バケツ頭のオッサン提督の日常   作:ジト民逆脚屋

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まだまだ会議中!


秋津よ秋津、その羽飛ばせ

ついに判明したあきつ丸の想い人。しかしそれは、誰もが予想だにしなかった相手であった。

あきつ丸の想い人は、今期士官学校高等部に昇級した候補生であり、日本でも重要な役割を持つ御三家の一つ『(たかむら)』の子息『篁啓生(15)』だったのだ。

 

あきつ丸の隠された性癖に一同は驚愕を隠せず、犯罪だギルティだオッサンはセーフだと、騒ぎ始める。

だが、その騒動の中、磯谷が更なる爆弾を起爆させた。

 

ズーやん¦『待って!』

ほなみん¦『待った!』

ズーやん¦『ちょっと待って!』

ほなみん¦『待ってるって』

ズーやん¦『いや、そうじゃなくて、結婚式?! 神宮(しんのみや)と篁の?!』

元ヤン¦『大問題じゃねぇかそれ!?』

船長¦『まさか、御三家の政争に首突っ込むのか?!』

空腹娘¦『え? それ、どういう意味なんです?』

邪気目¦『いいか、吹雪。御三家には互いに深く干渉せずっつう約定があってな。特に、斑鳩(いかるが)と神宮は軍事と政治で住み分けをしてる訳だ』

元ヤン¦『過去に御三家同士の婚姻が無かった訳じゃねぇが、何れもが斑鳩と神宮の婚姻で篁は関わってねえんだ』

船長¦『篁はその両家の調停役でもあるからな。どちらか一方と関わりを深くする事は出来ねえ筈なんだが』

ズーやん¦『今回の婚姻は、その大前提が覆されて、御三家の関係が壊れかねない案件なんだよ』

空腹娘¦『つまり、篁さん家と神宮さん家が大暴走で斑鳩さん家がマジ怒プンプンカムチャッカファイヤー!になりそうって事ですね!』

ズーやん¦『うんうん、正解』

鉄桶男¦『いや、それでいいのかね?』

 

篁と神宮の婚姻には重大な問題がある。

御三家はこの国に古くからある家系であり、斑鳩と神宮が軍事と政治を司り、篁が両家の調停を行いどちらか一方に傾いた決定が為される事を防いでいた。

それ故、篁は両家どちらか一方に傾いた関係を持たず、常に中立の立場を貫いてきた。

しかし、今回の婚姻騒動はその大前提となる御三家の暗黙の了解を覆す事になる。

 

中立の篁が政治の神宮と深く繋がる。

軍事の斑鳩からしてみれば、面白くない事この上無い事態だろう。

 

だが

 

にゃしぃ¦『でも、なんでそんな明らかに問題がある事をするのかな?』

 

睦月の言葉に全員が首を傾げた。

 

ーーあれ? 確かに変だーー

 

篁も神宮も自分達が婚姻を結ぶという事が何を意味するのか、それが分からない訳が無いだろう。

なのに何故?

 

鉄桶嫁¦『確かに、変ですね』

鉄桶男¦『何か狙いがあるのか?』

元ヤン¦『仮にあったとしても、そりゃなんだ?』

邪気目¦『・・・ダメだ、情報が無さすぎる』

船長¦『あきつ丸。お前は何か知ってるか?』

蜻蛉玉¦『いえ、自分はこれ以上の事は何も知らないであります』

邪気目¦『穂波は?』

ほなみん¦『私も実は情報待ち』

船長¦『青葉待ちか』

 

木曾が溜め息混じりに呟き、会議の流れが止まる。

何をするにせよ、情報が少なすぎる。篁と神宮の狙いがまるで掴めない。

全員が少なすぎる情報を元に、各々の考察を進める中で、瑞鶴が口を開いた。

 

「ねえ、あきつ丸。この篁啓生だっけ? どんな風に出会ったの?」

 

後にあきつ丸は語る。

 

ーーええ、あれはもう、実に嫌らしい顔と口でありましたなーー

 

なんとかして、あきつ丸が避けようとしていた話題を、あろうことか磯谷穂波、横須賀悪ガキ隊が揃った場で馴れ初めを聞いてきやがったと、あきつ丸は焦った。

 

ーーこの、胸部平面「検閲削除」女が!ーー

 

内心毒づくも時既に遅し、あきつ丸包囲網は完成していた。

 

