Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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 好き勝手絶頂にやっちゃいました……。


29.5: Immigrant Song

 ここに一冊の書物がある。

 『備後元文八岐瀬始末録』と呼ばれるこの書物は江戸時代中期元文四年(1739年)に当時の中国地方の山岳地帯をテリトリーにしていた漂泊民族『八岐瀬(ヤマタセ)』に対して行われた一斉掃滅事業とその顛末について記されたものだ。

 

 この記録について語る前に、『彼ら』 ―八岐瀬― について語ろうと思う。

 彼らの発祥地は現在の島根県斐伊川上流といわれ、歴史上に初めて登場するのは平安時代前期に記された当時の地方風俗を紹介した書物の中で、その中では『八岐背』と書かれている。

 『八岐背』という名と発祥地から察するに『古事記』『日本書紀』に登場する日本最古最大の怪物『八岐大蛇』となんらかの関係があると思われる。『八岐大蛇』とは日本神話に登場する八つの蛇頭を持った巨大な怪物だが、実際は当時の出雲地方に存在した製鉄鍛造文化とそれを扱った者達の紹介だの、氾濫した斐伊川の治水事業の暗示だのと言われているが、彼らはどちらかといったら前者に近い。

 彼らは、他の漂泊民族と同様に山の中を転々と移動し時折近隣の村々で獣の毛皮や木工細工などを売って銭を稼ぐところは変わらなかったが、他にも売っていたものがあった。

 それは、刀剣や包丁といった刃物だった。テリトリーにしている山中の何か所かにたたら場があったのか、いやそれ以前になぜ一介の漂泊民族が鍛造などという高度な技術を扱っていたのか。現在も多くの謎があるが、分かっているのは彼らの鍛造技術はずば抜けており、古くは『朝敵』藤原純友が、近世では新撰組隊士の吉村貫一郎が八岐瀬の造った刀を愛用していたと伝えられ、名刀『童子切安綱』の作者である安綱は元々『八岐瀬』の者であるとの仮説を上げる研究者もいる。

 その事から、『八岐瀬』は古代製鉄民族の末裔である事は間違いないだろう。彼らは古代、いや神代より今の時代の製鉄技術に匹敵する、まさに『そこにあり得ない事象(オーパーツ)』そのものの技術を脈々と受け継いできたのだ。

 

 では、なぜ彼ら―『八岐瀬』が江戸時代中期という『徳川二百余十年の治世(ミラクルピース)』の恩恵を深く受けたであろう時期に体制側に攻め込まれてしまう事になってしまったのか、『備後元文八岐瀬始末録』にはその理由は記されていない。いや、正確には記されていたのだが、その部分は濃く太い墨で塗り潰されていた。なにか『藩側に不都合な事実』が書かれていたので後日潰されたのだろうか、今となっては分からない。

 しかし、諸藩は八岐瀬を掃滅する事に本気だったようで、ほんの四百人の集団(それでも漂泊民族としては大規模である)に対して正規軍を向かわせたのだ。

 はじめは八岐瀬が根城としていた山岳が所領内にあった備後国と出雲国の各藩が中心になって兵を出した。その数は二千。

 たかが漂泊民族を潰すのに多勢ではないか。誰もがそう感じるだろう。だが、この第一軍の戦況報告には信じがたい事が書かれていた。

 

 

 『一夜の内に総数二千のうち五百が討ち取られ、八百が重傷ないし戦線復帰不可能な状態にされた』

 と。

 

 この非常事態に藩軍は一旦撤退した。そして、第二次掃滅作戦を立ち上げると、より多くの兵数を組織し、さらに周辺の各藩に応援を頼んだのだ。

 

 何度か増援を繰り返し最終的に動員された兵の総数は、八万。

 

 この動員数は『幕末以前最後の内戦』と呼ばれる島原の乱に次ぐ規模であり、泰平の世になっていた当時の背景からすると異例で、それは『大戦』となんら変わりが無かった。

 装備も鉄砲は勿論の事だが、大砲を数門も持ち込んでいた。さらには、今の時代でも重罪である『山焼き』すら実行した。もう、なりふり構っていなかったのだ。

 それらの策を実行した結果、さすがの『八岐瀬』の戦闘部隊も次々と倒れていった。

 だが、彼らは諦めなかった。『八岐瀬』を束ねる長は残存戦力を一点に集中し、敵本陣に特攻。数多の仲間の屍を踏み越えて振りかぶった刃は、藩連合軍の指揮責任者の命を刈り取った。

