今回から本格的に、第三世代編が始まります。
あ、活動報告に人気投票的なものを開催したりしてます。
何も出来なかった。
ただ、立っている事しか出来なかった。
誰かが死んでもおかしくなかった。
そんなのは、もう嫌だ。
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何故か疲れが癒えた五百蔵は立ち上がり、海風を巨体に受ける。チェルノ・アルファは大破、榊原班長の怒号が、今にも聞こえそうだ。
まだ肌寒い季節だが、気持ち暖かく感じるのは、南国と呼ばれる気候故だろうか。
「きっついなぁ……」
呟く声が海風に連れ去られ、隣にそっと黒髪が靡いた。
「冬悟さん」
「ああ、榛名さん」
「チェルノ・アルファ、また壊れちゃいましたね」
「情けない話だね」
チェルノ・アルファが、ではない。それを操る己が、何よりも情けないのだ。左拳を失い、頭部装甲を斜めに斬り裂かれ、細かな損傷は数え切れない。
崩れ落ちる様に鎮座する機械の鎧に、五百蔵は溜め息を吐く。
「さて、これからどうなるやら……」
「なるように、なるといいのですが……」
曳航されていた〝播磨〟から、ボゥトに乗り換えながら、五百蔵と榛名は、視線の先に座す宿毛泊地を見ていた。
ズーやん¦『はい、被害報告』
船長¦『軍刀と外套』
邪気目¦『眼帯』
元ヤン¦『艤装の船殻』
空腹娘¦『鉄腕ちゃんの装甲』
ヒエー¦『弾薬と銃身』
副長¦『ロミオ・ブルー』
ほなみん¦『ストライカー・エウレカ』
鉄桶男¦『チェルノ・アルファ』
鉄桶嫁¦『艤装の展開殻』
七面鳥¦『弓、あとは装甲服』
蜻蛉玉¦『軍刀全部と装甲服、あとは出血多量の筈でありますが……』
ズーやん¦『私も艤装かな。って、誰も生身の被害は無しなの?』
啓生を隣に、あきつ丸が己の身を確認する。確かに、己の身には傷があったが、何故か既に傷は塞がっていて、早いものは痕すら消え始めている。
あきつ丸が、露出した病的に白い肌を撫でていると、隣の啓生が頬を赤くする。
それが微笑ましく、あきつ丸は設定を弄った表示枠で、その表情を隠し撮る。
「あの、あきつ丸さん。その、女性があまり肌を露出するのは……」
ーー眼福でありますな……!ーー
パスワードを何重にも掛けたフォルダに、写真を納めつつ、あきつ丸は内心でほくそ笑んだ。
しかし、己の身に刻まれた傷は、そう早くに癒えるものでも、消えるものでもない。
内心に笑みを隠し、あきつ丸が己と他を確認していると、あきつ丸は己の視界が高く広がっている事に気付いた。
「……な、なんでありますか? 大和殿」
「いやのぅ、懐かしい気配がするき」
「懐かしい?」
海を踏んで、大和が煙草を呑む。紫煙が海風に解れて消える。そして、あきつ丸を観察し続ける大和の目が、何を捉えた。
「そう言う事かや」
大和があきつ丸の装甲服から、解れた糸屑を摘まむ。
するりと、抵抗無く引き抜かれたそれは、とても艶のある黒の髪だった。
「なにそれ?」
「洋の髪やの」
大和はそれを観察すると、あきつ丸を含めた全員に目を向け、瑞鶴で止まり納得し、一度頷いた。
「洋が身代わりになっちょったゆう話よな」
「は?」
「洋の奴の得意技よや。のう、瑞鶴」
「へ?」
突然話を振られ、呆けた顔で、下半身回りのストレッチの姿勢のまま固まる瑞鶴。
一体何の話なのかと、全員が固まったままの瑞鶴を見ていると、黙ったままのグラーフが納得した様に口を開いた。
「成る程、あれで死ななかったのは、そういう理由か」
「え、なに? 死? 私が?」
瑞鶴は記憶を辿る。一度、意識が途切れたのは、鉄蛇が竜砲を放つ直前。瑞鶴が認識しているのは、そこまでであり、目を覚ますとグラーフと廃墟の一室に居た。
