バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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どうも、『バケツ頭のオッサン提督の日常』第117話です。
今回から本格的に、第三世代編が始まります。


あ、活動報告に人気投票的なものを開催したりしてます。


吹雪、前へ

何も出来なかった。

ただ、立っている事しか出来なかった。

誰かが死んでもおかしくなかった。

 

そんなのは、もう嫌だ。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

何故か疲れが癒えた五百蔵は立ち上がり、海風を巨体に受ける。チェルノ・アルファは大破、榊原班長の怒号が、今にも聞こえそうだ。

まだ肌寒い季節だが、気持ち暖かく感じるのは、南国と呼ばれる気候故だろうか。

 

「きっついなぁ……」

 

呟く声が海風に連れ去られ、隣にそっと黒髪が靡いた。

 

「冬悟さん」

「ああ、榛名さん」

「チェルノ・アルファ、また壊れちゃいましたね」

「情けない話だね」

 

チェルノ・アルファが、ではない。それを操る己が、何よりも情けないのだ。左拳を失い、頭部装甲を斜めに斬り裂かれ、細かな損傷は数え切れない。

崩れ落ちる様に鎮座する機械の鎧に、五百蔵は溜め息を吐く。

 

「さて、これからどうなるやら……」 

「なるように、なるといいのですが……」

 

曳航されていた〝播磨〟から、ボゥトに乗り換えながら、五百蔵と榛名は、視線の先に座す宿毛泊地を見ていた。

 

 

ズーやん¦『はい、被害報告』

船長¦『軍刀と外套』

邪気目¦『眼帯』

元ヤン¦『艤装の船殻』

空腹娘¦『鉄腕ちゃんの装甲』

ヒエー¦『弾薬と銃身』

副長¦『ロミオ・ブルー』

ほなみん¦『ストライカー・エウレカ』

鉄桶男¦『チェルノ・アルファ』

鉄桶嫁¦『艤装の展開殻』

七面鳥¦『弓、あとは装甲服』

蜻蛉玉¦『軍刀全部と装甲服、あとは出血多量の筈でありますが……』

ズーやん¦『私も艤装かな。って、誰も生身の被害は無しなの?』

 

 

啓生を隣に、あきつ丸が己の身を確認する。確かに、己の身には傷があったが、何故か既に傷は塞がっていて、早いものは痕すら消え始めている。

あきつ丸が、露出した病的に白い肌を撫でていると、隣の啓生が頬を赤くする。

それが微笑ましく、あきつ丸は設定を弄った表示枠で、その表情を隠し撮る。

 

「あの、あきつ丸さん。その、女性があまり肌を露出するのは……」

 

 

ーー眼福でありますな……!ーー

 

 

パスワードを何重にも掛けたフォルダに、写真を納めつつ、あきつ丸は内心でほくそ笑んだ。

しかし、己の身に刻まれた傷は、そう早くに癒えるものでも、消えるものでもない。

内心に笑みを隠し、あきつ丸が己と他を確認していると、あきつ丸は己の視界が高く広がっている事に気付いた。

 

「……な、なんでありますか? 大和殿」

「いやのぅ、懐かしい気配がするき」

「懐かしい?」

 

海を踏んで、大和が煙草を呑む。紫煙が海風に解れて消える。そして、あきつ丸を観察し続ける大和の目が、何を捉えた。

 

「そう言う事かや」

 

大和があきつ丸の装甲服から、解れた糸屑を摘まむ。

するりと、抵抗無く引き抜かれたそれは、とても艶のある黒の髪だった。

 

「なにそれ?」

「洋の髪やの」

 

大和はそれを観察すると、あきつ丸を含めた全員に目を向け、瑞鶴で止まり納得し、一度頷いた。

 

「洋が身代わりになっちょったゆう話よな」

「は?」

「洋の奴の得意技よや。のう、瑞鶴」

「へ?」

 

突然話を振られ、呆けた顔で、下半身回りのストレッチの姿勢のまま固まる瑞鶴。

一体何の話なのかと、全員が固まったままの瑞鶴を見ていると、黙ったままのグラーフが納得した様に口を開いた。

 

「成る程、あれで死ななかったのは、そういう理由か」

「え、なに? 死? 私が?」

 

瑞鶴は記憶を辿る。一度、意識が途切れたのは、鉄蛇が竜砲を放つ直前。瑞鶴が認識しているのは、そこまでであり、目を覚ますとグラーフと廃墟の一室に居た。

そこで、グラーフが己に向けていた視線の意味は、つまり…… 

 