 さらに、同時期に鳥取藩で大規模な百姓一揆が発生した為、この戦に参加していた近隣諸藩は自分達の藩に一揆が飛び火する事を恐れ、そちらに力を入れざるを得なくなった為、なし崩し的にこの一大『戦争』はあっさりと終結した。

 

 この作戦に従事した藩軍の被害は以下の通りである。

 

 死者  一万八千余

 重傷・重体者  四万五千余(うち再起不能三万余)

 

 なお、『八岐瀬』が被った被害は明らかになっていないが、少なくとも非戦闘員含め三百人強が犠牲になったといわれ、結果的に体制側の目論見通り弱体化した彼らがこれ以降歴史の表舞台に現れた事は現在までない。

 

 最後に、『備後元文八岐瀬始末録』はこう締めくくられている。

 

 

『八岐瀬にはゆめゆめ手を出すべからず 『ヨビコミ』をした奴らは人に非ず 天魔なり』

 

 

 

 参考文献 民明書房刊『驚愕の暗黒歴史秘話ヒストリア』

 

 

 

 

 H県F郡のとある村。

 山陽と山陰の境界にある二百~五百メートル級の低い山で構成された中国山地に連なる山々の隙間を縫うように国道が日本海まで延びており、その道沿いにはぽつぽつと集落が形成されている。

 人口は二千人弱。うち、一番多い年齢層は五十代から六十代で、人口も年々減少しているという絵に描いたような日本の過疎集落のモデルケースだ。なお、その影響から近いうち近隣町村と共に隣にある市へ対等合併される予定だ。

 そんな『よくある』村に今回の目的の人物がいた。山腹の側に水田地帯が広がっている中、ぽつんと一軒の家があった。その家はなにか商売をやっているようで、一階の一部スペースに店舗が併設されている。家の側には小さな立て看板があり、『金物販売・中古図書売買 七瀬商店』と書かれていた。

 扉を開け店の中に入ると棚の中に包丁やハサミなどの生活金物が陳列され、どれも美しい輝きを放っており、奥の方には、刀剣が飾られており、側に『お客様のご要望通りに拵えます(要予約)』と張り紙が貼られている。

 店の隅のスペースには本棚が設置されている。どれも年代物の古書ばかりで、漱石や芥川をはじめとした近代の有名小説の初版本に岡本一平や阪本牙城、田川水泡などの戦前・戦中漫画家の本やカット絵が並んでいた。

 それらの商品を眺めていると、店舗の奥から声をかけられた。

「お客さんですかな?」

 暖簾を潜って現れたのは七十代の男性だった。背は百五十センチ半ばだが年の割に腰は真っ直ぐ伸びており、身に纏った作務衣の袖から覗かせる腕は老人とは思えないほどに太かった。髪は綺麗に剃り落とし、太い皺の刻まれたその顔つきは柔らかく、温和な印象を私に与えた。

「いえ、先日取材のお約束をした――です」

「はぁはぁ、あの電話の。よう来なさった。ささ、上がってください」

「はい。……本当に教えていただけるのですね? 『八岐瀬』の秘奥『ヨビコミ』について……」

 そう言った瞬間だった。先を歩く老人の背から巨大な圧力が放たれ、私はそれに押しつぶされる感覚に襲われた為、反射的に尻もちをついてしまった。

「……そう焦りんさんな。ちゃんと話しますから」

 そう言って座り込んだままの私に振り向いた老人の表情は温和なままであったが、その目からは強烈な威圧を感じられた。

 

 七瀬元想

 

 それがこの老人の名であり、伝説の漂泊民族『八岐瀬』の血を継ぐ者の一人だった。

 

 

 

