今回ちょい短いです。
人間には慣れという物があるのを、これまでを振り返って風間堅次は改めて思う。
柴崎芦花、高尾、水上桜、船堀、境多摩。
ある出来事がきっかけで次々に出会い、親睦を深めた(黙っていれば)美少女五人。彼は現在、色々あって彼女達と昼休み一緒に食事を取るのが日常になっている。最初は騒いでいた周囲も3日経てば沈静化し(元々一緒に食事しているだけなので当たり前といえば当たり前だが)、今では生徒の一部が色んな感情を含んだ目を時々向ける位になっている。
「風間さん、お箸動いてませんけど、美味しくなかったですか?」
「いや、お前の弁当はいつもと変わらず美味い。箸止まってたのは少したそがれてただけだ」
船堀に言われておかずを口に運ぶ。堅次の前には二つの弁当箱と、おかずが幾つか置かれた蓋が置いてある。弁当は船堀と桜が作った物で、蓋の上のおかずは他三人の提供。初日は様々な意味でぶっ飛んだ弁当を持ってきた三人だが、現在は量が少し多いだけの普通の弁当を持ってきている。
以前は妹が作った弁当を持参していた彼も、今は五人から貰うのに慣れている。というか、六人で教室で食事する事に慣れている。
経緯はどうあれ、考えれば妙だと思える点が沢山ある事でも、時間が経てばそれが当たり前になってしまう。自分が変なのか、人間にとって当たり前なのか、正直分からない。だが慣れてしまった以上自分から決起しない限り手離そうと思わない。
そんな小難しい事を考えていると、桜が話し掛けてきた。
「そういえば先輩、今日之江っち休みみたいですけど、風邪引いたんですか?」
「あ? 之江? そうだけど。後腹壊してる」
一気に不機嫌になった。
「ちょっと、どうしたのよ? 之江ちゃん心配じゃないの?」
「あいつがああなったのは自業自得だ」
「何て事を言ってるんですか! ちゃんと自己管理していたって体調崩す事は有り得るんですよ?」
「あいつがちゃんと自己管理しなかったからああなったんだよ!」
『おい之江。これ以上アイス食うのやめろ』
『別にいいじゃん、間食位誰でもやるでしょ?』
『今食ってるのでもう二十個は食ってるだろ! もう間食の範疇じゃない!』
『22個だけど』
『よく入るな……これ以上はやめとけ。晩飯食えなくなるし、何より体壊すぞ』
『今更兄貴面しないでくれる? 桜達とイチャイチャするのに気を向けていればいいじゃん』
『その言葉には色々言いたいが、今あいつ等は関係ないだろ……』
『私が何を鱈腹食おうが兄貴にあれこれ言われる筋合いは無い! ほっとけ!』
「次の日もその次の日もアイスばっか食っていて、何度言っても反抗した挙げ句今日になって風邪で熱出して下痢……しかも看病しようとしても反発するんだぞ……」
箸を握った手がプルフルと震えている。本気で怒っているのが分かる。 堅次の言葉の後、誰も何も言わなかった。堅次が怒っているのはごもっともだ。それに関して何を言っても、彼の癇に障るのは大体分かる。
結局全員食べ終わるまで、このグループは無言を貫いた。
それを破ったのは食事を終えて堅次と船堀以外が各々自分の教室に戻る時で、人物は桜だった。その時彼女はこんな事を言ってきた。
「先輩、今日之江っちのお見舞いに行っていいですか?」
「……何企んでる?」
「女の子の申し出に露骨に疑ってかかるのはどうかと思いますよー」
「家に何度も突然押し掛けてきたお前が事前に訊ねてくる時点で変だと思わない方がおかしい」
「いけませんよ桜、風間さんにも都合があるんですからそれを考えないと」
「お前にそれを言う資格は無い!」
「あんたはそれを自分に言い聞かせる事からやりなさい!」
自分が普段から行っていないごく当たり前な事を発言した芦花に、そのせいで日頃から迷惑を被っている堅次と高尾が怒鳴った。
「女の子の方が之江っちも割と気軽に接してくれると思うし」
桜の言い分に堅次は考える。確かに、今の之江に自分が何を言ったって反発されるだけだ。之江と桜が妙な友人関係なのは堅次もよく知っている。来たら最初こそ嫌がるかも知れないが、自分より衝突は少ないだろう。 そこまで返事して堅次は了承する。その後桜が一緒に帰る、一泊するだの言い出し、一騒動が起こった。
