Snow wind & Temerity heart VS The world   作:Phidias

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8:Carmina Burana

 勾導とタバサは、キッチンの中で生肉をもぐもぐと食べている裸の女性を見た。見た目は20歳くらい、青い髪で綺麗というよりは、かわいらしいと言ったほうがしっくりとくる。また、どことなくタバサに似ていて、勾導は思わずタバサを見てしまった。

 あまりにも非現実的な状況に2人は固まる。最初に反応を示したのは、やはりこの男だった。

「ち、痴女だっ! 裸の痴女がいるよっ! おまけに生肉食ってるよっ! こえーよ! 助けて、おーまわーりさーん!」

 勾導はあからさまなオーバーアクションを付けながら叫ぶ。裸の綺麗な女性が目の前にいるという状況は普通は喜ばしいことだと思う。だが、ここに至るまでの経緯と状況が異常過ぎて性欲は一切湧かなかった。その反応に女性はムッと表情を変えて反論する。

「だれが痴女なのねっ! このイルに向かって痴女とは失礼な人間なのねっ!」

「その格好で痴女じゃないってんなら、なんだってんだよ。つーか服どうしたんだよ、服」

「服は……、ないのね」

「はぁ? なんで?」

「……きゅい」

 女性は答えに困ったのか、イルカの鳴き声に似た声を上げるとシュンとなった。その姿はとても年相応の女性には見えない。親に叱られた子供のような反応そのままで、胡散臭さしかなかった。

