はい、更新遅れました。すみません……
一期のラストに近づけば近づくほどに、納得がいくまで執筆がなかなか進まなくなるという……
今回は鷹也とツバサの話がメインです。
それではご覧ください。
笑顔で、でも真剣な表情の目の前の少女は今言ったことが冗談でないということをその表情だけで雄弁に語る。そんな目の前の少女に対して、鷹也は内心の複雑な感情を押し殺して口を開く。つける仮面の表情は笑顔。
「指導?なんでまた。」
「目標達成のため。上に行くため。そのためにあなたの指導を受けることがいいと判断しました。」
「そんなことないと思うけど?」
自分の表情はどうなっているのだろう。上手く笑えているだろうか。自信はない。最近特に顕著に感じるようになったこの周りからの想い。感じてしまうようになった期待。それが重すぎて。この程度の言葉でも、関わりが皆無であると言ってもいいツバサからの言葉でも表情が上手く作れなくなってきている。
「そもそも沙希先輩がいるんだ。俺の指導受けるメリットがあるとは思えない。」
「沙希ねえだけじゃダメなんです。私たちが沙希ねえから指導を受けているだけじゃ。」
「ずいぶん強欲なんだね。これ以上ないって程の指導者だと思うけど、あの人。」
「上達に強欲にならなくちゃトップになんてなれない。上にいくためならどんな努力も、お願いもためらわない。」
「そーかもね。いい心掛けだと思うよ。」
欲が強い。いい意味で使われることは少ないかもしれない。強欲は宗教的な面で七つの大罪に数えられるほどのことでもあったはず。でも、彼女はその大罪を犯すと簡単に公言する。スクールアイドルの頂点に立つ綺羅ツバサはまだ満足していない。大罪を犯そうが、自分の求めるところに向かって、常に変化を求め続けている。
鷹也は言いようのない感情を抱えつつも、笑顔のままでそんなツバサに聞く。
「じゃあなんで俺?強欲になるのは構わない。でも、沙希先輩だけじゃなくて俺に頼むメリットなんてないと思うけど。」
「私たちがアイドルだからです。」
「アイドル……?」
「アイドルの仕事はみんなを笑顔にすること。元気にすることだとそう思ってます。」
脳裏ににこの顔が浮かぶ。あの少女も言っていたアイドルとしての心がけ。自分の笑顔でみんなも笑顔にする。それをツバサも自分の想いとして持っているのだろう。
「私たちは多くの人を笑顔にすることができている。自分たちも楽しくて、歌うのが、踊るのが好きで。そんなことで多くの人を笑顔にできる。そんな幸せなことを今できていると思います。でも、私たちに笑顔にできない人がいるのも事実です。私たちの身近にいるその人。彼女を私たちは笑顔にしたい。」
「それが……」
「ええ、沙希ねえです。」
鷹也に向かってツバサが微笑む。その笑顔が寂し気に見えたのは気のせいだろうか。鷹也が確かめる間もなく、ツバサは表情を真面目なものにすり替えてしまう。
「沙希ねえはいっつも笑ってるようにも見える。周りから見たら無邪気な、親しみやすい性格にも思えます。でも、私には違って見える。昔とは、楽し気に笑ってたあの時の沙希ねえの笑顔とは違って見えるんです。」
「それが俺となんの関係が?」
「……沙希ねえが久しぶりに、本当に久しぶりに楽しそうに笑っていたんです。」
ツバサの言葉に少し表情が崩れる。続く言葉が予想出来てしまった。鷹也も気が付いていた。最近、それこそμ’sのサポートをするようになったころから。それまで見てきていた親しみやすい沙希の笑顔とどこか違う笑顔。本当に、歪んでいるからこそある意味で純粋に楽し気だったり、少し冷たく感じるようなきれいな笑顔。
自分に……期待している笑み。
「……理由は分かってもらえたみたいですね?」
「まあね。ずいぶんな高評価されているみたいで。」
鷹也の様子で気が付いたのだろう。ツバサが悪戯っぽく笑う。鷹也は表情をこれ以上に歪めそうになるのをこらえて言う。沙希が笑っていた時と言うのはきっと話の展開から考えて、鷹也の話をしていた時なのだろう。
