―――9月29日午前6時57分。勝海市内柊邸前。
人里離れた場所に存在する不似合いな屋敷の門の前に二人の女性が立っていた。
その二人は唯一の学校である勝海市立勝海学園の高等部の制服を着ている。
しばらくすると、門から一人の男が出てきた。
「おー早いな二人とも。こりゃおまたせしちゃったかな」
男の名前は柊真琴……勝海市の学校に赴任してきた教員、もともと勝海学園は真琴の父親が経営していたのだが、今は父の友人がそれを譲り受け彼自身も教員として学園へとやってきた。表向きは……
「先生おそいよー」
一人の女生徒が元気よく手を振る。
彼女の名前は衛宮愛華、もともとは別の県に住んでいたのだが幼少の頃にこの勝海にやってきた少女だ。活発でいつも学園の中心人物でもある。
「愛華ちゃん、私達もさっき来たところだよ。先生すみません」
もう一人の生徒がそう口添えする、こちらは愛華とは違って大人しそうに見える。
こちらの少女の名は神代優奈、勝海に昔から住んでいる地主の娘である。
一見すると、学園の教員と生徒だが彼らには他の人には言えない隠し事があった。
「せんせー魔力放出上達したかみてよー」
「ああ、放課後見るから人前じゃ絶対やるなよ」
「わかーてるって」
「わ、私も見てほしいです……」
「はは、心配するなって神代もまとめてみてやるから」
「お願いします」
彼らがこの秘密を共有し始めたのは真琴が赴任してきてから数週間後のことだった。
愛華と優奈は昔から不思議な力を持っていたのだが、それをついつい人前……というよりは学園内で使い、それを真琴に発見されたことがきっかけだった。
最初は使用を封じるように諭すつもりだったが、彼女らの才能と好奇心に負け、自分の力はただしく理解するべきと言う教えのもとに定期的に魔術の使い方を教えている。ただし人目についたり、いたずらに使ったりしたらもう教えないという条件で。
「先生はもうこっちに慣れた?」
「おいおい、もう三年目だぞいい加減なれるだろ」
「もう三年かー。先生も前はかっこよく見えたんだけど今じゃそうでもないって思うわ」
悪い笑みを浮かべながら愛華が真琴を見る、真琴は苦笑いしながら返す。
「おい、それどういう意味だよ。衛宮」
「そのまんま」
「せ、先生は今でもかっこいいですよ!」
「お、おうありがとな神代!」
すると突然優奈が割って入るがすぐに自分の言ったことを理解して顔を真っ赤にする
。それを分かっているのか真琴はすぐに言葉をつなげて流す。
「おやおやー」
それをすかさず愛華が茶化す。
それが彼らの日常だった……真琴は知っていたこれが長く続かないことに。
そして出来れば彼女らが巻き込まれないように、そう祈っていた。
―――同日。午後17時27分、勝海市立勝海学園内高等部教室。
「先生おそいねー」
夕暮れにそまる教室内で二人の生徒が席に座っていた。
「会議長引いてるのかな」
愛華の赤茶けた髪が夕日に映える、反対に優奈の黒い髪は夕日を受けて沈んだ印象を受ける。
「優奈はさ……せ、先生のことどう思ってる?」
突然の問いかけに優奈は口ごもるがなにかを誤魔化すように言葉を吐きだした。
「い、良い先生だよね。私達のこともちゃんと考えてくれてるし……」
その答えは、生徒としては正解だった……しかし、彼女らは知っていたその意味を。
「そういう意味じゃなくて……その異性としてどうかなーって?」
それを口にしてしまった愛華に迷いはなかった。
優奈も口にしてしまいそうな言葉を飲み込む、しかし溢れだした感情は治まらない。
「――わたしは……」
そのタイミングで真琴が教室に入ってくる。
「すまんすまん、会議が長引いた……んで今日の練習はなし!即刻帰宅だ」
その言葉に二人はあっけらかんとしている。
「え。ど、どういうことなの先生?」
最初に口を開いたのは愛華だ。
「そのまんまだ、とにかく帰れ」
「いやいや、理由を教えてよ」
「必要ない帰れ」
互い一歩も譲らない、そんな二人に割って入るのはいつも優奈だ。
「と、とにかく帰ろう愛華ちゃん。先生も言えない理由があるんだし」
すると、溜息を吐きながら愛華は頷いて荷物をまとめる。
真琴もさすがに悪いことをしたとばつの悪い顔をしている。
「ごめんな、二人ともそれとしばらくは夜は出歩かないでくれ。訳は必ず話すだから今は先生を信じてくれ」
「大丈夫ですよ。ね、愛華ちゃん」
「う、うん……」
愛華はまだ納得してない様子だったが渋々といった感じで頷き、二人は教室を後にした。
