こまけぇことはいいんだよ!と広い心でご覧ください。
一夏は己の無力を噛み締めていた。
第2回モンド・グロッソ決勝当日。千冬姉の応援に来ていた一夏は何者かに誘拐され、地面に転がされていた。
用を足して会場へ戻ろうとしたとき、後頭部に衝撃を感じて、そのまま意識を失った。気が付いたときには両手両足を拘束されて猿轡を噛まされ、目隠しに耳栓までつけられていたのだ。全く、ただの中学生にご大層なことだ。現実離れした状況に、恐怖すら忘れて笑いそうになってしまう。
何とか脱出できないかと懸命にもがいてみるが、縛られているロープは緩む気配すらない。大声を上げようにも猿轡が邪魔をして、小さなうめき声を上げることしかできなかった。
それでも諦めずに芋虫状態で悪戦苦闘していると、ふいに耳栓を外された。全く気が付かなかったが、近くに誰かいたらしい。目隠しと猿轡を外しながら、声をかけてくる。長身に茶髪の女性だった。
「ククク……頑張るじゃねえか、ガキ。こちとらくだらねぇ仕事掴まされて退屈なんだ。俺の暇つぶしに付き合えよ」
嗜虐に満ちた表情で酷薄に笑いながら、一夏を見下ろしていた。状況が違えば綺麗な人だと思ったのだろうが、誘拐犯とその被害者の関係では、恐怖しか感じない。目をそらして、周囲を見回す。
窓が1つもない、薄暗い大きな部屋だった。転がされている一夏とこちらを見下ろしている茶髪の女性以外には誰もおらず、そして何もなかった。生活感の欠片もない。どうやら「そういう目的」の部屋らしい。
これでは、気を失ってからどれぐらい時間が経っているのか、全くわからない。もう決勝は始まっただろうか。それとも既に1日以上経過していて、大騒ぎになっているだろうか。心の中で千冬姉に謝りながら、ニヤニヤと嗤う女性を見上げた。
「思ったより冷静じゃねぇか、クソガキ。みっともなく泣き喚いて、おねえちゃんたすけてーとでも叫べよ。もしかしたら助けに来てくれるかもしれねぇぞ? クックックッ」
やはり誘拐犯は、俺を千冬姉の弟だと知っているようだった。そりゃそうだ、それ以外に自分を誘拐するような価値など、どこにもない。何が目的なのかはわからないが、千冬姉に迷惑をかけることだけは間違いないようだった。
「……俺は絶対にここから逃げ出して、警察に通報してやる。お前たちは捕まって、2度と刑務所から出てこれなくなるぞ」
内心で怯えながら、精一杯の虚勢を張って相手を睨む。そんなことできるはずがないと分かっていたが、心まで負けてしまうわけにはいかなかった。
女性は表情を歪ませながら、凄絶に嗤う。
「いいねいいねェ。ビクビクしてるのがまる分かりなのに、口先だけはいっちょまえだ! 男の子はそうじゃないと、な……っ!!」
腹を思いっきり蹴られた。あまりの痛みに声を上げることすらできず、無様に地面を転がる。
げほげほと咳き込みながら、それでも女性を睨むことはやめない。それが一夏にできる、唯一の抵抗だった。
「ハァ……しらけるぜ。無抵抗のガキをいたぶったところで、楽しくともなんともない。あのクソ野郎、何がブリュンヒルデの抑えとして、だよ。ただのお守りじゃねぇか。暇つぶしにもならねぇ」
悪態をついた女性はそれきり一夏に興味を失って、唯一の扉へと向かっていく。その背中を睨みつけながら、一夏は己の無力を噛み締めていた。
既存の兵器を全て旧式にしてしまうほどの圧倒的な性能を誇るマルチフォーム・スーツ、IS。
元々は宇宙空間で活動するために製作されたらしいが、現在では軍事転用されて各国の抑止力となっていた。
そんなIS乗りの中でもトップクラスの乗り手である
対して自分はどうだ?