「私たちは沙希ねえに認められるくらいの実力を得たい。沙希ねえを超えたい。そして沙希ねえに楽しそうに笑ってほしい。それが目標。そのために、沙希ねえのことを楽しませられそうという位置にいた南さんに頼りたいんです。沙希ねえを超えるためには沙希ねえに頼り続けるわけにもいかないですから。」
だからお願いします。そう言ってツバサは頭を下げる。その様子はとても真剣で。沙希に頼りっぱなしではいけない。その気持ちは分かる。自分が相手に何もできないという状況の辛さはとてもよく分かるつもりだ。沙希のそばにいて、ずっと見ていたのにきっとツバサは沙希の本当の意味での楽しそうな笑みが消えていくのを見ていることしかできなかったのだろう。その苦しさはどれほどのものだったのだろうか。それは想像以上のものがあるだろう。それを考えると力になってあげたいと思いはする。だが、自分に向けられる期待の言葉を肯定するわけにもいかなくて。自分には何もできないはずだから力になんてなれないから無駄だという意思がある以上は何も言えなくて。鷹也は返事をすることができず、話をそらすように質問する。
「沙希先輩は何て言ってる?」
「沙希ねえにはまだ何も言ってないです。でも、こうしようとしてることは分かってると思います。」
「そっか……」
顔を上げたツバサの言葉に頷いて視線を横に逸らす。沈んでいく夕日に目を細める。眩しい夕焼けはもうそろそろおしまい。夜の闇が少しずつあたりを包み始める。近くにあった街頭の灯りが1つ、また1つと少し明滅してからその灯りをともし始める。
「…………ずっとそばにいて、ずっと大切にしてきた人が苦しんでて、それをそばにいるはずの自分は変えようともがくけれど結局は見ているしかできない……それって本当に辛いよな。」
つい、本当に無意識のうちに言葉が口をついて出てきた。今にも沈み切ろうとしている夕日の明るさはもうほとんど消えかけていて。街頭の灯りの方が明るい光を灯す。鷹也は夕日から視線を逸らし、伏し目がちに街頭が照らす地面を見る。スポットライトのように照らされるそこには落ち葉が2枚。
紅葉で染まる前に落ちてしまったのだろうか。緑のままの葉が1枚。その存在を、よりどころである木から離れてもなお主張するように鮮やかな色を見せていた。
そして、その隣にはすでに枯れて茶色くなった葉が1枚。寄り添うように存在していて。
「つらい……そうかもしれないですね。」
鷹也の小さな呟きはツバサにしっかりと届いていたらしい。視線をツバサに戻すと、彼女は顔をうつむかせてかみしめるように呟く。でも、それもほんの少しの間だけ。
「でもきっとそのそばにいる人の方が何十倍もつらいから。」
ツバサはそう言って真剣な表情で顔を上げる。その瞳には強い意志がこもっているような気がした。どこかで見たことのあるような、誰かに似ているような強固な意志のこもった瞳。
「だから私は何もできないって諦めたくない。何もできないと思って何もしないなんてことしたくない。何もできない自分を変えるためにもがくのがどんなに苦しくっても、どんなに大変でも、どんなに上手くいかなくても……それはきっとその大切な人の、私の場合の沙希ねえの苦しさよりはつらくない。そう思うから。」
「相手はそこまでつらいと思ってないかもよ?」
「そうかもしれません。でも、私がそれを見てるのがつらいから……結局のところ自分のためでもあるんですよね。」
そう言ってツバサは悪戯っぽく笑ってから、寂し気な笑みを見せる。
「きっと沙希ねえは自分のために私が行動するのが嫌というか心配なんだと思います。自分のことだけ考えていてほしいとかそういうこと考えてるんだと思います。だから、つまんないとは言いつつも深刻に悩んでいる様子を直接私に見せることなんて絶対にないですから。けど……姉妹なんだから気づかないわけがないんですよね。」
「その隠そうとしてる意志を尊重する気はないんだね。」
「だって見て見ぬふりなんてできないです。沙希ねえが私のこと考えてくれてるのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に沙希ねえのことを私は大切に思ってるんですから。苦しんでいるのなら助けたい。」
