さあ、なんか大変な事になってきた『バケツ頭のオッサン提督の日常』!
どうして、こうなった?!
聞こえる、彼女の呼ぶ声が。私を呼ぶ声が聞こえる。
まだ遠いけど、確かに聞こえる。呼んでる。行かなきゃ。行かなきゃ。
「吹雪ちゃん、お茶が入りましたよ。吹雪ちゃん?」
え?嘘、ですよね・・・
「吹雪ちゃん!」
居ない、いったい何処に行ったの?!
「榛名!どうした?!」
「摩耶さん!吹雪ちゃんが!」
榛名が茶を淹れようと、部屋を離れた隙に吹雪が姿を消した。
横須賀鎮守府内は、所属する艦娘が『不測の事態』に備えて各所に待機していたが、呉鎮守府の二人ととAMIDA鎮守府提督の派手な来訪と入院していたメンバーの見送りの為に、一時的に監視網の一部に穴が開いていた。
恐らく、その時に居なくなったのだろうと摩耶は予測した。
元より、吹雪の策敵能力は異常であり、その策敵能力があれば監視網の穴を突いて移動する事も可能だろう。
だがそれは、吹雪が平静な状態である事が条件だ。今の彼女はとても不安定な状態でとてもではないが、普段通りとは言えない。場合によっては、最悪の事態も考えられる。
「榛名、急いで五百蔵のオッサンに連絡、アタシは艦隊の連中を集めてくる!」
「分かりました!」
榛名は急ぎ五百蔵に連絡を入れるが、その顔は思わしくない。吹雪の症状が再発し始めてからというもの、彼は何かを無理矢理抑え込む様にしている。
止めた筈の煙草も少量ではあるが、再び吸い始めている。
(お願いします。何も起きないで)
榛名は五百蔵に連絡を入れる。少しでも、不幸が起こらない事を祈りながら。
聞こえる、だんだん近付いて来てるのが分かる。あの子が来てる。
早く行かなきゃ、行って・・・
男は走っていた。その巨体を全力で振り辺りを見渡し、息を切らしながら走っていた。
「吹雪君!何処だ!何処に居る!」
大音声を上げ愛する娘と言える者の名を叫び続けながら、走っていた。
「クソ!いったい何処に居るんだ」
「五百蔵の叔父貴!」
「木曽君か!吹雪君は?!」
「此方でも捜している。しかし、姿一つ見当たらん」
「榛名さんからの連絡から、あまり時間は経ってない。近くに居る筈だ」
近くに居る筈なんだ。なのに、見当たらない。
「何処に、居るんだ。吹雪君」
その時だ、横須賀鎮守府内で爆発音が轟いた。
「なんだ?!」
「これは・・・工厰からだ!」
「行くぞ、木曽君。もしかしたら、吹雪君が居るかもしれん!」
「了解だ!」
頼む、吹雪君。そこに居ないでくれ、もし居たとしても、無事でいてくれ。
「吹雪ちゃん!返事をして!」
「はるにゃん!ふぶっちは?!」
「鈴谷さん!まさか、そちらも?!」
「そんな、ふぶっち・・・」
何処に居るのですか、吹雪ちゃん。今の貴女は、とても出歩ける様な状態じゃないの。
「はるにゃん、どうしよう・・・」
「落ち着いてください、鈴谷さん。時間的にも、まだ遠くには行ってない筈です」
「そ、そうだよね!急いで探さないと!」
二人が吹雪の捜索を再開しようとしたその時、時同じくして爆発音が轟いた。
「何?!」
「工厰からだ!」
「急ぎましょう!」
お願いします、神様。私達から、あの人からあの子を奪わないでください。
「「三番から八番までの隔壁を閉じろ!急げ!」」
「ちんたらすんな!」
横須賀鎮守府工厰は騒然としていた。突如として起きた爆発、規模としては大きくはない。むしろ、横須賀工厰にしてみれば日常的に起きている爆発だ。
しかし、今回は違った。爆発が起きた場所が問題であった。
「「榊原班長!電力の復旧は?!」」
「今、予備電源に切り替えたが普段の半分程度の出力しか出てねぇな」
「「供給ラインをやられたか」」
明石と夕張は珍しく苛立ちを隠さず舌打ちをし、現状の確認を進める。
「「班長、現在の工厰の稼働率は?」」
「約40%ってところだな、メインのラインをやられてサブのラインに切り替えたが、数が足りん」
「「チッ!何処のバカだ。この横須賀鎮守府に牙を向けてタダで済むと思ってる奴は」」
「後、もう1つ妙な報告が上がっている」
榊原が怪訝な顔をしつつ、部下から上がってきた報告を口にする。
「なんでも、出撃用ハッチが『凍結』しているらしい」
「「『凍結』?この気温で?」」
「ああ、妙な話だが」
「「ならば、一時的に電力をハッチに回して溶かしましょう」」
「今それをやっているが、『凍結』の範囲が広すぎて直ぐには無理だそうだ」
「「吹雪さんも捜索しなければならないというのに、これか」」
予定外のトラブルに頭を抱える夕石屋の二人と榊原だが、トラブルとは得てして次々と起こるものである。
「班長!代表!」
「「何ですか?騒々しい、吹雪さんが見つかったのですか?」」
「いえ、そうではないのですが・・・」
「じゃあ、なんだってんだ?」
走り寄ってきた部下の一人が口にする新たなトラブルに二人は、更に頭を抱える事になる。
「それが、ストライカー・エウレカとロミオ・ブルーのハンガーが爆発の衝撃で歪んで、出撃不可能になっています」
「チッ!機体にはダメージがあるか?」
「只今、点検中ですが装甲に若干の傷がついただけで、駆動系等にはダメージは無さそうです」
「「ならば、二体の解放を優先しつつ、他の装備品に問題が無いかのチェックを急ぎなさい」」
「了解!」
夕石屋の二人の指示に従い装備品のチェックに向かう部下を見つつ、榊原は嘆息する。
ストライカー・エウレカとロミオ・ブルーのハンガーは、他の装備品のハンガーよりも頑強に造られている。
そのハンガーが歪んだという事は、それだけの威力の爆発が起きたという事だ。不幸中の幸いは、奇跡的に怪我人が居なかった事だろう。
それにしても、イェーガーのハンガーを歪ませる威力と出撃ハッチの『凍結』。
長く軍にて整備に携わってきた榊原でも、初めての出来事だ。深海棲艦でそれだけの威力の攻撃力を持つ艦種が居るのは知っているが、『凍結』を起こす奴は聞いた事が無い。
「明石、夕張。今回の件、どう見る?」
「「ふむ、新種の深海棲艦とは考えづらいですね。でも、そうなると」」
「深海棲艦とは別の、第三勢力か」
「「どちらにせよ、厄介な事には変わりありません。急ぎ、原因の究明と対応策を講じなければ」」
「とにかく、司令に報告を上げてからだな」
気掛かりも多いが、とにかくそれが先だ。吹雪の捜索には横須賀AMIDAを総動員しているが、それでも良い報告は無い。
何も無ければ良い、横須賀鎮守府最年長は静かに思う。
暗く暗く冷たい海、その前に少女は佇んでいた。
自分を呼ぶ声に導かれ、足取りも不確かに歩み、そこに着いた。
『吹雪ちゃん・・・』
自分を呼ぶ声に導かれるまま、少女は海へと足を踏み入れ・・・
横須賀編にて、登場予定のイェーガーは二体です