「短刀直入に言いますが、『ヨビコミ』は基本的に誰でも出来る(・・・・・・)技術に過ぎないです」

 居間に案内されて取材用レコーダーを机の上に出してオンにした直後、老人は開口一番にそう言ってのけた。

「『トランス』でしたかな? 最近の若いもんがよく言ってるじゃないですか。『ヨビコミ』はあれに近いんですよ」

 元想老人はそう言いながら私にお茶の入った湯呑を差し出す。

「よその国の祈祷師なんかが神や精霊を降ろすとか言って自分の身体を傷つけて強制的に自己意識を高揚させたり、マラソンのランナーが走行中に快感を得るランナーズハイも『ヨビコミ』の親戚の様なもんです。……ただ違うのは、あれらが意識を外に外に飛んで行かせるのに対し、『ヨビコミ』は自分の内に内に潜っていくんですよ。深く、深く自分の脳の奥に潜っていくイメージを作りながら。……そして、脳の奥にいるモノに出会うんですよ」

「脳の奥にいるモノ?」

「そう。人や獣。それの姿形は人それぞれなんですが、確実にいるんですよ。……それに自身の身体を貸し与えるんですよ」

「貸し与える?」

「はい。そいつに身体を貸し与え、自己意識を可能な限り宙に離すことで普段縛られ繋がれた肉体の枷を解き放つ事ができ、人の限界を超えた力を発揮できるようになるんです」

「なるほど。ここまで聞いていますと、『ヨビコミ』とは人間の潜在能力を引き出すいわゆる『火事場のクソ力』を自力で発動できる能力のようですね。トランス高揚とは別種の脳内麻薬を分泌することで『ヨビコミ』ができる、と」

 私がそう言うと、老人は笑みを浮かべる。

「まぁ、並みの人間がやる『ヨビコミ』はそれが限度ですがね。『八岐瀬』、特に長の血を継ぐ者の使う『ヨビコミ』は別物ですよ」

 突如、老人は自ら本題の芯に触れてきたのだ。その言葉に私の背につうっと汗が薄く流れたのを感じた。

「……それは、『備後元文八岐瀬始末録』に記されているような『天魔の如き』力を発揮できるという意味でですか?」

 老人は少し躊躇いつつも首を縦に振った。

「まぁ、そうかと問われればそうなのですが……。いえね、根本が違うのですよ。普通の『ヨビコミ』はあくまでも潜在能力の解放のみですが、『八岐瀬』の『ヨビコミ』はそれと同時に……」

 老人は話を一度区切り、二、三秒おいて再び口を開いた。

 

 

「人体を構成する際、優れているのに『不要』と判断された劣性遺伝情報を強制的に覚醒させることによって、自らの肉体をその遺伝情報に沿ったものに変容させることができるのですよ」

 

 

 今風の言葉で説明するとこんな感じですかね、と老人は付け加えたが、『ヨビコミ』の真実を知り戦慄していた私には届く事がなかった。

 

「ところで……」

 老人はそう言ってある物を取り出した。

 それは、漫画の単行本だった。『M○R』という、UFOや超能力、さらには超古代文明の謎に迫るという内容の『事実を元にしたフィクション』の作品だ。

 とりわけ、発表時期がノストラダムスの大予言ブームをはじめカルト宗教だの作られた歌姫ブームだのと末法全開の九十年代真っただ中なので、あの手この手の剛速球推論をぶち上げて『人類は滅亡する』と煽って純粋な少年少女を震え上がらせ、問題の一九九九年が何事もなく終わると晴れて真の意味での超A級トンデモ漫画に認定された稀代の傑作であり奇作だ。

「『今となったら『BO○S BE…』の方がタメになるわ!!』とか何とか言って孫がここに置いて行ったんですが、この中のある話に『ヨビコミ』の骨子が載っていたんですよ」

 そういって彼はあるページを私に見せた。

 

「『ジャンクDNA』……」

 

 そのページに書かれた名称を私は呟きながら思考した。

 『ジャンクDNA』とはなにか。それを簡単に説明すると、ゲノム解析の際に発見された既存の遺伝子との相同性がなく、塩基配列も変異などがあるため正常に動作しない等の理由で『調べるのも無駄』と断じられ、ガラクタ(ジャンク)呼ばわりされた未解明の遺伝子領域である。

 だが、このジャンクDNAはただのジャンクではない。この中には、人類進化の過程において優れた情報でありながら『人間』を構成する為にあえて不要と断じられた遺伝情報が数え切れないほどに眠っている。