「あなたはこの村の人間?」

 タバサが女性に尋ねた。

「ちがうのね。イルは家出……じゃなかった、旅をしてるのね! それで3日前、おなかがすいたからこの村に立ち寄ったのね」

「村人たちの行方を知っている?」

「知らないのね。村の中に入ったのは今日が初めてだったのね。煙のように人の気配が無くなったから「しめたっ」と思って家の中のご飯を食べていたのね」

「ご飯って生肉をかよ……」

「お肉はおいしいのね! ずっと木の実とかしか食べられなくてひもじい思いをしていたから格別なのね!」

「生肉食ったら腹壊すぞ。つーか、やってること泥棒じゃねーか」

「いちいちうるさいのね、このムキムキ」

「はぁ? 誰がムキムキだよ」

「お前の事なのね、子供のくせに筋肉がいっぱい付いてるからムキムキなのね。ちなみに、そっちの女の子はちっちゃいからちびすけなのね」

 女性がえっへんと胸を張りながら説明する。その姿に勾導たちは『かわいそうな人』を見る視線を送った。

「この偉大で誇り高きイルククゥさまがお前たち人間に付けたあだ名なのね。ありがたく思うのね」

 どうやらイルククゥというのが彼女の名前らしい。勾導とタバサは彼女に聞こえないよう、小声で相談する。

「……どうするよ。村の人が消えて代わりに頭がアレな女がいるってどんなイリュージョンだよ」

「わからない。ただ、彼女も連れていった方がいいかもしれない」

「理由は?」

「村で何かが起きてる。そんなところに置いてけぼりにはできない」

「オレらに危害加えるかもしれないぞ?」

「危害を加えるなら、すでに行動している。大丈夫だと思う」

「……わかったよ」

 勾導はそう言って、イルククゥに近付く。彼女は未だに肉を食べることに必死になっていた。

「おい」

「きゅい?」

 勾導はジャージの上着を脱ぎ、イルククゥに渡す。

「とりあえず、これ着ろ。目のやり場に困んだよ」

「えー、いやなのね」

「とっとと着ろ! 懸賞生活してるわけじゃねーだろーが!」

 無理矢理ジャージを着せられたイルククゥは、不満げな視線を勾導にぶつける。大きめのサイズだったため、股下の際どいラインまで隠す事ができた。

「んー、思ってたよりは動きやすいのね。でも、裸のままの方がいいのね」

「いいから着とけ」

「でも……」

「着・と・け!」

 勾導は目を見開き、イルククゥを思いっきり睨む。そのメンチにビビり、渋々言うことを聞いた。

「このムキムキ怖いのね……。大いなる意思よ、イルを守ってほしいのね」

 小声でなにかブツブツ言う彼女を無視し、勾導たちは今後の方針を立てる。

「とりあえず、一軒一軒しらみ潰しで調べるか? なにか手がかりがあるかもしれないだろうし」

「現状、そこから始めるしかない」

 勾導の案にタバサも同調した。勾導はイルククゥを見る。

「よし姉ちゃん、いくぞ。えーと……、名前は?」

「イルククゥなのね! 精霊の言葉で『そよ風』って意味なのね!」

「精霊の言葉?」

 勾導とタバサは同時に言う。すると、イルククゥは慌てて訂正する。

「な、なんでもないのね! そうだ、お前たちの名前はなんなのね? ほら、ちびすけから教えるのね!」

「タバサ」

「次はムキムキ!」

「誰がムキムキだ……。勾導。七瀬勾導だ」

「ヘンな名前なのね」

「うるせ。とっとと行くぞ」

 勾導たちは手始めにこの家から探るためキッチンを出る。手がかりの当てはない。行動することが重要だと自分たちに言い聞かせ、彼らは動いた。

 

 

 あの後、3人は5軒ほどの家を探索した。無論どの家も中には誰もおらず、また飲みかけの水の入ったカップがそのまま置いてあるなど、『急に人が消えた』としか言えないような痕跡が多数残っていた。その奇妙な状況に2人は頭をかしげる。さらに2人を、特に勾導を悩ませる物が発見された。

「きゅい~、またこのお家にもヘンな紙があったのね」

 イルククゥがハガキ大の大きさをした羊皮紙を2人に見せた。それには墨で文字のようなものが書かれ、四隅が赤く染められており、調べた家の全てに張り付けられていた。

 

 最初に探索した家でその羊皮紙を見つけた勾導はそれを見て驚いた。なぜなら、

「……これ、日本語じゃねーか」

 それには、日本語が書かれていた。古い文体の文字で、時間が多少かかったが勾導はそれをおおまかに解読をすると嫌な汗を流した。

「これ、シャレにならんぞ」

「どういうことなのね?」

 イルククゥの問いかけに勾導は応える。

「日本の様々な呪術体系に修験道やらのエグい部分だけを抜き出して書いてやがる。メチャクチャな並びだがな……。早い話が呪いの護符だ」

「呪い!? それより、なんでお前はそんな危ない事知ってるのね?」

 イルククゥが素っ頓狂な声をあげた。

「オタクやってりゃ嫌でもそういう知識に触れちゃうんだよ。知る、気になる、調べるのエンドレスワルツでな。こっち来る前、ゲームや小説でも伝奇系が流行ってたし。まっ、あんまり深く考えなくていいだろ。呪術は1フレーズだけ切り取ってごっちゃに組み合わせただけで効果が発動するなんてお手軽なモンじゃないからさ。様々な状況と時象、そして呪言がトリガーとなるからな。第一、呪いなんて思いこみの産物だよ。こんなところで日本語と出会うのは不思議だけど迷信だ、迷信」

 最初はそんな事を言っていた勾導だが、同じことが何度も続くとさすがに不気味に思った。

 

 あらかたの家を調べ終わり、最後の調査対象である村長の家に入ろうとした時だった。

 先ほど登った山の方角から犬の遠吠えのような鳴き声が聞こえた。それも一度ではない。さまざまな方角から、互いの存在を理解させるかのように響き渡る。

「な、なんなのねっ!」

「静かに。何か来る」

 タバサが杖を構えた。彼女の風メイジとしての感覚が警告する。自分たちに危機がやってくると。

 

 『そいつ』は始めに耳をつんざく奇声を上げて自己の証明をした。そして『そいつ』は村長宅の2階の窓を突き破って勾導に襲いかかってきた。不意を突かれた勾導は、『そいつ』に馬乗りにされながらも抜け出そうとするが両手を抑えつけられ、もがく事しかできなかった。

 『そいつ』の姿は犬のような顔をもち、体にぼろきれのようなものを巻きつけ手足が蜘蛛のように長く体毛に覆われていた。何度も長い犬歯が覗く顎をガチガチ鳴らし、勾導を真っ白な目で睨んでいる。

