Snow wind & Temerity heart VS The world 作:Phidias
結局このあと授業は中止となり、午前中の残りの時間は自習となった。実際は自習とは名ばかりで、生徒たちは広場で談笑をするなどをして昼食の時間まで過ごしていた。
昼食の時間になった。勾導はタバサと別れた後厨房に入るため裏口に回る。ふと、ある事を思った。
(賄いに出たのシチューだったよな。貴族が食ってたのにローストチキンもあったし。ってことは結構地球と同じような料理が他にもあるかも)
そんな事を考えてると脳裏を強烈なイメージが襲う。
――ラーメンが喰いてぇ。天一の大盛りこってりラーメンが喰いてぇ。ネギを大量に乗っけて、ニンニクが多めに入った一杯を喰いてぇ。そんでもって麺をある程度平らげたら注文したライスを残ったスープにぶち込んで雑炊にしたヤツを思いっきり口ん中に掻き込みてぇ。つうか、天一といったらこってり雑炊だろ。これを喰わなかったら天一通う意味ねえし。あぁ、マジで喰いたくなってきた。でも、さすがに、ってかぜってぇラーメンないよな、ここ。
発作を発症した一匹の天一ジャンキーが壁に手を当てながら悶々としていると背後から声をかけられる。振り向くと、メイドの服装をした少女がいた。黒髪をカチューシャでまとめて、そばかすのあるあどけなく健康的な少女だ。タバサとは別のベクトルの可愛らしさがった。例えるなら、丁寧に手入れをして加工をされた生花ではなく、自然の中に静かに咲く野花のような可憐さだった。
「あの、どうされたのですか?」
その少女の可愛らしい澄んだ声によって、勾導の背中に電撃が走った。
少女の声を勾導は脳内に記憶された様々な声優の声に当てはめて分析にかける。瞬時に結果が出た。
――ほっちゃんの声にそっくりだッッッ! デビュー当初から声を聞いているんだッ! 昔結構な金をはたいて、ほっちゃんが出てるコンビニの研修ビデオも手に入れたんだッッ! 間違えるワケがねぇッッッ!!
全身の毛穴が開き、汗がどどっと垂れる。息が思わず荒くなる。磁石に引きつかれたように思わず彼女に声をかけた。
「あのっ」
「はい?」
何度も大きく深呼吸をし、自分を落ち着ける。そして、
「『○ルチ、がんばりますっ』って言ってもらえませんか? 加えて「はわわ~」って言ってもらうとマジで嬉しいです」
恥も外聞もなく、アレな要求をした。正直、書いてて『ヒデぇなぁ』と呆れている。本当に。
「え?」
メイドの少女もどういう事か分からず、顔にクエスチョンマークを浮かべている。そもそも、初対面の人間に、声の似た声優が演じたキャラのマネを要求する時点で頭が湧いている。
「もしくはこの間はじまったラジオみたく『あなたのハートにエンジェルビーム』って言ってくださいっっ!! マジでお願いします!! なんならお金払います!! 二万円までなら出します!!」
「え? あ、あの、落ち着いてくださいっ」
怯えながらも、メイドの少女は目の前の変人に冷静になるよう話しかける。その様子を見て、勾導も平静を取り戻した。
「あ、ああ……。ゴメン、君の声がオレの知っている人にそっくりだったもんで……。君もアレ? その格好からしてオレと同じ平民?」
未だにバクついている胸の鼓動を押し殺しながら、勾導は尋ねた。
「はい、私も平民です。貴族の方々のお世話をするために、ここでご奉公させていただいています。 あなた、もしかしてミス・タバサの使い魔になったっていう……」
「知ってんの?」
「はい、全身黒づくめで、もう一人の使い魔の方のためにミス・ヴァリエールに啖呵を切ったと。私は、その時別の用事で食堂にいなかったので後で聞いたのですが、厨房は話題で持ちきりでしたよ。」
「そうなんだ……。あ、オレの名前は七瀬勾導。言いづらかったら勾導でいいよ」
「変わったお名前ですね……。私はシエスタといいます。っ、あのっ」
ふと、シエスタと名乗った少女は勾導の顔をよく見た瞬間、ハッとなった。まるで懐かしいものをみたかのように。
