バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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やあ、そろそろあきつ丸ラブストーリーはクライマックスだよ!


ありがとうとさようなら これらが重なる意味は? 配点¦(覚悟)

「よう、何時ものにやけた面はどうしたよ?」

「て、天龍殿?」

 

独特の意匠の刀で、斑鳩副長の長刀を受け止めた天龍が、満身創痍のあきつ丸に、眼帯をしていない目を向ける。

 

「お? 減らず口が聞こえねえな。死んだか?」

「誰が、死んだでありますか」

「生きてるじゃねえか」

 

鍔競り合いで軋みを散らす刀を横目に、天龍の視界であきつ丸が、刀身が欠けた刀を杖代わりに立ち上がる。

傍らには篁啓生の姿も見える。

ならば、己のする事は一つだ。

 

「行け。ここは俺が抑えてやる」

 

艤装の脚部装甲、その足の甲に折り畳まれていたブレードが立ち上がり、空いた左腕を格納空間に突っ込む。

そして、長刀からの押し込みが弱まった瞬間、膝から甲へ、刃を隙間に刺し込む様に蹴りを放つ。

 

「啓生殿!」

「は、はい!」

 

それを合図に、あきつ丸と篁が走り出した。その背を追おうと、斑鳩副長が動きを見せる。

だが、それを天龍が刀で阻む。

 

「……天龍、邪魔をするか」

「はっ、邪魔だぁ? するに決まってんだろ。俺達は横須賀だぜ」

「ならば、容赦はせん……!」

 

斑鳩副長が振るう長刀を、刀ではなく空間に走る〝線〟として、天龍は回避を繰り返す。

左腕はまだ格納空間に入れたまま、二人の居る空間を斬り裂き続ける剣劇を、天龍は塞がっていない欠けた視界で、観察し続ける。

 

「やはり、あの神通が勧誘した実力は並みではないか」

「けっ、厄介な剣だな。おい、一つ確認させろ。あきつ丸、斬るつもりだったろ?」

 

言葉に言葉による返答は無く、代わりに横薙ぎの一撃が放たれ、天龍はそれを後ろに下がり回避する。

 

「だとしたら、なんだ?」

「いやな、人間のお前が艦娘のあきつ丸を、正面から斬り伏せる。お前達の目的に、追加の意味合いを持たせるには、うってつけだと思ってな」

 

艦娘の護衛が、護衛対象を護れなかっただけでなく、人間よりも強い筈の艦娘が、人間に正面から負けた。

第三特務補佐として判断しても、これはかなり厄介なやり口だ。

この事実が起きて、世間に広まれば、人間と艦娘のパワーバランスの崩壊、それを引き起こす火種になる。

 

「それがお前らの目的だとして、それを俺らが望んでるとでも?」

「なんとでも言え……!」

 

跳躍器が火を噴き、二人の距離を一瞬で詰める。天龍はそれによる一閃を、経験による予測と艦娘の膂力が避ける。

刃が遅れた髪に触れ、斬り捨てる。数本の髪が舞い、天龍は右の刀で、空いた胴を斜めに斬り上げた。

 

白の装甲に斜めの傷が走る。

何かが(ほど)け、床に落ちる。天龍の左目を隠す眼帯だ。

斜めに走る傷を貼り付けた瞼がゆっくりと開かれ、天龍の金瞳とは違う紫瞳が露になる。

 

「馬鹿野郎が、ああ、この馬鹿野郎共が!」

 

肩口まで左腕を格納空間に収めたまま、天龍は加速する。異質な隻腕の剣、正道邪道全てを織り交ぜたそれは、懐に入り込まれた機動殻の装甲を削っていく。

だが、その削りは決定打には至らない。振るうのが、両腕なら届いた。二刀なら割れた。

だが、今の天龍は異質な隻腕。天龍の剣は届かない。

 

「やっぱ、無理か」

 

一歩分の距離を取り、天龍が呟く。

 

「ならば、ここで果てろ!」

 

斑鳩副長が一気に距離を詰め、唐竹に長刀を振り下ろす。

技、力、速度、角度、全てが揃った一撃。天龍をそれが己を断つ瞬間、体をずらし避ける。

そして

 

「悪いな、ちょっと力貸してくれ。龍田」

 

左腕、格納空間で掴み構えていた、己の刀と似た意匠の槍を、格納空間から射出される勢いに合わせ、己が膂力を乗せて突き込んだ。

 

「かっ……!?」

 

