バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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あれだよね、真面目な話って書くのしんどいよね?


オッサン、タオレル

ゴゥゴゥと風切り音をたて水飛沫を撒き散らし、刃と鉄鎚がぶつかり合う。

鉄鎚は鋼の身から轟音を打ち鳴らし、刃は醜悪な血肉を捻り、互いを削り合う。

 

「ぬぅああ!」

 

度重なる激突から、互いの得物は次第に熱を帯始め、周囲に舞う水滴が当たっては蒸発し始める。

刃により鉄鎚は傷だらけだが、そのどれもが深く傷付けるに至らず、浅く表層を削り取るだけ。

だがそれでも、鉄鎚は苦戦していた。

 

(ちっ、やりづらい)

 

鉄鎚、チェルノ・アルファは五百蔵冬悟が纏った機械の鎧、それに対して刃、タシット・ローニンは醜悪で奇怪な生物が鋼の鎧、否、この場合は殻を纏った姿。

この差が生み出すものは、動きの柔軟性だ。

チェルノ・アルファは人が機械の鎧を動かし鎧がその動きを強化する。

しかし、タシット・ローニンは違う。以前襲撃して撃破されたロミオ・ブルーとも違った。

動きの一つ一つが『柔らかい』のだ。

現在は霧島の装備となったロミオ・ブルーは、獣の力と凶暴性が前面に出ていたが、タシット・ローニンはそれを殆ど感じさせず、柔らかな挙動と確かな技で刃をチェルノ・アルファに叩き付けている。

 

五百蔵のやりづらさは、これに起因する。必ずと言って良い程、タシット・ローニンは五百蔵の拳に刃を当ててくる。

その度に、拳の弾道がズレて振り抜けない。手首のスプリング機構で拳を射出しようにも、弾道がずらされては打ち出す事すら出来ない。

拳を打ち出せば、装甲に包まれた内部機構が露になる。チェルノ・アルファの装甲は頑丈だ。だがしかし、それは装甲に限る。全イェーガー中でも群を抜いて堅牢な装甲を誇るチェルノ・アルファと言えど、内部機構は装甲に比べ脆い。それでも、近接戦を主とするイェーガーの内部機構は他の物に比べ頑健であるが、タシット・ローニンの刃の切れ味であれば、中の五百蔵の腕ごと斬り落とせる。

 

五百蔵冬悟は人間だ。規格外の体格や筋力を持っていたとしても、あくまで人間の規格外に過ぎない。

もし、腕を斬り落とされれば痛みによる隙が生まれ、最悪の場合、失血死もあり得る。

もどかしい綱渡りの様な応酬、それは何度も繰り返し続いた。互いが互いに、相手の綻びを見つけるまで。

 

そして、その綻びはタシット・ローニンに表れた。

苛立ち紛れに五百蔵が放った右フックが、タシット・ローニンの胸部装甲に掠り、その一部が剥がれ落ちた。

 

「これは・・・・!」

 

だがそれは同時に、五百蔵に致命的な隙を生み出すものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「提督、待って・・・その子は・・・」

「吹雪ちゃん、ダメです!」

 

二体の巨人が凌を削り合う海を目の前に、吹雪が榛名の腕の中で小さな手を巨人に向けて伸ばしていた。

榛名には分からなかった。何故、吹雪があの白い醜悪な巨人に手を伸ばし、五百蔵を止めようとしているのか。

 

榛名から見れば、あの巨人はまごうことなき敵でしかない。だが、吹雪から見れば違う様だ。

彼女から見れば、あの巨人は彼女が知る誰かに見えているのだろう。若しくは、あの巨人が吹雪の知る誰かなのか。それは榛名では分からない、吹雪の感知力は常識では測れない。榛名には分からなくても吹雪には分かる何か、それが白い巨人から発されているのだろう。

 

未だに自分の腕の中で白い巨人に向けて、走り出しそうな吹雪を抑えながら榛名は考える。

彼女のトラウマ、それは自分達と同じ艦娘が原因の筈だ。どう贔屓目に見ても艦娘には見えないあの巨人ではない筈、それなのに彼女は五百蔵と戦う巨人に向けて叫んでいる。

 

「待って!その人は違うの!止めて!」

 

自分の時とは違う、圧倒的な質量と力のぶつかり合い。

一打毎に撒き散らされる火花と水飛沫、機械と獣の雄叫び艦娘と深海棲艦の戦いとはまるで違う戦い。

これに吹雪が入り込めばどうなるか、そんなものは火を見るより明らかだ。

何も出来ずに終わる。戦艦級の自分ですら、あの中には入れない。駆逐艦級の吹雪など、一瞬も保たず破壊されるだろう。

 

その激突の連続に突如として綻びが生まれた。

五百蔵駆るチェルノ・アルファの拳がタシット・ローニンの胸部装甲の一部を弾き飛ばし、白い鋭角に覆われてた中身が露になった。

 

「は?」

「あ、ああ・・・」

 

鋭角な装甲、その上面の一部から醜悪な肉塊に磔にされた者が見えた。

それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦月、ちゃん・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何で子供が?!)