「イイカタァァァァッッッッ!!」

 あの消えた村人と同じような叫びをあげながら、勾導の喉に噛みつこうとしたその時だった。

「『エア・ハンマー』」

 タバサが唱えた風の槌が『そいつ』の腹に直撃し、そのまま5メートル先の家の壁に叩きつけられる。

「助かったぜ。あんがとな」

 タバサに礼を言い、勾導は吹き飛んだ『そいつ』に視線を移す。内蔵を痛めたのか『そいつ』はピクピクと痙攣を繰り返してながら呻いていた。

「こんの野郎ッッ!」

 すかさず、勾導は『そいつ』の犬のような顔面を踵で何度も蹴り潰す。グチャ、メチャと鼻先が潰れる音とともに『そいつ』は動かなくなった。それを確認した勾導はタバサに聞く。

「なんだよこいつはっ!? ハルケギニアにはこんな化け物がいるのかよっ」

「わたしもはじめて見る。こんな亜人は本にも載っていない」

「イルも初めて見たのね」

 そう言って2人は『そいつ』に近付く。その時だった。

 急に『そいつ』が動きだした。体をうねうねと震わせ、ゴキゴキと音を鳴らしながら骨格が変形していく。『そいつ』の表情は苦痛にまみれ、体の変化が増せば増すほど表情の歪みがより克明になっていく。数十秒の後に変化が終わった。変化が終わった『そいつ』の姿を見た2人は驚く。

 それは自分たちを砦に案内し、いきなり賊の喉を食いちぎって消えた村人だった。

「おい、あんたはっ」

 思わず勾導が近付いた時だった。村人は体をのけ反らせながら、大量の血を吐き出した。すさまじい勢いで噴き出している為か顎が外れ、さらに目鼻からも出している。血と一緒に内臓の欠片のようなものも混じっており、イルククゥは思わず目を伏せた。

 しばらくすると血が止まった。が、恐怖は終わりではなかった。村人の腹が風船のように膨らみ、バンッという音と共に爆発をした。周囲に村人の骨と内臓が飛び散り、勾導たちにも降りかかる。勾導は思わずタバサとイルククゥの目を塞いだ。

「大丈夫」 タバサが勾導に言う。

「子供が見るもんじゃねぇよ」 勾導がタバサに返した。

「あなたも子供」 そう言ってタバサは勾導の手をどけ死体に近付く。

「……ちぇっ」 勾導も舌打ちを一つして死体に近付いた。

 

 タバサは死体の腹を見る。骨片と内臓の中に奇妙なものを見つけた。それは犬の頭だった。派手な爆発だったはずなのに形を保っており、まだ生きているみたいに眼に光が灯っていた。

「なんでこんなものがあるんだよ。つーか、このオッサン、犬の頭を丸飲みしたってことかよ」

 勾導も犬の頭を見つけ、それを何とも言えない表情で眺める。

「きゅい、これからどうするのね? イルはもうここにいたくないのね」

「そう、ここにいても進展が無い。彼が出てきた場所を調べてみる」

 タバサがそう言いながら、村長の家をじっと見た。

 この村にはなにかある。2人はそう確信した。

 

 タバサが村長の家のドアノブを回そうとしたその時だった。後方から物音が聞こえ、3人は振り返る。そこにいたのは革製の鎧を着た髭面の男だった。腰には剣が装備されており、顔には怯えと安堵の混じったものがあった。

「おっさん、いつからいたんだよ」

 勾導が質問した瞬間、その男は反転して逃げ出した。一瞬、何をすべきか分からなくなったが勾導も追いかける。50メートルほど駆けたところで勾導は男に追いつき、背後からタックルを仕掛けて倒した。馬乗りになった勾導は怪しい男を小突きながらまくし立てる。

「なぁ、オッサンいきなり逃げだしてなんなんだよ。アレか? あんたコ○○だろ? ○ジ○だろ? ○○キのくせしやがってよぉ!」

「な、誰がコ○○だ、このガキっ」

「逃げてんじゃねぇよコラ、○○キじゃなかったらなんだよオラ」

「俺は傭兵だ! 今は雇い主がいないから食い扶持は現地調達が主だがな。だから○ジ○じゃねえよ」

「それ、早い話山賊じゃねーか。コ○○よりタチ悪いじゃねーかコラ」

「うるせぇ、俺たち傭兵は繁忙期じゃない時はそれが普通の事なんだよ、○○キ言うな」

 賊の上に乗っかりながら禁止用語を連発する勾導の姿にタバサたちはドン引きした様子で見つめている。

 数分後、2人が落ち着いたところで簡単な自己紹介をした。賊はエノという名前で、砦を根城にしているグループのリーダーと知り合いで新たな食い扶持が出来そうだから誘うためにここに来たそうだ。