「どったの?」
「あ、いえ……。ちょっと見間違えただけです」
シエスタは何かを否定するよう、寂しそうに首を振った。
その後、勾導は5分ほどシエスタと談笑をした。この魔法学院についての情報収集を色々得るというのが目的だが、『大ファンの女性声優そっくりの声をした可愛いメイドさんと一緒に会話するという最高のシチュエーションを味わいたい』という邪な気持ちがあった。なんとなく、最近出店し始めたメイド喫茶とかコスプレ喫茶にハマるヤツの気持ちを勾導は分かったような気がした。
厨房に入った勾導は、賄いが出来上がるまで使い終わった食器を洗っていた。なにもせず食事を摂るのはさすがにマズいと思ったからだ。次々と使い終わった食器がやってくるが、テンポよく一枚ずつ確実に片付けていく。その手際のよさに下っ端のコック達から感嘆の声が漏れる。
「兄ちゃん、皿洗いの方法も学校で教えてもらったのか?」
「バイト先のファミレスだよ」
「ファミレス? なんだいそれは?」
「あー、それはね……」
そんな会話をしていると、後ろのほうで聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。振り返ると、そこには才人がおり、シエスタから賄いのシチューを皿に盛り付けてもらっていた。
「よお、才人」
「勾導、何やってんだよ」
「皿洗い。見りゃ分かんだろ。で、ご主人様の許可をもらったからここに来たのか?」
勾導がそう尋ねると才人は顔をゆがめた。
「逆だよ。ご飯抜きって言われた」
「どうして?」
「掃除の間あいつをからかってみたら何も言わなかったんで食堂に着くまで色々言ったらやりすぎた」
才人はシチューを食べながら答える。
「お前が悪いのかよ……。まっ、これからはちょっかい掛けるのほどほどにしとけよ」
仕事を終えて才人の隣に座った勾導はその答えに呆れた一方、シエスタは唖然とした表情をしていた。
「貴族さまにそんな事をするなんて勇気がありますわね……」
「なーにが貴族だよ。たかが魔法が使えるぐらいで威張りやがって。ゼロのルイズのくせに」
ぶつぶつ言いながらシチューにがっつく才人を見つめながら勾導はシチューを食べる。
そして思った。こいつもオレみたいに自分からトラブルに飛び込むところがあるな、と。
勾導が食事を終えたちょうどその時、厨房の奥から若い見習いのコックが出てきた。包丁を持っており、どこか困った顔をしている。
「親方ぁ。包丁がまた切れなくなりました」
「ハァ!? 三日前、土メイジに頼んで全部の包丁を切れるようにしてもらっただろ!」
「それがもう使えなくなったんですよ……。親方、自分達で砥ぎますので」
「しかしよ……。メイジがやってそれなんだから俺たちがやってもなぁ……」
「オレがなんとかしよっか?」
困り顔のマルトー達の前に、スプーンを咥えながら勾導が手を上げた。
「砥ぎには自信があるからさ。任せてくんない?」
「坊主、ありがたいんだがメイジがやって駄目なものを平民がやってもよ……」
「これ? あと砥石を貸して」
マルトーを無視し、勾導は見習いから砥石を奪い取り、テーブルの上で包丁を研ぎ始めた。
いつものダラけた眼つきはいつの間にか鋭くなり、手先に全神経を集中させている。才人とシエスタは勾導に声をかけようとしたが、先ほどとは全く違う様子に戸惑い、見守る事しかできなかった。
なにかなにかと周りのコック達も近付いて勾導の様子を見る。その様子に彼らも黙り込んだ。厨房の一角は規律正しく包丁を研ぐ音だけが響く。それを聞くとどこか安らげる、とてもきれいな音だった。
5分ほど経った。
「ふう、こんなもんか。おっちゃん。使ってみてよ」
額に吹き出た汗を拭いながら勾導は砥いだばかりの包丁をマルトーに手渡す。それをマルトーは用意した堅い根菜に当てる。ほんのわずかな力をかけるだけで根菜は真っ二つになった。切った手ごたえすらなく、ただ気付いたら切れていたとしか言いようがなかった。
