「〝魔王〟」
『どうしたよ? 〝死神〟』
「動きがあった」
『ハッ、漸くか』
「ああ、始めよう」
白と黒、二つの影が外洋を進む播磨の街並みに消えた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
近衛の警護体制が妙だ。
天龍は警戒する。この式場には、各界の重鎮が集まっている筈なのに、やけに警護が薄い。
式場だから表に出ていないと言われればそれまでなのだが、暗殺防止の話を持ってきた御三家にしては不用心だ。
それに、あきつ丸と瑞鶴、磯谷が見当たらない。連絡を入れようと表示枠を開こうとしても、表示枠が開かない。
ーーこれは、やられたか?ーー
天龍は警戒するが、近くに居る霧島に至っては既に戦闘体制に入っている。はっきり言って頭おかしいとも思う。
「どうしたよ、天龍」
「あ? ああ、面倒な事になりそうだ」
「どうだ?」
「明らかに薄い警護、まだ始まらない式」
「聞くんじゃなかった」
「ま、何も起きない事を祈ろうや」
天龍は摩耶と話しつつ、現状を組み立てていく。
薄い警護
開かない表示枠
行方不明の三人
いまだ始まらない式
明らかに何かある。どうするべきか、天龍の脳内では緊急会議が行われた。
警護が薄い理由
超巨大人工島〝播磨〟という特殊な環境、もし何かやらかす輩が現れても、逃げるのは容易ではない。近衛師団に勝てるなら話は別だが、そんな輩はそうそう居ないし、こんな所でやらかす理由が無い。
泳がせる?
違う。それでは事が起こった時、原因は警護が薄かったからとされて、近衛師団の沽券に関わる。
表示枠が開かない理由
自分達が使っている表示枠は、横須賀鎮守府技術担当の夕石屋の二人が組み上げた横須賀ネットワークでのみ繋がっている。
そして管理は、同じく二人が組み上げた横須賀ネットワーク制御用独立OS〝横須賀〟が行っている。
そこに介入するには、横須賀鎮守府か横須賀ネットワークに関わる必要がある。
だが、横須賀ネットワークはまだ公には発表していない。
よって、横須賀ネットワークに干渉は不可能に近い。
行方不明の三人
これが分からない。あきつ丸と瑞鶴は一緒に行動しているのは見たが、磯谷が分からない。
というか、あれはフリーダム過ぎる。大方、興味を引くものを見付けて、あっちにフラフラこっちにフラフラして迷ったのだろう。
そうでないなら、答えは簡単。
殺られたか、捕まったかだ。
あきつ丸も瑞鶴も手練れだ。何かある前に逃げるくらいは出来るし、相手もこんな場でいきなり行動に移すとは考え辛い。
磯谷はアホだから死にはしてないだろう。
何をしているかは知らんが、男か女の尻でも追っ掛けてるに決まってる。
式がいまだ始まらない理由
単純に考えて、篁啓生と神宮三笠の身に何かあった。
だがその場合、間違いなく近衛が動くし、近衛が警護をしくじるとも思えない。
しかしそうでないなら、最悪の事態が予想される。
近衛の中に獅子心中の虫が居る。
近衛に裏切り者が居るなら、警護に就く振りをして後ろから刺せばいい。
そして話は飛躍するが、行方不明の三人に罪を擦り付け、消せばいい。
死人に口無しが成立する。
だが、それだと裏切り者は一人では済まない。
必ず複数人居る事になる。
そして、その場合は自分達も危険だ。
同じ鎮守府と近しい関係、疑われて裏切り者に消されるし、あの磯谷はあれでも中将だ。海軍にも影響が出る。
最悪だ。恐らく、この絵図を描いたのは御三家の何れかだ。
嵌められた。天龍は内心で頭を抱えた。
場合によっては、篁啓生を諦めて播磨から逃げる事も視野に入れねば、間違いなく全滅する。
「お飲み物をどうぞ」
「ああ、これは有り難う御座います」
悩む天龍がふと横を見れば、五百蔵がウェイターからグラスを受け取っていた。
ーー呑気だなあ、オッサンーー
今の状況に気付いている筈なのに、五百蔵は呑気に榛名とグラス片手に話をしている。
緊張感が無いのは今に始まった話ではないが、もう少しなんとかならないものか。
和やかに榛名とグラスを傾ける五百蔵を見て、あまり緊張感を持ちすぎても仕方ないかと、天龍は溜め息を吐いた。
