「では、那珂の話をシマショウカ」
テラスで、金剛が紅茶を一口含み、切り出した。
五百蔵ら三人は、もう何が来ても驚かないという風に身構えているが、実際は何が来るのか解らないので構え様が無いというのが本音だったりする。
「那珂は、実に良く気が利く娘デシタ」
「ええ、本当にそうでしたね」
「辛い事があっても笑い、皆を良く見てイマシタ」
資料に添付された舞風の写真を見ながら、二人は続ける。
この写真に写る舞風に、その那珂の面影が有るのだろうか。
二人の目は、とても優しかった。
「彼女は、歌と踊りが好きでして、何時だって何処だって歌い踊っていました」
「明るく、めげない。そんな娘デシタネ」
ーーその笑顔に私達は何時だって助けられてきましたーー
二人の声が重なり、悲しげな音を響かせた。
洋が茶を啜り、金剛が葉巻に火を着けて、再び話し出した。
「時に大切な者を亡くした者達に寄り添い鎮魂歌を歌い、祝い事では慶びの舞を踊り、皆の支えと言えマシタ」
「あの苛烈な戦いで私達が堕ちずにいられたのは、彼女のお蔭ですね」
「・・・それ程に、凄惨な戦場だったのですか?」
自らの姉が参戦していた第一次侵攻、教本でしか知らぬそれを榛名は問うた。
それに二人は、悲しげに優しく答える。
「私と洋、私達と同等若しくはそれ以上の者達が当たり前の様に死んでいく、そんな戦場デシタ」
「今朝、今さっき、隣に居た筈の者達が居なくなる。それが当たり前の戦場でした」
「・・・それは」
開いた五百蔵の口からは言葉が続かなかった。目の前の二人と同等かそれ以上の者達が当たり前に死んでいく、そんな戦場の中でありながら、常に笑顔を絶やさずに居るという事が、どれ程に過酷な事なのか想像も出来なかった。
「・・・話を戻しマショウ。那珂の力デス」
「那珂さんの力は、『歌と踊りによる場の支配』これだけです」
「意味が解らないよ・・・」
さも当たり前の様に言っているが、あくまでも一般人の域を出ない三人には、洋が何を言っているのか理解出来なかった。
まだ、長門と大和のアレは解った。だが、これは解らない。
歌と踊りで場を支配する。磯谷が遠い目をするのも無理は無かった。
「ふむン? そうデスネ。洋」
「ああ、成る程。では、私が説明しましょう。これを見てください」
「ナプキン?」
洋が手にしたのは、テーブルに備え付けられた紙ナプキンだった。
洋はそれを軽く折り曲げ形を整え、ある形を作り出す。
「五百蔵さんには馴染みが無いかもしれませんが、磯谷司令と榛名さんは解りますね?」
「陰陽型空母の式紙符?」
「はい、正解です」
榛名の答えに満足したのか、洋が式紙符を指先で軽く弾くと、空気を裂く音と共に飛び立ちあっという間に見えなくなった。
ややあって、横須賀鎮守府演習場から爆音と悲鳴が聞こえた。
空母勢¦『真面目に訓練してました!』
おかみ¦『そうですか。では、追加でそれを落としなさい。落とすまで、終わりませんよ』
空母勢から抗議の表示枠が大量に展開されるが、洋はにこやかにかつ瞬時にそれらを全て叩き割り、話を続けた。
「えっと・・・?」
「ふふふ、陰陽型空母は通常型と違い、神や神とされる存在を奉じ信奉し、その対価に艦載機を召喚します」
ーーまあ、私は違いますがーー
一言、気になる事を呟いて、洋がもう一枚式紙符を折り、別方向を弾いた。
副長¦『鳳様。今、何か飛ばしましたか?』
おかみ¦『あら?』
副長¦『次は、40機お願い致します』
おかみ¦『良い心掛けです』
洋がテーブルを軽く指先で叩くと、テーブルに備え付けられた紙ナプキンが自ら意思を持った様に折れ曲がり形を変えて、4×10計40枚が飛んだ。
五百蔵は気付いていないが、榛名と磯谷は気付いていた。
