艦娘たちと無口提督   作:andersen

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第一章

 艦娘の朝は早い。

 

 

 艤装を展開していなければ一見普通の女性と区別の付かない彼女らも軍属であり一兵士である。休日でもなければ一日のほとんどが訓練や出撃でスケジュールは埋まっている。朝に惰眠をむさぼってそれらを疎かにするなど論外であり、へたをすればそれが自らを、延いては鎮守府を危険にさらすことになる。そのため多くの艦娘たちは早起きをするのだが、その中でも特に、秘書艦の任についているものはより早く起床しなければならなかった。提督の一日のスケジュールの管理をし、執務も補助するのであるから当然であるが、その最たる理由は提督にその日の任務等が大本営から通達されるのが朝5時であるためである。秘書艦はこの書類を鎮守府の門で受け取り提督に渡さなければならない。よってそれに伴って起床時間も早まる。夜間哨戒等を除けば鎮守府が本格的に稼働し始めるのは朝7時ごろから。はっきり言ってかなりの時間的開きがある。しかし、多くの鎮守府で艦娘たちはこの時間を提督との交流時間として大いに歓迎しており、秘書艦という役職は人気であった。

 

 しかし、それはどうも今提督室に向かっている彼女の場合においては違っているようである。時刻は朝の5時少し前、少し前に上がり始めた太陽の光に照らし出された女性。少し丈が短いのかへそが出ているクリーム色に緑のラインが入ったセーラー服、背中まで伸びた茶髪が美しい。微笑めば花が咲くような可憐な美しさを持つ彼女であるが、その表情は暗く、そしてかなり不機嫌そうであった。

 

 「はあ……、憂鬱だわ。」

 

 思わずといった様子で漏れたため息とともに彼女はそう一人ごちた。早朝ということもあり周りに人気はない。ふと漏れた声は誰に聞き届けられるでもなく消えていった。とぼとぼと向かう先は提督室である。彼女が今日の秘書艦を務めることになっているからだ。本来、彼女は秘書艦の任についたからといってもここまで落ち込みはしない。普段から大好きな人への愛を爆発させている彼女であるが、時々暴走しつつも任務に関しては問題なく全うする。それどころか少し硬い面まで見せるほどである。だが彼女の足取りは重い。もちろん遅刻するような速度ではないのだが、ぎりぎりまで提督室に向かいたくないという感情が重りのように巻き付いて、気分は引っ立てられた罪人である。

 

 しかし現実として提督室までの道のりが変わるはずもなく、彼女の目の前には提督室と掲げられたドアが存在していた。大きくため息を付いた後、意を決したように表情を引き締めるとドアをノックする。

 

 「提督、大井です。」

 

 すると中から短く入れという声がかかった。「失礼します。」扉を開き入室する。殺風景な提督室だ。提督専用のものと秘書艦用の執務机、応接用の簡素なテーブルとソファくらいしか置かれていない。それもどうも着任時に支給された最低限のものなのかそれほど良いものであるようには見えない。ほかの鎮守府ではジュークボックスやバーカウンター、黒板に教室机、果ては温泉から床の間まであるところもあるというのだから、その様ははっきり言って少し異様といってよかった。本来ならこういったところにその鎮守府の提督らしさというものが少なからず出るのである。

 ましてやここは出来たての鎮守府でもなければ規模もそれなりである。資金が無いなどというはずもなかった。だがこの部屋の主は気にした様子もなく提督用の執務机に収まっている。二十代後半といった青年である。精悍といって差し支えない顔であるが、いかんせん表情がない。提督用の白い軍服を隙なく着ていることも相まって他人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。大井はこの提督が少し、いやかなり苦手であった。どうにも人間味が感じられないというか、得体のしれない感じがする。何を考えているのかわからない。先ほどまでの暗い表情はこの提督を苦手とすることからでもある。

 

 「おはようございます。提督」

 

 しかし、大井はにこやかに挨拶した。彼は一瞥をくれるとややあって、短くおはようと返す。こちらにもあまり感情は感じられない。またそれ以降は何もなく、手元の書類に目を落としている。

 

 そう、すでに書類を持っているのだ。本来であれば朝の挨拶の後に秘書艦が大本営から送られてきた書類を提督に渡すはずである。しかし彼はすでにそれを持っているのだ。これは大井が職務を怠ったというわけではない。