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どうするべきだったのか。
何を言えば良かったのか。
あの時、自分は確かに何かを出来て、何かを言えた筈なのに、何も出来ず何も言えなかった。
そうだ。逃げたのだ。
見たくない現実から、認めなくない現実から、あの時自分は逃げたのだ。
だが、時が経つにつれて後悔が身を焼き、振り返る事も怖くて出来なくなった。
「あきつ丸、さん?」
「・・・啓生殿」
だが、そう、だが、だ。
その想いに焼かれ、焦がれ、憧れになった。
そうなってしまえば、最早どうする事も出来ない。
焼き尽くされ火を立てる事も出来ない炭屑になるか、立ち上る火に向かい飛び立つ秋津となるか、だ。
そして、自分が選んだのは、例え焼き尽くされるとしても、その燃え上がる火に向かい飛び立つ秋津となる事だ。
「啓生殿、自分は」
「御待ちを」
前へ進み、篁啓生へと歩むあきつ丸。しかし、その歩みを阻む者が現れた。
紫の強い群青色に染まった刃の如く鋭い装甲、背に背負った分厚く反りの深い二振りの長刀、腰部両横一対の〝跳躍器〟。
近衛師団団長〝荒谷芳泉〟が専用装備を纏い、二人の間に立ち塞がった。
「荒谷さん」
「若様、御下がりを。・・・横須賀憲兵隊長も」
「ほら、あきつ丸もこっち来なって」
「しかし・・・」
「しかし、じゃないの」
瑞鶴は抗うあきつ丸の手を引き引き寄せる。
ーーあっぶなー!ーー
正面、荒谷の背部にある長刀の柄が肩上に倒れていた。
あのまま、あきつ丸が一歩でも篁啓生に近付けば、そのまま斬るつもりだったのだろう。
ーー上等やってくれるじゃない・・・!ーー
自分達より高い〝機動殻〟の頭身に合わせた長刀、例え艤装を展開していても、装甲の薄い瑞鶴とあきつ丸では一堪りもなく、唐竹に割られて終わりだ。
「あきつ丸さん、僕は・・・」
荒谷の背後、篁啓生がその少女と見紛う紅顔を歪ませて何かを一瞬言い淀み、そして
「あきつ丸さん、僕は篁です」
決別の言葉を放った。
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「て、鉄腕ちゃん!?」
式場で配られた酒を呑もうと、五百蔵と榛名がグラスを傾けた瞬間、いまだ不調の吹雪の格納空間から鉄腕ちゃんが飛び出し、二人の手からグラスを叩き落とした。
騒然となる式場、着地した鉄腕ちゃんは荒ぶる鉄腕ちゃんのポーズで周囲を威嚇する。
「あたた、一体何がどうなって?」
威嚇する鉄腕ちゃん、唖然とする横須賀北海組。
何がなんだか分からないが、兎に角鉄腕ちゃんの威嚇が凄まじい。もし声が出せたなら〝シャーッ!〟とでも叫んでいそうな剣幕で威嚇している。
「コラ! 鉄腕ちゃんダメでしょ! 大人しくしなさい!」
吹雪が強く諭すが、威嚇の勢いは一向に治まる気配を見せない。
どうしたものかと吹雪は頭を悩ませる。普段から中々にフリーダムな鉄腕ちゃんだが、ここまで言う事を聞かないのは初めてだ。
何故を考えているのか、意思表示はボディーランゲージならぬアームランゲージで行う。
吹雪は今までの経験から、鉄腕ちゃんが今までに無い程怒っているという事が分かる。
〝シャーッ!〟が〝キシャーッ!〟に変わった。
一体何故、ここまで怒っているのか。
「一体、何の騒ぎですか?」
「あ、すみません。ちょっと私の艤装が」
「艤装? ああ、成程。横須賀鎮守府並びに北海鎮守府の皆様ですね? 私、神宮三笠様の使いで神宮近衛師団団長の神通と申します」
御嬢様が皆様をお呼びですので、私に付いて来てください。
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鉄と鉄がぶつかり軋む音が聞こえる。
群青と朱色、二体の鉄兵がぶつかる。
「何やってんですか?!」
「貴様は確か〝死神〟の・・・」
「篁近衛師団隊士仁田善人です! 何故、客人と若様に刃を向けるのですか?!」
荒谷団長!
若武者が吼えた。
鉄腕ちゃんが飛び出した理由?
〝中の子〟がそういう世界線を見たから