小鳥が大きくなるまで、いつもそばに   作:雪詞

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合宿編⑦
合宿編最後です。
なんだかんだでここまできたらと思って、すでに幼馴染で仲のいい2年生以外と鷹也の仲がよくなるようにとここまで合宿編でメインとなっていなかった希とにことの話を入れました。
これで1年、3年全員と鷹也の距離が合宿で縮まったんじゃないでしょうか。

それではご覧ください。


合宿の終わりといつも通りの……

結局その日はほとんど寝ることができなかった。次の日の早朝から練習であることを考えたら、できれば早めに寝ておきたかったのだが書類の整理を早めに終わらせると考えていた以上はそれを終わらせようとしたら案外時間がかかってしまったのだ。

 

「ふわぁああ……ねっむ……」

 

鷹也は欠伸をしながら、昨日の段階で真姫から借りていた別荘常備のクーラーボックスに飲み物を入れていく。夏真っ盛り。気温は高め。早朝の海辺とは言ってもすぐに水分が足りなくなるだろうから、いっそクーラーボックスに大量にペットボトルで飲み物を詰めて入れておこうと思ったのだ。顔を洗い、寝起きの状態からは覚醒したとは言ってもまだ眠気の残っていてだるい体を無理やり動かして外にクーラーボックスを運ぶ。玄関にとりあえずは置いておき、後でみんなが来てから浜辺まで運ぼうと考えて、外に歩き出す。片手には昨日買い出しの時に買ってきてもらった缶コーヒー。

 

「うぅ……ん……さすがに外で歩くと眠気は取れるな……」

 

そう呟いて缶コーヒーに口をつける。ホットの方が好きではあるが、さすがに暑いのでアイスコーヒーである。その苦みに顔を少ししかめつつ浜辺を眺める。すると、そこに見知った人影を見つける。

 

「希……?」

 

μ’sの中で最も何を考えているのかをつかませない少女。最も人に本心を悟らせない少女。その少女が波打ち際に佇んでいた。鷹也はゆっくりとした足取りでそこに近づく。

そして、不覚にも見惚れてしまった。

斜め後ろからであるから表情は少ししか見えない。その少し見える表情。何か感傷に浸っているような、何か不思議と人を惹きつけるその表情はどんな感情を表しているのだろう。何をこの少女は考えているのだろう。

 

「あ、鷹也くん。」

 

そこで希がこちらに気が付く。不意に少し吹いた風になびく髪をおさえて微笑む彼女に少し見惚れて、すぐに頭を切り替えてから片手を挙げて近づく。

 

「おはよ。早いね?」

「おはよう。ちょっと一応コーチだし、みんなより早めに起きて準備をしとこうかと思って。希こそずいぶん早いな?」

 

おかげでコーチの面目丸つぶれだとふざけて言う鷹也に、それは悪いことしちゃったと笑って返す希。鷹也は缶コーヒーに口をつけながら希の見ていた海を隣で眺める。広く広く、遠く遠くまで続く海。

 

「ちょっと海を見に来たの。」

「へえ……」

 

理由を聞こうとしてやめておく。なんとなく聞かなくても分かる気がした。そのまま少しの間2人で黙って海を眺める。すると、不意に希が声をかけてくる。

 

「……鷹也くんはμ’sのことどう思う?」

「ん~……きっと大きくなるんだろうなって思う。」

「おお。コーチに期待されてるんやね、うちら。」

 

そう言って希は小さく笑う。そんな様子を見ながら、鷹也は続ける。

 

「実際に思ってるよ。みんな、才能に、夢に、希望に、やりたいことにあふれる子たちだ。きっと今よりも大きくなっていく。」

「……なんや、恥ずかしいね。」

 

照れたように言う希。なんとなく言ってもいい気がしてさと言って鷹也は口を閉じる。静かな、ゆっくりとした居心地のいい時間が流れる。

 

「ねぇ……そういえばうち、前に言ったやん?鷹也くんはみんなに付いていく覚悟があるのかって。」

「そういえばそんなこと言ってたね。」

 

希に言われて思い出す。μ’sのサポートから身を引こうとしていた時のこと。それをこの少女が見抜いて声をかけてくれたこと。言い回しは分かりづらかったし、1度は取り違えたけど、あの時のあの言葉はきっと鷹也に影響を与えている。希は少し吹く風に眼を細めて続ける。

 

