どうぞご覧ください。
昔に1度だけ。たった1度だけ鷹也が本気で怒って、そして自分と本気で喧嘩したことがあった。
今でも軽く怒られたり、少し叱られたりすることはあるけど、あそこまで本気で怒られたのは後にも先にもその時だけだ。
穂乃果は目を閉じてステージ上で思い出す。
(あの時以来かもなぁ……)
あの時、鷹也も小学生のころ。同じくらいの年の男の子と喧嘩しているのを見て助けに飛び出そうとしたとき。何てことない子供の喧嘩だ。そんな中で鷹也はこちらにいち早く気が付いて、嘘をついて相手の人を追い払っていた。そしてこちらに近づいてきて聞くのだ。
『何しようとしてた?』
もちろん助けようとしていたのだと後ろにいたことりと海未と答える。海未は今にも泣きそうで、ことりは少しおびえていたが。それでも2人は大人の人を呼びに行こうと駆けだそうとしていたし、自分は鷹也と相手の間に割って入るつもりだった。今になって思うと無謀だと思うけど、それでもその行為を今でも間違っているとは思わない。でも、鷹也は小さく笑って穂乃果の頭を軽くたたくとこういうのだ。
『もうそんなこと考えんなよ。3人が危ないから。』
『でも……』
『いいから!!!』
ビクッと体が硬直する。後ろのことりと海未も驚いて動けずにいて。海未なんて少し目の端から涙がこぼれていた。それだけ今の彼の言葉には怒気がこもっていて。とても怖いものだった。でも海未のその様子を見て、黙っていられずにキッと鷹也をにらみつける。
『そんな言い方ないじゃん!』
『こんな言い方しないとまた同じことしようとするだろ。』
『当たり前じゃん!!』
鷹也の言葉に大声で返す。そうだ。当たり前なのだ。何か案があったわけでもない。大人の人がすぐに来るあてがあったわけでもない。でも
『鷹也くんを助けないなんてできないもん!』
『…………』
無言で鷹也とにらみあう。そしてお互いにそっぽを向いて帰ることにしたのだ。これがたった1度だけあった喧嘩。鷹也が本気で怒った出来事。
(懐かしいなぁ……)
状況は違うだろう。あの時はしばらくお互いに口をきかなかった。そして大きくなった今は口をきかないとまで行かなくても、かなりぎこちない関係になってしまっている。
「あの時どうやって仲直りしたんだっけ……ねえ」
扉が開く音に目を開く。まだライブが始まる前の朝早く。誰もいない講堂に2つの人影が入ってくる。
穂乃果は2人に向って微笑む。あの時のことは思い出せないけど、それでも今の自分がやることは決まっている。
「鷹也くん、海未ちゃん。」
「穂乃果……」
「…………」
彼が、みんながすごいと言ってくれるこの自分そのままを信じて進む。無言の鷹也とこちらを真剣な表情で見つめる海未にまっすぐに視線を向ける。今の自分の想い。それをただまっすぐに。感じたこと。想ったことをまっすぐに伝えるのだ。
その連絡があったのは前の日の夜中だった。ことりが荷造りのために部屋に戻っていったあと、母に心配かけないようにとあまり会話せずに自分も部屋に戻った後。
「明日の朝に音ノ木坂……」
鷹也はメールの内容を小さく口にする。もともとライブに行くかどうか迷っていたタイミング。そもそも間に合うかどうかが怪しい。しかし放っておくにしても少し気になる相手からのメールではある。
(穂乃果からの呼び出しっていうのがなぁ……)
今日会った時の様子に少し思うところはあった。だからこそ立ち直った可能性はある。だが、さすがに早すぎはしないだろうか。それに立ち直ったのなら立ち直ったで自分がこの呼び出しに応じるわけにはいかないかもしれない。携帯を横に放り出し、ベッドに仰向けに倒れこむ。
ぐるぐると頭の中で様々な考えが浮かんでは消えていく。そして自分がどう動けばいいかわからなくなっていく。心を鎖で締め付けられているように。どんどん動けなくなっていく。
「どうすっかなぁ……」
「お兄ちゃん……?」
「ことり?」