 そもそも、ヒトゲノムのおよそ九七パーセントはジャンクで、人間はそれ以外の三パーセントで構成されているのだ。

 早い話、その九七パーセントのジャンクの中に人知を超える力を秘めた遺伝情報が眠っていても不思議ではないのだ。

「ところで」

 元想老人が話し出す。

「あなたは『八岐瀬』をはじめとした『山の民』を構成する者の素性をご存じですか?」

 その問いかけに私は答えた。

「主に古代に起きた権力闘争に敗れ山に逃れた集団に、海の向こうから渡来した人々や市井に馴染めない者達が合流していった事によりできた独自のコミュニティですよね?」

「はい。その中でも『八岐瀬』は神代より続いてきた集団です。その長い歴史の中、数多くの外界より訪れた者達と交わり、その技術と力を継承してきました。そして、その中には『稀人』もいました」

「『稀人』?」

 新たに出てきた言葉に私は思わず聞き返した。

「人ならざる存在。いわゆる妖怪や不順国神(まつろわぬくにつかみ)と呼ばれる存在です」

 私は思わず『そんなモノいるわけない』と否定しようとした。が、老人の目は嘘をついている様に見えず、私は口を噤んでしまった。

 そんな私の様子に気付いているのかいないのか、老人は話を続ける。

「時折山の中に現れた彼らと『八岐瀬』は交わる事でその遺伝情報を取り込み、『ヨビコミ』の際にその力を顕現させる事ができるようになったのです。それは幾代の隔たりをおいて何度か繰り返された事で『八岐瀬』は人でありながら人ならざる力を発動できるようになれたのです。やがて、その中で強く『稀人』の力を『喚び込む』事の出来た者が『八岐瀬』の長―『乱裁(あやたち)』となったのです」

 

『乱裁』の名は私も知っている。

 

乱裁道宗(あやたちみちむね)』またの名を『乱波道宗』。

 

 戦国時代、中国・丹波地方を中心に暗躍した忍である一方で、その名は『山の民』達を統べる長としても知られている。一説では中国地方を掌握した毛利家と協力関係を結び、畿内一帯を制圧し終え侵攻を開始した織田家の暗部軍団と血で血を洗う闘争を繰り広げたと伝えられている。

 

 そんな歴史の裏に隠れた人物の名を聞いた私は、はやる心を押さえながら老人の次の言葉を待った。

「先の掃滅作戦で多くの仲間を失った事や様々な事情により現在『乱裁』の正当な血を引き継いでいるのはわしらの一族だけで、倒幕と開国という大きな歴史の転換を機に当時の『乱裁』であったわしの祖父は『八岐瀬』から抜け、市井の一人となったのです」

「なぜです?」

「生前に一度だけ聞いてみたのですが、笑ってはぐらかされました。ただ一言『これから襲ってくる大波には抗えないと悟ったんだよ』とだけ言って……」

 開国後、『富国強兵』の名の下に実行された生活様式の西洋化や山を切り出し海を埋めて行った産業拡充政策、果ては列強との戦争。きっと当時の『乱裁』は身に宿した『人ならざる力』をもって知ったのだろう。天然万理の常が大きく変容し漂泊の民の居場所が消えていく事を。私はそう思案した。

「勿論、他の『八岐瀬』たちは反対しました。何千年も同じような生活を行っていたもだから市井に混じるなんて出来るわけがない等と言って。そこで彼らは何度も話しあい、ある約定を定めたのです」

「約定?」

「一つは、『ヨビコミ』と鍛造技術以外の『八岐瀬』に伝わる秘奥を二度と使わず且つ伝承しないよう捨て去る事。二つ目は、『八岐瀬』の本拠及び山中巡回ルートは絶対に他人には教えない事。そして、第三が『乱裁』の資質を絶やさぬ為、数えで十歳を迎えた長子、状況によって二子は『ヨビコミ』を使えるようになる為に、ある儀式を受ける事。この三つが未だに山に残る者たちとの約定です」

「その儀式の内容はどんなものですか?」

「『八岐瀬』の事に関わるので詳しくは言えませんが……。その儀式は肉体的かつ精神的に追い詰められ極限状態に陥る事で己の内に眠る存在と出会いジャンクDNAを覚醒させる事で『ヨビコミ』を会得するのです」

