Eastern Wind Tales   作:Rei.O

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4.

 幸運だったのは、行方不明の発覚が金曜日だったことだろうか。

「大丈夫、じゃないわね」

「れんこぉ……」

 メリーの横へと体を落とし、腕を差し込み、下から抱きとめる。腕で坂を作るように持ち上げれば、転がるように腕の中へ。

 そのまま抱きとめ、あやすように背中を叩けば、メリーはろれつの回らない声で、うわごとのように呟き始めた。

 

「れいむ、めりーのこときらいになっちゃったのかなぁ……」

「メリー?」

「でんわしてもでないし、めーるもとどかないのぉ……っ」

 ぐす、と、メリーはしゃくりあげた。

 彼女の左手には、旧型のモバイル……かつて"スマートフォン"なんてもてはやされていた、旧い端末があった。

 強く握られたままのそれの電源ランプには光が灯っておらず、どうやら電池が切れているらしいことを示している。

 電話もメールも駄目なのは、当然のことだ。そのどちらかが生きているのなら、どんなに条件が悪くたって、通信エリアは割り出せる。

 しかし、あの週刊誌には"どこで消えたかすらわからない"とまであった。まるで、中継局へと向かう電波までもが神隠しにあったようだと。

 

 私は、どうすればいい。

 どうすれば、このあわれな親友を救うことができる?

 

 ◆

 

「ああもう、どうなってるのよほんとに!」

 その日の朝は、日の出より早い霊夢の嘆きで始まった。

 聞こえてきたその声に怜霧が起き(魔理沙は布団から転げ落ちていたがまだ起きそうにない)、時計を見る。午前──4時?

「ああ、おはよう怜。残念だけどまだ外とは"道"を繋げられそうにないわ。ほんとにこれ外の神社が吹き飛びでもしたんじゃないかしら」

 今まで一応なかったわけでもない、らしい。しかしこれはいくら何でも奇妙過ぎる、と霊夢はいう。

 

「奇妙?」

「あなたに言ってもしょうがないことだけどね……仕方ないか、今日中に里へ動くしか無いわね」

 里。

 幻想郷において里といえば、幻想郷唯一の人里(ひとつなので名前もない)のことを指す。

 さほど広くない隔離された世界であるため、山といえば妖怪の山だったり、湖といえば霧の湖だったりと、割と地名が大雑把なのは仕方の無いことか。

 

「何か、面倒事でも?」

「正に面倒事よ。私が幻想郷の調停者がわりなのは教えたわね」

「ええ、"博麗の巫女"は人の側に立つ中立者であり、かつては里の守護や紛争の解決、今では結界の管理と秩序の維持を受け持つ、と」

 

 かつては里を襲う妖怪共をちぎっては投げ千切っては投げボッコボコに叩きのめして制圧し、その力と役職故に面倒事を解決するという面倒事を押し付けられた。

 それが進化して今では幻想郷を覆う結界、"博麗大結界"の管理と秩序の維持戦力とされている。

 裁判所兼平和維持軍。怜霧はそう評した。

 極端な解釈であり大雑把でありついでに語弊もあるのだが、霊夢には快いものと受け止められたらしい。

 

「よろしい。でね、先々代だか先々々代だかそのまた前だか忘れたけれど、人の側に寄り過ぎたせいで色々面倒な事項が出来たのよ」

「んな適当な……面倒な事項、ですか」

「ええ。例えば、博麗神社に"博麗の巫女"以外の者が3日以上居てはならない、とか」

 

 それは巫女の中立性と、神無き神社の、楔としての神性を保つための策。

 3日というのは、1日掛けて里から神社へ動き、1日で色々と相談なり何なりを終えて、最後の1日で帰ってくる、という考え方らしい。

 少なくとも、霊夢にとって面倒でしか無いのは確かだった。

「……なるほど」

「しかしあなたを一人で歩いて行かせるわけにはいかないわ」

「何故です?」

「わかってるでしょ? 妖怪よ」

 

 妖怪。

 その認識は昔より変わらない。形態はともあれ、人に害をなすもの。

 世にいう神も、極端なことをいえば妖怪の一部であるといえてしまうだろう。彼らとて祟るし、荒ぶるのだ。というかそもそも妖怪出身の神だっていたはずだ。

 ──ともかく"外"ではオカルトであり御伽でしかない妖怪も、ここでは現実の怪物である。

 

