Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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5:Fight With Dream(前編)

 ヴェストリの広場は再び歓声に包まれていた。なぜなら、通常では異例の貴族と平民の決闘が二度も実施されようとしているのだから。

 広場の中央に5メートルほど距離をとって2人の決闘者が対峙した。そのうちの一人である、貴族の少年が杖を構えながら名乗りを上げる。

「きみの様な下賤な平民に名乗る謂れはないが、これは決闘の作法だから名乗らせてもらおう。ヴィリエ・ド・ロレーヌ。謹んでお相手仕る」

 ド・ロレーヌの名乗りに周りの生徒達が歓声をあげた。彼らは学生だ。なんだかんだ、こういったイベントに飢えていたのだ。彼が先ほど実行しようとした卑劣な行いは泡のように忘れ去られてしまったようである。

 対するパンツ一枚の姿のこの男はどうだ。そいつはド・ロレーヌの名乗りの間、それをどうでもいいとばかりにずっと全身の柔軟運動をしていた。

 その様子にド・ロレーヌはピクリと眉をしかめるが、平静を保ちつつ紳士的に尋ねる。

「きみも名乗ったらどうだい? これは決闘だ。この舞台に立ったのだから名を名乗らなくちゃいけないんだよ」

 だが、この男は心底嫌そうな顔をして、

「やだよ、めんどくさい」

 そう切り捨てた。その言葉にド・ロレーヌは歯ぎしりをあげる。それもそうだ。彼ら貴族は決闘を互いの持つ技術を満天下に披露する舞台と考えている。血生臭い暴力を行使する舞台だが、根底には互いの礼と尊敬心があるのだ。それを蔑ろにされたのだからそういう反応を見せるのは当然のことであった。

「これは決闘なんだぞ! 名乗らないと場が締まらないだろ! それともなんだい、きみには名乗る名前が無いとでもいうのかい?」

 ド・ロレーヌの尊大な言いように、男は少しイラッとする。頭を掻きながら決断した。

「勝手に人を名無しさんにすんじゃねぇよ。……だったら、名乗ってやんよ」

 その宣言に周りの生徒もおおっと声をあげる。

 声が収まり、ある程度静かになったのを見計らい、男は名乗りをあげた。

 

「H県立宇汐高等学校普通科創意創造コース専攻3年A組出席番号16番……」

 

「七瀬勾導だ」

 

 歓声が一気に膨れ上がった。

 

 勾導の名乗りを聞いたド・ロレーヌは唇を吊り上げる。相手が名乗ったのだ。これで合法的にこの生意気な平民を痛めつける事ができる。場合によっては『手打ち』にできるのだ。死んでしまっても、『決闘による不慮の事故』として片付ける事だってできる。そしてなにより、

『平民はメイジに勝てない』

 それがこのハルケギニアの一般常識なのだ。先ほど平民がメイジであるギーシュに勝ったのは万分の一の確率で起きたまぐれだ、とド・ロレーヌは考えている。だからこそ、平民たちに変な夢を持たせないように、目の前の男を見せしめにしてやると決意した。

「ふん、では始めようか。いざ!」

 ド・ロレーヌは口を動かして呪文の詠唱を始める。数秒後、杖の先から放たれたのは『ウィンド・ブレイク』という風の塊で構成された呪文だった。その風塊が何も構えず、ただ突っ立っているだけの勾導にまっすぐ向かって行く。

 烈風が勾導に衝突した。周囲にバン、という衝撃音が響く。真正面から呪文を受けた勾導は宙高く吹き飛ばされ、ほんの数秒間浮いた後地面にしこたま叩きつけられた。今、彼が倒れている場所は最初にいた所から6メートル後方にいた。

 周りの生徒達も皆一様に『これで終わった』と思い、静まり返る。

 ド・ロレーヌも同様であった。偉そうなヤツだったが、所詮は平民。貴族に、メイジに勝てるわけがないと思うと口角を上げて勝ち名乗りを上げようとした時だった。

 勾導が何事も無かったかのように立ち上がる。思ったほどのダメージは無いが、見えない壁がぶつかるような感覚は慣れない。パンパンと背中に付いた砂を払いながら目の前で驚いた顔をしているド・ロレーヌにニヤリと笑みを見せる。