ほなみん¦『鈴やん鈴やん』

ズーやん¦『気になるよね~、ほなみん』

邪気目¦『確かに気になるな~』

元ヤン¦『あの鉄血の憲兵隊長が、まさかの正太郎コンプレックスだしな~』

空腹娘¦『睦月ちゃん睦月ちゃん、正太郎コンプレックスって?』

にゃしぃ¦『人生に迷いを無くしちゃった人達の事かな?』

船長¦『あきつ丸、諦めろ。言っちまえよ』

 

ーーおのれ、この「検閲削除」共が・・・!ーー

 

あきつ丸は諦めず、包囲網からの脱出を試みる。

 

ーー何か、何か手がある筈・・・はっ!ーー

 

狭まる包囲網の中、考えを巡らせたあきつ丸が行き着いた脱出路、それは

 

蜻蛉玉¦『五百蔵殿! こやつらを止めていただきたいであります!』

 

比較的常識人である五百蔵冬悟に助けを求める事だった。

しかし、五百蔵はそれに答える事は無く、沈黙したままであった。

一体何があったのか、その答えは木曾から発された。

 

船長¦『残念だったな、あきつ丸。叔父貴と榛名は今、町の水路に入り込んだアノマロカリス討伐に行ってる』

蜻蛉玉¦『なんでお前ら、仕事サボってるでありますかー!』

悪ガキ隊¦『非番、と言うか留守番』

蜻蛉玉¦『この「検閲削除」共がぁ!』

鉄桶男¦『いやぁ、申し訳無いね』

鉄桶嫁¦『冬悟さん! 8時の方角で何か動きました!』

鉄桶男¦『え?! って、またお前らか!』

横須賀¦『失礼致します。鉄桶男 様並びに鉄桶嫁 様が退室されました。アノマロカリスと同時にジラの襲撃が九割九分九厘の確率であったと思われます。承認しますか? はい/いいえ』

 

全員が「はい」を押し、あきつ丸包囲網を更に狭める。

最早、あきつ丸には逃げ場は存在しなかった。

しかして、あきつ丸はただやられるを良しとせず、必死の抵抗を計る。  

 

「そ、そう言えば・・・「そういうのいいから」・・・ガッデム!」

 

しかし、回り込まれてしまった。

矢尽き刀折れ弾薬尽きて砲身は曲がり落ちた。

最早これまで、あきつ丸は覚悟を決めた。

 

「・・・あれは、講演の為に士官学校を訪れた総長殿の送迎をする為、車外で待機していた時でありました」

 

ふと、視線を感じそちらに目をやると、如何にも士官候補生と言った出で立ちの彼が居たのでありますよ。

候補生は全員、講堂にて総長殿の講演を聞いている筈。そう思いその彼に話を聞くと、どうやら彼は軽い虐めにあっていた様で、講演に参加する為の書類を隠されてしまったのであります。

 

ああ、虐めと言っても明確にそう言った単語が出てきた訳では無いでありますよ。話を聞いた自分の予測であります。

 

それでまあ、士官学校の教官に話をして、彼も総長殿の講演に参加する事が出来たのでありますよ。

それからでありましたな。彼と度々出会う様になったのは。

 

おっと、一つ言っておくでありますが、この時はまだ彼の名前も知らなければ、想いも抱いていないでありますからね。

ええ、只の士官候補生、それも頼り無い頭でっかちで軍人に憧れを抱いている、よく居るありふれた士官候補生としか。

 

「次に会ったのは、何時でありましたか。ああ、これも総長殿の送迎でありましたな」

 

その日は、士官学校の視察が目的でありました。

総長殿は士官学校等の教育機関に多額の出資をなされているでありますから、その金銭がちゃんとした目的の為に使われているか、定期的にかつ突発的に視察に向かうのであります。

 

件の士官学校に、総長殿が到着した時の教官共の慌てようと言ったらなかったでありますな。

それで、総長殿が視察を行っている間、普段と同じ様に待機していたら、また彼に出会ったのであります。

 

一体何をしているのか?

