小鳥が大きくなるまで、いつもそばに   作:雪詞

6 / 75

やっとファーストライブに到達です。
拙い文書ですが精一杯あのシーンを自分なりに表現できるよう努力しました。

では、どうぞご覧ください。


μ’sミュージックスタート!

いい朝だった。ここ最近の生活によって習慣づいた頭と身体は必要以上の眠気もだるさもなく覚醒する。寝起きでもしっかりとした足取りで立ち上がり、カーテンを開けると朝日が部屋に差し込む。

 

「まぶしっ……」

 

一瞬目を細めるも、快晴の天気に頬を緩める。雲一つない青空から注ぐ光は寝起きで頭の中にかかっている気がしていた残り少なかったモヤを完全に吹き飛ばした。完全に目覚めた体を動かし、ある程度身支度を整えて部屋から出てリビングへ向かおうとドアを開けた時、ことりと鉢合わせした。ことりもどうやらいつもより寝起きがよかったようですっきりとした顔をしている。いつもならあくびをしながらおふぁよ~とか言ってくるときもあるのだが。

 

「おはよう、お兄ちゃん。」

「ん、おはよ。」

 

2人でリビングへ行き、カーテンを開けて、テレビをつける。ニュース番組の天気予報も快晴。そして画面左上に表示される日付は待ち焦がれていたような、来ないでほしかったような、でもやっぱり待ち望んでいたこの日。

 

「いよいよ今日だな。」

「うん、頑張ってくるね!」

 

ことりの頭にポンと手を置くと、鷹也を見て笑顔で小さくガッツポーズをとることり。

 

いよいよμ’sファーストライブの当日である。

 

 

 

 

 

「1!2!3!4!5!6!7!8!」

「よしっ!完璧!」

 

今日くらいは休みにしてもいいんじゃないか。鷹也はそう提案したのだが、最後まで確認を、努力を怠りたくないと3人が言ったので結局いつも通り4人は神田明神に集合してダンスの最終確認をしていた。

 

「もう1か……」

「ストップストップ!!もう終わりだ。当日にそんなに練習して本番で疲れてたら元も子もないだろ。」

 

鷹也の見る限り、もうダンスを間違えることはなくなっているしこれ以上はやりすぎだ。もう1回最初から始めようとする3人を慌てて止める。

 

「でも……」

「いいから。もう休んどけ。」

 

それでもなお続けようとする穂乃果の言葉を遮り、鷹也は無理やりタオルを押し付け、日陰に座らせる。3人は納得したようでとりあえず座り込みはするも、その表情はさえない。少し練習してみて今日が本番だという実感がわいてきたのだろう。ダンスに問題はないが、何かしてないと落ち着かないと言った様子だ。そんな3人を見て、鷹也は言う。

 

「不安になってきたか?」

「……えへへ、やっぱり分かるかなあ?やることは全部やってきたし覚悟は決まってるつもりなんだけど……」

「そうですね。私もやっぱり緊張して落ち着かないです……。」

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……」

 

あははとぎこちなく笑う穂乃果と緊張がぶり返してきたのだろう表情が強張っている海未。ことりも口には出さないが緊張しているようだ。

 

「まあ、それが普通だ。誰でも緊張するさ、こんな状況。」

 

鷹也はそんな3人を見ながらそう言う。学校を救おうと始めたスクールアイドル。メンバーも足りず、生徒会に認可もされていない。このライブでその問題が解決できるかが決まるのだ。人前でアイドルとして歌って踊るという今までやったこともないことをやる。それだけでも緊張するだろうに、さらに今回でこれからが決まるかもしれない。そのプレッシャーはどれほど重いのだろうか。鷹也には想像もできない。

 

「そこでだ。俺がいいこと教えてやる。」

「「「いいこと?」」」

 

3人がそろって首をかしげる。

 

「ああ、いいことだ。その前に3人とも。今までの練習つらかったか?」

 

今度は3人ともが首を縦に振る。その一切の迷いのなさに苦笑しつつ鷹也は続ける。

 

「まあそうだよな。じゃ、次……つまんなかったか?全然楽しくなかったか?」

「そんなことない!」

 

言い終わるか言い終わらないかというタイミングで反応する穂乃果に鷹也は笑顔を見せる。ああ、そうだろう。いつ鷹也が見ても、3人は練習の際は楽しそうに笑顔を見せていたのだから。

 

「つらかったよ。足は筋肉痛になるし、歌も音程合わせるの大変だったし……。でもつまんなかったなんてこと絶対にない。海未ちゃんとことりちゃんと一緒に頑張れて楽しかったもん!」