「ちょっと待ってください」

 老人の言葉に納得できない部分があった私は思わず手を上げた。

「二つの約定は納得できます。太古の時代から続いている集団から抜けるというのなら、それ相応の『けじめ』をとらないといけないですから。しかし、なぜ抜けたというのに彼らは『乱裁』にすがり、あまつさえ実質となんら関係のない子供をも危険な目に遭わせないといけないのですか?」

「……この儀式は『ヨビコミ』を使えるようになるのと別に、もう一つ大きな目的があるのです」

 突然、老人が話を変える。

「初めて『ヨビコミ』を行使する者―『依り代』の種類を見分けるのです。『ヨビコミ』を行った時、脳内で出会うモノは人それぞれですが、『乱裁』の血筋に宿るそれはいずれも強大な力を引き出す存在なので、『依り代』はそれをうまく制御しなくてはならないのです。その『依り代』には三つの種類があります」

 老人は指を一本立て、話を続ける。

「一つは『ヨビコミ』を行使した時、内に眠る存在を己の意思で制御できる者。過去多くの『乱裁』をはじめ、わしや息子はこれに当てはまります。ただし、この『ヨビコミ』は『依り代の素質に合わせて発揮されるもの』で、ある意味デチューンされたものなのです。そのため本来の五十、よくて七十パーセントの力しか発揮できません」

 続けて、二本目を立てた。

「次に、内に眠るソレが強大且つ『ヨビコミ』の際に覚醒させるジャンクDNAも神代にゆかりのある稀人の物で、それを己の意思で制御しつつ同調させる事によって百パーセント以上の力を発揮できる者。三百年に一人現れるかどうかだったらしく、それを『八岐瀬』の言葉で『シルガヒ』―『我らを導く風』と呼んでいます。『シルガヒ』は、その力を発揮する為なのか人間離れした身体能力を持っており、近年ではわしの兄がそれでした」

「そうですか。ところで、そのお兄様は現在なにをされているのですか?」

「……あの戦争に出征し、二度とこの地へ帰ってきませんでした」

「……すみません」

「いえ、気になさらないでください。……この儀式は『シルガヒ』を探す一面もあります。彼ら……、山に残り、今だに同じ営みを繰り返す彼らにとって、『乱裁』、それも『シルガヒ』は希望なのです。神代より『シルガヒ』は様々な脅威に立ち向かい、打倒してきたのもあって神聖視されているのです。『仮に明日世界の終わりが訪れてもきっと『シルガヒ』は自分達を救ってくれる。そして自由を行使できるようにする』。そう信じられているのです。それが百年も昔に彼らから抜け、『七瀬』と名を変えた裏切り者且つ抜け殻のようなわしらであっても……。

 

 

 彼らは見ているのです。今この時も(・・・・・)

 

 そう言って老人が窓の外を指差す。私はその指先を目で追い、視界に入ったものにぎょっとなった。

 窓越しに映っていたのは、空はまだ明るいのに、真っ黒に塗りつぶしたようにそびえ立つ山々。そして、古めかしい外套を羽織り天狗の面を付けた存在をはじめとした様々な面被りの一団がじっとこちらを見つめていた。

 老人はそれに気にする素振りを見せず、三本目の指を立て、低い声で発した。

「最後に、『シルガヒ』と同様に強力な『ヨビコミ』ができるものの、内に眠る存在を制御できず、身体を乗っ取られ自己の意識が浸食されてしまう者がいます。乗っ取られると最後、狂気という狂気に染まり、残虐な暴力衝動のまま動き、それが満たされるまで破壊と殺戮の限りを繰り広げるのです。我々はそれを『マガイツ』―『狂いし災嵐』と呼んでいます」

「『マガイツ』……」

「はい……。付け加えると、次代の乱裁は『マガイツ』です。実際、あいつは望む望まないを別にして何度も『ヨビコミ』を行い、取り返しのつかない事を繰り返しています」

「……いったい、何者なのですか? 『次代の乱裁』、いえ『マガイツ』は?」

 

 

 

 

「孫の勾導です」

 

 

 老人は弱々しい口ぶりでそう言った。

 

 

 

 曙蓬莱新聞社理事長 盛田慎之介氏の取材メモより抜粋

 

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