その日は学業が休みだった様で、体力作りの走り込みをしていた様でありますが、自分から見てみれば走り込みと言うよりは、只のランニング、それも趣味の域を出ていないものでありました。

とても訓練と呼べる代物ではなかったであります。

 

「それで、あまりに見かねたあきつ丸が訓練をつける事にしたと」

「まあ、概ねはそういう事になるであります」

 

自分も最近は提督殿が大人しく捕まるので、暇が出来ていまして、空いた時間に彼の訓練を見る事にしたのでありますよ。

その時でありましたな、彼の名前を聞いたのは。と言っても、その時は母方の姓を名乗っていたでありますが。

 

それで、軽い試験をしたのでありますが、結果は惨憺たる結果でありました。

これでよく、士官学校の入学試験を通れたと疑うレベルで体力が無かったのであります。

しかし、体力は無くとも技はあったようで、剣道の試合をすれば、十本に一本は危うい場面があったでありますよ。

まあ、それでも体力が無さすぎたので、まるで意味の無い事でありましたなぁ。

それでも、諦めず腐らずに自分に向かって来る様は好感が持てたでありますよ。

 

「それで、日を追う毎にって?」

「うむ・・・まあ、そういう事でありますなぁ」

 

物の好みを聞かれたり聞いたり、色々と話をしたものであります。

しかし、彼には好きな者が居たのでありますよ。

 

そして、彼の本当の名前を知ったのであります。

 

「それが、あの決心がついた、なのね?」

「そうでありますよ。瑞鶴殿」

「どういう事?」

「篁啓生には好きな相手が居る。だけど、今回の婚姻はその好きな相手じゃなくて、神宮の次期当主って事よ」

「もっと言ってしまえば、両人共に望まぬ現当主同士が決めた婚姻なのであります」

 

篁啓生には好きな相手が居る。神宮三笠も今回の婚姻を望んではいない。

なら、あきつ丸は何を望むのか。

 

ズーやん¦『・・・あきつ丸はさ、その彼に告白したいの?』

蜻蛉玉¦『しないであります』

ズーやん¦『でもさ、好きなんでしょ?』

蜻蛉玉¦『自分でもどうかしているでありますが、好きなのであります』

船長¦『なら』

蜻蛉玉¦『くどいであります!』

 

あきつ丸は叫んだ。付き合いの長い横須賀組が驚く程に、彼女は初めて見せた激情に任せて叫んだ。

 

「なら、どうすればよかったのでありますか! 自分は只の一介の艦娘に過ぎず、相手はあの御三家! 自分如きがその様な勝手な真似をすればどうなるか、分からぬ訳ではないでありましょう!」

「あきつ丸」

「叶わぬ恋、ほんの一時一瞬に見られた夢物語。そう思えば、耐えられるものであります」

 

言い切り、目を伏せたあきつ丸。

自分如きが想いを告げる訳にはいかぬ。

告げればどうなるか、自分だけでなく周りにも糾弾が及ぶかもしれぬ。

ならば、自分は想いを胸に秘め、一時の夢物語を見れたと想い出を片隅に飾り、時折思い出そう。

それでいい。自分は一介の艦娘、高嶺の花を見る事が出来た。自分はそれで満足だ。

 

しかし、出来る事なら、望めるものなら

 

「・・・せめて、彼には愛する者に自分の想いを告げてほしいのであります。決して結ばれぬ恋であっても、せめてその想いを告げる事位は許されてほしいのでありますよ」

 

愛する者には自分と同じ道を歩まないでほしい。

それは決して叶わぬ恋と望みであった。

 

そう、尋常では叶わぬものである。

尋常では

 

紅茶姉¦『よくぞ、言いマシタネ。あきつ丸』

 

尋常では叶わぬもの。しかし、その叶わぬものを叶える者が居た。

その名は、横須賀鎮守府艦隊総長、豪運の金剛。

 

蜻蛉玉¦『そ、総長殿?』

紅茶姉¦『申し訳ありマセンネ、あきつ丸。貴女の決意を聞きたかったノデスヨ』

七面鳥¦『総長、どういう事?』

紅茶姉¦『今回の婚姻は少々、込み入った事情がありマシテネ、私もどうするか考えていたノデスヨ』

ほなみん¦『と言うと、金剛ちゃん』

紅茶姉¦『ええ、少し種明かしといきマショウ』

 

あきつ丸、貴女の望みを叶えマショウ。

表示枠の向こうで金剛が笑った。




次回?

ズーやん¦『天龍、参考までに聞きたいんだけど、御三家の近衛に勝てる?』
邪気目¦『無理だな。一般近衛なら勝てるが、エースや団長クラスには、総長や副長クラスじゃねぇと』

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