「……うん!私も楽しかったよ、穂乃果ちゃん!」

「私もです。穂乃果、ことり。」

 

3人は笑顔を見せる。そこに緊張の色はない。

 

「それでいいよ。3人とも。緊張して頭真っ白になりそうになって、やばい、どうしようってなったら、1度全部忘れろ。学校の存続のことも全部。そして、ただやりたいから全力で楽しむ。そう考えてみて。そっちに考えれば緊張なんてなくなるよ。」

 

学校存続のために頑張る。その気持ちは素晴らしいし、重要だ。しかし、笑顔で歌って踊らなくてはいけない場で必要以上の重荷になるのならその気持ちはその場に限っては重要ではない。ライブ中くらいその重荷をおろして自分たちの楽しみたいようにやってもいいはずだ。1度忘れようと、重荷が無くなった方がいいライブができるのならば結果的に学校存続にいい結果になるはずなのだから。

 

「自分も観客も最高の笑顔で。自分の全力で楽しくやりきる。これだけ覚えておいて、思い出して。」

「自分も観客も……」

「最高の笑顔で……」

「全力でやりきる……」

 

自分も楽しむ。感覚を間違って自分たちのわがままのようなことの言い訳にもなりえるこの言葉。でもこの3人なら大丈夫。この3人ならば自分も楽しんで、観客を楽しませて、全力で楽しめる。そう思う。自分たちが楽しめるのなら3人だって緊張しないだろう。鷹也の言葉を繰り返して3人はうなづく。

 

「よし!もう大丈夫!」

「そうだね。楽しむって考えたら落ち着けたかも!」

「ありがとうございます。鷹也さん。」

 

笑顔で鷹也にお礼を言う3人はもう大丈夫なようだ。この分なら極度の緊張でどうにかなることはないだろう。ライブ直前で緊張がぶり返す可能性もあるが、そこはこの3人なら大丈夫と信じるしかない。

 

「じゃあ、とりあえず今日はもう朝練終わり。俺は見に行けないけどライブ、頑張ってな?」

「うん……ってえーー!?」

 

いい感じに緊張もほぐれたようなのでここらで朝練を解散しようとした鷹也の言葉に穂乃果が大声を上げる。耳を抑えてしかめっ面している鷹也と海未に代わってことりが穂乃果に問いかける。

 

「ど、どうしたの?穂乃果ちゃん?」

「鷹也くん、ライブ来ないの?」

 

穂乃果の大声によって耳がおかしくなったことが原因の鷹也の聞き間違いかと思った。穂乃果は今何と言った。女子校の講堂で行われるライブを、あたかも男の鷹也が見に行くのが当たり前のようなことを言っただろうか。

 

「穂乃果、もう1回言って。」

「鷹也くん見に来るんでしょ?」

「なんでちょっと確定させようとしてんだ!女子校に俺がどうやって入るってんだよ!」

「え、あーー!!そうだった!!!」

 

今度こそ聞き間違いじゃない。無理だということを鷹也は穂乃果に伝えるが、穂乃果は本当にそんなこと考えてなかったのだろう。今気づいたというように大声をあげる。穂乃果に分からせるために多少近づいていた鷹也は先ほどより深刻なダメージを耳に負い、穂乃果の頭を軽くはたく。

 

「痛いよ~……なにも叩かなくてもいいじゃん……」

「こっちはお前のせいで耳に深刻なダメージ負ってんの。」

「ていうか穂乃果ちゃん、気づいてなかったんだね……」

 

さすがにことりもあきれたように呟く。海未もまったく……といったように額に手を当てている。

 

「だって、だってこんなに手伝ってもらったんだから見てもらえるつもりだったんだもん……」

「私も見てもらいたいけど今日急には無理だよ~……」

「いきなり男性を女子校の音ノ木坂に招くのは無理がありますし……」

 

3人の残念そうな表情が鷹也の心に刺さる。自分は決して悪いことはしていないはずで、むしろ3人の方が無茶なことを考えているのになぜこんな罪悪感を感じなければいけないのか。鷹也はため息をつく。だが、さすがに女子校に入るのは難しい。と鷹也が考えていると、

 

「む~!鷹也くん、ほんとに来れないの~?」

「穂乃果、わがままを言って鷹也さんを困らせては……」

「こればっかりはさすがにな……」

 