それに……そう前置きして、ツバサは足もとに飛んできた落ち葉を2枚拾い上げてからにっこりとこちらに笑みを見せる。鮮やかなオレンジの紅葉と黄色のイチョウ。
「私には英玲奈とあんじゅがいます。1人なら沙希ねえの心配の通りに上手くいかないかもしれないけど1人じゃない。沙希ねえが私たちのためを考えてくれて、私たちが沙希ねえのことを考える。そうすればお互いに悪いところを何とかし合って、いいところだけ残るでしょう?」
「……………………そんな簡単に上手くいかないよ。良い悪いの価値観だって完全に一致するとは限らない。選択をどちらも間違えるかもしれない。」
「そうかもしれません。でも、大事な部分の価値観はきっと同じで、一見間違えた選択も一緒に出した結末なら間違ってなかったって思えるときがきっとくるんだと思うんです。私はそう思いたいってだけですけどね。」
鷹也はツバサの言葉に辛うじてしばらくの沈黙ののちに返す。その鷹也の様子にツバサは肩をすくめながら小さく笑うと、手に持っていた落ち葉を放す。落ち葉は風に煽られ、頭上へと舞い上がる。
「きっと大丈夫。だってお互いを大切に思っているんだから。」
その確証のない言葉。憶測でしかない言葉をツバサは確信をもって口にする。
そして、ちょっと話それちゃいましたねと言って笑うと、気が向いて先ほどのコーチの件を承諾していただけるならこの番号に連絡してください。とメモ用紙をこちらに差し出し、それじゃあまたと鷹也に背を向けてその場から去る。
その間、鷹也は何も言えなくて。ただただツバサのことが少し羨ましいようなそんな気持ちを抱いて黙り込む。
ふと、うつむきがちな視線が先ほどの街頭の灯りの下の落ち葉をとらえる。
「………………………………」
そこには先ほどツバサが持っていた落ち葉だろうか。紅葉とイチョウが追加されていて。街頭のスポットライト下で3枚の色鮮やかな落ち葉と1枚の茶色い枯れ葉が寄り添うように存在する。その葉を鷹也は何か自分でも理解できない心境を持って数秒見つめる。
そしてなんでこんな落ち葉に視線奪われてるんだと小さくかぶりを振ると何事もなかったかのように歩きだす。
その動きで枯れ葉、そしてオレンジの紅葉がそのスポットライトから押し出されたのに、鷹也は気が付かなかった。
それから帰宅すると、ことりがリビングでテレビを見ながらぼーっとしていた。学校の存続も決まり、まだ忙しいとは言っても少しは余裕が出てきたと言って夕飯は母が作ると譲らなくなってしまったので、特にやることもないのだろう。
「ことり?」
「あ、お兄ちゃん。おかえり。」
「ん、ただいま。」
留学の準備をしなくてもいいのだろうかと少し思いつつも、ことりに声をかけるとぼーっとテレビを眺めていたことりはハッとしてこちらに視線を向け、今気が付いたと言うように笑みを見せる。その様子に違和感を感じつつ、鷹也は隣のソファに腰かけてことりに話しかける。
「学校の存続決まってよかったな。」
「うん、お兄ちゃんのおかげってみんな言ってたよ。ありがとうね?」
「俺じゃなくてみんなが頑張ったからだよ。」
学校存続は喜ばしいことのはずなのに、やはりあまり喜べる心境でもないのだろう。無理に作ったような笑みを浮かべることりを心配に思って鷹也は見つめる。しかし言葉は出てこなくて。ことりの悩んでいることであろう留学の件に関して自分の感情を上手く整理できなくて。何も言わない。言えないと思っているからこそ何も言葉にできない。何を自分が言ってもマイナスの結果になるようにしか思えないから。
それでも何か無理やりに言葉をかけてやりたくなったのはツバサとの会話に感化されたからだろうか。
「……ことり、大丈夫?」
でも結局出てくるのはそんな言葉。無責任で、無意味で、何の慰めにもならない言葉。
言ってから内心で何もことりの気持ちを軽くするようなことやアドバイスをしてやれない自分に舌打ちをする。
こんな言葉は無価値だ。大丈夫なんてこと聞くまでもないのに。
「うん、大丈夫だよ。」
ことりがそう返すのは分かりきっているのに。