「すごいぞ! 切れ味が滅茶苦茶上がってる!! この切れ味、料理人になって一番の代物だ!!」
マルトーの素っ頓狂な驚きに合わせ、シエスタをはじめ周りのコック達も歓声を上げた。マルトーは勾導の肩を組む。
「坊主、お前は凄いヤツだ。これもお前の国の学校で教えてもらう事なのか?」
「いんや。これはオレの親父と爺さんから叩き込まれた『技術』の一つだよ。『先祖代々伝えられた事だからお前にも教えないといけない』とか抜かしてガキの頃から刀鍛冶の真似事やらされたり山の中に放り出されて強制サバイバルやらされたり……。うわ、改めて考えるとムチャクチャだな。オレの親たち」
「そ、そうか……。とはいえ、俺は今感動しているぞ。砥ぐだけで大抵のメイジでは造れないほどの切れ味の包丁を仕立てるなんて初めて見たからよ」
「なんだか分からないけど、すごいよ勾導!」
「そうですよ。コウドウさん、すごいですよ! 平民なのに貴族以上の事をやってしまうなんて」
シエスタに誉められて勾導は気分が良くなった。むさいオッサン連中に誉められるよりは、かわいい女の子に『スゴい』とか『カッコいい』と言われる方がいいのは男として当然の事だ。
「そんなもんかな……。そうだ、切れ味の悪い包丁全部持ってきてよ。チャッチャと砥ぐからさ」
「いいのか? 坊主」
「これからもうまいメシ食わせてもらうんだ。こんくらいはやらせてよ」
「こいつめっ。それじゃあ頼むぞ、坊主! おいシエスタ、そろそろ仕事に戻れ! デザートの配膳があるぞ!」
勾導が頼まれた包丁を全て砥ぎ終えてタバサのもとに行こうとした時、食堂が急に慌ただしくなった。 才人がシエスタと一緒にデザートを運びに行ったことを思い出した勾導は、なにがあったのかを2人に聞くために食堂に向かう。すぐにその理由が分かった。
「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」
「おもしれぇ」
キザったらしい金髪の巻き髪をした美少年に薔薇を突き付けられて、歯をむき出しにして威嚇する才人の姿だった。
更に2、3言葉を交わした後、少年は取り巻きの友人達を連れて食堂を出て行った。それを見計らって勾導は才人に近付く。と、シエスタが青い顔をして逃げるように食堂を出て行った。
「お前何やってんだ」
「あんた! 何してんのよ! 見てたわよ!!」
勾導と同じタイミングでルイズが現れる。さらに、
「彼がギーシュと決闘をすることになった」
その後ろからタバサが近付いてきて勾導に何があったのか教えた。ギーシュとは金髪の少年のことだろう。勾導はため息をついた。
「で、才人。お前、なんか格闘技やってて勝てる自信があるから喧嘩買ったんだよな? 何やってるんだ? 空手か? 柔道か? 修斗か?」
「いや、なにも」
「はぁっ? 大丈夫かよ……」
「多分……」
才人の答えに勾導は本日2回目の呆れ顔を見せた。その才人の答えを聞いた少女2人は結論を出す。
「謝っちゃいなさいよ。ちゃんと謝ればギーシュは許してくれるわ」
「怪我だけじゃすまない」
「ふざけんな! なんで俺が謝らなくちゃいけないんだよっ!! 先に馬鹿にしてきたのは向こうなんだぞっ!! 第一、そんなのやってみなくちゃわかんねぇだろっ!!」
才人はそう叫び、決闘の場所に向かうため外に飛び出した。ルイズもその後を追い、同じように周りの生徒もぞろぞろと出て行こうとした。皆、決闘を見にいくのだろう。暇人どもが、と勾導は呟く。
「なんかすごいことになったわね」
キュルケが近付いてきた。周りの生徒と同じように、好奇心が顔から溢れ出んばかりだ。
「ルイズの使い魔の子、勇気あるわね。ギーシュってドットだけど平民より強いわよ」
「あー、キュルケ。金髪ヤローの得意な魔法を教えてくれない?」
不意に、勾導が尋ねた。
「どうして?」
「最悪、オレが助太刀しないといけないと思うからさ」
