その問いかけに、ジジの母親が半紙大の大きさをした毛皮を持ってきた。その裏側には、血文字で『次に月が重なる晩、森の洞窟前にジジなる娘を用意するべし』と記されていた。

 それを見て勾導は驚く。

「ミノタウロスって、人間様の言葉を理解できるのかよ?」

「この世界の亜人は、人語を理解できるものが多い。それだけ知能が高い」

 タバサが勾導に補足する。

「なるほど。それじゃあ一個質問。前にミノタウロスが来た時も、同じやり口だったの?」

 勾導の問いかけに答えたのは、母親だった。

「はい。十年前も村の広場の掲示板にこれが貼り出され、村の若い娘を生贄に要求したのです。あの時はこの子の姉を……」

 そこまで言って再び泣き出した母親を見て、勾導は『まずったかなぁ』と思う。と、

「十年前も娘の指定をしてきた?」

 タバサも参加する。

「いえ、十年前は単に『若い娘』と書いていた気が……。そのため、くじ引きで決めて……。それがなにか?」

 と、今まで黙っていたジジの父親が声を出した。

「あの……。騎士様、一つお願いがあるのですが……。その……、どれだけ強力な魔法が使えるのか、ちょっと見せていただけないでしょうか?」

 その願いに、母親が怒った。

「騎士様に失礼だよ、あんた! せっかく助けてくれるといってるんだよ! 第一、あんた昔は何をしていたのか忘れたのかい!? 傭兵をやっていたんじゃないのかい!」

「傭兵稼業は親父の代で終わったんだよ! 俺には才能がなかったし、なにより、親父が『タルブのテッゾ』にやられちまったから……。それに、お前との結婚を機に代々の仕事道具も『アレ』以外は売っ払っちまっただろうが!」

「ほんと、情けない男だね。お義母さんの代わりに騎士様を探す事さえやらなかったし……」

「もういいだろうが……。お願いします、騎士様。俺達を納得させるだけの力を見せていただけませんか? ……俺達も、死にたくはないので」

 そこまで聞くとタバサは立ち上がり、窓に体を向けた。杖を振るうと風が吹き、窓が開いた。次にタバサは長いルーンを唱えた。すると、空気中の水蒸気が凝結し、何本もの氷矢となった。彼女の十八番『ウインディ・アイシクル』だ。

 その氷の矢は窓から外へ飛び出し、何かに突き刺さった。一家は驚き、身を伏せた。やがて、父親が恐る恐る窓から外を覗くと、驚くべき光景があった。

「柵に氷の矢が突き刺さってるっ!?」

 そう。柵を支える杭に、氷矢が深々と突き刺さっていたのだ。その鋭利且つ鋭い威力を目の前で見た父親は、腰を抜かしながら感嘆の声を上げた。

「し、失礼いたしました―っ!! これほど素晴らしい魔法が使えるのでしたら、きっとミノタウロスを退治する事が出来ますよっ!!」

 他の家族の面々も、同じような気持ちを持った表情を浮かべている中、

「ほぉ、その若さでなかなかの腕前だな。娘」

 突如、低い男の声が部屋に響く。その声を聞いた勾導達は思わず周囲を見渡す。

「私はここだよ。ジジ、すまないが私を彼らに見せたいので持ってくれないか?」

 再び声が聞こえた。改めて聞いたその声は、落ち着いた印象もあり長い年月を重ねた経験豊かな賢者のように感じられた。

 ジジが部屋の奥に行き、何かを手にすると、それを勾導達に見せた。それは、黒鉄色の鈍い輝きを放つ一対の手甲(ガントレット)だった。奇妙な事に、手甲というものは前腕全体を保護するものだが、この手甲は肘の辺りまでカバーできる代物で、その為肘関節の部分は駆動に支障が無いように細工が組み込まれていた。

 それの作りは古く年代物であったが、そこら辺の手甲より頑丈な造りで女性であるジジが苦もなく持っていることから、見た目以上に軽い事が感じられた。

「さっきの声はこの手甲が喋っていたのです」

「インテリジェンスアイテム?」

 タバサの問いかけにジジは頷いた。

「私のおじいちゃんが傭兵だった時に使っていたものなんですよ……」

「親父がどこで見つけたのかわからんが、頑丈なだけしか取り柄のない手甲ですよ……。マキシ、騎士様に挨拶をしな」

 父親の言葉に、手甲が「うむ……」と、一拍置くと自己紹介をはじめた。

「私の名はマキシドゥームス。見ての通りインテリジェンスガントレットだ」

「……喋る剣にナイフときたら、次は喋る籠手かよ。もう驚かねぇぞ」

「おや、その様子を見るに何度か私の同輩に出会った事があるようだな。ところで娘よ、確かに君の魔法の精度と威力は素晴らしいものがある。まるで、『実戦を何度か経験している』ようだ。しかし……」