即座に後ろに跳ねた斑鳩副長だったが、斑鳩機動殻の装甲は脆い。胴体の主装甲は砕け、フレームは曲がり、動作系が破壊される。

そして、機体が破壊されるという事は、それを纏う肉体も破壊されるという事。

斑鳩副長は衝撃に弾き飛ばされ、骨が砕かれ肉が裂けた。血が溢れ、口から鉄の臭いと共に湧き出す。

 

「馬鹿野郎、俺らは、んな事望んじゃいねえよ。馬鹿野郎が」

 

そんな言葉を聞きながら、斑鳩副長の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

走る、走る、走る。分け目も振らずにひた走る。

 

「来た来た、来たよ!」

「こっちだ!」

「急げ!」

 

鈴谷、摩耶、木曾が、簡易に組んだバリケードの向こう側から手を伸ばし、こちらを引き込む。

 

「二人共、無事ですか?!」

「ふ、吹雪殿」

 

邪気目¦『おう、合流したか?』

ズーやん¦『天龍、無事。無事だね』

邪気目¦『無事も無事無事、ちょっと救助活動してから合流する』

元ヤン¦『早くしろよ。なんか、騒がしくなってきてやがる……』

空腹娘¦『え? あ! ちょっ! もの凄い音が……!』

 

それを最後に、表示枠が途切れる。

揺れ、爆音、衝撃、有りとあらゆるものが、その場を揺らし崩していく。

 

「啓生殿!」

「あきつ丸さん!」

 

手を伸ばす。確かに届けと、五指を広げて真っ直ぐに、相手に届けと手を伸ばす。

上下に崩れ行く世界で、あきつ丸は篁の手を掴み、己の腕の中に引き寄せる。彼の顔を己の胸に収めたが、まあ、よしとしよう。

あきつ丸は、篁を抱えて崩れ行く世界を駆ける。周囲にまともな道は無く、他の面子も各々に脱出を図っている。

ならば己達も、現況から脱さねばならない。

 

「あきつ丸さん」

「大丈夫であります」

 

そして、彼に想いを遂げてもらおう。ああ、なんと自分勝手なのだろうか。

思わず、口に薄い笑みが浮かぶ。己が欲の為に、ここまで他人を巻き込んで、笑い話にもならない。

否、笑い話にもならないなら、この話は一体なんなのだ?

知れている。恋話だ。叶わず、知られる事無く消えていく、その筈だった恋話。

だったら、知られる事無く、己が内に隠してしまえばよかったのに、この体たらく。

しかし、これでいいのだ。己は鉄、血潮の流れる鉄であり、恋などと、知る筈の無かった筈なのだ。

だが、己はそれを知れた。己が腕の中で、己に抱き着く彼に、恋を教えてもらえた。

 

ありがとう、己の恋。

そして、さようなら、己の恋。

 

「啓生殿、生きるであります。生きて、想いを遂げてほしいであります」

「え?」

 

穏やかな笑みを浮かべて、途絶えようとする道の向こう側、その先に彼を投げる。

 

「あきつ丸!」

 

摩耶が受け止め、木曾があきつ丸に手を伸ばす。

だが、その手はもう届かない。

崩れ行く世界に呑まれ、己は消える。例え見付かっても、判別は難しい状態だろう。

最期に一目、彼を視界に納めよう。そう思い、顔を上げた時、間抜けた第三特務の顔があった。

 

「?」

 

こんな時に一体なんだ。お前はいいから、彼を出せ。

そう考えていると、体が何かに拐われた。一体なんだと見ると、暗い朱色の装甲に覆われた機動殻が己を抱いて、跳躍器を用いて跳んでいた。

 

「仁田さん!」

「若様、御無事で!?」

 

着地した仁田は、あきつ丸を下ろす。

彼の機動殻は限界近く、破損箇所から紫電が走っていた。

 

「あきつ丸、生きてるか?!」

「無事、であります……」

「間に合ってよかったですよ」

 

二人の無事を確認し、全員が気を緩めた。

そう、戦場で気を緩めたのだ。その報いは、当然の如くやって来る。

 

「……マジか」

 

摩耶が艤装のグリップを掴み、構える。

吹雪も鉄腕ちゃんと戦闘体勢に入っている。木曾、鈴谷も同じく、まだ動ける仁田を含めて満身創痍のあきつ丸と、戦闘能力の無い篁を囲む。

 

「斑鳩近衛、まだこんなに居たんだ……」

 

機動殻の群れに囲まれ、鈴谷が舌打ちする。

〝播磨〟表層を揺らす力は、いまだ治まらず、確かな震動を伝える。

 