小さく呟いたところで部屋の扉が少し空いているのに気が付く。そこから部屋をのぞき込んでいることりがいた。どうかしたのかと言いながら倒れこんでいた体を起こすと、ことりは少し迷うように視線をさまよわせてからゆっくりと部屋に入ってくる。
「ちょっとお話したいなって……ダメかな?」
「ん、いいよ。ほら座りな?」
「うん」
こちらをうかがうように言ったことりをベッドの隣に呼び寄せて座らせる。最近避けていたとは言ってもさすがに今日は避けるわけにもいかないだろう。おずおずと隣に座ることりに話しかける。きっと何か話したいことがあるかと言われたら難しいものなのだろう。だからこちらから少し話しかける。
「準備終わったの?」
「うん。もう大丈夫。」
「そっか。」
そう言うとことりは少し表情を曇らせる。悲し気なその表情に心がズキリと痛む。その痛みを無視しつつ、ベッドの上に放り投げていた携帯を手にとる。画面にはいまだに穂乃果からのメールが表示されている。
それに気が付いたことりが驚きに表情を変えながら口を開く。
「穂乃果ちゃんから……?」
「そうなんだよ。でも、この時間は無理だな……」
ごめんね、画面勝手に見ちゃって……と言うことりの頭を大丈夫と撫でてやりつつ、小さく息をつく。穂乃果の指定してきた時間はライブの前の朝の講堂。その時間は普通なら何もない朝だろう。しかし、鷹也は外すことのできない用事がある。
「ことりの見送りの時間はさすがにな。」
そう言ってことりに苦笑する。そう、その時間はことりが空港に行く時間と同時刻。ことりが乗る飛行機の出発には少し早いが、見送りをすることを考えると厳しいだろう。
穂乃果のことも気になるが、ことりの見送りは最優先事項だ。
「……お兄ちゃん、お願いしてもいい?」
「ん?」
「穂乃果ちゃんに……会ってあげてくれないかな?」
しかし、ことりにそう言われて一瞬あっけにとられる。そして首を横に振る。
「そしたらことりの見送りできないだろ?さすがにそれは……」
「ううん、それでも……それでもお兄ちゃんは穂乃果ちゃんに会ってほしいの。」
「なんで……」
さすがに衝撃をこらえきれずに少しかすれてしまう言葉に、ことりは無理やり作ったような笑みを浮かべて口を開く。その声は震えていて。震えを誤魔化そうと少し大きめに話しているのが余計にその震えを際立たせていて。
「穂乃果ちゃんはきっと変えてくれるから。」
「変える……?」
「うん。」
唇は明らかに震えていた。目の端には涙が光っていた。それでも、それでもことりは笑顔を崩さない。笑顔で、笑って彼女のすごさを誇るのだ。
「穂乃果ちゃんはいつだって私たちが思いもつかないようなことをしてくれる。考えつかないような場所に連れて行ってくれる。」
「ことり……」
「だからきっと……」
その先は言葉にせず、ことりはこちらをまっすぐに見つめる。言葉にされなくてもわかる。この状況。μ'sが活動再開しようとしている中で、穂乃果と海未、ことりという最初の3人がいない状況。鷹也が戻る気のないこの状況。それを穂乃果がきっと変えてくれる。そうことりは言っているのだろう。
他の意味は考えてはいけない気がした。
「私は遠いところに行っちゃうけど……でも、穂乃果ちゃんたちがお兄ちゃんのそばにいてくれるならきっと大丈夫。みんな……私より強いから。」
「でも……さすがに……」
「お願い……お兄ちゃん。」
それにお母さんだけでも泣いちゃうかもしれないのに、お兄ちゃんまできたら私絶対に泣いちゃうよ。そう言ってことりは笑う。もう泣いてんじゃんかとは口にできなかった。ことりの最後のお願い。昔から1度だって断ることのできたためしのない妹の“お願い”。
「……わかったよ。俺は穂乃果に会ってくる。」
「うん、ありがとう。」
そう言ってことりは微笑む。そして最後の会話が終わる。あまり遅くなってもいけないからとことりが部屋から出ていく。
「ことり!」
「え……?」
つい、つい呼び止めてしまう。振り返ることりの目が一瞬期待の色に染まって、それを戒めるように苦しげなものに変わる。そこまで気が付いてしまう。気が付いてしまうからこそ。