 手甲―マキシドゥームスはそこで言葉を途切らせる。もしも彼に目があったなら、今タバサを見定めているに違いない。

「ミノタウロスと闘うには分が悪いな。洞窟ごと焼きつくす事ができる『火』ならともかく、『風』はヤツとは相性が悪すぎる」

「そうなのね! この手甲さんの言う通りなのね! あいつら、ちょっとやそっと傷つけただけじゃ、びくともしないのね! お姉さま、考え直すのね!」

 自分と同意見のものが現れた事で、シルフィードが声をあげる。と、彼女の存在に気付いた手甲は驚いた声を出す。

「おや、こんなところで珍しい存在に出会えるとはな。いや、『まだ生き残っていた』のかというべきか……」

「きゅい?」

「まさか韻りゅ……」

 そこまで言いかけたその時、手甲はむんずと掴まれてしまう。手にしたのは勾導だ。

「はいはい、お喋りはそこまでにしてくんない? なんと言われようが、オレ達はミノタウロスぶっ倒しにいくからよ」

 そう皆に言い聞かせる様強く言う一方、小声で「なんで気付いたのかは知らねぇが、あいつの正体は秘密にしてんだ!」と手甲に念を押す。だが、手甲はなにも言わない。それどころか、勾導の腕の中で細かく震えだしていた。

 その震えを直に感じていた勾導は不安になり、「な、なんだよ……」と手甲に聞く。

「よし、明日私も洞窟に連れて行くのだ」

 唐突に手甲はそう言いだした。その言葉に一番不満を露わにしたのはシルフィードだった。自分と同意見だったのに、それを急に曲げたのが許せなかった。

「なんなのね、このダメ手甲! シルフィと同じ意見じゃなかったのかのね!」

 ぷりぷり怒るシルフィードをよそに、タバサが口を開く。

「どうして、あなたを連れて行かないといけないの?」

 その問いかけに手甲は丁寧に答えた。

「まず、意見を変えた理由から説明しよう。君一人だけがミノタウロスに挑むというのなら、今でも反対の立場だ。だが『君達』が挑むのなら話は変わる。君と韻……、いや彼女、そして彼が自分の役割を全うするというのなら勝機も幾分か見えるだろう。そして私を連れていく訳は、単純に私は『頑丈』なのが取り柄でね。盾代わりには使えるはずだ」

「その盾を持つ役はオレって事か」

「そのとおり」

 勾導の言葉をマキシドゥームスは肯定した。

 手甲の説明が終わった事を見計らい、タバサは場をまとめる。それによって集会はお開きとなり、ジジの家族はタバサ達を寝室に案内した。暖炉の火も消され、部屋の中が真っ暗になると皆も眠りに落ちていった。

 

 

「……いくらなんでもこれはないのね」

 翌日の夜。村から徒歩で三十分ほどの場所にある、問題の洞窟の前でシルフィードはボヤいた。

 彼女にとって、目覚めてから最悪の連続だった。お腹いっぱい肉を食べている夢を見ていたのに、タバサに杖で叩き起こされる事に始まり、状況の判断がつかない内に体を荒縄で縛られミノタウロスの住処といわれる洞窟に放置されたのだ。

 彼女はジジの身代りという事で、ジジの服を着せられたうえで、髪は栗色に染められていた。その事が彼女の機嫌を悪くさせる大きな要因となっていた。

「シルフィ自慢の鱗をこんな色に染めて……。あのちびすけ、偉大なる古代種であるシルフィに対する敬意がないのかね……。おまけに、あのムキムキはムキムキで、『ま、がんばれや』ってなんなのね。シルフィを心配する素振りがこれっぽちも無かったのね。いつか二人まとめて噛みついてやるのね。甘噛みじゃなくてガブっていってやるのね」

 恨み言を吐いている内に、空に輝く双月が重なった。脅迫状に書かれた約束の時間だ。不安と恐怖がシルフィードを包む。

 と、その時。彼女から見て右側の茂みから物音が聞こえた。ミノタウロスか? とシルフィードは考えるが、それなら洞窟から現れるのが自然だ。では、小動物かと考えが浮かんだ瞬間、その茂みから大きな牛の頭が現れた。