「それだけかよ。まださっきの金髪野郎の攻撃の方が強そうだぜ」

 その挑発にド・ロレーヌはイラつき、思わず怒鳴った。

「ならばこれはどうだ! 『ウィンド・カッター』!」

 その言葉の後、勾導の右腕からピッと音がした。気になってそれを見ると、上腕に赤い筋ができたと思った瞬間、そこから血がトロッと流れ出した。勾導の分厚い筋肉が鎧となったのか、刃傷は皮といくらかの肉を切り裂いただけで済み、骨や神経には異常は無かった。だが、勾導は上腕の痛み以上に不可視の刃を相手が使える事に対して一瞬顔をしかめた。しかし、

(銃弾だって見えないんだ。それと一緒だ)

と強引な理屈を引っ張り出して切り替え、再び挑発した。

「たいしたことないな。そんなんじゃオレを倒せないぜ」

 その挑発を受けたド・ロレーヌの表情に暗いものが付着する。目を細め若干トーンを落として吐き捨てるように言う。

「そう、ならもっと味わいたまえ」

 風の攻勢が勾導に向かって襲いかかってきた。

 

 これで本日20回目だ。勾導が宙に吹き飛ばされたのは。

 最初は期待していた周りの生徒たちも落胆し、あと何回吹き飛ばされて負けるかを賭けようとしている集団が現れる始末だ。

 『ウインド・カッター』のせいだろうか。勾導の胸や腕からさらに何か所も切り刻まれたために血が流れ落ち、さらに全身の至る所を『エア・ハンマー』という高圧で固められた空気の槌を打ち付けられた為に、青痣ができあがっていた。

 それでも勾導は、全身を砂と泥と血に塗れながらゆっくりと立ち上がる。おぼろげながら風の攻略法が見えてきた。確かに相手の攻撃は不可視だ。普通はそれだけで十分恐ろしい。だが、それは使っている奴が『実戦馴れ』している場合に限ってだ。今、目の前にいるクソガキは実戦いや、『喧嘩馴れ』すらしていない事は勾導は言動と攻撃で読めた。実際にヤツはずっと一定のタイミングで同じレパートリーの魔法を繰り返してばかりだったからだ。

(どれだけの威力かは理解できた。どの詠唱でどの呪文が飛んでくるかも分かった。何度か『あれ』がうまくいき始めているからな……。あとはこっちのペースに持っていくだけだ)

 そう思案しながら目の前の相手を見つめた。 

 一方のド・ロレーヌは笑っていた。笑いが止まらなかった。なんだ、この平民は。あれだけ大口を叩いておきながらこの有様は。風の魔法でボールのように飛んでばかりじゃあないか。あと数回魔法を叩きこめば終わりだろう。

 ド・ロレーヌは余裕綽々で尋ねた。

「もう諦めて降参したらどうだい? 寛大な僕は許してあげるからさ」

 その言葉に口から土混じりの唾を吐き捨てながら勾導は答える。

「もう終わりかよ。オレはまだ元気イッパイだぜ」

 今度は、『エア・ハンマー』が顔に直撃した。

 

 キュルケは目の前で行なわれているワンサイドゲームを心配した様子で見ていた。闘っているのは友人の使い魔だ。ほんの1日の付き合いでしかないが、友人として付き合っていけると実感した男の子だった。時々、意味の分からないおかしな事を言うけど。