「うちはあの子たちのことを考えると、鷹也くんがこのまま一緒に活動していくのがいいことなのか。みんなの様子を見ればみんなが鷹也くんを信頼してるのは分かってたし、それなら一緒にいるのがいいことだってことも分かってたけど、本当にそれでいいのか。正直自信なかったんよ。みんなと違って鷹也くんとは会ってから日が浅いから。まだ分からなくって自信が持てなかった。それくらいあの時の鷹也くんは不安定だった気がしたから。」

「…………………………」

「だからちょっと意地悪な言い方しちゃった。ごめんね?」

 

そう言って少し舌を出しながら悪戯っぽく笑う希に鷹也は苦笑する。希がそう思っても仕方ない。実際に自分は彼女たちに悪影響を与えかねない存在なのだから。手伝うことで彼女たちの負担や無駄な雑用を減らすことはできるけれど、こちらからいい影響を及ぼすことはまずない存在。それが自分なのだから。鷹也はまだ自分が一緒に活動していくことにメリットは見つけていないのだから。

そんなことを思いつつも、別に気にしてないよと返事をする鷹也に希は微笑む。

 

「でもね、うちもμ’sのメンバーとして活動していって。それで気が付いたん。」

 

そこで少しためる希に鷹也は視線で何を?と問いかける。希はその視線を受けて、わざとらしく考え込んでから言う。

 

「………やっぱりやーめた。これ以上は言いません。」

「なんだよ、気になるじゃん。」

「これは鷹也くんが気が付くべきことやしね。うちが口を出すことじゃない。」

 

気になるところで止められて不満げな表情の鷹也に希はごめんごめんと笑う。

 

「でも、これだけは言っておこうかな。」

「ん?」

「鷹也くん。」

 

希がこちらに笑顔を見せる。純粋に何か想いが込められた笑顔。

 

「うちはみんなと一緒に大きくなって、進んでいきたい。だから……」

 

———ずっとついて来てね。

 

今回は覚悟を聞くとかじゃなくてお願いや。と言って希は笑う。その言葉に鷹也は困ったように頭をかき、誤魔化すようにコーヒーを口にふくんで何も答えないという意思表示をする。自分が関わり続けるメリットはいまだに見つかっていないのに、気軽に返事はできない。そんな鷹也に苦笑しつつ、希は海に視線を戻す。少しの沈黙。鷹也も海を見つめる。

 

「…………みんなの力になれて、みんなが望んでくれるならな。」

「……うん、そっか。それなら大丈夫やね。」

 

なんとなく、誤魔化したままでいたくなくて。そう答えた鷹也に希は笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

その後、少し希と黙って海を見ていると真姫が起きてきたので、真姫に挨拶してから鷹也はその場を離れた。結局のところ何も準備を終えていない。真姫が起きてきたということはそろそろみんなが起きてくるだろう。準備や着替えの時間があるといってもそこまで時間はない。砂浜もいつもの階段ダッシュの代わりに使うだろうしということで危険な物、尖った石やガラスなどが落ちていないか確認していく。どうせここを走るとなるとみんな裸足になるだろうから確認は怠れない。

 

「……別に真姫ちゃんのためやないよ。」

 

聞こうと思っているわけではないが、近くにいるために希の言葉が聞こえてくる。ならば希の本心を垣間見るためにも聞いてみようと思い、鷹也は足もとの確認をしながら希の言葉に耳を傾ける。

真姫のためじゃない。半分本当で半分嘘といったところか。聞こえてくる希の声を聞きながら思う。μ’sのメンバーを集めようとしていた希。そのために穂乃果たちにも、鷹也にもアドバイスをしていた希。そこまでして集めたメンバーを仲良くさせようと真姫に気を回していた希。ある面から見ればそれはみんなのため。でも、ある面から見ればそれは希自身のためでもあるのだろう。その判断は本人である希にしか分からない。

 

「……面倒くさい人ね、希。」

「あ、言われちゃった。」

 

でもきっと真姫は希のやさしさを受け取っているのだろう。自分の望みを持っていて、そのためと言いつつ、周りの人を放っておけないそんな希のやさしさ。それを自分のためであってみんなのためじゃないと言って見せる、一見器用な希の数少ない不器用な面倒な部分を。真姫は受け取っているのだろう。

μ’sのメンバーが大好きで、誰一人欠けてほしくない。見てきた分思い入れがあるから。そう言った希に微笑んで返す真姫に、希は少し嬉しそうに笑う。そしてこちらに視線を向けて言う。

 

