バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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第一話を思い出す文字数。
あ、今回から感想返信復活します。


貴女へ贈る茉莉花

どうしてこうなった?

瑞鶴の考えはこれ一つに尽きた。

総長である金剛に呼ばれて執務室に行ってみれば、今日一日師である洋の面倒を見ろである。

 

ーー先生の面倒を見ろって、どうやんのよ?ーー

 

自分が知る絶対者の一人である洋、いくら子供になったと言っても、瑞鶴には洋は洋でしかない。

それで面倒を見ろと言われても、瑞鶴には何をすれば良いのか皆目見当がつかない。

 

「ん?」

 

瑞鶴が考えに没頭していると不意に袖を引かれ、そちらに目を動かすと、洋が瑞鶴の袖を引きながらこちらを見上げていた。

 

「どしたの? 先生」

「瑞鶴さん、あれは何ですか?」

 

洋が指差す先には、一つの黒電話があった。

金剛の趣味で置いてあるのだが、瑞鶴は疑問を覚えた。

 

ーーこれ、『黒電話』が分からないのかな? それとも、『電話』が分からない?ーー

 

あの黒電話は金剛の趣味で置かれているだけで、鎮守府全ての電話機が黒電話という訳ではない。

他の電話機はちゃんと今風の電話機だ。

試しに瑞鶴は自分の携帯電話を出して、洋に聞いてみた。

 

「ねえ、先生。これ分かる?」

「・・・?」

 

黒真珠の様な目で、瑞鶴が渡した携帯電話と瑞鶴を見比べ、首を傾げる洋。

瑞鶴は確信した。洋は黒電話が分からないのではなく、電話機自体が分からないのだと。

 

ーーてかさ、変じゃね? 先生、艦娘でしょ。それが何で子供になるのさーー

 

艦娘は決められた規格で産まれる。

何があろうと姿形が変わる事は無い。そして、洋は原初の艦娘だ。

艦娘としての絶対のルールを築いたそれそのもの。

瑞鶴が知る限りで、洋が子供だったという事実は無かった筈だ。

それが何故、子供に?

有り得ないものになる。夕石屋の新型修復剤の効果?

 

ーーいやいや、待て私。私は何で、子供になった先生を先生と認識した?ーー

 

子供になった洋、金剛と磯谷の二人以外は説明無しでは、誰もが洋だと分からなかった。

だが、自分は一目でこの子供があの鳳洋だと理解した。

何故?

周囲の反応?

否、本能が鳳洋だと理解した。

何故?

 

ーーま、いっかーー

 

「瑞鶴さん?」

「先生、それも電話だよ」

「電話、ですか?」

 

瑞鶴は考える事を止めた。元より、瑞鶴は深く考える質ではない。

洋だと理解したのは、本能で分かった。それで良い。

 

「先生、食堂に行こっか」

「食堂、ですか」

 

自分の袖を摘まみ着いてくる子供は洋だ。

それで良いじゃないかと、瑞鶴は洋を連れて食堂へと歩いて行った。

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

「御姉様」

「何故、瑞鶴なのか? デスネ」

「はい」

「簡単な事デスヨ」

 

比叡が金剛に問い、金剛がさも当然の如く答える。

 

「瑞鶴という艦娘は、洋にとって非常に重要な存在だからデスヨ」

「瑞鶴が、ですか?」

「そうデス」

 

今の洋は瑞鶴が居たからこそ。

金剛は嘗ての二人を瞼に思い描く。

あの、戦う事しか知らなかった子供が彼女と出会い、戦い以外を知った。

肉体が退行したのは、恐らく精神面に合わせてバランスを取ったからだろう。そうでなければ、子供になる訳が無い。

 

ーーまあ、これは新発見デスネーー

 

自分達の時代には高速修復剤なんて物は無かった。

それが出始めた頃には、既に第一線からは退いていた。

だから、自分達第一世代が高速修復剤を使うとどうなるかなど、分からなかった。

それがまさか、子供になってしまうとは、金剛も予想外の新発見であった。

 