「きゅい~~~~っっっ!!」

 たまらず、シルフィードは悲鳴をあげた。そうこうしていると、その牛頭の全貌が明らかになる。筋骨がっちりした二メイル近い男の体格で、手には比較的新しい大斧があった。

「お兄さま、お姉さま、助けてなのね!」

 後ろ手に縛られた縄を無理矢理解こうとするが、慌てていた為まったく緩まない。そんな彼女の姿に構わず、ミノタウロスは近付くと顔をぐんと近づけた。

「騒ぐな。殺すぞ」

 そう言ってミノタウロスは彼女を肩に担ぐと、目の前の洞窟を素通りしてそのまま元来た道を通る。

 シルフィードも「なにかおかしい」と感じ、牛頭をよく凝視した。すると……。首付近の皮と首に隙間があり、時折り牛皮がペロリとめくりあがると、そこから別の頭髪が見えた。明らかに人間だった。

 その事を二人に念話で伝えようと思ったが、きっと既に気付いているに違いない。ならば、と今の状況を必死に整理する。

 ミノタウロスの正体は人間だった。きっと山賊か何かの類なのだろう。と、なると必ず仲間がいる。下手に暴れると逆に危なくなる。それに、二人はきっと自分達を追いかけているはずだ。

(だったらここで怪しまれる動きは見せないほうがいいのね)

 そうシルフィードは思案しているうちに、目の前がぼんやりと明るくなった。何本もカンテラがあり、その光の下には、男の仲間と思しき五人の無法者がいた。皆その手の中には得物があり、拳銃を手にした者もいる。

「早かったじゃないか、ジェイク」

 拳銃を手にした男がジェイクと呼ばれたミノタウロスに化けた大男に声をかける。

「おう、これが今回の収穫だ」

 ジェイクは、そう言いながら肩に担いだシルフィードを地面に放りだした。すると、周りの男達が下卑た笑みを浮かべながら近付く。と、

「お前、ジジじゃないな?」

「本当だ、ジジじゃねえ! どういう事だ? まさか村のヤツら騙しやがったのか!?」

「でもよ、こいつはジジ以上に別嬪だぞ。売っ払うのはこいつでもいいんじゃねぇか?」

「馬鹿、領主の手の者だったらどうするんだ!」

 男達は、警戒した表情を浮かべながらシルフィードを取り囲んだ。非常にまずい状況になったと理解した彼女は慌てた。

「自分は領主とは関係ないのね! 村の人間なのね!」

 彼女が反射的にそう言うと、ジェイクは「ほぉ」と呟き、顔をシルフィードに近づける。そして、低い声で尋ねた。

「だったら、エズレ村の村長の名前を言ってみな。お前が本当にあの村の住人なら、簡単な問題だぜ」

 シルフィードは、自分の心拍が強くなったのを感じた。分かる訳が無い。

 すぐに答えを出さない彼女にジェイクはさらに脅す。

「どうした! 村長の名前くらいすぐ吐けるだろうが!」

 シルフィードはこの危機的状況にぐるぐるした気分になったが、ここで閃いた。それは、以前勾導に言われた事を思い出したからだ。

『もし、『○○の名前を言え』っていう状況になっても、切り抜ける事の出来るミラクルワードがあるんだ。きっと、これは世界が変わっても通じるはずだ』

 いかにも嘘臭い話だが、今はこれしか縋るものが無い。必死にその言葉を思い出し、叫んだ。

 

「村長の名前は、『加○鷹』 なのね!!」

 

 瞬間、ならず者たちは凍りついた。そうとも知らず、シルフィードは、勾導が更に言った『追いうちのフレーズ』を半ばヤケ気味に叫んだ。

 

「どう、どうなのぉ? あっ、チョロっと濡れてきた」

 

 縛られた状態でもご丁寧に中指を動かすが、彼らに『伝説のゴールドフィンガーを持つ男』の事を分かる訳が無い。勿論、シルフィード自身も、意味を知らずに叫んでいた。

「誰だそいつはああぁぁぁぁッッッ!!!」

 一同は得物をシルフィードに突き付けた。

「お兄さまの嘘つき~~~っっっ!!!」

 その時だった。

 闇を切り裂くかのように,氷の矢が次々とやってきた。それは,男達の四肢へ正確に突き立てられた。

「お姉さま!」

「オレも忘れるなよ」

 勾導がそう言うや、暗闇から飛び出し、タバサの攻撃を浴びなかった連中に襲いかかった。その両腕には、あの喋る手甲―マキシドゥームスが装着されている。身につけたのは初めてだったが、不思議な事に違和感はなく、重さも感じられなかった。