「めんどくさい筆頭の人がそこにいるのに。」

「人のことめんどくさい人って言うなよ。」

「まあ、否定できる立場じゃないわね。」

「言うようになったな、めんどくさいメンバー筆頭のくせに。」

 

希の言葉に同意する形で、いつもの自信に満ちたような笑みを見せて言った真姫に言い返す。真っ赤になって否定しようとする真姫に悪戯っぽく笑いかけつつ、鷹也はそれを遮って言う。

 

「でもまあ……よかったな、早いうちに素直になれて。」

「……年上のお兄ちゃんのアドバイスなんでしょ。顔を立ててあげたのよ。」

「そりゃあどうも。」

 

そっぽを向いて言う真姫に希と顔を見合わせて苦笑する。そこで後ろから声がかけられた。

 

「お兄ちゃーん!!」

「希ちゃーん!真姫ちゃーん!!」

 

どうやら全員起きてきたようだ。7人がこちらに駆け寄ってくる。昨日はあんなことあったのにみんな意外と元気だなと鷹也は思いつつ、近づいて来たみんなに挨拶する。

 

「おはよ、みんな。」

「おはよう、お兄ちゃん。希ちゃんと真姫ちゃんも。何してたの?」

「ちょっとな。」

「わー!きれいだにゃー!!」

 

挨拶を返しつつ聞いて来ることりに希と真姫にちらりと視線を向けてから誤魔化すように笑いながら鷹也は言う。ことりは不思議そうに首を傾げているも、凛の声に海の方に視線を向ける。

 

「わぁ……」

「本当だ……きれいだね……」

「ハラショー……」

 

感嘆の声をあげる花陽と穂乃果の声を聞きながら、絵里の言ってるハラショーってロシア語の感嘆詞だっけか……と思いつつ、横に自然と一列に並び始めるメンバーから一歩引いて海を見る。ゆっくりと昇ってくる朝日の光を反射してキラキラ光る海は先ほどよりもさらに幻想的な雰囲気を醸し出している。そして、それを笑顔で見つめるメンバーの表情はとても穏やかで、何かとても仲良さげな、楽し気なように見えた。朝日の光で輝く海を前にその反射した光を身に受けて輝く彼女たち。自然とその手が繋がっていく。

 

「絵里。」

「なに?」

 

そのタイミングで真姫が絵里に声をかける。恥ずかしそうに名前を呼ぶ真姫に首を傾げる絵里に、迷うような真姫は隣の希と一瞬顔を見合わせてから、希の斜め後ろの鷹也に視線を向けてくる。そして絵里に視線を戻し、意を決したように言う。

 

「ありがとう。」

「……ハラショー!」

 

それで使い方あってんのかとウインクで真姫に答えた絵里に苦笑していると、希の反対側。もう一方の端に位置することりに声をかけられる。

 

「お兄ちゃん。」

 

手が差し伸べられる。その手を鷹也はとらないで誤魔化そうとして

 

「逃げないでよ。」

「……真姫?」

 

真剣な顔の真姫に声をかけられる。鷹也がそちらに視線を向けると、真姫は恥ずかし気に頬を赤くしながら、でも悪戯っぽく不敵に笑って口を開く。

 

「年下の女の子からのアドバイスよ。まだ時間はたくさんあるわ。私たちと一緒にいる時間はまだ続く。その時間はあなたに何も与えないわけがないでしょ?こんなにいいメンバーがいるんだもの。だから逃げないで。」

「……本当に生意気で……優しいな、真姫は。」

 

生意気は余計よと言って微笑む真姫にため息をつく鷹也。完全に昨日の自分の言葉を真似して言われている。自分はあくまでサポート。できれば一歩引いた立場でいるべきで。自分はこの少女たちから何ももらわない。もらう意味もない。自分にこの少女たちから何かもらうような資格はないから。必要以上に近づくと、並び立つと、一歩引いていないと悪影響があるかもしれないから。彼女たちに自分がそばにいるメリットを感じないから。でも

 

———鷹也くん

———鷹也さん

———鷹也

 

みんなから呼ばれる。そして代表でことりの手が差し伸べられる。もう1度呼ばれる。最も聞きなれた声の、最も聴いて来たセリフ。

 

「お兄ちゃん。」

 

差し伸べられた手を見て小さく諦めたように息をはいてから苦笑する。ここで誤魔化すのは無理だし、野暮だろう。今回はいいだろうか。許されるだろうか。一瞬だけは、この一瞬だけは彼女たちと並ぶことは。

 

「ありがとな。」

 