「新しい食い扶持ってなんだよ、おっさん」勾導が尋ねる。

「今、アルビオンで内戦が起きてんのはお前のようなガキでも知ってんだろ? そこの反乱軍『レコン・キスタ』が大勢を決するために傭兵を大量に募集してんだよ。制空権も奪ってる上に王党派を完全に囲い込んだみたいだから、とっても楽な仕事のようだしな」

「内戦が起きてるって……。タバサ、そうなの?」

 タバサはこくりと頷いた。その勾導の無知な様子をエノは呆れたように笑う。

「坊主、このメイジの嬢ちゃんの従者やってんだろ? リュティスの平民街にいる鼻垂れ小僧でも知ってる事を知らないってのはどうかと思うぜ」

「うるせ。オレ、ハルケギニアに来たばかりだから国家の事情はよく知らねぇんだよ」

 勾導は面倒臭そうに反論したその時。辺りに再び犬の遠吠えが響き渡った。先ほどより近い距離で鳴いているのだろうか、鳴き声の奥の奥まで覗けてしまいそうだ。エノはその鳴き声に怯える。

「お、おい。この鳴き声、さっきのヤツの仲間が近くにいるってことじゃないか?」

「近い。家の中に非難」

「おいっ、今倒した奴はこの家の中から出てきただろうが! まだいるんじゃないのかっ!?」

 エノが反論するが、タバサは珍しく焦ったように返す。

「複数いるならすでに襲いかかっているっ」

 そんな事を言っているうちに、ざわりざわりと皆の頭の奥を引っ掻くような嫌な予感が増大していった。

「もうどっちでもいいのねっ! 早く中に入るのねっ!」

 イルククゥが最初に玄関を開け、残りも家の中になだれ込む。すかさず、勾導が閂をかけた。しっかりとロックされたのを確認すると一息つく。

「経緯はどうあれ、村長の家に入ったな」

「ここにはなにかあるはず」

 タバサはこのチュ・ルーヤ村の村長であるウーバの人の良さそうな笑顔を思いだす。彼は大丈夫なのだろうか。この怪異に巻き込まれていないだろうか、それとも―。

 

 

 4人は二手に分かれて家の中を探索していた。1階を勾導とイルククゥが、2階をタバサとエノという振り分けだった。全ての部屋を探したがウーバはいなかった。家の中は他の家と同様に荒されておらず、

若い村長は忽然と消えたとしか思えなかった。

 エノはタバサの後ろを付いて行きながら金目のものがないか物色していた。正直期待はしていない。こんなド田舎の寒村を物色するより、リュティスの貴族の邸宅に忍び込んだほうが全然マシだ。

「見つかったら縛り首だがな」

 自嘲気味に呟くとタンスの中をあさり出す。中には質の悪い服しかなかった。溜息をつくとタバサにだるそうに尋ねた。

「おい嬢ちゃん、いったい何を探してんだよ。いいかげん下の坊主どもと合流しようぜ」

 タバサは返答せずに、じっと本棚を見つめていた。田舎の平民が本棚を設置するほど多くの本を所持しているのも不思議な話だったが、そのラインナップの中に奇妙な本があった。ハルケギニアの民間伝承やブリミル教の説法について書かれたものに混じり、目立たないよう本棚の隅にその本があった。背表紙が無く、糸でまとめられたその本に書かれている文字は勾導が解読した護符に似ていた。

 勾導を呼ぼうとした時、1階から何かが動く大きな音が聞こえてきた。タバサ達も1階に降りる。1階の暖炉のある広間に勾導たちはいた。広間に入ったタバサは驚く。なぜなら、広間の床が2つに割れ、中から石造りの階段が現れたからだ。タバサの後を追ってきたエノもその仕掛けをみて驚いた。

「おい、なんなんだこの家は! とんでもねぇお宝があるんじゃねぇのか?」

「イルが見つけたのね! 褒めるのね!」

「食料庫で肉を漁ってたら偶然仕掛けを見つけただけじゃねーか。オレだけ働き損じゃん」

 胸を張るイルククゥに対し、何の成果も上げられなかった勾導は八つ当たり気味に悪態をつける。そんな勾導にタバサが2階で見つけた本を渡した。勾導はそれを読む。やはり、古い文体の日本語だった。そこに書かれていた文字に勾導は驚いた。