 手に持っていた砂を男達に浴びせて眼潰しをすると、挨拶代わりとばかりにエルボーを叩き込む。手甲を身に付けた状態のため破壊力は増しており、喰らった賊は顔の形を歪めるながら意識を飛ばした。まず一人。

 次の標的のガラ空きだった側頭部へハイキックを放ってダウンさせると、最後の一人には後ろに回り込むと一気にバックドロップで引っこ抜き、脳天を叩きつけて仕留めた。

「思っていたよりはやるな、小僧。視界を封じた上で重い攻撃を矢継ぎ早に叩き込むとは、こういった荒事に慣れてるな」

 勾導に装備されたマキシドゥームスは素直に感嘆する。その一方で、

「おいムキムキ、お前の言った嘘っぱちのせいで危なかったのね! なにが『加○鷹』なのね! 意味が分かんないのね!」

「あ? だったら次は『チョコボール○井』って言えば大丈夫だぜ」

 シルフィードは勾導に恨み言を言うが、勾導には暖簾に腕押しだった。

 氷矢が刺さった腕に止血処理を施そうとしている賊たちの前に、暗闇の中からタバサが現れた。

「動かないで。次は心臓を狙う」

 そう杖を突き付けながら警告したタバサからは、冷たく凍えるプレッシャーが放たれていた。それに呑まれた賊たちは、言う事を聞くしか出来なかった。

「あなた達は、何者?」

 タバサの問いかけに、太り気味の男が震えながら答えた。

「お、俺達は見ての通り人買いだよ。こうやっていつも通り『仕事』をしていただけだよ」

 その言葉にシルフィードが今にも飛びかからんばかりに反応する。

「このシルフィをモノ扱いするなんて! 許せないのね~っ!」

 それを制したのはタバサだった。

「仕返しは後回し。今は縛り上げて」

「はいなのね!」

 シルフィードと勾導は、ありったけのロープを使い、男達の手首を拘束する。その一方で武器は勾導が遠くに投げ捨てた。

「ねぇ、二人とも、もしかしてこいつらがミノタウロスじゃないって気付いていたのね?」

「まぁな」

「あの手紙を見て気付いた。ミノタウロスが娘の指定をするなんて考えられない。若い娘なら誰でもいいはず」

「……じゃあ、なんでシルフィには黙っていたのね?」

 シルフィードは、二人の兄姉分にジト目で見つめた。

「細けぇ事はいいんだよ、細けぇ事は」

「敵を欺く前に、まずは味方から」

「……二人とも、きっと碌な死に方しないのね」

 そう毒を吐くと、シルフィードは賊たちに向き合い尋問を開始した。

「さて、一体誰があの手紙を書いたか正直に言うのね!」

 しかし、帰ってきたのは沈黙だった。それにイラついたシルフィードは更に語気を強める。

「ちゃんと答えるのね!」

「私だ」

 突如、背後からそう聞こえたかと思った次の瞬間、氷の矢が振り返ったタバサの杖に襲いかかり、その衝撃に耐えられなかった彼女は思わず杖を手放してしまった。

「魔法だとっ!?」

 勾導達が驚く中、暗闇の中から男が現れた。歳は四十を超えた痩せ気味の男だ。手には小ぶりの杖がありメイジだと主張していたが、マントを羽織っていない。そして、髪は手入れのされておらず、髭も生やし放題で、その事からこの男は貴族の名を捨てた野良メイジだと判断した。

「……誰?」

 タバサの質問に、男はニヤリと笑った。

「名前なんて遠の昔に捨てたよ。ガリア(この国)じゃよくある事だがね」

 貴族と言うものは、内に外に敵がいる。貴族間の権力・領土抗争や、相続継承でのトラブル……。その他諸々の理由で、貴族の位を捨てる者がいるのだ。そして、ここはガリア王国。宮廷の権力闘争が他の国以上に魑魅魍魎としているこの国では、没落する貴族の数はとても多かった。

「そうだな……。『オルレアン公』とでも呼んでもらおうか。あの肝心なところでヘマをこいた王弟と同じで、実の兄に美味しい所を掻っ攫われたのさ」

 『オルレアン公』、その名に勾導はピンときた。

(確か、タバサの親父さんの名前じゃなかったっけ?)