勾導の答えにキュルケとタバサは面食らった。
「あなた何言ってるの? 平民は決してメイジに敵わないのよ!」
キュルケが考えを改めるよう勾導に迫り、
「危険。あなたもただじゃ済まない」
タバサも珍しく、焦った調子で勾導を諌めた。
「ギーシュだっけ?あいつの魔法次第だけど、正攻法でいけばオレは負けるだろうな。だから、武器を使う」
2人はきょとんとなる。
「武器? あなた武器を持ってたの? それとも学院の衛兵から借りるの?」
キュルケの問いに勾導は首を横に振り、
「ちげぇよ。オレが今持ってて且つ、信頼してる武器ってのはな」
自らの頭と体を指差しながら、告白するように言った。
「ここと、ここ。そして舞台、環境に対戦相手、果ては
主人とその友人に向かい、
「『プロレス』、だよ」
強烈で獰猛な笑みを見せ付けた。
勾導たちが決闘の場所である中庭の広場にたどり着くと、観客の生徒たちの歓声で溢れかえっていた。
3人が人垣を乗り越えて見たものは、無傷のまま薔薇を口で咥えてポーズをつけたギーシュと彼の魔法だろうか、青銅製の甲冑を纏った2メートルほどの女戦士の人形。その人形の足元には――
文字通りボロ雑巾のようにボロボロになった才人が人形に顔を踏みつけられていた。
左の瞼は腫れあがり鼻は折られて血が止まらない。歯も何本か欠けている。右腕があらぬ方向へ曲がり、何本か肋骨がイカれたのだろう。呼吸をするのもしんどそうだった。
勾導は奥歯を噛み締める。馬鹿が。言わんこっちゃない。そう思いながらギーシュの前に出る。
「選手交代だ。オレがあいつの代わりにあんたとやるよ」
勾導の宣言を聞いた周囲はあっと驚く。対するギーシュは、珍しいものを見るように勾導に話しかけた。
「おや、君はタバサの使い魔の平民じゃないか。よく聞こえなかったのだが、もう1回言ってもらえないかね」
「今テメーの汚い泥人形が踏みつけてるヤツの代わりにオレがやるって言ってんだよ」
「ほう、加勢かい。平民同士の美しい助け合いの姿だね。しかし最近の平民は、自分の立場を理解していないやつばかりだな。貴族に対する口のきき方も知らないときた」
「わるいね。クリトリステインには来たばかりだから、まだルールが分かんねぇんだわ」
「貴様……、この国を侮辱したな……。では、これからこの国で生きていくルールをしっかりと体に刻みたまえ」
笑みを消したギーシュが勾導に杖を向けたその時だった。
「もうやめて!」
ルイズが広場の中心に飛び出してきた。
「いい加減にして! 大体、決闘は禁止じゃない! あんたもあんたよ! ……わかったでしょ? 平民は、絶対にメイジに勝てないのよ!」
ルイズは才人に駆け寄る。心なしか、鳶色の瞳には光るものがあった。その時だった。
「サイト!」
「やっと俺を名前で呼んだな」
ボロボロの才人が立ち上がったのを見て、ルイズは声を震わせながら名前を呼んだ。
普段はケンカや言い合いばかりの2人が、初めて心を交わした瞬間だった。
色々言葉を交わして立ち上がった才人は勾導をまだ生きている右目で見る。
「勾導、俺、まだやれるから引っ込んでもらえないか?」
「……死ぬぞ」
「休憩したから大丈夫だよ。さっ、引っ込んだ」
勾導は説得を諦めた。こいつは一度決めた事は絶対曲げない。筋金入りの負けず嫌いだ。そう理解しながらタバサのもとに帰った。
「どうするの?」
「あいつの好きなようにやらせる。正直なところ今すぐドラゴンストップしたいんだがな」
「……仮に、そのままギーシュと闘うことになったらあなたは勝てる?」
「……勝てるよ。ヤツの魔法があの人形だけならな。2、3攻撃をもらうかもしれんが、あそこまでひどい目にはあわねぇ」
勾導の答えにタバサは驚く。その自信に満ちた顔を見ると、それが嘘とは思えなかった。
今、広場ではギーシュが魔法で剣を作って才人に渡そうとしている。諦めないのなら、これを掴んで戦えということだろう。必死に止めようとするルイズを払いのけ、才人は迷いなくそれを握った。ルイズの泣きそうな悲鳴がこだまする。