「いい? 皆」

「いいもなにも、それしか無いだろうが」

「ああ」

「では……、逃げろ!」

 

吹雪の声に、一斉に二手に逃げ出す。

吹雪達艦娘組と、あきつ丸含む篁組。バラバラに逃げ出し、少しでも戦力を分散させようとする。

そして、案の定で戦力を裂く事に成功する。

 

「仁田さん、あきつ丸さんを連れて……!」

「仁田殿、啓生殿を連れて……!」

「どっちも聞ける訳無いでしょう……!」

 

仁田は破壊寸前の機動殻に鞭を入れ、兎に角がむしゃらに逃げた。一応、逃げ足はあの〝死神〟グラーフ・ツェッペリンのお墨付きでもある。

仁田は加速する。残り少ない推進剤を、まだ生きている跳躍器に回しながら、逃げて逃げて逃げた。

そして、跳躍器に限界が訪れた。

 

「お二人共、私が抑えます! 先にお逃げください!」

 

投げる様に、二人を手放し、仁田は背を向け、迫り来る軍勢に立ち向かう。

顔には笑みを、体には震えを。人間、恐怖で笑えるというのは、事実だった様だ。

曲がった短槍を振り回し、視覚素子が遠く離れつつある二人を捉える。

罅割れ砕けた装甲の下、笑みを深くし、最後の悪足掻きと短槍を、己の体と技が許す限りに振り回す。視界の端で、何かが落ちてきた。瓦礫か、相手の増援か。

 

「任務、完了……!」

 

仁田善人の命が尽きようと、長刀が迫る。

そして、長刀が消えた。

長刀だけではない。その持ち主が、仁田の視界から消えた。

声が出ない。だが、それは百戦錬磨の斑鳩近衛師団を、正面から投げていく。

 

「ふむ、間に合いましたか」

 

そんな気楽な響きの声で、横須賀鎮守府副長の霧島が纏うロミオ・ブルーが、荒れ果てた戦場で猛威を振るった。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「あきつ丸さん」

「大丈夫であります。自分が護るでありますよ」

 

出来るだけ笑顔で、あきつ丸は疲労困憊の身を走らせる。

既に艤装の機能は停止している。今、己を動かしているのは、執念だろう。

 

「あきつ丸さん、さっきの言葉は……」

「啓生殿、恋をするであります」

「っ!」

「自分は、貴方に恋をしてほしいのであります」

「僕は……」

 

うわ言の様に、言葉を繰り返す。

足が震える。否、地面が震えている。何かが、地面を震わしている。

〝播磨〟が揺れているのか。あきつ丸は掠れ始めた視界に、違和を捉えた。

 

「啓生殿!」

「え?」

 

あきつ丸は篁を突き飛ばす。そう距離を取る事は出来ないが、それでも彼を危険から離す事は出来た。

 

「鉄蛇……!」

 

もう、あきつ丸の体は動かない。疲労と出血、そして激突した瓦礫。あきつ丸は、己が終わっていく錯覚を覚える。仮にも艦娘である己が、この程度で死ぬ筈が無いのに、体が冷えていく。

 

「啓生殿、生きて、生きるであります!」

 

あきつ丸は立ち上がり、鉄蛇を睨み付ける。装甲の各所は剥がれ落ち、頭部が半壊したそれは、何かを探す様な、生物めいた素振りを見せる。

 

「あきつ丸さん!」

 

瓦礫に挟まれ、二人は視線を交わす。あきつ丸が見た彼の顔は、笑顔だった。

 

「僕は、貴女が好きです」

「は?」

 

鉄蛇が何かを見付けたかの様に、鎌首をもたげる。

それを認識している筈なのに、彼はその場から動かない。

 

「なんにも出来なかった僕に、色んな事を教えてくれた貴女を、僕は愛しています」

 

だから、

 

「僕に恋を教えてくれて、有難う御座います! そして、さようなら」

「啓生殿……!」

 

鉄蛇の尾が、篁啓生に落ちた。

瓦礫が舞い散り、粉塵が吹き抜ける。

衝撃があきつ丸の体が震わせ、いつの間にか降り始めた雨粒が頬に伝う。現実が彼女の魂を砕いていく。

 

「あ、ああ、あああああああああああああああああ!」

 

悲嘆の慟哭が、降り頻る雨の中に響き渡り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとーつ!」

 

底抜けに明るい声が、その慟哭を切り裂いた。




次回

戦場の宣言者 
何時だって何処でだって誰にだって
配点¦(君はそう言う)

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