 そう思い、そろっとタバサの顔に視線を動かす。予想した通り、彼女の顔は怒りで歪んでおり今にも飛びかかっていきそうだった。

(あっ、このおっさん地雷踏んだ! 分かってないけどクレイモア地雷踏んだ! 知ーらね、周囲にベアリングが飛び散ってもオレ知ーらね)

 勾導がそんな事を思っているとは露とも知らず、『オルレアン公』は上機嫌で話を続けた。

「しかし、今日はなんという吉日だ。相当な上玉と、貴族の娘が手に入るなんてな。まぁ、いらん虫も付いているが、そいつは鉱山鉱夫として売りさばけば問題ないな。おい、怪我をしたくなければ動くなよ。後、そこの平民のガキは手甲を外せ」

 そう嬉し楽しい未来計画を聞かされたシルフィードはわめく。

「なんてひどいヤツらなのね!」

 しかし、その非難は無視され、タバサとシルフィードは『オルレアン公』に縛られてしまった。最後に手甲を外した勾導を縛り終えたその時、『オルレアン公』は妙な事に気付いた。

「……お前、なんで笑っているんだ?」

 手を使えない危機的状況だというのに、勾導は口元に太い笑みを浮かべていたのだ。それがメイジには気になって仕方が無かった。

「いやぁ、『考える事はみんな同じなんだなぁ』、と思ってね」

「『同じ』だと?」

「あんた、自分の部下を餌にして、オレ達が油断しきっていたところでカッコよく登場したじゃん。早い話、あんた『伏兵』だったんだろ?」

「おい、話が見えないぞ。本題を話せ。さもないと首を吹き飛ばすぞ!」

 メイジは勾導の首元に杖を当てる。だが、勾導は怯える事もなく口を動かす。

「『伏兵』ってのは、相手が油断しきって周囲に意識が向いてない時に動くのが一番効果的だよな? 鬼島津(グイシーマンズ)の『釣り野伏せり』みたくよ」

「人の話聞いてんのか! 本題を言え! 本題を!」

 『オルレアン公』は声を荒げた。自分が圧倒的に優位だというのに。勾導の余裕しゃくしゃくの態度を不気味に感じたため心に不安の種が育ち、それが静かに芽吹いたのだ。

 シルフィードも勾導の言葉をドキドキしながら聞いている。タバサは静かに状況を見極めようと、落ち着きを持って勾導と賊のやりとりを見ていた。

 唐突に、勾導が『本題』に触れた。

「この辺の土地勘が全くないオレらが『どうやってここまできたのか』に意識が向かなかったのかい? ……『案内人』がいた事によぉ」

「『案内人』だと?」

 

「エズレ村の男衆だよ。あの人たちには『ミノタウロスじゃなくて人が脅迫している』と伝えていて、イザって時にはあんた等を襲えって発破をかけていたんだよ。……それが今なんだよ。みんないきり立っていたぜぇ。娘を奪われたくないから農具を砥ぎまくっていて、見てるこっちがおっかなく思うくらいによ」

 

 勾導の言葉にメイジはハッとなる。しまった。こいつらに構い過ぎて今の自分の背後は隙だらけだ。風の流れを読むことも忘れていた。背中に冷たいものが流れる。

 勾導が合図を出した。

「今だァッッ!! 頭をカチ割ってやれェェェッッッ!!!」

(ヤラれた! ヤラれた!! ヤラれた!!!)

 その言葉にメイジは体ごと後ろを向け、杖を突き付ける。

 

 だが、そこには誰もおらず、闇が広がるのみだった。

 

「騙されてくれて、ありがとう」

 

 両腕を封じられた状態で勾導はメイジに駆け寄り、跳び上がる。両足をメイジの肩に乗せて肩車の状態になった次の瞬間、上半身を後方へ一気に振り、その勢いのままメイジの体を後方へ猛スピードで投げ飛ばした。

 フランケンシュタイナー。

 それは90年代初頭、アメリカマットに彗星の如く現れ、瞬く間に世界的で流行した大技だ。

 パワーボム系の技を切り返す際に使われるウラカン・ラナ・インベルティダとよく混同されるが、丸めこむ事が主体の後者とは違い、この技は相手を脳天から叩きつける為、一発で形勢逆転ができる意味合いが強い。