無理に作ったような、見ているこちらが苦しくなるような笑みを浮かべてそう言うのは分かりきっているのに。
『……ことり、大丈夫?』
心配気な兄の言葉に少し顔が歪んだのは隠せただろうか。ことりは課題とか留学の準備しなくちゃいけないからと言って逃げ込んだ部屋でベッドに倒れ込む。
「大丈夫……」
小さく呟いてみる。思ったより自分の声は弱々しくて。さっきはきっともう少しまともに言えていたのならいいけどと思う。うつ伏せに倒れこんだままに少し視線だけ横に向けると、そこには少しずつ進めてだいぶ準備の終わってきた様々なものの入った段ボール。その奥にはクローゼットの前にかけられたファーストライブの衣装。自分にとってとても大切な一着の衣装。ライブの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。ずっとやっていたい。そう思うような不思議な時間。
『だーいじょうぶ!ずっと一緒だよ!』
『だって、私これからもずっとずーっとことりちゃんと海未ちゃんとそれに鷹也くんとも一緒にいたいって思ってるよ?大好きだもん!』
ふと思い出す。つい数か月前、それこそまだ一か月と少しの前。そんな最近に聞いた神田明神での穂乃果の言葉。なぜかもうものすごく前に聞いた言葉のような気がする。自分の呟く大丈夫とは違ってとても力強い、こちらを照らしてくれるような大丈夫。
ついつい思い出してしまったことでまたも気持ちが揺らぐ。自分の弱いところ。
「大丈夫……大丈夫……」
何度呟いてみても、穂乃果のような大丈夫は言えなくて。鏡なんて見なくても自分の顔がひどいものであることは自覚できた。
自分に自信が持てなくて、自分の決定がこれで良かったのか。もし決める前にちゃんと相談できていたら。いつまでもそう考えてしまう。
そんな自分が大丈夫なんて、そんなこと
「あるわけないよ……!!」
つい出てしまった言葉に続いて、小さく小さく口にだす。自分はどうすればいいのだろう。いや、どうすればよかったのだろう。これでよかったの。ダメだったの。前もって色々聞けたらあなたたちは何と言ってくれたのだろう。ねえ
「穂乃果ちゃん……お兄ちゃん……!!」
その日の夜。部屋に戻ってから海未からの着信があったことに気が付いた。穂乃果からの文句の着信かと思っていたが、どうやら違ったようで。文句はメッセージとして文章で送られてきていた。
「しょうがないか……」
さすがに気が付かなかったと言って誤魔化し続けるわけにもいかない。何となく言われることを予感しつつ、鷹也はため息をついて海未の携帯に電話をする。数秒のコールの後に海未は電話に出た。
『もしもし、鷹也さんですか?』
「海未?夕方は電話できなくてごめんな。なんか急用だった?」
『いえ、急用というわけではないのですが……』
歯切れ悪く返事をする海未に予想通りの内容なのだなと確信する。ことりの留学の件を唯一知っている海未がわざわざ電話してくるのならその件に関しての内容でない方が不自然だ。鷹也はどうするかと数秒の逡巡の後に自分から話を切り出すことにする。
「ことりの留学のこと?」
『……………はい。そのことで鷹也さんに聞きたいことがあるんです。』
「聞きたいことね。何?」
言い当てられてから少し迷うように海未は言うと、鷹也に促されて続く言葉を発する。
『ことりの留学に関して……鷹也さんはどう思ってるんですか?』
「ことりの選択を尊重するよ?それ以外に俺の意志が介入する余地はない。」
『そういうことでは……』
間髪入れずに返した答えは用意していたもの。ずっと言っている自分のスタンス。変えてはいけない自分の立ち位置。しかし、その答えにまたも海未は言葉を濁す。聞きたい答えはこんな答えではないのだろう。それは分かっている。でも、答えたくないから。だから誤魔化すように口を開く。
「俺はことりの留学に関して何も言わない。それは海未相手でも同じ。」
『……でも……ことりはきっと……』
「何か言ってほしいのかもね。それは分かってる。」
これも分かっているのだ。痛いほどよく分かっているのだ。ことりが望んでいることは分かっている。こんな兄でも、それでもことりのことを大切に思っている兄なのだ。