「元気でな。」
その感情を無視して、そう言うことしかできなかった。うんと頷いて無理に微笑んだことりが部屋から出ていくのを見ながら唇をかみしめる。その言いようのない感情はどこに向いたものだろうか。呼び止めた自分への戒めだろうか。それとも。
『鷹也さんのこと責めたのに、言えなかったんです。』
「俺じゃなくても言えるわけないさ、普通……」
頭に響く海未の声につぶやく。痛いほどにかみしめた唇からは少し血の味がした。
次の日。呼び出された場所に向かうと、そこには海未もいた。講堂の入り口で会った彼女と少しの間何も言えずに向かい合う。
「……今日はことりが……」
「ことりに頼まれたんだよ。穂乃果に会ってきてくれって。」
「そう……ですか。」
驚いたような表情の海未にそう告げてやると、納得したような、寂し気な表情を浮かべて海未は押し黙る。その様子の意味に気が付きつつ、何も言わずに講堂への扉を開ける。今更何も言えない。何を言っても意味はない。ことりはもう出発の空港についているのだから。
何も言わない海未とともに講堂に入ると、ステージ上に彼女はいた。
「あの時はどうやって仲直りしたんだっけ……ねえ鷹也くん、海未ちゃん。」
「穂乃果……」
「…………」
何も言わずに観覧席の中ほどまで降りる。そしてステージ上の穂乃果と向き合う。こちらに微笑む穂乃果はスポットライトに照らされていて。それこそまるで物語の主人公のようだった。
「ことりちゃんは?」
「……きょう出発だ。あと少しで日本から出るとこ。」
「っつ……そうなんだ……」
穂乃果の質問に事実を淡々と告げる。余計に悲しんでる様子を見せても仕方ないだろう。一瞬苦し気に顔をゆがませた穂乃果はそれでもまっすぐにこちらを見て、真剣な表情になる。
「鷹也くんは……」
「ことりに言われたんだよ。穂乃果に会ってきてって。」
「ことりちゃんに……」
かみしめるように繰り返し、穂乃果がこちらを見返す目はまっすぐで。昨日のように無理にごまかした笑みを浮かべているときのような目ではなかった。
いつものまっすぐな穂乃果の目だった。穂乃果が話し出す。
「私ね……ここでファーストライブをして、ことりちゃんと海未ちゃんと歌って、踊って。鷹也くんに応援してもらって、ずっと応援してくれる人がいるんだって感じることができて……それで思ったの。」
その時のことを思い出すように、ゆっくりと穂乃果は言う。鷹也も何も言わず、海未も何も言わずにその言葉をただ受け止める。この穂乃果の言葉は、きちんと聞かなければいけないものな気がした。。
「もっと歌っていたい……もっとスクールアイドルやってたいって。そう思ったの。学校のためとかラブライブのためとかじゃない。私、好きなの。歌うのが。スクールアイドル辞めるって言ったけど、その想いは変わらなかった。」
学校のために、廃校を救うために始めたスクールアイドルだった。ラブライブを目指して続けていたスクールアイドル活動だった。でも、それだけじゃない。穂乃果はそう口にする。好きだからと口にする。
遠回りして、一度は見失って、今も表情は不安げな穂乃果の言葉だけど、それはにこが言っていたのと同じ単純な理由で。
そしてそれはファーストライブのあとに穂乃果が口にしていた言葉。穂乃果が伝えたかったはずの想いだ。
「だから……ごめんなさい!!」
「え……?」
隣の海未が意外そうな顔しているのを感じつつ、鷹也は穂乃果から目を離せずにいた。ステージ上で真剣な想いを、自分の感情をまっすぐに口にする彼女がとても眩しくて。スポットライトが当たるその輝かしいステージがとてもきれいに見えて。
「これからもきっと迷惑かける。夢中になって誰かが悩んでいるのに気が付かなかったり……入れ込みすぎて空回りすると思う……だって私不器用だもんっ!」
とてもきれいに見えるから、やっぱり憧れてしまう。そのまっすぐさに。その強さに。