「一応魔理沙が居るにしても、どうせ里に行くなら一旦あっちに話を通さないといけないわ。それなら私が行ったほうが都合がいい」

「……妖怪、ですか」

「ええ。 ……危険性がわかってないみたいね。萃香、いたでしょ」

「ええまあ、昨日の朝に。その時に渾名を付けられたわけで」

「あれ、外じゃ酒呑童子なんて呼ばれてるらしいけど」

「はあ、酒呑……え?」

 叫び声。

 

「忘れ物はないわね?」

「ええまあはい、大丈夫です」

「おいおい、大丈夫かよほんとに。私達がいるから大丈夫なのは間違いないけどさ」

「いや、面目ない……」

 伊吹萃香=酒呑童子(?)なんて事実を聞かされた直後では致し方ないことかもしれないが、怜霧は大いにビビっていた。

 ふらっと神社にやってきた酔っぱの子鬼が実は神楽(石見神楽の「大江山」あたりが有名か)に出てくるレベルの超大物でした、なんていわれたのだ。

 

「……ふぁ」

 ひとつ、魔理沙があくびをする。

 相当に眠いのか、目を瞬き擦り、一つ伸びをして、ぐでっと力を抜いて、それでも眠気が抜けない様子。

「魔理沙こそ大丈夫なの? 相当眠そうだけど」

「しょうがないだろ、怜の話が面白いのが悪い! ……っていうか、お前なんでそんな早く起きられるんだよ。お前が叫ばなきゃたぶん私今でも寝てるぜ」

「外の夜は遅いんです」

 怜霧が苦笑しつつ答える。「夜が遅い?」と霊夢。

「電気による照明が普及しているので、どこの家でも活動時間が長いんですよ」

 

 考えてみれば当然のことであった。

 幻想郷は、現実の一部を切り取った世界。当然、科学文明からは切り離されている。電気どころか、水道すら通っていない。

 となれば自然と、照明=物体の燃焼による発光の利用であり、つまりは蝋燭や油皿などになってしまうのだ。

 電気照明に比べればランニングコストも扱いの面倒さも危険性も圧倒的なそれらがなかなか利用されないのはあたりまえのことで、明かりがなければ寝るのも早い。

 

「つまりなんだ、外の人間は寝るのがいつもあんな遅いのか」

「まあ、そういうことです。1日は短いですから、使える時間は使うのですよ」

「なら私達もさっさと行かないとね。何せ1日は同じなのに夜が早いんだから」

「はいはい、了解だぜ」

 

 ◆

 

 博麗の巫女一行、即ち霊夢、怜霧、おまけに魔理沙の三名が里についた時、既に日は傾き始めていた。

 里は、結構な数の家屋が立ち並ぶそれなりに大きな場所である。

 雰囲気こそ村だが、その繁栄ぶりは街といったほうが近い。

 その外周には祝詞の刻まれた柵が巡らされ、6mほどの高さの見張り台があり、門があり、男たちが夜間監視用の火を準備していた。

 

「あー、やっとついた……」

「随分、遠いんですね、人里……」

「あんた達だらしないわよ」

「長距離は大体飛んでるんだぜ? っていうか、なんで霊夢そんなに歩き慣れてるんだよ……」

 そして御覧の有様である。歩き慣れていない人間が、山の獣道に毛が生えた程度の道を(妖怪や動物を迎撃しながら)延々と歩いてきた結果である。

 博麗神社から人里まではそれなりに距離がある。幻想郷の端であるが故にしょうがない話ではあった。

 

「あー、博麗様! 昨日の今日でどうなさったです?」

「野暮用よ。慧音呼んでくれる?」

 門番役の一人が霊夢に気づき声を上げる。霊夢が返す。

 要求は里のまとめ役だ。

 慧音──上白沢慧音。

 半人半獣(半神獣といったほうが正確だろうか)の女性で、里唯一の寺子屋の教師にして、里の(実質的な)まとめ役である。

 その能力と関係があるのか、温故知新を地で行く歴史好きにして正道を行くもの。

 里で何かアホをやらかせば、彼女にとっつかまって長説教の挙句得意の頭突きをかまされるというのは、割と有名な話だ。

 

「私は行くぜ。ここからならもう少しだ」

「そ。まあ好きにしなさい」

「あ、お気をつけて」

「おう。じゃな」

 そういって魔理沙は去る。微妙に表情がひきつっているあたり、おそらくは慧音に"引っかかり"たくないのだろう。

 そして彼女と入れ替わるように、

「待たせたな。そっちの君ははじめてか?」

 青い、箱型の帽子。

 

「ようこそ、里へ。私は上白沢慧音──この里で、まとめ役の真似事をしているものだよ」

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