「じゃな、二人とも」
真琴は二人を校門まで見送ると、険しい顔つきになって校舎を睨んだ。
彼がこんな理由になっているのには理由があった。
学園の生徒が明け方から行方不明になったという報告があった、しかし学園ではそれを生徒にしらせず穏便にすまそうとなった。
いずれは表立つことも今は公表しない、それに生徒が一人いなくなったところで別に支障はない……それが学園の出した結論だった。
もちろん噂が広がらないよう、教職員全員このことは口外無用だった。
真琴は知っている、この事件の犯人を、そして狂っている学園を……
「キャスター」
真琴は小さく呟く。
「よんだ?」
キャスター……もといヘラが真琴の後ろから現れる。
「今日、一日学校にいてお前に気付いた奴はいたか?」
ヘラは少し、悩んだふりをしてすぐに「いなかったよ」と言う。
そして真琴はまた険しい顔をした。
この市は人口はそう多くないが、霊脈が市全体に張り廻り魔力供給は十分なはずだ。
いざとなれば存在はばれるが霊脈から大量に魔力を吸えばサーヴァントを強化することも可能だ、まあそうなれば一番に狙われる訳だが。
ならこのタイミングの行方不明者は、興味本位に殺されたか誘拐された、またはマスターである可能性が高い。
この市が霊脈に満ちているせいか昔からある種の才能……魔術師としての才を持って生まれる子がいるらしく、中には膨大な魔力を持つ者も生まれることもあるとか……だからここの生徒がマスターになる可能性もない訳でもない。しかしそれなりに才があったところで使い方を知らなければならない訳で、真琴が学園に来てから三年間魔力を感じたのは愛華と優奈の二人だけのはずだ……真琴はそう思っていた。
「キャスター魔力の残滓は感じないよな」
「感じないよーでも……」
突然校庭の中心に土煙が上がり爆発音が響き渡る。
真琴は慌てて後ろを振り向くとそこには馬に乗った男がたっていた。
甲冑に身を包み剣を携えている、直感的に分かるサーヴァントだ。
「なんだ、魔力の反応を感じてきてみれば……軟弱な男に女が一人か。これは外れだな」
「くっ……その姿。ライダーとお見受けするが、如何かな?」
「まさに我こそはライダーとしてここに君臨した。少しは礼儀を弁えているのか男……少し気分がいいな、我と手合わせ願うよ」
その瞬間、ライダーは馬ごと恐るべき早さで真琴の首筋を捉える。
間一髪のところで真琴は反応してその一閃をかわす。
「ほう、避けられたのは心外だな。サーヴァントの性能か?」
「どうかな……」
どう考えても相性が最悪だ、もともとこちらは真っ向から殴り合うタイプではない。
しかし、相手のライダーは正面衝突型。守りに入ったところで時間稼ぎに決まっている。
しかし、マスターが見えない。相手も単独行動型とは見えない……どこかにマスターがいるはずだ。
「キャスターあれの相手できるか?」
「どう考えても無理、あれ魔力放出してるし。時間稼ぎなら出来るけど」
「じゃ、それで頼む」
そう言って、真琴は校舎に向かって走り出す。
「崩落の意思よ、砕けアセント!」
真琴の手に握られていた宝石が砕け魔力弾となりライダーの足元に無数に飛んでいく。
「小賢しいわ!!」
ライダーが一蹴すると魔力弾はすべてかき消された。
サーヴァントが持つ魔力抵抗のせいだろう、しかし真琴はその隙に校舎に逃げ込んだ。
「逃がすか!」
ライダーがすかさず追いかけようとすると数本の鎖が地面から生えてくる。
そして、ライダーの乗っている馬に鎖が巻きつく。
最初、その鎖を引きちぎろうとしたがあまりの強度にちぎれず、さらに触れたところから徐々に毒に侵されるされるかのように黒く染みていく。
「チッ!去ね、我が愛馬よ」
ライダーは馬をなにもない空間へと隠した。
剣をを構えライダーはヘラを睨みつける。
ヘラも負けじと睨んでいるが相手の出方に悩んでいた。
相手は武人だ、けどセイバークラスやランサークラスと違い、まだやりやすい。
ここでとれるヘラの行動など決まっていた。
「いかないの?あなたのマスター……見つかっちゃうよ」
ライダーは表情一つ変えず言い放った。
「これで死ぬようなマスターならとっくに我が殺している。それより自分の心配をしたらどうだ?」
「言われなくくとも」
ヘラが両手を地面につく、地面を伝ってライダーの足元へ向かっていく。
ライダーはそれを剣によって叩き斬る、そして騎乗していないのにも関わらず、ヘラの目前へと、瞬時に移動する。