「コードー、本当に大丈夫なの? あ、また飛ばされたっ。ねぇタバサ助けにいきましょう!」

 居ても立っていられず、友人に一緒に助けに行こうと誘う。すると、

「待って」

 タバサが言った。何かしらの確信を持った強さのある言葉だった。

「え? ねぇタバサ、待てってどういう事? コードー、一方的にやられてるじゃないの!」

 タバサは手にした自分の身長より大きな杖で勾導を指す。

「彼の動きをよく見て。特に足元と、お腹。そして、倒れる時」

 タバサが普段より強いトーンで言うので、キュルケも注視した。

 ちょうど、『エア・ハンマー』が勾導の腹に当たろうとしていた。

 

 直撃の瞬間、その高圧力の風の塊の接触に合わせて勾導は斜め後方に跳んだ。

 今まで、腐るほど喰らったため体に当たるタイミングは体に刻まれている。直撃と同時に上体を曲げてくの字の形を自分でつくる。後方に跳びながら体を曲げるので、本来やってくる直撃時の最大破壊力は消散し、結果勾導には最初の頃に受けていたような大きなダメージは伝わらない。さらに念入りに、その鍛え上げた腹筋に力を込めて多少襲ってくるインパクト時のダメージを骨や内臓に伝わらないようにする。

 また、この時手足を大袈裟に広げた。これには意味がある。マンガのザコキャラのやられシーンみたいに手足を広げて宙を飛ぶことにより、ド・ロレーヌや周りの生徒達に『コイツは弱い』と思い込ませる視覚効果を与えていた。それは、後の事を考えると勾導にとって都合のいいことだった。

 仕上げに、地面にダウンする時は背中から突入して、そこから地面に衝撃を逃がす。この受け身の技術こそが、勾導が『あれ』と呼んで頼りにしているものであった。

 下手クソな人間がやる受け身というものは、腰からマットに落ちて最悪の場合、後頭部をも打ち付けてしまう。つまり、衝撃音は最低でも二回聞こえる。

 対して、勾導の受け身の衝撃音は常に一度のみだった。こういった野外ではなくてリング上ならば、混じりっ気のない綺麗なマット音が鳴るだろう。

 相手の攻撃を一際輝かせ、且つ自分に与えるダメージは最小限に抑える。一流のプロレスラーたちが見ても驚嘆する、それは見事な受け身(バンプ)だった。

 向かってくる攻撃が全て不可視の為、最初はうまく受け身のタイミングが合わせられず、喰らいたくもない余計なダメージをもらった。普通の人間なら数発もらっただけで挫けてしまうだろう相手の攻撃を耐えきってこれたのは全て、鍛え上げられた筋肉の鎧に内臓と骨が守られていた為である。

 ある実況アナウンサーは、こんな言葉を残している。

「鍛えた筋肉は嘘をつかない。窮地に陥ったその時こそ、真価を発揮する」

と。

 勾導が日々ハードワークを積み重ねて鍛え上げた筋肉は、確かに彼自身を守っている。

 そして今、タイミングと攻撃レパートリーを読み切った勾導は受け身を的確に実行する事により、口元に強烈な笑みを浮かべるまでに至っていた。

 

 タバサは『受けの凄み』というものを知らない。そもそもアメリカ、メキシコと肩を並べるプロレス大国の一つである日本ですら、マニアの間だけにしか広がらない話をプロレスの『プ』の字すら知らないハルケギニアの人間が理解できるわけがない。タバサは、先述したダメージを軽減させる技術的な方法だけをキュルケに伝える。

 キュルケはそれを理解したが、正直なところ半信半疑だった。

「派手に吹っ飛んでるけど、今の彼にはたいしたダメージがない、ねぇ……。いくらなんでも、それはないんじゃないの?」

「どんなに酷くても、今受けているダメージは打撲程度だと思う。倒れても、すぐに立ち上がってることがなによりの証拠」

 その言葉にキュルケはハッとする。なるほど、この男は吹き飛ばされてもすぐに立ち上がっている。口元にニヤリと笑みを貼り付けて。

 しかし、キュルケの中には、まだ疑問があった。

「でも、顔にも攻撃をもらってるわよ、彼。さすがに大丈夫じゃないと思うのだけど」

 この質問にも、タバサは答える事ができた。

「それも大丈夫。見ていて。 ……今」

 『エア・ハンマー』が勾導の顔を捉える。勾導はなんと向かってくる風の軌道に合わせ、ぐにゃりと首を捻って風圧の槌を受け流した。凄腕のボクサーが使う高等防御技術『スリッピング・アウェー』だ。