でも、だからこそ鷹也は何も言わないし言えない。ことりが望めば望むほどに、何も言えない。ことりが望むということは自分の意見を最優先する可能性があるということだから。
「ことりが決めるべきことなんだ。俺なんかが口をはさむべきじゃない。」
『……いいのですか?ことりも鷹也さんもいつも相手のことばかり気にして……』
「いいんだよ。ことりが決めたことならそれが正解だ。ことりの選択は尊重するべきなんだ。俺なんかの意見でその選択は左右されるべきじゃないんだ。」
海未はなんといってほしいのだろう。それは少し分かるような気がして。鷹也は電話の向こうで複雑な表情をしているであろう海未を想像して唇を少し噛む。
でも、何も自分は言えないのだ。ツバサは沙希の苦しみを考えたら、何もできない自分を諦めたくないと言った。諦めるわけにはいかないと言った。だが、それはツバサにもいろいろな才能があるからこその言葉なのだ。諦めないということができる立場にいるからこその言葉なのだ。自分は、鷹也はとうの昔に何もできない自分を諦めてしまっている。自分の価値のなさを肯定してしまっている。自分には何もないから。何もない自分が頑張っても何も変わらないことが分かりきってしまっているから。ことりのプラスになることが今の自分にはできないと確信してしまっている。だから、ことりの選択に介入することがプラスになるなんて思えない。
鷹也は小さく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。海未にこんなこと今の状況で話すわけにもいかない。きっとこの少女は気にするだろうから。何もなくなんてないと気にするだろうから。これ以上海未の負担になる可能性のあることをわざわざ口にだすことはしたくない。
「話はそれだけ?じゃあもう切るぞ。そろそろ寝ないと。明日も学校だろ。」
『あ、はい……すみませんでした。いきなり電話して……』
「全然いいよ。じゃあな。」
これ以上話して余計なことを口にする前に通話を切ろうとすると、そう言って謝る海未に笑って返す。実際に海未が聞きたかったことなど何も聞けていないのだろうから海未が謝ることはないだろう。むしろ
「ごめんな、海未。」
返事を聞く前に通話を終了した。
次の日の放課後。結局あまり講義に集中し切れていなかったこともあってだいぶ苦戦したテストも終わり、3日間の集中講義も終わった。そして鷹也はだいぶひどい出来だったらしい和樹を慰めてから、久々の音ノ木坂学院に向かい理事長室に到着していた。
「入るよ。ごめん、遅くなって。」
「いえ、大丈夫よ。」
急な呼び出しでごめんなさいねと言ってこちらに申し訳なさそうに微笑む理事長に大丈夫だよと笑いかける。実際に特にやることがあるわけでもない。そして少し周りを見渡してから鷹也は不思議そうな表情になる。
「顧問の先生も一緒にいるんじゃなかったの?」
「ああ、そのつもりだったのだけれどお忙しい中で相談したことの通告のためだけに来ていただくのも……ということで今回は私1人よ。」
「そっか。まあ、そうなるよね。」
鷹也はひな子の言葉を特に何も疑問に思わずに聞き流すと、さてと……と言って真剣な表情になる。特に今さらこの通告で変わることなんて何もないのだが一応公式の話だ。その様子をひな子も感じ取ったのか。穏やかな表情を真剣なものに変えて口を開く。
「じゃあ話すわね。今日来てもらったのは学園祭の件について。この件で鷹也のコーチとしての指導力不足の可能性が指摘されました。この指摘に反論はないわね?」
「ないよ。続けて。」
「その件について顧問の先生とも協議した結果が今日伝えることです。」
そこでひな子は少し鷹也の顔を伺うように視線を向けるが、鷹也は特に表情を変えることはない。その様子をどう解釈したのか。少し悲し気な表情をした後、ひな子は続く言葉を口にする。
「……今回の件に関してはこれまでアイドル活動部のコーチとして、そして学校の存続にむけた活動の補佐としての貢献度を考慮して厳重注意のみで済ませることとします。」