自分にはないものを持っている穂乃果がとてもうらやましく思えてしまう。うらやましく思ってしまうから、何も言えなくなる。
「でも……追いかけていたいの!わがままなのはわかってる!でも……私……!!」
「ふふっ……」
「海未……?」
まっすぐな想いを告げた穂乃果に対する答えは海未の笑顔だった。珍しいくらいに笑い続ける海未に対して、私真剣なのに!と抗議している穂乃果。その様子ををちらりと見つつ、海未はどうしたのと言うように声をかけた鷹也に笑顔を向ける。
「やっぱり穂乃果は穂乃果みたいです。」
「それは……そうだな。」
「だからきっと、鷹也さんにも届いてますよね。」
待ってますね。そう言って海未は鷹也を置き去りにして穂乃果のもとに歩き出す。いつだって海未とことりと鷹也は穂乃果に振り回されていた。そんなことを言いながら、でもどこかすっきりしたような表情で歩を進める。
海未もきっと苦しかったのだ。穂乃果がいつもの調子じゃなくなって、ことりがいなくなってしまって。
「いつだって穂乃果と一緒にいると大変なことになるんです。夢中になったら止めても何も聞こえてなくって……」
スクールアイドルだって本当に嫌だったんですよ。と穂乃果の目の前にたどり着いた海未は口にする。スポットライトに照らされた穂乃果のもとにたどり着く海未はもうステージの一員だ。鷹也はその光景をどこか遠いもののように感じつつ、見つめる。
「ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。私やことりでは勇気がでなくていけないような凄いところに。」
「海未ちゃん……」
「私が怒ったのは穂乃果がことりの気持ちに気づかなかったからではなく、穂乃果が自分の気持ちに嘘をついていることに気が付いたからです。」
その時、海未がチラリとこちらに視線を向けた。その視線の意味は分かっている。でも、答える気はなくて。鷹也は視線を斜め下に逸らしてうつむく。それに海未は何も言わず、穂乃果への言葉を続ける。
「穂乃果に振り回されるのは慣れっこなんです。だから代わりに連れて行ってください。私たちの知らないところへ。それが穂乃果のすごいところなんです!」
「あ……」
穂乃果が呆然としたように海未を見つめる。その中にどんな感情があるのかはわからない。でも、
「うんっ!!」
そう笑顔で頷く穂乃果の目にはいつもの光が、強さが戻っていた。
ステージ上のその光景はまるできれいな物語のようだ。きれいで、純粋で、美しい物語。登場人物たちはみんなで苦難を乗り越えていく。素直にうらやましかった。素直に憧れた。
でも自分はそこに混ざれない。こんな自分は混ざってはいけない。
「さあ!ことりを迎えに行ってください!」
「で、でもことりちゃんは……」
「ことりも一緒ですよ。ことりも引っ張っていってほしいんです。わがまま言ってほしいんです。」
「わがまま!?」
「ええ、わがままですよ。海外の有名なデザイナーに見込まれたのに残れなんてそんなこと……」
でも、それが言えるのは……と海未が穂乃果に視線を向けて物語は完成。きっとこの後で穂乃果はことりを連れ戻す。それでハッピーエンド。それでこの問題も解決。
そこまで考えて、見て見ぬふりをしていた気持ちをあっさりと認めてしまっていることに気が付き、自嘲する。ああそうだ。気が付いていた。ことりが止めてほしがっていることくらい。それくらい気が付いていた。兄妹なのだ。そのくらい気が付く。でも、ことりが決めたことを、ことりが口にした決意を止めることは自分にできるわけなくて。
でも、もういい。ここからは彼女たちの時間だ。いつも通りの、穂乃果が何とかしてしまう。そんな彼女たちの時間。自分が何をするまでもない物語。
「鷹也くん!!」
「俺は大丈夫だよ。穂乃果の好きなように……」
自分のことはもう気にしなくていいから。穂乃果が思うままに、まっすぐに突き進めばそれで大丈夫。大丈夫だから好きにしろとそう言おうとしたところで。