 大井は当然起床して準備を終えた後、余裕を持って鎮守府の門まで書類を受け取りに行っている。だが、大井が受け取りに行った時にはすでに書類は受け渡された後だった。

 書鎮守府への書類は配達を専門にする妖精さんによって行われるのだが、それぞれの鎮守府の距離が近いわけでもない。その上兼任すればどうしても配達に差が生まれてしまう。平時ならばかまわないが有事に備えて鎮守府につき一人専属の配達員がいるのだ。だが今は平時であり配達を終えた妖精さんは急ぐこともなくその場でのんびりしていることも多い。大井はこれに出くわした。妖精さんに朝の挨拶とともに労いの言葉をかけたのだが、それに妖精さんが「オハヨウゴザイマス。デモワタシハヒトシゴトオエテイップクタイムナノデス」などと返したことで書類の受領が完了していることを知ったのだ。とはいえこれは特に珍しいことではなかった。というよりこの鎮守府に着任して秘書艦の任に初めて就いた時から毎度のことである。この提督は他にも任せればよいような仕事を自分でしてしまうきらいがあった。

 

 「どうした?座らないのか」

 

 声を掛けられハッとする。考え事が過ぎた。挨拶を終えたまま突っ立ていたらしい。動かないこちらを不審に思ったのか。といっても手元の書類を処理する手は止まらず。こちらを見ているわけでもない。彼女は内心悪態をつく。誰のせいだと思っているのか。いやもしかすると少し漏れていたかもしれない。

 

 「ありがとうございます提督。ですが少し進言したいことがありまして」

 

 にこやかな笑みを少し引き攣らせながら執務机に近づく。すると漸く彼は顔を上げた。こちらの心情を見透かすような、それでいてこちらのことなど見ていないような視線だ。怯みそうになるのを、秘書艦としての義務感によって必死にこらえる。

 

 「大本営からの書類を受け取るのは秘書艦の役目です。提督はこちらでお待ちいただきますよう何度も申し上げたと思うのですけど」

言葉遣いは丁寧だが端々にいら立ちが見て取れた。そんな彼女に対し向けていた視線を再び下げた彼は「大丈夫だ、問題ない。」とこぼしただけである。

 

 

 何が大丈夫だ。大丈夫じゃないから言っているのに。大井の顔に赤みが差す。体が沸騰した様な怒りを覚えた。毎度のように進言しているにもかかわらず相手は今回もどこ吹く風だ。提督としての威厳や秘書艦としての任務の重要性、上下関係の明確化など理由をつけて説得しようとしてもいつもこれである。他の艦娘たちも同じようなことを言うものもいるようだがこの様子を見るに実っていないのは確実だった。

 今日こそはとその後も説得を続ける。しかし提督に響いた様子はない。せめてこちらを見ろと思い語調に熱がこもるが空虚さが強まるだけであった。ふと提督室備え付けの時計を確認するとすでに5時の中頃を回ってしまっている。これ以上執務を遅らせるのは大井としても本意ではない。

 

 「では提督、今後は秘書艦にお任せいただきますよう、よろしくお願いしますね。」

そう締めくくった大井に対し「検討しておく。」と彼は短く返した。手が止まった様子はない。まったく成果が得られた手ごたえの無いことに不承不承大井は艦娘用の席につく。ふと机の上を見る。これまた自分の来る前から机に割り振られていた書類。すでに微笑みとは言えない表情を浮かべ、大井は書類の処理を黙々と開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ……」

 

 現在は昼時、場所は鎮守府の食堂である。時間も時間であるので当然込み合っているのだが、彼女の座るテーブルの一帯はにじみ出る負のオーラゆえか誰も座っていない。それを気にした様子もなく大井はテーブルに突っ伏していた。テーブルがひんやりして気持ちいい。最近ため息が増えたように感じる。これが愛する彼女に対するものなら問題ないのだが、そうではない。気が滅入るだけのため息だ。そんな時、彼女に話しかける女神が降臨した。

 

 「だいじょうぶ~?大井っち~。元気ないじゃん。」

そう大井を気遣いつつ隣に腰かけた少女は彼女と同じデザインの服を着ている。こちらの少女は長い黒髪を三つ編みにしていた。

 

 「北上さん!」

 

 それに応えるようにして大井は瞳を輝かせる。女神が現れたのだ。テーブルに突っ伏しているわけにはいかない。先ほどまでの憔悴ぶりが嘘のような回復ぶりだ。当然である。大井にとって彼女こそがこの鎮守府の唯一の救いといっても過言ではないのだ。しかし、北上さんに気遣ってもらえたのはうれしい。でも同時に心配させてしまった。おのれ提督。再び大井のなかで提督に対する不満がむくむくと頭を上げた。黒いオーラが立ち上る。いや、落ち着け。これ以上北上さんを心配させてはいけない。頭を冷やそうと再びテーブルに突っ伏す。傍目に見てかなり不審であるが北上は気にした様子はない。というより今の大井の状態を見て何かをを察した様であった。

 