わがままを言うように穂乃果は聞いてくる。海未もそれを止めているようでどこか期待したようにこちらをうかがっているのが鷹也には分かった。穂乃果のわがままに押されてくれないかと期待しているのだろう。どんどん高まる鷹也の中の罪悪感。ここで断っては3人を悲しませてしまう。鷹也にとってそれはつらいことである。妹のような2人と妹の悲しむ顔を見るのは鷹也にとっての悲しみである。鷹也はそういう人物だ。だが、今回ばかりはどうしようもない。心を鬼にして断ろうとしたところで、考え込んでいた様子の妹が口を開く。

 

「お兄ちゃん、迷惑かもだけど……私も見てもらいたいな……?」

「……分かったよもう……迷惑なんかじゃないよ……」

 

ことりにダメ押しされてついに折れる鷹也。可愛い妹、妹のような2人に頼まれて断れる鷹也ではない。この瞬間、鷹也のこれまでの人生最大のミッション、女子校への潜入が決定した。時間的には問題ない。方法もあると言えばある。あとは女子校に入るといういいようのない恥ずかしさを何とかするだけである。人の気も知らずにはしゃぐ3人の様子に鷹也は大きくため息をつく。この3人のお願いをいつか断れるようになる日は来るのだろうか。

 

(来ないだろうなあ……)

 

そう思いつつ、今度こそと朝練の終了を告げる。μ’sファーストライブの放課後までもう少し。

 

 

 

 

 

「本当に頑張ってたみたいやね?」

「希か?」

 

朝練が終わり、帰ろうとしたとき、鷹也に後ろから声がかけられる。ことりたち3人は先に階段を降りていっているために気づいていないようだ。

 

「ああ、ほんとに。あの3人のあんなに頑張ってるところ始めてみた気がするよ。」

「そうなん?学校でも屋上で練習したりビラ配ったり頑張ってたんよ?」

「そっか。」

 

そっけなく鷹也は返す。実際、あの3人はとても頑張っていた。この世界で1番頑張っていたと鷹也はそう思う。でも、

 

「でも、不安なんやろ?」

「なんで分かった?」

「聞きたそうだったから。ビラ配りやポスターの効果があってライブに人はちゃんと集まりそうか。」

 

そう、不安なのだ。あの3人は考えてもいないだろう。あの3人の不安は自分たちの技術。でも鷹也の不安は違う。鷹也は見ていた。神社での3人の頑張りも、それ以外の頑張りも。でも、学校ではどうなのだろうか。あの3人の頑張りをすべて見ていた人はいるのだろうか。聞いたところによると、今日は新入生歓迎会。上級生は自分の部活があるだろう。では、新入生は見に来てくれるか。出来立てのよく知らない先輩のスクールアイドルのライブよりももっとメジャーな部活の体験に行くのではないだろうか。そんな嫌な想像ばかり膨らむ。

 

「頑張ってたんだろ?……なら、報われるさ。」

「そうやな。そうやといいと願ってる、うちも。でも……」

「お兄ちゃーん?1回帰るんじゃないのー?」

 

嫌な想像をしてしまった。鷹也が想像を振り払うように言った言葉に希は賛同し、続く言葉を告げようとしたところでことりが鷹也を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「……お呼びのようやね。」

「そうだな。……じゃ、またな。」

 

鷹也は希に背を向けて歩き出す。なにかあったの?と聞いて来ることりの言葉になんでもないと返しながら、鷹也の心には一抹の不安がよぎり、その跡を黒々と残す。希は振り返った鷹也の背中にむけてこう言っていた。

 

『残念やけど、世界中の誰もが頑張ったからって最初から報われるわけじゃないんよ。』

 

分かっている。そんなことは分かっているのだ。でも、この3人には報われてほしい。この3人は報われるべきだしそうなるはず。そう願い、そうなるはずだといくら自分に言い聞かせても鷹也の心に残った不安の黒は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

「さてっと……」

 

時は流れて、あっと言う間に放課後。どう潜入するか。ていうか本当に行くのか。とそんなことを考えているうちに気づけば全く集中できなかった講義は終わり、鷹也は音ノ木坂学院の前まで来ていた。新入生歓迎会終わりの部活動勧誘体験の時間なのだろう。校門の外からも構内のにぎやかな声が聞こえてくる。部活に入る気もない、もしくは入っていない生徒だろうか。帰路につくために校門から出てくる生徒もいる。言うまでもなく全生徒女子である。

 

(いや……無理じゃね……?)