「洋」

「御姉様?」

 

これは夢だ。何が原因であろうと、今を失い過去を見ているなら、今だけはその夢の中で眠ればいい。

 

ーー今だけは、今日一日だけでも、その幸せな夢に浸りナサイーー

 

窓の外、瑞鶴の後ろに着いて歩く洋を見て、寂し気に金剛は呟いた。 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

瑞鶴は疲れていた。

 

「瑞鶴さん、これは何ですか?」

「あ~、それはね、ヤカンだよ先生」

 

あれは何、それは何、これは何、食堂に着くまで洋に質問されては答え、食堂に着いてからも質問責めに会い、瑞鶴は疲れていた。

 

ーーつうか、先生知らなさすぎじゃない?ーー

 

子供になった洋は事あるごとに瑞鶴に問い、その答えに目を輝かせていた。何もかもが目新しくて楽しい。

何も知らない子供の様に、無邪気に好奇心を満たしていく。

 

「ヤカンとは何ですか?」

「ヤカンっていうのはね・・・」

 

ーーん、あきつ丸? 何してんの?ーー

 

洋にヤカンとは何かを説明しつつ、食堂の隅に座る黒付く目で色白のあきつ丸が、手紙を握り締めていた。

瑞鶴が目を凝らすと、脇に置いてある封筒には磯谷穂波の名が刻まれているのが僅かに分かる。

 

ーー穂波、またなんかしたの?ーー

 

瑞鶴は速攻で磯谷を疑うが、少し考えてみると磯谷宛の手紙で、あのあきつ丸があそこまで辛そうな顔をする訳が無いし、何故に磯谷宛の手紙をあきつ丸が読んでいるのか、疑問が尽きない。

 

蜻蛉玉¦『瑞鶴殿』

七面鳥¦『何? あきつ丸』

蜻蛉玉¦『例えばの話であります』

 

面倒くさそうな雰囲気であきつ丸の表示枠が非透過で開いた。

音声も映像も無し、聞かれたくない話なのだろう。

そう瑞鶴は判断し、あきつ丸の言葉を待った。

 

蜻蛉玉¦『もし、もしでありますよ? 好きな者が結ばれずそうでない者と結ばれ、自分がそれを知っていたなら、瑞鶴殿ならどうするでありますか?』

 

ーー予想以上に面倒なのがきたわぁーー

 

あまりの面倒さに思わず表示枠を割りそうになるが、寸でのところで思い留まり、あきつ丸の言葉を思案する。

 

ーー好きな者が結ばれず、そうでない者と結ばれて、それを自分が知っていたら?ーー

 

あきつ丸らしくない。

瑞鶴の知るあきつ丸は鉄面皮で慇懃無礼なところがあり、皆が明言しない事をはっきり言うような奴だ。

そのあきつ丸が柄にもないこの発言だ。

何か裏がありそうだ。

瑞鶴はあきつ丸が何を言いたいのかを考えていたが、ふと自分の隣の席を見ていると、空席になっていた。

 

ーーあれ? 先生は!ーー

 

瑞鶴が洋を探すと、いつの間にか彼女はあきつ丸のすぐ傍にぽつんと立ち、彼女を真っ直ぐに見上げていた。

これには、流石のあきつ丸も驚いていた。

表示枠での応答に集中していたとはいえ、瑞鶴と洋が居た席から自分が居る席は直線上にあり、こちらに来る時には必ず視界に入る筈なのに、二人は気付けなかった。

 

「あきつ丸さん」

「な、何でありますかな? 鳳殿」

 

瑞鶴はこの後の言葉を聞いて後悔する事になる。

その言葉はあまりに無邪気で無垢でありながら、あまりに残酷であった。

 

「悲しいのですか? 辛いのですか?」

「え、ええ、まあ、そうでありますな」

「誰ですか?」

「は?」

「誰があきつ丸さんを悲しませたのですか? 誰が辛い思いをさせたのですか? そんな酷い人は私が消してあげます」

 