「『東海道四谷怪談』だと……」

「知っているの?」

 異世界の書物に興味があるのか、タバサの声は少しばかり弾んでいた。その質問に勾導が答える。

「オレの国で200年近く前に発表された歌舞伎……って言っても分かんないか。舞台でやる芝居の演目の一つだよ。内容は旦那にひどい目にあわされて死んだ女が幽霊になって旦那を呪いまくって死に至らしめるって話さ。これはその芝居の台本だな」

「おいおい、『イーヴァルディの勇者』みたいなスカッとする話じゃないのかよ」

「しゃーないだろ、実際に起きた怖い話を元にしたヤツなんだから。作者に文句言えよ。作者の鶴屋……」

 そこまで言いかけた勾導はハッとなる。ドロッとした汗が自然と流れて来た。確かめるように、自分の考えに間違いがないかを確認するように尋ねた。

「なぁ、この村の名前ってさ……。なんだったっけ……」

「『チュ・ルーヤ村』」

 タバサが答える。勾導はそれを聞くと目を見開いた。そして、ゆっくりと確信を突くように言う。

「あのさ、この話の作者の名前ってさ……。『鶴屋南北』っていうんだ……。『チュ・ルーヤ』と『鶴屋』、似てないか?」

「ほんとなのね! そっくりなのね!」

「でさ、今思い出したんだがな、その鶴屋南北ってよ、50代になってから物書きとして台頭したんだよ。つまり、若い頃やってた事についてあんまり資料が残ってないんだ。でさ、そのためなのかこういう俗説があるんだよ……」

 唾を飲み込み、残りの言葉を一息に吐きだした。

 

「若いころ呪術師の修行をしていて、そのせいで書いた作品は呪術的要素がてんこ盛りだってさ。実際、四谷怪談を再演するときは演者・スタッフはお祓いしにいくのがお約束だからな」

 

「呪術師だとっ」

「この村はただのド田舎じゃない。この村の正体は……」

 驚くエノを無視しつつ勾導が結論を出した。

 

「鶴屋南北の呪術技術を受け継いだ者たちが暗躍するためのカモフラージュで作った呪術村だったんだよッッ!!」

 

「なっ、なんだってーっ!! なのね!」

 勾導のトンデモ発言をイルククゥがオーバー気味に驚いたために目立たないが、他の2人も目を見開き絶句していた。勾導は頭を振って、石階段を見つめる。

「とりあえず、この階段下ればなにか見つかるだろう」

 石階段の先は真っ暗で、まるで虚空の入口のように見えた。

 

 

 階段を降り終えた4人の前に木製の扉が現れた。古く、今にも壊れそうな扉だ。先頭にいた勾導がノブを握る。タバサ達と確認をとり、一気に開けた。開けた瞬間、金具が駄目になったのか扉が外れる。

 扉の向こうは4畳くらいの広さしかなく、まん中に布に包まれた大きなかたまりがあった。それがモゾモゾと動く。それを見た勾導たちがビクつく中、タバサが杖を振った。

「『ディテクト・マジック』の反応はない。魔法生物じゃない」

 それを聞いたエノが前に出た。

「よし、だったら俺がコイツをひん剥いてやろう」

 布をつかみ、一気にめくる。そこから現れたのは、猿轡に手足を捕縛され、やせ細った老人だった。勾導達は驚くものの、急いで拘束を外してやり、水筒の水を飲ませてやった。老人が落ち着いたのを見計らい、タバサは質問をした。

「あなたは誰?」

「わ、私は……」

 老人は枯れてしわがれた声をチューニングの合わない弦楽器のような飛び飛びの音程で喋り始める。

「この村の……、村長の……、ウーバと申します」

その言葉に2人は驚き、勾導は思わず前に出て声を荒げた。

「村長だと!? 村長はあの若いおっさんじゃなかったのかよ!」

「あなたは黙って。……村長のあなたがなぜこんなところにいるの。そして、この村に一体何が起きているのか教えてほしい」

 タバサの問いかけにウーバと名乗る老人が答える。

「その前に、この村についてお話ししなくてはなりません……。このチュ・ルーヤ村は200年ほど前、オーク鬼などの亜人の襲撃被害に悩まされていました。家や作物が荒され、人が攫われる……。村人たちは、この村を捨てることを話し合うほどに追い詰められていました……。そんな時、ある男が村を訪れました」