 

女子校に男子大学生1人で潜入する。つかまってしまえば社会的に死ぬ可能性もある状況に鷹也は汗ばんだ手をスーツのポケットから出したハンカチで拭う。なぜスーツなのか。理由は潜入方法にある。鷹也の考えた方法は至ってシンプル。校門にいる警備員さんには理事長の息子であり、少し用があると言って親の権力の乱用をさせてもらい、中に入る。そうすればこっちのもの。あたかも理事長に音ノ木坂存続のための会議に呼ばれたどこかかしらの職員とでも言って生徒に構内の案内を頼み、何とか講堂の場所を聞きだす。ちなみに理事長である母の力を借りるという選択肢もあるが、それは最終手段。確実になにをしているのと余計な心労をかけることとなるのが目に見えている。頭の中で計画をおさらい。覚悟を決める。

 

「あの……すみません。私、南鷹也という者ですが、母の南ひな子に急用があって。校内に入る許可証もらえませんか?」

「理事長の息子さんですか?では身分の証明できるものを……結構です。本来なら誰か先生に連絡を入れたいのですが今は忙しいようでして案内が……私も歩き回るわけにいかないですし……」

「いえ、大丈夫です。自分で探し……」

「私が案内します。」

「え?」

 

警備員の人には信じてもらえたようで、後は自分単独で行動できる状況を作るだけだった。鷹也の計画に第1段階は完全に成功が見えていた。しかしそこで急に横から声がかかる。普段なら喜ばしい、そして素晴らしいが今の鷹也にとって余計なこととしか言えない提案。そんな提案をしてきた人を鷹也はぎこちない笑顔で見る。そこにいたのは日本人離れした美貌と鮮やかな金髪、澄んだ水色の瞳を持つ音ノ木坂の制服を着た女子生徒。

 

「音ノ木坂学院の生徒会長をしています。絢瀬絵里です。理事長室ですよね?えっと……お名前は……」

「……南鷹也です……」

 

音ノ木坂学院生徒会長。穂乃果、ことり、海未の3人の活動を快く思っていないと思われる女子生徒。絢瀬絵里と名乗る少女は一瞬考えるもすぐに納得したようで、どうぞこちらへと校内へ歩き出す。その背中を呆然と見つめているとどこかから女子生徒のダレカタスケテ~!という悲鳴が聞こえてきた気がするが、鷹也もまったく同じ心境である。可能なら同じく叫びたいくらいだ。しかしそんなことできるわけがなく、鷹也には絵里に付いていくという選択肢しかなかった。

 

 

 

 

 

「うわー……やっぱり可愛いよ!こんな服着れるなんてアイドルみたい!」

「似合ってるよ。穂乃果ちゃん!」

 

一方で講堂の裏にある更衣室では高坂穂乃果、南ことり、園田海未の3人が目前に迫ったライブに備え、衣装に着替えて準備していた。先ほどまで自分たちでビラを配り、さらに音響などの準備に追われていたのだがクラスメイトが手伝いを申し出てくれたおかげで自分たちの準備に集中できているのである。穂乃果は赤をことりは緑を基調としたおそろいの衣装に身を包み、感想を口にしながら残りの1人の着替えを待っていた。

 

「海未ちゃん、着替え終わった?」

「は、はい!」

「も~ここには私たちしかいないんだから早く着替えちゃいなよ!」

 

そう急かされて海未は恐る恐る更衣室から出てくる。海未におそらく最も似合うだろう青を基調した衣装。穂乃果とことりも思わず感嘆の声を漏らす。しかし、

 

「に、似合うでしょうか?」

「う~み~ちゃ~ん~?」

 

なにその往生際の悪さは!と穂乃果が海未の足を指さす。そこには穂乃果たちと同じように肌色の健康的な海未の足がのぞいているかと思えば、学校指定のジャージを履いた海未の足。どうやら前々から言っていたようにスカートが短いのが恥ずかしいようだ。鏡をみて恥ずかしさがぶり返したらしい海未にさすがのことりもあきれたように苦笑い。そんな海未のジャージを半ば無理やりに穂乃果が脱がせ、鏡の前に引っ張っていく。

 

「ほら、海未ちゃん!」

「ちょっと穂乃果……」

「海未ちゃんが1番にあってるかもよ。」

「海未ちゃん、かわいいよ!」

 

穂乃果とことりに言われて海未はまだ恥ずかしがりながらも3人並べば大丈夫という穂乃果の言葉になんとか覚悟を決めたようだ。ドアの前で、アイドルみたいじゃないと言いながら3人で並ぶ。

 

「それにしても鷹也くん、本当に来てくれるのかな?」

「さっきメッセージ来てて、本番前にはいけないけど本番には絶対顔出すってきてたよ。」

「どうやって忍び込んだのでしょうか……」

 

