バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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やあ、混迷極まる艦これ?小説だよ?



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勘弁せえや……! 

龍驤は内心で叫び、袖に隠した手に札を構えながら、視線を巡らせた。

 

正面、横須賀鎮守府副長霧島

右、宿毛泊地第一特務朝潮

他にも機殻士として、確かな実力があるとされる北海鎮守府提督に、他にも気配がある。

 

「夕立、ちゃん?」

 

――ちょっちホンマに勘弁してくれんかな~――

 

正直な話、夕立は置いてくるべきだった。実力は確かなものがあるが、おつむが少し追い付いていない。

感情と勢いで、判断を下してしまう事もままある。総長不在の佐世保鎮守府では、副長の龍驤が艦隊責任者となる為、何かあれば龍驤が責任を追求される事になる。

 

「睦月ちゃん……、なんで……?」

「あ、えっとね?」

 

フラフラとした足取りで、睦月へと近付いていく夕立。責任を追求されるくらいなら、龍驤としては何ら問題は無い。しかし、それは龍驤個人で済ませられる場合に限る。

 

――勘弁せえよ、夕立――

 

北海、横須賀、宿毛、二鎮守府一泊地の提督と副長と特務級相手に、佐世保の第一特務が何かしらの損害を与えれば、それは即ち佐世保鎮守府の責任となりかねない。

今、佐世保鎮守府は提督主導で対外厳戒体勢となって、情報遮断に必死だ。

つまり、今の佐世保鎮守府は外からの干渉を防ぎたい。

恐らく、他の鎮守府には気付かれているだろうが、それでもだ。

 

「む? 一体どうした。五百蔵冬悟」

「荒谷、いや、俺にもさっぱり」

 

変な笑いが漏れた。

斑鳩近衛師団団長荒谷芳泉、現れるとは予想していなかった人物に、龍驤のプランが崩れ始める。

人類最強の剣士にして機殻士、機動殻が無くとも、その戦力に曇りは無く、副長級に匹敵すると言われる。

龍驤の予想では、御三家関係者は既に宿毛泊地から離れている筈だった。だが、蓋を開けてみればどうだ。

 

――アカン、これ無理や……――

 

まだ幾つか気配がある。副長とは言え、純粋には戦闘系ではない己と、いまだ経験不足の第一特務。

切り抜けるには荒事は絶対に回避しなくては、佐世保鎮守府に責が及ぶ。

だから、龍驤は動いた。

 

「いやいや、今日はお世話になりますわ。ウチは龍驤、佐世保鎮守府の副長やっとります」

 

恐らく、この場の主導権を握れるであろう人物。五百蔵冬悟に、龍驤は挨拶として名乗る。

兎に角、今この場での妙な流れを断ち切り、事が起きるのを避けたい。五百蔵も龍驤の考えを察したのか、頷き名乗る。

 

「ああ、こちらこそお世話になってます。私は北海鎮守府で提督をやってます、五百蔵冬悟です」

 

 

ズーやん¦『オジサンオジサン、こっち! こっちにパス! 今なら佐世保から権益ぶんどれ……』

 

 

無言で叩き割った。

 

「今のは……?」

「あまりお気になさらず、よくある事です」

 

よくあって堪るか。

一瞬見えた文面は、明らかに佐世保から権益を奪おうとか、そんな内容だった。相手は恐らく、横須賀の第二特務の鈴谷。同じ横須賀の副長が居るなら、彼女のこの宿毛泊地に居ても、なんら不思議は無い。

 

「……ああ、今日は、ホンマにお世話になりますわ」

「いやいや、私共も同じく世話になっている身でして、礼ならこちらの朝潮第一特務に」

 

五百蔵が身を動かせば、小柄な姿が前に出る。

 

「お久し振りです。龍驤副長」

「いや、ホンマやな。今日は世話になりますわ」

 

身長はそう変わらない。だが、この小さな体に龍驤を約三人詰め込んでいるのと、同様の重量と質量がある。

足取りは軽く、足音も同じ。しかし、全体の体運びと、こうして握手をして接触すれば、そうだと解る。

 

「取り敢えず、鉄蛇(ティシェ)の回収が済み次第で、もう一回司令官と挨拶に来ますわ」

「そうですか。その頃なら、総長も起きている筈です」

 