「その男が鶴屋南北か」

「はい……。この村の惨状を憂いた彼はある秘術を実行し、さらに当時の村長にその秘術の奥義を伝えたそうです」

「その秘術の詳細を」

「人間の死体の肉を食わせた後に護符を張り付けた犬にある呪言をぶつけると、その犬は人間になる(・・・・・・・・・)のです」

「犬っころが人間になるだと? 冗談は聞いてないんだ! 本当の事を言え!!」

 エノが老人の胸倉を掴む。

「おっさん、最後まで聞こう。聞いてから判断しよう」

 勾導の言葉にエノは舌打ちをしながら老人を解放した。老人は話を続ける。

「人間となった犬は普段はおとなしいのですが術者からの命令を受けると、その姿を犬の化け物の姿に変貌するのです。1体だけではたいした力はないのですが、10体ほど揃うと亜人の集団を皆殺しにするほどの力をもちます。その力によって村は救われ、村を救った男の事を忘れないようこの村は『チュ・ルーヤ村』と呼ぶようになり、村人は犬を魔よけとして飼うようになっていきました。……村の非常時の際には、この力を使うための依り代にするために」

 その話の内容に誰かが唾をごくりと飲む。勾導は聞きたかった質問を老人にぶつけた。

「その呪術を伝えた鶴屋南北はどうなった? どこへいった?」

「彼は秘術を伝えた後、この書物を渡した村人にこう言ったそうです。「エドへ帰る。芝居が待ってる」と。そこから先の足取りは知りません」

「そうかい……。『四谷怪談』を書いた4代目鶴屋南北は江戸で死んだって記録が残ってるから帰れたんだろうな……。そうか、帰れるのか……。日本へ……」

 日本へ帰れる。方法は分からないが、日本へ帰れることを知った勾導は感慨深く呟く。それをタバサはじっと見つめた後、老人に聞いた。

「呪術の詳細は分かった。最初の質問に戻る。村長と名乗るあなたがなぜここにいるの? そして、わたしたちが出会った若い男は何者?」

「その若い男によって閉じ込められたのです。私のせがれであるセッセの手によって」

「なぜ実の子供に閉じ込められたのね?」

「息子は幻想に取り憑かれているのです」

「幻想?」

「『カ・グター・バ』を使えばガリアを、ハルケギニアを征服できるという幻想です」

「ハルケギニアの征服だと? 『レコン・キスタ』みてぇな事を言ってやがるな。それもおぞましい方法を使って征服かよ」

「『カ・グター・バ』、それが『あいつ』の名前か」

「はい。私は年老いたため、呪術の一切をせがれに任せていました。子供のころから賢く何かをやらせると普通の人間以上の結果を出し、まるで私より長生きをしているかのような説得力のある確かな言葉を喋る……。勿論、呪術に関しても素晴らしい才能を持っていました。村を襲う亜人や山賊をあっさりと追い払い、逆に巣を襲って危機を潰す……。村の平和はいつまでも続くと思っていました……。でも違いました。あやつは、とんでもない事を思いつき、実行してしまったのです……」

「なんだよ、とんでもない事って?」

「『カ・グター・バ』と化した犬に生きた人間を食わせ(・・・・・・・・・)、さらなる呪術を仕掛けたのです……」

 老人の懺悔のような告白に一同は凍りついた。だが、老人の話は終わらない。

「その事を知った私はすぐに止め、領主様のところへ出頭するよう言いました……。しかし、気付くのが遅すぎました……。私が気付いた時には村人の半分が『カ・グター・バ』にされていました。生きた人間を媒体にした『カ・グター・バ』は従来のそれより圧倒的に強く凶暴でした……。私は囚われ、この隠し部屋に閉じ込められたのです……。私が閉じ込められて相当な時間が経ちました。既に村人は全員『カ・グター・バ』にされたことでしょう……」

 老人の話は終わる。皆は沈黙したままだった。ハルケギニアは言い過ぎだが、ガリアに、まずは自分たちに今危機が迫っている。どう反応を示せばいいのか、次の言葉が出てこない。このまま時間を無駄に消費するのか。分かっていても行動できなかった