ヘラは慌てて魔力障壁を展開する、それによりライダーの剣を防ぎヘラは大きく後ろに距離をとる。
「鬱陶しい」
ライダーの足元に大量の鎖が巻きついている。
それを足で蹴り壊しヘラを睨む。
「我の覇道の邪魔をするのか、どこぞのだれと分からぬサーヴァントよ」
「煩いぞ、小僧がお前こそ私の願いの邪魔はさせぬぞ」
二人の魔力が高まって行く、暗い校庭が明るく輝く。
「ヘラ大丈夫か……」
真琴は校舎の階段を駆け上がりながら、置いてきたヘラのことを考えていた。
正直勝ち目は薄いし礼呪を使って逃げることも考えたが、しかし……
「大体見当は付いているんだ」
真琴は敵の正体に薄々感ずいていた、真っ直ぐにその場所へと向かう。
「何やってんだライダー……てめぇが豪語するからこっちから狩りに来たんだぞ」
カーテンの隙間から校庭の様子を見ている男が悪態を付いている。
「くっそ、なにがキャスターなら余裕だよ。これであの男に一泡吹かせられると思ったのによお!!」
思わず机をたたきそうになるが、堪える。
ここでばれちゃ意味がない。しかし、あの無能先生に自分の姿は見つけられっこない。
そう確信していた……しかし。
「見つけたぜ!ライダーのマスター」
真琴が教室の扉を勢いよくあけ、勢いよく男に走り寄る。
「強化・二重魔術!歯くいしばれ!!」
真琴の腕と手が淡く光、男の顔面に重い一撃が入る。
恐らく男の鼻は砕け散ったであろうそれほど陥没し血が溢れだしている。
「む、どうやらお遊びは終わりらしいな。我の無能が気絶したようだ……さらばだキャスター」
ヘラは全身ボロボロで肩で息をしている。
ライダーはそんなヘラを尻目に霊体化し姿を消した。
彼女はその場に倒れて、気を失った。
―――9月29日午後23時12分、勝海市内柊邸。
混濁した意識からゆっくりと瞼を開ける……そうか、助かったか。
ヘラはそんなことを思いながら、ゆっくりと起き上がる……マスターの寝室か?
そう思い辺りを見回す、多くの本棚に無数の本がきっちりと並べられていた。
「お、起きたか」
そばに座っていた真琴がヘラを見る。
「しかし、すげーなサーヴァントの治癒能力ってやつは」
好奇心の目で体を見られるすごい不快だとヘラは感じた。
「はぁ、こっちはあんたのせいで死にかけたのよ?」
「悪かったて」
真琴は頭を下げて謝るが、あまり悪いとは思っていなさそうだ。
けど別にヘラは気にしてない、それが聖杯戦争のあるべきマスターとサーヴァントの関係だと知っているからだ。お互いが深入りしたところで意味はないドライな関係が求められる。
「それで次は?」
「ああ……」
真琴は彼女があっさり許してこれたことに少し違和感を持ったが今は気にも留めなかった。
「ライダーのマスターは設楽秋人……俺の同僚だ、あいつ今日宿直だからまさかと思ったがな」
「へえそれで?」
「い、いや多分生徒を襲ったのはあいつじゃない。あいつはあれでも教育者として出来た人間だ……少し嫉妬深いがな」
「まあ、ライダーのマスターが犯人じゃないのは分かったけどそれじゃ振り出しじゃない?」
「そうだな……」
この時点で真琴達にとれる手は尽きていた、精々この屋敷に罠を仕掛け応撃するのが最善の手と考えられた。
同盟や休戦などを組めるのが理想だが相手の情報がまったくない。
さすがにライダー陣営は手を組むことを拒否するだろうし休戦ぐらいが関の山。
あまりとりたくないが待ちという選択しか彼らに取ることはできなかった。
「よし、とりあえずここを拠点に固めるか」
そう言って二人は屋敷の強化を始めた。
―――9月30日午前3時33分、勝海市内。
「くっそ……」
設楽秋人は苛立っていた。
同僚が同じ魔術師しかもこの聖杯戦争のマスターだとしり、強襲を掛ける予定だった。
しかし、それは失敗し手痛い返しを食らった、さらにサーヴァントにも嘲笑され立つ瀬がない……そんな状況で苛立たない方がおかしかった。
「あいつが……全部あいつの……」
設楽秋人は真琴が来る前は園内で一番信頼されている先生という印象だった。
しかし、彼が来てからはそれが崩れ秋人は嫉妬を覚えるようになった。
けれどなにもすることも出来ずやきもきしていたところでこの聖杯戦争だ。
仕返しの機会だと思っていたサーヴァント同士の相性も勝っていた……
「くっ……」
歯をぎりぎりと噛みしめ向かい所のない怒りを貯める。
「まあ、マスターよ相手が思慮深かったのだ致し方あるまいて」