ここまで応援し、手伝ってくれた鷹也の、兄の姿を思い出す。彼のためにも今回のライブは成功させなくてはいけない。3人はうなづきあい、決意を固める。

 

「鷹也くんも来てくれるし、失敗できないね。もう1回ダンスの確認しよー!」

「そうだね!お兄ちゃんをびっくりさせるくらい頑張っちゃおう!」

 

穂乃果とことりがそう言って部屋の広いスペースへ移動を始める。そんな中、海未はもう1度鏡を見つめる。恥ずかしい。恥ずかしいけども。

 

(頑張らなくてはいけませんね。支えてくれた鷹也さんのためにも)

 

 

 

 

 

「あ、あの……」

「なんですか?」

 

鷹也が前を行く絵里に声をかけると絵里は鷹也の方に多少視線を向けながら答える。南ことりの兄ということは気づかれているだろうから、あんまり話は聞いてもらえないかと思ったがそうでもないようだ。

 

「大変みたいだね。生徒会の活動。」

「いえ、私としても音ノ木坂学院を廃校にはしたくありませんから。」

 

鷹也の問いかけにそう答える絵里。それは本心なのだろう。だが、なぜだろう。鷹也には一瞬絵里の顔が苦し気に歪んだように見えた。その表情の裏にあるのはどんな感情か。

 

「それにしたって今いる生徒を疎かにすることもせず頑張ってるって聞いてるよ。」

「生徒会長ですから……」

「……なあ、君は……」

 

義務感や生徒全体の責任、音ノ木坂学院の存続それを背負ってるのは分かってる。絵里が大変な立場にいることはいろいろなところから聞いた。でも、それらはすべて誰かのためにしていること。ならば彼女自身が

 

「つきました。ここが理事長室になります。では、私はこれで失礼します。」

「あ……」

 

続きを言う前に理事長室に到着。絵里はこちらにお辞儀をして去っていってしまう。せっかく会えたのに聞きそびれてしまった。まだ憶測でしかないスクールアイドル活動を快く思わない理由。そして、

 

「そんな辛そうなのになんで頑張ってんの?本当に君のやりたいことはそれ……?」

 

生徒会長だから。そう答えたときの絵里の顔は見間違えようがないほど辛そうで。その小さな背に、細い腕にどれだけの物を抱え込んでいるのだろうか。鷹也にはまだ分からない。

 

 

 

 

 

 

「で、鷹也。なにしてるの?」

「あ、あの~……」

 

絵里に理事長室に案内された鷹也は豪華な机に座る母、ひな子の前で口ごもる。今回、鷹也は勝手に理事長の名を使い、学校に侵入しようとした。急用などないことはひな子が十分分かっているだろう。痛いくらいの沈黙が続く。

 

「……はあ……ことりたちのライブを見に来たんでしょう?」

「……知ってたんだ。」

「熱心に広報活動してたもの。」

 

ひな子はそう言って、机の上にある紙を指さす。そこにはμ’sファーストライブの文字と可愛らしい絵が描かれていた。これが例のビラだろう。鷹也は実物は見たことがなかったがコピーが荒くなっているところを見ても、何枚もコピーを繰り返し配ったのだろう。その紙に奪われた視線を机を指でとんと叩いたひな子によって戻される。

 

「あなたがことりたちを手伝っていたのも知っている。でも、さすがに女子校に侵入はやりすぎよ。」

「はい……」

 

言い返す言葉もない。ここの理事長が母だから助かっているが、違ったら社会的死、犯罪者である。今回は諦めて、ことりたちにはあとで死ぬほど謝ろう。そう思った時、

 

「だから……堂々と行きなさい。」

「へ……?」

 

つい間抜けな声を上げてしまう。今、自分の母は許す。と言ったのだろうか。

 

「いいの……?」

「いいもなにもここまで来ちゃったんなら仕方ないでしょう。今、誰に聞かれても大丈夫なようにちゃんとした理事長の許可付きの書類をあげるからちょっと待って。」

「母さん……ありがとう。」

 

ひな子は何かの用紙に必要事項、ハンコを押して鷹也に渡す。そして、講堂までの道のりを大雑把に教え、鷹也に真剣な顔で告げる。

 

「本来なら許可しないけど、学校存続のために動いてくれていることですし特例です。それに……」

 

鷹也にはことりたちのことおねがいしてるしね。そう言って微笑むひな子に鷹也はありがとうともう1度お礼を言う。そして、

 

「任せといて!あいつらのことはちゃんと見守る!」

 