 この空気を壊したのは意外な人物だった。

「みんな、黙っていても事態が良くなるわけ無いのね。おじいちゃん、どうしたらいいか対策を言うのね」

 イルククゥがまっすぐな瞳で老人を見つめる。その瞳は純粋で、少しの影も穢れも無い。それは『人間の見せる瞳』には不可能な美しさがあった。

 老人はイルククゥを見て僅かに微笑む。

「お嬢さん、対策はあります。それはこの本にあります」

 そう言って、勾導の手にしていた四谷怪談の台本を指差す。

「その本の最後の項目に、『カ・グター・バ』調伏の方法が書かれています。そこに記された通りの事をやれば、『カ・グター・バ』を封印できます」

 それを聞いた勾導たちは立ち上がる。この怪異に対抗できる光明が見えたのだ。自然に語気も強くなる。

「よっしゃあ、とっととやりにいこうぜ! こんなわけわかんねぇ状態とはおさらばだ」

「そうだな。とっととこんな部屋から抜け出そうぜ。おら、じいさんも一緒に……」

 その時だった。突然老人がガタガタ震えだす。ブツブツと言葉にならない何かを吐きだし首を上下させるその様を勾導とタバサが見たのは2度目だった。

「ま、まさか……、ヤバい、ヤバいぞッ!」

「おい坊主、あのジジィどうなるんだよッ」

「このじいさん、とっくに『カ・グター・バ』の呪いを受けていたんだッ! 罠だったんだよッ!」

 老人が先ほどまでのしわがれた声では出せないような高いトーンで奇声をあげた。瞳は真っ白で、口には白く、長い犬歯が生えていた。

「イイカタァァァァァッッ!!」

 そう叫ぶなり、イルククゥ目掛けて襲いかかり、彼女の上に乗っかる。イルククゥは手足をバタつかせ必死に抵抗するが無意味なことだった。老人の牙が喉に狙いを定めたその時。

 勾導が老人の顎目掛けて肘鉄砲を放つ。下顎を打ち抜き、砕けた歯がボロボロと落ちていく。有無を言わさず、二発目を放つ。今度は鼻先にぶち当り、鼻がヘし折れた。更にもう一撃。

 助けられたイルククゥも勾導の凶行を間近で見ると声を失う。思わず、エノが勾導の体を押さえた。

「おい、坊主っ! いい加減にしろっ! ジジィが死んじまうぞ!」

「うるせぇっ! オレのエルボーが勝つのか、呪術が勝つのか、実験だよ実験!!」

 そう叫びながら勾導は拘束を振りほどき、老人の上に跨るとエルボーを速射砲のように連発で叩きこんだ。部屋の中にはバコ、ベキッといった生々しい打撃音と老人のうめき声しか聞こえなかった。

「しゃあ! オラァ! オラァ! オラァ! もひとつキャオラァッ!!」

「いい加減やめろッ、坊主!」

「コイツ、メチャクチャなのね……」

「いつもの事」

 結局、勾導は老人が気絶するまでエルボーを叩きこんだ。歯は全て砕け、顔が腫れあがった老人の顔を同情するような視線を向けるタバサ達に対し、この事態を引き起こした男は満足した晴れやかな表情をしていた。念のため老人の手足を縛りあげると、皆は隠し部屋から出た。広間に集まり、これからの事を話し合う。

「で、どうする? このままこの村を放っておくのか?」

「このまま放置していたら周辺の村々にも被害が出る。わたしたちだけで『カ・グター・バ』を討伐する」

「そうだな。やるしかないか。で、おっさんはどうする? おっさんのダチだっていう山賊も多分ヤバい事になってるぞ」

「俺も行くに決まってんだろ。もし『カ・グター・バ』に殺されたのなら、仇を討たなくちゃいけないからな」

「わかった。んじゃ、きゅいきゅい姉ちゃんは?」

「もちろん行くのね。だってこの一帯の精霊たちが怯えているのね。大いなる意思の卷属の一人としてなんとかしないといけないのね!」

(……まーたわけのわからん事を。マジで頭がアレじゃねーの? この世界、隔離病棟とか無いのかな)

