バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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はい、今回は吹雪&睦月With悪ガキ隊の休暇の前。
横須賀悪ガキ隊が、横須賀鎮守府から出発する前の摩耶と若葉の会話になります。


若葉だ

これは、横須賀悪ガキ隊が横須賀鎮守府から北海鎮守府へと休暇に向かう前のお話。

 

 

「おう、若葉。この時間に起きてるのは珍しいな」

「ん・・・」

 

早朝の横須賀鎮守府、昇る朝日を見詰める若葉を荷物を抱えた摩耶が見付けた。

摩耶が言った様に、若葉がこの早朝に起きている事は珍しい。仕事の関係上、夜に動く事が多く朝に若葉を見掛ける事は殆んど無い。

 

珠に『仕事場』から出てきた若葉を、暁辺りがタイミング悪く目撃して、悲鳴をあげたりする事もある。

 

「暇・・・」

「そーか、暇か」

 

薄暗い冬空の早朝、朝日を迎えながら二人が並ぶ。

摩耶はあまり気にしていないが、若葉は仕事着の白エプロンを着け、腰のベルトに道具を差したままである。

橙色の朝日が二人を照らし、赤黒く染まった若葉の姿が露になっていく。

 

「若葉、今日は何人だ?」

「六人・・・」

「そうか」

 

若葉は審問官、不正を働いた者や横須賀に対して敵対した者達に『質問』をするのが仕事だ。

自分の趣向と合った良い仕事だと、若葉は自負している。

自負しているが

 

「疲れた・・・」

 

仕事相手が出す『声や音』を聞き、『質問』を繰り返す。それが嫌になるという事は無い。

無いが、珠に疲れる。

疲れた時は、何もせずに呆けると若葉は決めている。

今居る埠頭や金剛がよく居るテラスに、廊下の行き止まりに屋上や仕事場がある地下に続く階段。

最近では、磯谷の部屋に居る事もある。

 

真っ暗な部屋の中、無表情に立つ若葉を見て磯谷が一度ドアを閉めてから、勢いよき開き低い姿勢から抱き着きに行ったりしたが、見事に撃沈した。

 

それを知っている摩耶は、何も言わず若葉の隣で表示枠を弄っている。

 

「摩耶・・・」

「お、どした?」

「休み・・・?」

「有休が溜まっててな。一度消化だ」

「そうか・・・」

 

若葉の表情は変わらない。相変わらずの無表情のままだ。

若葉が横須賀に来てから、表情が変わったのを見た者は居ない。無表情のまま笑い、無表情のままに泣く。

摩耶が知る限り、若葉の表情が変わったのは総長である金剛から、睦月の世話役を言い渡された時だけだ。

 

金剛が何を考えて若葉に睦月の世話役を言い渡したのかは分からない。だが、若葉以上に艦娘や人間、人体に詳しい者は横須賀には夕石屋の二人しか居ない。

夕石屋がイェーガーに艤装に設備にと忙しいなら、若葉以上に適任は居ないだろう。

人体に対する知識、それだけを見るとしたら。

 

「朝・・・」

「ああ、朝だな。寝るか?」

「まだ・・・」

「おう」

 

若葉の仕事は審問官。それは、他人を傷付け追い詰めて、壊す事もある仕事だ。

その審問官の若葉が、普通の艦娘である睦月の世話役になる。

それが分からない金剛ではない筈だ。

 

「若葉」

「何だ・・・?」

「今は、楽しいか?」

「・・・楽しい」

「そうか」

 

積み上げたモノは数知れず、同じ鎮守府内でも怯える者も居る若葉。

皆が予想した。無理ではないかと。若葉自身も無理だと言った。だが、金剛の意見は変わらなかった。

若葉を睦月の世話役に任命する。

 

結果は、皆が予想通りに睦月に怖がられた。表情も無く気配も希薄な若葉を、睦月は怖がった。

しかし、睦月は若葉から逃げなかった。怖がりながらも、若葉の付き添いを認めた。

 

睦月の膝から下は筋肉が著しく衰え、立ち上がる事が出来ない。

恐らく、金剛は若葉に教えたかったのだろう。

 

「睦月・・・」

「ん? ああ、大丈夫さ」

「分かった・・・」

 

壊す事だけでなく、助ける事も若葉には出来ると。

何も壊さずに、誰かの助けになれる。その事を若葉に教えたかったのだ。

これだけは、言葉では伝えられない。

 

「摩耶・・・」

「何だ? 若葉」

「待ってろ・・・」

 

立ち去る若葉の背を見ながら、摩耶は思う。

若葉も変わったと。

以前なら、仕事が終われば部屋で寝て、疲れたら鎮守府内の暗がりの何処かで呆けていた。

珠に磯谷がゲームに誘ってボコボコにされたりして、泣きながら比叡に助っ人を頼んだりしているが、以前は殆んど他人と関わりを持たなかった。

 

暁達には見ただけで悲鳴をあげられ、無表情に佇むだけだった。

そんな若葉が

 

「ん・・・」

「何だこれ?」

「睦月・・・」

「ああ、睦月のリハビリ用のサポーターか。作ったのか?」

「・・・ん」

 

そんな若葉が、睦月の為に自作のサポーターを作る。

これは、進歩と言えるだろう。

 

「サイズ・・・」

「おお、サイズは変えられるのな」

「ん・・・」

 

摩耶は思う。

磯谷と金剛が何処からか連れてきて、磯谷が実に良い笑顔で「今日から家の子宣言」したあの日から、若葉は変わった。

もう、無表情の審問官は居ない。

 

「どうした若葉、お前も行くか?」

「いい・・・」

「んな事言って、睦月が気になって仕方ないんだろ?」

「・・・違う」

「ま、そう言う事にしとくか」

「違う・・・」

 

ズーやん¦『あ、摩耶居た!』

船長¦『おい、もうすぐ船出るぞ』

元ヤン¦『ヤッベ、待ってろすぐ行く』

邪気目¦『おう、若葉。土産期待しろよ』

わかば¦『分かった・・・』

 

急ぎ走る摩耶を見送り、若葉は自室へと歩いていく。

早く戻らないと、暁達に見付かって泣かれる。

泣かれる事自体はどうでもいいが、暁達に泣かれると、もっと泣かせたくなるから困る。

今度は、暁達の部屋の近くで呆けてみよう。

きっと、良い声を聞ける筈だ。




全国の提督、司令官の皆様。
もしかして、若葉を育てず放置してませんか?

大丈夫ですか?
忘れてませんか?

・・・そうですか。


















では、後ろに居るのは誰?

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