自然と口からこぼれたお礼とともにことりの手を握る。ゆっくりと、ほとんど力も込めずにつないだはずの手は力強く握り返されて。目の前に広がる海を、今度は後ろからではなく彼女たちと並んで見つめる。キラキラと光ってどこまでも続く海。その大きさは、広さは。勝手な解釈で、勝手な妄想だけど。自分が彼女たちと並ぶことを許してくれている気がした。

 

「よーし……」

 

みんなの手が繋がったのを確認し、穂乃果が満面の笑みで、力強い笑みで口を開く。

 

「ラブライブ目指して!μ’sみんなで!がんばるぞー!!!」

『おーーっ!!!』

 

両手を挙げて告げられた彼女たちの想いが、気持ちがこもった声が海に向かって響いていった。

 

 

 

 

 

その後、着替えてから練習。結局は昼食を終えた昼過ぎあたりから少し海水浴を交えながら練習し、夜には物置にあったバーベキューセットを引っ張りだしてきてバーベキューをしている。これで合宿は終わり。あとは明日の朝に荷物を整理して、掃除をしてから昼には電車に乗って帰るだけ。

 

「そのお肉もーらいっ!」

「ああ!それ凛のお肉ー!!シャー!!」

「穂乃果は人の横取りしてないで野菜も食べろ!凛はお肉まだあるから威嚇しない!」

 

肉の取り合いを楽し気に行っている穂乃果と凛を止めつつ、網の上に肉と野菜を並べていく。女子高生であることもあって、そこまでたくさん食べるわけでもないので焼くのも楽かなと思ったのだがそれはそれで大変だった。タイミングよく焼いていかないと焦げてしまう。

 

「ほら、凛。肉あげるから。」

「あ、やったにゃ!ありがとう、鷹也くん!」

「ほれ、穂乃果。」

「わーい!……ってピーマンばっかり!!鷹也くん、穂乃果がピーマン嫌いなの知ってるくせに!!」

 

無邪気に喜ぶ凛と抗議してくる穂乃果に笑いつつ、思い思いに小さな椅子を動かして座って食べるメンバーを見てから次の肉と野菜を焼き始める。すると、そこでにこが立ち上がってこちらに近づいてきて声をかけてきた。

 

「代わるわよ。あんた、さっきから何も食べれてないじゃない。」

「え?いや、大丈夫だよ。ちょくちょく食べてるし。それに料理人がいて料理とかしたことないにこに任せるわけにも……」

「それはもういいから!早く貸しなさい!!」

 

からかう鷹也から強引にトングを奪ってにこが網の前に立つ。手際よく肉と野菜を焼いていくにこに声をかける。

 

「その見た目でそのバーベキューセットを完璧に使ってるの何故か似合うな。」

「当たり前でしょ。にこにーならなんでも似合うわよ。」

 

ふふんと胸を張るにこに向かって、鷹也がはいはいと適当に相槌をうってやると不満気な視線を向けてくるにこ。

 

「なによ、その反応は。」

「別に~?」

「何か癇に障るわね……!」

「そんな風になるように反応してるからね。」

 

なんでよというようにジト目を向けてくるにこにごめんごめんと苦笑して謝りつつ、鷹也は話題を変える。この話題を引きずってもいいこともないだろう。

 

「本当に慣れてるのな。弟と妹がいるんだっけ。その世話でもしてるの?」

「まあね。でも関係ないでしょ。そんなことよりもあんたの方が、穂乃果とか凛とかの無邪気な子を扱うのに慣れてるじゃない。ことりしか妹いないのに。」

 

ことりって手のかかる妹って感じでもないのに、やけに慣れてるわよね。とにこは網から肉と野菜をちょうどよい分量で取り、鷹也の持つ取り皿に入れる。それにお礼を言いつつ、鷹也はそうだなぁと口を開く。

 

「昔からことりの相手する時は基本的に穂乃果と海未がついてきてたからなぁ……。海未も意外と手のかかる子だったんだよ?穂乃果に関しては言わずもがな。」

「ああ、そういうことね。」

 

苦労してんのねと言うにこの同情の視線に苦笑して、まったくだと返す。穂乃果は昔からあんな感じで目を離すと何するか分からない子だったし、海未も今みたいに穂乃果を止められなくて、ことりは穂乃果にくっついて楽し気にその行動に乗っかるだけだった。むしろ、海未がしっかりしてくれて今の方があの3人に関しては楽なくらいだ。手のかかることには変わりはないが。

 

