やはり心は叫びたい   作:ツユカ

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五話 順サイド

 

 七月十九日午後十一時。順は自分のベットを抜け出し、ある場所へと歩みを進める。

 今日もパパとママは帰って来なかった。お仕事が忙しいので仕方がないと順もわかっているのだが、それでも少し寂しい。もしもこれが一人での留守番なのなら少しではなかったと思う。お兄ちゃんがいるから少しで済んでいる。比企谷八幡がお兄ちゃんだから少しで済んでいるといった方が正しいのかもしれない。順にとって比企谷八幡はそれほどまでのに大切な存在になった。

 一緒に住んでそろそろ四か月になるがお兄ちゃんの高スペックには驚かされるばかりだった。勉強はもちろん、運動、掃除、料理、本当に何でも出来てしまうのではないかというくらい出来てしまうのだ。勉強はともかく運動も出来るのには驚いた。一緒に住んでから二か月ほど経ったある日、家の前で二人でバトミントンをしていたのだが、最初はラケットを初めて持った初心者のような手つきだったのだが、徐々に慣れていき、お兄ちゃんは順に圧勝出来るまでになった。バレーボールも同じであった。お兄ちゃん曰く

『昔から一人だったからな。人の真似をするのは得意なんだ。』

らしい。それでも真似をして真似をした本人に勝つのだから、わけわかんない。

 目的の場所、お兄ちゃんのベットについた。順はいつも通り慣れた動きでベットに潜り込む。お兄ちゃんの匂いが鼻孔をくすぐる。順はその匂いにほっとした。この匂いを感じると自分が一人でないと改めて気付かされる。それは四か月近くたった今でもだ。腕に軽く抱き着く。たくましい腕だ。

(あぁ……順はこの腕に守られてるんだ……)

 そんなことを考えてしまい、順は首を軽く振る。

(いや、守られてるだけじゃダメなんだ。順はこれからお兄ちゃんと共存して生きていく。だから順はお兄ちゃんに依存しちゃダメなんだ。)

 これは比企谷八幡がお兄ちゃんになった日から決めていたことだ。この人とは対等の立場で生きていきたい、そう思ったのだ。お互いを守りあい、お互いを慰めあう、そういう関係を順は望む。

 順はお兄ちゃんの手を離し目を閉じて眠りについた。

 

 朝、目を覚ましたが横にお兄ちゃんがいなかった。その代わりにお兄ちゃんの枕を抱きしめていた。順は起き上がり、座ったままの体勢で伸びをした。七時四十五分ごろを指す時計。いつもこの時間に目が覚める。ベットから降り階段を下っていくと味噌汁のいい匂いを感じる。リビングのドアを開けるとお兄ちゃんがいつもの席で順を待っていた。順はお兄ちゃんの顔を見てまた眠くなってしまう。順のいつもの椅子、お兄ちゃんの隣に座り、肩に頭を預けもう一度寝ようとした。

(痛い……)

 お兄ちゃんがデコピンしてきたようだが眠すぎて痛いはずなのにそんなに痛くない。

『おはようさん。とりあえず顔を洗って来い。』

 目の前にお兄ちゃんのスマホが現れた。書いてあることに素直に従った。洗面所に行き顔を冷水で洗うと目が覚めてきた。歩きながら携帯を操作し、リビングのドアを開ける。お兄ちゃんの横に座り先ほど打った文をお兄ちゃんに見せる。

『おはよ、お兄ちゃん。いつもありがとね。』

 いつも通りの笑顔で言うと照れてくれるお兄ちゃん。手を合わせていただきますと口パクでいうお兄ちゃんに合わせて私も笑顔で真似をする。お兄ちゃんの作ってくれた朝食はとても美味しい。残念ながら順には料理の才能がないので料理はお兄ちゃんに任せっきりだ。朝食を食べ終わると、まだ少し残っているお兄ちゃんを残して先に流しに向かい軽く洗い物を開始する。するとすぐにお兄ちゃんが皿を運んできた。スポンジをお兄ちゃんにバトンタッチしタオルを持ってお兄ちゃんが洗った皿を拭いていく。ペースよく回っていたのだがお兄ちゃんの動きが急に止まった。不思議に思い顔を覗いたらなにやら考え事をしているようだった。順は放置されて面白くなくて、お兄ちゃんの服を引っ張り、手を前に出し皿を催促する。ようやく手が動き出したお兄ちゃん。何を考えていたのか少しだけ気になったが、追及しないことにした。

 しばらくすると皿洗いが終わり、八時半を過ぎていた。順は携帯でいつも通りの内容を打ちお兄ちゃんに見せる。

『ひと段落ついたし、ちょっと休憩してから勉強しよ?』

 お互い並んでソファーに座り、テレビを見る。ニュース番組ばかりでつまんないが、順はこの時間はテレビを楽しみにはしていない。しばらくすると順の肩に重みがかかる。お兄ちゃんが順の肩に頭を置いて寝ているのだ。順はこの短い、十五分という時間が好きだった。一日でお兄ちゃんが唯一甘えてくれる時間だ。順はお兄ちゃんの頭を軽く撫で、この時間を味わう。

(おやすみ、お兄ちゃん。)

 


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