バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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聞きたい。これは艦これか?


だから行こうと

ワイヤーに吊り下げられた鋼鉄の筒状が、僅かに吹く海風を浴びながら、海上都市艦〝播磨〟からコンテナ船へと降ろされていく。

 

「暇っぽい」

「まあ、そりゃ暇やろ。自分、動いてへんやん」

 

黒いセーラー服の赤目の少女と、茶色の髪を左右に結んだ赤い水干の少女が、コンテナ船から降りたボート上で、他数人とそれを見上げていた。

 

「一応の巡航メンバーで出てきて、船で波に揺られとっただけや。これが暇やないって言うたら、ウチはアンタを脳の病院に叩き込むで、夕立」

「まな板は言う事が違うっぽい。……因みに、どーいう理由で、病院に叩き込むっぽい? 龍驤」

「中々おもろい事言うやんか。……独自進化した狂犬病が脳に回ったとか言うて、犬専門の動物病院に叩き込んだる」

 

二人は、はははと笑い、お互いの肩に手を置いてから、数度に叩き合う。お互いの装甲服、その袖に巻かれた腕章が揺れる。

そして、

 

「おう、アホ犬。ちっとは副長様に対する敬意っつうもん覚えてみんか? んン?」

「あはは、龍驤面白いっぽい。この距離で夕立に勝てると思ってるっぽい?」

「あんな? 飛びっきりに優しく言うたる。ウチは副長や」

「なら夕立は第一特務っぽい」

 

赤い水干の袖には〝佐世保鎮守府副長〟と書かれた腕章が、黒いセーラー服の袖には〝佐世保鎮守府第一特務〟と書かれた腕章が、其々に巻かれていた。

暫し睨み合った後、龍驤が一つ吐息する。サンバイザーに似た額当てを弄り、夕立から少し離れたコンテナ船に視線を移す。

 

「……まあええか」

「負けを認めるっぽい?」

「ははは、言っとれアホ犬。ここで喧嘩してみい。……あの泊地から、何が飛んでくるか解らん」

「……折角、回収してる鉄蛇がダメになったら、提督悲しむっぽい」

「ええか、大人しくせえよ。やっとや、やっとウチらの司令官の願いが叶うかもしれん。そんなとこに来たんや。大人しゅうしいよ」

 

座る夕立の頭に、龍驤が手を置く。波間に揺れるボートに立ったまま、龍驤は〝播磨〟を振り返る。

積み込まれていく破壊された鉄蛇、陸軍との話は既に着いているらしく、それらしい妨害すら無かった。

 

――まあ、没落した言うても、あの〝龍造寺〟や――

 

迂闊に手を出してくる連中は居ないだろう。それに、今回収しているのは、書類上は存在しない筈の完成した鉄蛇二号機。聞く話によると、最初から龍造寺へと流される予定だったらしい。

嘗ての機竜建造の大家である龍造寺家。あの第二次侵攻で、その機竜心臓部建造のノウハウ全てが失われたが、今でも技術力は健在だ。

 

「そう言えば、何で鉄蛇回収するっぽい?」

「あ? ああ、知らんかったんか。〝竜砲〟の実戦証明が欲しかったんや」

「だけっぽい?」

「勘がええな。他にも装甲からその他諸々や」

「……提督の願い叶うっぽい?」

 

ホンマに勘がええわ。あの鉄蛇が揃っても、実のところ半々と言った程度で、確証は無い。

 

「ま、司令官なら何とかするやろ」

 

そこまで言って、欠伸を一つ。夕立ではないが、確かに暇だ。見れば船員の数人も、同じ様に欠伸をしていた。

〝播磨〟はその巨大さ故に、宿毛泊地から離れた沖合いに停泊している。

長くはなかったが数日間の船旅、陸で垢を落としたい。そういった若い衆を主とした補給部隊といっても、

 

――宿毛泊地の近く、店あったけか?――

 

記憶を辿り、嘗ての記憶を掘り起こす。

 

「……まあええか」

 

ウチ、コンビニあったらいいし。

次第に船を漕ぎ始めた夕立と、初めて行く土地に目を輝かせる船員達を尻目に、龍驤は近付いてくる港を眺めていた。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

どうにもいけない。気ばかりが逸るだけで、先に進んでいる気配が無い。車椅子から立ち上がる睦月は、杖を突きながら思う。

感覚は戻り、幾らか力も通る様になってきた。だがそれでも、力を奪われた膝から下は震え、己で立ち上がる事を拒絶する。

もう立ち上がれてもいい筈なのに、主治医でもある夕石屋の二人から、錯覚かもしれないがそんな気配を感じる事がある。

きっと気のせいだ。そう言い切れる確信と信頼があるが、それでもそう感じてしまうのも事実だ。

 

「睦月さん、あまり無理は禁物です」

「でも……」

「膝から下の筋力を失う。あまりに特異な症状ですよ? 無いのに有る。体というのは、中々元通りにはならないものです」

 

