バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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やあ、あきつ丸ラブストーリーの最終局面だよ。
オッサン回だよ。


戦場の激突者 その信念と理解は 配点¦(未来は誰にだって)

それは、咆哮だった。鉄と血、人と獣、戦場に咆哮が轟いた。

曇天の下、数々の視線の集まる中央にて、その激突者二人が居た。

 

鳴り止まぬ破砕音、連続する異音、誰もが理解していた。

この戦いは、長くは続かず、決着の時はもうすぐそこだと。

刃が砕け、鉄鎚が割れる。散った装甲が、地面に落ちては、重い音を立てて更に砕け散っていく。

互いに片腕を垂れ下げ、残った体をぶつける。周囲は見ている事しか出来ない。もし仮に、己達が手を口を、出してしまったなら、この戦いに意味が無くなってしまう。

そう感じ取り見ている事しか出来ない。

 

「五百蔵冬悟、そこをどけ」

「出来るかよ」

 

再度ぶつかり、両者の装甲が砕かれ、斬り落とされる。

両者の機体は、数合の激突で満身創痍となっていた。これまでに蓄積した負荷が、損傷があった。

斑鳩近衛師団、鉄蛇、艦娘、いくら機動殻を纏っていても、中身は両者共に人間であり、限界がある。

 

機動殻の視覚素子を捉える視界が、ぼやけるのを見た。

反応出来る筈の、遅い一撃を避けられない。

半ばからへし折れた長刀が、チェルノ・アルファの腹部装甲に罅を入れ、衝撃が五百蔵の内臓を掻き回す。

罅割れた鉄拳が、機動殻の頭部装甲を捉え、装甲を砕く。

脇腹への衝撃にズレた一撃を、荒谷は跳躍器で体を回し、ダメージを軽減する。だが、軽減してもなお、そのダメージは荒谷を大きく削り、面頬から血が塊として溢れ出す。

 

「かっ、あ……!」

「くあ……!」

 

五百蔵も膝をつき、苦悶の嗚咽を漏らす。装甲に勝るチェルノ・アルファだが、荒谷という規格外の技量の持ち主が放つ一撃を、完全に打ち消すには至らず、機体共に軋みをあげている。

両者、軋み、よろつき、苦悶を漏らし、しかしそれでも、互いに向かい合い、譲らない。

 

「……我々は、彼女達を……、戦火からっ……!」

「ぬぅああ……!」

 

最早、勢いも力も失った拳が、荒谷を弾き飛ばす。

荒谷が倒れ、五百蔵も再び膝をつく。機体も人も、限界を越えていた。

だがしかし、二人は痛み軋む体を押して立ち上がる。

 

「我等の意思を! 彼女達に安寧を……!!」

「この、大馬鹿野郎が……!」

 

五百蔵が拳を振るう。しかし、荒谷は見せた事の無い動きを見せ、それを回避する。

体が泳ぐ。死に体となった体で、五百蔵は荒谷向けて腕を振り抜く。だが、それも荒谷は避ける。避け、チェルノ・アルファの左拳を半ばから断つ。

 

「提督!」

「冬悟さん!」

 

悲痛な叫びが聞こえるが、五百蔵自身には届いていない。

内部機構と潤滑油を溢し、断たれた左を叩き付ける。

鏡の様に滑らかで、ふとすると元通りにくっつきそうな断面が、群青の機動殻に当たり、その装甲が割れる。

それと同時に、最も堅牢なチェルノ・アルファの頭部装甲が下から斜めに裂けた。否、斬られたのだ。

ぬるりと、堅牢な装甲が何の抵抗もせず、鏡面の様な断面となり、崩れ落ちる。

五百蔵はそれを見て、怯まなかった。怯めなかった。怯めば、次は死ぬ。故に前に出た。

最早、意味を成さぬ左腕を盾に、荒谷に肉薄し、音越えの拳を射出する。水蒸気の輪を抜けて、右拳が荒谷が振るった長刀を粉砕する。だが、荒谷はその瞬間に長刀を手放し、来る衝撃から離れる。

音が拳に遅れ、衝撃が荒谷の体を叩く。しかしそれでも、荒谷は腰部の跳躍器を加速させ、チェルノ・アルファの腹部装甲を腕部装甲を以て斬り裂く。

 

「が、あぁ……!」

 

五百蔵が肘を打ち下ろし、群青の装甲が粉砕され、二人の機体が、その機能を停止する。

そして、二人は機体を乗り捨て、生身で対峙する。

五百蔵が拳を構え、荒谷が掌を構える。

巨拳が荒谷の頬を掠め、カウンターの一撃が五百蔵の腹に突き刺さる。荒谷は格闘術、五百蔵は喧嘩殺法紛い。二人の差は機体性能の差であり、生身の差ではない。

かち上げる様に、突き出された荒谷の肘が、五百蔵の肋をへし折る。だがそれでも、五百蔵は止まらない。

両の二の腕を掴むと、膂力に任せて荒谷を持ち上げ、地面に叩き付ける。肉が潰れ、骨が折れる音が響く。

 

「ぐ、がぁ………」

「立て、立てよ。荒谷芳泉」

「五百蔵、冬悟……!」

 

青黒く変色した片腕を垂れ下げて、荒谷は立ち上がる。

そして、五百蔵の拳が荒谷を倒す。そしてまた、立ち上がる。

 