「待ってるからね!!」
横を穂乃果が駆け抜けていく。驚いて振り向けば、階段を登り切り、講堂の出入り口の扉に手をかけた穂乃果の姿。穂乃果は振り返って満面の笑みを見せると鷹也に向かって言う。
「ことりちゃんのこと考えたらきっと留学ってすごいチャンスなんだと思う。でも、私はまだことりちゃんと一緒にいたい。だから行ってくる。私も思ったこと言うから。わがまま言うから。だから」
―――――鷹也くんも思ったこと言ってもいいんだよ。
そう言って穂乃果が講堂から出ていく。その背を鷹也は黙って見送ることしかできなくて。呆然としていると、後ろから声がかかる。
「どうするんですか?」
「どうするんですかって言われても……」
ステージの上でこちらに向けて微笑む海未の問いに口ごもる。海未が穂乃果を立ち直らせるための言葉を優先したのは穂乃果が最後に鷹也に声をかけていくのを確信していたからなのだろう。
自分の本質に従えば今の状況で自分が口を出す必要はない。穂乃果は立ち直った。ことりはきっと穂乃果が連れ戻す。海未もその2人がいれば大丈夫。それなら自分が余計に首を突っ込まず、このままみんなに関わらないことを選択するのが正解なはずだ。
でも、それを口にする前に今度は先ほど穂乃果が出て行った入り口の方から声が聞こえてくる。
「さっさと行ってきなさいよ。いつまでもうじうじと男らしくないわねえ。」
「にこちゃん、その言い方はちょっとひどいにゃ……」
「にこと凛……?みんなも……」
そこにはいつのまにかμ’sのメンバーの姿があって。ステージリハーサルをしにきたのだろう。それぞれ練習着姿でいる彼女たちはまっすぐに鷹也を見据える。
「穂乃果ちゃんが走っていったからもしかしてって思って……」
「早くいかんと追い付けなくなるんやない?」
「……俺が行く意味もないでしょ。」
花陽と希の言葉に少し視線を下に向けつつそう答える。自分はアイドル活動に関わってはいけない。穂乃果が立ち直り、問題が解決しそうになっていることで、自分が必要ないことはもうはっきりしている。
「意味はあるわよ。前から言ってるでしょ。絶対に意味はある。」
しかしそんな鷹也の考えを吹き飛ばすように真姫が口を開く。真剣な表情で、まっすぐにこちらを見る真姫は少し口ごもった後、続ける。
「私たちにはあなたが必要なのよ。」
「そんなことないよ。だって実際に今も穂乃果が帰ってきたら全部解決だろ?」
ほら、俺の出る幕無し。そう少しだけふざけて言ってみせる。こんな価値のない自分は彼女たちに必要ない。彼女たちの輝かしい物語には必要ないのだ。先ほど穂乃果たちを見ていた時に浮かんできていた感情に蓋をする。抑え込む。自分がこんな感情を抱く意味はない。
ないのにどうして。
「でも、私たちをつなぎとめたのは鷹也。あなたよ?」
どうしてこの少女たちはこうも揺さぶるのだろうか。絵里の言葉に息をのむ。感情があふれ出しそうになるのを必死にせき止める。今更なぜこんなにも。
そんな鷹也の様子に気が付いているのだろう。絵里が優しく微笑みつつ口を開く。
「あなたがいてくれたからこれまでやってこれた。私も、みんなも、あなたに助けられてきたのよ。」
「別に俺は何も……」
「みんながバラバラになった時も、鷹也のことも考えてみんな動いてた。」
真姫や希とかは特にね。と言って絵里が笑う。
「鷹也がしてくれたことは鷹也がどれだけ否定しようが私たちの中に残るのよ。」
「凛はうれしかったよ!合宿の時の鷹也くんから言ってくれたこと!」
「私も、あの時に鷹也さんが声をかけてくれたからみんなと自然に仲良く話せるようになったと思います。」
絵里の言葉に同調するように凛と花陽が笑いかけてくる。それがどうしようもなく、苦しくて。感情を抑えることができなくなりそうで。
「違うよ。みんながすごいだけで、俺は……俺はみんなのそばに……」
「鷹也さん。」
はっきりと口にすることもできずに、力なく否定しようとして、海未の言葉に遮られる。いつの間にかすぐそばまで来ていた海未はゆっくりと話し始める。