そこで、グラーフが己に向けていた視線の意味は、つまり……
「鉄蛇の竜砲で、下半身が丸々消し飛んだ瞬間に、装備ごと再生したのは、そういうからくりか」
「えぇ……」
グラーフの言が正しいなら、瑞鶴は一度死んだという事になる。流石の艦娘でも、半身が消し飛べば即死する。
だが、瑞鶴は確かに生きて、この場に居る。そして、それが何を意味するのか。
「……先生が、私達全員のダメージを肩代わりしてたって事?」
「まあ、責めちゃるな。……あれも、色々あったき」
悔しげに顔を俯かせる瑞鶴、揺れるボゥトで全員が彼女を見る。
「おんしら全員の怪我と、疲れを肩代わりしたゆうたち、あいたにしてみたら、小指の爪先が削れたばあよ」
「……それはそれで、またクるものがあるのよ」
溜め息を吐く瑞鶴、それを見る大和は、俯く長身の彼女の襟を摘まみ、顔を上げさせる。
大和が手をついたボゥトが、沈没寸前まで沈み込む。
縁にまで海面が迫るが、そこで浮いた様な感覚があった。大和がボゥトを掴み、持ち上げているのだ。
片手でボゥトを、片手で瑞鶴を、持ち上げた大和が瑞鶴を観察する。
ーー似ちゅうにゃあーー
嘗ての昔、己らと共に戦場を駆け抜け、今の鳳洋に全てを託した彼女に、瑞鶴はよく似ている。
生意気に、しかし確かな実力を持っていた彼女。今摘まみ上げている彼女は、いまだその域には至らないが、あの彼女が共に居るという事は、つまりそういう事だ。
鳳洋はこの瑞鶴に、嘗ての彼女の面影を見たのだ。
「かはは、おんしは似ちゅうわ。ま、頑張りや」
「お、おう?」
間抜けた面も、よく似ていた。
大和を口の端を吊り上げ笑うと、瑞鶴を降ろす。
「もうすぐ、家じゃ。風呂入って、飯食うて、話はそれからよな」
海から見える港に、一つ小さな影が見えた。
長い髪を海風に靡かせて、直立で佇むその影は、大和を確認すると、係留索を大和目掛けて投げた。
「おう、朝潮。飯炊けちゅうかや?」
「白米、玄米、麦飯、五目飯、釜飯、各種炊けています。主菜副菜各種選り取りみどりです」
ボゥトで吹雪が立ち上がった。目には食欲の火が灯っており、今にも駆け出そうとする彼女を、五百蔵が抑える。
「提督、ご飯です。離して……!」
「待ちなさいって……!」
「ご飯が、ご飯が私を呼んで……っ!」
そこまで言ったところで、吹雪が朝潮に気付き、朝潮も吹雪に気付く。
お互いが硬直し、視線を交わす。
そして
「総長!」
「提督!」
「んお?」
「え?」
呼ばれた二人が向かうと、吹雪と朝潮が二人によじ登り、肩車の体勢になる。
2m越えの二人の肩に乗り、無言で向かい合う。
元ヤン¦『何これ?』
ズーやん¦『第三世代の戦い?』
船長¦『平和だな、おい』
邪気目¦『お、動くぞ』
「私の勝ちですね!」
吹雪が勝ち誇るが、何を基準に勝ち誇っているのか、周囲は解らない。だが、吹雪と朝潮の間には、何かやり取りが成立しているらしく、悔しがる朝潮が格納空間から、何を取り出した。
「これで私の勝ちです!」
「なっ?!」
天に向けて高々と両手で、分厚く平たい金棒の様な鉄塊を掲げる。
土台となっている二人は、そのなんとも言えないやり取りを、ただ見ていた。
「鉄腕ちゃん!」
「ひ、卑怯な……!」
「勝てばいいって、木曾さんが言ってました!」
ズーやん¦『おい?』
元ヤン¦『天龍』
邪気目¦『ははは、若葉だ』
船長¦『いや、違うんだ。あれは身内の、冗談で……』
背後で木曾の弁明が続く中、金棒を高く高く伸ばす朝潮と、肩関節を連結させた鉄腕ちゃんを頭に乗せた吹雪。
一進一退の攻防が続く宿毛泊地、先程までとは違う、平和な争いだった。
次回
宿毛の大和、朝潮