ーー私はその為だけに造られましたからーー

 

洋は無邪気に無垢に微笑みながら言い放った。

あきつ丸は思わず固まった。戦う為に産まれた自分達の始祖である事は知っていた。

だが、それを自覚し、子供の姿でそれを言うという異常性に、あきつ丸は何も言えなくなった。

もしここで、あきつ丸が誰かの名前を言えば、目の前の小さな怪物は迷う事無く、その者を消すのだろう。

 

恐れか驚愕か何も言えなくなったあきつ丸だが、もう一人瑞鶴は違った。

 

「先生」

「瑞鶴さん?」

「あきつ丸は少し忙しいみたいだし、向こうに行こっか」

「いえ、でも」

「鳳殿、御気遣い感謝するであります。しかし、これは自分の問題であります」

 

七面鳥¦『あきつ丸』

蜻蛉玉¦『瑞鶴殿』

七面鳥¦『私はあんたが何で悩んでるのか分からないけど、あんたがしたいようにすればいいんじゃない?』

蜻蛉玉¦『助言感謝であります』

七面鳥¦『あのあんたが悩むんだから相当なんでしょ。頑張んなさい』 

蜻蛉玉¦『重ねて感謝であります。後、感謝ついでに』

七面鳥¦『感謝ついでに?』

蜻蛉玉¦『その自走式ステルス核兵器、早く何処か連れてくであります!』

七面鳥¦『このヤロ! 言いやがった!』

蜻蛉玉¦『おっと失礼、口が滑ったであります』

七面鳥¦『オメェの口ツルッツルッじゃないの!』

 

折角、良い話で終わりそうな雰囲気だったのだが、そこはあきつ丸クオリティー。瑞鶴が思っても言わなかった事を平然と言い放った。

 

七面鳥¦『この野郎、何だか分かんないけど失敗しちゃえ!』

蜻蛉玉¦『まあ、あれであります。感謝している事は事実であります。ありがとうございます』

七面鳥¦『・・・ごめん、失敗しちゃえは言い過ぎた』

蜻蛉玉¦『気にするなでありますよ』

 

ーー決心がついたでありますからーー

 

あきつ丸はそう言い残し、クシャクシャになった手紙を懐に納め、食堂から去った。

瑞鶴は何も言わずに、その夕日に照らされた背中を見送った。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

夜、瑞鶴にとって眠るにはまだ早い時間だが、洋が眠そうに目を擦っていたので、慣れない絵本の読み聞かせをしていた。

夕石屋によれば、睡魔は肉体の再構成の準備が終了し、精神の再構成に入り始めた証左という事らしい。

 

「『愛しているよ』そう言って、狐は霧の中に消えていきましたとさ」

「瑞鶴さん」

「どうしたの? 先生」

「どうして、狐さんは好きな人と一緒になれなかったのですか?」

「う~ん、何て言うかさ。好きな人を守りたいから、好きな人から離れなきゃいけなかった、かな?」

 

ーー難しいなぁ、こういう話ってーー

 

再構成の準備が終了したとは言え、洋の精神は未だに子供のままだ。

子供に説明するには、この手の話は難しすぎた。

 

大切な、好きな者を守る為に好きな者から離れなくてはならない。

子供向けの絵本なの、これ?

瑞鶴は読み聞かせながら思った。

 

「・・・私が居たら・・・」

「先生?」

「私が居たら、狐さんの替わりに戦うのに・・・」

 

洋がポツリと漏らした言葉、自分が身代わりになって戦い血塗れになるというものだった。

 

「先生、先生は戦うのが好き?」

「いいえ、嫌いです。戦ったら痛いし、嫌な思いもします。けど、私はその為だけに造られましたから、誰かの為に戦う為に造られましたから」

「先生」

「瑞鶴さん、私は瑞鶴さんが好きです。暖かい皆が好きです。だから、瑞鶴さんや皆を苛める人達が居たら、私が消してあげます。だから、言ってください。瑞鶴さん達の為に私が戦います」

 