 それを実行した直後、自分から横回転しながら吹き飛ぶ。顔を殴られたような衝撃を浴びているのに、痣すらできていない事に疑問を抱かせないよう、自分からオーバーアクションをして観客をごまかす。

「殴られる度に後ろへ吹き飛んでいる事にも意味がある。そうする事でド・ロレーヌとの間に距離ができて、相手の出方に対応しやすくなる」

 タバサの解説を聞きつつ、キュルケは目の前の平民の行動の事以上に、この小さな少女の博識ぶりに驚いていた。どうしてそんなに詳しいのだろう? 読んでいる本に書いていたのかしら?

 その事をタバサに尋ねようと思ったが、今は目の前の決闘だ。一つ疑問が解決したら、すぐに新たな疑問が浮かんできた。それも重大な疑問だ。

「ねぇタバサ。どうして彼は反撃しないの? そんな事をする余裕があるのなら、攻撃する事だってできるんじゃ……」

 タバサは首を横に振る。

「わからない。ただ……」

「ただ?」

「彼が仕掛けるのは今だと思う」

 タバサ自身も、自分の使い魔の真意を測りかねていた。だが、わかったこともある。

 それは、平民ながら高度な闘いの技術を持っているということ。

 それは、この状況を苦境と思っていないということ。

 それは、自分と同じ、いやそれ以上の修羅場を潜り抜けてきた可能性があることだった。

 

 ド・ロレーヌは今日初めて、苦虫を噛み潰したような面を晒した。一方的にいたぶっているのに、この平民はすぐに立ちあがってくる。手加減して魔法を放っていたのか? 断じて否だ。自分は風の名家出身だ。全ての攻撃を必殺の意思で放っているのだ! それなのに、この男は立ち上がる。にやついた笑顔を貼り付けて。いったいなんなんだ! 偽名でこの学校に通っているあの私生児風情の主人ともども訳が分からない!! 今、彼の心の中では疑念がぐるぐると渦を巻き始めていた。

 

 闘いに余計な思考を持ち込み始めたド・ロレーヌの姿を見た勾導は片眉を吊り上げる。そして、仕掛けるために、言葉のトリガーを引いた。

「よし、受け役はおしまいだな」

 体に付いた土を払いながら言った言葉に勾導以外の広場にいる者達が驚愕する。その言葉は、観客達に今までわざと魔法を食らっていたと思いこませることに成功した。それは闘っているド・ロレーヌも同様だ。勾導の言葉を信じ込んでしまったド・ロレーヌは背中を冷たいものが流れたのを感じた。

「う、受け役だと!? ま、まさか魔法を受けていたのはわざとなのか!?」

「当たり前だろ。あんなヌルい魔法避けるのメンどいし。食らってもたいして効かないし」

 腕を振りながら勾導は返す。勿論嘘だ。全身が筋肉の鎧に包まれているとはいえ、生身である事には変わらない。全身青痰と切創だらけのうえ鈍痛に塗れている。

 それでも、相手を困惑させ、自分が精神的に有利になる為なら平気で嘘をつきブラフをかます。勾導の闘い方はクレバーかつサイコロジカル思考に満ちていた。だが、それは冷静な思考から来る一つの側面に過ぎない。そしてもう一つ、獰猛な獣の様な攻撃性が出番を今か今かと待ち、顔を覗かせている。目の前の獲物に喰らいつかんばかりに、歯を剥き出しにして。