織斑千冬の弟というだけで他に何の取り柄もない、一般的な男子中学生。多少は剣道の心得があるが、それだけだ。ISに対抗など、どう転んだところでできるはずがない。
手足を縛られてみっともなく地面に這い蹲り、誘拐犯を見上げることしかできない、ただの
悔しかった。ただただ、悔しかった。
女性にしか乗れないISの特性で女尊男卑の社会へとなった今では、「男らしく」などと言っても鼻で笑われるようになってしまった。
全ての女性がそうという訳ではないが、男を見下す女は多い。
一夏は声を大にして言いたかった。女性だから、男性だからなどという理由で、人間の優劣などつかないのだ、と。
しかし、厳然たる事実として、ISは女性にしか操ることができない。それだけは、覆しようがなかった。
力が欲しい。唯々、力が欲しい。
ISに勝てるぐらい、とは言わない。目の前の誘拐犯に見下されないだけの、力が欲しい。
遠くなっていく女性の背中を睨みながら、一夏は思った。
そして、それはやってきた。
扉へと向かっていた長身の女性が、おもむろに右を向いた。一夏にはただの壁が見えるだけだったが、長身の女性――オータムが操るISのハイパーセンサーは、高速でこちらに向かってくる物体を正確に捉えていた。
このタイミングで、この場所にやってくる。偶然のはずがなかった。ここは郊外の山奥なのだ。明確な目的でもない限り、近づくものは皆無である。
オータムは凶悪な笑みを浮かべながら、すぐさまISを展開する。8本の禍々しい装甲脚が一際目立つ、蜘蛛型のISだった。
轟音。
壁の一部と天井が崩れ、一夏は振動と共に床を転がった。全身の痛みに耐えながら目を開くと、目の前に瓦礫が落ちてきた。もう少し位置が悪かったら、鉄分を豊富に含んだサンドイッチが出来上がるところだった。現実逃避しながら舞い上がった埃に咳き込んでいると、それが視界に飛び込んできた。
全身の装甲を暗い緑一色でペイントした、全長7mほどの巨大な人型兵器。オータムの蜘蛛型ISと比べても、なお大きい。シールドエネルギーのおかげで全身を装甲で覆う必要がないISと違って、それはまさに鉄の塊だった。左腕にアサルトライフル、右腕には建物の壁を切り裂いたと思われるブレード。機械的な目を赤く光らせながら、内部を窺っている。
一夏とオータムは、その姿に見覚えがあった。
「……
ISに対抗するために各国が造り出した人型兵器の、歪な模造品の1つ、アーマード・コア。
元々は人型の作業用機械だった
一時期はISに対抗する新兵器!などと囃し立てられて関連の雑誌に紹介されたが、機動力の面で慣性制御を行うISには到底及ばず、鉄の棺桶と散々馬鹿にされて忘れられていった、そんな機体だった。
「おい! おいおいおい! てめぇ正気か!?
堪え切れない、というように大笑するISに、ACの光り輝くレッドアイが向けられる。一夏にはそれが、獲物を前に飛びかかろうとする、獣の目のように見えた。
「……
意外なことに、年若い男の声だった。一夏は呆然とACを見上げながら、どこかで聞いた覚えのある声だ、と感じていた。
どこで聞いた声だっただろう。そう昔ではない。そう、少し前に聞いたような……
その声を聞いた途端、オータムは表情を笑い顔から一転させ、ACを刺すような目で睨みつけた。
「てめぇ……どこで知った?」
亡国機業の名は良い。裏に生きる人間ならば、知っている者は知っている。その程度だ。
しかし、ISの名まで知られているのはおかしい。商売柄ISを展開することは多々あるが、わざわざIS名を吹聴して回る趣味はない。
どこの組織の人間だ、と問おうとしたところで、ACが爆音と共に急加速し、左腕に構えたアサルトライフルを眼前に迫ったアラクネに向けた。
「なっ……!?」
オータムは驚愕の声と共に回避を試みる。すぐさまACが直角に曲がるかのように機動を変化させ、こちらに追従してきた。その間、アサルトライフルの銃口は全くブレることなく、オータムを捉え続けていた。常軌を逸した戦闘機動だった。
――ACのくせに速すぎる!
瞬時に亜音速まで加速できるISと違い、ACはどんなに速くともせいぜい時速400km程度が限界だったはずだ。慣性制御を持たないACでは急な加速に搭乗者が耐え切れず気絶してしまうので、ISに匹敵するような動きなど、どう足掻いてもできるはずがなかった。
しかし現実として、目の前のACはありえない動きをしている。
オータムは驚愕しながらも冷静にISを操り、回避運動と共に蜘蛛の糸をACの持つアサルトライフルに向けて射出した。
ACがアサルトライフルを発砲するが、ISのシールドエネルギーに阻まれてダメージは無い。エネルギーの減少量も微々たるものだった。
――驚かせやがって、ただ速いだけかよ。豆鉄砲なんざ、ISには効かねぇ!
蜘蛛の糸がアサルトライフルを絡め取って無力化する。ACはいつの間にかブレードから持ち替えた右腕のハンドガンをオータムに向けていたが、たかがハンドガン、効果などあるはずもない。
オータムは口元を吊り上げながら装甲脚でACを貫こうとして……ハンドガンから放たれた緑の光に包まれ、永久に消滅した。
一夏は、その瞬間を確かに目撃した。
ハンドガンから放たれたとは思えない巨大な緑色のエネルギー弾がISの全身を貫き、一切減衰することなく、何の痕跡も残すことなく、ISを蒸発させていた。
人体もISのパーツも、何も残っていない。ISコアですら、残っていなかった。そこにはただ、動きを止めたACが膝をついて停止しているだけだった。
無様に地面に転がりながら、一夏はACから目を離せなかった。
ISは、ISでしか倒せない。そんなIS絶対論が、あまりにあっけなく崩されたのだ。力が欲しいと願った一夏の目の前で。旧式と呼ばれるACが。
病的に熱い視線をACに送り続ける一夏の前で、再起動を果たしたACがブーンと小さな駆動音を発した。沈黙していたレッドアイに光が灯る。
膝をついていた姿勢から直立する。そして、一夏が転がっている方向に頭を向けた。
「……一夏?」
失言だったのだろう。思いがけない顔を見かけて、思わず口をついて出た。そんな声色だった。
己の名を呼ぶその声に、一夏は聞き覚えがあった。間違えるはずがない。
「……弾?」
1年ほど前、一家揃って行方不明となり、今でも見つかっていない親友。その声だった。
――こうして、一夏は運命に出会ったのである。
戦闘シーンが淡白すぎますが、不意打ちしないとISに勝てないので仕方ないのです。
決して筆者の描写力が貧弱なわけではありません。そういうことにしてください。