その時、伝説が目覚めた。
才人の左手に刻まれたルーンが青く光り輝くと同時に、青銅の人形に躍りかかる。
疾い。
ほんの一呼吸で、青銅の塊をばらばらに切断する。
その勢いで、ギーシュに斬りかかる。
慌てて、杖を振り、青銅の人形を6体呼び出す。どうやら、それで打ち止めのようだ。
数に物を言わせて才人を倒そうとするが、疾風となった才人には無意味だった。
向かってくるゴーレムを次々と両断していく。
鈍重な動きを笑うように最後のゴーレムも断ち切ると、ギーシュの顔面に蹴りを叩きこむ。
地面に転がったギーシュめがけて才人は飛びかかる。
才人の剣はギーシュの横っ面に当たるぎりぎりのところに突き立てられた。
「続けるか?」
ギーシュは答えた。
「ま、参った」
広場に歓声のスコールが降り注いだ。
「勝ちやがった……。なんなんだ一体、手が光ったと思ったら一瞬で勝負付けやがった」
勾導は驚きを隠せずにいた。死にかけの人間が人間の限界を超えたスピードで駆け、メイジに勝ったのだ。左手が光ったが、それがこの結果の原因なのかと考える。隣にいる自分の主人も同じようなことを思っているのか、杖を握る手に力がこもっていた。そして、
「あの子いいわ! あたしの中に恋が燃え上がったわ!! 見つけた、あたしのダーリン!!」
彼らの隣にいたキュルケが頬を赤らめ体をくねらせながら、勝手に情熱で燃え上がっており、勾導たちは生暖かい視線を向けた。
その一方、戦いを終えた才人は糸の切れた人形のように倒れた。ルイズが駆け寄り支えようとするが小さなルイズには、それができず一緒に倒れこむ。それを見た勾導が2人を支えてやろうとした前に出たその時だった。
「この決闘の結果に異議を申す!」
広場に空気の読めていない声が響き渡った。囲いの中から一人の少年が現れる。
「なんだ? あいつは?」
勾導が平静を取り戻したキュルケに尋ねた。
「同じ学年のヴィリエ・ド・ロレーヌ。家名にかこつけて威張りくさった男よ」
「結構辛辣だな。あいつとなんかあったの?」
「1年生の時にちょっと、ね。おかげでタバサと仲良くなれたからある意味感謝してるけど」
「ふーん。気になるな、その話。今度聞かせてよ」
「もちろんよ」
勾導達が話している間にも、ド・ロレーヌはルイズたちに近付いて行った。そして、尊大に手を広げながら言った。
「この決闘は無しだ。ギーシュ、君はトリステインの貴族として恥ずかしくないのか? 平民なんかに遅れをとってさ」
「なにを言うんだヴィリエ! 僕は確かに平民に負けた。でも、この結果に僕は納得している。今の君の発言は僕と、勇敢に立ち向かった彼に対する侮辱だ!」
声を荒げながら反論するギーシュをド・ロレーヌは嘲笑う。
「そんな考えだから君はいつまでたってもドットなんだ! 平民に杖を落とされたこの学院、いや国一番の恥さらしが!」
ギーシュは唇を噛み締めるがなにも言い出せなかった。心に悔しさが満ちていた。負けたことに対してじゃない。結果はどうあれ、自分は貴族の誇りを持って決闘をした。その誇りに汚い泥をぶちまけられたようになり、それを洗い落とせない自分に対してだ。
力なく突っ立つギーシュの姿を見て満足したド・ロレーヌは優しい声色で彼に語りかけた。
「だが安心しろギーシュ。君のマントについた泥、綺麗に洗い流す機会をあげよう」
「どういうことだい?」
下衆が一気に捲し立てた。
「この死にかけの平民を殺せ! そうすれば僕達貴族の一員として再び仲間に入れてやろう!」
ド・ロレーヌの取り巻きだろうか。それとも、この決闘の結果に不満を持っていたものだろうか。広場の一部がこの暴言に大きく盛り上がった。ギーシュは頭を殴られた衝撃を受け、ルイズの顔は蒼白になった。
「ふざけないで! あんた、自分が何言ってるのか分かってるの!?」
「そうだ、君のいってることは只の暴言だ! 誇りある貴族が言っちゃいけない言葉だ!」