 「あ~、そっか。大井っち今日秘書艦だっけ?昨日から言ってたもんね~。お疲れさま。」

そう労いつつあたりを見回した北上はやっぱりか、という表情をした後大井に尋ねる。

 

 「提督はやっぱり提督室?」

 

 大井が無言で首肯する。北上は苦笑しつつ元気づけようと大井の肩を優しくたたく。

 

 「まあまあ、とりあえずなんか食べようよ。おなか空いてたら余計気が滅入っちゃうって。」

大井がまた無言で首肯し立ち上がる。これまた苦笑いの北上が大井の手を引いた。とりあえず食券を買わなければならない。今回はいつもよりちょっと重傷だ。これは後で間宮さんのところに行ってアイスでもご馳走しなければダメかな。などと思いつつ北上は大井の手を引いて食券機まで歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わらず食堂。二人の前にはカレーが置かれている。今日は奮発して”特製”間宮カレーだ。何が違うか?決まっている。ただでさえ美味しいのに間宮さんが特製と銘打ったものなのだ。はっきり言って別物と言っていい。その代わりにお値段も別物だが。そんな益体の無いことを考える。愚痴を聞くにしても相手が話してくれなければどうしようもない。それに話を聞くにも体力は必要だ。特製カレーに舌鼓を打つ。うん、やっぱりおいしい。これなら大井も愚痴れるくらいには回復するだろう。隣で食べている大井も今は笑顔だ。ふとその向こうに自分たちと同じ特製カレーを食べている赤城と加賀が目に入る。トッピングが同じだから同じもののはずだ。量が明らかにおかしいが。毎度思うのだがあれはどこに入っているのだろう。質量保存の法則とは何だったのか。これが艦娘の神秘か。なんて馬鹿なことを考えている内に大井はもうカレーを食べ終わりそうだ。食べながら話を聞くわけにもいかないだろう。食べるペースを上げた。

 

 

 

 食事を終えて一息つきながら訊ねる。「どう?大井っち。ちょっとは元気出た?」

 

 「はい、ありがとうございます。北上さん。」

さっきの状態を思い出したのか大井は少し顔が赤いが笑顔である。

もういつもの大井だ。北上は安心したように微笑む。それからは今度の休日はどこどこに行こうだとか、大井が新しい料理を覚えたから食べてほしいだとか何気ない話を楽しんだ。

 

 しかし、楽しい時間はすぐに過ぎてしまうものでもう昼休みが終わる時間だ。北上も今日はこの後演習に行くことになっている。また暗い表情になりそうな大井に、今度間宮さんのところのスイーツを奢る約束をする。少し元気になった大井を提督室へと送り出した。

 

 

 まったく、あの提督は秘書艦の感情面にももう少し気を配ってほしいものである。演習のために出撃の準備に向かいながら提督について考える。そこそこの規模であるこの鎮守府を問題なく運営しているのだから、提督としての能力は問題ない。確か階級は大将であった気がする。

 しかし、艦娘からの評価は意見が分かれるところだ。好意的なものはかなり少数派である。ちなみに北上も否定的ではないにしろ好意的とは言えなかった。大井のようにその行動に怒る者。冷たい雰囲気から苦手としている者。様々いるが、それらをまとめて大きな部分にこちらにあまり関わろうとしてこないことがあった。理解できないものは否定の対象にされやすい。

 先ほどの昼休みもそうだ。秘書艦を食堂に送り出して自分が食べに来ることは滅多にない。いつも提督室で食べている。それも自作のお弁当。秘書艦の時に覗き見たが普通のお弁当だった。鳳翔さんのお店で間宮さんが提督が食堂に来ないと珍しく愚痴っていたので印象的だったのでよく覚えている。少し穿った見方だが間宮さんの料理をわざわざ弁当まで作って食べたくないのか邪推するものまで出る始末。他にも例を挙げればきりがない。提督は基本提督室から出てこない。出てこなければおのずと交流の機会は減る。その分理解されない。提督にその気が無い様なので当たり前だが。今では「提督は自分たちを信用していないのではないか。もしくは艦娘というものを恐れているのではないのか」なんて噂まであるとかないとか青葉が言っていた気がする。彼女は彼女で提督をパパラッチしようとしたらいつの間にかいなくなっていたなどと愚痴っていたが。まあ普段の態度からして提督が艦娘を恐れているなんてことはないだろうが。にしてももう少し歩み寄ってくれてもいいと思うんだけどな。

 

 そんなことを考えていると目の前には出撃ドック。中に入るとまだ全員はそろっていないようだ。さて、ただでさえ防御力はないのだ。気が散っていては避けられるものも避けられない。いくら演習とはいえ当たれば痛いのだ。できれば当たりたくない。そんなことを考えて、北上は演習に向けて思考を切り替えた。。

 

 

 




少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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