そう言って鷹也は理事長室を飛び出していった

 

 

 

 

 

『間もなく本校のスクールアイドルμ’sのファーストライブ開演です!』

 

講堂に手伝ってくれているクラスメイトの放送が響く。その講堂のステージ。幕が上がる前のステージには3人のアイドル。3人で手をつなぐ。

 

「いよいよだね……」

「海未ちゃん、大丈夫だよ。私たちが付いてるよ。」

「はい……!」

 

緊張はしている。でも、頭が真っ白になるほどではない。手をつないだことで他の2人がいることが感じられた。落ち着けた。

 

「お兄ちゃん、来てくれてるかな?」

「鷹也さんなら約束通りきてそうですね。」

「じゃあ、3人じゃないね。」

 

鷹也くんも見ててくれるなら4人だ。そう言って笑う穂乃果に釣られ、ことりと海未の顔にも笑顔が浮かぶ。笑うことで残っていた緊張もほぐれたようで体のこわばりはなくなっていた。

 

「ねえ、番号言ってみようよ。」

「番号?点呼ということですか?」

「うん、ここにいるよって確認とこういう時の儀式みたいな感じで。」

「それいいかも!」

 

1!2!3!穂乃果が、ことりが、海未がそれぞれ番号を言う。その後に続く言葉を決めていなかったため、生まれた沈黙がなにか面白くて。楽しくて。

 

「μ’sのファーストライブ……」

 

覚悟は決まった。楽しむ準備はできた。あとはやりきるだけ。もう1度3人で強く手を握り合う。

 

「最高のライブにしよう!」

「うん!」

「もちろんです!」

 

幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

おかしい。そう思い始めたのは講堂の近くまで走ってきてからだった。音がしない。人がいない。ライブなのにありえないこの状況に朝から心の中で燻っていた不安が範囲を広げていく。黒で心を塗りつぶしていく。

 

「まさか、そんなわけ……!!」

 

それでも必死にその黒を拭い去ろうとする。まだライブは始まっていないし音はしなくてもおかしくない。もしかしたらもう講堂でみんなライブの開始を待ち焦がれていて人がいないのかもしれない。もう薄々分かっていたのにそんな言い訳を必死にしながら講堂にたどり着く。そしてそのドアを開けた。その空間には

 

「……………………………………………………………………」

 

一切の音も光も

 

「嘘だろ……」

 

人影も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……」

 

これまでに聞いたことのない声で、これまで最も彼女から聞いてきたセリフ。その弱弱しい声に、放心状態だった鷹也はステージに目を向ける。この空間唯一の光、スポットライトに照らされていた3人の姿はどこか異世界の出来事のように思えるほどに、いまいち機能しない頭では現実味が感じられない。

 

「鷹也くん……」

「鷹也さん……」

 

いつもの凛とした声も、明るく元気な声も見る影はなく。そこにあるのは絶望と悲しみのみ。鷹也はこんな声を聞きたかったわけではないのに。

 

「いやぁ……現実は……あまくない!!」

「穂乃果ちゃん……」

「穂乃果……」

 

無理やり明るさを取り繕ったようなそんな声。その声で否応にもこれが現実だと認識することとなる。でも違う、違うのだ。こんなにらしくない、苦し気に明るさを取り繕った声を聞きたかったわけでもないのだ。泣きそうに、気丈にふるまおうとして、それでも泣きそうになるそんな表情なんて見たくない。

 

「そりゃ……そうだよね……。頑張ったって…いくら頑張ったって……」

「もういい。穂乃果……」

 

泣きそうになるその声を聞いていられなくなり、鷹也は彼女を止める。なんて声をかけるべきか。何が正解かもわからない。でも、言ってやらなくては。だって、

 

「頑張ってた。3人とも頑張ってたよ、俺はちゃんと見てたよ……!!」

 

 

 

そう充分頑張っていたはずなのだ。穂乃果も海未もことりも。3人全員全力で頑張っていたのだ。この3人が報われないのではどうするんだというくらいに。

世界は理不尽で不公平だ。どれだけ頑張っても報われないこともある。神頼みも神様もなんの意味もなさないことはある。これだけ頑張った3人が報われないことだってある。でも、だけれども

 

 

 

「でも……まだ終わってないだろ!!」

 

この言葉は酷だろうか。3人はもう充分すぎるほどに頑張っていた。けれど、だからこそ思うのだ。まだここで諦めるのは早い。まだ終わっていない。まだ、この3人なら。

 