「ゼロの癖に口出しするな、ルイズ! ……ギーシュ、君もゼロの仲間入りをするかい?」
ルイズたちの反論をド・ロレーヌと取り巻き達はうざったい蠅を払うように笑った。ひとしきり笑った後,下衆は冷たい表情になる。
「いいよ、もう。君ら無能に機会を与えた僕が馬鹿だった。だったら僕が直々に綺麗さっぱりと殺してあげよう」
横たわる才人にド・ロレーヌは杖を片手に持って近付く。と、ヤツより早く才人に近付き、自分の体を盾にように投げだす者がいた。ルイズだった。
「ルイズ……?」
周囲の騒ぎの声によって、気を失っていた才人も覚醒し、うっすらと目を開けた。そこにはルイズが自分を守るように体を投げ出しているのに驚く。横を見ると、さっきまで戦ったギーシュも自分を守るように覆いかぶさっていた。
ギーシュはなぜ自分が今平民を庇っているのか分からなかった。気付いたら体が勝手に動いていた。やらないと貴族、いや人間としての誇りが無くなってしまう。そんな気がしたから、動いた。
ルイズは才人が気付いたことを知らない。しかし、そんなことはどうでもいい。今この時、才人に対して思っていることを彼女は大声でぶつけた。
「サイト、あんたは馬鹿で、ご主人様の言う事を聞かず勝手にこんな大怪我を負う駄目な使い魔よ!でもね、それでも、わたしはあんたのご主人様なの! あんたがわたしをどう思っていようが、魔法が使えなくても、いざとなったら体を張ってでもあんたの事を守ってあげないといけないのよ!」
隣にいるギーシュも吼えた。
「正直なところ僕は君に負けてとっても悔しい! でも、こんな形で君のようなすごい男を失いたくない!貴族として、人間として君に正々堂々と雪辱したいからさ!」
「お前ら……」
薄れていく意識を必死に繋ぎ止めつつ2人のありのままの言葉を聞いた才人は胸が熱くなった。
動きたい。限界の体に鞭を打つが、小指の先ほども動かせない。そんな自分に嫌気がさした。
下衆が笑いながら近付く。2人を巻き添えにしてでも才人にとどめを刺す気だ。
広場は目を逸らす女生徒、下衆の放つ狂気に取り憑かれ興奮した男子生徒、この狂宴を止めたいが困惑して動けないもの、様々な思いがマーブル状に混ざり合っていた。
その時だった。
「今度こそ選手交代のようだな、おい」
雪風のタバサが呼んだもう一人の平民、七瀬勾導が獲物に食らいつくような怖い笑みを浮かべながら前に出た。
「……いい加減にしろよ、クソガキ」
勾導は静かに言う。口元は笑っているが目は笑ってない。周囲も再びざわつく。一方、急な乱入者にド・ロレーヌは不機嫌となったが、その男の顔を見て頬を吊り上げた。
「君はミス・タバサの使い魔の平民か。……何の用だ」
「いい加減にしろ、と言ってんだ。じゃねぇと……」
「じゃないと……、なんだい?」
「オレが相手になってやる」
広場がどよめく。先ほどの決闘にも乱入しようとした男が正式に決闘を申し込んだからだ。ド・ロレーヌも驚いた表情を隠せない。
「君は正気かい? ギーシュが平民に遅れをとったのを見て『もしかしたら』と思ったのかもしれないが、彼は土のドットで、僕は風のラインメイジだよ。つまり、君が僕に勝てる要素は1つもないよ」
「ごたごた言う暇あったら、オレに負けた後の敗者コメントでも考えてろや、クソガキ」
全く怖気ずに挑発をする勾導の学ランの袖を掴む者がいた。タバサだった。
「危ない」
心配そうに勾導を見る。その主人の姿に、使い魔は主人を安心させるように笑顔を見せる。下衆に向けたものと違い、大切な人に向ける優しい笑顔だった。
「大丈夫。絶対にあんな奴には負けないからさ」
「でも……」
「オレだって才人に負けないくらいやれるって事、見せてあげるからさ。だから信じてくれよ。なっ」
袖から手を離し、タバサは離れた。正直なところ、タバサは勾導を『戦力として見ていない』。ただの平民だから。多少、腕っ節に自信があるだろうが、それは平民たちの間だけ。平民がメイジを撃ち倒せることなんて、稀の稀なのだ。しかし、タバサは知りたくなった。その自信の訳を。それでも駄目だったら、自分が助けに入ろう。こんな形で彼を、自分の使い魔を失いたくなかった。