 イルククゥの意思表示を可哀想な人を見る目で見るが、気を取り直して手にしたキーアイテムの本を読む。

 「とりあえず、この本の通りにやってみるか。道具がいるみたいだから集め次第、カ・グター・バをボコりに行くぞ!」

 勾導が宣言すると、皆は頷き散っていった。すでに辺りは日が暮れ始めており、作戦開始は夜になってからとなった。

 

 

 夜になった。4人は山賊たちの根城である砦の廃墟にいた。ここにいる理由は、エノの立っての希望で砦に行って仲間の生存を確かめたがっていたことと、どうせならカ・グター・バ調伏の儀式をここでやろうと決めたからだ。残念ながら砦には人の気配はなかった。エノが肩を落とすのを慰めると儀式の準備を始めた。

 勾導はTシャツを脱ぎ、上半身に黒インクで呪術的な意味合いのある文字をタバサに書いてもらっており、砦の広場ではイルククゥとエノが五芒星の方陣を地面に描いていた。

 準備が終わり、勾導が五芒星の中に入る。それを確認したタバサ達は羊皮紙を手にし呪文を唱え始めた。

「ヨエネテマデマンネイランヘクゾノギスワコ……」 

「ヨカギサルデルデラコダンルデツイキヅツノマロゼ……」

 方陣の中で呪文を聞いている勾導は不思議と力がやってくる感覚に包まれていた。あのルーンの力とは別の感覚だ。ルーンの場合は体の内側からどんどんと湧きあがる感覚だったが、この呪術の場合は鎧を纏うように力が足されていくようだと勾導は感じた。

 四谷怪談の台本に書かれていた『カ・グター・バ調伏の法』は以下の通りだ。

 呪術を実行した現場に近い場所にて五芒星の方陣を描き、その中に呪術的な処置をされた屈強な男が入り、肉体強化の呪文を受けつつカ・グター・バと戦う。もっと分かりやすく言うと、

 

  五芒星の中心に勾導が立ち『カ・グター・バ』を迎え撃つ

 

 

 ということだった。

 呪文を唱えだして数分が経った。風の音が強くなってきた。じりじりと勾導の額から汗が出て来る。まだか、まだかと思う。獲物はここにいるぞ、とっとと出てきて調伏されちまえと思う。その願いが叶ったのか、周囲の変化が起きたのはその直後だった。

 風の音にまぎれて、犬の遠吠えが聞こえてきた。その音に最初に反応したのはイルククゥだった。

「みんな、くるのねっ!」

 勾導の耳にもそれが入り、構えながら周囲を見渡す。犬の遠吠えも次第に近くなり、呪文を唱えているタバサは杖に力を込める。

 ジャリ、と朽ち果てた壁の上から音が聞こえた。見ると、ウーバいや、本当の名前はセッセと明かされた男が出会った時と変わらず、顔に笑みを浮かべながらそこに立っていた。セッセが片手をあげる。様々な場所から村人たちが虚ろな目をしながら現れた。

「お、おいっ、お前らっ!」

 エノが驚きの声をあげた。現れた住人の中にはどう見ても堅気の人間とは思えない風貌の集団もいたからだ。きっと、この村を根城にしていた山賊グループだろう。皆村人と同じような目をしていた。

「マジかよ……。こいつらもまさか……」

 勾導が舌打ちをする。彼らの反応を確かめたセッセは静かに何かを唱え始めた。

「ズミミイタイレズミミイタイレズミミイタイレズミミイタイレズミミイタイレ……」

「ウコイサンサイスンウヨノタッカタミコシモタネトルカハトンホ……」

 その呪文に合わせるように村人たちが震えだす。そして苦痛から来る叫びをあげつつミチミチ、ギチギチと昔のストップモーション撮影のような動きをしながら姿を変貌させていった。目を背けたい、だが背けることのできない、おぞましくもどこか官能的なグロテスクがそこにあった。

 村人や山賊たちは皆手足の長く、犬の頭を持った化け物『カ・グター・バ』となった。それを満足そうに見たセッセはその微笑を消し、能面のような無表情になった。それがこの男の本当の顔なのだろう。本性を出したセッセは静かに化生どもに命じた。

「いけ」

 

 




 今回のタバ冒エピソードはご存じな方は分かったでしょうが、某ホラー映画監督の作品群のパロディで構成されています。
 元ネタが分かった方は一緒にタタリ村に行ってフライングネックしましょう。
 
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