「さて、とっとと終わらせるか」

 勾導の宣言にド・ロレーヌは困惑する。しかし、自分は貴族だ。メイジだ。その思いが杖を振るわせ、スペルを唱えさせていた。

「思いあがるなぁぁァッ!! 平民風情がぁぁぁぁぁぁァッッ!!」

 今日一番の出来の『エア・ハンマー』。それを絶好のタイミングで、確実な詠唱で唱える。もう少しで呪文も完成だ。

 ド・ロレーヌが叫んだと同時に、勾導は大地を強く踏みつけ前に出た。踏みつけた際に生まれた前への推進力を途切れさせないように繰り返し左右の足で踏みつけ前進する。するとどうだ。10メートル以上離れたド・ロレーヌに向かって勾導は圧倒的な加速力で近付いていった。

 身長165センチ、体重82キロ。それが七瀬勾導のサイズだ。

 闘いに置いて身長は大きなファクターを占めている。そのため現代日本人の平均身長を下回った勾導のそれは、闘いに置いて常に不利な状態から開始せざるを得ない事を宿命づけられていた。

 だが、勾導は絶望しなかった。それに対し単純だがベストな対策を生み出す。『相手の懐に入り込めればリーチ差なんてどうとでもなる』、『相手が反応できないスピードで突撃し、一撃を叩き込めれば勝機が生まれる』と。

 そうと決めた後は訓練を積むだけだ。参考としたのは中国拳法の一派である八極拳の技術『震脚』。本来は攻撃が命中する瞬間に地面を踏みつけることにより攻撃の威力を上げる技術なのだが、勾導はそれを高速移動時の加速技術に応用しようとした。

 そうと決めると訓練を実践した。毎日大地を踏みつけた。家の庭で、学校の校庭で、近所の公園で。暇さえあればドン、と足を踏みつけた。

 道行く人たちに変な目で見られた。友人たちにすら生暖かい目をされた。だが、勾導は挫けなかった。全ては、強くなる為だった。ケンカで負けたくないからだった。

 ジムに通って自らの身体を徹底的にいじめ抜き、家では震脚のイメージを構築していった。

 来る日も来る日も同じ事を繰り返し続けた先に、それは完成した。

 その努力の結晶がこの異世界ハルケギニアで披露される。

 勾導の太く、肉食獣のような強健な足は足跡を付けんとばかりに大地を強く蹴り出し、生み出された前への圧倒的な推進力は次々と歩を進めるごとに加速度的に増していく。加速したその先に獲物を遂に捉えた。

 疾風のように近付いた勾導を見てド・ロレーヌは思わず詠唱を止めてしまいそうになった。なぜ、何故と困惑する。だが、攻撃はこちらの方が早い。勾導が攻撃射程内に入る前に『エア・ハンマー』の呪文は完成し、すぐさま唱えた。

 砲丸の様な質量を持った風槌は、勾導の顔面に直撃した。グチャ、という生々しい音と共に勾導はのけ反る。その様を見てド・ロレーヌは勝利を確信した。それが『喧嘩慣れ』していない人間の限界地点だった。

 直撃をもらった勾導だったが、決して敗北を認めていなかった。むしろ逆だ。顔面を襲う痛みに耐え、のけ反りながらド・ロレーヌを睨む瞳は先ほどと変わらずに爛爛と輝かせながら勾導は左足を蹴り上げる。前蹴りと回し蹴りの中間、いわゆる三日月蹴りの軌道で獲物の肝臓にぶち当てた。仕上げに肝臓を押しつぶすように足をねじ込む。

 食らった瞬間、ド・ロレーヌは今までの人生で味わったことのない激痛と不快感に思わず黄色い胃液を吐き出しながら倒れ込み、地面をのたうちまわった。ナイフで刺され、肝臓をえぐり出されたような痛みだ。恥も外聞もなく叫びたかった。だが自分の口は呼吸をすることに必死になっており、声を上げることができない。 三日月蹴りを繰り出した勾導だったが、『エア・ハンマー』の衝撃は逃しきれず、ド・ロレーヌと同じようなタイミングでダウンする。