ーーそうしたら、皆幸せになれますよね?ーー

 

純真無垢な言葉だった。本当に、心の底からそうだと信じてやまない子供の言葉。

それに対し瑞鶴は、抱き寄せた洋の頭に顎を乗せ少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。

 

「ん~、じゃあさ先生。私は、戦いが嫌いな先生が戦わなくてもいいってのが良いな」

「え? でも、それだと」

「えっとね~? 何て言うかさ、確かに私達は先生より弱いし頼り無いけど、先生一人が嫌な思いするのは嫌なんだよね」

 

ーー私、頭良くないからうまく言えないけどさーー

 

瑞鶴は洋を抱き寄せたまま、体を左右に揺らしながら言葉を続ける。

 

「だからさ、私は先生が戦わなくていい、嫌な思いをしなくていいってのが良いなぁ」

「・・・・・・」

「先生?」

 

瑞鶴が見ると、洋はうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。

 

ーー少し話が長かったかな?ーー

 

「それじゃ、先生。おやすみなさい」

 

おやすみなさい、瑞鶴さん。

そして、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

翌日、肉体と精神の再構成を終えた洋は、何時もと変わらぬ様子で横須賀鎮守府にて朝を迎えていた。

 

「御早う御座います。瑞鶴さん、本日も良き訓練日和ですね」

「おはよう、先生」

「ところで、瑞鶴さん」

「何? 先生」

「昨日の記憶が無いのですが、何か知りませんか?」

 

洋の質問に瑞鶴はどうしたものかと、首を鳴らしながら考える。

 

ーー素直に子供になってたとか言ってもね~?ーー

 

「瑞鶴さん?」

「あ~、えっとね、先生?」

 

二人で顔を見合わせ、首を傾げる。

ちらりと瑞鶴は洋の右手に目をやる。錫杖が握られている。出口は洋の背後、窓から飛び出しても格好の的になるだけ、いよいよ進退極まった瑞鶴。

 

もういっそのこと、素直に話そうとした瑞鶴だったが、一つの表示枠が飛び込み、それを止めた。

 

ほなみん¦『洋ちゃん、瑞鶴ちゃん。起きてる?』

おかみ¦『はい、御早う御座います。磯谷提督』

七面鳥¦『はいは~い、起きてるけど、どうしたの?』

ほなみん¦『ちょっと緊急事態? かな?』

 

詳しくは執務室で話すから、準備が終わったら来てね。

 

磯谷はそう絞め括り表示枠を閉じた。

瑞鶴と洋はまた顔を見合わせ、準備を始める。

 

「先生、何があったか分かる?」

「さて? 皆目検討が付きません」

 

瑞鶴は妙な胸騒ぎを覚え、情報を集めようと表示枠を開いた。

 

七面鳥¦『何があったか分かる人居る?』

約全員¦『分からない!』

七面鳥¦『わーお、朝から息ピッタリだよ!』

 

結局、何も分からなかった。

表示枠内では、北海鎮守府に出向している悪ガキ隊や北海鎮守府のメンバーを交えて推測が為されている。

 

ーーあれ?ーー

 

瑞鶴は気付いた。あきつ丸のH.Nが無い事に。

 

ーー決心がついたでありますからーー

 

瑞鶴は準備もそこそこに執務室屁と駆け出した。

何度呼び出しを掛けても、あきつ丸から反応が帰ってくる事は無かった。

 

瑞鶴は駆け、執務室の扉を蹴破る勢いで開けた。

 

「穂波! あきつ丸は?!」

「え? そこに居るけど」

「おやぁ? どうしたでありますか? 瑞鶴殿」

 

あきつ丸は執務室に普通に居た。普通に居て、茶を飲んでいた。

 

「居るじゃねぇかああぁぁぁぁっ!」

 

瑞鶴の雄叫びが朝の横須賀鎮守府に木霊した。

 




次回

「決して結ばれぬと解っていても、相手を想う事はいけない事なのでありましょうか?」

本格始動、あきつ丸ラブストーリー!

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