「今回は成功とは言えないよ。失敗という方が正しいだろう。でもさ……お前らなら、お前ら3人ならここから這い上がれる、飛びたてるって思うんだよ!」

 

3人の顔が、視線が鷹也に向く。その表情はとても悲し気で、弱弱しくて。その表情を見るだけで鷹也の胸は苦しくなる。そんな表情は見たくない。鷹也は声を張り上げる。

 

「充分頑張ってたよ!もうこの場で逃げるって選択肢をお前らが選んでも仕方ないと思うくらいに……。でも、言ってたよな、穂乃果!」

 

『うん、私やるよ。やるったらやる!』

 

そのときの穂乃果の強い意志は本物のはずだ。真剣に、スクールアイドルをやると決めたはずだ。

 

「海未も!ことりも!みんな、本気でやるって決めてたはずだ!」

 

『……穂乃果の気持ちにあてられたんです。』

 

こう言った時の海未は適当だったか?ただの依存だったか?そんなはずない。穂乃果の気持ちを感じ、その思いに突き動かされ、自分も強い思いを持っていた。

 

『でも、やるって決めたから。応援してくれると嬉しいな……?』

 

こう言ってきた時のことりは普段のことりとは違ったはずだ。普段なら弱気になるところでも自分の意思でやると決めていた。そして、

 

「後悔したくないって言ってただろ!」

『やりきりたい。後悔したくないから。』

 

「なら最後までやりきってからだろ!まだ最後までやりきってもない!誰も見てないなら、俺が見ててやる。誰も応援してくれないなら俺が応援してやる。だから……」

「ありがとう、鷹也くん。」

 

叫び続けた鷹也の声は枯れていて。なおも続けようとしていた鷹也を穂乃果の声が遮った。沈黙が生まれる。先ほどまで見えていた3人の表情はまたもうつむいていたことで見えなくなっていた。

 

「忘れるところだった。」

 

うつむいていた顔が上がる。

 

「『自分も観客も最高の笑顔で。自分の全力で楽しくやりきる。』」

 

その表情はもう絶望なんてしてなくて。穂乃果の言葉に、海未とことりの表情も変わる。

 

「最後までやりきんなきゃ。そのためにこれまで頑張ってきたんだから。3人で頑張ってきたんだから!」

「穂乃果ちゃん……!海未ちゃん!」

「ええ。やりましょう!」

 

その表情には強い意志が戻っていて。鷹也の目を3人はまっすぐ見返してきていて。その時だった。

 

「……つっ!!はぁ…はぁ……あれ?ライブは……?」

 

講堂に駆け込んできたのは眼鏡をかけた女の子。おとなしそうな雰囲気の彼女はこのライブのポスター片手にこの状況にうろたえている。壇上の穂乃果たちから驚いたような声が聞こえた所から見るに、知り合いの子らしい。ならば、

 

「さあ、3人とも。お客さんも来たみたいだし……」

 

穂乃果の声が聞こえたがどうやらこの少女は花陽という名前らしい。鷹也は花陽を手招きして前の方へと呼び寄せる。なんで男の人がいるのかと驚いた様子だがスーツを着ていること、ライブの関係者らしきことで納得してくれたらしくおとなしく前の方に来る。

 

「まだ楽しんで頑張れるな?」

「はい!」

「うん!」

 

海未とことりが元気よく返事をする。花陽という観客の登場でとりあえず完全に元気を取り戻したようだ。そして最後に穂乃果が返事をする。

 

「うん!頑張れる……まだまだ頑張れる!今も!これからも!」

 

3人がポジションに立つ。鷹也もあわせて、4人の視線が重なる。準備は整った。ここから始めよう。まだ始まったばかりだ。逃げるのも、諦めるのもまだ早い。ここが彼女たちの、μ’sの

 

 

 

『μ’-----s!!ミュージック——————スタートーー!!!!』

 

 

 

STARTだ。

 

 

 

 

 

 

穂乃果が、ことりが、海未が踊る。歌う。スポットライトを浴びる彼女たちはとても美しく見えて。

 

光が、音が、笑顔がはじける。

 

視線を離さない。いや、離せない。鷹也はそれほどの魅力を放つ3人を見つめる。自分が見てやらなくては、見ていてやると応援すると決めたのだから。約束したのだから。

 

曲が2番に入る。ダンスが加わった歌はぶれてしまっていて、ダンスもほんの少しだがキレがなくなり始めている。だけど、笑顔で、楽しんで。彼女たちは全力の笑顔で観客も自分たちも楽しむ。

 