ただの備え付けの紙ナプキンが艦載機になる訳が無いのだ。
否、出来る事は出来る。だが、それには特殊な加工が必要になる。だから、目の前でテーブル軽く叩いただけで艦載機として飛んでいくなど、有り得ない事なのだ。
有り得ないったら有り得ないのだ。
「この様に、神を奉じ御霊を降ろす訳ですね」
神を奉じてもいなければ、御霊を降ろしてもいない。とは言えぬままに、洋の解説は続いていく。
「まあ、この辺りは私ではなく・・・そうですね、龍驤さんが解り易かったですね」
「龍驤と言っても、四葉の所の龍驤ではアリマセンヨ」
「私達と同世代の龍驤さんです。所謂、初代龍驤ですね。彼女は古今東西有りとあらゆる軍神武神戦神を信奉し、発艦数とその質において群を抜いていました」
ーー私でも、あの域に至るのは不可能ですーー
あの鳳洋ですら至れぬ域、そこに至った軽空母艦娘龍驤。
そして
「歌と踊りの神を信奉し歌と踊りを捧げ、力の一部を借り受ける神降ろしの巫女。那珂さんの力とはそういうものです」
「はあ・・・?」
「私達、第一世代は科学技術よりはオカルトで形作られてイマスカラ、科学では説明出来ない事が当たり前なのデスヨ」
ーーその最たる者が洋デスーー
五百蔵の気の抜けた返事に、金剛が第一世代の注釈を入れる。
榛名はどこか納得のいった表情だが、五百蔵と磯谷の二人はまだ首を傾げている。
「力の一部を借り受け、戦場の一画を支配し雷を落とす様は、中々に壮観でしたね」
何か、信じ難い事実が出てきた。
その事実に磯谷が疑問するが、洋は否定した。
「雷を落とすって、この舞風ちゃんも?」
「いえ、それはありませんね。あれは、那珂さんだからこそ出来た事ですから、彼女にはそこまでの力は無いでしょう」
「そっか~」
ーーうん、解んないーー
磯谷のあっけらかんとした言葉に、金剛と洋の二人が吹き出した。
どうやら、この二人の笑いのツボにはまった様だ。
「ふ、ふふふ、わ、解んない・・・!」
「ほ、穂波、それは、は、反則デス・・・!」
「ええ~、ダメ?」
何がツボにはまったのか、二人は口元を抑え震えていた。
暫くの間、笑っていた二人だったが、磯谷の質問で復活した。
「じゃあさ、洋ちゃんは鳳翔ちゃんなの?」
「ふ、ふふふ、解んない・・・ふふふ。あ、私ですか?」
「あぁ、それは気になってたな」
「そうですね」
その質問に五百蔵と榛名の二人も同意する。
不死の鳳、世界最初の艦娘、全ての始まり、その彼女が元艦娘だというのは、周知の事実だ。
だが、その艦娘の誰だったのかは解らない。
恐らくは、軽空母艦娘の鳳翔なのだろうとされているだけだ。
「そうですね、私は」
「「「私は?」」」
「・・・・・・解んない!」
「「「ええ!?」」」
「内緒という事ですよ」
いたずらっぽく微笑んだ後、茶を一口飲み、また笑い出した。
「ふふふ、解んない。私としたことが、はしたない・・・!」
「よ、洋。やめて、やめてクダサイ・・・!」
ケタケタ笑う超越者二人。
結局、不死の鳳の正体は解らず仕舞いに終わり、この日は解散となった。
ーー私に、『艦娘としての型』は無いのですよーー
誰も知らず、その呟きは金剛の葉巻の煙と共に消え去った。
那珂
第一世代軽巡洋艦娘の一人。常に笑顔を絶やさず、皆に寄り添い続けた。
自らの信奉する神に、歌と踊りを奉納しその力の一部を自分へと降ろす事を得意としたらしい。
最期は、中枢棲姫との初接触時に殿を務め散った。
この時初めて、不死の鳳は中枢棲姫を敵として認識し、その力の全てを使い全てを焼き払おうとしたが、息を吹き替えした那珂の叱責により正気に戻った。
『英雄達を支え続けた英雄』と呼ばれる様になった。