広場の中心は勾導とド・ロレーヌだけになった。才人達はうまく抜け出すことに成功し、医務室に向かっている。2人は7メートルほど離れた位置で対峙していた。
ド・ロレーヌは唇を吊り上げる。
「君のご主人様には一年近く前に酷い目に合わされたからね……。悪いけど、君に全てぶつけさせてもらうよ」
対する勾導は何も言わず、ド・ロレーヌの顔を眺める。嫌な顔をしていた。メイジだから負けないという自信を持つのは仕方のないことだが、時々タバサのほうをチロチロと馬鹿にするように見る。要するに、憂さと先の屈辱を払いたいだけだった。これは決闘でも何でもなかった。
と、勾導は手を挙げる。
「ちょっと待った」
「なんだ、いまさら怖くなったのかい?」
「ちげーよ。服を脱ぎたいんだ」
「はっ? 気でも狂ったのか?」
「オレの替えの服はあんまりないんだよ。こんなくだらねーことで服を駄目にしたくないし」
そう言いながらズボンを脱ぐ。女生徒達から悲鳴が上がる。顔を手で隠す。指の隙間から見る者はいなかった。
「それによ、オレの国の凄い空手家が言ってたぜ」
学ランを脱いで頬を赤らめているタバサに渡しながら続けた。
「『ケンカは裸』だってなっ!!」
そう言って緑のモノアイTシャツを脱いだ。
才人達は医務室に向かっていた。才人はレビテーションで宙に浮かされ、ルイズがそれをナビしている。
「大丈夫なのかしら、あいつ」
ルイズが心配そうに声を出す。
「あいつって?」
かろうじて意識を保っている才人が小さな声で返す。
「あいつよっ、もう1人の平民! ド・ロレーヌはラインメイジで、あんたが倒したギーシュより強いのよ! きっと今度こそ駄目よ!」
「あいつはきっと大丈夫だよ」
才人は自信ありげに答える。
「あんた、あいつと親しそうだったけど知り合いなの? その……、こっちに来る前から」
「違うよ。向こうは俺を知らなかったけど、俺はあいつを知っていたから」
「……どういうことよ」
「いま、この状態じゃ説明できないけど、あいつはわかりやすくいうとな……」
才人は、ルイズによく伝わるように、振り絞るように言った。
「どんな無茶でも乗り越える、俺の世界である意味有名な無敵の高校生の一人さ」
ヴェストリの広場にいる全ての生徒は、紺色のボクサーパンツ一丁になった勾導の裸を見て声を失っていた。
学ランを着ている時は肥えた少年としか思えなかった勾導の服の下のそれは、実際は真反対だったからだ。
胸や肩、腹に腕に首。ありとあらゆる部位が見事に鍛え上げられている。まるで細いワイヤーが幾万本も束ねられて1つの肉の部位を構成しているようで、彼の肉体は弛みと綻びが一切なかった。
圧巻は広背筋を主とした背中の筋肉だ。165センチ程度しかない勾導が、背中だけを見るとまるで2メートルの大男のように錯覚してしまうほどに広く、大きく、強靭だった。
なんと、人間の肉体の美しいことか。キュルケをはじめとした女生徒たちはそれを見て恋に落ちるような溜息をつき、ギーシュをはじめとした男子生徒は羨望の溜息をついた。
更に目を引くものは、その肉体美に刻まれた大小様々な傷痕だ。切り傷、火傷、刺し傷。おまけに銃創の痕まであった。いったいどんなことをすればここまで傷付くのか。そこから立ち上がれるのか。
皆には分からなかったが、一つだけ理解したことがあった。
この平民はただの平民じゃない。
「さて、と」
右腕につけていた黒い肘サポーターの位置を直しながらド・ロレーヌを見る。
「格の違いを教えてやるよ。お坊ちゃん」
そう言って右腕を前に突き出し中指を立てた。その指先を小馬鹿にするようにクイクイと小刻みさせながら、
「ジャァァ~ストォ、ブリンギィットッ」
かかってこいや。口を大きく吊り上げ、その大きな瞳をさらに見開き、そう宣言した。