ライダーに慰められたところでこの怒りは収まらない。
いっそここの人間達を……などと考えたところで頭を振る。
それだけはだめだと強く強く意識する。
「マスター」
ライダーが秋人を呼び止める、その声に彼は理由を求めたがそれはすぐに分かった。
「……に、人間じゃないな?」
秋人は恐ろ恐ろ目の前に立ちはだかる女性に問いかける。
真っ白い髪はまだいいとしてその力に満ちた瞳……噂程度に効いた魔眼とやらに似ている。
彼女は動きにくそうにスーツに身を染め、短い髪は風になびいている。
秋人とライダーが警戒していると、彼女はゆっくりと口を開く。
「夜分遅くに失礼する。見たところあなた方はマスターとサーヴァントと思えるのだがどちらの聖杯のサーヴァントだ?」
秋人は彼女に言葉に困惑した……どちらの。聖杯は勝海に眠る一つだけの筈じゃなかったのか……それともこいつは嘘をついているのか。
しかし、サーヴァントの姿は見えないやるなら今のうちでも……
そう思った矢先、ライダーがいきなり霊体化を解除し武器を構える。
「マスター上から来るぞ!」
その声に秋人は慌てて後ろへ転がる。
刹那、彼らが居た場所でなにかが爆発した。
そこには一人の大男が剣を構えて立っている。
その周りは抉れ、凹み、砕けている。
「なんだこいつは……」
大男の風貌は肩から背に掛った黄金色のマント、鍛え上げられた肉体が見え隠れする麻の服に腰にはベルト、まるで神話に登場する英雄のような出で立ちだった。
「すみません、マスター外しました」
「いいえ、結構。おそらくサーヴァントの直感でしょうか気配遮断は完璧でした」
「そのお言葉ありがたいマスター」
などと二人が悠長に会話をつづけているとライダーがその男に切りかかる。
男は即座にそれに対応しライダーを蹴りつける。
「いきなり切りかかるとは貴様それでも武人か!!」
男が唐突に声を荒げ叫ぶ。
「戦闘中によそ見をしているほうこそ失礼にあたるんじゃないか男よ」
すると男は頭を下げ、こう言った。
「これは失礼した、たしかにこちらの振舞いも無礼であった。お詫びに私の名を教えしよう。よろしいですねマスター」
そう言ってマスターである女性に目配せした。
「いいだろう名乗れ」
「私はこの偽りの聖杯戦争にアサシンとして召喚された。英雄ヘラクレス」
その瞬間、秋人の表情がかわり、その場に立ち尽くす。
「へ、ヘラクレス!?か、神様そのものじゃないかむ、むりだにげようライダー」
「マスターよ、落ち着け。奴がいくら強大であろうと我に勝てるはずがない」
そう言って、ライダーはもう一度ヘラクレスへと切りかかる。
ヘラクレスはそれを難なく受ける、負けじとライダーも猛攻する。
ライダーの攻撃は魔力放出により一撃一撃がかなり重いものとなっているがヘラクレスはそれすら無意味だと言わんばかりに剣を優に受け流す。
「ええい鬱陶しい!」
ライダーは隙を見てヘラクレスを蹴り飛ばし、一度後方へ飛び去る。
「マスター宝具を使うぞ!」
「こ、ここでか!?こんなところで?」
「なに、全力はださんさ!出でよ絶影!我が愛馬よ」
ライダーが馬を出現させ、それにまたがると勢いよく走りだす。
「堕ちよ、倚天劍絶影(イー・ティエン・ジェイング)!」
ライダーがそう叫び馬が雄たけびを上げると物凄い速度で加速し、ヘラクレスめがけ突進する。
起き上がり動作中のヘラクレスはかわす余力もなくさらにはその速さ、反応すること叶わず、ヘラクレスの胸にライダーの剣が深々と刺さり、ヘラクレスはその場で倒れた。
「どうだ我が剣と愛馬の威力は!」
ライダーが歓喜の声を上げる、それにつられて秋人も手をたたいてよろこんでいる。
「ど、どうだ俺だってやればできるんじゃないかははは!」
しかし、ヘラクレスのマスターである女性は一切慌てるようなそぶりは見せない。
そして冷たくこう言い放った。
「立てヘラクレス、そして見せてやれ」
その言葉にヘラクレスはゆっくりと立ち上がり、胸に刺さった剣を抜きライダーに投げ返す。
「まさか一度殺されてしまうとは油断した……」
そして禍々しい光がヘラクレスの剣に集まる。
「マスター礼呪だ!」
「あ、あああ。礼呪を持って命じるライダー俺を乗せてどこかへ行け!!!」
そう言うと二人は赤い光に包まれて姿をけした。
「逃がしてしまった。すみませんマスター」
「良いのです。もう加減をしなければよいのですから」
「はい、マスター」
ヘラクレスと女性はそのまま、町中へと姿を消した