 身体が大地と平行になった瞬間、胃の奥からこみ上げたものがあった。鉄の味がするそれを無理矢理抑え込む。

 頭の奥がグワングワンと揺れ、思うように立ち上がれない。いつものように寝床から立ち上がる事を意識し、両足にしっかりと力を込める。

 自分自身に危機感を持たせる為に、脳内で10カウントを数えながら勾導は立ち上がった。その姿を見た一部の生徒から「おぉっ」と声が上がる。

 勾導は自分の敵を見た。そいつは未だに地べたで呻いており、立ち上がるどころではなさそうだった。その手の中に杖はなかった。

 

「オレの勝ちだ」

 

 勾導は自らの勝利を宣言する。それを聞いた生徒たちは歓声を上げた。

 

「すごいわ! コードーが勝ったわ!」

「コウドウ」

「どっちでもいいわよ! あぁ、本当にすごいわ。相手を油断させる為なら敢えて傷付き、精神的に手玉に取った上での勝利だなんて。なんて知的で強い男の子なの!」

 キュルケは子供のように手を振って感激していた。タバサも、どこか嬉しそうだった。

 

 勾導は周囲の歓声に応えるようにポーズをとる。気分はまさにリアルアメリカンだ。ポーズもそれを意識したものばかりとっている。神への祈りと練習とビタミンへの信仰も忘れない。と、ド・ロレーヌが震えながら立ち上がろうとしていた。勾導もそれに気がついた。

「おい、立つのはまだ止めとけ。手加減したとはいえ肝臓を蹴られたんだ。横になっとけ」

「僕が、平民なんかに……、平民なんかに……。いや、まだだ、まだだ……」

 ぶつぶつと呪文のように呟きながらド・ロレーヌは立ち上がる。その顔は涙と鼻水とゲロに塗れていた。なにか、目配せのような行動を取った。

「まだ終わりじゃないぞ、糞平民がッッッ」

 憎悪に満ちた形相で叫んだ直後、勾導の胸に痛みが走った。胸を見る。右胸に石のようなものが突き刺さっていた。ド・ロレーヌは風メイジのはずだ。石なんて使えるはずがない。痛む胸を押さえながら周囲を見渡す。謎はすぐに解けた。

 ド・ロレーヌの取り巻きが下卑た顔で杖を勾導に突き付けていた。1人だけではない。3人、4人と杖を向け始めた。皆、いやな顔をしていた。

「おいヴィリエ! お前何をやってるんだよ! 決闘はお前の負けなんだぞ!」

 観客の誰かが抗議の声を上げる。そうだそうだ、と他の生徒もその意見に同調する。

 ド・ロレーヌは顔をハンカチで拭いながら自己弁護を始めた。

「決闘? 君たちは何も理解してなかったのかい? これは決闘じゃない。貴族をないがしろにする生意気な平民に対する制裁であり誅罰だ!」

 ド・ロレーヌの言葉を聞きながら、勾導は胸に刺さった石礫を抜いた。血が少し噴き出たが傷口は深くないようだ。まだ、全然やれる。そう思った矢先、取り巻きどもが勾導に魔法を浴びせた。

 勾導はそれをかわそうとするが、傷付いた身体は思うように動かない。その上、魔法は勾導を覆うように放たれているので避けきれず、次第に被弾していく。

 土が勾導の体を叩いた。

 火が勾導の肌を焼いた。

 水が勾導の息を奪った。

 風が勾導の五感を狂わせた。

 一発一発の威力は低いが、4系統全ての魔法を矢継ぎ早にその身に受けた勾導はゆっくりと地面に倒れた。

 

「やった、やったぞ! 僕の勝ちだっ! 思い知ったか平民が!!」

 ド・ロレーヌの勝利宣言に広場の観客は全く湧かない。皆、嫌悪の表情を隠さなかった。

 と、ド・ロレーヌの眼前に静かに現れた者がいた。タバサだった。明らかに敵意を持った視線だ。

 ド・ロレーヌは一瞬ビクリ、と震えるがすぐに平静を取り戻す。

「やぁ、ミス。君は使い魔の躾が全くできてないねぇ。おかげでひどい目にあったよ。まぁ、メイジに逆らったらどうなるか徹底的に躾けてあげたがねっ」

 タバサは勾導を見た。うつぶせに倒れたその体は至る所に打ち身や火傷があった。一つ一つは大したことはない。だが、見てるこちらも苦痛を覚えるほど傷付いていた。それはいたぶるためだけの攻撃だったのが見て取れた。