「鷹也さんが私たちのことを大切に思ってくれるのは本当にうれしいんです。本当に、本当にうれしいです。でも、それは鷹也さんが傷つくのを我慢する理由にはならないんですよ?」
「違うんだよ。理由になるんだよ。違う、俺は別に我慢なんて……!」
何を言えばいいのかわからなくなる。前に真姫と希と話して気づいている。彼女たちがまっすぐに自分の感情を話してくれて、それを曲げる気がないことは。
そのまっすぐな気持ちを受け取ることがゆがんだ自分にはできないことも。でも。
「なんで……俺にそんなに……」
でも、どうしようもなくそのまっすぐさに憧れてしまっているから。憧れてしまっているから中途半端に突き放せないでいる。
本当に中途半端だ。沙希に言われたことを思い出す。自分が周りに悪影響しか与えないと思っているならふさぎ込んでいるべき。分かっている。そのくらい気が付いている。でも、それができない。できないのだ。
「俺は……弱いんだよ。みんなについていけるほど強くないんだよ。」
結局は自分の弱さが原因。自分に自信がなくて、何もできなくて、誤魔化しの本質を抱えて。
でも、穂乃果に憧れた。海未に憧れた。ことりに憧れた。みんなに憧れた。そのまっすぐさに触れて憧れてしまったのだ。その憧れを捨てることができなくなるくせに憧れを抱いてしまったのだ。
だから、どっちつかずになる。どっちも選べなくなる。だから中途半端に突き放せずにいる。
でももう、そんな中途半端でついていくなんて自分で自分を許せないから。だからもうそばにはいれないはずなのだ。自分は弱いから。
「俺は……みんなみたいに強くなれないんだよ……!!」
絞り出すように吐き出した言葉。痛いくらいに握りしめられた両手の感覚はもうなくなりそうなくらいになっていて。それだけ苦しい中で吐き出した言葉だった。
「こんなか弱いにこにーを強い強いってなに言ってくれてんのよ。まったく。」
「まあにこっちはある意味強い気もするけどね。」
「どーいう意味よ……!」
「そのまんまの意味でしょ。」
でもその言葉に対する答えはあっさりしたもので。いつも通りに会話するにこと希と真姫に少しあっけにとられてしまう。周りのメンバーも苦笑気味だが、鷹也の言葉をあくまで自然に受け止めているように見えた。
その様子に鷹也が何か言う前ににこが、それよりそろそろリハーサルでしょと言って歩き出す。そして鷹也とすれ違う際に軽く肩を叩き、声をかける。
「別に強くなんかなくていいわよ。みんなそもそも強くなんてないんだから。」
そして鷹也はそのまま軽く出入り口の方に押される。不意のことで踏ん張ることもできずに一歩前に進んでしまう。そして他のメンバーも次々に横を通り過ぎて行って、肩を軽く押していく。一歩、また一歩とよろけて進んでしまう。そして全員とすれ違った後で振り向くと、みんなが微笑んでくれていて。海未が一歩近づいてきて、口を開く。
「みんな弱いですよ。私は人前に出るのが苦手ですし、きっとほかのみんなも何か弱いところはあるはずです。」
「でも、みんなにはそれ以外にすごいところが……」
「私は自分のすごいところは分かりません。ただ、みんなについていってるだけです。みんなが認めてくれるから、その期待に応えなくちゃって思ってるだけです。」
前に絵里も言ってたじゃないですか。そう言って海未は笑う。
「みんなが支えてくれるから……鷹也さんが支えてくれるから頑張れてるんです。それはみんなも同じです。だから鷹也さんが特別弱いなんて、何もないなんてことはないんですよ?」
「でも、実際に俺には何もなくて……価値なんて……」
「そんなことないですよ。」
海未の言葉を必死に否定しようとして、海未に優しく遮られる。そして海未が静かに他のみんなに視線を向けると次々に告げられる言葉。
「鷹也くんだけうちの考えに気がついて助けてくれたんよ?ありがとね。」
