Eastern Wind Tales   作:Rei.O

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5.

「さて、最後に……君にいくらか伝えておくことがある」

「なんです?」

 寺子屋、兼里の役所(?)兼まとめ役詰所にしてそのまとめ役の住む家、つまりは上白沢邸。

 目的は達した、と霊夢が戻り、引き渡された格好になる怜霧は、慧音に招かれそこにいた。

 

「まずは外の技術に関して。これは稗田の家、と言ってもわからんだろうが、要は外でいう"データ・ベース"のような役をしている家が管理している」

「下手な流出は危険、ということですか」

 なんとなくそれは読めていた。

 霊夢の話を聞く限り、幻想郷に外の人間が迷いこむことはそうはないとはいえそこまで珍しくもないことのようだった。

 にも関わらず、里は見るからに古い暮らしをしている。これは、何らかの理由で技術をセーブしているからだ、と。

 

「ああ。あまり言うとアレなんだが、妖怪と人間のバランスを保つためなんだろうな。実際、技術の進む外ではバランスが崩れているそうだし」

「そうですね。幻想郷では神々が顕現なさるとか……外ではありえないことです」

 古来より神が起こしたとされてきた現象は次々科学に組み入れられ証明され、一部(例えば"御神渡り")は環境の変化でその観測すら危ぶまれているのだ。

 幻想郷のバランスが正しいとするなら、外はもはやバランスもクソもあったものではない。

 故に、これでもそういった現象をそういった方面から見ていた人間の端くれとして、怜霧は、許されるなら一度会ってみたい、と考えてすらいた。

 

「それは、なんというか、嘆かわしい……うン、まあ、そういうのもあって、この幻想郷はそれなりに危険な場所だ」

「はい、承知しています」

「ああ、ならいいんだが……いや、この里な、」

 そこで、慧音は言葉を濁す。

 らしくないな、と怜霧は思った。ほとんど初対面だが、霊夢や里の人々との受け答えを見ている限りでは言葉を濁してごまかすような人間には見えなかった。

 大量の知識を元手に外来語すら使いこなし、嫌な顔ひとつせず(寧ろ嬉々として)質問に答えてくれた彼女は、なんにでもすっぱりと答える、割った竹のようにシンプルで面倒見のいい人だ、と怜霧には映っていた。

「実は、結構妖怪がいる」

「……はい?」

 

 ◆

 

 翌朝、怜霧は大きな屋敷にいた。

 大きく、使用人複数人を抱える屋敷。そんなものは、この小さな人里にひとつしか無い。

 稗田邸。上白沢慧音曰く、人里のデータベース。

 幻想郷の記憶とも称されるその屋敷と当主は、ひどく、風変わりなものだった。

 

「白霊怜霧と、申します。上白沢様の紹介で参りました」

「どうもご丁寧に。ああ、そちらにおかけになってください……」

 和室と洋室がごっちゃになったような、奇妙な部屋。

 廊下から部屋の真ん中よりもう少し外側あたりまでは畳なのだが、そこから先は板の間──とも違う、木の床。丁寧に油とワックスらしきもので仕上げられたと見えるそれは、どこからどうみてもフローリングだ。

 フローリングはそのまま外へと続いており、そこは縁側に見せかけたサンルームの様相を呈していた。

 壁にはどういうわけかゴッホの"ひまわり"の複製らしき絵が飾られていたり、純和風な棚に何故かエキゾチックな置物が置いてあったり、しかしそんな中で割合普通な書き物机には硯に筆、と電気照明スタンド(!)。

 そもそも畳とフローリングの境目は謎の形(強いて言うなら、太極図の中央のS字の部分が近いだろうか)になっているし、何かがズレた、それはそれはとてつもなく奇妙な部屋だった。

 

 そして何よりも、目の前に座る少女。

 

 紫がかった髪に大きな花飾りを差し、黄色と緑のツートンを着る彼女には、何かこう、そんな部屋の様子が気にならないぐらいには、もっと凄まじい違和感があった。

 説明のできないそれは見た目からくるものではなく、何かこうもっと根本的なもの。

 怜霧は、板の間側の勧められた椅子(どうやら背もたれの外された、"外"ではごく普通の、アームレスト付きリクライニングチェア……と思ったらさらにそれを前後逆においているらしい)に腰掛け、思う。

 ――ひょっとしてこれは、なにかとてつもなく理不尽な目にあっているんじゃあるまいか?