「だからこの癖の強いメンバーでも上手く相手できてるのね。なんか納得したわ。」

「自分もそのメンバーに入っていると分かってる?」

「……………………」

 

気まずげに視線を逸らしている様子を見るに、自分も結構癖のある性格だと自覚はあるらしい。アイドルにはキャラ付けが必要だと言っているのだから自覚があるのは当然といえば当然なのか。

 

「まあにこはなんだかんだで世話焼きタイプだし、助かってるよ。」

「そんなことないわよ。このくらい慣れてるだけで世話なんて焼いてないわ。」

 

にこの言葉に笑ってそっかと言いつつ、鷹也は肉を口に運んで飲み込み、飲み物を口に含む。すると、にこが言う。

 

「まあでも……みんななんだかんだであんたに頼ってんのよ。だから……あんたの分は私が頼られてあげるわよ。」

「それ、似たようなこと絵里にも言われたよ。別に俺はいいってのに……」

 

にこの言葉に少しきょとんとしつつ、苦笑する。にこはそんな鷹也に視線は向けずに続ける。

 

「あんたのためじゃないわよ。μ’sのため。あの子たちがあんたを信頼して、頼ろうとしてる以上はあんたに無理させらんないのよ。さっきだって全然食べてないくせにちょくちょく食べてるって嘘ついてたし。」

「本当に食べてたって。」

「どうだか。」

 

ふんっと鼻を鳴らすにこから渡される肉を食べながらかなわないなと内心で思う。実際は正直なところ全然食べていなかったから、きっとにこにはお見通しだったのだろう。そんなにこに感謝の意を示すために鷹也は立ち上がって、近場にあった飲み物をにこに手渡してやる。

 

「ありがとな。気遣ってくれて。」

「……別にそんなんじゃないわよ。」

 

肉を焼く手を止めて、飲みもののキャップを開けて飲み物を飲む。そこで気が付いた。なんか一口飲んだだけにしては減る量が多くないだろうか。近場にあった飲み物は自分がさっき飲んでいたものとまだ開けていない飲み物。先ほどいた場所を振り向いて見ると残っているのはまだ開いていないペットボトル。

 

「っぷはぁ……さすがに網の近くはあっついわねぇ……ってどうしたの?」

「あ、いや、なんというか……」

 

にこは気にするタイプだろうか。自分は正直なんとも思わないのだが、女子はそういうことを気にする人は気にするものだろう。あちらが気にしてるとなるとこちらもなんとなく恥ずかしいし気まずい。どうしたものかと悩む鷹也を訝しんだのか。にこは鷹也の視線をたどって、それから自分のさっき飲んだペットボトルを見る。そこで気が付いたようだ。ため息をついて言う。

 

「別に気にしないわよ。むしろ悪かったわね、気づかずに飲んじゃって。」

「い、いや、俺が間違って渡したのが悪いし……ごめんな。」

「気にしてないって言ってるでしょ。ほら、あっちでことりが呼んでるわよ。」

 

にこに気まずそうに謝る鷹也だが、それを何でもないとでもいうように片手を振って追い払う。鷹也はにこが気にしないのならいいかと花陽と真姫と絵里と一緒に話しながら食べていることりがこちらに手を振っているのでそちらに向かって行く。

 

「……ちょっと待ちなさいよ。」

「え?っと!」

 

投げつけられたペットボトルを片手でキャッチする。少しひりひりする掌をふりながら、にこに抗議の視線を向けるも、にこはこちらに視線を向けずにそっぽを向いて言う。

 

「それあんたのでしょ。置いて行かないで。」

「え、でも……」

「だーかーらー!気にしないって言ってんでしょ!さっさと行きなさい!!」

 

にこに追い立てられるようにその場を後にする。

 

「にこっち~、お肉ちょうだ~い……ってなんか顔赤いんやない?」

「本当ですね、どうかしたのですか?」

「な、何でもないわよ!ほら、焼けてるから持って行きなさい!焦げるわよ!」

 

後ろから聞こえてくる声には極力耳を傾けないようにする。聞いてたら恥ずかしさで死にそうになる気がする。

 

「鷹也?なんか顔赤いけど……」

「暑いの?それなら飲み物飲めば……って持ってるじゃない。」

「いや、ごめん。ことり、ちょっと飲み物分けて。」

「う、うん。いいけど……」

「あ、ごめんなさい。焼くのずっと任せてたから……」

「いいよ、別にそんなに大変じゃないしにこが代わってくれたしね。」

 