「鉄蛇の竜砲で、下半身が丸々消し飛んだ瞬間に、装備ごと再生したのは、そういうからくりか」

「えぇ……」

 

グラーフの言が正しいなら、瑞鶴は一度死んだという事になる。流石の艦娘でも、半身が消し飛べば即死する。

だが、瑞鶴は確かに生きて、この場に居る。そして、それが何を意味するのか。

 

「……先生が、私達全員のダメージを肩代わりしてたって事?」

「まあ、責めちゃるな。……あれも、色々あったき」

 

悔しげに顔を俯かせる瑞鶴、揺れるボゥトで全員が彼女を見る。

 

「おんしら全員の怪我と、疲れを肩代わりしたゆうたち、あいたにしてみたら、小指の爪先が削れたばあよ」

「……それはそれで、またクるものがあるのよ」

 

溜め息を吐く瑞鶴、それを見る大和は、俯く長身の彼女の襟を摘まみ、顔を上げさせる。

大和が手をついたボゥトが、沈没寸前まで沈み込む。

縁にまで海面が迫るが、そこで浮いた様な感覚があった。大和がボゥトを掴み、持ち上げているのだ。

片手でボゥトを、片手で瑞鶴を、持ち上げた大和が瑞鶴を観察する。

 

 

ーー似ちゅうにゃあーー

 

 

嘗ての昔、己らと共に戦場を駆け抜け、今の鳳洋に全てを託した彼女に、瑞鶴はよく似ている。

生意気に、しかし確かな実力を持っていた彼女。今摘まみ上げている彼女は、いまだその域には至らないが、あの彼女が共に居るという事は、つまりそういう事だ。

鳳洋はこの瑞鶴に、嘗ての彼女の面影を見たのだ。

 

「かはは、おんしは似ちゅうわ。ま、頑張りや」

「お、おう?」

 

間抜けた面も、よく似ていた。

大和を口の端を吊り上げ笑うと、瑞鶴を降ろす。

 

「もうすぐ、家じゃ。風呂入って、飯食うて、話はそれからよな」

 

海から見える港に、一つ小さな影が見えた。

長い髪を海風に靡かせて、直立で佇むその影は、大和を確認すると、係留索を大和目掛けて投げた。

 

「おう、朝潮。飯炊けちゅうかや?」

「白米、玄米、麦飯、五目飯、釜飯、各種炊けています。主菜副菜各種選り取りみどりです」

 

ボゥトで吹雪が立ち上がった。目には食欲の火が灯っており、今にも駆け出そうとする彼女を、五百蔵が抑える。

 

「提督、ご飯です。離して……!」

「待ちなさいって……!」

「ご飯が、ご飯が私を呼んで……っ!」

 

そこまで言ったところで、吹雪が朝潮に気付き、朝潮も吹雪に気付く。

お互いが硬直し、視線を交わす。

そして

 

「総長!」

「提督!」

「んお?」

「え?」

 

呼ばれた二人が向かうと、吹雪と朝潮が二人によじ登り、肩車の体勢になる。

2m越えの二人の肩に乗り、無言で向かい合う。

 

 

元ヤン¦『何これ?』

ズーやん¦『第三世代の戦い?』

船長¦『平和だな、おい』

邪気目¦『お、動くぞ』

 

 

「私の勝ちですね!」

 

吹雪が勝ち誇るが、何を基準に勝ち誇っているのか、周囲は解らない。だが、吹雪と朝潮の間には、何かやり取りが成立しているらしく、悔しがる朝潮が格納空間から、何を取り出した。

 

「これで私の勝ちです!」

「なっ?!」

 

天に向けて高々と両手で、分厚く平たい金棒の様な鉄塊を掲げる。

土台となっている二人は、そのなんとも言えないやり取りを、ただ見ていた。

 

「鉄腕ちゃん!」

「ひ、卑怯な……!」

「勝てばいいって、木曾さんが言ってました!」

 

 

ズーやん¦『おい?』

元ヤン¦『天龍』

邪気目¦『ははは、若葉だ』

船長¦『いや、違うんだ。あれは身内の、冗談で……』

 

 

背後で木曾の弁明が続く中、金棒を高く高く伸ばす朝潮と、肩関節を連結させた鉄腕ちゃんを頭に乗せた吹雪。

一進一退の攻防が続く宿毛泊地、先程までとは違う、平和な争いだった。




次回
宿毛の大和、朝潮

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