朝潮の言葉に龍驤は、内心で安堵を得る。あの怪物は今、眠っている。これで、今は大人しく黙っている隣の夕立が、万が一暴走しても、最悪の事態に陥る可能性は減る。

後は、荒谷が離れてくれれば、更に危険は減るのだが、夕立の気配からか、荒谷はいつの間にか夕立と睦月の間に位置取っている。

 

――頼むから、大人しゅうせいよバカ犬――

 

鎮守府間の問題なら、提督か役職者同士の話し合い、又は鎮守府間抗争による相対戦で決着が着けられる。

だが、外部との問題はそう簡単ではない。

鎮守府や泊地、警備府は軍部に於いて、独立組織の気がある。それは軍部が行った非道により、第二次侵攻が発生し、鎮守府間の連携を乱し、要らぬ犠牲を強いた事に由来するとされている。

それが何だったのか、それを知るだろう者達、鳳洋、金剛、大和、まるゆの四人は語らない。

何があったのかは探ろうにも、当時の情報はそのほぼ全てが焼失し散逸している。知るには第一世代から聞き出すか、何処か現存しているかもしれない、資料を探し出すしかない。

 

 

ズーやん¦『取り敢えず、ダブルオジサンでムッキーへの道は塞いで、副長はふぶっちをお願い』

邪気目¦『俺達はどうする?』

船長¦『俺ら特務級が、下手に集まって刺激したくはないな。一応、篁の方に行ってみる』

元ヤン¦『瑞鶴とあきつ丸が居るから、大丈夫だと思うが念の為だな』

グラタン¦『私も居るぞ』

半死半生¦『私は気にしないでー、神通居るし』

神従者¦『というより、こちらに来るのですか?』

 

 

油断ではないだろうが、神通の言葉にも頷ける。

ただ鉄蛇を回収しに来ただけの佐世保が、何故か宿毛泊地に滞在している、御三家の二人を確保しても、何の旨味も無い。

寧ろ、営利目的での確保を疑われ、佐世保鎮守府自体が取り潰しとなるだろう。

だが、念には念を入れて、だ。

 

 

七面鳥¦『え、何? 何かあった系?』

ズーやん¦『何も無いといい系』

鉄桶嫁¦『スタンバイOKです』

竹藪¦『あ、何かご迷惑を……』

蜻蛉玉¦『何も気にする必要は無いでありますよ、啓生殿』

約全員¦『お前もだよ!』

 

 

「では、また後程」

「ええ、では」

 

そう言って、両鎮守府が別れ、睦月と霧島に抱かれた吹雪の姿が見えた時だった。夕立が突如として動いた。

 

「この、アホ犬……!」

 

龍驤が符を投げるが、一部展開した艤装に阻まれ、握り潰される。追おうにも振り向き様に、無理な投擲をした為に、体勢が崩れてしまって間に合わない。

警告を出そうにも、下手な内容では佐世保鎮守府に責が及ぶ。だが今は、そんな事を言っている場合ではない。

 

「止まらんかい!」

 

龍驤が再び符を投擲する。五百蔵が動き出した。荒谷もだ。符がまた艤装に遮られるが、艤装を動かせば、その分速度が落ちる。

 

「夕立ちゃん……!」

 

何を思ってだろうか、睦月が手を伸ばした時、夕立が更に加速する。その顔には鬼気迫るものがあり、その手は何かを求める様に伸ばされていた。

 

「っ……!」

 

伸ばした手が確かに届けと、五指を広げる。だが、既に彼女の側には霧島と荒谷が居た。

戦闘系第一特務一人と副長二人、まだ同じ副長である龍驤と特務級と言える五百蔵も居る。

勝ち目は、万に一つ存在しない。だが、己の先には睦月と、そして吹雪が居る。

 

「……吼えて……!」

 

夕立が叫び、龍驤が両の手に符を構える。もう最悪、夕立を沈める事も視野に入れた龍驤が、その莫大量の符を投擲しようとした瞬間、一つ夕立を覆い隠す影が差した。

 

「ちょっと待ったーっ!」

 

いまだ修理中のストライカー・エウレカが、碌に受け身も取らずに落ちてくるのと、夕立の後頭部に打撃用の符が直撃したのは同時だった。


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