絵里と真姫の言葉を笑って誤魔化しつつ、特に今さら何も気にしないことりから飲み物を分けてもらって、花陽に片手をふりながら言う。さすがにまだ自分の手にあるペットボトルを飲むのはなんとなく気恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

そして最後の合宿地での夜も明け、早朝から最後の朝練をこなして、昼まで掃除をして合宿の全日程終了。楽しかったねなどというメンバーの後ろから歩き、駅までの道をたどる。すると他のメンバーが合宿の思い出ですでに盛り上がる中、隣にことりが近づいて来る。

 

「楽しかったねっ!」

「そうだな。大変なことが主に1日目の夜にあったけど……」

「あれは……あはは……」

 

さすがに何も言えずに苦笑することりに鷹也はため息をつく。練習よりもなによりもあの騒動が1番大変だった気がする。思い出して身震いしつつ、鷹也はでも……と言って続ける。

 

「楽しかったんじゃない、みんな。ここに来るときはぎこちなかった先輩相手の慣れない呼び方もだいぶ慣れてきたみたいだし。」

「……お兄ちゃんも楽しかった?」

「う~ん……」

 

ことりの言葉に少し考える。自分は楽しんでいいのだろうか。自分は彼女たちに近づきすぎてはいけないと思っている以上は一緒になって楽しみすぎてはいけないとも思ってしまう。楽しみすぎたら近づきすぎて、並び立ちたいという思いがですぎてしまうかもしれないから。でも、それは今さらかなとも思う気持ちがあるのも事実。だから

 

「楽しかったよ。」

 

気持ちを素直にいう。今は合宿だ。今くらいは楽しんでもいいだろう。どうも今朝の海から気持ちの制限が緩んでいるらしいという自覚をしつつ、ことりを見ると満面の笑みを見せてくる。

 

「うん!よかったっ!!」

 

その自覚があってもまあ、その満面の笑みが見れただけでいいかと思いつつ、ことりの頭を鷹也は撫でてやる。それでまた照れながら笑みを濃くすることりを見つつ鷹也は微笑む。

 

「あー!!凛も撫でてー!!」

「穂乃果もー!!」

「それ合宿中もやったから!何もしてない時は撫でません!」

「「ぶーぶー!!」」

「むくれてもダメ!」

 

そんなところに元気よく絡んでくる穂乃果と凛をあしらいつつ、電車に乗り込む。今回はじゃんけんすることもなく学年ごとにもならずに分かれて席に着くが、移動中に結局全員寝てしまって、1人起きてた鷹也が眠気をこらえるのに苦労したのは別の話。

 

 

 

 

 

楽し気な合宿は終わりを告げた。楽し気な日常がいつまでも続くかのような錯覚を覚えさせてくれるくらいの数日間。

 

「お帰りなさい、鷹也、ことり。」

「「ただいま。」」

 

ことりと鷹也を笑顔で向かえてくれる、珍しく夕方に家にいるひな子がいる家に帰ってくる。いつも通りの帰ってくる場所。

 

「母さん、この時間に帰ってきてるの珍しいね。」

「ちょっと話があるの。夕飯豪華だから楽しみにしててね。」

「本当っ!?楽しみ~……♪」

 

いつも通りの会話。いつも通りの日常。いつも通りの時間で夕飯を開始する。それぞれがいつも通りの場所に座って、いつも通りの食器を使って、いつも通りにいただきますをする。

 

「ことり。」

「なに?」

 

そのいつも通りは

 

「留学に……行く気はない?」

「え……?」

 

鷹也が続けようとするいつも通りは、いつまでも続くとことりたちが想いで抗いつづけて保とうとしたいつも通りは、合宿でいつまでも続くと錯覚できたいつも通りは

 

「海外でことりの服飾の才能を評価してくれた人から誘いが来ているの。」

「え?え?」

「いつから?」

 

混乱することりに代わって鷹也が聞く。重苦しい雰囲気ながらもひな子の口から確実に告げられたその言葉によって

 

「大体1か月半後よ。かなりの好条件だから、考えてみて?」

 

案外簡単に崩れ去ってしまうのかもしれない。

 

 




いかがだったでしょうか。
2年生組はこれからのアニメの展開上どうしても目立ちますし、合宿編では少し出番少なかったですね。
2年生推しの方々すみません。もう少しお待ちください。出番はきっとすぐそこです。

さあここからが一期の山場。そして鷹也の問題の山場です。
上手く纏めきれる気が全くしていません。頑張ります。

感想・評価もできればお待ちしています。
それでは次回も引き続きよろしくお願いします。
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