霧島が震えるこちらの身を支えながら、ゆっくりと言い聞かせる様にして、言葉を送ってくる。

 

 

半死半生¦『そうよー、人の体って、一つ欠けるとどんどんダメになるのよー』

にゃしぃ¦『うわぁ……、返しに困るよ』

半死半生¦『あっはっはっ、三笠ジョー………』

 

 

表示枠が止まり、何かから勢いよく液体が吹き出る音が出た。

 

 

神従者¦『御嬢様?! 御嬢様ー!!』

 

 

どうやら神宮がまた吐血した様だ。神通の慌てる声が聞こえる。

 

 

横須賀¦『只今、非常に事態が混乱しております。当表示枠を続ける際は、下記のyes/noのyesをお選びください。 yes/no』

 

 

睦月と霧島は何も言わず、ただ無言でyesを押した。

表示枠が消え、何とも言えない空気が立ち込める。

 

「と、兎に角、体というのは復調させるのに、長い時間が必要です。焦る事はありません」

「うん……」

 

霧島のフォローも耳を通り抜けていく。嗚呼、やはりどうにもいけない。焦るばかりで、身が入らない。

今日はもう止めてしまおうか。溜め息を吐くと、新たな表示枠が顔横に出る。

 

 

ほなみん¦『睦月ちゃーん!!』

副長¦『どうかしましたか?』

ほなみん¦『今何処に居るの?! 港?!』

にゃしぃ¦『あ、うん。〝播磨〟に大きい船が着いてて、それを見てたよ。……あ、ボートから誰か降りてきた』

ほなみん¦『うわぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 

磯谷の叫びと多重化する金属音が響いて、表示枠は消えた。

一体何だったのか。霧島を見るが、霧島も同じく首を傾げていた。

 

「えっと、狂った?」

「それはいつもです」

 

そんな気もする。

 

「でも、〝播磨〟から降ろしてるのって、鉄蛇だよね?」

「確かに。……あれは佐世保の? だとすると龍造寺……」

 

沖合いに停泊する〝播磨〟の側に停まるコンテナ船を、表示枠を望遠設定にして見る。

確かにコンテナ船には、佐世保鎮守府所属を示すマークが刻まれていた。

車椅子に腰を降ろし、それを眺めながらボートから降りてきた人を見ていると、幾つかの声が聞こえてきた。

 

「ですから、吹雪さんは異質というか、不可解なんです」

「いやまあ、この子の食欲や耳は異質と言えば異質だが」

「それもありますが、不可解な点が多いんです。第三世代としての片鱗すら無く、その癖異様な聴覚やその鉄腕。一体何なんでしょう?」

「そう言われると、この子のそれらに関して、誰も深く考えなかったね」

 

朝潮と五百蔵が並んで吹雪について話していた。

巨駆の五百蔵は当然だが、五百蔵より遥かに小柄な筈の朝潮からする足音が、彼と同質なのはその特性からだろうか。

 

「んえ……」

 

五百蔵の背中で何かが動いた。吹雪だ。

眠る吹雪を背負い直し、視線を上げた五百蔵と目が合う。

 

「おや、霧島君に睦月君。リハビリかね?」

「はい、義兄さん」

「提督、私まだ……」

「まあ、気にする事はないさ。体というのは不思議なもので、ある日いきなりなんて事もあったりする」

 

隣の朝潮も頷く。

焦る必要は無い筈なのに、それでも焦ってしまう。それは何故なのだろうか。

 

「でも」

「睦月さん、無理は禁物です。しかし、総長なら何か良い方法を知っているかもしれません」

「ありがとう。朝潮ちゃん」

 

解らない。だが、このままでいい訳が無い。己は艦娘、戦える力がある。しかしその為には、この足で立たなくてはならない。力の通わない足は意思すら通じない。

もしかしたら、一生このままかもしれない。

それは嫌だ。そう思った時、一瞬だけ何か違和感を覚えた。

 

「どうかしましたか?」

 

誰も気付いていない。だけど確かに一瞬だけ、空の筈の格納空間に何かが繋がった。そんな気がした。

首を傾げる睦月に、その場の全員が同じ様に首を傾げていると、

 

「……睦月ちゃん?」

 

赤目の少女が目を見開いていた。




横須賀レポート

○月×日
機動殻二機の修復復元が終了。
機体名
〝タシット・ローニン〟
〝ホライゾン・ブレイブ〟

尚、機体名は装甲に刻まれていた型番から流用する。


○月△日
機動殻の遠隔操作技術の試験を開始。
簡単な動作は可能だが、戦闘等の動作は処理が追い付かず、フリーズを連続させる。


○月□日
予備機体として横須賀鎮守府工廠ハンガーにて収納。緊急起動用処置として、横須賀ネットワーク経由で所属艦娘の格納空間への接続を設定する。


×月○日
〝タシット・ローニン〟〝ホライゾン・ブレイブ〟の両機体から一瞬だけ、機動状態から格納空間への接続を示すシグナルが発されたが、問題は無い。
原因究明を急ぐ。

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