「…………ご配慮の程、感謝します。」
ひな子の言葉に少し黙り込み、複雑な表情をしてから鷹也は社交辞令としての言葉を口にする。この程度の処分で済むことではなくなる可能性だってあったのだから、この言葉は必要だろう。
鷹也は小さく息を吐く。ここまでは予定調和だろう。そしてここからは自分の意志で決めたことを口にする時間。
自分はもうこのコーチをやめる。前にも伝えたことを正式に決定する時間。口調をいつものものと変えて、公的な場での言葉遣いで話し始める。
「それでも、この機会に正式に伝えておきます。以前も言ったことですが、私はこの件において自分の責任の重さ及び指導力のなさを考え……」
「鷹也、ちょっと待って?」
「アイドル活動部のコーチの立場を……って何?」
しかしその言葉はひな子に遮られる。ごめんなさいねと言って時計を見るひな子はそろそろねと頷くと、口を開く。
「鷹也の考えは分かってるわ。前に聞いたことを変える気はないのね?」
「うん、だから前回とは違って今回は正式に……」
「失礼します!凛ちゃん、今だよ!確保!!」
「ラジャー!!」
「ちょっ……!穂乃果、凛!?」
唐突にドアを開けて入ってきたのは穂乃果と凛の元気娘2人。両手をがっしりとつかむ2人に鷹也が混乱していると、ひな子がクスクスと笑う。
「どうやらちょうどいいタイミングだったみたいね。」
「ちょっと2人とも!中の様子も確認しないで……理事長、お話はもう終わってますか?」
「ええ、もう終わったわ。」
「絵里……?っていうか母さん!俺の話はまだ……!!」
悪戯っぽっく微笑むひな子の言葉の後に、いえーい!と言いながら鷹也の手を放そうとしない穂乃果と凛を咎めながら絵里が理事長室内に入ってくる。そんな絵里の質問に対する理事長の言葉に鷹也は反論しようとするが、その言葉は穂乃果の声に遮られる。
「鷹也くん!学校存続のお祝いだよ!お祝い!!」
「は?お祝い?」
「部室でパーッとお菓子とご飯と飲み物で騒ぐにゃ!!」
「あまり騒ぎすぎないようにね?」
「「はーいっ!!」」
全く話を聞いてくれない穂乃果と凛に引っ張られつつ、それでいいのかと理事長に視線を向けると理事長はふふっと微笑みをこちらに見せる。
「言ったでしょう?息子の頑張りは誰が何と言おうと肯定するって。鷹也がいてこその学校存続よ。一緒にお祝いくらいしてきなさい?」
「これが狙いでわざわざ学校呼んだのか……」
「観念しなさい。一緒に頑張ってきた仲間なんだからお祝いも一緒でないと……でしょ?」
学校に呼ばれた理由を把握し、鷹也が恨めし気に言うと理事長は何も言わずにこにことして、絵里も似たり寄ったりの笑みでこちらを伺ってそう言う。ここで把握した。絵里がみんなに鷹也がやめるというのを伝えていないのはわざとなのだろう。だからこそここで公的にコーチを辞退しようとする鷹也の言葉を遮り、まだ関わっていたいという意思を見せるために部室でのお祝いに無理やり参加させようとしている。
絵里のそのしてやったりとでもいうような様子に大きなため息。少なくとも部室に行くまでの間に逃げることは今さら叶わないだろう。
「鷹也くん、はやくいこーよー!!」
「そうにゃそうにゃ!急がないとにこちゃんにおいしい物全部食べられちゃう!」
「もう分かったよ……」
元気に急かす穂乃果と凛に対してもため息をつきつつ、鷹也は部室まで引きずられていった。
はい、いかがだったでしょうか。
ツバサは今は何もできないと思っているだけで自分には何もないと思っているわけではないからこそ頑張れる。
鷹也は自分を否定してしまっているからこそ、頑張ってもできることなんてないとあきらめてしまっている。
このような差がある2人ですが、きっとツバサの言葉は鷹也に影響するはずです。
お気に入り登録が295件となり、総合評価が400を超えていました。本当に読んでくださっている方ありがとうございます!
番外編は書きあがり次第投稿したいと思っています。それまでにおそらく数話本編をはさむと思いますが。
それでは感想・評価もお待ちしています。
次回もよろしくお願いします。