学校が終わり、帰宅した堅次は、トイレから出て来た顔色の悪い之江と鉢合わせする。
「お帰り、遅かったね」
「ちょっと時間を要さないといけなくなってな」
「や、之江っち~」
「帰れ」
堅次の後ろから現れた私服姿にバッグを持った、いかにも外泊ルックな桜を見て、一気に不機嫌になった。
一言放った後堅次を睨む。
「兄貴一体何考えてんの? 病気で弱ってる妹がいるのに家に女連れ込むって! 桜と付き合ってるって噂ガセって言ったの嘘だったの!」
「誤解を招く事言うな! こいつはお前の見舞いと看病の為に来ただけだ!」
「桜なんかに来て貰わなくてもお母さんもうすぐ帰ってくるんだけど!」
「いや、お袋まだ帰ってこないぞ?」
「え?」
「朝言ってただろ? 今日遅くなるって」
そんな事を言っていたのを思い出した。
「そんな訳で、私が一日ヘルパーを申し込んだんだよ」
「お袋の事言う前に泊まるだの言い出しただろ。じゃ俺は粥でも作ってやるから、お前はこいつを部屋に押し込めて面倒見といてくれ」
「はーい♪」
堅次は台所に、桜は之江を引っ張って彼女の部屋に向かった。
「じゃあ之江っち、子守歌、何かリクエストある?」
「歌なんて聞きたくない」
「じゃあご本読んであげる。何冊か持ってきたけど何がいい?」
「私はそこまで子供じゃない。というか今そんなに眠くもない!」
怒鳴った後息を切らす。息が整うと毛布の中にくるまった。
「……訊いてもいい?」
「私に答えられる範疇ならね」
「あんた、私の兄貴とどうなりたいの? 妹って言ってベタベタ引っ付いてると思ったら兄貴が他の女と仲良くしてたりすると何気なく怒ったり、挙句デートするわ兄貴の分の弁当作ってくるわ恋人か夫婦みたいに振る舞って、それでいて何人も女と仲良く一緒に食事するわ……兄貴もそれをすっかり受け入れて……もうあんたも兄貴も何考えてんのか分かんないよ!」
自分でもよく分からない怒りが喋るごとに湧き上がり、それを桜にぶつける。
滅茶苦茶を言っているのは解ってはいる。だが、止まらない。いや、止めようと思わない。寧ろ吐き出さないといけないとさえ思っていた。
全て言い切った。桜は自分の事どう思うんだろう? 愛想尽かしただろうか? 呆れただろうか?
何をされるんだろう? 怒鳴り返されるだろうか? 叩かれるだろうか?
桜は毛布をやや強引に剥ぎ取り、之江の体を自分へと向け、手を伸ばした。叩かれると思い、強く目を閉じる。
「スッキリした?」
頭を撫でながら、そう言った。ゆっくりと瞼を開くと、いつもと何か少し違う笑顔があった。
「やっぱり兄妹だね。先輩と感触似てるや」
「……怒ってないの?」
「どうして?」
「だって私、あんたに八つ当たりしたんだよ? あんた何も悪くないのに、それなのに……」
「気にしなくていいよ。之江っちはただ溜め込んでいた物を吐き出したかっただけなんだよね?」
涙を浮かべながら頬を膨らます。気持ちを理解してくれて嬉しいのと、見抜かれて悔しいのと半々だった。
「質問に答えるね。私自身にもちょっと分からないんだ」
「分からない?」
「うん。先輩みたいな人がお兄ちゃんだったらって思った時があってね、妹ぶってみると楽しくて。でも芦花先輩達を見ているとムカムカする自分もいて……自分は先輩の何になりたいんだろう? 気づいたらこんな事ばかり悩んでいて」
「桜が来たのって……本当は……」
「之江っちに聞いて欲しかったから、かな? お見舞いも本心だけど」
「兄貴はともかく、柴崎先輩とかには打ち明けなかったの?」
「あの関係、結構好きなんだ。それの中にいる私もね。おかしな話だけど、こんなフワフワした関係と立場を脱したいと思いつつ甘えているんだ。それはみんなも同じだと思う。だから言えない」
「じゃあ、何で私にはうち明けられたの?」
「之江っちがある意味一番遠くて近い悩みを持っていると思ったから、かな?」