「許さない」

 タバサの周りの温度が一気に下がった。空気中の水蒸気が氷結して氷の矢となって宙に浮く。

 ド・ロレーヌはまるでトラウマを刺激されたように肩を震わせる。しかし、

「この人数相手に勝てる気でいるのかぁぁぁッッ!! この私生児風情がぁぁぁぁぁァッッッ!!」

 取り巻きどもがタバサを囲む。見ていられない、そう思ったキュルケも胸から杖を出してタバサの隣に立った。

 まさに一触即発。すでに決闘でも何でもない。

 タガが外れて殺しあいに発展してもおかしくない最悪の状況だった。

 広場にどす黒いものが覆う、その時だった。

 

「おい、お前ら。主役(ショー・ストッパー)を置いてけぼりにするんじゃあねぇよ」

 

 傷だらけの使い魔が立ち上がった。体の至る所に痛々しい傷を引き連れ、タバサとド・ロレーヌのもとに向かう。

「オレはまだやれるぞ、クソガキ。なかなか楽しいことしてくれるじゃねぇか」

 目を血走らせ凶暴な笑みを浮かべながら歩く勾導の姿に生徒たちは背筋がぞくりと震える。

 なんだ、この男は。まだやるのか。なぜ立ち上がることができる。至る所でそのような声が交わされる。

「もう下がって。あなたは一人でよくやった」

 魔法を解かずにタバサは顔を勾導に向ける。勾導はそれを聞いてるのかいないのか、ひたすらに下衆たちを目指す。

「コウドウ、お願い。もうやめて」

 その顔は、いつもの感情の窺えない表情ではなかった。悲しみに歪ませ、碧眼の瞳が潤んでいた。

「初めてオレを名前で呼んだな、タバサ」

 勾導は嬉しそうに言った。かわいい女の子に名前で呼んでもらったのだ。男ならグッとくるものがあるに決まっている。それがエネルギーとなり、歩を更に強める。

「大丈夫だって。プロレスでいう『10分経過』のアナウンスもまだだぜ」

「お願い。あなたとの『約束』が守れなくなる」

「『約束』? オレを元の世界に戻すってこと?」

「そう。だから、もう……」

「んじゃ、オレも1つ『約束』するわ」

 勾導の言葉にタバサはぴくっとなる。

「あのさ、今から言う言葉を周りにも聞こえるよう、大声で叫んでよ。『がんばれ勾導! 絶対に勝ちなさい!』ってな。そしたらオレ、絶対にあいつ等に勝つって『約束』するよ」

 勾導の提案にタバサは呆気にとられた。とても信じられない『約束』だったからだ。

「オレは女の子との『約束』を破ったことはないよ。 ……ぶっちゃけ『約束』するの初めてだけど」

 珍しく困惑するタバサに、この馬鹿は優しげに微笑んだ。

 その言葉が周りの生徒にも聞こえたのだろう、大きくざわつく。

 ド・ロレーヌの取り巻きどもが囃し立てる。

「タバサ! 言っちゃえよ!」

「この平民、死にたがりだから楽にさせてやれよ! 俺たちが止めを刺すからよぉ!」

「言えよ! 魔法を放つより簡単な事だろ!」

 周りの罵声を無視し、タバサは勾導の顔を見つめた。いつの間にか、宙に浮いていた氷の矢は消えていた。見た目はボロボロだというのに、自分の勝利を疑っていないと言わんばかりに笑みを浮かべている。

 