 

「ええと、私は稗田阿求といいます。怜霧さんは、外の方だとのことで」

「ええ、はい。かつて博麗の一族が外で重要な位置にいた頃、何かあった時に、と立てたという、白霊一族の末裔に当たります」

 そういうと、阿求は一拍間をおいた。

 くるくると指を回し、使い込まれた木の椅子で考えこむその様子は、感じる強い違和感を度外視すれば、可憐な少女そのものだ。

「……ふむ、ありましたね、白霊」

「え?」

「大体覚えています。読みましたから」

 怜霧は硬直する。

 覚えている? 読んだから? ということはそもそも白霊の資料がある? 当代の博麗が知らなかったのに?

 

「え、と。それは、どういうことで?」

「え? そのままの意味で、ああ、そうでした」

 阿求は、少しだけバツの悪そうな表情をした。

 軽く首を動かし、言う。

「忘れていました。私、求聞持なんです」

「は?」

 求聞持。今これをGoogleあたりで検索すれば、おそらくは"虚空蔵求聞持法"が引っかかることだろう。

 さもあらん、それはまさにこの言葉のもとである。

 

 虚空蔵求聞持法。それは虚空蔵、即ち広大な宇宙にも等しいような智慧と慈悲を持つとされる菩薩、"虚空蔵菩薩"の修法のひとつであり、かの空海が若き日に行ったとされる修法。

 その内容は、特定の作法に従い真言を100日で100万回唱えることで、ありとあらゆる経典を記憶、理解し忘れることがなくなる、というある種の記憶術。

 求聞持とはそれ即ちその記憶の能力──見たものを覚え、聞いたものを理解し、そしてそれらを忘れない、という力である。

「書物にまとめて整理してこそいますが、内容は大体覚えています。確か白霊の一族が成立したのは……」

「ああいや、その、私もそこまでは祖父から聞いておりませんで」

「そうですか? 勿体ない。知識は力ですよ?」

 怜霧は思う。

 里の妖怪って、実はこの少女だったりするんじゃないか、と。

 

 ◆

 

「それでは、外ではもう神々もない? 信仰も何も?」

「いえ、完全にないというわけではないでしょうが……かつてほどでないのは確かですし、この幻想郷のようなものではないとも思います」

「では、妖精や悪魔や妖怪も」

「それらが引き起こすという現象含め、いくらかがたまに噂になる程度です。私はそういうものを研究していましたのでまだ知っている部類でしたが、おそらく"外"の人間の大半はまるで知らないのでは、と」

 幾度目か、阿求は一拍おいた。

 その大量の記憶を検索してでもいるのか、彼女は時折、会話の中に一拍の間隙を挟む。

 そしてその間隙の後、なにかしら妙なことを言い出すのだ。頭にふむ、とつけて。

 

「……ふむ、その研究とはひょっとして、"デビル・サマナァ"というやつだったりするのですか? アギとかガルとかジオとかですか?」

 ほらやっぱり――怜霧はそう思った。思わざるを得なかった。

 現実逃避したくも、なる。

「……いやその、確かにあながち大外れでも無いですが、それはゲームの中の話です。……ご存知なのですか、女神転生(メガテン)

「忘れ去られていなくても、案外色々と来ているものですよ? 例えばそう、渡来物の万年筆とか」

「随分とまあ無作為というか節操が無いというか、もう少し他に何かなかったんですか……」

 

 少なくともこの幻想郷とは似ても似つかないテレビゲームが、輸入品とは言え万年筆と同列扱いである。

 後にわかったことであったが、この女神転生、シリーズ初期どころかファミリー・コンピュータ版の"1"である。"真"とすらつかぬ正真正銘の初期版だった。

 

「しかし、そうなると"外"ではすでに信じられていないものも物語として伝えているということですか」

「そうなります。信心はともかく、娯楽とそのネタとして優秀な文化には違いありませんから」

「いいことですね。どんな形であれ、失伝しないことが重要です」

 阿求は、失伝を嫌う。それが求聞持だからなのかなんなのかは分からないが、とにかく、徹底している。

 知恵は力である。それは里の記録を一手に引き受け、様々な情報を保持管理してきた稗田家の教えであり、武器そのものだった。妖怪の跋扈する幻想郷において、情報もなしに外を歩くことは、そのまま死に直結しかねないからだ。