 

五百蔵は苛立ち紛れに放った右フックにより露になった胸部から見える者に驚愕し、一瞬の隙を見せてしまった。

 

「しまっ!」

 

タシット・ローニンはその一瞬隙を見逃さず、逆水平に刃を振り抜いた。

先程までの、弾道を逸らす刃ではない。確実にチェルノ・アルファの装甲を斬り裂ける一撃だ。

 

「こんのぉっ!」

 

ガードは間に合わない、上体を反らすように回避を図る。

 

「がっあぁ!」

 

振り抜かれた刃は、上体を反らす事により直撃はしなかった。

だが、右肩部の熱放射タービンの根元を抉り、その衝撃を内部の五百蔵に強く伝えた。

 

[右肩部熱放射タービン、被害甚大。基部の損傷により使用不可、装甲第二層まで損傷、行動に支障無し]

 

チェルノ・アルファからのアナウンス、それに五百蔵は舌打ちをする。

子供を人質に取られ、迂闊には攻撃が出来ない上に最大級の火力の一つを破壊された。

 

(さあ、どうする?俺)

 

打撃は駄目、熱放射も×だ。ならば、組み付き首をへし折る。あの子供の救出はそれからだと、タシット・ローニンに組み付こうとした。

 

しかし

 

「な、んだ!」

 

突然、五百蔵の腹部に襲い掛かってきた衝撃。

そのあまりの重量と衝撃に、五百蔵は思わず体勢を崩してしまう。

 

「蹴りか、この、野郎!」

 

体勢を整え拳をタシット・ローニンに叩き込もうと構えたが、それはタシット・ローニンの払いにより阻止された。

腹部に入った蹴りの威力は凄まじく、タシット・ローニンから離れてしまった。

蹴りの衝撃で、思うように身動きが取れない五百蔵に向けて、タシット・ローニンは刃を突き出した。

 

(これは、マズイ!)

 

突き出されたタシット・ローニンの左腕に合わせる様に、五百蔵も左腕を振り抜きタイミングを合わせてスプリング機構で拳を射出しようとしたが、ある違和感に気付いた。

 

自分に傷を付けたあの刃が見えない。

何故、と思うも五百蔵は見た。タシット・ローニンの刃、それが左腕の基部に引き込まれているのを。

 

瞬間、タシット・ローニンの刃は腕の基部から打ち出され、チェルノ・アルファの拳へと向かった。

タイミングをずらされ急いで射出された拳とタイミングを合わせて射出された刃、どちらの狙いが当たるのか、結果は

 

「ごっあ!」

 

タシット・ローニンの刃がチェルノ・アルファの左拳の第四指を切断第三指を破壊した。

 

[左拳部第四指切断、第三指破損、衝撃により左腕部テスラコイル及びスプリング機構一時機能停止、復旧開始、左腕出力低下、『Roll of Nickels』使用不可]

 

「くそったれが・・・!」

 

五百蔵はチェルノ・アルファのアナウンスにより、左腕がほぼ使い物にならない事が分かり、右腕を構えタシット・ローニンに向かう。

 

(兎に角だ、こいつが吹雪君のトラウマかは分からないが、何らかの関係はある筈だ)

 

タシット・ローニンに向けて右フックを放とうとした次の瞬間、足に違和感を覚えた五百蔵は自分の足元を見た。

 

「は?なんで・・・」

 

凍っている?

その言葉は五百蔵の口から出る事は無かった。

何故なら、海中から飛び出してきた乱入者により遮られたからだ。

 

「ぬっぐぅぉお!」

 

飛び出してきた乱入者は、チェルノ・アルファの頭頂部に片手をかけ、もう片方の手を降り下ろす。

その衝撃でチェルノ・アルファの頭部装甲は凹み、鑪を踏んだ。

それでも倒れぬチェルノ・アルファに対し、乱入者は傷の入った右熱放射タービンに手をかけ、力任せに引き千切り、その勢いのままに再度拳を降り下ろした。

 

「あ、がぁ・・・」

 

凄まじい激突音、それにより引き起こされた結果はチェルノ・アルファの機能停止であった。

ゆっくりと、力を失い倒れていくチェルノ・アルファを乱入者は持ち上げ、陸へと投げ捨てた。

 

投げ捨てられたチェルノ・アルファは、黒煙を上げ力無く倒れ伏す。五百蔵冬悟の敗北である。

 

乱入者はその箱の様な頭を振り、真っ直ぐに横須賀鎮守府工厰へと向かった。

その特徴的な両肩には、何かが収まっていたであろう空白が空いていた。

 

横須賀鎮守府を襲撃したのは、タシット・ローニン一体ではなく、もう一体。

第一世代イェーガー随一の古強者『ホライゾン・ブレイブ』であった。

 

「提督!」

 

五百蔵を呼ぶ吹雪の声にタシット・ローニンが反応した。

迷うこと無く駆け出し、吹雪へと向かった。

1歩2歩と距離を縮め、遂に刃が届く距離にまで詰めると、真っ直ぐに刃を突き入れた。

 

「あ・・・」

「吹雪ちゃん!」

 

 

ポツリポツリと雨が降り始めた。

まるで、誰かの涙の様にポツリポツリと降り始めた。


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