 多くの軽量級のレスラーはもちろんの事、『天才(ナチュラルボーンマスター)』と讃えられた日本歴代最高峰のレスラーも華麗に使いこなし、『ジュニアの象徴』と称されたレスラーはコーナートップから仕掛ける『雪崩式』を開発した。

 その技を勾導は後方から仕掛け、そのまま強引に技をかけるという破天荒な手段を用いた。いわゆるリバース・フランケンシュタイナーだ。

 それをまともに喰らったメイジは、後頭部を地面にまともに打ちつけたうえ、体勢的に受け身不可能の技の為頸椎を痛めてしまう。

「タバサ、パスっ!」

 メイジが呻いている隙を突き、勾導はタバサの杖を蹴っ飛ばして彼女に渡す。それを見届けると、再びメイジに体を向けた。足元がおぼつかないながらも、奴は立ち上がり勾導へ敵意全開で睨みつけていた。

「野郎……。ふざけた真似をしやがって……」

 杖を突き付けるが、勾導にはどこ吹く風だ。

「もういい加減に降参したら? 痛い目に遭うのはそっちなんだから」

 そう挑発すると、メイジは激昂する。意味をなさない叫びを上げながら呪文を唱えた。

「しゃあないか」

 そう呟くと同時に勾導の瞳と背中が赤く輝く。ルーンが発動したのだ。それと同時に魔法を避けると、勾導は倍増した力を持ってロープを引き千切る。

「なんだとぉ!?」

 メイジが驚くのをよそに、勾導は一気に近付くと逆水平チョップを放った。このチョップの海外での呼び名は『ナイフエッジ・チョップ』であるが、ルーンの力で倍増されたそれはもはやナイフではなく、刀だった。その刀身が狙った部位は首、それも喉。一瞬首から上が吹き飛んだと錯覚したほどのそれは、メイジの声帯を潰し、その圧撃により意識を遮断させた。

 だが、攻撃はこれで終わりではなかった。

 勾導は気絶したメイジの体を後ろから掴むと、青のルーンを発動。その跳躍力をもって高く跳んだ。5メイルほどの高さになったその時、勾導はメイジを投げっぱなしジャーマンで勢いよく投げ飛ばした。

「合わせろッ! タバサぁッッ!!」

 地に向かって落下するメイジのその先には、拘束を解き杖を手にしたタバサがいた。

「『ウインド・ブレイク』」

 父を馬鹿にされた事に対する怒りの形相を浮かべながら放たれた風の一撃は、追い打ちに放たれた勾導のダイビングエルボードロップとほぼ同時に、戦闘継続力を失ったもはや無抵抗のメイジに上下サンドイッチの形でぶち当たった。

「きゅい、お兄さまとお姉さま、息ぴったりなのね! かっこいいのね!」

 シルフィードが大はしゃぎで感嘆するほどに、見事なツープラトン攻撃だった。

 一方、地面に放置されたマキシドゥームスは、勾導に浮かんだルーンの光を見て、

「……やはり、か」

 そう何かを確信したかのように静かに呟いた。

 

 メイジが戦闘不能になったのを確認した勾導は、タバサ達に近付くと、タバサの目の前に手のひらを向けた。

「……?」

 だが、タバサは意味が分からないのか、首を傾ける。

「ハイタッチだよ、ハイタッチ」

 勾導はそう言うが、彼女は未だにクエスチョンマークを浮かべた状態だった。ハルケギニアにはハイタッチの習慣がないのか、と勾導は思うと簡単に説明した。

「オレらの世界じゃあ二人で協力して何かを達成した時は、それを祝う為に互いの手のひらを軽く音が出るくらい叩くんだよ。オレら、初めて連携したんだからやろうぜ」

 それを聞いたタバサは少し考えた後、どこか恥ずかしそうにゆっくりと手のひらを向けた。それを見て勾導は笑みを浮かべる。

「うっしゃ」

 双月が重なった夜空にパンッ、と互いの手のひらの接触音が爽やかに響き渡った。

 

 

「……二千年ぶりに『ギャラルホルン』に出会えるとは、な。するとあの娘が奴の当代の主か……。おまけに韻竜も側にいるとは、なんとも奇妙な巡り合わせよ。『四の四』と『終局者』……。これにより世界は再び混沌に包まれるか……。やがて、その渦の向こう最後に残る結末はこれまでの常道通り『犠牲を伴った死にいく安寧』か、それとも……」

 二人の主従の姿を見ていたインテリジェンスガントレットはどこか懐かしく、そして悲しげに呟いた。

 

 

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