 しかし阿求のそれは、それでも説明のつかないほどだった。知が失われること、それをとにかく、嫌う。

 

「でないと、物理反射に"オート"を仕掛けたりしかねませんからね」

「あるある、とでも言われたいんですか」

「はい」

 怜霧は頭に何度目かの沈むような痛みを覚え、そして何秒か思案して、言った。

「……あるある」

「ありがとうございます」

 そして心のなかで、会ったこともない、里にいるという妖怪たちに謝った。

 眼の前にいるこの少女は、多分妖怪どころではなく、なにかがこう、色々とズレにズレている。

 ――その、一緒にして、すまない。

 

「……ふむ、しかしそうなると、どういう風に伝えているのかが気になりますね」

「え」

 怜霧は凄まじく嫌な予感を感じた。

 これは絶対にろくでもない展開が待って、

「教えて頂けますか。いったい、どういう物語になっているのか」

「……不完全で、よろしければ」

 予想可能、回避不可能。

 技術やらなにやらを記録する、という話のはずが、いつの間にか"外"の物語を話して聴かせることになっていた。

 この後数時間、昼食すら抜きに話は続いた。

 御阿礼の子、その体の弱さの原因のひとつ──あまりの知識欲に、他が蔑ろにされること。

 "幻想郷の記憶"は、良くも悪くも、伊達ではない。

 

 ◆

 

 家が準備できていない、と、怜霧は上白沢邸で世話になっていた。

 その上白沢邸、出入口が3つある。

 ひとつは、仕事用のもの。寺子屋通いの子供たちや、問題の相談に来る大人たちの入り口。

 ひとつは、搬入用のもの。倉庫スペースと直結しているそれは、寺子屋で使う白墨(チョーク)など、各種物資を運び込むためのものだ。

 そして最後の一つは、こぢんまりとした勝手口。

 上白沢邸の、さして広くもない(とはいっても人間一人楽に泊めるぐらいの余裕はある)居住スペースに直結するものだ。

 その戸を開けた怜霧は、戻りました、と、端的に自身の帰還を伝えた。

 

「ああ、おかえり。随分と気に入られたようだな」

 慧音はちょうど、夕餉の支度をしているところだった。

 当然のことだ。朝行ったはずの稗田の家が、出るときには人里ごと橙の光に包まれていた。つまりはそれだけの時間、阿求に捕まっていたということになる。

 

「どうだった、阿求は。元気そうだったか」

「はい。"外"の話をしてくれ、と、今の今まで」

「はは、だろうな。私もその気があると自覚はしているが、阿求は私以上に知識に貪欲だ。幻想郷の記憶と呼ばれるだけあって、知らないことが嫌いらしい。 ──ああ、そこの茶碗を取ってくれるか。そう、その棚の左、木製のだ」

「これですか」

 渋い、深みのある茶色をした木椀である。

 飾り気のない、実用一辺倒の、しかし使い込まれた機能美のある茶碗。

 その茶碗に怜霧は、あの奇妙な少女の姿を思う。

 

「奇妙な人ですね、彼女は」

「皆、そういうよ。まあ9回も転生しているんだ、無理もない」

「……確かに」

 話している間に、怜霧は阿求から、自分自身について聞かされていた。

 曰く、この名は、9回目の転生体であることを示すものだ、と。

 幻想郷の記憶とは、その積み重ねた記憶のことだと。

 

「ああ、昼過ぎに霊夢が来たよ。見通しが立たない、と言っていた」

「そうですか……困りましたね。困りましたが、仕方のないことですか」

 怜霧はメリーを思う。

 あの人は大丈夫だろうか。心配しているのではあるまいか。しかし、今の自分には、何をするというわけにもいかない。彼女の親友、宇佐見蓮子に任せることになってしまうだろう。

 ならば、

(せめて、願いを)

 叶うことなら、マエリベリー・ハーンが、笑っていてくれますよう。

 

「さあ、夕餉ができたぞ」

 雑炊だ。

 几帳面に刻まれたしめじが浮き、味噌をベースに卵で綴じられたと思しきそれは、食欲を誘う香りを漂わせ、薄く湯気を上げていた。

「しめじの味噌雑炊卵綴じ、と見ました」

「ああ、絶品だぞ?」

 冷めないうちに、と、慧音は急かす。

 卓に運び、匙を用意し、茶を用意する頃には、忘れていた腹の虫が疼き出していた。

「……では、いただきます」

「ああ、どうぞ」

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