「五百蔵、冬悟ぉ……!」

 

叫ぶ声は、鉄拳に打ち砕かれ、荒谷は倒れた。

 

「荒谷、お前は俺だよ」

「………」

「俺がお前なら、お前と同じだった」

「なあ、五百蔵冬悟。我等は、どうすれば、よかったのだ?」

 

握り締めた拳を解き、五百蔵はその場に座り込み、荒谷の言葉を聞く。これは、もしかしたらの自分の言葉だ。もし、立場が違っていて、全てがそうだったなら、五百蔵冬悟は荒谷芳泉で、荒谷芳泉は五百蔵冬悟だった。

二人共、艦娘という年端のいかぬ娘達に、銃火を持たせる事を拒んだ。

だが、二人には絶対的な違いがあった。

 

「解っていた。我々は解っていた……。こんな事で、彼女達を砲火から、遠ざける事など出来る訳がない……」

「ああ」

「こんな事をしても、彼女を更なる砲火に曝すだけだ……! だがそれが、それが正しいというのなら……」

 

あきつ丸が啓生の肩を抱き寄せ、磯谷が比叡に歩み寄る。

場に、武装をしている者は居らず、誰もが荒谷の独白を聞いていた。

 

「守る為に、戦う為に、力を身に付けた我々は、どうすればよかったのだ……!」

「簡単だ。簡単な、話だ」

 

荒谷と五百蔵、この二人の違いは、本当にほんの少しだ。

 

「お前は、お前達は、彼女達と話をするべきだった。ただ、それだけだ」

「そんな、事で……!」

「そうだ。そんな事だったんだ」

 

ほんの少し、艦娘達と話をして、彼女達の望む未来に並んで足を踏み込んだか、艦娘達と話をせず、自分達の望む未来に向かったか。ただ、それだけだった。

ただ、それだけで、二人は両極の存在になった。

 

「荒谷、彼女達の未来は彼女達のものだ。それを自分達だけで決めた、それがお前達の間違いだ」

「……そうか。そうだったのか……」

 

荒谷の体から力と意思が抜けていく。右の掌を顔前に翳し、何かを呟く。

 

「そうか。そうだったな。お前はそうだったな。…………足柄」

 

荒谷だけでなく、斑鳩近衛師団隊士全員が、その場に座り込む。

戦いが終わったのだ。

全員が安堵に気を緩めていると、荒谷が腰のベルトから、一振りの短刀を抜いた。

 

「お前、なにを……!?」

「責を負う者が居るだろう?」

「やめろ……!」

 

五百蔵を急ぎ手を伸ばすが、喉を裂こうとする荒谷の腕を止める事は出来ない。

周囲が赤に染まろうとした時、荒谷の短刀が、甲高い音と共に、根本から断たれた。

 

「はいはい、死んでもらっちゃ困るのよ」

 

車椅子を突いて、神宮三笠が神通と睦月を伴い現れた。

荒谷の短刀を断ったのは、グラーフ・ツェッペリンの狙撃であった。彼女は硝煙を上げるライフルを下げると、啓生の側に控えた。

 

「三笠御嬢様」

「荒谷、斑鳩近衛師団全員に命令よ。死んで責を果たそうなんて、甘い事は許さない。貴方達には、まだやってもらう事があるのよ」

 

マスクを外し、顔色がどんどんと悪くなっていく神宮、だが彼女は言葉を止めない。

 

「荒谷、この度の反乱の責を言い渡す。生きなさい。この国には、まだ貴方達烈士が必要なのよ」

「だがそれでは、外に示しが……!」

 

荒谷が抗議の声を上げるが、神宮は首を振る。

 

「この国はいずれ、再び戦火に飲まれる。その時に、貴方達はまた、彼女達を砲火に曝すの?」

「………っ!」

「この反乱は暴走した鉄蛇の鎮圧と、潜り込んだテロリストの制圧。そういう事になるわ。私がする」

 

神宮はそう言い、呼吸器を再び装着する。顔色は青を通り越して、既に土気色となっている。神通が僅かに顔を緊迫させ、点滴を入れ換える。

 

「荒谷、次は彼女達と共に、軍靴を響かせなさい。そうしてから、死ぬなら死ね。それが貴方達の責よ」

 

神宮は言い切ると、力無く車椅子に凭れる。

代わりに神通が、荒谷に呼び掛ける。

 

「荒谷」

「分かっている。……その責、命に換えても果たしてみせよう。今度こそ過たぬ為に」

 

今度こそ、全て終わった。間違い無く、全員気を緩めていた。

そんな時、吹雪が突如、空を見上げ叫んだ。

 

「総員、回避……!」

 

何事か、全員が身構えた瞬間、空から何かが飛来し、〝播磨〟に着弾した。

鉄蛇の竜砲を遥かに越える威力のそれは、〝播磨〟を揺らし、表層フレームを歪めた。

 

「一体、なにが……?」

 

誰ともなく、疑問を口にする。

着弾点には、何かが動いていた。そして、舞い上がっていた粉塵が瞬時に晴れ、その正体が明らかとなった。

 

「お? 丁度の時に来たがやのうし」

「宿毛の大和か……!」

 

天龍が呟き、長身の大和が草臥れた煙草に火を点けた。




次回
あきつ丸ラブストーリー最終話&第三世代編スタート

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