 その姿に、タバサは思わず憧れてしまった。

 幼き日の自分が憧れた、もう忘れた『何か』に似ている気がした。

 自分とは別の存在が取り憑いたかのように口が勝手に開いた。

 

「……がんばれ」

 主は、小さく呟く。

 

「はぁ? 聞こえないぞ」

 使い魔は、ぶっきらぼうに煽る。

 

「がんばれ」

 先ほどより大きな声で少女は言った。

 

「まだまだぁ!」

 乱暴だが、少女を励ますように少年は返す。

 

 タバサは、心の何かが弾けたように大声で叫んだ。

「がんばれコオドオッッ!! 絶対に負けないんでしょっっっ!! お願いっ! 勝ちなさいっっっ!!!」

 

 勾導は右手をタバサに右手を向ける。その手は、サムズアップを形作っていた。

「了解」

 

 

「平民、これで終わりだぁ!!」

 タバサの叫びを『もう、好きにしてもいい』と受け取った取り巻きの一人は、先走ったように銅製のゴーレムを突進させた。

 広場に、今までで一番大きな衝撃音が鳴り響く。

 タバサは思わず目を伏せた。後悔した。結局こうなることが分かっていたのに、なんで言ってしまったのかと。

 ふと、周りが静まり返っている事に気付いた。それもそうだ。今、人が死んだところを見たのだ。

 おそるおそる瞳を開ける。信じられないものを見た。

 

 顔を鈍器のようなもので潰されたゴーレムがパーツを粉々に散らしながら吹き飛んでいた。

 ド・ロレーヌは、取り巻きどもは、生徒達は、ギーシュは、キュルケは、そしてタバサは絶句してしまった。夢じゃないのかと。

 これを引き起こしたと思われる人物は、大きな欠伸をしていた。

「なぁんだ。あの時殴られても軽い感触しかしないと思ったら、中身がスカスカだったからか」

「メイジの作ったゴーレムが……。な、なにをした、平民!? なにをしたんだ!?」

 目の前に転がったゴーレムの残骸を見てド・ロレーヌは慌てた。

「なにをしたって? そりゃあ殴ったんだよ。オレの自慢の……」

 勾導はぐいっと右腕を天に掲げた。

「エルボーでな」

 黒い肘サポーターがあった。相当使い込まれたそれを誇るように見せ付ける。また、二本の指をワイパーの様に振り、額に出た汗と血をはらう。

「ご主人様が『10分経過』のコールをしたんだ。いい加減、展開を変えていかないと客が飽きちゃうだろう?」

 そう言いながら、スニーカーの紐を結び直す。そして、この日初めて構えた。

 身体を半身にし、顎を左肩に当てて顎を打撃から守るようにする。それさえ守ることができれば大丈夫だから。

 左手はオープンの状態にし、そのまま胸に近付ける。相手を掴み、投げに持ち込むために。

 さらに膝は僅かに曲げて、上下に身体を揺らしてリズムを刻む。敵にいつでも飛び込めるように。

 そして、右手をゆるく握り、腰の位置に持っていく。自らが信頼する右肘をいつでも放てるように。

 構えを作った勾導は周りをよく見る。

「さあ、貴族の皆さん……」

 深呼吸を一度行い、死から蘇った不死鳥のように宣言する。

 

「お楽しみはぁ、これからだぁァッッッ!!!」

 

 

 その瞬間、勾導の背中に刻まれたルーン文字が真紅に光り輝き、その瞳も赤く煌めいた。

 

 この時、歴史の闇に消えた古き伝説が胎動を始めた。

 




 なんだ、このタバサ。(困惑) つーか、この展開最初に書いたプロットと全然違うし……。
 また、『明らかに決闘がエスカレートして殺人が起きそうなのに、眠りの鐘とか使わない魔法学院の教師はバカなの? フールなの?』という突っ込みが起きそうですが、この小説の学院の教師はそれが仕様です、マジ無能です。ある意味空気を読んでくれてるといえないですが……。

 次回も早めに更新を目指しますので、『Fight With Dream』を聴きながらお待ちください。
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