「凛も鷹也くんにいーっぱい助けてもらったよ?お菓子くれたし、ダンス教えてくれたし、勉強教えてくれたし……ほかにもいっぱい!だからありがとにゃ!」
「私もアイドルをやっていいんだって。こんな私でもアイドルやっていいんだって鷹也さんが最初に思わせてくれたんです。ありがとうございます。」
「スクールアイドルやっていいって。医者になることもスクールアイドルをやることもどっちもやっていいって言ったのはあなたでしょ。」
「あんたがいたからμ’sは続いてきてるの。それには感謝してるわ。」
「私がμ’sに入ったのも鷹也が言葉をかけてくれたからよ?本当に感謝してる。私はあなたのおかげで今ここにいる。」
「みんな……そんなの……」
みんなの言葉にどう反応していいかわからなくなる。否定するべきなのはわかってる。自分はあくまで手助けしただけで、結局は頑張ったのは彼女たちなのだ。
でも言葉が出てこない。揺らいでいる自分の本質はとっくに壊れそうになっていて。そんなもので彼女たちの真剣な言葉を否定するなんてことできなくて。
「鷹也さんがいてくれたから頑張れたんです。それはみんな、穂乃果もことりも同じ意見です。だから、鷹也さんがいなくてもいいなんてことないんです。鷹也さんが自分の気持ちを我慢する必要ないんですよ。」
「海未……」
「それを信じるのはきっと鷹也さんには難しいですよね。」
何も言えずに海未を見返す。もうとっくに感情の蓋は壊れそうになっていて。でもそれを取り払うのは怖くて。自分の気持ちを押し付けるのは、彼女たちにとっていいことではないというのはずっと自分が持ってきた考えだから。それを変えるのは怖くて。
でも、海未はその恐怖を優しく包み込む。優しく笑ってくれる。
「だから、私たちが何度だって背中を押してあげます。何度だって何度だって。」
海未がゆっくりと鷹也の手を取って、鷹也を講堂の出入り口に向き直させる。
「鷹也さんの支えで頑張れてる私たちが鷹也さんを支えます。鷹也さんが自分に価値なんてないって思うのなら、その考えから立ち直るまで何度だって支えて。いつまでだって立ち直るのを待ってます。」
――――――――だから鷹也さん。大丈夫ですよ。
ゆっくりと背中が押された。たたらを踏んで前に一歩進む。振り向けば、7人が笑いかけてくれて。その間にはみんながゆっくりと背中を押してくれた分、7歩分の距離。
代表で海未が口を開く。
「待ってますね。ことりと穂乃果をお願いします。」
気が付けば鷹也は走り出していた。
はい、いかがだったでしょうか?
次回が一期最終回となります。そして大事なお知らせ。
この『ことりが大きくなるまで、いつもそばに』に関してですが、一期編終了時点、つまり次話で最終回とさせていただきます。
いや、違うんです。二期書くとか言ってたじゃんかとかブーイングしないでください。
いたっ……石投げないで……!
はい。すみません。
理由としてはいくつかありますが、大きいのはとりあえず一区切りとしたい。ということです。一期の時点でだいぶ長くなってしまい、きっちりと気持ちをひと段落させたいんです。
また、更新ペースの問題もありまして……
今もだいぶお待たせしてしまっているのですが、これから将来にだいぶ大きくかかわることをしなくてはいけなくなっています。(ちなみに受験ではないです。┐(´д`)┌)
※その割に余計な短編集更新してましたが、あれは息抜きとして大目に見てください。汗
そのため、二期編は別のタイトルで更新ペースだいぶ遅めを前提としたものとして連載していく予定です。今より遅くなることはないと思いたいのでこのまま続けて書いてもいいのですが、今のままだと何となくプレッシャー的なものが大きすぎるので……
まあ何が言いたいかと言うと、とりあえず終わるけど二期編も別でちゃんと書くよってことです。サンシャインもまだ書いてないですしね!
それではいろいろと書きましたが、とりあえず次回が最終回。
サブタイトルは
☆彼と彼女たちの物語☆
よろしくお願いします!