「何を根拠に」
「『叶わないと分かってるけどそうなってほしくない』。之江っちがやけ食いに走ったのも先輩に対してツンケンしていたのもそれでしょ?」
之江は言葉が詰まる。
言ってる事は全部図星だ。兄がいつまでも自分と一緒にいてくれる訳じゃない。遅かれ早かれ自分から離れていってしまう。頭では分かっているけど、そんなの嫌だ。
だから桜と付き合っているという噂が流れ、追い討ちをかけるように堅次がもう弁当いらないと言ってきた時、それを実感してショックだったし寂しかった。
「ごめんね之江っち、私之江っちの事蔑ろにし過ぎてた」
之江の目尻から涙が溢れ、桜に抱き付いて顔を胸に埋める。桜は何も言わずただ彼女の頭を撫で続けた。
「おーい。粥、持ってきたけど今大丈夫か?」
堅次がドア越しからそんな事言ってきた時には、既に之江は泣き止んでいた。だからいいと返事し、土鍋と茶碗を乗せた盆を持った堅次が中に入ってきた。
「あれ? 茶碗三つ?」
「別のもん用意するのも面倒だからな」
「ふ~ん……」
桜は何か含んだ笑みを浮かべ、堅次の傍に寄った。
「先輩先輩、食べさせて下さい。あーん」
口を開く桜。対して之江は体を起こす。
「ななななな、何やってんだよあんた!」
「お兄ちゃんにお粥食べさせて貰おうと思って」
「あんたが患ってるのは妹キャラであって病気じゃないだろ!」
「あっうまい、座布団持ってくるね」
「いらん! 兄貴! こいつ健康だから自分で食えるよ! だから病人の私に食べさせてよ!」
「いいじゃん之江っち、独り占めはよくないよ?」
「独り占めなんかしてない! 兄貴! こいつ健康だから自分で食えるよ! だから病人の私に食べさせてよ!」
「いいじゃん之江っちのケチ」
「ケチじゃないし! 当たり前な事言っただけだし!」
堅次は無言で粥を茶碗によそって二つを之江と桜の前に突き出した。
「こんな事で言い争う元気があるなら自分で食えるよな?」
二人は迫力に押され、黙々と粥を食べた。
「じゃあ俺洗い物してくるから、お前は之江の身体拭いといてくれ。風呂場の場所は分かるよな?」
「分かりました」
「あっちょっと待って兄貴」
「何だよ」
少しおどおどしながら、之江は言った。「えっと……」
「之江っちが拗ねてたの、それだったみたいですよ?」
「ばっ……そんなんじゃないからね! 桜がそんな事言ってるだけだからね!」
桜がそれとなくフォローするが、言い方が言い方だったので顔を真っ赤にして反発する。
堅次も考える。桜の言い分を鵜呑みにしている訳ではないが、説得力はある。断ってまた同じ事が起きたら面倒だ。
「……分かった。但し量は減らしておいてくれ。普通の量だと大体四人分になっちまうから」
「量が多かったら私達も分担するから、あれこれ気にしなくていいよ?」
押し切られる形で渋々了承した。桜の看病もあってか、之江の不調は翌朝にはすっかり良くなっていた。
その日も平日であった為、学校は普通にある。その日の昼休み、堅次には二つの変化があった。
一つは、自分の前にある弁当に之江が作った物が加わった事。もう一つは――
「どうしたの兄貴? 早く食べないと昼休み終わるよ」
一緒に食事を取るメンバーに、之江が加わった事だ。位置は堅次の隣。
「何でお前も加わっているんだ?」
「別にいいじゃん。今更一人増えたって大して変わらないでしょ? それとも私が一緒だと何か都合悪いの?」
「お前等もこいつが一緒でいいのか?」
「構いませんよ」
「別にいいわよ」
「全然オッケー」
「いいですよ」
「いいよぉ」
「……分かったよ。多数決には従うよ」
こうして昼食を食べるメンバーに之江が加わった。
今何のかんの言ったものの、すぐに慣れるんだろうな。堅次はそう考え、箸を進めた。
「それなら俺も一緒に」
「俺も」
「私も」
『やだ』
大濠達の申し出は、満場一致で突っぱねられた。
桜が之江の為に持ってきた絵本のラインナップ
・ジャガイモ太郎一代記
・夜の銀ぎつね暗黒街をゆく
・けつあな太郎vs玉袋さおの助
・ふつう太郎のふつうの大冒険