産毛の小鳥たちも、いつかは大きな強い翼で飛び立つ。諦めないでいればその日は絶対にくるのだ。

 

だから、いつかその日がくるまで自分は彼女たちを見守ってやろう。支えてやろう。

 

曲が終わる。最後のポーズは息も上がってしまっていて。ぴしっと止まると決めていたのに肩は上下してしまっている。

 

笑顔で、全力でやりきった。まだまだ拙い歌、ダンスだろう。

 

でも

 

それでも、最後まで笑顔を絶やさずステージ上でスポットライトを浴びる3人。彼女たちの姿は

 

間違いなくアイドルのそれだった。

 

 

 

 

 

気づけば周りには何人か観客が増えていた。鷹也は拍手をしながら周りを見渡す。ライブの準備を手伝ってくれたであろう女子生徒。花陽とその友達だろうか、ショートカットの女の子、そしてドア付近には真姫の姿もあった。誰もが笑顔で拍手をする。その笑顔、拍手をその身に受けるのは穂乃果、海未、ことりの3人。その3人も息は上がっているが笑顔で、はしゃいでいて。

 

「どうするつもり。」

 

拍手が止む。全員の視線を受け、そこに立っているのは生徒会長の絢瀬絵里。彼女は視線の全てを集めながらも一切の動揺を見せず、穂乃果をまっすぐ見据える。どうするのか。その問いの意味するところは明らかだ。スクールアイドルを続けるかどうか。そして、その問いに対する答えも

 

「続けます!」

 

明らかだ。先ほどまでのはしゃいだ様子とは打って変わって真剣な穂乃果はなぜ?と問う絵里の目をまっすぐ見返しながら続ける。

 

「やりたいんです。やるって決めたんです。今、私楽しかった。もっと歌って踊りたい。そう思ったんです。」

 

1度はダメかとも諦めそうにもなりましたけど……穂乃果は少しうつむいてそう言うが、だがすぐに顔を上げる。

 

「でも、今はダメとは思わない。歌ってみて、踊ってみて感じたこの気持ち。練習はつらかったし、心が折れそうにもなった。でも、やってみてよかったってそう思えたんです!今はこの気持ちを信じたい。誰も見向きもしてくれないかもしれないけど、応援なんか全然もらえないかもしれないけど。約束してくれた。ずっと見て、応援してくれる人もいるって示してくれた。」

 

穂乃果、ことり、海未の視線が鷹也に向く。鷹也はうなづく。

 

「それなら頑張れる。まだまだそんな人は少ないし、これからも増えないかもしれない。でも、少しでもいるなら頑張れる。頑張って頑張って、この気持ちを、歌って踊って感じた気持ちを、やりきってよかったって始めて感じたこの気持ちを、楽しいって感じたこの気持ちを、私たちがここにいる……この思いを届けたい。頑張ってもっと多くの人に届けたい!私たち、いつか……いつかここを満員にして見せます!」

 

穂乃果が宣言する。その思いは本物で。その強い意志は確実にその心に存在していて。

穂乃果は、3人は宣言したのだ。このままでは終わらせないと。まだまだこれからだと。今回は上手くいかなかった。でも頑張って、頑張って自分たちの望む結果にしてみせると。

 

 

 

 

「本当にすごいよ、お前ら。」

 

誰も思いつかないような、スクールアイドルで学校を救おうという考えを思いつき、そして実行する。慣れないことや分からないこと、不安なこともたくさんあっただろうに負けずに練習をし、それでもなお努力が報われず、心が折れそうになった。それでも、もう1度立ち上がり、これからも頑張ると。自分たちの望む結果まで頑張るとはっきり口にして強く意志を持っていられる。それはどれほどの強さが必要なのだろう。素直にすごいと鷹也は思う。

 

今回のライブは上手くいかなかった。だが、まだまだここからだ。まだ終わってない。これから、もっと多くのつらいこと、苦しいこと、悲しいことがあるかもしれない。だが、彼女たちがまだ頑張れる諦めないというのならば支えよう。見守ろう。

 

いつか小鳥が大きくなるまで。

 

 





いかがだったでしょうか。
うまく表現できていたかは自信はないですが精一杯頑張りました。

今回が一区切りですね。原作でもとても大事な印象的なシーンでした。初めてアニメの3話を見た時のことはとても印象に残っています。

で、ここで恒例のお気に入り登録のお礼です。
思ったよりお気に入り登録してくださる方が多くて驚いてます。ほんとに嬉しいです。これからもよろしくお願いします。

|ω・*)<できれば感想、評価などもお待ちしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。